WonderDystopia~永遠遊園地の終幕

    作者:犬彦

    ●終わりの兆し
     錆びついた観覧車。鏡の割れたミラーハウス。
     首を失くした馬達のカルーセル。寂しく並ぶオブジェ。枯れ果てた庭園広場。
     それらは既に廃遊園地が『終わった』ことを示す証だった。
     しかし、この敷地の地下に生まれたブレイズゲート内では、たくさんのアトラクションが楽しげに動いていた。それは現実から見れば果てしなく不可思議で不自然な光景だ。
     しかし、この遊園地のブレイズゲートに囚われたダークネス――六六六人衆、序列四一五の少女――館花・亜璃子は此処が甚く気に入っていた。彼女はこの場に訪れる者を巻き込み、アトラクションを通じて死のゲームを仕掛けることを至上の喜びとしている。

     永遠に続くと思われた日々。だが、何にでも終わりはやってくる。
     或る日のこと、亜璃子は何かが軋む音を聞いた。
    「何よ、これ……」
     気付けば、動いていたはずのアトラクションがすべて止まっていた。
     エントランスの光は消え、観覧車は回らず、ジェットコースターは動かない。庭園の花は枯れ果て、コーヒーカップの乗り物は割れ、お化け屋敷や出し物の扉は開かない。
    「何で、どうしてなのよ! 動いて、動きなさい、動けってば……!!」
     亜璃子は酷く狼狽していた。
     これまで自由自在に操れていたはずのアトラクションが反応しないのだ。その間にも軋みは大きくなり、はっとした亜璃子は駆け出した。
    「そうよ、『あの場所』から壊れる音が聞こえてくるんだわ。早く行かなきゃ――!」
     亜璃子が目指すのは迷宮の奥の奥。
     理想の楽園であるブレイズゲートが終わりを迎えつつあることを信じたくない一心で、不思議の国に囚われた少女は闇の奥深くへと走ってゆく。

    ●少女の夢見た世界
     迷宮の探索に訪れた君達は最深部に辿り着いていた。
     ブレイズゲートの内部は今、明らかにおかしくなっている。此処に来る途中、これまでに灼滅者達がクリアしてきたアトラクションを見てきたが、どれもが無惨に壊れていたのだ。
     そして現在、君達が居る空間は更に異様だった。
     広々とした四角い部屋。右の壁には崩れたカルーセルが埋まっており、頭上にはジェットコースターや観覧車のものらしき鉄のコースの一部が飛び出している。また、左の壁側にはコーヒーカップがあり、周囲にはお化け屋敷らしき飾りが施されていた。更に空間内には遊園地を思わせる遊具や小道具が散らばっている。
     遊園地を圧縮したような部屋はまさに、異空間と呼ぶに相応しかった。

     そして、向かって真正面には渦巻く闇が存在している。
     おそらくこれがブレイズゲートの中心であり、何らかの力の源だと思わせるに十分な禍々しさが感じられた。君達の考えが正しいことを示すように、蠢く闇の前には六六六人衆の少女が立ちはだかっている。
    「貴方達、これを壊すつもりね。そうはさせないわ」
     普段以上の敵意を向け、亜璃子は手にしたガンナイフの銃口を君達に向けた。
     君達も薄々は感じていたが、彼女の必死さからは『闇が破壊されるとブレイズゲートが崩壊してしまう』という切迫した事実が見て取れる。
     其方に近付こうと君達が一歩進むと、亜璃子は激しく頭を振った。
    「来ないで! 私の楽しい時間を終わらせようとしないでッ!」
     君達が声をかけようとしても、少女は聞く耳を持とうともしない。此方を遊園地を壊す存在だと感じ、一片の曇りもない殺意を向けていた。
    「私はずっと遊んでいられるだけでいいのに。それに……この永遠遊園地は、名前の通りずっと存在していなければならないの! ……だから、邪魔をするなら殺すわ」
     亜璃子の叫びが響き渡った刹那、君達は理解する。
     このブレイズゲートの名は『永遠遊園地』。
     歪んだ理想郷は少女の箱庭だった。それが壊れかけている今――このディストピアに終焉をもたらすのは、君達の手と意志に他ならない。


    参加者
    向井・アロア(お天気パンケーキ・d00565)
    天衣・恵(無縫・d01159)
    雑釈谷・ヒョコ(光害・d08159)
    ハイナ・アルバストル(持たざる者・d09743)
    祟部・彦麻呂(破綻者・d14003)
    真咲・りね(花簪・d14861)
    火伏・狩羅(砂糖菓子の弾丸・d17424)
    ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)

    ■リプレイ

    ●壊れる音
    「崩壊する遊園地か……」
     軋む音に耳を澄ませ、ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)は呟く。
     彼女の今日の職業は、廃墟の誕生を見守る廃墟見届け人。今日は素晴らしい廃墟が誕生すると聞いてやってきた。というのが今回の彼女の設定だ。
     亜璃子から向けられる殺気は強く、戦いはすぐに幕開けた。
     刹那、ハイナ・アルバストル(持たざる者・d09743)が先手を取って構える。
    「確かに歪な箱庭ではあったけど……イヤだなぁ、この感覚」
     祭りが終わるような、否、本を読み終えるような気分というべきか。
     なんとも表せぬ物悲しさを覚えながら踏み込み、穿つのは槍閃。ハイナが己に力を宿すと同じくして、亜璃子へと衝撃が見舞われる。
     横手から真咲・りね(花簪・d14861) も鬼神の力を解放し、ふと辺りを見回した。
    「きっと、遊園地もくるくる回りすぎて疲れちゃったんだと思います」
     りねが口にしたのは素直な感想。
     誰かが此処を壊そうとしているのではなく、時が来たから壊れていこうとしているだけ。それを聞いた亜璃子はそんなことはないと主張する。
    「違うわ! まだまだ遊び足りないくらいだもの!」
    「ずっと遊んでたいよねー。私もずっと遊んでたい」
     だけど、この場所はもうおしまい。亜璃子に共感しながらも、雑釈谷・ヒョコ(光害・d08159)は客観的に事実を受け止めている。
     言い表せぬ悲しさを抱いているのは、肩に霊犬の倶利伽羅を乗せている火伏・狩羅(砂糖菓子の弾丸・d17424)も同じ。
    「初めて来た遊園地が今にも崩壊しそうだった私の気持ち……」
     此処がブレイズゲートなのは判っているが、終わりゆくものを目の前にすれば気分も落ち込んでしまう。だが、狩羅は気を取り直してシールドを展開した。
     防護の力は発せられる瘴気から仲間を守るべく、力強く広がってゆく。
     戦いが巡る最中、亜璃子はひたすらこの場の崩壊への否定を繰り返していた。此処に縋る様子の少女を見つめ、天衣・恵(無縫・d01159) は思う。
     ――その気持ちは執着だ、と。
    「ねえ。ずっと遊びたいなら、遊園地じゃなくてもいいじゃん」
     かの少女は何故だか哀れに思えた。恵の言葉の裏に隠されているのは、亜璃子を永遠遊園地という檻から救出したいという思い。
    「可哀想だけど、きちんと幕は下ろさなきゃね」
     言葉で言い切りながらも、祟部・彦麻呂(破綻者・d14003)は秘かな思いを持つ。
     彼女をどうにか救えないだろうか。灼滅者とダークネス。通常であれば相容れない存在だが、もしかしたら――。
     ひとかけらの希望を抱いた彦麻呂は掌を握り、抗雷の一閃を解き放った。
     向井・アロア(お天気パンケーキ・d00565)は一歩を踏み出し、凛と告げる。
    「アリス、ついに決着だね」
    「戯言を言わないで!」
     アロアが真っ直ぐに視線を向けたことに反して亜璃子は目を背ける。口に出しては言えないが、アロアは亜璃子に微かな情を抱いていた。
     こうして対峙している今も複雑な感情が胸の裡で渦巻いている。
     しかし、アロアは決して少女から目を離さずに言い放った。
    「ううん、終わらせるよ。わたしたちがこの遊園地の最後のお客さんだから――」

    ●記憶の欠片
    「決着なんてさせない。この場所は私が守るんだから!」
     亜璃子は激しく首を振り、激しい銃弾の雨を降らせた。しかし、駆けたアロアとナノナノのむむたん、そして、狩羅の肩から跳躍した倶利伽羅達が弾をすべて受け止める。
    「貴方にとっての本当の意味での終わりは……いつ来るのか判らないけど。少なくともここの時間はもう軋んでいて限界です」
     狩羅は事実をしっかりと告げ、痛みを堪えた。
     不穏な闇が蠢く中、遊園地の軋む音が大きくなる。敵から憎しみの籠った視線が向けられ、ハイナは心中でそっと評する。
     まるで彼女は駄々を捏ねる子供のようだ、と。
    「永遠遊園地……か。その名を知るのが今というのはなんとも皮肉なものだけど」
     影を宿したハイナの一撃はガンナイフで受け止められ、はじき返されてしまう。だが、続いて後方から駆けたヒョコが鬼神の一閃が振り下ろされる。りねも再び身構え、妖冷の弾を舞い飛ばしていった。
     仲間達も的に次々と応対するが、今回の敵は遊園地そのもの。
     迷宮から放たれる衝撃が全員を襲い、痺れが齎される。彦麻呂は怯まずに亜璃子を狙い、ルフィアも即座に腰元の羽から広がる清めの風で仲間の痺れを取り払っていった。
     その際、奥にある蠢く闇を見据えたルフィアは首を振る。
    「あー、奥さんコレは駄目だな。これはもう寿命ってやつだ」
     残念だが買い替えをお勧めするぞ、と告げる彼女は崩壊を確信していた。
     もし自分達が敗北したとて、この迷宮はいつか壊れる。亜璃子が勝ったとしても崩壊の時期が僅かに遅れるだけのことだ。
     次の瞬間、跳躍した恵が流星の如き蹴りを追撃として打ち込む。そして、亜璃子を見据えた恵は強く告げた。
    「変わらない物なんてないよ。でも変わらないものはあるよ。それに、遊び相手ならここに居るんだから! 今までこの遊園地で遊んできたなら分かるよね」
     恵が語る遊び相手とは、全力で戦える灼滅者という好敵手。
     はっとした亜璃子に対し、ヒョコはすかさずピースサインを向けながら光って見せる。
    「イエーイ亜璃子さん元気だった?」
     分体存在である彼女が以前の邂逅を覚えている可能性は低かった。だが、ヒョコはちゃんと覚えている。貴方達とまた遊びたいと言われた『あのとき』のことを。
     すると、亜璃子が眉を顰め、ルフィア達の姿を改めて見つめる。
    「貴方達、ジェットコースターのときの……?」
    「思い出した? コーヒーカップでも一緒に遊んだよね」
     アロアはどうしてか嬉しくなり、微笑みながら癒しの旋律を奏でる。そうして、不思議そうに首を傾げた亜璃子の視線は彦麻呂達へと向けられた。
    「その説はどうも」
     冗談めかしてハイナが軽く片手をあげたとき、亜璃子は声をあげる。
    「思い出したわ……また、来てくれたのね」
     ブレイズゲートの不可思議な力が働いたのか、分体の消失と共に消えたはずの少女の記憶は繋ぎ合わされ、徐々に甦っているようだ。
     彦麻呂は真っ直ぐに亜璃子を見つめ返し、瞳を細めて語りかけた。
    「今日のアリスちゃんは随分と余裕が無いね。この間はもっと楽しそうにしてたのに」
     最後かもしれないのならば、もっと楽しまなければいけない。
     本当は少女も崩壊の時に気付いているはずだ。だからこそああして焦り、すべてを否定してしまっているのだと彦麻呂は気付いている。
    「私は初めてお会いするんですけどねー」
    「でも、私達は知ってます。ありすおねえさん、たくさんの人達と遊んでたんですよ」
     狩羅はだからこそ遊園地の崩壊が残念だと告げ、りねも精一杯調べて来たこれまでのブレイズゲートの事件のことを示す。
    「寂しかったんですね。自分の相手を永遠にしてくれる場所がここだから」
     りねが抱くのは可哀そうだという気持ち。
     その心を知ってか知らずか、亜璃子はくすくすと笑みを浮かべた。
    「そうね、こんなの私らしくないわ。それに遊園地は楽しくないといけないわよね!」
     灼滅者と初めてエントランスで出会い、デートに誘われたこと。
     お化け屋敷や洋館の攻防。庭園の邂逅や観覧車の花火。
     回転木馬にティーカップ。それからジェットコースター。
     どれもが楽しかったと亜璃子は笑った。これまでと打って変わった彼女の様子に気付き、恵も口許を僅かに緩める。
    「だったら、改めて始めようよ。ガチ喧嘩っていう遊びをさあ!」
     そして、地を蹴った恵は拳を握った。いま自分達に出来ることはただひとつ。楽しい終わりを彩るため、真正面から向かうことだけなのだから。

    ●終幕の瞬間
     舞い飛ぶ銃弾、広がる癒しの力、鋭く迸る斬撃。
     それからどれだけの攻防を重ね、どれほどの時間が巡っただろうか。迷宮から齎される瘴気の数々が灼滅者達を襲い、かなりの衝撃が蓄積していた。
     亜璃子からの攻撃も厳しく、狩羅は周囲に集わせた気で自分達を癒す。同様にむむたんと倶利伽羅も支援に周り、後方からはルフィアが癒しの風を吹かせていた。
     皆で回復と補助を担う中、アロアも仲間を果敢に庇う。だが――。
    「キャハハハ! 貴女もなかなかね。でも私の方が遊ぶのは上手なのよ!」
    「……っ! アリス、やっぱり強いね」
     敵からの一撃をまともに受け、アロアの身が傾ぐ。戦うことで寂しさを紛らわすなんて違う気がした。しかし、目の前の少女は自分を傷付けることで生き生きとしている。
     倒れそうなアロアを何とかむむたんが支えるが、戦線は崩れかけそうだ。
     そのとき、颯爽と前に出たのはハイナだった。
     息が切れそうになりつつも、血の滴る枝杖を掲げたハイナは告げる。
    「僕らは幕を下ろす。君と僕らは、決定的な決別という結果でもって決着すべきなんだ」
     ――だから、そんな顔で見ないでくれよ。
     瞳を僅かに伏せたと同時に魔力を放ち、ハイナは相手に多大な衝撃を与えた。亜璃子の身が揺らぐが、ルフィアはそれ以上に前衛の皆が疲弊していることを知っている。
    「店主、向井、無理をするな」
     祭霊の力を玉に込め、癒しの光を投げ放ったルフィアは二人の身を案じた。そして、合間を縫ったりねが亜璃子の元に飛び込んでゆく。
    「ありすおねえさん、一緒にお外に出ましょう」
     尖烈なる一撃を与えながら、りねは心からの思いを告げた。しかし、亜璃子にその気はないらしく一笑に付されてしまう。
    「嫌よ。どうしてもというなら力尽くでどうぞ」
     代わりに反撃が見舞われ、りねは激しい痛みに耐えた。その間にヒョコが閃光を放ち、着実に相手の体力を削ってゆく。
     この場所が壊れたら亜璃子はどうなるのだろう。
     外に出る気がないのならば、迷宮と共に消えるのかもしれない。
    「亜璃子さんもさ、新しい場所で別の楽しい遊びを見つければいいんだよ」
     ヒョコは色々遊びたいが故に同じ場所に留まっていられない性分だ。だから亜璃子も一緒に、と続けて告げようとした思いは迷宮から放たれた炎によって遮られてしまう。
    「これよ、これが楽しいのよ。殺戮に戯れるこの時間が! キャハハハ!」
     傷だらけになりながらも少女は高らかに笑う。長く続く戦いによって亜璃子の息は上がっており、自分達も下手をすれば倒れそうだが、彦麻呂は気力を振り絞った。
    「それでいいよ、最後まで寂しいなんて思わせない。あなたはもうひとりぼっちじゃない」
     だって、私達がいるから。
    「ヒコ……」
     体勢を立て直したアロアは彦麻呂の言葉を聞き、思い返す。この遊園地での思い出が楽しいものだったのは友人達が、そして――亜璃子がいたからこそ。
     有りっ丈の思いを込め、彦麻呂は鬼神の力を解放した。続いて恵が星の軌跡を描き、鮮烈な蹴りを見舞う。
     灼滅者と亜璃子の関係はきっと、好敵手と書いて『ともだち』と呼んでもいい。
    「本気の本気で遊んでいこうぜ!」
     笑顔を向けた恵に対し、亜璃子が斬撃を返そうとする。だが、それよりも疾く動いた者がいた。倶利伽羅と共に左右から少女を挟撃する影。それは灼滅の狩人たる狩羅だ。
    「楽しい時はお仕舞い、お祭りも終幕です」
     何にだって終わりは来るものだから、永遠遊園地の永久は此処で終焉。
     斬魔刀が斬り払われると同じくして、狩羅が放つ縛霊の一閃が煌きを映し、そして――亜璃子がその場に崩れ落ちた。

    ●終わりの口付け
     倒れる少女に駆け寄り、彦麻呂がその身体を支える。
     戦いが終わると同時にハイナとりねはブレイズゲートの中心である闇へと駆けていた。血枝の杖に影を宿したハイナはひび割れた闇を狙い、りねも最後のひと押しを加える。
    「これが本当の終わりだよ」
    「今度こそ永遠におやすみなさい」
     刹那。眩い光が歪んだ景色を包み、灼滅者達は思わず目を閉じた。
     次に目を開けたとき、狩羅は頬に冷たい夜風が吹きつけていることに気付く。
    「ここは……」
     寄り掛かってきた倶利伽羅を抱きあげた狩羅は、此処が地上だということを知った。つまり、現実に存在する本物の廃遊園地の入口だ。
    「どうやらブレイズゲートが崩壊して私達は弾き出されたらしいな」
     ルフィアは冷静に周囲を観察し、迷宮に入る箇所が無くなっていることを示す。りねは闇が消えたことにほっと胸を撫で下ろしたが、すぐにあることに思い当たった。
    「ありすおねえさんは?」
     りねが視線を巡らせると、数歩先に彦麻呂に抱かれた亜璃子の姿があった。
    「……外に連れ出されちゃったのね、私」
    「自分で力尽くでどうぞって言ったじゃん」
     弱々しく虚空を見つめる亜璃子にヒョコは得意気に笑んでみせる。遊び場なら他にもあるし、遊園地では出来ないこともいっぱいある、と。
     それを聞いたりねとルフィアが微かに笑み、狩羅も祟部村の楽しさを思い出す。
    「確かにヒョコちゃんの言う通りですね」
    「一人じゃできない遊びも、ここにいる人達は付き合ってくれるっぽいよ? 私も一緒に遊ぶ人数は多いほうがいいしねっ」
     ヒョコの語る言葉は本心だ。
     だが、灼滅者達は皆知っている。亜璃子の命が長くはない、ということを。
     それが分かっていても尚、ヒョコ達は亜璃子と一緒に遊びたいと告げているのだ。そうして、震える声を絞り出したアロアは最後に確かめるように問い掛ける。
    「わたし達は友達になれたよね、アリス」
    「貴方達がそういうなら、そうかもしれないわ……ふふっ」
     亜璃子は微かな笑みを浮かべ、ゆっくりと目を閉じた。彦麻呂は静かに力尽きた彼女の髪を手で梳き、額にそっと口付けを落とす。
    「バイバイ、亜璃子。また会いましょ?」
     そっと告げた彦麻呂の声は優しさと慈しみに満ちており、ひとりの友人としての思いが籠められていた。
     そして、少女の身体は光となって消失する。
     もう二度と会えないかもしれない。だが、恵は敢えて空に向かって叫ぶ。
    「私らはしつこいかんね! 亜璃子がまた何かやってたら何処でも飛んでってとっちめてやんぞ! だから、そのときまでせーぜー楽しそーな遊びでも考えて待ってろ!」
     それが好敵手ということ。
     訪れた静寂の中、悲しさに耐えているアロアに気付いたハイナは無言のまま彼女の肩を軽く叩いた。それが切欠となり、その瞳から涙が零れ落ちる。
    「終わったんだね。これで……」
     安堵感と切なさ、様々な感情が溢れて言葉が続かなかったが、確かな思いがアロアの胸にあった。終わりも別れもとても辛いものだけど。
     それでも、この先も未来を信じて進んでいこう、と。

     こうして六六六人衆四一五番、館花・亜璃子は灼滅され、散った。
     歪んだ箱庭は闇に沈み、永遠の名を冠する迷宮は在るべき姿に戻る。しかし、其処に残ったのは憎しみでも憐れみでもない。
     終幕を彩ったのは――遊園地にあるべき、楽しい思い出という煌めきの欠片だった。

    作者:犬彦 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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