ネバーランドにおやすみを

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     さいきん、ぼくのお母さんはちょっとヘンだ。

    「まあぁ先生、今日もうちのレオくんにお目をかけて頂いて……本当に有難うございます!」
    「やだわァー、とんでもございません奥様! お宅の玲王お坊ちゃんには誠に将来性がございます。このまま当劇団『ネバーランド・スターズ』のレッスンに通い続けていただければ、もうね。ここだけの話。半年でお茶の間のアイドルも夢ではございませんよ、はい!!」
    「あら、まーっ! まあちょっとこの子、変わっているというか……他の子とは違うところがあるかな~とは思っていましたのよ、あの、個性的っていうのかしら? オホホホホ」
    「ええ、ええ、それはまったく……」

     おむかえの時間。
     お母さんが先生にこんなことを言うたびに、ぼくは、すごくイヤな気持ちになる。
     ねえお母さん、ぼくって、そんなにおかしいかな? こんなに笑っちゃうくらい?
     ……そんなことないよね?
     それに、ぼくね、こんなとこやだ、来たくない。
     ようち園が終わったら、おともだちと遊びたいのに、お母さん毎日ここに連れてくるんだ。
     お歌をしたり、おどりをしたり、げきをやったり、いろいろするんだけどね、どれもちょっとヘンで、ぜんぜんカッコよくないんだ。
     先生はすぐおこるし、みんなもぜんぜんおしゃべりしてくれなくてね、ちっとも楽しくないんだよ。
     ……なんでだろう。お口がうごかない。
     お母さん、気づいてよ。先生のほうばっかりみないでよ。
     ねえ、おなかの中がずっとモヤモヤしてるんだ。
     夕ごはん、ちゃんとのこさずに食べられるかなぁ。
     
    ●warning
     青いマントの魔法使い――イヴ・エルフィンストーン(中学生魔法使い・dn0012)は、マントとお揃いのとんがり帽子をきゅっと被りなおすと、教室に居る灼滅者に向け、ぺこりとお辞儀した。
    「ええっと、はじめまして、ですよね。イヴ・エルフィンストーンと申します。急なお話なのに、皆さんこんなに足を止めてくださって……イヴは本当にうれしいです!」
     集まった面々が、急いだ様子で廊下を駆けてきたイヴに呼び止められたのはつい先程のこと。
     あまりに一生懸命だったのでついてきてしまっただけだが、こうも感謝されるとは。
    「イヴちゃん、ありがとう! すっごく助かっちゃったよ! ここからは、私が説明するねっ」
     イヴを真似て須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)だよ! と元気よくお辞儀をし、彼女は説明を始めた。
    「今回察知したのはね、ソロモンの悪魔。あんまり強くないんだけど頭がよくて、普通の人を操って悪い事をするのが得意っていうすごくイヤな奴なんだ。でも、あいつらのバベルの鎖も私の予測だけは見破れない。あいつらの企み、壊しちゃおう!」
     
     悪魔の拠点は児童劇団ネバーランド・スターズ。
     幹部を使って母親を言葉巧みにおだて上げ、嫌がる子どもを教室に通わせ、高額な授業料や教材料をふんだくるのが彼らのスタイルだ。
    「もうすぐ発表会があってね、母親たちが見に来るの。そこで一気に仲間を増やして、口コミで被害を広げようって魂胆よ」
     そうなってはもはや手遅れ。
     だが、幸いにも関係者だけで行われるリハーサルがあるという。
     そこを狙って乗り込むのだと、まりんは皆に教えた。
    「舞台は備え付けの劇場でやるんだけど、出演者用の裏口があるからそこを通っていって。2分間ぐらいかな、トラブルで停電が起きるタイミングがあるの。その隙に舞台に紛れ込めば不意をつけるはず!」
     幹部としてダークネスから力を与えられた劇団長は、元有名ダンサーで高い運動能力を誇っている。
     加えてその配下の強化一般人劇団員3名、それに子どもたち10名が舞台上にいる。
     子どもたちは戦力にならないが、催眠状態で動けなくなっているため、目を覚まさせなければ危険だという。
     
     方法は簡単。興奮するような事があればいい。
     自分らしいヒーローやヒロインになりきって、わるい先生をやっつける劇――戦いをそんな風に見せられれば、子どもたちが怖がる事もない。
     バベルの鎖があっても、いやな記憶は残したくないよねとまりんは言う。
     
     その時、教卓の上に、す、と一枚のカードが差し出された。
    「スター……星。星はタロット占いの世界でも、希望と未来を象徴するカードとして描かれているのです。とてもすてきな、子どもたちにもぴったりのカード、ですよね」
     皆の注目を受けたイヴは、すこしはにかんだように笑んで言う。
    「これもきっと運命なんですね。イヴにも、皆さんのお手伝いをさせてもらえませんか? お星さまへ魔法をかけに、いきましょう。イヴ、まだ未熟ですけれど、精一杯がんばります……!」
     小さな魔法使いは再び帽子を被りなおし、真っ直ぐに皆を見つめた。
     希望ある未来をささやかでも守ることができたなら。
     きっと、魔法よりもすてきな事が待っている。


    参加者
    琴月・立花(高校生シャドウハンター・d00205)
    タシュラフェル・メーベルナッハ(夜の誘い子・d00216)
    番鎧・長兎(生まれながらの破天荒番長・d01093)
    鈴城・有斗(高校生殺人鬼・d02155)
    神楽火・天花(和洋折衷型魔法少女・d05859)
    天代・鳴海(夜葬・d05982)

    ■リプレイ

    ●1
    「どうなってるのよッ! 機材はあれ程チェックしろって言ったじゃない!」
     深い闇と化した劇場内に、ピエロの甲高い声が響いている。
     その影から迫る者の姿に、まだ彼は気づかない。
    「そこまでだ!」
    「……!? 誰ッ!」
    「天に輝く星がある様に、地には正義の心あり。正義の心ある限り、悪の栄える日が来る事はない!」
    「そんな風に心のこもらない芸じゃ、誰かを感動させるなんてできないよ!」
     天代・鳴海(夜葬・d05982)、神楽火・天花(和洋折衷型魔法少女・d05859)。
     2人の高らかな宣言と共に、今、幕が上がる。

     停電が復旧した。舞台上の照明が、素早いカットインで元に戻る。
     月明かりのような青いライトの下に、ずらり揃うは招かれざる演者――武蔵坂学園の灼滅者たち。今日は防具は仮装の下だ。
    「だ、誰なのアンタ達ィ!」
    「誰なのアンタ達ィ! と聞かれたら、答えないわけにはいくまいね!」
     今度は客席の方から、メリメルカ・メルコナジャ(星帷・d00283)のおどけた声真似が響く。
    「あれはまさか、正義のヒーロー達!?」
     舞台袖からの声に、子供がぼんやりと顔を上げた。辺りを見回し、声の主を探す。
     間もなく客席を見た女の子達から、わぁ……っと小さく声がもれた。星明りめいた仄かな光の海で、スポットライトを浴びた沢山の魔法使い達が、箒でくるくる宙を舞っている。
    「さぁさ、皆様御立ち会い! 僕は影の魔女メリメルカ。よい子のみんなを望まぬおけいこに連れ出すわるものどもめ、きらっとずばっと成敗してあげよう!」
     ふわりと箒から飛び降り舞台に立ったメリメルカが、両腕を大きく広げれば、影業で作った驢馬が書き割りの草原を背にいななく。
     紫のドレスも艶やかなタシュラフェル・メーベルナッハ(夜の誘い子・d00216)に、青の魔女リンデンバウム・ツィトイェーガー(飛ぶ星・d01602)が続いて降り立った。
    「あたしは夜の魔女。黄昏に咲く妖しの華、タシュラフェル……只今参上」
    「私は星の魔女リンデンバウムよ。飛び入り参加、お許しあれ♪」
     タシュラフェルが煌びやかなステッキをかざし、リンデンバウムがお辞儀と共にウインクすれば、しゃらりと流星の音が鳴る。
     照明も音響も、援護を買って出た灼滅者達が乗っ取ったのだ。
     闇をも恐れぬ魔女っ娘三姉妹の揃い踏みは、ヒーローショー宛ら堂に入ったもの。
    「キィー! なんとかなさいお前達!」
    「おっと、キミ達の相手はあたしだよ!」
     突然の事に狼狽える敵軍勢の前に、天花が立ち塞がる。
    「我は魔を狩る剣、闇を焼く篝。……神楽火天花、推参! その悪意、あたしが断ち斬る!」
     白い仮面に顔を隠し、大見得切った少女が演じるのは哀しき怪人。愛用の太刀が、照明を反射して白く輝く。
    「ちょこざいな!」
     ピエロが躍り出て、ターンを決めながら次々に灼滅者達に正拳を叩きこむ。
    「……見切ったわ」
     バックステップで素早く攻撃をかわしたのは……熊。
    「ブ、ブキィ! こいつただの熊じゃないブヒ!」
     豚がフゴフゴ叫んだ。集中するスポットライト。中央のファンシーな着ぐるみが異様な存在感を放つ。
    「よく見破ったわね豚……そう、これが私の真の姿!」
     中から登場したのは、白いタキシード姿の琴月・立花(高校生シャドウハンター・d00205)だ。投げられた着ぐるみは、通りすがりの熊の五郎が回収した。
    「あぁ、暑かった」
     愉快で格好良いやりとりに、今度は男の子が湧く。その様子に少し安堵し、立花は子供達に手を振った。
    「立花ちゃん、ノってるね!」
    「……早く終わらせましょう」
     黒の怪人と白の紳士。2人のヒーローが脚光の下に並び立つ。息を合わせて放った一閃は、暗闇に冴える三日月の弧を描いた。敵の前衛が怯む。
    「いろはさん、茉莉花さん!」
     イヴ・エルフィンストーン(中学生魔法使い・dn0012)の声にいち早く応じたのは、駆けつけたクラスメイト。着ぐるみ動物とヒーローの軍勢を引き連れた若武者が舞台に乱入する。
     突然のチャンバラ劇で敵が足止めを喰らった隙に、男装の少女が子どもを一人、お姫様抱っこで客席へご案内。
     猟犬に扮した霊犬を連れる猟師に並び、りゅーじんまるも誘導に駆ける。小さな魔女が箒に少女を乗せ、吟遊詩人はぐずる少年を背負う。マントのライダーも少年を乗せた。
     客席ではアリスにピーターパンが握手でお出迎え。クラシカルな黒魔女から手作りクッキーを受け取れば、思わず子供達から零れる笑顔。
    「こ、これは! 悪に囚われておったヒーローたちが解放されたのじゃ!」
     可憐な魚の妖精がマイクを取り、大混乱をその一言で締めれば喝采が溢れた。

     その頃。
     黒子に扮した鈴城・有斗(高校生殺人鬼・d02155)はというと……舞台袖から地味に銃を撃っていた。
    「凄いや……頑張れ! 僕達は裏方に徹しよう」
     ぐっと拳を握ってライドキャリバーに呟く。
    「何言ってやがる。今日くらいテメェも晴れ舞台に出ろ」
    「え、え」
     問答無用で有斗を引きずって行く黒装束の番鎧・長兎(生まれながらの破天荒番長・d01093)の姿は、まさに悪のボスであった。

    ●2 
    「……所で、一つ訊きたいんだけど」
     鳴海の問いに、皆が戦いながら顔を上げる。
    「どうして皆、心持ち悪役っぽいのかな……?」
     気付けば全体的に黒かった。
    「行くぜ子供達……処刑の時間(ひーろーたいむ)さ!」
     魚にマイクを渡された髑髏の騎士の台詞も割と洒落にならない。
    「「ひーろーたいむさー!」」
     けれど、子供たちは既に灼滅者たちを信じ切った目をしていた。
    「鳴海さんの金ピカゴージャスな制服も素敵だよ! すごく目立ってるし、スタイリッシュだよ」
    「……あ、ありがとう」
     どこにいる有斗。
     背景に溶けこみながら援護射撃を撃つ黒子に曖昧な笑みを返しつつ、フリルに金ネクタイで学園漫画の王子様キャラと化した鳴海は、瞬く雷撃で華麗に羊を屠った。
    「ねこにゃんと一緒に応援だ☆ 金ピカ王子様、頑張れー!」
    「金ピカさんがんばれー!」
    (「は……恥ずかしい……! 子供達を助ける為とは言え……」)
     一体どうなるかと豪華版を試したものの、正直こうなるとは。
     他の表現なかったのかねこにゃんとも思いつつ、子供達の憧れの目は素直に嬉しい。
    「有難う! 皆の応援が、俺達の勇気になる!」
     正統派ヒーローの爽やかな笑顔で、鳴海は両手を振ってみせた。
    「羊なにもしてないのにひどいですぅ~」
     後方に控えた羊が、そんな彼に白い毛玉を投げつけた。気の抜ける攻撃は眠気を誘う。ふらつく鳴海を見て、羊は意地悪く口元を歪める。
     その時、子供にもみくちゃにされていたりゅーじんまるが帰ってきた。
    「あらあら。頑張ったのね」
     毛並みの乱れた背を撫でてたおやかに笑い、リンデンバウムは詠唱を始める。
    「うふふ……さて私も頑張らないと、ね」
     その笑みが辛辣なものへ変じた。踊るような仕草で2本の指に灯りを燈し、放たれる魔の弾丸はさながら流れ星。回復役である羊を討つ事が、急務。
     その時、狼が鋭い爪のグローブを振りかざし、前衛を素早く薙ぎ払って散らした。
     妙なポーズを決め、彼は言う。
    「知ってるか? 闇があるから星は輝く。俺という漆黒の弾丸が貴様を終わらぬ悪夢へ導くのだ」
     イラッ。

    「テメェそんなに俺様に狩られてェのかァー!!」
     長兎がキレた。ポケットの中の右拳をわなわな震わせ、剣のスターターの紐を口で引く。
    「やって構わねェだろ!?」
     怒れる前衛達が無言で頷いた。
    「ひッ!」
     狼も思わず退く。
    「殴るならボクをブヒィ! 但し美少女に限る!」
     豚はなんか言ってた。
    「たっ、大変です? 今イヴも参ります……!」
     慌てるイヴの肩を藍色の魔女が叩く。勇気を与える魔法――渡されたキャンディを口に入れれば、イヴも少し落ち着いて。
    「有難うございますっ。子供達、お願いしますね!」
     笑顔で舞台へ向かう。マイクを引き継ぐのは槍を持った犬だ。
    「皆、イヴお姉さんを応援するワン! 番鎧君も頑張れワン!」
    「誰だテメェ!?」
    「歌って踊れるキノコ大好きな森のお友達、ワンちゃんだワン♪」
    「知るか!」
     怒りが右に流れた事で長兎もだいぶ落ち着いた。天花と立花が前衛を抑え、灼滅者たちの連携で羊はどんどん消耗していく。
    「お仕置きの時間よ。夜の魔女タシュラフェルが命じる……来たれ、断罪の影の蛇!」
    「ふむ。ふむ! ならばメリメルカも命ずるよ! さぁさ皆様御注目、おいでませ影の猫!」
     メリメルカの創った影の猫が、衣装もろとも羊を斬った。その上から迫るタシュラフェルの影縛り。影の蛇は淫らに蠢き、破れた服の隙間から羊の豊満な肢体を弄るように――。
    「おおっと、これ以上はよい子には見せられないのだよ!」
     メリメルカが客席に向き直って指をパチンと鳴らす。空気を読んだ照明が暗転し、ムーディな音楽が流れる。青服のコアラが奇怪なダンスを披露して間を埋めた。
    「あーん! もう許してぇー!」
    「それ、1名様ご退場!」
     再びの指パッチンで照明が戻ると、裏方灼滅者に回収された羊はもう舞台にいなかった。リンデンバウムがしゃなりと礼をする。客席から沢山の拍手と、微妙に残念げな溜息が漏れる。
    「な、なんて奴だ夜の魔女……」
    「あら。名乗りに深い意味はなかったのよ?」
     鼻を拭う長兎を見やり、タシュラフェルはくすりと妖しく愉しげに笑う。これだから女は苦手な番長だったが、もう懸念はない。
    「力で抗う事が出来ないガキの未来を潰そうとし、食い物にする性根が気に食わねぇ。俺様が叩き斬る!」
     狼との体格差ゆうに50センチ。それをものともせず、二段の跳躍から身体を右に捻りつつの上空斬り下ろしを放つ。
    「すげー!!」
     アクロバティックなパフォーマンスに客席が湧いた。
    (「もう心配は無さそうね」)
     皆には悟られぬよう、立花は仮面の下でそっと子供達の様子を伺う。
     覚悟を決めた灼滅者から、一瞬思わず優しい姉の顔になりかけた頬を引き締め、太刀を納める。自らを鬼と化し狼の腹に沈めるは、心を討つ影の拳。
    「うぁぁ! そんな目で俺を見るな!!」
     狼が視た幻影は、まだ幼き頃の純粋な自分。悲しみの目に堪え切れず、頭をかき毟る。
    「嫌なら声ぐらい腹から出せんだろうが。ガキじゃねぇんだからよ!!」
     長兎の一喝と共に、リンデンバウムが前へ出る。
    「イヴ、援護お願いね?」
    「はいっ! ……あの、お揃いですね」
     青い三角帽。照れ笑いする少女は妹のよう。微笑み、伏した狼へゆっくり杖を翳す。
    「よい子の皆。大切に想う心がまちがっていなくても、大切にする、そのやり方をまちがえてしまうことは大人にもあるの」
     だからね、そんな時はお願いしてみて。
     大好きな、お父さん、お母さんに。
    「……おやすみなさい」
     客席の子供達も思わずしんとなり彼女を見つめる中、子守唄のように囁いて、青の魔女は瞳を伏す。
     刹那、超新星の如く、光が爆ぜた。

    ●3
     狼が気絶したのち、豚との長い戦いは凄惨を極めた。
    「さぁ、もっと良い声でお鳴きなさい豚野郎」
    「フゴォォン!」
     主に絵的な意味で。
     影の鞭に撃たれた豚が、恍惚としながら倒れる。その顔面を更に容赦なく踏み躙るのは、無論タシュラフェルその人だった。
    「ふん……無様ね」
     髪をかき上げ気怠い冷笑を浮かべる彼女はとても小3とは思えない。早熟な女児がタシェさまー! と声を飛ばす。すっかりファンらしい。
    「ふふ、有難う。愉しんで頂けた?」
     彼女達の将来が心配です。
     そんな豚は適当に舞台袖に蹴飛ばし、残るはピエロのみ。
     メディック無し、クラッシャー4名という背水の陣。
     お陰で羊と狼の早期撃破は叶った。しかし豚に手こずりすぎた。
     もっとピエロの動きを縛っていれば――相応に限界が迫る中、百億とも思える流星の矢が前衛へと放たれる。
     けれど、どうして笑顔を消すことができようか。
    「みんな! 手をかざして、気持ちをひとつに! せーの、『えーい』!」
    「「えーい!」」
     アルプスの娘が拳を振り上げ、一生懸命子供達もそれに続く。
    「大丈夫。仲間達との友情がある限り俺達は負けないよ」
     流星の矢を受けながらも、鳴海は熱が赴くまま舞台を駆ける。
    「さあ、覚悟は良いかい。罪の対価、払ってもらうよ!」
     杖の中に燃えるのは、もはや口上だけではない彼の正義。エネルギーへ変え、敵にぶつけた。熱風が顔を煽る。
     もう次の攻撃を耐える力はないが、鳴海は真直ぐに前を見る。その瞳の力強さに、哀れなピエロは血を吐いてわなわなと震えた。
    「ア、アタシ達の夢が! お金がぁ……!」
     メリメルカが小さく溜息を吐く。
    「呆れたものだね。嫌な手法で悪銭を稼いで、恥ずかしくないのかい?」
    「黙らっしゃい小娘!」
    「……やれやれ」
     誇りなき泥棒に語る学は持たないと、影の魔女が言葉無く奏でるフィナーレ。猫に、鶏に、犬に、驢馬に、次々と変じる彼女の影は、最後に巨大な怪物の影と化す。
     スピーカーから獣の遠吠えがこだました。それを合図に影は鋭い爪となって疾走し、道化を切り裂く。
     太刀を握った天花がじりじりと距離を詰め、道化に迫る。わずか11歳の少女の大きな瞳は、仮面の下で、邪悪を討つ焔と未来を見据える光を宿して紅色に輝いている。
    「心を忘れた大人に、未来あるあたし達が負けるわけにはいかない。ネバーランドは、大人が子供を押し込めるところじゃない!」
     ――いけない。
    「待って!」
     声と共に放たれた弾丸は、ピエロの足元を軽く掠めた。天花が足を止め、振り返る。
     有斗。
     ずっと健気に背景に徹していた彼だから、気付かなかった。
     ガンナイフを握りしめるその手が、震えている。
    「僕は……それでも僕は、あなたを助けたい、です」
     人を傷つける力だって、きっと誰かを助ける為に使える。切実にそう願う『普通』の少年は、黒子の覆面を捨て、震える声で必死に訴えた。
     小さな声だ。客席には届いていない。子供達が、不思議そうに見つめている。
     灼滅者達は、少年の表情に何を思っただろうか。
    「甘いわボウヤ。殺すわよ」
     道化が嗤う。かつての彼なら言えたのかもしれない。
     ――でも、その心は大切になさいな、と。

     ダークネスの手でここまで堕ちた者を救う方法は、ない。
     分かっている。時折、やるせなさで胸がいっぱいになる。
     それでも誰かが幕を引かねば、先には進めない事もある。
     彼らの中で何よりそれを理解した者は、皮肉にも幼い天花だった。

    「見敵必殺。あたしの正義は……譲らない」
     スポットライトを浴びた少女の太刀筋は、一寸も揺るぐことなく悪を断ち切って。

     青ざめ、吐気を抑えて、震えながら有斗は客席を向く。
     そこにある笑顔と喝采は、確かに彼らが守った大切なもの。胸に熱いものがこみあげる。
     9人のヒーローは手を繋ぎ、いつか輝く星々にカーテンコールを贈る。
     偽りの夢の国は、ここでおしまい。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 12/感動した 2/素敵だった 15/キャラが大事にされていた 1
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