秋の味覚なりや

    作者:菖蒲

    ●marron party
     山中にころりと転がる刺々しい黒。
     転々と周囲に落ちるそれを人々は楽しげに拾い集めた。秋の風物詩とも言える旬の味覚の多さは、成程、空腹を誘うものだ。
     ざわめきあう木々の音を聞きながら、森林浴と――栗拾いに興じる人々の下へとゆっくりと近づく影がある。のっそりとしたずんぐりむっくりの肢体には錆色の刃がぎらりと光っている。
     金切り声と共に襲い掛かる刃はこの地を己の場所だと自認しているが故なのだろうか。
     彼らは鎌鼬――伝承の中でしか存在せぬ『生物』であり、この地を己の縄張りとする奴らである。
     
    ●introduction
     鎌鼬による襲撃事件は、山中に実りの季節が訪れると噂話として聞こえてくるのだろうか。
     水際の鎌鼬の次は、山中の鎌鼬――宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830)は人好きする笑みを浮かべ「真鶴、鎌鼬ってどこにでもいるんだねえ」と困った様に一つ、言葉を濁した。
    「そうなの。鎌鼬っていきなりこんにちわする生物だから、驚いちゃう」
     不破・真鶴(中学生エクスブレイン・dn0213)は秋の味覚たる『焼き芋』を両の手に抱えて困った様に微笑んだ。
    「冬人先輩は栗拾いに行くと鎌鼬と鉢合わせ――って噂を聞いたのね。
     マナが今日お話しするのはそのお話しなの。鎌鼬と御縁があるのかしら」
     首を傾げる彼女に冬人はどうだろうね、と曖昧に零した。
     茂る草木を掻き分けて、野山をゆっくりと登れば栗林があるらしい。
     その一帯を縄張りとする鎌鼬達が侵入者を排除せんとしている――良くある動物達のイザコザをそこで感じずにはいられない。
    「栗林に居るのは10体位の鎌鼬。そのうち6体は小さな子だからあんまり脅威じゃないかも。
     あ、でも、4体はその分凶暴なの。とっても怖いから、気を付けて欲しいの」
     栗を踏んで思わず転ばない様に注意しないと、と真鶴は付け加えた。
     切り裂きや、小さな個体を狙った相手を集中的に攻撃するという性質をしっかりと把握していればそう脅威ではないだろう。
    「終わったら芋も栗も沢山集めて、お腹いっぱいになりたいの」
     お腹空いたと言わんばかりの真鶴は、はっと思い出したように「……あ、マナ、お留守番だわ」と小さく呟いた。
    「誰かが犠牲になる前に、頑張って、なの! お、おいも」


    参加者
    ミリア・シェルテッド(キジトラ猫・d01735)
    宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830)
    逢坂・兎紀(嬉々戦戯・d02461)
    中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)
    哘・廓(阿修羅姫・d04160)
    古賀・聡士(月痕・d05138)
    北南・朋恵(ヴィオレスイート・d19917)
    日野原・スミ花(墨染桜・d33245)

    ■リプレイ


     随分と夏も静けさを得たものだ。爽やかな風が吹き、残暑の温もりを忘れさせたかのような晴れ晴れとした気候の中、山登りに参じた灼滅者八名は生い茂る木々を眺め小さく息を吐いた。
    「野良犬等の代わりに鎌鼬ですか……害獣、といった所ですね」
     ため息交じりに告げた哘・廓(阿修羅姫・d04160)は怜悧な射干玉の瞳を細め、殺人衝動を抑える様に唇を紡ぐ。
     長い髪が秋の風に揺れ、簡素で有りながら洒落た仕上げが施されたシスター服のスカートをつい、と持ち上げる。ブーツの踵が泥を蹴り飛ばし、爪先を汚すそれに顔色一つ変えずに廓はゆっくりと山を登る。
    「が、害獣……く、栗を独占する……じゃなかった、栗拾いを邪魔するイタチなんて、許せません……!」
     少しばかり『食いしん坊』がちらりと見えた気がしたが――肩を竦め、内股気味に制服姿で山を登るミリア・シェルテッド(キジトラ猫・d01735)はかあと頬を赤らめて懸命に主張する。膝下まである長いスカートの下からすらりと伸びた足はしっかりとローファーと白靴下に包まれていて。
    「はぅ、栗拾いを邪魔するなんて、絶対に許せません……! 秋の味覚ですよ……?
     栗ご飯とか焼き栗とか茶碗蒸しとか秋刀魚とか、食べられないじゃないですか……あれ?」
    「栗は何処にいったんだ?」
     内気でありながら食欲は旺盛なのだろうか饒舌な彼女に首を傾げた中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)は登山用の靴を履き、周辺に立ち入り禁止看板などを並べ続ける。
    「はぅ」と小さく漏らす彼女へと『正義の味方』は「美味しいもんな」と大きく頷いて見せた。
    「食欲も大事なことだ。腹が空いては戦は出来ん。平和を乱すが正義は守るぞ!」
     大きく頷いた猪突猛進系男子は鎌鼬を探すぞと意気込み耳を澄ませる。周囲の被害を気にしなければミリアが求める秋の味覚が大惨事だ。くれぐれも、気を付けて欲しいものである……。
    「秋の味覚……」
     きゅう、と小さく鳴った腹の虫に慌てた様に頬を染めた北南・朋恵(ヴィオレスイート・d19917)は紫苑のドレスに身を包むクリスロッテが可笑しそうにくすくす笑う様子へと抗議めいた視線を送る。
    「あ、秋の味覚を楽しみにしている人に怪我はさせません!」
    「その通りだな。秋の味覚は是非満喫したい。鎌鼬のが先住であるなら、少し申し訳なくはあるけれどね」
     肩を竦める日野原・スミ花(墨染桜・d33245)の実直な言葉に朋恵が困った様に眉根を寄せる。この栗林に住まう鎌鼬が凶行を起こす事が噂を耳にした宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830)とて鎌鼬を倒す事は少しばかり気が引ける――しかし。
    「夏はキャンプ場に、秋は栗林か……鎌鼬も大忙しだね。少し、気の毒だけど被害が出る前に倒さなくっちゃね」
    「ほんっと鎌鼬ってどこにでもいるよなー。せっかく美味いもんあるんだし、なんも気にせず喰いたいよな」
     食べ始めたら体が真っ二つ、何て事は無い様にしたいとけらけらと笑った逢坂・兎紀(嬉々戦戯・d02461)がゆっくりと顔を上げる。
     薙ぐ風が静まり返り、奇妙な静寂に包まれたその刹那を見逃さなかった彼の笑みにやれやれと言わんばかりに交通標識を構えた古賀・聡士(月痕・d05138)がゆっくりと踏み出してゆく。
    「ちょっと可哀想かなとも思うけど、人間を襲ってしまうなら退治しとかないとねぇ……なんて」
     ――本音を言うと、早く芋食べたい。


     人避けの為に灼滅者達が用意したバリケードはノーマルな物から奇妙なものまで一揃えであった。
    『ツキノワグマ注意!』
    『イノシシ注意!』
     ――ツキノワグマは此処にいるのだろうか。流石に疑問だと冬人が首を捻る。
     恥ずかしそうに旗で身を隠しもじもじとした様子のミリアは「こ、怖い、ですから……」と小さく呟いている。純和風、日本人顔のミリア(偽名)にとって、注目は毒だった。メデューサに見られるかのような心地である。体が石になってしまったかのように、不安になる。
    (「……うう、注目は、怖いです……」)
    「くまさんがいるのですか?」
    「うーん、熊は居ないんじゃないだろうか!」
     こてんと首を傾げた朋恵の疑問に答えるかのように銀都が考え込む。
     ツキノワグマが居たら鎌鼬との勝負を是非拝見したい物だが――残念ながら、此処にはいない。可愛い朋恵ちゃんが「くまさんみたいのです!」と言ってくれたとしてもここには居ないのだ。
    「……そう、なのですか」
     しょんぼりとした朋恵が紫苑の魔女服に身を包み、声を震わせる。声楽も他の音楽さえも卓越した技量を持つ芸術家(プレーヤー)である少女は止まる風さえも己の楽譜に落とし込むかのようにゆっくりと戦闘態勢を整えてゆく。
    「親子連れだと尚更に倒し辛さもあるんだけど……ごめんねぇ」
     柔らかな笑みを浮かべたままに言う言葉では無い。尤も、物足りないと感じるのは相手が彼にとっての『分類:雑魚』に当たるからだろう。
     朋恵の歌に、鍵盤に走らせる指を思い出し戦闘意欲を抑え込む様に戦う聡士はつまらなそうに小さく息を吐いた。これでは、殺人鬼の衝動は収まらないのだろう。
     冷め切った表情で有りながらも生物を殺す事で衝動を発散する廓は聡士とは対照的に『満足』しているのだろう。
    「害獣駆除というものですね……動物が『そういうもの』である以上、人間とて『そういうもの』、ですよ……」
     ヒトを殺さぬ事はイコールすれば秩序を守ると言う事だ。ダークネス等を手にかける事でさえも人の形を取れば人殺しだと実感してしまうこともある。返り血を気にする事もなく地面を踏みしめた廓は「必死に抵抗しながら…屠殺されなさい」と小さく呟いた。
    (「我ながら、殺戮衝動は――困ったものだなあ」)
     頬を掻く冬人の足元で伸び上がる赤黒い影は血液の様だと彼は実感する。
     殺人鬼として感じる衝動は、どうやら友人からは微塵にも感じられない様で。明るく元気な『ウサギちゃん』には無縁なのだろうかと一人燻ぶる想いを飲み込んだ。
    「冬人!」
     フードの兎の耳をひらりと揺らした兎紀が器用に跳ねて攻撃を繰り出した。続ける様に大人の個体に攻撃を放った冬人は仲間達が揃って子供個体を狙わずに大人を倒して居る作戦の遂行をしかと目にする。
    「OK、そうだ兎紀。モンブランとかはどう? マナや皆のお土産にしようと思って」
    「マジ? いいな! 栗も芋も全力で集めるからもっと色々お菓子作ってくれよ!」
     にぃ、と笑みを浮かべる兎紀に冬人はうんうんと柔らかく頷いた。相手は鎌鼬だ、人では無い――衝動は、あまり感じられない。
    「平和は乱すが正義は守るものっ、中島九十三式・銀都参上っ。
     ――悪いが災いの種を摘ませてもらうぜっ」
     ポーズを決めて攻撃を繰り出す銀都の声にスミ花は冷静なまま桜吹雪を纏う。
     花咲く桜色の瞳よりもなお紅い銀都の焔が段々とその苛烈さを増してゆく。大人の個体へと放った攻撃の重さは鎌鼬を圧倒した事だろう。
    (「人を害する以上は捨て置かないけれど……棲み分けとかできればいいのだけれどなあ。
     鎌鼬と人間、相容れない以上はお互い、そうも言っていられんか」)
     肩を竦めたスミ花は桜の木の下に埋まる死体を想像しぞわりと背に走った不安をそのまま『七不思議』として解き放つ。
     切り揃えたすっきりとした黒髪を揺らした秋風を気にも留めず、瞳を伏せったもの静かなスミ花の隣を走り抜ける銀都は焔を爆発させるかのように足に力を込め、飛びこんだ。
    「俺の正義が真紅に燃えるっ。親子劇場を終わらせろと無駄に叫ぶっ
     食らいやがれ、必殺! ――アンコールは必要ありませんっ」
     超・奥義『レーヴァテイン』の炸裂である。
     銀都の炎に「元気だなあ」とほのぼのと言う聡士はその口ぶりでありながらも攻撃の手を緩める事は無い。
    (「す、すごい……本気と書いてマジって感じなのです!」)
     熾烈なBS(いやがらせ)を繰り広げる聡士に思わず「はわわ」と声を出した朋恵へクリスロッテが小さく頷いた。
    「……うん、容赦ないな」
     感情が希薄と言う訳ではないのだろう。年相応に感情をしっかりと持ち合せているスミ花は聡士の攻撃に対しての想いをそう評したのだろう。
    「申し訳ないなとは思ってるよ」
    「顔は口ほどに嘘を付く」
     申し訳ないと思って居るそぶりを見せない表情であった。
     その言葉にへらりと笑う聡士の視線の先でやはり殺人鬼である廓は容赦せずに楽しげに攻撃を放っていた。
    「全部で10匹……まだ終わりじゃ無いですね」
     淡々と『殺していく』のだからこちらも容赦ない。冷静な廓のガンナイフが鎌鼬の身体を逆に『解体』しにいきながら、攻撃を繰り返し続ける。
    「と、っとっと、親は全部倒れた? あとは子供だけか」
     ぴょいん、と跳ねた兎紀が兄や恋人の土産を考えながらも攻撃を繋げるのが微笑ましい。
     冬人の作る菓子も美味しいのだ。早く食べたいなと逸る気持ちを抑えるのも大変である。一方の冬人は何を作ろうかなと迷いながらも殺人鬼同士である友人とのあまりのタイプの違いを実感している処であった。
    「焼き芋は? できるかな?」
    「焼き芋も秋っぽくていいよね」
     折角だから焼き芋パーティーもいいかもしれないと実感した瞬間であった。
     食欲と(殺人鬼比率上)殺戮欲求に満たされる現場ではあるが、ここで鎌鼬へスポットを当ててみよう。
     鎌鼬からすれば『勝手に縄張りに来るやつが悪いんだもん!』という所だが、倒されるのは仕方がない。聡士曰くのザコなのだから仕方がない――だからといって作戦を込めて親から倒し、弱い子供達を普通にさらりと倒されては哀しみを背負わずにはいられない。
     気付いた頃には鎌鼬の数もほぼ0に近付いていた。
    「ご、ごめんなさい、です。秋刀魚とか、栗とか、た、食べたいから……」
     許して下さいとしょんぼりとして言うミリアの手にはその辺りに転がる栗がしっかりと掴まれていたのだった。


     せっせとお土産集めをするミリアはクラスメイトやクラブの面々にもプレゼント出来るだろうかと考える。
     膝下まであるスカートが土に汚れぬ様にしっかりと膝と腿で挟んで、籠の中に栗を確保してゆくミリアはにょきりと生えているきのこをじっと見つめていた。
    「……それは」
    「……毒キノコ、でしょうか……」
     銀都が警戒する様に呟いた声にミリアは小さく頷いた。毒草や毒キノコが生えている可能性だってある。
     まかり間違ってクラスメイトや真鶴が口にしたらと考えて蜜柑や林檎を拾い上げたミリアは小さく息を吐いた。
    「ここで秋の味覚を収穫したら、里の秋祭りとかいこーぜ」
    「それじゃ……まずは栗集め、ですね」
     腹を空かせた様な仕草を見せる銀都に廓は頷きながら栗を懸命に集めている。
     精神病質でありながら堅牢な常識で舗装された奇妙な人格――を否定するかのような正常な少女らしさがちらちらと見えている。
    「うんうん。秋の味覚をさっさと楽しみたいからね。栗とかを回収したら里に出ちゃおう」
     栗を手にしながら嬉しそうに笑う聡士は廓の籠の中へと栗を放り込んでゆく。里の祭りに栗や芋を持ち込めばきっともっと『美味しく』完成する事だろう。
     楽しみだと芋を掘りだす冬人は麓の祭りで料理のレパートリーを広げられるのではと楽しみだと笑みを零す。
     此処まで来ても『主夫』のような彼の隣で、兄貴のような雰囲気だと冬人に懐いている兎紀は懸命に掘り出す芋のツルから手を離し「冬人ー」と手招いた。
    「ん? どうしたの?」
    「栗も芋もどんどん拾おうぜ! いっぱい持って帰るぞーっ!」
     夕焼け空のシャボン玉――ピンクとオレンジ色の紐で結われ蜻蛉玉の御守りを添えた兎紀のアンクレットが主張する様に揺れている。
    (「きっとこいびとさんへのおみやげ集め……ですね!」)
     成程と言う様に頷く朋恵とおませさんなクリスロッテが華やぐ少女らしくきゃっきゃと恋の話しに花を咲かせている。結った髪が風に揺れ、幼さを見せる彼女の表情には楽しげな色が宿っていた。
     芋を拾い上げ、今も昔も「いもくりなんきん」が人気だと栗拾い兼周囲の片付けに勤しむスミ花はお腹を空かせたかのように『きゅう』と音を鳴らす朋恵をちらりと見て笑みを浮かべた――のだろう、微動した表情から僅かに感じられる。
    「お留守番なマナ先輩にも、お土産を持って帰ろう」
     きっと、嬉しいと瞳を輝かせるであろうエクスブレインを思い浮かべスミ花は栗を籠の中へと放り込む。
     飾らず実直な彼女の言葉はに朋恵は「そうですね!」と瞳をきらりと輝かせる。
    「栗も食べたいですし、真鶴さんにおみやげ……おいも、買っていけるでしょうかなのですっ!
     おいしいもの、いーっぱい食べたいのです! いもくりなんきん、なのです!」
     常よりもはしゃいだ調子の朋恵にスミ花は「そうだな。美味しい物をたんと食べよう」とこくこくと頷く。
    「芋も栗も十分かな? それじゃ、そろそろ麓へ行こうか」
     女性陣の籠を手にした聡士に難しい顔で茸を眺めていたミリアがはっと顔を上げる。
     麓の祭りはきっとこの栗林では味わえない味覚もある筈だ。楽しげな兎紀に誘われて冬人の足も自然に逸る。
     彼女達のそんな様子に「腹減ったなあ」とからからと笑う銀都は仲間達を手招いて、麓の里で行われる秋祭りへと誘った。
     食欲の秋は、まだ始まったばかりだった。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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