死闘の価値

    作者:夏雨

     埼玉県の国道沿いに建つショッピングモール。外に出られないと客たちが騒ぎ出した午後4時頃。入り口に張り付いていても状況は変わらないと諦め、史・恭助(ふびと・きょうすけ)は友人たちと出られるまでの待機場所を確保しにフードコートへと戻る。
     恭助は外見からしてチャラそうな不良学生風のグループの内の1人だった。テーブル席を確保して陣取る4人は、まだ冷静さを保っていられた。
    「来たときには普通に入れたけどな」
    「出られないとか、どんなドッキリだよ」
    「ひょっとしたら……ここに泊まるなんてことになりそうじゃね?」
    「はぁ~? 帰れないとかマジ有り得ねえ~」
    「閉じ込められたのが俺たちだけだったらよかったのにな。もしそうなったら好き放題できるじゃん」
     友人の一言を聞いて、恭助はふとした考えを口に出す。
    「ここにいる奴ら皆殺しにしたら、俺たちだけで楽しめるのにな」
     恭助の一言は、単なる冗談として笑って流される。
    「こわっ! なんだよその発想」
    「危ねえなぁ、お前」
    「いくら恭助が喧嘩強くても、ここの全員は無理だろ」
     「そうだなぁ」と恭助はどこか上の空で返事をする。
     ショッピングモールの一角に死体の山が築かれるのを想像しただけで、恭助は激しい興奮に支配された。
     日々何かが満たされないことを感じ続け、恭助はある思いに取り憑かれ初めていた。
     恭助は1人ふらふらと台所用品の売り場を目指し、陳列されていた出刃包丁を手に取った。

    「密室化したショッピングモールに閉じ込められた高校1年生の史・恭助は闇堕ちしかけてるけど、密室殺人鬼って訳じゃない。何のために閉じ込められたのか、明確な目的は不明なんよ」
     神宮寺・柚貴(不撓の黒影・d28225)らの調査により新たな密室の存在が判明したことについて、暮森・結人(未来と光を結ぶエクスブレイン・dn0226)は教室に集められた灼滅者たちに説明を始める。
     密室化された店内に入ることは誰でも可能だが、入れば外へ出ることはできなくなる。密室化を解くためには、密室の中心人物となっている六六六人衆を灼滅する必要がある。
    「今回は少し事情が変わってくるね。恭助の闇堕ちはまだ完全なものじゃない。犠牲者を出す前に恭助を救出する形で倒してしまえば、1人の犠牲者も出さずに済むかもしれんよ」
     殺人衝動を持て余す相手との対峙に少なからず興味を抱く月白・未光(狂想のホリゾンブルー・dn0237)は、結人に尋ねた。
    「殺人衝動持て余してムラムラしてるだけの人になんて声かけたらいいの? ムラムラしている君を止めにきたぜ、みたいな?」
     ヘラヘラした表情でふざけ半分なことを言う未光に対し、結人は言った。
    「ムラムラってなんだよ、もっとマシな言い方があるだろ……お前も殺人鬼だからムラムラしてることになるだろうが」
     未光はなに食わぬ顔で結人の物言いを指摘する。
    「ム、ムラムラって……何その言い方!? 学園全体の殺人鬼を敵に回したね、結人くん」
    「お前が言い出したんだろうがっ!」
     ともかく2階の台所用品の売り場に現れる恭助に接触するのが最善のタイミングである。それ以前ではバベルの鎖の効果も働き、包丁よりも厄介な武器を探し出す恐れがある上、被害を防ぎ切れない事態も考えられる。戦闘に突入すれば、恭助は『殺人鬼』と同様のサイキックを駆使してくる。また、恭助はまったくの素人よりはかなり喧嘩慣れしている部類の学生。多少の技術は身に付いているようだ。
    「誰かを殺すなんて大それた真似がしたいなら、俺たちが相手するしかないよねぇ。華々しいデビュー戦を演出してやりますか」
     そう言って微笑する未光の目は冷たく光り、恭助との対戦に高揚する思いを募らせる。
     密室に臨む灼滅者たちに、結人は真摯な態度で語る。
    「恭助が殺しを実行するかしないかが、灼滅者になるかどうかのギリギリの分かれ目なんよ。中途半端な手加減は必要ない、全力で恭助を止めることを考えてほしい」


    参加者
    秋良・文歌(死中の徒花・d03873)
    槌屋・透流(トールハンマー・d06177)
    逆神・冥(心を殺した殺人姫・d10857)
    水城・恭太朗(図々しい雑草・d13442)
    蓮台・ひめる(空ろの花瓶・d31067)
    ウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(白と黒のはざまに揺蕩うもの・d33129)
    天使音・神秘(どこにでもいる七不思議使い・d33330)
    袈裟丸・創太(のんびり・d35365)

    ■リプレイ


    「ご来店中のお客様にお知らせ致します。只今警備システムの異常により、店外への退出ができなくなっております――」
     店側は客たちのパニックを押さえようとするためか、何度も異常を調査している旨のアナウンスを流していた。しかし、外に通じるすべてのドアが開かないどころか、窓すらも叩き割れない。何も知らずに店外からやって来た者以外はドアを開けられず、中に入って来ることしかできない。どんな警備システムでこのような事態になるのか、本当に納得のいく説明は店側もできずにいた。これがダークネスが引き起こした異常現象であることを知っている者たちは、2階を目指してエスカレーターに乗る。
     プラスチック製のケースに入った出刃包丁を手に取る史・恭助(ふびと・きょうすけ)。商品が陳列されている棚の合間にその姿を見つけ、蓮台・ひめる(空ろの花瓶・d31067)は声をかける。
    「その包丁でさ、どんな料理、するの?」
     ひめるの言葉に驚いて顔を上げる恭助に、槌屋・透流(トールハンマー・d06177)も問いかける。
    「獲物を探しているのか」
    「殺意を抱くのは構わないけど、無意味な殺戮は虚しいものよ?」
     目立たぬように付近に隠れて待機していた逆神・冥(心を殺した殺人姫・d10857)も透流に続き、恭助は複数の灼滅者たちに取り囲まれる。
    「は? 俺に何の用?」
     恭助は驚きはするものの、ケースに入ったままの包丁は手放さない。
    「物凄く個人的で悪いんだけど、キミを殺す」
     開口一番、水城・恭太朗(図々しい雑草・d13442)は物騒極まりない一言を相手に告げる。
     引きつった笑顔を浮かべる恭助は眉尻をピクリと動かし、
    「えぇ? 俺、あんたに殺されるようなことした覚えないんだけど」
     秋良・文歌(死中の徒花・d03873)はあくまで誠実に冷静に恭助に接する。
    「理由はいろいろあるけど、あなたが考え実行しようとしていることを止めたいだけよ」
     「一方的に殺すより、抵抗する獲物の方が楽しめる。そう思わないか?」と、透流は恭助の反応をうかがう。
    「それとも、私たちの中の誰1人殺す自信がないのか?」
     透流の挑発に対し、恭助は一瞬表情をなくす。
    「つまり……わざわざ俺に殺されに来てくれたの?」
     そう言った直後、恭助は出刃包丁のケースを力任せに引き裂き、開封した包丁を構えて包囲網を切り裂きにかかる。


     天使音・神秘(どこにでもいる七不思議使い・d33330)は隣接する店舗が並ぶ広い通路側に飛び出してきた恭助に驚く。神秘は『百物語』を語ることで周囲を不穏な空気で満たし、一般人を戦闘域から遠ざける段取りを踏んでいた。恭助が飛び出すと同時に、月白・未光(狂想のホリゾンブルー・dn0237)もサウンドシャッターを展開する。ひめるは交通標識のサインを操り、相手の攻撃に備えて能力の強化を図る。
     狭い売り場の奥から抜け出した恭助は、即座に皆の方へ向き直る。
    「人が傷ついた時の痛み、知らないからそんな衝動に逆らわなくなるんです!」
     衝動のままに振る舞おうとしている恭助を更生させるべく、ウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(白と黒のはざまに揺蕩うもの・d33129)は剣を手にして向かっていく。ウィルヘルミーナの剣に対し、出刃包丁で対抗する恭助。互いの刃をいなし合い、繰り返し火花が散る。
     ウィルヘルミーナは相手の太刀筋を先に見切り、利き腕をかばって動く恭助を斬りつけた。
     恭助の刃を退けたウィルヘルミーナは、毅然とした口調で言い放つ。
    「傷つけられる事の痛み、その身で知って反省してください!」
     ウィルヘルミーナの間合いから引き下がり、包丁を構え直す恭助の死角に回り込む袈裟丸・創太(のんびり・d35365)は、カードから実体化しようとするチェーンソー剣を抜き放つ。創太の動きに反応し攻撃をいなそうとする恭助だったが、創太の一撃に押し負け吹き抜けの手すりに激突する。
    「手加減しないから、本気で楽しもうよ?」
     のんびりした口調の創太だが、恭助はその太刀筋から明確な殺意をひしひしと感じていた。
     ライドキャリバーの突撃をかわす恭助に、霊犬の鬼茂は果敢に飛びかかる。冥は鬼茂に気を取られる恭助の隙を狙い、その首筋目掛けて狙いを澄ます。
     冥の刀を防ごうと、恭助はとっさに腕で首筋をかばう。斬り込んできた冥の刃は恐ろしく冷たく、流れ出る血まで凍りつくように感じた。
     文歌は巨大な十字架型の銃砲を構え、冥の間合いから飛び退く恭助に向けて砲撃を放つ。撃ち出された光の砲弾は恭助の体をかすめるが、ひめると透流は追撃に出る。エアシューズで滑走する透流は恭助の攻撃を誘い接近すると、
    「なめてかかるとぶち抜くぞ、覚悟はいいか」
     かわした直後にダイダロスベルトを射出し、恭助の右肩を貫く。
     反撃に臨もうとする恭助に対し、ひめるは縛霊手をはめた手で殴りかかる。恭助を殴りつけると同時に、霊力の網が放出され、恭助の動きを阻害しようとする。他の者が恭助に挑み続ける間、神秘はしめやかにサイキックの源となる怪談を語り続ける。神秘のサイキックは怪奇現象となって恭助を襲い、勝手に割れた電球のガラス片が恭助を突き刺そうと次々と飛んでくる。
     カードから解放された巨大な刀を構える恭太朗は、対峙する恭助に執着を示し、どす黒い殺気を放ち続ける。恭助は背筋が凍る感覚というものをこれ以上ないほど教え込まれる。
     刀を構えた未光は青白い炎を巻き上げ、炎で恭助の目をくらまし斬りかかっていく。


     じりじりと一定の間合いを取りながら、恭助は言った。
    「こういう漫画みたいなことあるんだねぇ……」
     息を弾ませる恭助は笑顔さえ浮かべて見せ、興奮状態の神経を研ぎ澄まそうとする。
    「ホント、いつ何が起きるかわからないよねぇ」
     未光は恭助の言葉に応じながらも、恭助のすべての動きに傾注し、次の行動を見極めようとする。
    「君がもう少しアレだったら、やる気満々で来なかったのにさぁ……」
     未光はそう言って恭太朗の方を一瞥する。
    「殺すつもりで行くから死にたくないなら精々がんばれ」
     恭太朗の口調は軽いものの、その表情は未光の言葉通り殺意に満ち、冷然と恭助を見つめる。
     恭助が挑戦的な眼差しで恭太朗を見返す間にも、神秘は次の行動に出る。初めての戦闘で震えるほどの緊張感を味わうが、仲間の援護に力を尽くそうとする。
    「君の殺人衝動? ムラムラ? とにかく、気が済むまで相手になるよ」
     恭助に呼び掛けながら、神秘はプリズムの結晶体が組合わされてできた輝く十字架を降臨させる。光を反射して輝く十字架の内部からは、恭助に向けて無数の光線が打ち出される。
     無数に照射される光線から逃れる恭助へと、恭太朗の刃は迫った。恭助は半ば転がるように、至近距離からの恭太朗の攻撃を避けようとする。無様に見える体勢でも、致命傷に至るほどの傷は負わずに済んだ。
     体勢を立て直し反撃に移ろうとする恭助に向けて、文歌は刃が連なるムチを振り回す。恭助はムチの動きを見切ることができず、左腕に巻き付いたムチの複数の刃が食い込み激痛を味わう。文歌はムチの拘束を決して緩めず、恭助の動きを制限する。
     命を軽視するような行為が許せない文歌は、恭助に道理を説こうとする。
    「理解できないの? あなたの欲求を解消するためだけに命が犠牲になるなんて、おかしくないかしら?」
     恭助は聞く耳を持たず、ひるむことなく拘束している文歌本人を狙いに向かう。
     向かってくる相手に危機感を覚えたが、文歌は迎え撃つ覚悟で相手になろうとする。そこへひめるが割り込むように2人の間に入り、恭助からの首筋への斬撃を避けて肩に裂傷を受ける。包丁を持つ恭助の腕を交通標識で素早く弾き、ひめるは更に容赦ない勢いで恭助の顔を標識で打ち据える。
     顔と鉄製の看板部分がベチコーンと当たる音が響き、命中した恭助の頬は裂けて出血する。
     遠慮のない一撃を食らわせた後で、ひめるは言った。
    「自分の欲求を満たすだけでいいの? それで満足? もっと他に大事なものがあると思うよ」
     大きく傾く体を支えて立ち続ける恭助は、狂ったように笑い声を張り上げた。その場にいる1人1人に包丁の切っ先を向けながら、恭助は言った。
    「大事なもの? そんなものどうでもよくなるくらいだよ……これが満たされて、はじめて俺は実感できるんだ」
     恭太朗は小刻みに首を傾かせ、「ああ、似てるかもな、こいつの考え……」と心中でつぶやく。
    「どうでもいいのよ、あなたの御託は」
     恭助にはなから興味がない冥は、大して気に止めずに攻めに出る。
     冥の炎を吹く強烈な蹴りを受け止め、恭助は衝撃に耐え抜く。更に恭太朗は恭助への追撃を狙い、斬りつける素振りを見せて冥と同様に相手を蹴り飛ばそうとする。しかし、恭助は恭太朗の間合いから抜け様に蹴りを放つ恭太朗の足を斬りつけ、憎たらしい表情で舌を出した顔を向けて、あからさまに挑発してみせた。
     2人の間を抜けて通路を疾走し、一定の距離を取った恭助は振り返る。創太とライドキャリバーが恭助に突っ込んで攻撃を仕掛けるのに対し、ウィルヘルミーナは白蛇のリングから魔力の弾丸を撃ち出し、創太たちを援護する。不気味な動きを見せる創太の影と、ライドキャリバーの機銃からの射撃をかい潜った恭助は、一連の戦闘を経て体得したかのように機敏な動きを見せる。
     当たり引きの良さが続く恭助だが、9人の攻勢を崩すまでには及ばない。鬼茂もひめるや文歌と共に後援に加わり、仲間の傷の回復を幾度となく促す。
    「そんなに浅い攻撃なら、どんどん癒しちゃうし、防いでみせるよ……戦うのが好きなら、まだまだ楽しめるでしょ?」
     そう言って余裕の表情を見せるひめるとは反対に、恭助の息は完全にあがり、吹き抜けの手すりに捕まって体を支えている。それでもなお斬りかかろうとしてくる恭助に対し、ガトリングガンを構えた透流は、その重量感のある砲身から見た目通りの凄まじい連射を放ち、恭助の体を手すりまで押し戻す。
     恭助が寄りかかっていた吹き抜けの縁に設置された柵は蜂の巣になり、向こう側まで貫通した弾丸が向かいの店舗へと到達している。恭助はその柵に体を預け、立ったまま意識を失ったように見える。


     ウィルヘルミーナは何か変化はないかと辺りを見回しながら、
    「これで、密室化が解かれるはず……ですよね?」
    「分かりづらいよね。1階を見に行こうよ――」
     そう言って下りのエスカレーターを目指そうとした神秘は、恭太朗の行動に息を呑む。
     何をするつもりかを尋ねる前に、恭太朗は恭助にとどめを刺そうと刃を突き立てようとしていた。
    「あ、やっぱりとどめ刺す?」
     創太は驚くほど平然と尋ねる。
     恭助は柵から動く気配はなかった。しかし、恭太朗が胸への一撃で殺そうと刀を突き出した瞬間、包丁を握ったままの恭助はわずかな差でそれをかわし、最後に残された力で恭太朗の胸に包丁を突き刺そうとする。
     鈍痛が胸に走るが、まだ心臓には達していない。自分を殺そうとする相手の体に必死に組み付くが、恭助は恭太朗に引き剥がされそうになる。ボロボロの肉体を凌駕した精神力を見せたが、恭助がそこから勝てる見込みは皆無であった。恭太朗は恭助を穴だらけの柵へと突き飛ばし、再びとどめを刺そうとする。
     恭助が突き飛ばされた瞬間、サイキックエナジーによって生成された光刃が撃ち出される。その光刃は恭助とその体を支えていた柵ごと攻撃し、支える力のない恭助は、吹き抜けから破壊された柵の一部と共に1階へと転落した。
     光刃を操っていた張本人である未光は、恭太朗に刃を向けられ大いに戸惑う。
    「ちょ……!? ええぇ? なになに? こわ……」
    「余計なことすんな」
     恭太朗が未光に凄む間にも、1階にいた客が倒れている恭助を見つけて悲鳴をあげる。続いて、正面入り口の方からあがる歓声が2階まで聞こえてきた。
    「なんだ? ……出られるようになったのか?」
     そう言う透流は、密室化が解けたことをほぼ確信していた。
    「おい! 上に誰かいるのか?」
     恭助が落ちた真下から、警備員らが声をかけてきた。
     心ここにあらずに見えて、ぼんやりした状態だった冥は我にかえると、
    「面倒ね……私たちももう出られるはずよ」
     上の階に向かって起き上がれないまま中指を立てた恭助の姿を、誰も見ている者はいなかった。

    作者:夏雨 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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