クリスマス2016~星屑舞踏会

    作者:高遠しゅん

     調子外れの鼻歌を歌いながら、イベント掲示板に派手なポスターを貼るのは櫻杜・伊月(大学生エクスブレイン・dn0050)だ。
    「クリスマスだな!」
    「クリスマスだな」
     段ボールに丸めたポスターを詰め込み、荷物持ちで付き合っているのは刃鋼・カズマ(大学生デモノイドヒューマン・dn0124)。ポスター何枚刷ったんだという面持ちのカズマに、伊月は上機嫌で振り向いた。
    「プレゼント選びとケーキの予約は済ませたか?」
    「いや」
    「イブの予定は?」
    「特に変わったことはない。普段通りだ」
     伊月は芝居がかった仕草で空を仰ぐ。『嗚呼、全くこの真面目だけが取り柄の若者は、この季節の貴重な華やかさを何だと思っている』のポーズらしいが、カズマにはよく分からない。パーティといえば、家族と囲むケーキしか思いつかない。
    「よし、じゃあ決まったな」
     ポスターに踊る金文字『Evening Dance Party』を指した。

     会場は落ち着いた雰囲気のカジュアルレストランを、イベントホールに改装した場所。窓の外には品の良いイルミネーションが施され、日が落ちたならそれは幻想的な光景を見せてくれるそうだ。
    「生の弦楽四重奏による、盛装のダンスパーティだ。楽しいぞ」
     伊月はチラシをひらひらとカズマの目の前にかざしてやる。
    「『盛装』……」
    「貸衣装の用意がある。男性用女性用、サイズも色形も選び放題だ。君は身長がある、きっと映えるぞ」
     着たこともない服を似合うと言われても。カズマは真顔で困惑する。
    「『ダンス』……」
    「これから練習すればいいさ。君たちの運動神経ならステップの一つや二つなんて楽勝だよ。私が保証する」
     講師も既に手配してあり、準備手腕に抜かりは無いと眼鏡のエクスブレインは胸を張る。
    「マナーも何も心配ない、そう堅苦しい場ではないからな。誰もが気軽に楽しめるパーティだ」
     普段とは違う音楽に包まれて、思い思いにドレスアップして、いつもより少し踵の高い靴を履いて。恋人同士で、仲の良い友人たちと一緒に、一人でだって会場に来たなら新たな出会いがあるかもしれない。
     クリスマスイブ、魔法のかかる夜。

    「ああ、それからこれは私のきわめて個人的な予知だが」
     当日はきっと、ホワイトクリスマスになる。イルミネーションと雪との競演は、さぞ美しいだろう。
    「そうと決まれば、さっそくレッスンに入らないと。時間が無いぞ、師匠も走る季節だからね」


    ■リプレイ

    「一緒に踊っていただけますか、お姫様?」
    「よろしくお願いします、王子様」
     七波の手に手を重ね真琴は身をゆだねる。深緑のドレスに純白のショールは常緑樹の枝を粉雪のヴェールで彩ったようで。裾が翻る度に七波の胸を高鳴らせる。七波は真琴の手の甲に小さなキスを落とした。
     踵の高い靴、普段と違う視線の高さ。踵が鳴ればホールドの手がしっかりと背を支える。
    「さすがですわねぇ」
     淡い水色に身を包んだルウは冷都の瞳を見つめた。よくお似合いです、と冷都の言葉にルウが笑みを浮かべる。余裕の冷都も格好悪い所は見せられない。ルウが身を傾け舞ってみせれば、冷都は合わせリードを変える。どこからか聞こえてきた拍手に二人優雅に一礼した。
    「よろしくじゃの、小さな騎士君」
    「御手をどうぞ、ゆーさん」
     悠の手首に黄白の花咲くリストブーケ、同じ花が保の胸を飾る。互いに光を弾く黒のタキシードとドレス姿、差し色も二人揃いで。弦の響きに合わせて踏みだしたなら、視線も一つに絡み合う。この一瞬を永遠と刻むように。悠の微笑みと、穏やかな中に真摯さを覗かせる保の瞳、鼓動の高まりすらも一つに重なるように。見事に舞いきってみせたと悠がウインクすれば、保は満面の笑顔で答えた。
    (「僕たちもあんな風に見える、のかな?」)
     恋人たちが舞う姿にエミリオは隣の断に視線を向ける。純白のイブニングドレスは断の魅力を十分に引き立てており。
    「お姫様みたいだ」
     みるみる断の頬が染まる。エミリオは王子様のようで、気恥ずかしくて顔を見ていられない。エミリオは騎士のように一礼して恭しく手を差し出した。
    「僕と一曲踊ってもらえますか?」
    「……ん! リオがいい……踊ろ?」

     濃密な時間ほど一瞬で流れていく。一曲を踊り終わり立ち寄ったテーブルで美智に手渡されたのは星色したカクテルグラス。
    「俺のシンデレラへ」
     空が悪戯っぽい笑みを浮かべていた。もう片手にはバージンメアリー、美智のドレスの紅に合わせた色。合わせてくれた空の心が美智には嬉しい。あのシンデレラも舞踏会でこんな気分になったのだろうか。
    「来年も再来年も、大人になっても」
    「エスコートは任せておきな」
     こんな夜を一緒に過ごしたい。美智に空は頷いてグラスを掲げた。
     サリーを模したドレス姿で花月はテーブルのカナッペを摘まんだ。
    「平和だよな」
    「いきなりだったものね」
     去年の今頃、花月は闇にいた。喪失感に舜は息を詰まらせる。あの時の事は思い出すだけで胸を締め付けられる。
    「またこうして一緒にいられるのが嬉しい」
     舜の頭に手を乗せ、花月は明るく笑ってみせた。泣くな、泣いてないの軽口に舜も笑みを取り戻し、照れた様子の花月が摘まんだ小さなシューをぱくりと口に。来年もその先もこんな風に二人でいたい。
    「朱君、私と一緒に、踊ってください!」
    「勿論」
     桜色のドレス纏う桜音の申し出を朱羽が断るわけがないけれど。自分から誘うべきだったかと朱羽の胸に疑問がよぎる。それは桜音も感じたが、二人気にしないことにした。フロア花の中、幸せそうな桜音の姿が一番愛らしい。爪先も軽やかに、この時が終わらなければいいのにと二人ともに思う。
    「すっごく楽しい。とっても幸せだよ」
    「そうだな、ずっとこうしていたい」
     同じ思いを胸に旋律に乗る。
     心のまま百花は未だぎこちない侑二郎を導いて舞う。
    「先輩には敵いませんね」
     私も捨てたもんじゃないでしょと笑む百花に、リードされっぱなしの侑二郎は照れ笑い。男らしいところを見せたかったのだけれど、得意満面の百花が愛らしかった。
    「もう一曲いかかですか」
    「ええ。目一杯、楽しみましょ?」
     響くチェロの音がフロアに導いた。
     外は小雪がちらついている。幻想的な光景に響は溜息をついて見入っていたが、ガラスに映った黒のイブニング姿の女性に一瞬で心奪われた。
    「綾乃さんっ!」
     言葉にならない言葉に迎えられた綾乃は、響の星空に似たドレスに目を細めながらも響の言葉に首を傾げる。ドレスのきらめきに負けないほど、響の瞳が輝いていた。
    「とてもお似合いですよ、響さん」
    「……ふぁあ」
     甘い旋律に響が綾乃に手をさしのべる。初めてのダンス、一緒に踊りませんか?
     まだ10歳と思っていたけれど、真珠の天使めいたドレスに身を包めばレディの誕生だ。
    「お姫様みたいだ!」
     可愛がってくれる紫廉が手放しで褒めたなら、フェリスはスカートをつまんでお辞儀をする。
    「お兄ちゃんは王子さまですですか? 騎士さまですですか?」
    「んー、俺は……騎士さまかな」
     さあお手をどうぞ。フェリスは覚えたてのステップで紫廉のリードに合わせていく。それでも紫廉の頭が随分と上にあるのが気になって。
    「2年経てば、もう子供の身長ではなくなりますですから!」
    「楽しみに待っておくよ」
     今は10歳のフェリスと踊りたい。紫廉は天使に目を細めた。
     軽やかなステップはきっと優生のリードのお陰。紺碧纏う美希は、見上げた優生の瞳にからりとした笑みが浮かぶのを見た。
    「まだ覚えてました?」
    「忘れられないさ」
     いつかの出鱈目なステップ! 思い出したくない美希の表情に、大丈夫と優生は耳元で囁いてみせる。あの日より大人びた姿に胸は高鳴り想いも深く。
    「もし12時の鐘が鳴っても、俺と踊ってくれますか?」
    「I’d happy to!」
     胸に飛び込んでくる細い美希の身体を優生はそっと抱きしめた。
     マリア、愛しい名。ホテルスは恭しくその手を取り囁きかける。
    「踊って頂けますかな、我が姫君?」
    「もちろん、私の王子様」
     真紅のドレス、髪にも同じ色の薔薇。肩に沿わせた左手の薬指に輝く約束の指輪。手を取るホテルスの左手にも同じ指輪。生涯を誓った愛しい人と共に過ごせる幸せ、共にある幸福が交わす視線に、手のひらの温もりに宿る。全てに感謝を捧げ二人の時が流れゆく。
     三日月模したネックレスが夜空の青を纏う瑠羽奈の首筋に煌めいた。
    「では、お姫様。お手をどうぞ?」
    「導いてくださいませ、王子様」
     エスコートする緋凍の髪には月色の細いリボン。宝物を身につけてフロアに滑りだす。音楽に合わせて踏むステップ、見つめ合いターン、それだけで夢心地がする。凜々しい王子様と瑠羽奈が囁いたなら、ボクのお姫様と緋凍も囁く。この一瞬が永遠であれば良いのに、願いながら三拍子の夢は続く。
    「先輩、一緒に踊ろう」
    「ではリードをお願いいたしますね」
     憧れの綺麗な先輩はどんな風に自分を見ているのだろう。セカイを誘ったものの、義人はまだ大切な言葉を言えずにいた。緊張する踏みだした踵が滑りバランスを崩す。
    「きゃあ!」
     絡み合うように転んだ義人とセカイ。運良くセカイの下に回り込むことはできたものの、一瞬唇に触れた温かいものは何だったのだろう。
    「わ、わたくしなら大丈夫です」
     風に当たってきますとセカイは顔を真っ赤にして行ってしまった。義人は慌てて追いかける。そこから何が起こったのかは、二人しか知らない。
    「せっかくの夜、こういうのも悪くないわね」
     くるりと回ってみせた逢紗の普段とは違う茶目っ気に、レニーはタキシードの襟を正し囁いてみせる。
    「似合ってるよ逢紗。君が一番綺麗だ」
     いつもより近い距離、手を取り肩を抱きフロアの華となる二人。レニーのリードに逢紗は身を委ねつつも、軽いアドリブで応じる。やがて旋律は鼓動にかき消され、互いの呼吸と温もりだけが世界となる。
    「……こういう接し方も、悪くはないわね」
     今しか見せない逢紗の柔らかな笑みにレニーは見惚れるしかなかった。
     高いヒールの靴とアップスタイルにまとめた髪。肩の見えるドレスもイコが円蔵のために選んだもの。それでも埋められない身長差が少し悔しい。だけど音楽に乗れば愛しさで消えてしまう。
    「イコさん、イコさん」
     貴女がこうしてぼくの傍らにいて共に踊って過ごせるこのときが
    「凄く嬉しいんですよぉ」
     彼の声で紡がれる名前、イコはぎゅっと円蔵の胸にしがみつく。抱きしめてくれる手が優しくて切なくて。愛していますと囁くのが精一杯。円蔵は判っていると微笑んだ。
    「沙耶々も大人っぽくなったよね」
     綺麗だよとアンリが耳元で囁けば頬に紅が差す。アンリのエスコートは完璧で、習い覚えたステップも音楽に乗れている。タキシードを当たり前のように着こなすので、選んだドレスは少しだけ背伸びをした。曲が終わる刹那にゆっくりと抱きしめられ、胸がどきりと高鳴った。沙耶々の顎にアンリの指先、吐息が重なるほど近く。目を閉じて触れた温もりに時が止まる気がした。
     ああ、曲が終わってしまう。緊張していたステップも小太郎のリードがあれば楽しくなってきて。希沙が名残を惜しむように見上げたなら、小太郎と視線が合った。楽しい? と問うまでもなく小太郎の視線からも酩酊が伝わり、希沙の胸に喜びが宿る。今宵の装いは全てが小太郎のため。ねえ、届いている?
    「希沙さん」
     左手の薬指きらめく指輪に小太郎の口づけが降りてくる。
    「愛していますよ、オレだけのレディ」
     一分にも満たない曲の変わり目に靴音が響く。黄昏色のショールをふわりと暦の肩に纏わせ、静香が優雅にターンする。音楽がなくとも二人の靴音が音楽になる。
    「星屑の海より、私だけを見てくれるアナタの瞳が好き」
    「ね、静香。俺の全部をあげるって、言ったもんね」
     囁き合う言葉もまた旋律に。互いに名を贈りあう二人だけの儀式。再び音楽が始まっても二人だけのステップは続いていく。

    「銘子ー、踊ろう~♪」
     葡萄茶色のタキシードを着たミカエラが元気いっぱいに銘子に手を振る。
    「小次郎くんは?」
    「着替えに行ったー」
     三人で遊びに来たものの、恋人たちの甘い空気に替えの服を持って控え室に駆け込んだらしい。暫くすれば青いタキシードの小次郎が走ってきた。
    「女性らしさを示すいい機会だったんだけどなぁ」
     残念そうな小次郎はミカエラと銘子が踊る様子を結社で自慢するために写真に収めていく。後で集合写真も撮るつもり。
     身長差があってもミカエラのリードは踊りやすい。曲が終わり紫紺の裾を翻し一礼した銘子は、壁を飾っている伊月とカズマに手を振った。伊月が手を振り返したが、どうやら先客がいるようだ。
    「小次郎ちゃんと踊りたい! 着替えてくるね」
     ミカエラの背を見送って、小次郎が改めて礼をする。
    「踊っていただけますか?」
    「ええ、喜んで」
     深い真紅のドレスを纏う京は密かに息をついた。相手が居たなら完璧だったけれど、都合良く作れるものでも現れるものでもなく。今は壁を飾る一輪の花。一人もいいが少しだけ物足りない。
    「嘆かわしい。女性を壁の花にするなんて」
     伊月がカズマの襟を掴んできた。散々急かしていた様子。カズマが視線を合わせないのは照れている証拠なのだと。
    「退屈していたの。貴方、付き合って貰えるかしら」
     黒のタキシード、カズマが深く息をつく。
    「手を」
     カズマが京の手を取りフロアに向かうのを見送って、伊月は傍らの視線に振り向いた。
    「お待たせ」
     藤色のシンプルなドレスにショール、黒髪を高く結い上げて。静佳は小さく微笑んだ。震える両手を胸元できゅっと握りしめ。
    「伊月さん、あの」
    「先ずは一曲、踊っていただけますか?」
     男性から誘うものだと伊月は言う。精一杯の微笑みと何度も練習したステップで、でも鼓動が邪魔して音楽が聞こえない。友達からもう少しだけ進んだこの気持ちを、何と名付けたらいいのだろう。
    「教えて下さいますか」
    「……私にもわからないんだ」
     見上げる静佳に伊月が困ったように笑った。この感情は私も初めてだからと。

     マサムネの軽快な喋りに水鳥は相槌をうつ。誘われたけれど少々気後れしていたところ。
    「んー、水鳥のドレスアップした姿素敵な!」
     直球がきた。頬を抑えたら、笑ってよとマサムネが応じる。笑顔が一番のお化粧だからと。
    「カッコいいマサムネさんに相応しくないかなって」
    「そ、そんな事言われたら照れるぜよ!」
     今は一方通行でも、これからもう少し仲良くしたいとマサムネは言う。水鳥ははにかんで頷いた。
     くるりくるりとターンを続け。
    「ゆうたろさん、私ぜんぜんリラックスできない!」
     遊太郎のリードは気紛れで括は付いていくので精一杯。
    「転んだら受け止めてあげるから大丈夫」
     強引なんだからとくるくる回り続け、目を回してひとしきり笑えば緊張も飛んでいく。次の曲はゆったりしたものだといい。
    「メリークリスマス、よみちゃん」
    「メリークリスマス、結月」
     囁きあった言葉が重なりくすくす笑いに変わる。今年も二人でいられるその幸福。結月のピンクベルベット、詠のマーメイドラインのドレスが重なり合い合わせて揺れる。結月に詠は助けられてきた。明るさと笑顔、その温かさ。舞踏会は今年も二人の思い出と刻まれるだろう。
     桜花のドレス姿に見惚れた高明、
    「お伽噺から迷い込んできたかと思ってしまったよ」
     微笑んでごまかして。
    「今夜もお願いしますわね、私のナイトさん」
     曲に合わせて手を差し出す。リードは高明に任せるのが桜花だから。つないだ手の温もりが惜しくて、音楽がいつまでも続けばいいと一曲を踊り終え、窓の外のイルミネーションを眺める。
    「時間が許す限り一緒に居ていいかしら?」
    「忘れられない最高の夜をご所望かい?」
     夜はまだ更けたばかり。パーティーはまだ終わらない。
     純白のカクテルドレス、髪には緋牡丹の摘まみ細工。タキシードより似合うんじゃない? と褒めてくる聡士に若干イラッとしないでもない時兎。聡士が何でも着こなすのもますます憎たらしい。
    「確りリードしてね、王子様」
     言ってやれば『お姫様』と返してくる。どうせなら他の誰よりも美しく完璧に踊ってみせよう。二人なら呼吸するよりも自然にできるはずだから。
     どうにも上手く踊れない。衛の足に爪先を引っかけ、御調は盛大にバランスを崩した。ふわりと浮いた小花纏う身体を、衛は片手で支えてみせる。
    「気にせんと楽しもうや、な」
     何度転んでも大丈夫、緊張するのは衛も同じ。何度ぐらついても楽しめるならそれでいい。来年までにもっと上手くなったなら、来年はもっと楽しめるから。
    「はじめて二人でお出掛けしたのもイブの夜でしたよね」
     ドレスを翻しジンザの腕の中で踊る澄。覚えています? と問うたなら、
    「ええ、もちろんよく覚えていますとも」
     ケーキの記憶が鮮明にと頼もしい言葉。微妙なすれ違いのあった二人も、今年は共にイブの夜に踊る相手となれた。どうぞよろしくとのジンザの言葉に微笑みを返す澄だった。
    「Shall We Dance?」
     使い古された言葉、だけど葉月が言うのなら新鮮な言葉。
    「I would love to」
     真火は答えて葉月の手を取る。リードの手に導かれたならステップも徐々に軽く滑らかに、体温が戸惑いも解していく。夜がこのまま終わらなければいいのにと、ふたり思う。愛しているの囁きは二人だけに聞こえる呪文。
     堅苦しいだけかと思ったら、安寿のドレス姿を見られるなら安いものだ。リズムに合わせて覚えたステップで、音楽に乗れば自然と呼吸も一つになる。
    「このまま何処かへ攫ってしまえたら、なんてな」
     合間に口にした陽己の言葉に安寿がきょとんと見上げてくる。
    「冗談だ」
    「え、冗談なの」
     攫ってもいいのにと安寿が微笑んだ気がした。
    「一曲如何ですかお嬢さん、なんて」
     梟はいつもの調子で眠兎に手を差し出す。ちゃんと大人っぽく見てほしいなと眠兎は願いながら、その手に手を重ねた。純白のドレス、左回りのワルツは大人への階段と聞く。イブの夜は少しいつもと違う。このまま踊り続けていられたらいいのに。
     巡り廻る円舞曲。麗しの歌姫と麗しのファントムがステップを刻む。
    「今夜だけはゆうきょうちゃんの心を独り占めできますように」
     小さく唱えためろの言葉は優京の耳にまで届かない。優京の演じるファントムは、戯れに歌姫めろの腕を引き寄せ。
    「――顔が赤いが、平気か?」
     女心の機微を知ってか知らぬか顔を覗き込み、更にめろを赤くさせた。
     慣れた勇騎のリードに身を委ね、里桜は悪戯心に唇の端を上げた。
    「いつかのドレス姿も似合っていたけれど」
     今日のタキシードもとても決まっているけれど。
    「今日のドレスも似合ってるよ」
     里桜と囁き髪に唇を落とす。里桜の瞳を覗き込み、勇騎は愛の言葉を耳元に囁きかけた。赤茶の瞳に綺麗な涙が浮かんでいく。これからも一緒に幸せを作っていこう。
    「ずるいよ」
     月人は見惚れるくらい格好良いなんて。春陽は唇を尖らせてみせる。それでも『思わず見惚れちまった』なんて囁かれて、顔が熱いのは照明のせいだと言い張って。
    「この曲が終わったら写真撮ってもいい?」
     お互いに慣れないことをした記念。いつでも思い出せるように。
     ふわりステップを踏めば真紅の裾がひらりと踊る。
    「今、ももの瞳に映るのは俺だけだから」
     恋人を独り占めできるのが嬉しいとエアンが囁けば、百花の頬に熱が浮かぶ。爪先が軽く雲の上を踏むみたい。
    「大好きよ? えあんさん」
    「俺も」
     夢心地の百花に軽いキスを。今夜はイルミネーションの中を帰ろうか。
     七狼が彩ってくれた指先に落とされた口づけ、シェリーが頬を染めたなら、お手をどうぞと導かれる。出会って恋をして逢瀬も重ねてきて。互いの思いは深く深く果ては見えない。
    「この腕の中の君が好きだよ」
    「優しく導いてくれる君が好き」
     何度でも今宵は踊り続けよう。
     伴侶に選んでもらった薄緑色のイブニング。薫は翔也に身を委ねる。こういった場でのダンスなど初めてで、でも盛装の翔也はいつもと変わらず落ち着いていて。
    (「甘えちゃってもいいですよね?」)
     ステップを旋律に乗せたなら、リードが先へ導いてくれる。もっと好きになりそうと薫が囁けば、翔也は笑顔を返答の代わりとした。
     お互い隠れての猛特訓、ダンスの成果はこの場所で。
    「大丈夫、俺に任せてくれ……な?」
     フローズヴィトニルの爪先に足を踏まれそうになりながら、ギーゼルベルトは緊張を解せるよう彼女の肩を抱いた。貴方と踊れるだけで、君と踊れるだけで、胸が幸せで溢れてしまいそう。今日だけは、今宵だけは、お互いの姫君と王子様で在りたい。抱く思いも重なって。
     スローテンポの円舞曲。国臣のリードに導かれ、オリヴィアは遠い日を思い出す。この愛を過去に失った愛の代償にしているのかも。本当の心はまだ分からないけれど、目の前で微笑む国臣への想いは本物で確かなもの。
    「私は今、とても幸せです」
     このまま時間が止まってしまえばいい。呟くオリヴィアをそっと抱きしめる。国臣の胸には小さな贈り物が。これを渡すのはもう少し後、日が変わり彼女が誕生日を迎えた瞬間に。
     いつもの威司さんも素敵だけど今日の正装もとっても素敵で。
    「他の女の子の目に入ったらって思うと、少し心配かも」
    「耀の綺麗な姿が他の男どもの目に入る方が、俺は心配だな」
     音楽も今は聞こえない。互いの存在だけが互いの心を占めているから。
    「大好きです、愛しいあなた」
    「愛してる。他の誰にもお前を渡さない」
     言葉を繰り視線を交わし、誘い誘われ交わす口づけは甘く薫る。
    「今年も一年ありがとう。乾杯」
     グラスを傾け響かせる音。緋頼は夜に酔ったように白焔に寄り添った。この一年色々なことがあったけれど、今夜こうしていられる奇跡に感謝したい。
    「どこにも行かない。行くなら、一緒だ」
    「死んだらついてかないから、覚えておいてね」
     生きるならどこまでも共にありたい、でも命を手放すことは許さない。死は二人を分かつから。
    「……一緒に生きような」
     言葉と共に吐息が重なる。誓いは二人の胸の中に。

     この時を永遠に。
     来年もその先もずっとずっと、生きて幸福を紡ぐために。

    作者:高遠しゅん 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年12月24日
    難度:簡単
    参加:83人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 3
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