猫々荘とその住人達

     とあるアパート、『猫々(ねこねこ)荘』。
     そこに住む青年は、いつも通り、SNSにアップするためのミニチュアの製作に没頭していた。
     またある部屋の売れない芸人コンビは、いつも通り、コントのネタ合わせをしていた。
     そしてある部屋の大学生カップルは、いつも通り、イチャイチャしていた。
     そんないつも通りの日常は……突如一変した。アパートは迷宮化し、住人はゾンビと化したのである。
     崩壊した日常の中、事態を理解していた唯一の人物がいる。野暮ったいメガネをかけた、二十代半ばの女性。ノーライフキングである。
    「よくわからないけれど溢れてくる力は一体……でも、この力さえあれば、計画が実行に移せそうね。念願の、猫屋敷迷宮完成計画が」
     足元にすりよる数匹の猫を撫でた後、女性はすっくと立ち上がった。己が野望を叶えるために。

    「サイキック・リベレイターをノーライフキングに使用した事で、その力が増大している。この影響で、闇堕ち後、慎重に自室の迷宮化を進めていたノーライフキングの迷宮が急激に拡大し、住人ごとアパートを迷宮化してしまったのだ」
     集まってくれた灼滅者の前に立つ初雪崎・杏(高校生エクスブレイン・dn0225)は、少々困り顔であった。
     このままでは、周囲一帯が迷宮化してしまいかねない。この迷宮を探索し、奥にいるノーライフキングを灼滅する事が、今回の依頼だ。
     迷宮化したアパートには、正面玄関からのみ入る事が出来る。窓や壁を破壊してショートカットするのは無理という事だ。
     内部は、迷宮化した部屋が連結されており、元々の住人がアンデッドとして守りについている。ノーライフキングの居場所にたどり着くには、幾つかあるルートの1つを突破しなければならない。
    「ノーライフキングを灼滅すればアパートの迷宮化は解け、中にいたアンデッドも滅ぶから、その辺は心配しなくてもいい」
     杏の示したルートは3つ。
     1つ目は、青年の部屋。精巧なミニチュアを作るのが趣味で、侵入すると製作の邪魔をされたと感じ、工具を手に襲い掛かって来る。
     2つ目は、芸人コンビの部屋。医者と患者のコントの練習をしており、侵入すると、コントの小道具を振るって襲い掛かってくる。
    「そして3つ目は、大学生カップルの部屋。侵入すると2人の時間を邪魔されたと思って、襲い掛かって来るのだ」
     ただし、穏便に突破する方法があると、杏は両手を軽く広げ、頭の上に乗せた。ネコミミのように。
    「迷宮の主は、猫好きだ。そこで、ルート上にいるアンデッド住人に猫好きをアピールして成功すれば、戦わずしてにノーライフキングの元にたどり着くことができるだろう」
     奥に待つのは、女性型ノーライフキング、名はミミコ。
     猫への愛を凝縮した光線を打ち出したり、肉球型のオブジェを召喚して肉球型のエネルギー波を放つ。更に、自己回復能力も持ち合わせているらしい。
    「今回はいかにしてノーライフキング戦までの消耗を減らすかが、鍵となるはずだ」
     頑張ってくれ、と灼滅者達を激励した杏は、ネコミミポーズのままだったと気づき……慌てて手を降ろした。


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    ミリア・シェルテッド(キジトラ猫・d01735)
    神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)
    栄・弥々子(砂漠のメリーゴーランド・d04767)
    森沢・心太(二代目天魁星・d10363)
    紅羽・流希(挑戦者・d10975)
    本田・優太朗(歩む者・d11395)
    穂村・白雪(無人屋敷に眠る紅犬・d36442)

    ■リプレイ

    ●猫々荘の訪問者
     たとえアンデッドとなっても、迷宮の守護者となっても。
     黙々と作業を続ける青年の部屋の呼び鈴が、不意に、鳴らされた。
    「どちらさま……」
    「やっ、こんにちは! 可愛い猫がいっぱいと噂の猫々荘はここであってる? にゃんにゃん、可愛い猫はどこだにゃん♪」
     穂村・白雪(無人屋敷に眠る紅犬・d36442)が、にゃんっ、と両手を可愛く挙げると、青年はあからさまに困惑した。
    「にゃ、にゃん? えーと、それはどういう……」
    (「こっちだって必死なんだよ察しろよ!」)
     白雪の方がよっぽど困っていた。
     それはさておき、とアリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)が、問う。
    「ねえ、私の猫を知らないかしら? この建物の中へ入るのは見たんだけど。気まぐれで好奇心旺盛で、何かとすぐにどこかへ行っちゃうのよ。もっとも、思い通りにならないのが犬と違って可愛いんだけどね」
    「知らないなー。猫は好きだけど、作業中は部屋に入れないようにしてるんだ……あれ?」
     青年が首を横に振ると、一匹の猫が入りこんできた。
     ……ムーンウォークめいた動きをしながら。
    「……なぜ?」
     もちろん、ただの猫であるはずもない。紅羽・流希(挑戦者・d10975)が変身した姿である。
    「失礼します! すごいでしょうこの猫!」
    「うわ、またお客さん!」
     デジカメ片手に乗り込んできた森沢・心太(二代目天魁星・d10363)が、青年に詰め寄る。疑問を抱く暇など与えない。
    「猫さん、待って、待って……!」
     続いて、ミリア・シェルテッド(キジトラ猫・d01735)の変身した猫を追いかけ、猫じゃらしを手にした栄・弥々子(砂漠のメリーゴーランド・d04767)がやってくる。
    「また猫!?」
     とっさに作りかけのジオラマ……縁側で、猫の群れに囲まれ、三毛猫を抱いたおばあさんという情景だ……をかばう青年。
    「安心して。この子達はいたずらなんてしないわ」
     ウイングキャット、リンフォースを優しく撫でながら、神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)が言った。
    「猫祭りだ……」
     呆然とつぶやいた青年の視線は、最後に入室した本田・優太朗(歩む者・d11395)に注がれていた。正確には、そのネコミミに。

    ●合言葉は猫大好き
    「さあ、リンフォース。この人にダンスを披露してあげて。みんなと一緒に」
     明日等の声に、にゃ、と銀猫が応じた。
    (「……猫のダンスってどうやればいいんでしょう?))
     とりあえず、お座りしたまま、右前足をちょいちょいと動かすミリア猫。
     こういう感じでどうでしょう、と流希猫が、ダンスを披露する。その猫離れした動きを追って、興奮気味にカメラを回す心太。
    「こんな激しい躍りをする猫初めてですよ! ね、ね!」
    「た、確かに……」
     徐々にミリア猫も、アクティブに。3匹の猫の共演が、青年の目をくぎ付けにする。
     よくできました、と明日等に褒められると、リンフォースが体をすりすり。
    「猫がこんなにいっぱい、可愛いにゃん♪ お兄さんも猫好きにゃん?」
    「は、はい、そうですね……」
     白雪に圧倒される青年。なぜか敬語。
    「弥々子も猫さん大好き、なの。猫じゃらしに飛びつくの、とっても可愛い、よね。夢中で飛びついてくるから、こっちもつい夢中になっちゃう、の」
     弥々子が猫じゃらしを振り振りすると、流希猫が、常人ならぬ常猫ならざるキレと俊敏さでじゃれ付いた。
    (「ね、猫じゃらしで釣れるほど、子供じゃないです……」)
     そんな風に思うミリアの心とは裏腹に、体はうずうず……。
    「お兄さんも、やる?」
     猫達をあやしながら、弥々子は、もう1つ猫じゃらしを取り出し、青年に渡す。
    「この猫さんは、お手も出来るんですよ」
     優太朗が差したのは、ミリア猫。せっかくだし、と青年がチャレンジ。
    「ええっ、と、お手」
     ぽむん、と手を乗せるのを見て、青年、思わずもう一回。
    「お手。もう一回……お手」
     するとミリア猫、くんくん、その手を嗅いで、なぜかしょんぼり。どうやら、「ご飯ないのー」と落胆したらしい。それでも、のそのそと左前足を乗せる。
     その後も、皆のリクエストに、軽いフットワークで答えていく流希猫。きっちりご褒美を所望するのも忘れない。
    「やっぱり、猫はいいよね」
    「動画は沢山あるんですよ、見てみます? こんなもんじゃないですよ」
     心太に勧められ、青年もじっくり観賞。アリスが逐一猫の可愛いポイントを解説してくれる。
    「可愛いね、作品の参考になるかな?」
    「そうして猫の仕草を作品に反映するんですね。これほどの小ささながら、三毛猫の塗装も美しい」
     優太朗がジオラマをしげしげと見つめると、青年は上機嫌。
    「このサイズで着彩するのは大変だからね。三毛猫が好きなのかい?」
    「スフィンクスも好きですよ」
     こういう猫です、と優太朗が画像を見せると、青年は創作意欲を刺激されたように頷く。
    「そうだ。この奥に、僕以上に猫好きな人がいるよ。君達なら話が合うんじゃないかな?」
     青年が示したのは、別の部屋に続く扉だった。
     挨拶して通路に出ると、アリスは、ふう、と吐息を1つ。
    「ん、猫好きアピールっていうのも疲れるわね」
    「疲れるってレベルじゃなかったけどな……!」
     素に戻った白雪は、いたたまれなさから手で顔を覆う。
    「に、しても、こんな庶民的なノーライフキングが出て来るとは予想外ね」
    「猫さんいっぱいのお家は楽しそう、だけど、迷宮にされちゃうのは困る、の……」
     猫達のいる廊下を歩きながら、言葉を交わす明日等や弥々子。だが、どの猫からも、生命の息吹を感じない……。
    「巻き込まれた住人達は気の毒ですが、このままでは町が迷宮に飲まれてしまいます。……全力を尽くさなければなりませんね」
     心太も、決意は固い。……カメラと猫じゃらしを持ったままだったけど。

    ●猫々荘の真なる主
    「さて、ここが一番奥らしいけど」
     アリス達を阻むように立ちはだかったのは、何の変哲もない扉だった。
    「にゃぁー」
     あーけーてー、と言いたげに、ミリア猫が扉をひっかいた。
     優太朗が開けてあげると、中では、こたつに入った屍王ミミコが猫に囲まれていた。廊下にいたものと同じく、命ある猫ではない。
    「あ……猫……」
     反射的に、灼滅者猫を撫でようとするミミコ……が、直前で、その手が止まる。
    「……この感じ……もしかして……」
    「すまねぇな。俺、猫じゃないんだ。ま、解ってた事だとは思うけどよ」
     瞬時に人へと戻る流希。その奇襲を、ミミコは辛くもかわしていた。
    「今のアンタじゃ本物の猫は近づきもしないさ。死臭の漂う化け物に付き纏うのは、俺みたいな化け猫だけだぜ? よく覚えておく事だ」
    「私の猫達を、化け猫呼ばわりするつもり……?」
     眼鏡をくいっ、と持ち上げ、ミミコがコタツから立ち上がる。どてらのように羽織っているのは、ノーライフキングの特徴である外骨格だった。
     途端に強さを増す死の匂いは、白雪に兄の死をちらつかせる。陽炎の如く。
    「さぁ、クトゥグァ。今日も命を燃やそう」
     白雪の傍らに、ライドキャリバーが顕現する。
    「おまえが死を振りまくダークネスなら、俺にそれを与えてみせてくれ。誰よりも残酷で苦しい死を」
    「なら、望みどおりに……野望は邪魔させない……」
    「ぜったい負けない、もん……!」
     軽く深呼吸して、ミミコをきゅっ、と見すえる弥々子。首をもたげる弱気も、今は封印。代わりに解き放つのは殲術道具と、弥々子自身の勇気。
    「皆、準備はいいわね。叩き潰しましょう……Slayer Card、Awaken!」
     光剣を抜き放ち、アリスが切りかかった。
     同時に、人の姿に戻ったミリアの夜霧が、皆の姿をミミコの認識から隠す。
    「そんな小細工……はっ!?」
     がきん、と外骨格が硬い音を立てた。霧を割くように、流希の鎌が振り下ろされたのだ。先ほどのトリッキーな猫はおろか、普段の穏やかな顔はそこにない。あるのは、屍王の魂を刈り取る死神の姿。
    「猫好きと戦うのは心苦しいけれどね」
     明日等が眉根を寄せる。そのダイダロスベルトは猫達を避け、ミミコだけを的確に切り裂こうと舞う。
     その間に、弥々子が腕に鬼神の力を降ろした。小さな体ゆえに、猛々しさがより際立つ。
    「……!」
     巨腕を叩きつけられ、外骨格が大きくたわむ。だが、重い一撃をしのぐと、小型の砲塔へと組み替えられた。
     かっ! 闇色の光状が、後方にいたミリアの体を焼いた。猫への偏愛が、細胞1つ1つを侵食していくような感覚。
     が、照射を続ける光線を、優太朗のダイダロスベルトが遮った。そのままミミコを牽制するように弧を描くと、ミリアの元へ。その真なる使命は、鎧の形となり、傷を癒す事。
     そらされた光線が、壁に猫の形の痕跡を穿つ。
    「ふざけてる……とはいえませんね」
     優太朗の呟きに、心太が壁を凝視する。その痕跡は、威力のすさまじさをも物語っていた。
     ではこちらも、と心太がこたつを乗り越え、相手との距離を詰める。展開したエネルギー障壁をミミコ目がけ振りかぶる。その形状は、
    「肉球……!」
     直後、襲う打撃。猫達を巻き込んで、壁にその体を打ち付けるミミコ。
    「猫屋敷を作りたいなら、自分の部屋だけにしておきなさいな。全体を猫の町にしたって、目が届かないでしょ。それじゃ愛でられないじゃない」
     迫る白の軌跡。アリスの魔弾が、身を起こすミミコの眼前で炸裂した。
     外套のように外骨格を動かし、しのぐミミコ。視界の隅に捉えた白雪を迎撃する。
    「猫とばかりじゃれてないで、俺とも遊んでくれよ」
     猟犬の名を冠せし剣は、屍王の肉体をも貫き通した。

    ●迷宮を解き放て
     屍王は、強靭であった。
     幾度裂いても砕いても、外骨格とその肉体は霊的な回復力により再生を果たす。
     だが、攻守に渡る連携と的確な回復により、灼滅者達はミミコを追い詰めていく。
    「く、可愛い……」
     ミミコが、痛みとはまた別種の苦悶をもらした。原因は、リンフォースの披露した肉球パンチ。
    「あなた達も私の眷属になればいい……悪いようにはしないし……」
     光の飛沫が周囲に舞う。ミミコの肉球ビームを、ミリアの防護符が受け止めたのだ。
    「猫好きにされるだけならともかく、生ける屍にされてしまうのは困ります」
     丁重に断りを入れると、優太朗が陣を起動させた。方陣から溢れる光を浴びた仲間達の傷が、塞がっていく。天魔の加護を得た仲間達は、クトゥグァの乱射の中、攻勢を強めた。
    「さて、押し切りますか」
     優太朗の言葉に合わせ、弥々子の手元から、光弾が飛んだ。
     吠声にも似たけたたましい音が、部屋の壁を叩く。白雪のチェーンソー剣が、外骨格を削り、切断する。
     切り飛ばされた骨の一部を、無駄のない挙動で回避する明日等。ツインテールを舞わせつつ、槍撃をねじ込む。
     チェーンソーと槍の対処で手いっぱいのミミコに、流希が切りかかる。外骨格ごと片腕を切り落とされ、バランスを崩したミミコの動きが、更に鈍る。先ほど肩を穿った、弥々子の制約の力が効いてきたらしい。心太が懐に入り込むには、十分な時間。
     ばちり、雷が獣の如き尾を引き、ミミコの顎をとらえ、高く舞い上がる。
     アッパーを受け切ったミミコは、背後に気配を感じた。
    「遅いわ」
     とっさに振り返ったミミコの視界が、白一色と化す。アリスの影業に食らいつかれたのだ。
     影を振り払うも、それが最後の抵抗となった。
    「私の野望が……ここで潰える……? そんな……」
    「一応付け加えておくけれど、猫は好きよ」
     ちゃんと生きていればだけどね、というアリスの言葉を最後まで聞き届けることなく、屍王は灰燼に帰した。愛する猫達と共に。
     迷宮の主を失ったことで、猫々荘も元の状態に戻っていく。ただし、住民を除いて。
     からっぽになった各部屋を周り、黙祷を捧げる白雪。
    「猫達とも生前に会えていればよかったのにね」
    「そうですねぇ……。せめて安らかな眠りに就く事を願うばかりですよ……」
     猫々荘の門の前に立ち、改めて死者の冥福を祈る明日等や流希。
     またここに人々の営みが戻る事はあるだろうか……。
     淡い思いを抱く灼滅者達の足元をすり抜け、1匹の野良猫が、建物の中に入っていった。

    作者:七尾マサムネ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年2月28日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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