●ある熱き日の教室で
──6月11日。
「灼滅者たちの、いや、学生たちの熱き戦いの日がやってくるッ!」
力一杯叫んだあと、神崎・ヤマト(高校生エクスブレイン・dn0002)は教卓にプリントの束をそっと置いた。そう、きたる6月11日は武蔵坂学園の運動会。組連合ごとに力を合わせ、優勝を目指す熱き戦いだ!
「体育委員が忙しそうでな、俺が選抜競技の一つ、二人三脚の説明プリントを持ってきたぞ。誰か配布を手伝ってくれ」
選抜競技は、MVPを取った学生の組連合に加点の入る大事な競技だ。
今回ヤマトがプリントを持ってきたのは二人三脚。今年はシンプルな二人三脚なのか、障害物競争要素の入った二人三脚なのか。
灼滅者たちは配布されたプリントに目を通した。
プリントには「二人三脚!来たれ、黄金コンビ!」と大きな見出しの後、イラストと共に詳細なルールが記載されていた。
要約すると。
「総コースは50メートル。今回の二人三脚は、障害物競争の要素が3つアリ、だな」
障害物その1、ペア平行台。スタートからいきなりの障害物だ。
特殊な足枷で二人をつなぎ、息を合わせて3mの平行台を渡り切る。
ここの2台の距離は出場者が指定可能だ。手をつないで歩くことも可能。補助具の持ち込みも可能だが、補助具を持ち込んだ場合は、その後も『二人で』抱えて走る必要がある。
「補助具OKとはいえ、ESPは使用したら即失格だから注意しろよ。平行台を降りたら用意されているタオルで足を結んで、二人三脚25m。次が、何だこれは」
障害物その2、褒め合わないと開かないドア。各コースにはドアが設置されていて、それぞれ横に判定者がいる。
判定者がわかるように、お互いに誉め言葉をかけあわないと、ドアをあけてくれないらしい。伝わればよいので、早めに叫んで事前にドアをあけておいてもらうことも可能だ。恥ずかしければメモをもっておいて、判定者に渡すことも可能だという。喋ることができない場合はこの手段を使うといいだろう。
なお、ドアはコースに置かれているだけの木製のドアだ。
ドアを超えると、障害物その3。しりとり二人三脚、15m。
最初の言葉は「ドア」「チーム名」「武蔵坂」で、15m走り切るまでに、言葉をさらに5個つなげる必要がある。
「ここも準備可能だな。この障害を越えたら、あとは5m、全力で走るだけだ」
プリントには、『応援参加も可能!』と記載されていた。単純に声援を送るのもよし、作戦を忘れてしまったペアに声かけをするのもよし。
なお、サーヴァントは平行台の都合で参加不能だ。
「ま、ざっとこんなもんだな」
と、説明内容をすべて黒板に書きだして、ヤマトはチョークを置いた。
「最後に──俺の脳に秘められた全能計算域(エクスマトリックス)が、お前達の勝利戦略を導き出す!──パートナーと心を合わせて、頑張れ!」
予知でもなんでもない発言だが、ヤマトの言う通り、今回の競技はパートナーとのコミュニケーションも重要そうだ。激励の言葉の後、ヤマトが次の教室へ消えるなり。
「俺と組もうぜ!」
「私たちなら、いけるんじゃない?」
普段から親しくしているクラスの名物コンビたちがざわめきはじめ、あるものは他学年のパートナーを想い、教室は活気づき始めるのだった。
●熱戦のはじまり
「さあっ、次なる選抜競技は二人三脚です!選手の皆さんは所定位置にて、準備を――」
晴れ渡るグラウンドに、アナウンスの声が響き渡る。今年の競技参加者は5チーム、計10人。
5つの直線コースが並び、それぞれに平均台にドア、判定員。一番奥でゴールテープを携えるのはルイ・シャハル(イタリア産の銀狼・d37798)とその相棒たるサーヴァントのジルだ。ルイの銀髪とジルの金髪がゆるやかな風になびくさまは、勝者への祝福の紙吹雪のようにきらめいている――いささか気が早い話ではあるが。
スタート位置では、5組がそれぞれに準備を始めていた。
第一コースに配置された黒岩・いちご(ないしょのアーティスト・d10643)と墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)のペアは、隣のコースで準備を進めるミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019)と日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)に視線を向けた。
4人は顔なじみで、お互いにカップル参加、さらに隣のコース。何がとはいわないが、熱さを競い合いたくなるというものだ。
「あちらのカップルに負けてられませんね?」
「うん、負けられないよね。頑張ろうっ」
誓い合ういちごたちに、翠とミルドレッドのカップルも負けじと答える。
「わたしたちの愛がいちばんなところを見せつけちゃうのです!!」
「息の合ったボクらの絆、見せてあげよう!」
一見全員女性に見える3人の女子と1人の男子は、レース前から熱い火花を散らしていたのであった。
(「平均台は……よし、事前に把握していた通りのセッティングだな」)
第三コースでは、『チーム脳筋!』の住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)が平均台の間隔をチェックしていた。軽く足踏みをして、平均台の細さと隣を走るパートナー、雪片・羽衣(朱音の巫・d03814)との距離感をイメージする。
「がんばろうね、スミケイ! 初代王者の名に懸けて!」
そう、チーム脳筋の2人は初代、2013年度の二人三脚王者であり、レースの常連だ。
今年はどんな走りをするのか、楽しみにしているギャラリーもいるだろう。
慧樹はパートナーの激励に力強く頷いた。
「おうっ、今年も燃えてくぜ!」
「運動会、タノシイ!ファム、お姉ちゃんと一緒、タノシミ!」
「サンディもファムさんと走るのがとても楽しみデス」
第四コースは大親友の小学生コンビ、ファム・フィーノ(太陽の爪・d26999)とサンディ・グローブス(みならいサンタクロース・d11661)。のチーム『りんくつキッズ』。小柄なほうが年上のサンディだ。
二人の平均台は距離が近めに設定されている。小柄な二人でも、接触の危険がありそうなほどだ。
「ファムさん、そろそろ足枷を付けまショウ」
第五コースに配置されたのは、今回の選抜競技では最年長になるチーム『比翼恋理』の無常・拓馬(カンパニュラ・d10401)と各務・樹(カンパニュラ・d02313)。夫婦でのチャレンジだ。
照り付ける日差しに目を細めながら、拓馬は真剣な眼差しでコースをみた。
「せっかく二人で挑戦するのだからね」
隣に並び、樹も同じようにコースを見据える。
「全力でやれるとこまでやってみよう」
「うん、拓馬くん」
きっと『ふたりで』ならできると、二人は確信をもってレースに臨む。
●手足をそろえて、いっちにー!
「それでは各チーム位置について!よーい……」
レース開始を告げる笛が鳴る。歓声が上がる中、各チームは平均台へと足をかけた。
慧樹と羽衣は、手をつないで……不安定な平均台は、羽衣には少し恐ろしく思えたけれど。
「いくぞ、羽衣」
「うんっ」
スミケイが一言、そういってくれれば、羽衣に怖いものはもうない。いつだって、いつも一緒に歩いてるのだ。信じて一歩踏み出せば、いつだってスミケイが守ってくれる。だから怖くない――!
慧樹と羽衣は、つながった足からすうっと平均台へ乗り上げた。そのあとの二人の歩みは、高所であろうとまるで関係無いかのようで。呼吸を合わせて、ただ無心に、前へ前へと進んでいく。
他のチームも手を取り合い、声を掛け合いながら慎重に歩んでいた。一歩抜きんでているチーム脳筋!の後に、着実に進む比翼恋理が続く。
繋いだ足にぐらぐらと態勢が崩れそうになっても、お互いを支えるのは繋いだ手だけ。だけのはず、なのだが。
「きゃあッ」
密着して歩いていたりんくつキッズのサンディが態勢を大きく崩した。あわや落下か、と思いきや。
「ダイジョーブ!」
さっ、とファムがサンディを抱き上げた。紐で繋がれた足は軽く上げた状態になる。
平均台の上で驚異的なバランスの披露に、思わずギャラリーから歓声があがる。
「きゃ、きゃあっ、ファムさんっ」
ついでにサンディからは悲鳴が上がる。混乱するサンディに、ファムはにかっと笑う。
「えへへ、落ちなきゃいーよね!」
サンディを平均台の上に戻して、二人はニコニコと微笑みながら再び歩み始めた。
大幅なリードをとって、チーム脳筋!が通常の二人三脚ゾーンへ進んだ。足紐を手早く結い、25mの障害のないコースを疾走していく。掛け声がなくとも、完璧に息のあった走りだ。
着実に平均台を超えた拓馬と樹が続き、ファインプレーで窮地を超えたりんくつキッズが後を追う。りんくつキッズはちいさなサンディに歩調を合わせているから歩幅こそ狭いが、転ぶ気配はない。
いちご&由希奈ペア、ミルドレッド&翠のペアも通常コースでは負けてはいない。
平均台を超え、足紐を結い終えたミルドレッドが、翠の腰へと手を回す。翠は思わず甘い声を漏らしたが、少し前を走るライバルを見ていたミルドレッドの耳には届いていなかったようだ。
少し前を走るいちごと由希奈はしっかりと腰も抱き寄せあって、掛け声をかけながら進んでいた。
この距離ならきっと追いつける、いや、負けたくない。
「由希奈たちに負けてられないよっ。いくよ翠」
「はいっ、ミリーさん」
「いっちに、いっちに!」
走り出したミルドレッド&翠のペアは、どんどんペースをあげ、いちごと由希奈にとうとう並んだ。
「いち、に、いち、に……向こうもなかなかやりますね?」
「いち、に……少し、ペースをあげないとかな……?」
対抗心が二人の心に火をつけて、再びリードしようとペースをあげようと試みた、が。
「きゃあっ」
いちごと由希奈は大きくバランスを崩した。踏みとどまるいちごに対し、前に倒れるように転ぶ由希奈。いちごがとっさに腰に回していた手を深く回し、全力で彼女を支えた。全力で。
指先になにか食い込んでいるわけで。
「やんっ……」
由希奈の声に何をしていたのか悟ったいちごが慌てて手の位置をずらす。
「す、すみません、大丈夫ですか?」
「へ、変な声でちゃったけど大丈夫だよ……」
二人はせーの、と声をかけて態勢を立て直したが、そのまま足を止めてしまい、思わずお互いを見つめ合う。
妙な気恥ずかしさが二人を襲っていた。
「咄嗟の事で、すみません……」
「だ、大丈夫っ。私が悪いんだし……えへへ」
レースから切り離された二人の世界が構築されていた。
だが、スタッフは無情だ。
「失礼。お嬢さん、お怪我はありませんか?」
いつのまにか現れたルイが、救急用具を片手に由希奈へ話しかけた。
「走れないようでしたら棄権を。救急テントまでは私が」
由希奈を抱き上げようとする勢いで迫るルイに、いちごがあわてて割って入った。
「だ、大丈夫ですっ、走ります! ですよね、由希奈さん!」
「い、いちごくんのおかげで怪我はしてませんっ」
「そうですか。では、私はゴールに戻ります」
颯爽と立ち去ったルイを見送って、いちごと由希奈はレースへ復帰した。
●すき、きがおけない、いいひと、ともだち、チームワーク
そして競技は褒め合わないと開かないドア、略称褒め扉のフェーズだ。
息のあったペアには大した障害にならないとおもわれるであろうが、そうでもないのだ。
(「簡潔に褒めないと、でないと止まらない……!」)
向き合った慧樹の瞳をじっ、と見上げ、羽衣は口をひらいた。
「ういはねぇ。スミケイの瞳の色が大好きよ」
大好きな瞳をみていると、言葉はとまらなかった。
「夏の雨に濡れた葉っぱみたいで、キラキラ。きっと生命の色。すごく好き。キレイでステキ」
「俺は、羽衣の笑顔が大好きだ」
慧樹は暴走しかけた羽衣の言葉をかぶせるように、彼女を褒める。
「ホントに楽しそうに、気持ちよさそうに笑うから、見てるこっちも幸せな気持ちになれるんだ」
お互いへの気持ちがこもった美点の褒め合いに、判定員は幸せそうに扉を開けた。
追う比翼恋理チームは冷静だ。扉付近にくるなり、間をおかずに拓馬は大きな声で樹に告げる。
「とっても綺麗で気立てもいい。それに料理も美味しい。俺の大事なお嫁さんだよ」
対する樹はすこし恥じらいながらも、作戦通り素早く伝える。
「些細な悩みごとでも真剣に聞いてくれて励ましてくれるわ」
お互い心からおもっていることなのだろう。するりとでた誉め言葉に、判定員も速やかに扉を開けた。
僅かに1位との差が縮まる。
褒め合う、と聞いて、普段の気持ちをぶつければ簡単だ! とファムは思った。
だから心のままに、浮かんだことを言葉に乗せる。
「サンディお姉ちゃん、ちっちゃいし、おぎょーぎ厳しい、クリスマスすっごくウルサイの、でもね!」
一生懸命、大好きなファムが褒めようとしているのがわかるから、サンディは黙って聞いている。
「きれーで楽しい、アタシよりずーっと大人な、自慢のお姉ちゃん!」
言い切った後、真っ赤な顔で混乱しているファムの頭を、背伸びしてサンディが撫でる。
「ファムさんはイタズラっ子ですけド、ホントはとっても友達想いデ……」
自分は、彼女にとても想われている。レースの最中も、ずっとそうだった。抱き上げられたときは混乱したけれど。
「みんなを笑顔にするのが大好きなとこガ、サンディも大好きでス!」
ほほえましい子供たちの言葉は、褒め合いとして文句なしのものだった。
扉を開ければ、しりとりをしながら規定距離の走行だ。
チーム脳筋!が初手にチーム名を引いてしまうなど不幸にみまわれつつも、羽衣の謎の能力で慧樹はただ「パラシュート」といえばよい状態になり、その後はスムーズに進んだ。なお、判定員の調査によると、同じ言葉を言ってはいけないというのはハウスルールにあたるらしく、今回は明記がなかったため適用されないとのことだ。
比翼恋理はここでもクールなプレイを見せた。樹が引いたカードは、『ドア』。
「アート」
歩を進めながら、拓馬が答える。パターンはすべて暗記済みだ。
「トマト」
「トランペット」
「トランプ」
「プリンアラモード。よし」
探偵と教師志望の頭脳派組は、手短にしりとりを済ませ、残りの距離を全力疾走を始めた。
しりとりでやや手間取っているチーム脳筋!に比翼恋理が迫る。
「ぱ、パラシュート!」
「終わり!うい達も走ろう!」
ほぼ並ぶ位置で、チーム脳筋!も通常の二人三脚の姿勢にはいる。
だが、トップスピードが乗っているのは樹たちだ。
一際大きな歓声があがる――!
●太陽よりも輝いて
ゴールテープに二人が前傾姿勢で倒れこむ。1着をつげる空砲の音に、重なるようにもう二人がゴールラインを踏み越えた。
「1着、チーム『比翼恋理』!2着、『チーム脳筋』!」
アナウンスの宣言と共に、会場全体から喝采が上がった。
「Congratulazioni」
祝福の言葉(おめでとう)と共に、ルイがゴールした選手たちへオリーブの冠をかぶせていく。
3着はりんくつキッズ。楽しそうに弾むように走る二人の少女に、暖かい拍手が送られた。
4着は僅差でミルドレッドと翠のペア。最後の二人三脚に入ってから、全力疾走に近くなっていた彼女たち。
ゴールテープを切るなり、強い日光と疲労で、運動の苦手な翠がふらりと倒れる。その彼女をパートナーが優しく抱きとめる。
「お疲れ、翠……って、わあっ」
ミルドレッドもまた疲れ切っていたのだろう、二人はもつれるように、地面へ倒れ伏した。やわらかなものが触れ合う感触に。
「鼻血だしちゃだめだよ……翠」
「……でてない、ですよ?」
倒れこんだまま、二人は頬を赤らめあう。と、そこに。
「Congratulazioni……大丈夫か」
オリーブの冠を配布しに来たルイが現れた。
「転んだのか。擦り傷は?」
二人まとめて抱きかかえんとする勢いで、心配をするルイに、ミルドレッドと翠は慌てて制止をかけるのであった。
5着のいちごと由希奈がゴールにたどり着くと、完走をたたえる拍手が沸いた。
「ただいまのレースの順位をお知らせします。一位……」
アナウンスが響く中、ゴールテープをしまったルイが、競技参加者たちに声をかけた。
「全員の健闘をたたえて、記念写真を一枚どうかな」
申し出に断る理由もない。みなは頷いて、各々のペアで寄り添ったまま、記念の写真を一枚とった。
大切なパートナーと全力を出し切ったメンバーは、競技の疲れも吹き飛ぶほどの幸せそうな笑顔で映っていたという。
MVPは、「いつも私を励ましてくれる拓馬くんに」との樹の言葉に、無常・拓馬に贈られることととなった。
作者:東加佳鈴己 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2017年6月11日
難度:簡単
参加:11人
結果:成功!
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