たぶん、魚って言おうとしたのだと思う

    作者:聖山葵

    「さ――」
     ちらりと視界に一匹まるまるの魚が入り、訝しんで声を上げようとしたサラリーマンのオッサンが居た、だが。
    「秋刀魚かと思った? 残念鯖でした! 鯖もよろしくぅ!」
    「べっ?!」
     最後まで言わせず、オッサンの顔面に叩きつけられる新鮮な鯖。
    「鯖もよろしくぅ!」
    「きゃぱっ?!」
     人を見つけるなり無駄にハイテンションで鯖をぶつけて行く異形の種族名を神楽・美沙(妖雪の黒瑪瑙・d02612)は知っていた。
    「おそらく……ご当地怪人、じゃろうな」
     ぶっ飛んだはっちゃけ方は都市伝説でも通りそうだが、それらしい怪談を聞いた覚えもない。ただ、発見され鯖をぶつけられる運命を受け入れる気など美沙にはない。鯖に人の手足を生やしたイロモノに気取られる前にくるりと回れ右をし。

    「それでそのご当地怪人をどうにかしたいという訳ですね」
     話を聞いていた倉槌・緋那(大学生ダンピール・dn0005)の視線を受け、美沙はうむと頷いた。
    「確認した限りでは鯖をぶつけてくる以上の事はしておらなんだが――」
     ぶつけられるだけで充分迷惑である。生臭くなるし。美沙曰く、引き返してすぐ君達に声をかけたそうなので、今すぐ向かえばご当地怪人が目撃現場に居る可能性は高い。
    「そして、そんなことをやらかしておったのじゃ、人が居たとしても逃げ出しておろうな」
     つまり、人よけは不要。時間的に明かりを用意する必要もない。
    「問題があるとすれば、戦闘になったときどのような手段を用いて攻撃してくるかが確認出来なかったことじゃが」
     ご当地怪人なので、ご当地ヒーローのサイキックに相当するものは使ってくるかも知れない。
    「ともあれ、あのまま放っておいては色々と悲惨なことになるやもしれぬ」
    「そうですね」
     悲惨なことを想像出来たのか、緋那は行きましょうかと君達を促すのだった。


    参加者
    ミリア・シェルテッド(キジトラ猫・d01735)
    神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)
    櫻井・クロ(スピーディキャット・d14276)
    火土金水・明(総ての絵師様に感謝します・d16095)
    癒月・空煌(医者を志す幼き子供・d33265)
    シエナ・デヴィアトレ(治療魔で被虐嗜好な大食い娘・d33905)
    坂崎・ミサ(食事大好きエクソシスト・d37217)
     

    ■リプレイ

    ●灼滅よりも
    「鯖をぶつけただけで灼滅なんてやり過ぎですの……」
     秋の色鮮やかに葉を染めた庭木をバックにぎゅっと拳を握るシエナ・デヴィアトレ(治療魔で被虐嗜好な大食い娘・d33905)へ確かにと癒月・空煌(医者を志す幼き子供・d33265)は頷いた。
    (「鯖をぶつけてくるのは迷惑ですが、それ以上の事をしていないなら灼滅はあんまりですね」)
     情報提供者はそのご当地怪人をどうにかしたいと言った。ならば灼滅せずとも説得してお引き取り願えば良いのでは無いかという意見があり。
    「はわ、お魚食べ放題です……。……じゃなくて、生臭さで迷惑かけないよう、説得してお魚もらいます……」
     猫の着ぐるみに身を包むミリア・シェルテッド(キジトラ猫・d01735)はどちらかというと迷惑行為を止めて帰って貰うことより鯖を食べたり手に入れることに重きが置かれている様な気もするが、それはそれ。
    「任せておけ。……準備は万全だ」
     料理道具一式にESPのブイヨンまで用意してきてドヤ顔で頷いてる神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)もおそらくスルーで良いと思われる。
    (「今回のご当地怪人さんは、鯖をぶつけてくる方ですか。以前、銚子港付近の市街地で網にぎっしり詰め込んだ秋刀魚を隙あらば押し当てようとしてくるご当地怪人と戦いましたけど、絶望的に魚臭くなって――」)
     過去の嫌な出来事でも思い出したのか、どことなく遠くを見たままだった火土金水・明(総ての絵師様に感謝します・d16095)は、ほうと吐息を漏らすと頭を振った。過去の困った事案と今回は別物と気持ちを切り替えたのかも知れないし、まだ接触すらしていないのだから同じと断ずるには早いと思ったのかも知れない。
    (「魚が美味しい季節にゃけど投げつけるのはいただけないにゃね」)
     そして美味しくいただくのにゃと意気込む櫻井・クロ(スピーディキャット・d14276)は、分けるのであれば、ミリアと同じくお魚目当て組か。
    「しかし……」
     坂崎・ミサ(食事大好きエクソシスト・d37217)は思う、人にぶつけた鯖をどうする気なんでしょうと。
    (「そのまま捨てるつもりならちょっと許せませんね。食べ物への冒涜というものです」)
     情報提供者からの情報に投げた後のことはなく、現地で確認するより他術はない訳だが、悪い方を仮定して憤るが、疑問はそれだけでなく。
    (「おいしい鯖をなぜ生でぶつけてしまうんでしょう……。いや調理したものぶつけられても困りますけどね……」)
     ともあれ、どちらもおそらくは件のご当地怪人に聞かねば解らぬこと。
    「そろそろ人除けした方がいいですよね? えっと……」
     目撃現場に近くなったことで空煌が魂を喰らう死神の怪談を語り出し人除けを試みる中、灼滅者達はただ歩き。
    「「あ」」
     異形が声を発したのは、幾人かの灼滅者とほぼ同時。
    (「はわ、焼鯖です……。……じゃなかった、迷惑な都市伝説怪人です……」)
     声に出していたら誰かがツッコミを入れたであろうミリアの胸中など知るよしもなく、どこからかご当地怪人はまるまる一匹の鯖を取り出し。
    「鯖もよろしくぅ!」
     何の躊躇も躊躇いもなく投擲された魚はパシッと言う音を残して消失する。
    「な」
    「始めまして櫻井・クロなのにゃ! あなたのお名前は何なのにゃ?」
     驚く怪人へ自己紹介してから尋ねるクロの手元には一匹の鯖、そう、つい先程投げつけられたばかりのモノが握られていたのだった。

    ●真意
    「クロはこれでも四方八方から大量のサンマを投げつけられた経験のある人にゃ! 正面から一匹だけなら問題ないのにゃ!」
     得意げなクロはさておき。
    「えーっと、お名前はサバさんとお呼びすればいいのでしょうか?」
    「鯖はグローバルな魚だ。名産地は数多くあるし、海外産も出回っている。純粋に興味があるのだが……貴様、どこからやってきたのだ?」
    「え? あ、私は福井サバ怪人……いや、そう呼びたいなら呼んでも良いけれども……」
     未だ茫然自失で返事の無かったご当地怪人へ今度は摩耶と明が問えば、漸く我に返ったサバ怪人は名乗りつつも何処か困惑した態で灼滅者達を見る。
    「お前達は……」
    「たしかに美味しそうな鯖にゃね、猫もまっしぐらなのにゃ♪」
    「いや、一人は名乗ったか」
     誰だと問おうとして視線を手にした鯖へ向けるクロを見た異形は頭を振り。
    「そも、何故鯖をぶつけるんです?」
    「そうですの、鯖をぶつけられた人が鯖好きになるとは思えないですの」
     更に何か言うよりも早く奇行の動機を尋ねたミサへ同意しつつも理由があるなら話して欲しいですのシエナも問い。
    「インパクトだ」
     ご当地怪人は即答した。
    「えっ」
    「インパクト、そう、インパクトだ。人々の記憶に残ることを私は求めた。以前は語尾をサバにしてみたが全然駄目でな」
     つまり、人々に鯖を印象づけようと試行錯誤した結果が挨拶代わりに投擲された鯖だったと言うことなのだろう。
    「とりあえず動機は判明しましたね」
    (「でしたら次は説得……ですけど、説得ネタがないです……」)
     怪人から仲間達へ戻される倉槌・緋那(大学生ダンピール・dn0005)の視線から少し外れた場所で肩を落としたミリアはもぞもぞとダンボールの中に潜り込むと、そのままご当地怪人の退路を断つべく移動を始め。
    「ですが、鯖をぶつけられた方は喜んでいましたか? あれではマイナスイメージに繋がりますよ?」
    「そうですわ、逆効果ですの」
    「うっ、いやだがつい先程そっちの娘がキャッチし」
    「あれはレアケースです」
     これまでの犠牲者を例にダメ出しするミサは自身と同意するシエナの追求から言い逃れようとする怪人の言葉を一刀両断する。
    「そもそも折角なら美味しい料理を作って振舞ったほうが美味しい印象を受けると思うにゃよ? 少なくとも顔面にびたんと投げつけるだけじゃ生臭い印象になるのにゃ」
    「鯖を人にぶつけても迷惑になっちゃうだけなので、美味しい鯖料理をみなさんに提供したりするお店を開いてはどうでしょうか?」
    「むぅ」
     言い逃れのダシに使われかけたクロに続きここまでの話を聞いていた空煌が会話に加わって提案すれば、サバ怪人は唸り。
    「あなたは鯖を人にぶつけるものとして広めたいわけではないですよね? 焼き鯖とか味噌煮とかしめ鯖とか、メニューの多さこそ鯖の魅力です。あなたはもっと鯖の可能性をアピールするべきです!」
    「そうだ。鯖はDHAやEPA等の栄養素を豊富に含んでおり、今時の生活習慣病だけでなく、アンチエイジングにも効果がある! そして、何より、安価で美味しい!」
     ミサの言葉に乗っかる形で鯖の良い部分を挙げた摩耶が問う。
    「鯖の素晴らしさを、もっともっとアピールしてこそ、ご当地強化に繋がる。そうだろう!?」
    「そ、それは……」
     正論だからこそ否定のしようもなかった。
    「提案を受け入れて貰えるならわたし達も手伝う意思がありますわ」
    「っ」
     まして、協力まで申し出られてご当地怪人が何故拒絶出来ようか。
    「机以外、どんな料理にも対応してみせるぞ?」
     と包丁を片手に視線を向けてくる摩耶に下手なことを言ったら自分が料理されるとサバ怪人が怯えたからではないと思う、きっと。
    「鯖の魅力を伝えるには、プレゼン能力が重要なのだぞ? もちろん、実演販売もだ!」
    「美味しいものを食べてもらえば鯖を好きになってもらえる可能性も大きくなると思うです」
    「おおっ、言われてみれば! ……だいたい、一人で何かするより大勢で何かしたほうがインパクトもあるやもな」
     摩耶や空煌の言葉に感銘を受けたのか、サバ怪人は前向きに考え始め。
    (「この流れでしたら、もうすぐ……お魚タイムです? ね、猫変身したほうが、お魚を満喫できるでしょうか……」)
     箱の中から期待を込めた視線を送っていたミリアは着用している防具では猫になれないことを失念するほど落ち着きなく浮き足立っていた。

    ●転がる話
    「閉店状態の駅の売店を借りて、そこで鯖料理を振る舞うのは如何でしょうか?」
     今のところ一同の狙い通りといったところか、シエナが提案する頃にはサバ怪人は灼滅者の言葉を聞いてうなりつつも前向きに検討しているのか腕を組み、視線を虚空に向けている。
    「はわ、鯖料理……」
    「帰ってからとおもったけど、それもありにゃね」
     そして、怪人以外にも心惹かれる者が幾人か。
    「料理なら任せて貰おう!」
    「ぬ、鯖に関してなら負けられん!」
     料理を望む声に摩耶が出番だとばかりに進み出れば張り合うようにご当地怪人も前に出る。
    「こう、なんだか成り行きで料理対決でも始まってしまいそうな雰囲気ですね」
    「平和的だし、美味しいものが食べられるなら悪くはないんじゃないでしょうか?」
     心優しい空煌としてはアリな流れなのだろう。明の呟きにそう応じ。
    「料理対決は良いとして、調理施設はどうするのでしょう?」
    「う゛っ」
     何気ない緋那の疑問でサバ怪人が凍りついた。料理道具一式を持参している摩耶は青空の下でも調理できるかもしれないが、鯖をぶつける行動をしているだけだったご当地怪人のほうはその手の用意が出来ていなかったのか。
    「や、やはり、まず着手すべきは調理場の確保か」
     普及活動の最優先事項を再認識したからと言ったポーズで話題を変え。
    「ふぅむ、方針転換があったとはいえ、準備不足は否めんか……」
     頭を振るように体を揺らしながらさりげなく鯖を取り出したのは、摩耶が調理器具をしまっていなかったからだろう。
    「鯖もよろしくぅ!」
     差し出すときに口から出たのがぶつける時のそれそのままだったのは、何らかのこだわりでもあるのかもしれない。
    「鯖はうまい、だから向けられる視線はわかるが、食われてやるわけにはいかんからな」
     何か作ってやってくれとサバ怪人は次々と鯖を取り出して渡し。
    「まさかこんなところでこの網が役立つとは……」
     両手に持ちきれなかった鯖を網でくるむと摩耶は複雑そうな顔を一度してから仲間達に向き直った。
    「貰った以上、調理するとしようか。鯖は、塩焼きが一番美味い!」
     強い主張はこれから作る料理の宣言でもあり。
    「ん?」
     鯖を取り出そうと網のほうを見れば、そこにいたのは何やらごそごそやっているシエナの姿。
    「ち、違いますの。これはヴィオロンテが――」
    「貰えるならクロもお土産ほしいのにゃ?」
    「ふむ? よかろう」
     何やら抗弁するシエナが居る一方で、クロがご当地怪人からちゃっかり鯖を貰っていたりするが、それはそれ。
    「さて、私はいったん帰るとしよう。準備不足は痛感したし、目指すべき所は見つかったからな」
    「え? 手伝いますよ?」
     踵を返そうとした怪人に意外そうな声を上げたのは誰だったか。
    「いや、そこまで世話になってはご当地怪人の沽券に関わる。だいたい、そっちもずっと協力してくれる訳ではないのだろう?」
    「っ」
    「鯖をみなさんに普及したいための行動だと思いますけど――」
    「そのあたりはわきまえている。では、さらば……いやサバばだ」
     灼滅者達にとっては否定出来ない指摘をすると、翻意させることは鞭と見て釘を刺す明へ頷き、立ち去り。
    「あっ」
     唐突に口を開いたのは、ミサ。
    「そう言えば、投げた鯖をその後どうするつもりだったのか聞いてませんでした」
    「割と何も考えていない様だったから何とも言えないにゃね。ただ、一般人にぶつけてた鯖は落ちていないみたいにゃ」
    「そう言えばそうですね。もう知る術はありませんが、考えを変えたようですし、落ちてないなら回収はされたのではないでしょうか?」
     明の口から零れたそれは推測の域を出ないものだったが、あのご当地怪人が鯖を投げつけることはもうないだろう。灼滅者達は目的を果たしたのだ。

    ●怪人去りて
    「とりあえず、怪我らしい怪我はないですね」
     戦闘にもならなければ傷の負いようもない。アクロバティックな料理をし始めた摩耶もバベルの鎖を有するからこそ、仮に手を滑らせたとしても大怪我をする事はなく。
    「投げられた鯖も櫻井さんが受け止められていましたし、もし後片づけがいるとしたら――」
     それは仲間の調理の後始末くらいだろう。
    「はわ、鯖がこんがり……」
     ダンボールの中で瞳を輝かせながらミリアは焼かれる鯖を見つめ。
    「目の前で焼けてる鯖も良いけど、夕飯も鯖尽くしにゃね、そっちも楽しみにゃ♪」
     クロは貰った鯖に視線を落とすと口元を綻ばせた。
    「良い匂いですね」
    「食欲の秋、ですわね」
     たなびく煙と共に漂う美味しそうな香りは秋の風に乗って何処かへ流れゆき、焼き鯖に舌鼓をうった面々はやがて帰路へとつくのだった。

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年11月5日
    難度:普通
    参加:7人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ