彼女は美少女だった。十人に聞けば十人がそう答えるし、百人に聞けば百人がそう答えるだろう。
そんな彼女にいきなり声をかけられたら、大抵の男は喜ぶだろう。警戒という言葉をぽかんと忘れるくらいに。
「ごめんなさい。お時間いいですか? ちょっと困ったことがあって、あなたの手を借りたいんです」
美少女は大きな黒い目を潤ませてそう言った。話しかけられた男も思わず頷く。
「よかった! じゃあついてきてください。すぐ済みます」
すると、彼女は花が咲くように笑う。見ているほうが幸せになるような笑顔だった。少女の跡についていくと、やがて路地裏へ入る。ここへきても男は自分の状況にはまるで気付いていない。むしろあわよくば、と鼻の下を伸ばし始めていた。
「君さ、男と二人でこんなとこに来ちゃダメだよ。勘違いしちゃうじゃないか。それとも」
その方がいいのかな、と続けようとしたのかもしれない。あるいは、もっと下劣な言葉かもしれない。いずれにせよ、意味はない。男の舌はもうすでにない。
「!? うぅぅぅ!?」
「あ、大丈夫です。窒息死なんかさせませんから」
再び少女は花のように笑んで、混乱する男に刃を突き立てた。
「ハナカマキリという昆虫を知っているか。花に擬態し、近づいてきた獲物を狩るしたたかな虫だ」
神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は教室に入るなりそう言った。依頼に関係あることなのだろうと灼滅者の何人かは察しがついた。
「闇堕ちしかけた一般人を察知した。このままでは完全な六六六人衆になってしまう」
「ハナカマキリがどう関係するんだ?」
「ああ、今説明する。一般人の名は花巻梨花。高校一年生だ。彼女は街に繰り出しては、男を路地裏におびき出して刃物で脅かす、ということをしていたようだ。そしてついに今回、殺人を犯してしまう。で、その花巻嬢なんだが、とびっきりの美少女なわけだ」
それでハナカマキリか、と灼滅者は納得する。ヤマトもそれに気付いたらしく、言葉を続ける。
「もっとも、彼女が自身の魅力にどれだけ自覚があるかは不明だが。本来、闇堕ちすれば元の人格は消えてしまう。彼女の意識が残っているということは、灼滅者の素質があるのかもしれない。救うためにも、完全に闇堕ちする前に倒してやってほしい」
口を動かしながら、ヤマトは携帯電話を操作する。すると、灼滅者に一斉にメールが届く。
「メーリングリストはやはり便利だな。出没地区をメールに載せておいた。あわせて彼女の戦闘手段もだ」
メールには地図と、梨花のサイキックについて書かれている。闇堕ちしかけたことによって強化された殺人鬼と日本刀のサイキックを使うらしい。
「この地図あたりで張り込めばいいんだな?」
「ああ。暇そうにしていれば声をかけてくるはずだ。先に言ったとおり、彼女にはまだ理性が残っている。説得すれば力が弱くなるかもしれん。花巻嬢は殺人衝動に負けそうになり、善悪の区別がついていない状態だ。その辺りを頭に入れておいてくれ」
それきり口を閉じた、と思ったらヤマトはにやりと笑った。
「昔の人はいい事を言う。綺麗な花には棘がある、てやつだな」
参加者 | |
---|---|
大神・月吼(戦狼・d01320) |
椎葉・花色(ウルトラスーパーダイナミック・d03099) |
御神・白焔(黎明の残月・d03806) |
曹・華琳(サウンドポエマー・d03934) |
霧咲・透(儚き孤影・d10083) |
八川・悟(反英雄・d10373) |
イヴ・アメーティス(バレットウォール・d11262) |
エリアル・リッグデルム(ディスタンストレイカー・d11655) |
●罠
12月に入り、街はクリスマスを控えお祭りムードを漂わせていた。そんな空気を寄せ付けない淡白な表情で、御神・白焔(黎明の残月・d03806)は携帯電話に視線を落とす。花巻梨花をおびき寄せるための、暇を持て余す演技だ。
白焔の周りには7人の仲間が雑踏に紛れて潜んでいた。中衛同士で二人組になった大神・月吼(戦狼・d01320)がイヴ・アメーティス(バレットウォール・d11262)に話しかける。
「こうしてるとデートみたいじゃないか?」
「さぁ。主観の問題じゃない?」
「あらま、つれねぇの」
イヴは軽口を軽くあしらう。予想はしていたようで、月吼も気を悪くした様子はなかった。
同じく、白焔が見える位置で待機している前衛の三人。
「できるなら助けたいですよねぇ、やっぱり」
何気なく口にしたのは椎葉・花色(ウルトラスーパーダイナミック・d03099)だ。その言葉に霧咲・透(儚き孤影・d10083)は深く頷く。彼女はかつて愛する人を失った絶望がきっかけで闇堕ちしかけた。
「堕ちゆく人を救う。それが恩に報いることになると思うわ」
目的というものがないから、と八川・悟(反英雄・d10373)も一人ごちた。それは自らの目標への想いの強さの裏返しだろうか。
「来たよ」
「ああ、あの人だな」
他の仲間同様、通りすがりを装うエリアル・リッグデルム(ディスタンストレイカー・d11655)と曹・華琳(サウンドポエマー・d03934)。視線の先には、一人の少女が現れていた。長い黒髪、大きな目、そして整った顔立ち。花巻梨花に間違いない、と誰もが確信した。
「すみません、お時間いいですか?」
「ああ、構わない」
さも困った風に声をかけてくる梨花。白焔も作戦通りに受け答えする。
「あの、ついてきてもらっていいですか?」
「分かった。問題ない」
「ありがとうございます!」
二、三言交わして、二人は路地へと入っていった。やがて人気のないところまで進むと、梨花はゆらりと身を翻した。その手には刃があり、振り返りざまに白焔の首を落とさんと閃いた。
「人を殺せば自分も死ぬ。そういうことだ」
白焔の手にはいつの間にかナイフ。普通の人間なら簡単に首を切断したであろう一撃は、その白刃によって止められていた。
「……驚きました。みなさんいつから?」
同時に七人の仲間が白焔の周りに集まっていた。それぞれの手には武器があり、その全てが自分を狙っているのだと梨花は悟った。けれどそれに臆することはない。むしろ彼女の口には愉悦の笑みが浮かぶ。獲物が一から八に増えたのだ。嬉しくないわけがない。
梨花はゆっくりと刀を構える。さながら、食事の時を待つカマキリのように。
●自分
梨花は一瞬で花色の懐に潜り込み、日本刀を抜き放つ。閃光じみた斬撃は服ごと肉を裂き、鮮血を滴らせる。けれど花色は好戦的な笑みを浮かべ、光の盾を展開する。
「人を傷付けるってことは自分も傷付く覚悟があるってことですよね?」
予想外の言葉だったのか、ぴくりと眉を動かす梨花。そこに盾の光を飛び越えて、闇の鎖が月吼の足元から伸びた。
「誰かを殺すってことは殺される覚悟も必要なんだよ。テメェにその覚悟があんのか!?」
鎖は梨花の身体に触れる寸前で、刀によって細切れにされた。
「そんな、私、困ります」
何を言われているのか分からない、という風だった。これまで自身の殺意に無自覚だったためか、彼女は心底戸惑っているようだった。
そんな態度とは裏腹に、どす黒い殺気が一瞬のうちに凝集して前衛に殺到する。殺気に無自覚ゆえ、放たれる攻撃には容赦がない。子供が小さな虫を弄ぶように。目の前にいるのは紛れもなく六六六人衆に近い存在であると否応なく思い知らされる。
「あなたを殺したくはない! どうか止まってくれ!」
裁きの光を放ちながら華琳が叫んだ。梨花の美しさは同性から見ても目を見張るものがある。けれど、彼女を救うためには戦うしかないのだ。
「貴女がしていること、それは本当に貴方自身が心の底から望んでいることなの?」
イヴの二丁ガトリングが火を噴いた。質より量、を体現するかのような炎の雨が梨花に降り注ぐ。
「どういう、ことですか?」
投げられた言葉は棘となって沈みかけていた梨花の心に突き刺さる。急激に頭が冷えて、思考が鮮明になるのを感じた。身体が刃を振り回したくてうずうずしている。それが当たり前の感覚になったのはいつからだったろうか。
「殺したいっていう衝動は君のものじゃない。君の中の別の誰かのものなんだ」
赤い逆十字が眼前に現れ、梨花の精神を切り裂く。
「殺したいなんて、私はそんなこと考えてませんよ!」
初めて少女が動揺した。絶叫しながら刃を振るう。その姿がすでに矛盾していると気付いているのに。
「ならばなぜ刃を持つ? 必要ないはずだ」
その矛盾を刻みつけんと、悟が肉薄する。赤いオーラを帯びた鋼糸が幾重にも交差し、梨花を切り裂き血をすする。生まれた痛みは理性と興奮とを同時に呼び起こした。
傷付くことへの恐怖。自分が自分で無くなる戦慄。一方で戦闘による高揚を感じているのも確かだと感じた。
「ちょっと、ちょっと待ってください!」
すがるように喚き、殺気を放つ。先ほどまでの鋭さはなかった。
「人を殺せば花巻梨花は花巻梨花ではなくなる。日常が惜しければ己が闇を殺せ」
白焔はシールドを構えて突撃。交錯する瞬間、真正面から視線がぶつかり合う。
「分かってます! 分かってますよ! 自分がおかしいって!」
白焔を蹴り飛ばして、なおも梨花は叫ぶ。がむしゃらに振り回すだけも太刀筋が様になっているのは備わった殺戮技巧のせいか。その刃を受け止めるように透が立ち塞がった。
「私も自分を失いかけたわ。でも助けてくれた人がいたの。だから、あなたも……!」
気を込めた片腕が巨大化、解き放たれる膂力が梨花を襲う。全身を震わす衝撃はさらに彼女を正気へと揺り戻す。がきり、と自分のどこかで歯車が噛み合うのを感じた。
「……なんとなく、分かっちゃいました」
少女の頬を涙が伝う。
「私は人殺しが大好きな変態なんです! ド変態なんです!!」
自らを糾弾するように、梨花は絶叫した。
「だって、だって……今すごく楽しいんです!!」
●捕食者の末路
少女は涙を流しながら日本刀を振り回す。何をどうすればいいのか分からない、助けを求める子供のようでもあった。
「彼女はダークネスに抗っているわ。今なら!」
かつて似た状況に置かれた透。正しく梨花のSOSを受け取り、仲間たちに伝える。
「よっしゃぁ! 説教とかガラじゃねぇんだよ!」
真っ先に喝采を上げたのは月吼だった。凶暴な笑みを浮かべ、虚空に手をかざす。途端に足元から影が伸び、拳銃のシルエットを形成する。先端から放たれた漆黒の弾丸はペイント弾のようにべったりと毒で汚染する。
「殺すのは簡単だ。けど、失った命は還らない」
確かめるように華琳は言った。梨花が頷くのを見て不敵に笑う。その唇から紡がれるのは命の歌。生命を讃え、無限の可能性を信じる歌。
歌声が梨花を揺さぶる。殺人嗜好を遠ざけ、花巻梨花という人間を掘り起こすのを手伝ってくれた。
「痛くしてごめんよ。でも、もう終わるから」
優しい言葉とともにエリアルは光輪を放つ。光輪は赤い軌跡を描いて、梨花へと飛来する。
梨花の中のダークネスが抵抗しようと、日本刀を構えた。しかしすでに視線の先に白焔はいない。人間の死角、ほぼ真下に回り込んだ彼は瞬時に斬撃を放つ。
「あ、あ!」
叫びはもはや言葉にならなかった。彼女の内側ではダークネスと梨花本人がせめぎ合っている。声帯さえ自由には扱えない。それでも、助けて、と言っているように見えた。
ガトリングを高速回転させ、イヴが前進する。
「さっさとぶっ倒れなさいな。起きたら全て終わってるわ」
二丁のガトリングが零距離で雄叫びをあげた。轟音が路地裏を支配し、当然、全弾直撃した。弾丸が命中したところを中心にぶすぶすと燃え上がる。
ここぞとばかりに、悟の両腕から鋼糸が伸びた。刻まれた傷を抉り、深くするための波状攻撃。文字通り波の形を編み、しかし風のような速度で裂傷を増やしていく。
「辛かったでしょう。もうお休みなさい」
再び透の腕が巨大化し、梨花に叩き込まれる。華奢な体は僅かに浮いて、後方に吹き飛んだ。
「オッケー、オーライオーライ!」
梨花の着地を先回りし、花色が叫んだ。その場で腕をぐるぐる振り回す。
「昔から顔はやめなと申しますが……てめぇは顔です、花巻さん!」
振り回された勢いで、鋼鉄のごとき超硬度の拳が梨花の横面を捉えた。
「ふべっ」
美少女らしからぬ呻き声を上げ、梨花は再び宙を舞う。彼女の手から離れた日本刀が路地裏を転がった。
●笑顔で会えたら
最後の一撃を受け、落ちてきた梨花はその場に倒れたままだ。近寄ってみると、どうやら息はあるようだった。
やがて目を覚ましたとき、とっぷりと日は暮れていた。
「あの……」
「目が覚めた?」
目の前には透の顔があって、膝枕されているのだと気付くのに一瞬を要した。気恥ずかしさで顔がぽっと熱くなる。
「もう大丈夫なのか?」
「ええ、ありがとうございます」
白焔の問いにも梨花は穏やかに応えた。殺戮に酔う殺人者の気配はもうない。
「私達の話になるのだが」
華琳はそう前置きして、学園のことを話し始めた。世界を影から支配するダークネス。その支配に抗う灼滅者の存在。そして灼滅者の集う学園について。
「学園にも仲間はいるし、あなたのように闇堕ちから救われた人もいる」
その言葉に、透も頷いた。彼女だけではない。あるいは、梨花も。
「学園には君のように殺人衝動を抱えた人達もいる。人殺しになる前に、人助けをしてみないかい?」
言葉を継ぐ形で、エリアルが提案する。
「それに、強くなりてぇなら学園に来た方がいいかもしれねぇな。力が必要な時に何もできないのは嫌だろ?」
誰かが助けを求めたとき、それに応える力は欲しくないか。お互いに守り、守られる仲間が欲しくないか。月吼はそう問うた。
「貴女はこれからどうしたい? 心の底からの答えを聞かせて頂戴」
イブの瞳は射抜くように梨花を見つめている。パーカーの猫耳が風に揺られていた。
輪から離れて傍観していた悟も、仮面の奥から彼女へと視線を送る。
「転校はすぐにはできないかもしれませんが……わた、ひ、もへくちっ」
さすがに体が冷えたか、梨花が小さくくしゃみした。
「うおっ、今の美少女っぽい!」
こんな可愛いくしゃみ見たことない、と花色が歓声を上げる。すると仲間に笑いが起きて、つられて梨花も笑う。まさしく花が咲くような笑顔だった。
作者:灰紫黄 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年12月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 6
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