月島の美味しい影~もんじゃ怪人トローリモンジャート

    作者:飛翔優

    ●もんじゃを愛するがゆえに
     お昼前、二人の女子高生が月島の街を歩いていた。どうやらお腹が空いているらしく、腹部に軽く手を当てている。
    「お昼何にしよっか?」
    「んー……ん?」
     周囲を見回した二人の瞳に、飛び込んできた文字はもんじゃ焼き。鉄板を用いて作る、月島の名物料理である。
    「ないね」
    「そうだね。あんなダサいもの」
     心には響かなかったらしく、すぐさま視線は逸らされた。
     次なる店を探しにいかんと、二人は再び歩き出し……。
    「ダサい、だと?」
    「あ?」
     呼び止める声に反応し、二人は一斉に振り向いた。
     中学生と思しき少年が、顔を真っ赤に染めていた。
    「お前たち、今なんて言った!」
    「何って……ああ、もんじゃ焼きの事?」
    「そうだ!」
     言葉を交わすたび、少年は距離を詰めていく。
     意に介した様子もなく、二人は嘲るように笑い出した。
    「そうだって……ねぇ?」
    「あんなダサいの」
    「ダサいだと!」
     罵倒の言葉を遮って、少年は二人に掴みかかる。
     年齢からは考えられないほどの力を用いて、路地裏へと引き込んでいく。
    「ちょ、ちょっと」
    「お前たちには特別にもんじゃ焼きの魅力を教えてやろう。何、少しお腹が膨れるだけだ」
     人気のない路地裏には、なぜだか鉄板やコンロなどもんじゃ焼きを作るための道具一式が。
     少年は女子高生二人を縛り付け、もんじゃ焼き作成へと移っていく。
    「いいか、もんじゃ焼きとは……」
     ――そうして、二人が解放されたのはお腹がいっぱいになってから。無理やり食べさせられたが故、少々の火傷もしてしまっていた。
     嫌悪の感情しか与えられなかったはずなのに、立ち去る二人を見送る少年の顔はやりきった笑みに染まっていた。
     ……代わりに、瞳には暗い狂気が宿っていた。今はまだ、この程度で済んでいるのかもしれないが、このままでは、いずれ……。

    ●放課後の教室にて
    「もんじゃ焼き、という食べ物をご存知でしょうか? 今回は、もんじゃ焼きに魅せられた方を救っていただくことになります」
     倉科・葉月(高校生運命予報士・dn0020)は集まった灼滅者たちにそう前置きし、説明を開始した。
    「事件が起きているのは東京都中央区月島。この場所で麦原社という名の男の子がダークネス、ご当地怪人と化してしまいそうになっています」
     通常、闇堕ちしたならばダークネスとしての意識を持ち、本来の意識は掻き消える。しかし、彼は闇堕ちしながらも本来の意識を保ち、ダークネスにはなりきっていない状態なのだ。
    「ですから、麦原さんが灼滅者としての力を持つのならば救い出してきて下さい。そうならずに闇堕ちしてしまうようならば……灼滅をお願いします」
     小さく頭を下げた後、葉月は説明を開始する。
    「さて、それでは具体的な説明へと移りましょう。まずは麦原さんについてですね」
     麦原社、月島に住む中学一年生。もんじゃ焼き屋さんに生まれ幼い頃からもんじゃ焼きに慣れ親しんできた、熱い心を持つ男の子。
    「しかし、星のめぐり合わせが悪かったのか、同年代の知り合いはもんじゃ焼きに魅力を感じない方ばかりで……」
     時には古臭い、めんどくさそうなど馬鹿にされる事もあったという。それでも負けじともんじゃ焼きを布教しようと説明したが、悪いイメージは中々払拭できない。それを悩みに悩みに悩んだ結果、無理やり食べさせてしまえばいいと間違った方向に吹っ切れて、闇堕ちしてしまったのだ。
    「そんな麦原さんと接触するには、月島の街のこの辺りでもんじゃ焼きの悪口を囁けばよいでしょう。そうすれば、何処からともなくやって来るはずです」
     無事に接触したならば、次は説得を。
    「説得の成否に関わらず、戦いになります。ダークネスを滅ぼすためにも」
     社がご当地怪人と化した際の名は、もんじゃ怪人トローリモンジャート。ヘラのような顔や鉄板のような体、もんじゃ焼きの種をたたえているボウルを抱えているという姿をしている。
     攻撃方法は正常な判断能力を奪い去る熱くトローリとしたもんじゃビーム、加護を砕く種ごと相手を地面に叩きつけるもんじゃダイナミック。とどめの一撃、もんじゃが導くままに飛び蹴りをかますもんじゃキック、の三種類。これらを適当に使い分けてくる。
    「以上がこのたびの説明になります」
     資料を仕舞い、地図を渡した葉月は、静かな笑顔で締めくくる。
    「麦原さんはただ、もんじゃ焼きが好きなだけ。それが少しだけ暴走してしまっただけなんだと思います。ですからどうか、手遅れになる前に……。……何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)
    氷上・蓮(白面・d03869)
    曹・華琳(サウンドポエマー・d03934)
    メアリ・ミナモト(天庭麗舞・d06603)
    サフィ・パール(ホーリーテラー・d10067)
    佐藤・角(高校生殺人鬼・d10165)
    霧野・充(ちびっ子執事見習い・d11585)
    シュネー・クリスタ(温もりの綿雪・d11788)

    ■リプレイ

    ●もんじゃ焼きの街、月島
     車の通りも緩やかな、下町月島昼下がり。食べ物屋が立ち並ぶ小さな路地を、佐藤・角(高校生殺人鬼・d10165)、霧野・充(ちびっ子執事見習い・d11585)、曹・華琳(サウンドポエマー・d03934)の三人が歩いていた。
     風が流れるがままに裏路地へと歩を進め、ひと気のない場所へと入り込む。仄かに声音を大きくし、会話の中身を別の物へと変えていく。
    「月島もんじゃは、お好み焼きと何が違うんでしょうね? お好み焼きの方が持ち運べて便利ですね」
    「もんじゃは食べるタイミングや作るのが難しく、垣根が高く感じます」
     切り出したのは角。
     乗ったのは充。
     華琳は二人の正面へと回り込み、静かに立ち止まっていく。
    「もんじゃ焼き? 未開の地グンマーの食べ物だろ? それが何で東京にあるんだい?」
     言葉とは裏腹に、物陰へと隙のない視線を送りながら……。
    「……」
     指の動きだけで後方を指し示し、二人に注意を向けるよう示していく。
    「……てめぇら、今なんつった!」
     華琳が指し示したとおり、一人の男子学生が姿を表した。
     麦原社だと断定し、華琳は隙なく身構える。
     功をなしたか、攻めては来ない。
     その間にも華琳らの仲間たる灼滅者たちは集い、社を取り囲んでいく。
    「……どういうつもりだ?」
    「……」
     社の問に答え、救うため、始めに口を開いたのは――!

    ●もんじゃ怪人トローリモンジャート
    「無理やり……は、ヤケドしちゃう、よ?」
    「熱い物を無理やり食べさせられたって、火傷するだけで美味しいとは思えないよ」
     氷上・蓮(白面・d03869)と司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)が口をそろえて伝えたのは手法の誤り。
     社が戸惑う様子を見せていく。
    「何故、それを?」
    「もんじゃは作るのはちょっと難しいのですが、それも楽しいですし、もちろん美味しいです」
     まだ見せていない手法を知っていた事への疑問には答えずに、充が説得を繋げていく。
     強引には押し付けず、良さを広める方がいい。急がば回れ、それがかえって近道であることもあるのだから。
    「強引に食べさせられれば好きな物も嫌いになってしまいます。もんじゃは楽しく美味しい食べ物であることを広めれば、麦原様も皆様も幸せだと思います」
    「私は食べたことないけど、そんなに好きな物なのに無理やり食べさせちゃ……逆に嫌いにさせているようなものだよ」
     疑問は重ねず、息を呑んで押し黙った社に対し、メアリ・ミナモト(天庭麗舞・d06603)が静かな声音で続けていく。
    「良いものであるなら自信を持って、相手が食べたくなる工夫とかしていくことが大事じゃないかな?」
     好き過ぎて闇堕ちなんて絶対に放っておけない。心からの祈りが伝わったのか、社の纏う空気が若干だけれど軟化する。
     相変わらず沈黙を保ったままなのは此方を肯定しているからか、あるいは言葉が見つからぬからなのか。
     いずれにせよ、サフィ・パール(ホーリーテラー・d10067)が紡ぎだす。悲しげに目を伏せながら。
    「自分お好きなもの、理解して貰えないって悲しいです、ね。でも私、もんじゃ焼き、好きです」
     きちんと予習してきたもんじゃ焼き。その記憶を辿りながら、辿々しくても語り続けていく。
     日本のグルメは美味しい物も多い。もんじゃ焼きも気に入った。こうして食べる切っ掛けを貰えたことを感謝したい。
     また、隣の芝は青いとも。
     嫌な思いをしながら食べた物は、美味しく感じられなかったりして勿体無いと。無理矢理じゃ誘惑されないと。だから……。
    「自分が美味しそうに食べる所、見せてあげると良いです。釣られてくれる人、いると思うですから……」
    「……でも」
    「何、もんじゃ焼きは月島だけで愛されてる食べ物じゃない。群馬でも食べられているし、浅草でも食べられている。多くの人がもんじゃ焼きを愛しているんだ」
     華琳が言葉重ねたのは、自分も愛する者の一人だということ。最高のもんじゃ焼きを作って欲しいとの願い。
    「ボクももんじゃ焼きはまだ食べたことはないけど、愛は伝わって来るよ。ボクだって、いくら美味しくないって言われても、独逸料理が大好きだもの」
     更にシュネー・クリスタ(温もりの綿雪・d11788)は語りだす。郷土愛への共感をも交えて。
    「だから、やっぱり無理矢理はダメだよ。麦原くん自慢のもんじゃ焼きも、悲しい想いしか与えない料理になっちゃうもの」
     ゆっくり、良いところを広めていけばいい。そのために……。
    「まずはボクたちからはじめてみない? とびっきり美味しい、初めてのもんじゃ焼きを、さ!」
    「……」
     区切りがつき、訪れた沈黙。
     社は空を仰ぎ、大きな息を吐き出した。
    「そうだな。そこまで言われちゃ、いっちょっ!?」
     説得成功の色を見せ始めた時、突如社が苦しみだす。
     即座に充はカードを取り出し、定められたワードを唱えていく。
    「封印解除。参ります」
    「もーもももも、よくもまあそんなにポンポン言葉が出てくるもんじゃ!」
     武装を整えた時、社はもうそこにはいない。
     ヘラのような顔、鉄板のような体、もんじゃの種に満たされたボウルを抱えるもんじゃ怪人トローリモンジャートへと変貌し、灼滅者たちの前に立ちふさがった。

    「いいじゃろう。このワシが直々にキサマラをもんじゃ漬けにしてやるもんじゃ!」
    「これで少しは防げるかな」
     トローリモンジャートの吐く戯言を無視し、シュネーが蓮に小さな光輪を与えていく。
     同様に聞き流した銀河はエネルギーの充填が完了するなり極太のレーザービームを発射した。
    「じゃっ!?」
     慌てて飛び退いたトローリモンジャートだが、予想よりもはるかに太かったのか端っこに腕を焼かれてしまう。
     痛みからかくぐもった悲鳴を上げつつも、右手を前に突き出した。
    「この、生意気じゃ! 喰らえ、もんじゃビーム!」
     示されし灼滅者は蓮。
     放たれしは熱くとろりとしたもんじゃの種。
    「蓮君の治療、お願い、します。私は……」
     霊犬を蓮の下へと向かわせながら、サフィは魔力の矢を射出する。
     一発、二発と突き刺さっていくのを細めた瞳で眺め、霊犬に治療を施されながら、蓮は大地を蹴り跳躍した。
     体を捻り、回転させ、ぶちかます。近距離からの突撃技。トローリモンジャートの顎を強打して、二歩、三歩と退かせる。
     さなかでも零れぬボウルの中身。何があるのか気になるのは人のサガ。
    「具は……なんだろう?」
     勢いのまま死角を取るついでに横目を使い、ボウルの中身を確かめようと試みる。
     が、即座に体を反転させたトローリモンジャートに阻まれて、好奇心を満たすには至らない。
    「隙ありもんじゃー! もんじゃキック!!」
     もんじゃと共にある飛び蹴りをかまされて、蓮は素早く与えられた光輪を前に出す。僅かでも勢いを減じ、弾き返し、再び死角へと回り込む。
    「……キャベツに揚げ玉、駄菓子とか……か」
     こんどこそボウルの中身を確認し、お礼代わりに斬り上げる。
     度重なる攻撃に耐え切れぬのか、トローリモンジャートは飛び退り灼滅者たちから距離を取る。そのまま手を突き出して、再びもんじゃビームを発射する。
     盾を掲げ、叩き落とし、角が声を荒らげた。
    「武器にされたもんじゃの鳴き声が聞こえないのですか? もんじゃの種を焼かないのは、もんじゃへの冒涜ですよ!」
    「な、くっ」
     上手く心を揺さぶって、生じた隙を突くために懐へと潜り込む。
     反対側へと抜けた後、振り向きざまに鋼糸を振るって切り裂いた。
     勢いは灼滅者たちの側にあり。大きな被害もなく、戦いは早くも終盤戦を迎えようとしていた……。

    ●もんじゃを愛するが故
    「くっ、この……邪魔をするなもんじゃ!」
    「ボクの心の正義の熱、伝わるかな?」
     ダメージや重なりゆく呪詛による束縛もあるのだろう。未だ同様から脱し切れないトロリーモンジャートに対し、シュネーが正義のビームを浴びせていく。
     負けじとトローリモンジャートももんじゃビームを放ったが、ライドキャリバーのフローレンが華麗なドライビングテクニックを披露し回避した。
    「さぁ、翔けようかフローレン。あの風より速く!」
     主たるメアリは石化の呪いを、フローレンが辿るべき道筋としてトローリモンジャートに差し向ける。
     鋭く重い突撃によってトローリモンジャートが膝をついたなら、充は躊躇いなく指で逆十字を描き切った。
    「さあ、そろそろお仕舞いと行きましょうか」
    「ふざけるなもんじゃ! ワシはまだやれるもんじゃ!」
     言葉とは裏腹に、逆十字も受けたトローリモンジャートの動きに切れはない。銀河の放った大出力のビームも、避けられず直撃を受けてしまったほどに。
    「大体ね、もんじゃの種を放つとか叩きつけるとか……それがもんじゃ焼を愛する者のやることか!」
    「もんじゃは我が一部もんじゃ! 愛するからこそ、わしと一緒に戦うもんじゃ!!」
     動きに切れはなくとも、妄言が止むことはない。銀河のツッコミにも戦かず、あるいは空元気を発揮して、フローレンに掴みかかった。
    「そろそろ眠りなよ」
     が、華琳のジャッジメントレイに撃ち抜かれて果たすことは敵わない。
     次の手を打つことすら許さぬと、銀河が再び怒りのビーム砲を解き放つ!
    「これで……フィニッシュよ!」
     煌めく粒子が散った時、居たのは天を仰ぐトローリモンジャート。一歩、二歩を下がった後、仰向けに倒れ始めていく。
    「も、もんじゃー!」
     爆発していく様を見て、華琳が居住まいを正していく。
     ――群馬県民の皆さん、ごめんなさい。
     挑発の種に使った者たちへと謝罪をしている内に、爆発は止み煙も晴れた。
     無事、気絶しただけの社がそこにはいて……。

     戦いのあった場所から少し離れた、路地裏の中でも陽光が差し込む場所でのこと。目を覚ました社はある程度の状況を理解して、灼滅者たちに謝罪をした。お礼を述べた。
     自らの行いを反省してかどこか元気の無い様子の社に晴れやかな笑顔で頷き返し、角は語り始めていく。
    「もんじゃは、シンプルですが奥深い料理ですよね、場所によってはカレー粉を入れたりイチゴシロップを入れたりと可能性は無限大ですよ!」
    「あ、ああ! そうだ、その通り。店によって色んな味がある! それこそ、同じ味がないくらいにな!」
     無限の包容力、それこそがもんじゃの愛。
     二人は視線を交わしたまま、同士を得たりと笑い出す。
    「ダサいとか、そんな中傷など笑い飛ばせ! っと言った感じで堂々と構えていきましょうよ、これからは!」
    「……ああ、そうだな。ああ、そうしよう! 色んな方法を教えてもらったからな!」
     気づけば社も元気を取り戻し、ぐっと拳を握り締める。
     角が拳を付き出したなら、決意の印としてコツンと重ねあわせていく。
     友情を結んだ証として。
     熱い心の表れとして。
    「……それじゃ、おいしいもんじゃ焼きを、食べに……いこ?」
    「そうだね。せっかくの本場だし、食べていけると嬉しいねっ」
     蓮が立ち上がるなり呟いた誘いに、メアリが早速乗っかった。
     サフィは小さく頷いた後、社を静かに見つめていく。
    「おいしいお店、御紹介頂けませんでしょうか」
    「ああ、もちろん! とびっきりのもんじゃ焼きを紹介するぜ!」
     元気を取り戻した社は跳ねるように立ち上がり、こっちと背後も確認せずに先導する。その笑顔が示す先、美味しいもんじゃの店があるのだろう。
     さあ、美味しいもんじゃでお腹を満たし、互いの絆を深めよう。
     灼滅者たちが街の平和を取り戻したからこそ、こうしてゆったりとした時間を過ごせるのだから……!

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
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