悪戯から生み出されし変態さん

    作者:飛翔優

    ●プール内の変態さん
     夏が過ぎ、主な客層がダイエットやトレーニングに勤しむ人々へと移行したプール。賑わいが控えめながらもそこそこの活気に溢れる場所に、一つの噂が流れていた。
     ――プール内の変態さん。
     時刻は夜十時半ごろ、プールが一日の仕事を終える少し前。男性がプールを泳いでいると、妙な違和感に襲われることがあるという。
     その違和感は気のせいではない。何者かの手によって水着が脱がされてしまっているのだ!
     しかし、水着を脱がす変態は脱がす瞬間しか現れない。故に……。

    「なんというか、まあ」
     噂をまとめたメモを眺めていた氷霄・あすか(高校生シャドウハンター・d02917)は、肩をすくめ小さなため息を吐き出した。
     けれどすぐさま思考を切り替え、メモを片手に立ち上がる。
     男性にとっては不幸だし、男性客が遠のけばプールにとっても不幸な話。放置しておく訳にはいかない。
    「間違いが起きてからでは遅いですしね……」
     向かう先はエクスブレインの元。噂を都市伝説と確定させ、解決へと導くのだ!

    ●放課後の教室にて
    「えっと、それでは葉月さん、よろしくお願いします」
    「はい、あすかさんありがとうございました! それでは早速、説明を始めさせて頂きますね」
     あすかに軽く頭を下げた後、倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は灼滅者たちへと向き直った。
    「場所は、東京都東久留米市のスポーツセンター。そこで、次のような噂がまことしやかに囁かれています」
     ――プール内の変態さん。
     纏めるなら、夜の十時半ごろ、プールに男性客の水着を脱がす変態が出現する……と言ったもの。
    「はい、都市伝説ですね。ですので、退治して来て下さい」
     葉月は地図を広げ、件のスポーツセンターを指し示した。
    「現場はこのスポーツセンター。営業時間内ですから、特に問題なく入ることができるでしょう」
     後はプール内のお客さんやスタッフに対して何らかの対処を行った上で、都市伝説を呼び出し退治すればいい。
     囮を担うのは男性用水着を着用した男性か、あるいは男性用水着(ワンピース)を着用し男性を装った女性が適任となるだろう。
     問題は、都市伝説は戦いに持ち込む前は、水着を脱がすと満足して消えてしまうこと。故に、囮を担う者は水着が脱がされないよう全力を尽くす必要がある。
     一方、一度戦いへと持ち込んでしまえば水着を脱がされようが何をされようが戦闘が終わるまでは消えないため、特に問題とはならないだろう。……水着を脱がされること事態が問題というのはさておいて。
     閑話休題。
     都市伝説たる男の姿は、海パン一丁の痩せマッチョ。力量は八人ならば倒せるほどで、特に妨害能力に優れている。
     主に狙う相手は男。
     水着に限らない下半身に着用する服を脱がす事による辱め、水飛沫を周囲に放つことによる攻撃力を削ぐ、と言った行動を取ってくる。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図など必要な物を手渡した後、締めくくりへと移行した。
    「元々は、行っていることを考えれば……あるいは、子どもたちの些細な悪戯がもたらしたものなのかもしれません。しかし、実害が出ているのならば話は別。どうか、男性の名誉のためにも全力で退治して来て下さい。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    葛木・一(適応概念・d01791)
    アルファリア・ラングリス(蒼光の槍・d02715)
    氷霄・あすか(高校生シャドウハンター・d02917)
    瑠璃垣・恢(皆殺半径・d03192)
    丹生・蓮二(アンフォルメル・d03879)
    志那都・達人(風日祈・d10457)
    黒岩・りんご(凛と咲き誇る姫神・d13538)
    石見・鈴莉(飛翔せんとす雛の炎・d18988)

    ■リプレイ

    ●男の水着を求める男
     男性用水着の脱がしあい。子供同士が弄れる程度ならば問題にはならないとは思うけど……と、アルファリア・ラングリス(蒼光の槍・d02715)は人払いを行いながらため息一つ。
     場所は東京都東久留米市のスポーツセンター屋内プール。時刻は夜十時半少し前、天窓から月明かりが差し込む時間帯。
     子供など既に帰宅しているこの場所で、男性客を……男性客の水着を狙って現れるという都市伝説。
     すなわち……。
    「……」
     浮かんできた光景を、首を振って打ち消した。
     同じような感想が浮かんでいたのか、頬も赤らめたアルファリアに対し石見・鈴莉(飛翔せんとす雛の炎・d18988)が話しかけていく。
     曰く、水着脱がす系のいたずらがあるのはわかると。
     けれど、プール内でやるのはやめようと。
    「遊んでいるうちにはっちゃけちゃって……ってのは分からないでもないんだけどねー」
    「囮になる人は気を付けてね……」
     折よく人払いも済んだ頃合い。氷霄・あすか(高校生シャドウハンター・d02917)が男性陣を送り出し、表情を曇らせていく。
     見ているだけというのはもどかしい。しかたのないことだとしても……。
    「……」
     囮役の一人、志那都・達人(風日祈・d10457)。
     静かに揺らめく水面を前にして、追憶に心を委ねていく。
     自分にも、こんな悪戯をしていた頃があったのか? それとも……。
     ……ともあれ、公共の場での悪戯は都市伝説であろうとなかろうと迷惑。きっちり片付けさせてもらうと、同道する男性陣と合図をかわし水の中へと飛び込んだ。
     心地よい温さが肌を満たし、体中を震わせる。
     凍えるほどにはならぬ調度良い水温に抱かれて、男性陣は静かに戯れ始めていく……。

     カルキの匂い、舞う飛沫。
     プール特有の空気に身を浸し、葛木・一(適応概念・d01791)は一人静かに思考する。
     女子の水着を脱がすとかなら男子大歓喜だっただろうと。
     というか、男の水着を脱がして楽しいのか? と。
     恐らくは問うても答えの帰ってこない質問だけれども、思考を巡らせずにいられない。バタ足で泳ぐことは忘れていないけれど、それでも……。
    「っ!」
     不意に気配を感じ、泳法をクロールへと切り替えた。
     大きな水音が背後で響き、プールサイドで待機する女性陣も何かを叫んでいる。
     恐らく、狙いは一。
    「合流しよう」
     運良く狙いから外れた瑠璃垣・恢(皆殺半径・d03192)はプールサイドへと脱出して女性陣との合流を、一の到達点への先回りを目指していく。
     丹生・蓮二(アンフォルメル・d03879)らも後を追い、戦いの準備を開始した。
     ――想像していた以上に都市伝説の動きは早い。
     一が腕を回す度、都市伝説の指が水着へと近づいていく。
     ゴールへと近づくに連れて、どんどん距離が縮まっていく。
     まっすぐに伸ばされた人差し指が、水着の裾に触れようとした時……。
    「ったぁ、あぶねぇ!」
     ゴールへと辿り着くや水中から飛び出して、一はプールサイドに着地する。
     即座に背後へ向き直り、都市伝説たる細マッチョの男を睨みつけた。
     ゴーグルで瞳を隠した細マッチョ。さして残念そうな様子も見せず、ゆっくりとプールサイドに上がっていく。
     ならば後は、戦いの時間。
     誰が得するのかという戦いが、平和に満ちるプールサイドにて開幕した。

    ●悪戯で、寸前でとどめておけばいいだけなのに
     見た目相応に俊敏な動きで近づいてくる細マッチョの男に対し、蓮二が抱いた感情は……嫉妬。
    「くそっ、女子にモテそうな体しやがって……。痩せマッチョの無駄遣いが更に俺の怒りを誘うよね!」
     吐き捨てるように呟きながら、仲間たちに抗うための加護を与えるため盾を天へと掲げていく。
    「つん様は待機して回復を頼む!」
     霊犬のつん様に治療役を命じつつ、次の行動に向けて状況の把握を開始した。
     その横を、ライドキャリバーの空我にまたがる達人が駆け抜けていく。
    「さて、観念してもらおうかな」
     機銃で足元をなぎ払いながら腕を肥大化させ、勢いのままに殴りつける。
     見た目よりも逞しい胸板に阻まれてしまったけれど、問題無いと駆け抜けた。
    「空我!」
     二メートルほど進んだ先で煙を立てながら旋回し、再び細マッチョの男に向き直る。
     今はまだ消耗すらしていないのか、二の足で佇む姿に淀みはない。隙を見出すとするならば、狙いはあくまで男性陣の水着である点だろうか?
    「っ!」
     そう。細マッチョの男の狙いはあくまで男性陣の水着。
     ぐるりと周囲を見回す細マッチョと視線があった鈴莉は、元気な声音で言い放つ。
    「あたしは全身に着用する服であるスクール水着に全身に着用する服である柔道着を重ね着している! この意味がわかるかな? ……そう!「あなたの脱がすべき下半身着用タイプの服はあたしは着ていない……って、こら、無視すんな!」
     が、すぐさま視線をそらされた。
     幸いなことであるはずなのに、寂しい風吹き抜けるのは何故だろう?
    「ま、いいよ。それなら……」
     唇を尖らせながら、鈴莉は盾を掲げて吶喊する。
     怒りを誘えば己に注意も向くだろうと、不敵な笑みすらも差し向ける。
     それでもなお、細マッチョの男は男性陣へと視線を向けた。
     最初から存在などしていなかったかのように、女性陣には興味すらも向けていない。
     寂しげに感じたのか、あるいは安堵したのか……黒岩・りんご(凛と咲き誇る姫神・d13538)は小さな息を吐く。
     曰く、女の子の水着が脱がされたら喜ぶ自分も同類かもしれないと。少しだけ、誰か脱がされないかなと期待していたからと。
     もっとも……。
    「友達同士での悪戯ならまだしも、都市伝説になってはいけませんよね」
     退治の二文字を胸に抱き、拳を握り懐へ。
     無防備な背中に驟雨の如き連打を浴びせかけ、前方へとよろめかせる。
    「見境なしの破廉恥行為は許しませんよ?」
     果たして、物静かな諫めの言葉は届いただろうか?
     細マッチョの男は両手を伸ばし、周囲に水飛沫をばらまいた。

     細マッチョの男の性質は、力量が高いとはいえどおおよそ戦闘に向いたものではない。
     水着を脱がそうと伸ばしてくる腕だけは全力で回避し、水飛沫で受けた衝撃はすぐさま治療。万全の状態を保った上での反撃を繰り返し、両足を震えさせるほどのダメージを蓄積させることに成功していた。
     が、避けるのにも限度がある。
     ダメージは癒せたとしても、疲労は否応なしに溜まるのだ。
    「っ!」
     今、蓮二の水着に指がかかった。
     瞬く間に身を寄せられ、蓮二は水着を引き上げようと手を伸ばす。
    「許可もなく俺の水着に手を掛けるとはいい度胸してんじゃねーか! ……つん様!!」
     細マッチョの男との攻防。
     少しでも優位に進めるためにつん様が斬魔刀を浴びせかけるも、力は遥かに細マッチョの方が上。
     ジリジリと下がっていく水着。
     様々な意味で色めき立つギャラリー。
    「あっ」
    「そこだっ!」
     ……引っ張り合ううちに限界を超えてしまったのだろう。
     布が裂ける音が響くと共に、蓮二の纏う水着が破けていく。
     すかさず一がスマフォを構え、激写!
    「おいこらそこ何してやがる!」
    「……ほっ」
     顔を真っ赤にしながら叫ぶ蓮二。
     隠そうともしない下半身へとついつい目を向けてしまったりんごは、白いサポーターで隠されていることに安堵の息。
    「ちょ、ちょっと! な、な、な、なんて破廉恥な!」
     一方、サポーターがあってなお過激と感じたか、はたまた幻視してしまったか。アルファリアは顔を真っ赤にしながら目を隠し、手近なものを投げる代わりに己の影を向かわせる。
     細マッチョの男を縛る中、蓮二の動きがさほど変わっていないことに気がついて、恐る恐る下半身へと視線を向けた。
    「……っ」
     何もない。
     少なくとも、危惧していた象徴は溢れていない。
    「……無心。無心です。これは仕事です」
     取り繕うような言葉を紡ぎつつ、ギターを構え直していく。
     新たな音色が紡がれた時、あすかもある意味では無事なのだと感づいた。
    「隠さなくても大丈夫みたいだね」
     やはり安堵の息を吐きながら、拳に影を集わせ殴りかかる。
     ふらつき始めた細マッチョの男に、避けるすべなど存在しない。
     頬を強打された細マッチョの男は、衝撃に流されるまま膝をつき……。

    ●破廉恥な男はいらないから
     一度熱せられてしまった感情は、中々覚めることはない。プールサイドを満たす温い水面が癒してくれても、早々に赤が引くことはない。
    「はぁはぁ、恐ろしい相手です。今までのどんな敵よりも……」
     顔を真赤に染めたまま、アルファリアは優しい歌声を響かせる。
     ふざけた戦場を覆い尽くし、仲間に抗うための活力を注いでいく。
    「ま、確かにこれ以上隙にさせる訳にはいかないね」
    「てめぇ、自分が被害を受けてないからって……後で写メ消しとけよ!」
     リズムに軽く乗りながら、一が漆黒の弾丸を撃ち込んだ。
     蓮二は動きを止めた細マッチョの男の背後へと回りこみ、足元を横に切り裂いていく。
     即座につん様が斬魔刀を閃かせてなお、細マッチョの男は動かない。
     影と呪縛、二重の戒めに囚われて、動くことができていない。
    「これ以上、困ったことは起きそうにありませんね」
     静かに瞳を細め、あすかが懐へと入り込んだ。
     どれだけ近づいても問題ない。
     どうせ自分は狙われない。
     故に狙いを誤ることはなく――。
    「――さあ、そろそろおしまいにしてしまいましょう」
     胸に脇腹に鳩尾に鋭い拳を突き刺して、満足に動けぬ細マッチョの男をよろめかせる。
     すかさずライドキャリバーがエンジン音を唸らせて、達人を載せたまま吶喊した。
     先に達人が虚空を裂き、熱い胸板に斜め傷を刻んでいく。
     突撃を受けよろめいた隙を見逃さず、鈴莉が巨大な砲弾を発射した。
    「今だよ!」
    「ああ……」
     促されるがままに恢が懐へと入り込み、さらなる毒に蝕まれ始めた都市伝説にバックスイング!
     インパクト共に魔力を爆裂させ、細マッチョの男をプールの縁まで追いやった。
     即座に身を翻し、腕に影を纏っていく。
    「悪戯をしていいのは小学生までだ。あんたはどうも、そういう風には見えない」
     到達と共に力のチャージを完了させ、背中を殴るとともに槍を射出。心臓と思しき場所を貫いて、水中へと叩き込んだ。
     揺れる水面に抱かれて、細マッチョの男は断末魔もこぼさずに消滅する。
     被害、蓮二の水着。
     可能な限り幸いなまま迎えた結末を前にして、灼滅者たちは安堵の息を吐き出した。

     治療や着替えなどを終えた頃にはもう、十一時五十分。閉館まで十分前。
     館内に響くアナウンス。
     戻り始めてきたスタッフたち。
     まだ時間はあるからと優しく見守ってくれている中で、恢が静かに提案する。
    「少しだけ水遊びをしていかないか?」
     今夏はあまり水着を着た記憶が無い。
     だからこそ、貴重な機会には精一杯遊びたい。
    「賛成ですっ。もう時間も短いので……早速……!」
     いち早くりんごが賛同し、水の中へと飛び込んだ。
     残る者達も疲労を忘れて水中へ。
     短いけれど濃密な、戯れの時間が訪れる。
     平和になった室内プール。見守るは監視を行うスタッフたち。及び、天窓から除く月ばかり。
     都市伝説を倒したからこそ繰り広げることのできる光景が、夜空の星々すらも輝かせていた。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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