●囁き
――もって後、3ヶ月でしょう。ご本人の悔いのないよう、過ごさせてあげてください。
こっそり聞いた扉越しの医者の声が耳についてはなれない。
(「俺の余命が後3ヶ月だって!? そんなバカな! ついこの間まで普通に生活して……仕事も順調で、彼女だって……」)
男は自分の血の気がさぁっと引いていくのを感じた。まさか自分の命の期限がこんなにも早く切られるとは思ってもいなかった。だが医者がこんな悪い冗談をいうはずもなくて。それを心の何処かではわかっていた。けれどもはいそうですかとそう簡単に納得できるわけがない。
「嘘だろ……」
衝動的に病院を飛び出して、結局たどり着いたのは近くの公園。パジャマにコートを羽織っただけの姿でベンチに座り、顔を手で覆う。何も考えられないほどに彼の頭は絶望という目に見えぬものでうめつくされてしまっていた。これからどうしたいのか、どうすればいいのか、考えることさえ出来ない。
「いきなりあと少しの命だって言われても、信じられないよね。混乱したよね」
突然聞こえたのは少女の美しい声。男は顔を上げた。目の前には赤い衣に身を包んだ銀の髪の少女が立っていた。赤い瞳をじっと、男に向けている。
「残り僅かの命、無為に死ぬくらいなら、私と一緒に欲の赴くままに、好き放題してから一緒に死のう?」
「好き放題……?」
「そうだよ、どうせ死ぬなら、死ぬ前に好き放題したって誰も責めないよ」
少女の囁きはじわりじわりと男の脳に染みこんでいく。甘い囁きは絶望に染め上げられた男の心を、麻痺させたまま導く。
「それなら、思い残す事もないし、寂しくもないよね」
「欲の赴くままに……好き放題……」
男の心が段々と闇に塗り固められていくのを、少女は感情のない瞳で見つめている。全ては彼女の思惑通り。男は闇へと堕ちて行く。けれども少女は欠片ほども笑うことはしなかった。
その表情は冷たく凍ったかのようだ――。
●
「病気などが原因で余命宣告を受け、絶望している人々に近づき、彼らの闇落ちを促しているソロモンの悪魔の動きを捉えることが出来たよ」
教室に集った灼滅者たちに、神童・瀞真(高校生エクスブレイン・dn0069)は和綴じのノートを広げて深刻そうに切り出した。
「恐らくそれは、彫師の事件で仲間達の退路を切り開くために闇堕ちした、ユウ・シェルラトリア君だ」
集まった灼滅者達がはっと息を呑むのを聞きつつ、瀞真は話を続ける。
「ユウ君は余命宣告を受けて絶望している人の前に現れ、自分と一緒に欲望の赴くままに好き放題しよう、どうせあと少しの命なんだから好きなことをしても許される――そんな風に囁き、闇堕ちへと誘っているよ」
もしくはその対象を強化一般人にして連れ歩いているようだ。
「ユウ君はね、ダークネスの言うことに従っていれば、死に瀕している人々の苦痛を和らげることが出来る、その上自分が助けられなかった人々に対する償いになると考えているようなんだ。この考えを理路整然とした説得で覆すことが重要となるだろうね」
彼女の根底には孤独を恐れる心と、残される者としての悲しみや淋しさがあるように感じられると瀞真は言う。ここに上手く触れて彼女の心動かすことができれば、あるいは――。
「ユウ君はとある大きな病院近くの公園に出現するよ。病院から抜け出してきた桂川・修二(かつらがわ・しゅうじ)という20代男性に囁き、彼を引きこもうとする。ユウ君が修二さんと話している間、この時ならば気付かれずに接触することが出来るだろう」
事前に公園内で待ち伏せするのは可能だろう。修二が座るベンチはわかっているので、見つからぬよう隠れるのがいい。公園内には数組の親子連れや子ども達のグループが居る。だが事前に人払いをすれば気づかれてしまうので、瀞真の指示した瞬間までは下手に動かぬ方がいいようだ。
「このソロモンの悪魔は極めて冷静で、身の安全を第一に考えて行動する慎重派のようだね。挑発の類も、よほど気に入らないものでない限りは完全無視だろう。自分の身が危うくなれば、逃げる可能性もあるだろうね、注意してほしい」
攻撃方法は魔法使い相当のサイキックに、魔導書や咎人の大鎌相当のサイキックを使用するという。
「戦闘になると、彼女は強化一般人を3名呼ぶよ。彼らはKOすれば元に戻るから安心してほしい。ただ、病は治らないけれど」
そこまで告げると瀞真は深く息をついて、再び一同を見つめる。
なんとか救出してもらいたいが、それが無理だという場合は灼滅せざるを得ない。もはやダークネスである彼女相手に迷っていては、致命的な隙を作ってしまうかもしれない――瀞真は苦い表情で灼滅者達に告げた。
「もしも今回助けられなければ……彼女は完全に闇堕ちしてしまい、おそらくもう助けることはできなくなるだろう。すべては君達にかかってる。……よろしく頼む」
瀞真はノートを閉じ、ゆっくりと頭を下げた。
参加者 | |
---|---|
天鈴・ウルスラ(踊る朔月・d00165) |
結城・時継(限られた時に運命を賭す者・d00492) |
玖・空哉(強欲・d01114) |
高坂・由良(薔薇輝石の乙女・d01969) |
東谷・円(ヤドリギの魔法使い・d02468) |
ジンザ・オールドマン(ガンオウル・d06183) |
七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504) |
楓・十六夜(氷魔蒼葬・d11790) |
●時、待ちて
公園は子ども達の笑い声で満ちている。溌剌とした『生』の音ともいえた。その公園に重い足を引きずるようにして現れたのは、コートを纏った20代の男。暗い表情の男はベンチに座り、物思いに耽っているようだ。
(「撤退間際の紅い瞳、どうにも焼き付いてましてね」)
物陰に伏せている牧羊犬――ジンザ・オールドマン(ガンオウル・d06183)は思う。故にここにいるのだと。未帰還者の回収も任務のうちだと心の中に付け加えて。
「堕落への誘いは甘い。ユウのやつよく分かってるじゃねーの」
その分、やりにくいがなと小さくため息を漏らしたのは東谷・円(ヤドリギの魔法使い・d02468)だ。
(「他の事なんてどうでもいい。大切な友達のユウを連れ戻す、それだけ」)
猫の姿で物陰に隠れる天鈴・ウルスラ(踊る朔月・d00165)の強い思い。
(「ユウさんは大事な友達なんですの! 絶対に帰ってきて貰うんですから!」)
身を隠してはいるものの、高坂・由良(薔薇輝石の乙女・d01969)の意気込みはきゅっと握られた拳が物語っている。
(「押し付けるからには俺も対価は払うつもりだ。助けるだけじゃ……救ったとは言えないからな」)
楓・十六夜(氷魔蒼葬・d11790)は木の影に潜み、視線だけそっとベンチに向けて。いつユウが現れるかと、その時を待っていた。
(「誰かを守るために闇に堕ちた人。そして、闇に堕ちても、誰かを助けて、償おうとしている?」)
迷彩柄の布をかぶり伏せているのは七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)。ユウの真意はわからないけれど、鞠音にはそう見えて。
「……どんな手を使っても、連れ帰るぜ」
低く呟いた玖・空哉(強欲・d01114)の言葉は恐らく全員の意思。
「……」
覚悟を決めた結城・時継(限られた時に運命を賭す者・d00492)の瞳は捉える。赤き魔法使いがふわり、ベンチの前に降り立つのを。
●時、止めて
赤き者が甘い言葉を囁き終わるより早く、灼滅者達はそれぞれが隠れていた場所から飛び出した。彼女と修二の間に割り込み、ユウを取り囲む。ユウの冷ややかな視線が灼滅者達を射抜く。
不穏な雰囲気を察したのか、公園にいる子どもを含む一般人がざわつき始めた。だがそれも殺界形成が展開されることで雰囲気を変える。
「こちらです! 誘導しますから逃げてください!」
千尋の呼びかけとキィンのパニックテレパスが合わさり、人々を公園から脱出させていく。
「大丈夫だ、泣くな」
勇騎は怯えて座り込んでいる子どもを怪力無双で数人纏めて抱き上げ、公園の外を目指す。
「大丈夫?」
転んで泣いている子どもを抱きしめるように座り込んだ母親に声を掛け、腕をとって立ち上がらせるエフティヒア。律花も母子を庇うように立ち、素早く避難できるように手伝う。
だが避難の流れに逆らって数人の男が公園に飛び込んできた。強化一般人だろう。逃げようとしている子どもを平気で突き飛ばしている。それに気づいたねずみはさっと駆け寄って転びそうな子どもを支える。そして出口へと誘導した。
ユウに近づこうとする三人の男。だがそう簡単に近づけさせる訳にはいかない。ウルスラとジンザがユウの側から引き離した修二を向坂・ユリア(つきのおと・dn0041)に保護させる。修二を連れて避難を始める彼女を横目で見ながら、十六夜が声を上げた。
「すまん伊織、頼んだ」
「楓の兄さん、お声かけおおきに」
ユリア達を庇うような位置に立ち、伊織は強化一般人達の意識を自分に向けるよう動く。
「邪魔させない。アンタたちも残された時間、必死に生きて、残していく人たちに何を残せるのかくらい考えなさい」
アンジェリカの拳が喝となって男を穿つ――。
●時、満ちて
「やっぱり邪魔をするんだね」
一瞬で状況を判断したのだろう、感情の籠らぬ声で呟いたユウは、躊躇いなく咎の黒き波動を前衛へと放つ。だがその傷は、円の開放した風によって即座に清められた。
「どうせ死ぬならって、そりゃ随分と話が飛躍してるぜ」
鋭い目つきでユウと視線を絡めるも、あちらは動じた様子はない。
「人間生きてれば誰だっていつか死ぬ、だからって誰でも好き放題して良いわけじゃないだろう?」
「誰かを助けりゃ、助けられなかったヤツへの償いになるってか? 笑わせんな」
吐き出すように零した空哉は彼我の距離を詰め、拳を振るう。
「俺は不死王戦争でダチを一人亡くした。それから結構な数を助けてきたけど、それで重荷が軽くなったなんて思ったことはないぜ」
心の叫びにも似た追憶が、言葉として放たれる。
「当たり前だ。誰かを助けても、助けたかった誰かが帰ってくるわけじゃないんだからな」
そんなこともわからなくなっちまったのか、再び距離をとっても空哉が見据えるのはユウただ一人。
「余命僅かだから、は好き勝手振舞って良い理由にはならない。その人の行いは残り、今度はその罪で残された人が苦しむ」
語るウルスラはいつもと雰囲気が違って。
「親しい人が覚えてる限り、死んでも居なかった事にはならない」
大きく息を吸って、金切り声のような歌声がユウを侵食していく。歌声に込めた救いたいという思いは、届くだろうか。
「そんな欺瞞で死に逝く人も唆しても、苦しむ人を増やすだけ。彼等を救った事にはならない!」
歌い終えたウルスラは、まるで断罪するように言い切った。表情の変わらない彼女の面からは心の推移を推し量ることは出来ない。
「死を間近に迎えた人達も……もしかしたらユウさんも、本当に恐れているのは、死ぬこと自体より、大切な人と離れ離れになってしまうこと。もう、手や声が届かなくなることなんじゃないかなって思いますの」
盾を前衛に広げ、由良はユウに言葉を投げかける。こちらを見た彼女の瞳が冷たくて一瞬身体が硬くなったけれど。自分の声が彼女に届くのか、不安ではあるけれど。それを口にしたら不安が本当になってしまう気がするから、絶対にそれを口はしないと決めていた。
「でも、何があったって、想いまでは消したり出来ません」
断言、してみせる。
「私の、ううん『ユウ』のなにがわかるの? こうして私が彼らを『救って』あげれば、ユウは安心するのに」
「Quiet.煩ぇよ悪魔。死の先に何が有るのか知っているとでも?」
淡々とした彼女の言葉を語気強く遮ったのは、瞳に鎖を集中させたジンザだ。『B-q.Riot』から放たれた弾丸が彼女を撃ちぬく。
「今ここで立証出来ないなら、大事なのは生きる者の、その続きだ」
「確かにお前のやっている事は心を軽くする。でもそれは罪人にして死なせてるだけだ。罪人に仕立て上げる事が償いか?」
ユウと距離を詰めて向かい合い、十六夜は『蒼魔終葬-叛咎-』を振るう。彼女の赤い着衣が破れ、肌を傷つける。
「違うってわかってるだろ。現にお前は笑ってない。お前がすべき償いは、助けられなかった奴等の分まで生きる事だ」
鞠音の発生させた霧が前衛を包み込む。そっと、霧の向こうのユウに呼びかける。
「死が近ければ――何をしても、許されるのですか? 死の苦痛は、暴虐を尽くせば和らぐのですか? なら何故――生まれてからずっと、暴虐を尽くさないのですか? 死は、いつでも、そこにあるのに」
「……」
ユウは、答えない。否、答えられない、のか?
「人は限られた時間で何かを残す。君がしているのは残される人に苦しみを残すだけだ」
時継の指輪から放たれた魔法弾がユウを襲う。衝撃で身体を揺らす彼女から、目を離さない。
「君はどんな淋しさを抱えていた? 一人が寂しいなら僕は傍にいる。助けられなかった罪に押し潰されそうなら僕も背負う。一緒に償う方法も探す」
それは説得というよりも懇願に近くて。覚悟はしてきたはずなのに痛む心が時継を掻き立てる。
「もう一人で背負い込まないで」
ユウの放った禁呪が、爆発を呼んだ。
●時、流れて
「……諦めたら、終わり、なんです……。……だから、だから、出来る事を、する、だけです……」
蒼は異形巨大化させた腕をもって男に襲いかかる。漆黒の弾丸を放ち、イヴはユウへと言葉を紡ぐ。
「ユウさん。その方法なら確かに苦痛を和らげることができるかもしれない。でもね、その人はその人でなくなってしまう。それは本当に救いに、そしてあなたの償いになるのかしら」
蒼真の一撃で倒れた男を有無が素早く確保して戦場から離脱させる。別の男にロッドを振り下ろした紫臣は、ユウに届くようにと声を張り上げる。
「ユウ、何でそんなことやってんだよ。……いや、今のお前はユウじゃねぇよな。俺の知ってるユウは、人の弱みに付け込んで利用して、悪事を促すようなそんなヤツじゃねぇよ。心配かけさせんな!」
少しでも力になれれば。皆の声が、心が届きますように――千早の繰り出した糸によって意識を失った男を榛名が素早く抱きとめて避難させる。勇騎が傷を癒やし、律花が最後の一人を追い詰める。男を昏倒させた煌介は、しっかりとユウの瞳を捉えて。
「ユウ。闇は力をくれるけど……君の心じゃ無い。償うのも……己を赦すのも……君自身の心しか、無い」
真摯な眼光がユウを射抜く。本物のユウへと届くと信じて。
「皆、怖くて悲しくて苦しい……だから優しい。それでユウは十分かけがえが無い……俺達を置いてかないで」
「戻っておいで。これからまた一緒に、がんばろ? 一緒にクラブでお菓子たべたり、お話したりしたいから」
灯倭はそっと、手を差し伸べる。いつでも掴んでくれていいんだよ、と。
●時、動く
「グフッ……」
ユウの思い一撃を庇って受けた鞠音の口から息が漏れる。けれども彼女はすぐに体勢を整え、状況を確認する。
「損傷確認――そちらは問題ありません」
「ユウ、わかってんのか? 最後で無為に死んだら、今までの人生マジで無為になっちまうんだぞ」
鞠音の傷を矢で癒やしながら円は、赤い衣を傷つき汚していてもまだ凛と立っているユウへと視線を向けた。
「助けられなかった者達への贖罪がしたいというなら、それは善行をもって為すべきだぜ」
「命を単純な数に置き換えて、誤魔化すなよ。俺もお前も背負うしかねぇ。背負って、藻掻いて、少しでもその先で後悔しないように生きる、それが、俺達人間だろうが!」
勢いに任せて振り下ろした空哉のロッドがユウを打つ。ユウも、そして灼滅者達もそれぞれ傷を負ってボロボロだった。だが、彼女がまだ逃走する素振りを見せないということは、余力が残っているということだろう。
「背負うのが辛いか。だろうな、俺もそうだったよ。だから手伝ってやる。俺だけじゃない、同じ道を征く仲間全員で、だ……だから、とっとと帰って来い!」
思いを込めた叫び。届いているのか否か、彼女の表情から判別できないのが歯がゆい。けれども皆、呼びかけるのをやめない。続けていればきっと、届くはずだと信じているから。
「救えなかったなら、尚更救うのを止めちゃ駄目。人を助けるのが償いなら、闇堕ちの為に人を苦しめるダークネスに抗い戦うのが一番の償いの筈です」
ぴくり、ユウの肩が揺れた気がした。しかしウルスラを見た彼女の瞳は冷たいままだ。
「たくさん御託を並べて、もう満足だよね?」
「苛つくんですよ、悪魔。ユウには悪いですが優しくお迎えはできません。イアアアアァァ!」
絶叫を帯びてウルスラが『ファーウェル』を手に斬り込む。追うように由良が盾を手に迫った。
「大事な人の為に自分に何が出来るのか、その人に何を残したいのか、それを考え、生き抜くことが大切だって思いますわ」
振りぬくと手応えが、由良の指を痺れさせた。だが言葉を贈るのをやめない。
「そしたらきっと……自分が生きた証も、想いも。大事な人とずっと一緒に生きていけるって、信じてますの」
だから、どこかへ行ったりしないで――想いと願いを傷口から浸透させるように。
「あの時、何を告げたかったかは問いませんが。生き抜く意志を、僕は確かに見ました」
彫師の屋敷から脱出する仲間達を見つめていたユウの赤い瞳。ジンザはそれをしっかり見ていた。その瞳が告げたかったことを、自分なりに受け止めたつもりだ。彼の弾丸は狙い過たず、彼女の身体に食い込む。
「余命僅かな者を狙っている……だがその狙いは『堕ちるとなくなる』。だからわざわざ次から次へと狙っているのか? ユウへの言い訳を続けられるように」
凍ったような表情のダークネスに十六夜は呼びかける。横顔を見せて、彼女は十六夜と視線を合わせようとしない。
「……あぁ、なんだ……ユウが怖いのか、お前。情けないな」
「!?」
今まで心の動きを表に滲ませようとしなかった彼女が反応した。若干目を見開き、眉根を寄せて十六夜を見る。
「怖い? そんなわけないよ」
表情はすぐに無くなり、言葉は今までどおり冷たかったが、その反応がすべてを物語っている。よほど突かれたくない所を突かれたのだろうか。魔力の光線が十六夜を貫く。
「償いは人生全てを賭して行くもの。そんな事で償える様なモノじゃ無い」
それを身体で受け止めて、今度は『ユウ』に話しかける。今ならきっと、深く深く染みこんでいく気がするから。
「俺もそれに付き合ってやる。たまには先輩を頼れ。肩位貸してやる」
蒼き黒剣がユウに迫る。
「理解してなお、駆り立てるその逃避を。雪風が――敵だと言っている」
鞠音を駆り立てたのは直感に似たものだった。戦況把握に努めていた彼女には、ユウの動きが今までと違うように見えた。仲間達を庇うことを第一に考えていた彼女は、癒やしきれぬダメージを身体に蓄積させている。それでも立ち上がって『雪風・改』を操る。逃がさない、連れ戻せる確信だけを抱いて。
撃ちぬかれたユウは体勢を崩しつつも逃走を伺わせるそぶりをみせた。時継は石化の呪いを放ちつつ、ユウだけを見つめて。
(「僕の想い。ようやく気づくなんて馬鹿だな」)
募る想い。言葉が溢れ出る。
「あの日の約束、君が僕に伝えてくれた言葉の答え、今伝える」
逃げるならもう少し早く、上手く出来たはずだ。けれども彼女が今まで行動を起こさなかったのは、皆の言葉が彼女に伝わっていたから。彼女が考え直し始めていたから。
だとすれば、時継が抱いているこの思いは、彼女を引き戻す強い腕となるだろう。
「僕も君の事が好きだ。一緒に笑って思い出を残したい」
「!」
熱い想い伝わる告白に、ユウの動きが止まった。目を見開いて驚きの表情で時継を見つめている。
「君がいなくなったら僕は笑えなくなる。一人を恐れ、悲しみを知る君が、僕を一人にしてしまうのかい?」
「わ、た……し……」
ゆっくりと紡がれる声。動きが止まったユウに、空哉とウルスラが迫る。
「僕は君を一人にしない」
由良とジンザが攻撃を放つ。円と由良の霊犬アレクシオは仲間の傷を癒やしながら、その流れをしかと見つめている。
「君の笑顔を願う」
十六夜の一撃が深く決まり、そして。
「帰ってくるんだ、ユウさん!」
時継の強き叫びとともに放たれた鞠音の攻撃が、止めとなった。
ふわりと裾をなびかせながら、ユウの身体は倒れていく。
誰よりも早くかけ出したのは、もちろん時継だった。
●時、始まる
「ユウさん! ユウさん!」
身体を包む暖かさと愛おしい声に意識を揺り動かされて、ユウは重いまぶたを開けた。
「よかった……無事で……おかえり、ユウさん」
彼女が意識を取り戻したのを確認すると、時継の瞳から涙が零れ落ちた。
「なにはともあれ……オカエリだな」
起き上がるために必要なら貸そうと思っていた手を引っ込めて、円は小さく息をつく。今手を差し出すのは野暮だ。
「帰ってきた今だがとりあえず言っとくぜ、ユウ。お前が消えれば、とりあえず俺らは全員不幸になるぞ」
空哉の言葉にウルスラや十六夜、由良も頷いてみせる。
助力に来たユウと親しい者達が彼女に駆け寄るのを、鞠音とジンザは少し離れたところから見ていた。
「救出、完了」
ぽそり、鞠音がつぶやく。
「借りは返しました。じゃ、僕はこれで」
再会を喜ぶ一同に背を向け、ジンザは後ろ手を振ってその場を去る。
これ以上は、己の領分ではないと理解していた。
「ありがとう、みんな」
まだ少し混乱していて、何から口にすればいいのかわからないけど……困ったようなユウを急かし、責める者はいない。
時間ならたっぷりある。
だって彼女は、帰ってきたのだから。
作者:篁みゆ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年3月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 4/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 1
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