入学式にはメイド服で

    作者:るう

    ●リサの自室
    「この高校、制服がかわいいんだよね♪」
     無事に第一志望の高校に合格したリサは今日、制服や指定かばんを受け取ってきたばかりだ。これからの新生活を思うと、心が躍る。
    「さーて、早速試着しよっかな~……あれ? 制服が変わるなんて話あったっけ……?」
     訝しむリサ。何故なら、ビニール袋から出てきたのは憧れの制服ではなく、どう見ても真新しいメイド服だったのだ。
    「いやおかしいでしょ。確かにかわいいけどさ、こんなの制服なわけないって」
     などと一人ツッコミを呟きながらも、結局リサは、気付くとそのメイド服に袖を通していたのだった。

    ●武蔵坂学園、教室
    「また新しいフライングメイド服が出るんだって!」
     フライングメイド服とは淫魔の眷属で、着た者を強化一般人にする能力を持つ、空飛ぶメイド服だ。須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)の話によると、事件はとある高校の入学式で起こるらしい。
    「入学式にフライングメイド服を着てくる女子生徒がいて、注意する他の生徒や先生(親御さんは入学式のスケジュール的に後から来るみたい)を相手に、その場で一瞬でメイド服登校支持派になった主に男子たちと一緒に暴れ回るの!」
     灼滅者たちもメイド服支持派を装って近付けば、恐らくは警戒されずに女子生徒に近付けるだろう。
    「ただ、未来予測でわかったのは、女子生徒は校門を入ったところで最初に事件を起こすって事だけ。女子生徒の自宅や登校経路まではわからなかったから、対処ができるのは校門の近くに来た後になるかな」
     その時には既に、彼女は五人の支持派の男子を従えた後だ。五人は魅了され、強化一般人になっている。
    「とは言っても、強さ自体は本人含めて大した事はないみたい。本人はほとんど男子たちをけしかける専門みたいなものだし、男子たちも好き勝手に暴れるだけだから」
     それよりも大変なのは、その後の事だ。
    「今回の事件、本体はメイド服だから……」
     周囲には、多数の生徒が登校中だ。その後に起こる真の悲劇、あるいは喜劇は、言わずもがなというやつだ。


    参加者
    古樽・茉莉(百花に咲く華・d02219)
    曹・華琳(武蔵坂の永遠の十七歳・d03934)
    織元・麗音(ブラッディローズ・d05636)
    鬼追・智美(メイドのような何か・d17614)
    フィアッセ・ピサロロペス(睡蓮の歌姫・d21113)
    十・七(コールドハート・d22973)
    神無月・佐祐理(硝子の森・d23696)
    東・喜一(走れヒーロー・d25055)

    ■リプレイ

    ●春の通学路にて
     緊張交じりの期待を込めて新年度の通学路を歩むのは、何も新入生だけとは限らない。最高学年という栄誉と責任をその身に受けた新高三、高校生となっては初めて先輩の立場となる新高二たちもまた爽やかな希望に満ち溢れ、その路地の鼻先を通り過ぎてゆく。
     そんな生徒たちを眺めながら、フィアッセ・ピサロロペス(睡蓮の歌姫・d21113)はこれから起こる事件を思い、路地の陰で独りごちていた。
    「可愛い服を着るのは何も悪くはありませんけれど、何事もTPOは必要ですね……」
     その言葉に、自らも反省するところがないとは言わない。けれど、それを彼女の後ろに佇む人物にも耳を傾けて貰えたならと、少しは思わない事もない。
     ……と言うのも。
    「人を洗脳するメイド服ですって!? 許されざる存在です!」
     完璧なまでにメイド然と腕を組み、メイド服のスカートを風に棚引かせて憤慨する東・喜一(走れヒーロー・d25055)の身は既に、血の一滴に至るまでメイドである。……が、少しばかり致命的な事に、彼はゴツい男なのだ。
     普段は他人への興味など最低限の十・七(コールドハート・d22973)にもわかる。これを普通の人間が見たら、ショックが大きいだろう、と。
     ただ、それはどうやら本人も理解してるらしい事だけは幸いだった。
    「オレは警戒されそうなので、戦闘開始までここで待ってますね」
     あっはい、是非ともそうして下さい。

     ……とか何とかやっているうちに、通りには、男子たちにちやほやされながらやってくるメイド服の女生徒、リサの姿が。いや、事前に知らされていなければ女生徒などではなく、偶然通りかかったコスプレ女としか思わなかっただろう。
     怪しい。
     喜一と比べればかなりマシな部類ではあるものの、男子生徒を侍らせてやって来るメイドの存在は、周囲と比べれば異様そのもの。
     だがそこへと、さらに怪しい人物が! 僧服姿の古樽・茉莉(百花に咲く華・d02219)は通りに姿を見せるや否や、唐突に何事か叫び始めた。
    「メイドさんが出ました、逃げてー!」
     状況が状況だけに、周囲の人々もわけもわからずその言葉の通りに動く。それを見て、明らかに憮然とするリサの顔。
    「どうして、逃げろなんて言うんですか……!?」
    「その、えっと……あ、あんな有象無象があなたのようなパーフェクトなメイドに近づくなんて許しがたくて……」
     ちょっと苦しい咄嗟の言い訳。背に冷や汗を滴らせる茉莉に冷たい視線を向けるリサと、そうなんだよ、完璧なメイドさんなんだよ、とでも言いたげに胸を張る取り巻き男子の温度差がシュール……男って馬鹿よね。
     もっともリサの不満げな表情も、そうは長くは続かなかった。
    「おや、素敵なお召し物ですね」
     織元・麗音(ブラッディローズ・d05636)に褒められると、リサは打って変わって満更でもなさそうな表情を浮かべた。そこで麗音はもう一押し。
    「ふふ、とても可愛らしくて素晴らしいと思いますよ?」
    「わかります? 可愛い服って、思わず着ちゃいたくなりますよね!」
     その時、畳み掛けるようにやってきた鬼追・智美(メイドのような何か・d17614)もメイド服を身に着けていた!
    「ええ、本当に素晴らしいです! 高い機能性を持ちつつも可愛らしいというのが素敵で、ちょっと欲しいなとか思ってしまいますよね……」
     そうまで言われて同志と思ったのか、舞い上がり、馴れ馴れしく智美と語り合うリサ。本当は智美が、速やかにフライングメイド服を灼滅して、事件を終わらせてあげたいと思っている事などつゆ知らず。

     それらの事件が起こっても、混乱の最中にあった人々が周囲から十分にいなくなるまでには、もう少し時間稼ぎが必要そうだった。今度は神無月・佐祐理(硝子の森・d23696)が、カメラを握ってリサの前に進み出る。
    「うわーっ! 可愛い~。是非とも写真撮らせてください!!」
     カメラを向けられると、リサは妖艶に微笑んで何度か魅惑的なポーズを取った。その間にも、さらに減ってゆく人の数。今は亡き『病院』の仲間も、自分のカメラがこうして眷属退治の役に立っていると知れば、きっと喜ぶことだろう。
    「見て下さい! どうですか?」
     舞い上がった様子のリサに手を取られ、七は面倒くさそうに、いいんじゃない、とか、似合ってるわ、とかいった曖昧に返すばかりだった。元々服なんて、可愛いって言ってる人がいるんだから可愛いんじゃない、くらいの興味しかない。
    (「倒さなくてもこの調子、倒しても服が破れて後で面倒。ほんと、迷惑な眷属ね……。どうせ面倒なら、さっさと倒して終わらせたいわ」)
     そんな七の心情など知るつもりもなく、リサは随分と調子に乗っている。
    「皆さんもメイド服登校、してみませんか!?」
     ……と、その時!
    「メイド服登校……ロシアの風習おそロシア!」
     突如、吹き抜ける寒風と共に現れた曹・華琳(武蔵坂の永遠の十七歳・d03934)は語り始めた。ロシアではソ連と呼ばれた時代から、メイド服……もといエプロンドレスが女学生の正装と認識されている。今や制服としては残っていないものの、それらは依然として入学式や卒業式でよく見る装いなのだ、と!
    「なん……だと……?」
    「ソ連は地上の楽園か!?」
     動揺の走る取り巻きどもを一瞥すると、華琳は一言。
    「こういう時は『ウラー!』と叫ぶもんだ」
    「「「「「ウ、ウラー!」」」」」
     華琳のスマートフォンから流れ出す、壮大なソ連国歌。こんなしっちゃかめっちゃかな状況で、ロシアン怪人が出てこなけりゃいいのだが。

    ●打倒、フライングメイド服!
     ……が、ご当地怪人は出てこなかったが、ご当地ヒーローなら現れた!
    「よろしいですか! メイドとは、洗脳されて無理矢理なるものであってはなりません! そんな偽メイドに現を抜かすなど言語道断!」
     鼻の下を伸ばす取り巻きの一人を、喜一の燃える拳が吹き飛ばす!
    「ああっ! 大丈夫ですか?」
     が、リサのその一言だけで、しぶとく起き上がって復帰するアホ男子。
    「違う……リサさんは完璧なメイドさんなんだ!」
    「見よ! この清楚で可憐な姿!」
    「VIVAメイド! 俺たちの希望!」
    「メイド万歳! この価値の分からぬ者に死を!」
    「称えよ華麗なる我らがメイドー!」
     一斉にくねくねと踊る男子どもを眺めながら、麗音はまったく呆れる他なかった。
    「まったく……殺してはいけないというのは本当に面倒ですね……っと」
     などと言いつつ全力で魔力注入、手加減なしのフォースブレイクがエイジと呼ばれた男子を叩きのめす!
    「殺されないだけマシでしょう」
     そう嘯く麗音はまだ、本気ではない。防御さえ考えなければ、今の威力の倍は出る。
    「怖ぇ……やっぱり優しいのはメイドさんだけだ!」
     取り巻き連中の期待の眼差しに応え、智美は優雅にスカートの裾を摘んだ。そして、男子の目がその様子に釘付けになった瞬間の隙を狙い済ました、嵐のような拳の連打!
     最後……意識を失って倒れこんだ男子に巻き込まれて転びさえしなければ完璧だった。霊犬『レイスティル』にも生暖かく見守られながら、男子の下から這い出る智美。
    「ドジっこメイドだと!? いや……でもやっぱりリサさんの方が……」
     何だろうこの気持ち。佐祐理は、淫魔に肉体を明け渡し、半裸姿で踊って誘惑しても自分が男子たちの選択肢にも上らない事に、モヤモヤする思いを抑え切れなかった。そりゃパッショネイトダンス活性化してないし誘惑できなくても仕方ないんだけど。
    「「「メ・イ・ド! メ・イ・ド!」」」
     思わず魂まで淫魔に委ねたくなる佐祐理の気持ちなどつゆ知らず、揃って盛り上がる男子ども。そのけたたましさに、遂に七がイラッときた。
    「ちょっと黙ってくれない?」
     取り巻く熱気ごと、遠慮なく彼らを凍てつかせる魔術。にもかかわらず、彼らの熱は冷めやらない。
    「……どうして男の人は、こんなにもメイド服にこだわるのでしょう? 貴方がたはメイド服とリサさん、どちらが好きなのですか?」
     冷や水を浴びせるようなフィアッセの質問にも、連中は間髪入れずに即答した。
    「メイド服だ!」
     ああ、そうですか。とりあえずちょっと神秘的な歌声を聞かせて催眠させたら、彼らは我こそリサの寵愛を得ようと同士討ちを開始。何なのこいつら。
    「うわぁ……あんな醜い取り巻きをかしずかせてるなんて、可愛いくせに趣味は最悪なんですね……」
     冷ややかな茉莉の挑発に、リサは顔を悲しげに歪めると男子たちにお願いを始めた。
    「そんな酷いことを言われるなんて……我慢できません! 皆さんには後でめ一杯ご奉仕しますから、あの人を懲らしめてあげて下さい!」
    「「「ラジャー!」」」
     だが悲しいかな、へっぽこ男子どもの攻撃は届かなかった。当たらない、ショボい、殺傷力がないの三重苦。一番の脅威であるはずのリサがサポートに回ってるおかげで回復に専念するまでもなく、茉莉も安心して攻撃できる……ほら、符に当たってもう一人眠った。
     大した脅威でもない癖にウザい、とげっそりする茉莉。
    (「ダークネスが何しようと構わないんですけど……あんなのに付き合わされるこっちは、もう……」)
    「そろそろ、本体の方にも当てて行こうか」
     呆れたような台詞と共に、華琳の巨刀が振り下ろされた。
    「ああっ!? メイド服の裾が破れた!」
    「いいぞ、もっとやれ!」
     どさくさに紛れてなんか言い出した男子の目の前に、メイド男が立ちはだかる。
    「真のメイドとは、その鮮やかさ、その振る舞いにより人の注目を集める存在! サイキックや、あまつさえ劣情にて惹かれる者など、殲滅する他ありません!」
     四人目、昏倒。そして、続く五人目も。
    「別にいいでしょ、死にはしないし」
     狙い澄ましたマテリアルロッドを股間にクリーンヒットさせると、七の表情は心なしか晴れやかになった……かもしれない。

    「これで、後は一人ですね、リサさん……いえ、フライングメイド服」
     オーラを纏い対峙する智美へと、リサは潤んだ瞳を向けた。
    「許して下さい……私、どんなご奉仕でもしますから……」
     けれど、メイド服に着られた少女の瞳と、いつも力を与えてくれるレイスティルの瞳、智美がどちらを信じるかは明白な話。鬼神と化した腕に毟られて、リサのエプロンが千切れ飛ぶ!
    「なんて事を! これから入学式なのに!」
     抗議するリサへと、今度は非物質化したフィアッセの剣。
    「入学式ならなおさら、ちゃんとした制服の方が良いと思いますよ」
     剣は体を傷つける事なく、メイド服の胴の部分を裁断。
    「ここは日本なんですから、せめて割烹着で……」
     茉莉もやる気なく、ナイフで袖を引き裂いた。そして、リサが慌てて袖を押さえた隙に、しっかりとチョーカーを掴む麗音。
    「本当はこんな服、脱ぎたいのでしょう? 大人しくしてればすぐ脱げますよ? まあ、抵抗して頂いた方が私は楽しめて嬉しいのですが」
     ばたばたと暴れるメイド服を切り裂く感触を堪能すると、麗音はリサの体を、ぽいと佐祐理の方へと放り投げた。
    「うふふ……もう少しの辛抱ですよ……」
     嗜虐的な笑みを浮かべる佐祐理の注射器に満ちる、妖しげな色の液体。一粒、また一粒と薬が滴り落ちる度、メイド服の繊維は煙を立てて溶けてゆく。どうやら人体は傷つけない薬品らしいが……こりゃあかん。ちょっと目が据わってアブナい感じになっている。あな、おそロシア。
    「あまり、この調子で長引かせない方が良さそうだ」
     最後、溜息とともに華琳の放った光の圧力に耐え切れず、ついにメイド服は無数の破片となって吹き飛ぶのだった。

    ●入学式を前に
     一瞬気を失った後、再び意識を取り戻したリサが見たものは、彼女に背を向け、周囲の視線から彼女を守るかのように仁王立ちするメイド男の雄姿だった。優しく体に触れる、詰襟の学生服の感触。
    「……まあ、状況が把握できてないと思うけど、とりあえずは今のうちにこれを着て」
     七に促され、華琳の用意したワンピースに手早く体を通すと、リサは真っ赤になって俯きながら建物の陰へと身を寄せる。
    「あの……制服の代わりにメイド服があって……それで、気付いたら……」
     自分のものではない服に居心地悪そうにしながら、泣き出しそうな声で弁解する彼女に向けて、茉莉はまたもや咄嗟の言葉を搾り出す。
    「ええと、実はあなたは悪いメイド服に憑いた悪霊に操られてて……でも、もう祓ったので安心して下さい」
     周囲で起こる出来事があまりに滅茶苦茶で、頭を抱えて掻き毟るリサの目の前に、一つの紙袋が差し出された。
    「サイズが合っているかどうかはわかりませんが、これが本物の制服ですよ」
     フィアッセから制服と、あと何故か普通のメイド服も受け取ると、リサの顔にも僅かに笑顔が浮かぶ。物陰に隠れて着替えると、彼女はもう、女子高生らしい姿に変貌していた。
    「ブレザーの起源はイギリス海軍だったな。ロシアの次はイギリスか……いや何でもない。兎に角、これ以上は変な騒ぎにはならずに済みそうだな」
     華琳の言葉の前半には首を傾げたリサだったが、後半を聞くと、彼女はしきりに何度も頷くのだった。

    「さて、貴方たちもそろそろ起きて下さい?」
     辺りにちらほらと人影が戻りだした頃、佐祐理が頬を叩くと、件の五人の男子たちも目を覚ます。
    「何だか、とても素晴らしい夢を見ていたような……」
    「何故かメイドという単語が脳裏に……うっ、頭が!」
    「あっ、俺はあそこにいる子に、妙に親近感が!」
     今となっては見ず知らずの男子にぎらつく目で見つめられ、ひっ、とリサが小さな悲鳴を上げた……その時である!
    「あっ! あのメイドさんは一体誰だろう!?」
    「あああ、あのちょっと大人びた魔法少女っぽい子の高貴で美しい姿……!」
     智美と麗音が男子の視線と関心を完全に奪い、そのまま去っていったのを見届けて、七はぽんとリサの背を叩いた。
    「わけわかんない事なんか、忘れた方がいいわよ。せっかくの志望校なんでしょう? だったらこれから楽しむことに集中しなさいな」
     佐祐理も、もう心配はいりませんよと強調すると、改めてカメラを彼女に向けた。
    「せっかくの入学式です。記念撮影入りますね。はい!」

    作者:るう 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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