ウサミミかぐやパニック!

    作者:西宮チヒロ

    ●amoroso
    「望っ! 見つけたのじゃ!」
    「わっ、かっ、華久夜……! ここ男子更衣し……」
     言いかけた唇は、僕目掛けて飛びついてきた華久夜(かぐや)の胸でふさがれて──そのまま僕等は床の上に倒れ込んだ。
     途端に感じたのは、背中の痛みを掻き消すほどの柔らかな感触。
     かっ、華久夜の胸が、僕のかおっ、顔、顔に……!!
    「探してたのじゃ、望! ……服、脱がしてたもれ」
    「そっ、その前にまずは僕の上からどいてくれないと……!」
     僕を見つけてよほど嬉しいんだろう。
     隠していたはずの白いうさ耳もぴょこんと見せて。耳を揺らしながら僕を抱きしめていた彼女は、
    「おお、そうじゃな」
     と我に返ると、ゆるやかに身体を起こした。さらさらの黒髪が肩から零れて、ちょっと乱れた体操服の胸元からちらりと──。
    「これで良いかえ?」
    「う、うわぁご、ごごごごめん!!」
    「? 何を謝っておるのじゃ? ……望が一番見慣れておるじゃろう?」
     不思議そうに首を傾げるも、すぐに彼女は金の双眸を楽しげに細めた。それもそのはず。だって、彼女の着替えを手伝うのは、今や僕の日常の一部なんだから。

     ──望。ようやく見つけたのじゃ、わらわの夫……!
     ある日の夜。
     一際大きく煌めいていた月を背に、空から降ってきた十二単の女の子。華久夜と名乗った彼女の話によると、彼女は僕を迎えに来た月世界の女王様らしい。
     月世界を治める歴代の女王は皆、『月詠み』という占いで『最も強い月の御霊』を持つ者を伴侶として選ぶ。そうして華久夜の夫として選ばれたのが、僕──月城・望(つきしろ・のぞむ)というわけだ。
     勿論、最初はそんな話、簡単には信じられなかった。
     けど、目の前で兎に変身されたり、歌で傷を癒したりされたら信じるしかない。
     夢のような出逢いの後はもう、大変だった。
     地球に来るときに使ってしまった『ルナ・エナジー』をチャージし終えなければ、僕を連れて月へと戻れない華久夜。
     それまでの間、海外留学生のホームステイってことでうちに転がり込んだものの……。
     女王である華久夜を亡き者にしようとする反女王派が、うちの中学の生徒になりすまして彼女を狙ってきたり(そのときは大抵、僕が彼女の手を引いて逃げる)。
     華久夜は華久夜で、地球世界のものがよほど珍しいみたいで、テレビとかエレベーターとか車とか、しょっちゅう色んなものに興味を示したり(そして面倒なことになって、僕が事態を収拾する)。
     何よりも、洋服を着たことのない華久夜に着替え方を教えたものの、どうしてもひとりで着替えられないからと、朝や夜は勿論、学校でも着替えが必要なときは手伝うハメになってしまった。
    「まだかえ? 望。そろそろ人が来てしまうのではないか?」
    「あっ、う、うん」
     僕に背を向けた──向かい合って着替えさせるのは恥ずかしいからと、着替えるときは背を向けて欲しいと僕が頼み込んだ──彼女のせがむ声に、僕は俯きかけていた顔を弾かれたように上げた。
     艶やかな黒髪の合間から見える、白いうなじ。ほんのりと汗ばんだ肌からは、ふわりと甘い香り。華奢な身体を抱きしめたくなる衝動をどうにか抑えながら、僕は彼女の服に手を掛けた。
     
    ●arditamente
    「どうして信じちゃったんでしょうね?」
     語り終えた小桜・エマ(高校生エクスブレイン・dn0080)が、それはそれは不思議そうに、そりゃもう一点の曇りもない瞳で灼滅者たちへと尋ねた。
     聞かないで! 聞かないであげて!!
     信じちゃうんだよそれが中二病の才能がある人の性ってやつなんだよ!!
    「えっと、まぁ……そんな感じで望くんが闇堕ち寸前なので、助けてきて欲しいんです」
     って、今さらっとタイヘンなこと言ったよ!?

     話を纏めると、こうだ。
     強力なダークネスになる素質のある一般人男子に接触し、様々な演出を介して絆を作りつつ闇堕ちを促し、自分に忠実なダークネスとして覚醒させる。
     淫魔たちが、そんな企てをし始めた。
    「望くんが闇堕ちしちゃうと、強力なダークネスと淫魔……2体を相手に戦わないといけなくなっちゃうんですよね。……でも」
     逆に、淫魔が造り上げた中二病的設定をうまく利用すれば、闇落ちを防ぐこともできるかもしれない。
     そうすれば、倒すのは淫魔だけ。
     これは利用しない手はない!
     
     解決方法は3つ。
     1、有無を言わさず速効淫魔を灼滅。望が闇堕ちするならついでに灼滅。
     けれど、いかんせん闇堕ちする隙を与えず、スピーディーに灼滅するというのは難易度高。闇堕ちする危険性大。

     2、望と淫魔を引き離した上で淫魔のみ灼滅。
     この場合は、淫魔がいなくなったことを知った望が闇堕ちしないように、ラブコメ的ノリで望に接触、淫魔が消えたことを納得させたり、淫魔への好感度を下げておく必要がある。

     3、望を説得して彼の前で淫魔を灼滅。
     説得が不十分だと闇堕ちしてしまうが、ここで闇堕ちしなければ以後も堕ちることはない。それだけに説得は最高難易度。生半可な気持ちではまず成功しないだろう。
     ちなみに、華久夜を狙ったという『反女王派』のみなさんは、華久夜にたぶらかされたただの一般人。出逢ったとしても倒す必要はないし、勿論ESPも有効だ。

    「淫魔はサウンドソルジャーと護符揃え相当の、闇堕ちした望くんはノーライフキング……つまりエクソシストとサイキックソード相当のサイキックを使ってきます」
     華久夜だけなら、灼滅者8人がかりで戦えば勝てるはず。
     だが、ノーライフキングとなった望は華久夜よりもはるかに強い。かなりの苦戦を強いられることとなるだろう。
     いかにラブコメを利用してことを運ぶか。良く検討してみて欲しい。
    「皆さんならきっと大丈夫です! ──あ、そうだこれいりますか?」
     そう言ってふわりとミルクティ色の髪を揺らすと、エマはほわり笑顔で、いろんなうさ耳が詰まった箱を掲げてみせた。


    参加者
    望月・心桜(桜舞・d02434)
    曹・華琳(武蔵坂の永遠の十七歳・d03934)
    桃地・羅生丸(暴獣・d05045)
    淳・周(赤き暴風・d05550)
    坂村・未来(中学生サウンドソルジャー・d06041)
    天瀬・麒麟(中学生サウンドソルジャー・d14035)
    壱風・アリア(光差す場所へ・d25976)

    ■リプレイ

    ●勝者の日常
    「あ」
    「どうかしたかえ? 望」
    「う、ううん。なんでもないよ、華久夜」
     下駄箱の中には、ハートのシールで封をされた可愛い封筒。どこからどう見ても、紛う事なきラブレターだ。
     とはいえ、ヒトは誰しも知っている。期待すればしただけ、それが外れた時のショックが大きい事を。
     だから否定するのだ。いつか可愛い女の子が目の前に現れて好きだとかお嫁に来たとかそんな都合の良い事は起こりえないのだと。
    (「もしかして、ラブレター……!」)
     そうだこの人、人生の勝者(仮)だった。
    「ごめん。職員室寄っていくから、先に教室行ってて?」
    「う……わ、わかったのじゃ」
     後ずさるように廊下の奥へと消えていく華久夜。以前叱られて教師が苦手になった彼女に対しての確信犯的発言に、望は心中で詫びる。
     ぱらりと開けた手紙には、お約束の一文。
    『放課後、校舎裏に1人で来て下さい』

    「っくしゅ」
     場面は転じて、校舎裏の大木の上。
     金髪ロングのぼんやり系美少女、天瀬・麒麟(中学生サウンドソルジャー・d14035)が、他ならぬ手紙の主である。
    「望殿、まだかのう」
    「まだ午前中だしな」
     十二単姿でうきうきの望月・心桜(桜舞・d02434)に、占者役たる神主姿の曹・華琳(武蔵坂の永遠の十七歳・d03934)が反す。淫魔の企みの裏に何かないかとは思うけれど……まあいいか。
     華久夜の従姉役の淳・周(赤き暴風・d05550)は、マダムが着てそうなフリルのトップスにサロペットというちぐはぐ服。洋装? なにそれわからんだって月の住人だもの。
    「そういや誰か飯持ってきてるか?」
    「エスポワールさんは作ってきてたみたいだけど」
     周の問いに、涼しい顔で反す壱風・アリア(光差す場所へ・d25976)。
    「それあいつ用のじゃねえか!」
     浅黒の肌。スキンヘッドにサングラス。鍛え抜かれた筋肉の長身ナイスガイ。桃地・羅生丸(暴獣・d05045)(愛称ももちー)がくわっと拳を握りしめた。
    「かわいこちゃんとイチャつけるだけじゃなく、手作り弁当まで食べられるなんて羨ましい……こうなりゃ淫魔の企みは絶対阻止してやるぜ!」
     本音を隠そうともしない所は、まさに真の漢だ。

     以上、総勢6名の精鋭たちは今からしっかりうさ耳装備。
     もちろん、ももちーの頭にもね!

    ●片や天国、片や……?
    「うわっ!」
    「きゃっ! ――あっ、月城先輩……!?」
     廊下で尻餅をついていた銀髪美少女の碧眼がぱっと輝く。熱っぽい視線も、ほんのり赤らむ頬も、どれもまさに恋する乙女のもの。
     彼女はエクスティーヌ・エスポワール(銀将・d20053)、小学3年生。
     騙すのは心苦しいと思いながらもやる以上は真剣っていうかガチだった。いや、ドジっ子なのは素だけど。ぶつかったのも、望を尾行していた矢先の事なんだけど。
    「き、きみは――」
    「月城先輩……! 私、先輩の事が好きです!!」
    「え!? ええええええええええええええええ!?」
     おいおいまだ相手は小学生だろ、というような冷静なツッコミさえも彼には届かない。ラブフェロモンの前では、一般人という力無き存在は誰しも赤子同然と成り果てるものだ。
     妖艶な華久夜とはまた違った、雪のように繊細な美しさ。望さん、ノックアウト寸前。
    「あの、月城先輩。お願いがあるんです」
    「お願い、って……?」
    「私、今日転校するんです。ですから、よかったら……最後に、私と一緒にお弁当食べて貰えませんか?」
     ずばーん!
     トドメはほわりとエンジェルスマイル!
    「う、うん……勿論だよ!」
     ハイ一丁上がりー。

     そして昼。

    「望! 今日は何を食べようかのう!」
    「華久夜ごめん。今日なんだけど……」
    「なぁ」
     割って入ったのは、坂村・未来(中学生サウンドソルジャー・d06041)。細身でクールな男子生徒。その見目は女性と間違われそうなほど整っている。というか女性だ。
     普段からパンツルック中心とはいえ、あからさまな男装は初めて。無論、胸にもさらしを巻いている。巻いてもあまり変わらないなどと言ってはいけない。
    「月城。悪いが、彼女に話があるんだ。ちょっと良いか?」
     ナイスタイミングと思ったのだろう、素直に頷く望。
    「僕は構わないよ。じゃあ、僕は僕でお昼取るね」
    「ちょっ……待つのじゃ望!」
    「じゃあ、行こうか華久夜」
    「え、あっ、望!? 望――!?」

    ●告白
     あの後、
    「先輩、あーん、です」
    「あーん。……ん、美味しいよこの卵焼き!」
    「ありがとうございます。嬉しい……! 今度はこっちのタコさんウィンナーも、あーん」
     などとらぶらぶが繰り広げられている中、
    「……一目惚れだったんだ。……付き合って、くれないか?」
    「なっ! おぬし女じゃろう!? 何をほざいておるのじゃ!」
    「ッ……あぁ、そうだ。だがあたしは同性でも好きになったんだ!」
    「えええええええ!?」

     ――という衝撃の事実を残したまま迎えた放課後。

    「昼はどこにおったのじゃ! わらわなぞ、結局あいつにまとわりつかれて――」
     昼休みの45分間ものあいだ足止めに成功したのは、色々な意味で身を張った未来の功績だ。誇っていい。
     そんな彼女の戦いは、まだ終わってはいない。
    「華久夜……!」
    「げ、また出おった!」
    「お願いだ……お前に伝えたい気持ちがあるんだ」
     依頼の成功に全身全霊で臨む姿。その勇姿を報告書という形でしか皆に伝えられないのが残念でならない。
    「聞いてあげなよ、華久夜。聞いて、ちゃんと答えだしてあげて。……僕も、答えを出してくるから」
    「望……!?」
     何かを悟ったらしい。清々しい笑顔でそう告げると、華久夜へと背を向けて歩き出す望。何か背中で語ってるような雰囲気をぷんぷん感じたが、とりあえず未来はスルーした。
    「……華久夜。この気持ち、今聞いて欲しい」
    「なっ、またお前――……!!」
     壁ドンして迫られ、逃げ場を失った華久夜。未来の戦いはもうしばらく続く。

    「望殿ー!」
    「なななななな何――!?」
     突然の抱擁。ダイレクトアタックに心底驚くも、さすが中二病を患っているだけはある。望は突然の来訪者もすんなりと受け入れた。
     妹姫の心桜、従姉姫の周。月の占者である華琳に、従者のアリアと麒麟。
    「つまりあなた達は――って、い、いきなり何抱きついてきてるんですかっ!?」
    「ふーん、これが華久夜の見込んだ男か……なるほどねー」
     にしし、と意味深に笑う周。
     これでもかというくらい腕に押しつけられる胸に、さっと顔が真っ赤になる。
     悲しいかな、人は欲望の前ではどこまでも無力だ。まだ発達途上にある自我は、内から湧き上がるリビドーを抑える為の何ら役割を果たしはしない。これもまた、やむなし。
    「そ、それで一体僕に何の用ですか?」
    「それが、その……すまぬ、望殿!」
    「え??」
    「実は……望殿は、姉様の本当の伴侶ではないのじゃよー」
    「なっ、何、言って……!?」
    「それについては私が悪いのです」
     さめざめと袖を目頭にあてる心桜に、華琳が割って入った。
     詠み途中の不完全な候補者リストを勝手に盗み見た華久夜。そこで望を見初めた彼女は、『月詠み』の結果を無視して地球に降りてきてしまった。華久夜を止められなかった事も含めて、そう華琳が頭を下げる。
    「じゃあ、もしかしてそこの人が……」
    「おう! 俺が本来の伴侶、『最も強い月の御霊』を持つ者だぜ!」
     ビシッ。
     羅生丸の見事なポージングが決まり、頭上でうさ耳がぴょこんと跳ねる。思わず噴き出しそうになる心桜だったが、淡々と目の前で繰り広げられる寸劇を見守るアリアの背中で必死に堪えた。
     ともあれ、その引き締まった筋肉は確かに『最も強い御霊を持つ者』っぽかった。というか、そんなガタイの良い大学生に異を唱えられるような中学生はそうそういない。
    「そ、それじゃあ、僕は……華久夜は……」
     チワワのようにぷるぷる震える望は、ある種母性本能を掻き立てる素質はあるのだろう。いつかそっち方向に目覚めれば、彼にも明るい未来が待っているかもしれない。
    「華久夜様には、月に戻って羅生丸様とご結婚して頂きます。2人が結ばれなければ、月世界を維持する為の『ルナ・エナジー』は枯渇して……私達は世界ごと、滅んでしまう」
     個人的には存外、こういった非現実的な話は嫌いではないアリア。迫真の演技に、望は悲痛な面持ちで叫ぶ。
    「で、でも帰るにも、『ルナ・エナジー』を溜めるのは時間がかかるって……!」
    「……本当は、私たち月の住人は地球では兎の姿でなければいけないのです」
    「アタシたちは、地球に『存在する』だけで『ルナ・エナジー』を消費するからな」
     だから今もみんな、この姿でいるのって実は結構キツいんだ。
     アリアの言葉を継ぎ、息苦しそうに語る周。それを望も心配げに見つめる。
     騙す淫魔も淫魔だが、騙される方もあれっちゃあれだよなと思いつつも、今はその夢見がちな思考回路はありがたい。
    「それに、これは華久夜様の為でもあるんだ」
     手にしていた笏を揺らし、華琳が別の理由も語る。
     兎の姿なら『ルナ・エナジー』の放出も僅かで済む。その逆もしかり。だから華久夜の放つ『ルナ・エナジー』を辿って、反女王派も容易に彼女の居場所を探る事ができたのだと。
    「騙していてごめんなさい、望様」
    「っ……!」
     白い指が頬に触れたかと思った瞬間、触れた唇。アリアの端正な顔立ちとぬくもりに一瞬のうちに沸騰した望の顔を、今度は麒麟が覗き込む。
    「ごめんね、華久夜の事は諦めて」
     ぎゅむ。腕から伝わる胸の感触はやわらかくて蕩けそう。
    「女王様が迷惑を掛けちゃったお詫びに、きりんを好きにしていいよ」
    「すっ、すすすすす好きに……!?」
     大学生や高校生のおねーさんも良いけど、同学年の初々しい魅力もまた棄てがたい。ぐらぐらと良い感じに混濁してきた所に、ようやくやってきた張本人。
    「望! やっと見つけたのじゃ!」
    「待て、華久夜……!」
     と、その後を追ってきた未来。長時間足止めお疲れ様でした。

    ●真実と、偽りと
    「華久夜……」
     振り向いた望の前に立ちはだかる羅生丸。
    「ずっと会いたかったぜマイハニー!」
    「だ、誰じゃ!? お前なんぞ知らん!」
    「嘘つかないでください、華久夜様」
     候補者リストで見覚えがあるはずです、と遮るアリア。
    「俺がイケメン過ぎるから照れるのも仕方ねえな」
    「に゛ゃあああああ!」
     羅生丸によるこれ骨折れるんじゃないかってくらいの強烈なハグ。
    「姉君――!」
    「華久夜、久し振り!」
    「な、なんじゃおぬしら!?」
    「妹の事をお忘れですか?」
    「月にいた頃みたいに姉様姉様言っていいんだぞ!」
     仲間との久し振りの再会に、どこか嬉しそうな華久夜。まったくもってそんな事はないのだが、望にはそう見えているらしい。どこか淋しそうな眼差しで見つめていれば、
    「ここにいたんですね、月城先輩……きゃっ」
    「エクスティーヌちゃん!」
     逆方向から駆けつけて石に躓いたエクスティーヌを抱きとめると、望はきゅっと唇を結んだ。華久夜には帰る所がある。そして、僕には護るものも。
    「華久夜」
    「の、望……!」
    「積もる話もあるだろうから、僕は行くね」
     別の意味での積もる話というか武力での話し合いは確かにあるので、とりあえず灼滅者たちはこの流れに乗る事にした。自己完結ってありがたい。
    「さ、行こうかエクスティーヌちゃん……ふぁ……」
     とさり。
     踵を返した瞬間、崩れ落ちた望の身体をエクスティーヌが抱き留めた。魂鎮めの風を放った心桜がこくりと頷き、すかさず殺人結界を放った羅生丸がにやりと口端を上げる。
    「ここからはデートの時間だぜ、マイハニー」
    「なっ、まさかあんたたち……灼滅者!?」
     ぴんぽーん。

     このままだと戦い辛いし、と晒しを解いた未来の、その胸の膨らみがあまり変わっていない事には誰もツッコミを入れなかった。仲間って優しい。
     華琳による袈裟懸けの一打。ぐらり崩れた華久夜の身体が、周と麒麟、そして羅生丸のアッパーで弧を描いて吹き飛んだ――ところに、アリアとフリューゲル、エクスティーヌによる弾丸の雨。
    「残念だけど、彼女には地球を去ってもらわなければね」
    「あなたは泣く泣く彼と別れ、月に帰り結婚します。月並みなシナリオで恐縮ですが、それで手を打っていただきます」
    「はいそうですか、って言えるわけないでしょ!」
     すちゃっと符を構えて投げつけるも、
    「ナノー!」
     心桜のここあが、必死に両手(?)を広げてカバーリング。なんて健気。
     傷を主が癒す傍ら、飛び出した未来の一太刀は服もろとも華久夜を斬り裂く。
    「……言っとくが、あたしはノーマルだから、な?」
    「本当? 良かったぁ……って良くなぐぁっ」
    「男の子を弄んで楽しかったよね」
     麒麟の容赦ない一撃。
     淫魔なんてきらい。だいきらい。
     ラブコメは今ひとつ解らないけど、男の子を誘惑する方法は淫魔のときの記憶でなんとなく知ってて、それを使って望を騙さなきゃいけなかったのも、全部全部淫魔のせい。そうこれは、容赦のないただの八つ当たり。
    「……だから、もう死んで」
    「今じゃ!」
    「シッティングシルバー・ビーム!」
     心桜の合図で、すかさず放たれるエクスティーヌの腰掛け銀戦法。未来の破壊音波もといディーヴァズメロディに別の意味で苦しみながら、ぼろぼろになった華久夜に羅生丸がにやり。
    「純粋な男心を弄んだ罪は償ってもらわねえとな。だが俺と付き合うってんなら許してやるぜ」
    「だっ、誰が!」
    「じゃあ、お望み通りにてめえの薄汚え魂を、空に送り返してやらあ!」
     鉄塊を思わせる斬艦刀が大きく吼えて――淫魔はきらり、白い月に消えていった。

    ●そして再び
    「名残惜しいが、そろそろ行かなきゃな」
     目覚めた望と短い会話を交わした周が、そう切り出した。
     華久夜、元気で。そう望がふわりと撫でた兎は学校の飼育小屋から連れてきた仔だけど、勿論誰もそんな事は言わない。
    「私たちはもう月城君と言葉は交わせないけど、兎の姿で見守っているわ」
    「ああ。月の世界で、ずっとな」
    「アリアさん、華琳さん……」
    「……今はお別れ。素敵な大人になってね」
    「お前も俺みたいなイケメンになれば、いい女が見つかるぜ」
    「望殿なら姉君より素敵な人に会えるのじゃよ」
    「……ありがとう、麒麟さん。羅生丸さんも、心桜姫様も」
     いつだって、別れは涙を伴うもの。くしゃりと歪む望の顔を、周はその胸に抱き寄せた。
    「……大丈夫」
     地球で人間として生きた月人の話。記憶もなく、姿も変わるだろうけど、でもやるんだろうなあの子は。
    「魂は会えるんだから……恥じないよう、生きながら待っててやれよ」
    「……はい」
     君の前途に月の恩寵が在らん事を。
     そう手の甲へ落とされた、触れるだけの口づけ。
     そうして望は日常に還る。
     5羽の兎を抱えた羅生丸の、揺れるうさ耳とその大きな背中を見守りながら。

    作者:西宮チヒロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 16/キャラが大事にされていた 0
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