その念、怨嗟にして妄執

    作者:宮橋輝


     肉体が滅び、手向けられた花が散ってもなお、この世に留まり続ける思いがある。
     とある男のそれは、燃えるような怒りと、底無しの憎悪に満ちていた。
    『畜生……畜生……忌々しいガキどもめ……』
    「灼滅されて尚、残留思念が囚われているのですね」
     少女の姿をしたダークネスが一人、ゆっくりと歩み寄る。
    「大丈夫、私にはあなたが見えます。話してごらんなさい」
     優しげな声に促されて、男の思念は語り始めた。
    『俺は、あいつのような人に利用されるだけの間抜けじゃない……。騙すも、いたぶるも、殺すも、全部、俺の思うままだった筈なんだ……。それを、あのガキどもが……!』
     低い呻きにも似た恨み言を聞き、少女は男に手を差し伸べる。
    「私は『慈愛のコルネリウス』。傷つき嘆く者を見捨てたりはしません」
     可憐な唇から紡がれた言葉は、男にとってまさに福音だった。
    「……プレスター・ジョン。この哀れな青年をあなたの国にかくまってください」
     

     教室に集まった顔ぶれを確かめた後、伊縫・功紀(中学生エクスブレイン・dn0051)はやや緊張した面持ちで口を開いた。
    「――『慈愛のコルネリウス』。名前は聞いたことあるかな」
     それは、過去に武蔵坂学園の灼滅者と接触したシャドウの名前である。
     どうやら、今回は彼女が絡んでくる事件のようだ。
    「皆に倒されたダークネスの残留思念に力を与えて、どこかに送ろうとしているみたいなんだよね」
     果たしてそんなことが出来るのかと首を傾げたくなるが、残留思念を集めて八犬士のスペアを作ろうとした大淫魔スキュラの例もある。おそらく、高位のダークネスならば不可能ではないのだろう。
    「力を与えられたからといって、残留思念がすぐに事件を起こす……って訳じゃあないんだけど。このまま放っておくのも怖いから。今のうちに、何とかしてきて欲しいんだ」
     具体的には、慈愛のコルネリウスが残留思念に呼びかけを行ったところに乱入して、彼女の作戦を妨害することになる。
    「慈愛のコルネリウスは強力なシャドウだから、現実世界に出てこられない。現場にいるのは、幻みたいなものかな。……彼女と戦うことは出来ないから、そのつもりで」
     また、慈愛のコルネリウスは灼滅者に対して強い不信感を抱いているらしい。交渉を試みたとしても、空振りに終わるだろう。
    「残留思念は残留思念で、自分を灼滅した皆を心の底から恨んでる。まず、戦いは避けられないと思っておいて」
     慈愛のコルネリウスから力を与えられた残留思念は、ダークネスに匹敵する戦闘力を持つ。
     くれぐれも油断は禁物だと、功紀は全員に念を押した。
    「……で、その残留思念だけど。名前は『小形・佳紀(おがた・よしのり)』。前に、『縫村委員会』の儀式で強制的に闇堕ちさせられた六六六人衆の一人だよ」
     真面目だけが取柄だった元の人格を嘲笑い、手段を選ばぬ狡猾さで多くの人々を手にかけた彼は、残虐非道な振る舞いの報いを受けて灼滅されたが、その魂は今もなお、自分を討った灼滅者への恨みに凝り固まっているという。
    「ただ、妙に堅実な部分も残ってたりするから、怒りに任せて冷静さを失う……ってのはあまり期待できないかも。弱みを見せようものなら、そこを的確に突いてくるだろうね」
     ポジションはクラッシャーで、元の攻撃力も高い。集中して狙われれば、一気に体力を削られてしまうかもしれない。
     佳紀が用いるサイキックを黒板に書き出しつつ、エクスブレインは説明を続ける。
    「あとは、足元にも注意が必要かな。現場は会社の独身寮として使われていた建物の廃墟で、その駐車場で戦ってもらうんだけど……コンクリートがひび割れてて、あちこち段差になってるから」
     言うべきことを全て伝えると、功紀は振り返って灼滅者の顔を見た。
    「慈愛のコルネリウスって、いまいち何考えているんだか分からないところがあるけど。残留思念に力を与えるってことは、自分の戦力を強化しようとしてるのかもしれない」
     彼女の狙いが何であれ、黙って見過ごすにはリスクが高い。そういうことだ。
    「どうか、気をつけて行って来てね。学園で、待ってるから」


    参加者
    近衛・朱海(朱天蒼翼・d04234)
    渡橋・縁(かごめかごめ・d04576)
    久瀬・一姫(白のリンドヴルム・d10155)
    居木・久良(ロケットハート・d18214)
    安楽・刻(ワースレスファンタジー・d18614)
    シャル・ゲシュティルン(調べを識る者・d26216)
    日輪・瑠璃(汝は人狼なりや・d27489)
    天城・カナデ(中学生人狼・d27883)

    ■リプレイ


    『力を……俺に、力をくれ……』
     差し伸べられた手に縋り、今や思念だけの存在となった男は懇願する。
    『一人残らず、殺してやる……あの、忌々しい連中を……!』
     それを聞き届けた少女が黙って頷いた時、複数の足音が近付いてきた。

     荒れ果てた駐車場に、八人の灼滅者が雪崩れ込む。
     そこに佇むダークネス――『慈愛のコルネリウス』の写し身を認めて、安楽・刻(ワースレスファンタジー・d18614)は紫色の双眸で彼女をじっと見詰めた。
     聞けば、コルネリウスは過去に灼滅されたダークネスの残留思念に力を与え、どこかに送ることを目的に動いているらしい。
    (「何をしようとしているのかはよくわからない、けど……」)
     可憐な少女に見えても、彼女は強力なシャドウだ。真意はどうあれ、放ってはおけない。
     ひび割れたアスファルトを靴底で踏み締め、シャル・ゲシュティルン(調べを識る者・d26216)が前に進み出る。戦いに備えて陣形を整える灼滅者に一切の興味を示すことなく、コルネリウスは虚空に向けて囁いた。
    「あなたの願いを叶えましょう」
     残留思念が漂っていると思しき一点に、力が流れ込んでゆく。その様子を眺めつつ、日輪・瑠璃(汝は人狼なりや・d27489)がコルネリウスに語りかけた。
    「代々スサノオという呪縛を継承している私たち人狼には一瞥も無いのですね」
     灼滅者に対する不信感ゆえか、コルネリウスは答えない。もっとも、ここで友好的な反応をされたところで、ダークネスから『慈愛』という名の施しを受ける選択など有り得ないが。
    「……貴女の企み、潰させて頂きます」
     瑠璃の宣戦布告とほぼ時を同じくして、コルネリウスの幻が不意に掻き消える。
     刹那、負の情念に満ちた低い声が響いた。
    「例のガキどもの仲間か……?」
     灼滅者の眼前に、一人の男が姿を現す。彼こそが、コルネリウスに力を与えられた残留思念の主――六六六人衆『小形・佳紀』だった。
    「こんばんわ、小形さん。貴方に引導を渡しに来ました」
     毅然と言い放つ渡橋・縁(かごめかごめ・d04576)を睨めつけ、佳紀は唇の端を歪める。
    「面白い。手始めに、お前らから血祭りにあげてやるよ」
     復讐に猛る男の凄まじい殺気を全身で感じながら、近衛・朱海(朱天蒼翼・d04234)は先程までコルネリウスが居た場所に視線を走らせた。
    (「コルネリウス……わざわざこういう手口で味方を増やすのは何故?」)
     目にしていた範囲では、コルネリウスが残留思念に代価を求めたり、行動を誘導するような気配は無かった。望む者に力を与えて、彼女自身は何を得ようとしているのか。
     様々な思惑が交錯する中、天城・カナデ(中学生人狼・d27883)は藍の瞳に凶暴なる光を湛えて一歩を踏み出す。
     今回の敵に対し、思うところなど何も無い。ただ、好きにさせて堪るかという意地があるのみだ。
     自分一人の手には余るだろうが、味方と力を合わせれば勝てぬ相手ではない筈。
    「俺たちをなめんなよ、ダークネス」
     啖呵を切る彼女の隣で、久瀬・一姫(白のリンドヴルム・d10155)が彼我の間合いと、そこに至る道筋を確認する。足場の悪さを少しでも軽減するため、段差には常に気を配っておきたい。
    「別に恨みはないけど、しっかりと成仏してもらうよ」
     居木・久良(ロケットハート・d18214)が真っ直ぐな声音で告げた直後、闘いの幕は切って落とされた。


     佳紀を中心に膨れ上がった禍々しい瘴気が、前列の灼滅者を取り巻いてゆく。
     じくじくと身を蝕むダメージに耐えて、刻は縛霊手に覆われた拳を握った。
    「――気をつけつつ、しっかり倒さなきゃ」
     慎重に滑り出し、地面の亀裂を避けて佳紀に接近する。巨腕で打ちかかった彼が霊力の網を広げた瞬間、その後をぴたりと付いて来ていたビハインド『黒鉄の処女』が鋭く攻撃を重ねた。
     迷わず距離を詰めた一姫が、間髪をいれず得物を繰り出す。二本の剣を連結させた、『真月』の名を持つ双槍――螺旋の捻りを加えた切先が佳紀の脇腹を掠め、肉を抉った。
     連携して初撃を浴びせていく仲間達の背を見て、縁は護符の束から一枚を手に取る。状態異常に対する耐性を高める彼女の目の前で、シャルが虚ろなる『夜霧』を周囲に放った。
     前衛たちのダメージがある程度癒えたのを認めて、カナデが峻烈なる風を呼び起こす。
    「風よ、斬り裂け!」
     飛来する不可視の刃を紙一重でかわすと、佳紀は眉を寄せて舌打ちした。
    「どいつもこいつも、小賢しい……」
     不気味に蠢くどす黒い影を操り、カナデの全身を呑み込む。発現するトラウマに人狼の少女が目を瞬かせた時、縁が治癒の符を投じて危機を救った。
     回復役として全員の状態に目を配りながら、この場から消えたシャドウに思いを馳せる。
     エクスブレインが教室で語った通り、コルネリウスは灼滅者と対話をしようという意思をまるで見せなかった。あるいは、彼女は死してなお彷徨える残留思念を赦し、純粋に救いたいだけなのだろうか。『慈愛』の二つ名が示すように。
     それでも――。
    (「その救いがいずれ無辜の人々を傷つけるかもしれないなら、止めなきゃいけない」)
     怨嗟と妄執に凝り固まった佳紀の表情を見て、縁は決意を新たにする。少なくとも、かつての力を得て蘇った危険な六六六人衆をむざむざと見過ごすことは出来ない。
     一方、朱海は幾許かの迷いを抱えて佳紀と対峙していた。イフリートの襲撃で家族を喪い、宿敵を討つべく武蔵坂学園の一員となった自分。
     憎悪と憤怒を糧に復讐を成し遂げようとする敵の有様は、そのまま己にも重なる。こういった負の感情は、多かれ少なかれ、誰の心にも存在するものだ。
    (「それに力を与えるのがコルネリウスの慈愛なら、私は……」)
     胸中に湧き上がるのは、仄暗い誘惑。闇に身を委ねたとしても、望みを果たせるのならば。
     サイキックエナジーで構成された光刃を射出して敵の守りを崩す彼女に続いて、久良が跳んだ。
     リボルバーのトリガーを引き、添え手の掌で扇ぐようにハンマーを起こす。『口笛吹き(454ウィスラー)』から連射された弾丸が次々に炸裂する中、瑠璃が凛と声を響かせた。
    「幻影よ真白に燃えよ! 白炎蜃気楼!」
     吹き上がる白き炎が、前衛たちの姿をたちまち覆い隠す。巧みにエンチャントを重ねていく灼滅者は、着実に攻撃態勢を整えつつあった。足場の悪さも、各自で注意を払い、時には警戒を促すことでどうにかカバー出来ている。
     だが、これらの策を講じてもなお、戦況は予断を許さない。半数以上をディフェンダーとメディックに据え、攻撃よりも支援に重きを置いた構成は、耐久力に優れる反面、最大火力を犠牲にしている。長期戦となり、佳紀の猛攻で誰かが倒されるような事態に陥れば、流れが一気に傾きかねない。
     事実――敵は数手の攻防を経て、狙う的を絞り始めていた。
     撃ち出された無数の弾丸が、シャルの全身を穿つ。着弾の衝撃と激痛に揺らぐ体を必死に支えて、彼は泰然と言った。
    「……自分が狙われるのは覚悟の上です」
     闇雲に回避しようとはせず、足を止めたまま防御に徹する。すかさずWOKシールドを展開した刻が彼のフォローに回ると、カナデが自らのオーラを癒しの力に変えてその傷を塞いだ。
    「回復は任せとけ」
     シャルに声をかけ、次なる攻撃に備える。未だ実戦経験に乏しい身として、彼女が己に課した役割は二つ。味方を守ること。そして、自分が倒されないことだ。
     いざという場面で怖じ気付くつもりは無いが、同行するメンバーに迷惑をかけないためにも、『体を張るタイミング』はしっかり見極めねばならない。
    「鬱陶しい奴らめ……仲間とやらがそんなに大切か?」
     決定的な隙を見せない灼滅者に業を煮やしたか、佳紀が憎々しげに吐き捨てる。執拗に攻撃を集中させんとする敵を眺めやり、一姫が口を開いた。
    「堅実で狡猾に残虐、ついでに今度は粘着質まで追加とか洒落になってないの」
     久瀬家の技術班が開発したエアシューズ『サイクロンエッジ』のホイールを唸らせ、隆起したアスファルトの手前で勢い良く踏み切る。黄金色の輝きを纏った一姫が流星の如き飛び蹴りを空中から見舞うと、シャルは契約の指輪を煌かせて魂に眠るダークネスの力を彼女に注ぎ込んだ。
     未熟で、仲間に頼らざるを得ない自分は、佳紀にとって、元の人格と同じくらい唾棄すべき存在であるかもしれない。だとしても、戦い方を変える気はさらさら無かった。
     何と言われようが、彼は他者との関わり合いで得られるものと、それで成し遂げられることを信じている。利用する対象として一方的に見下し、人と人の繋がりを全否定する佳紀には、強い嫌悪感をおぼえていた。
     ファニングショットで爆炎の弾丸を撃ち続ける久良が、ぽつりと呟く。
    「たぶん立場が違っただけなんだよな、どっちが良い悪いじゃ無いような気がするし」
     佳紀から目を逸らすことなく、彼は真摯に言葉を紡いだ。
    「それに、もしかしたらオレがあんたの立場だったかもしれないんだよね」
     憐れむ意図は無いし、攻撃の手を緩めて勝てるような敵でもない。ただ、どんな相手であっても誠意を忘れずにいたいだけ。たとえ、救いようのないダークネスでも。
    「ガキが分かった風な口をきくな! 虫唾が走る……っ!」
     激昂した佳紀の怒号が、灼滅者の耳朶を打つ。音も無く奔る影刃が傷ついた前衛を強襲した刹那、咄嗟に割り込んだ刻が我が身を盾にして必殺の一撃を防いだ。
    「……っ」
     袈裟懸けに切り裂かれた傷口から、紅い血が飛沫を上げる。
     裂帛の気合で自らを縛る状態異常を払うと、佳紀は鬼気迫る形相で灼滅者を睥睨した。
    「皆殺しだ。最期の瞬間まで、苦しませて殺してやる」
     底無しの悪意を真っ向から受け止め、朱海が眼光に力を込める。
    「いいわ、貴方の憎悪には私も感情で応える」
     コルネリウスに思うところはあれど、『敵』に容赦する必要など認めない。
     立ち塞がるというなら、全力をもって排除するまで。
    「……顕現せよ、憤激の炎刃!」
     体内に流れる血が、灼熱を帯びて一斉に噴き上がる。
     平坦な足場を見極めて前線に躍り出ると、朱海は昏黒を穿つ烈日の刃――『刀纏旭光』に炎を宿して斬りかかった。
     渾身の一太刀を浴びて、佳紀が僅かに後退する。味方の攻撃で生じた好機を、瑠璃は決して見逃さなかった。
    「封じます!」
     解き放たれた影の触手が、男の四肢に絡みつく。
    「かわせると思うなよ!」
     懐に潜り込んだカナデの拳が閃き、オーラの連撃で鳩尾を打った。


     死闘は、いよいよ大詰めを迎えようとしていた。
     ディフェンダーの守りを掻い潜った佳紀の弾丸が、シャルの肉を食い破って骨を砕く。
     首の皮一枚でギリギリ踏み止まると、青年は満を持して言い放った。
    「私を仲間頼りなだけの人間だと思いましたか? 自分の身は自分で守れます。それでも」
     音楽的な声を響かせて己の傷を塞ぎ、攻勢に転じる。
     自らの治療を二の次に仲間の強化を続けてきた甲斐あって、アタッカーにエンチャントを重ねるという目的は完全に達成された。敵がそれを破壊する手段を持たない以上、序盤よりも有利に事を運べる筈。あとは、ここまでの借りを纏めて返してやるだけだ。
     彼と同様、味方の支援をメインに動いてきた瑠璃が、練り上げた呪力を一点に集中する。
    「極寒の冷気に震えなさいッ! フリージングデス!」
     あらゆる熱を奪い去る不可視の手が振り下ろされた直後、佳紀の体表を凍てつく氷が覆い尽した。
    「おおおおおおおおッ!!」
     雄叫びで体力の回復を図る男に、黒鉄の処女が霊力を放つ。
     毒に蝕まれた六六六人衆の表情が苦悶に歪むのを見て、『彼女』は無数の棘で飾られた黒いドレスを軽やかに揺らした。あたかも、笑っているかのように。
    「今度こそ大人しく眠ってもらうの」
     格闘戦に特化した手甲型のバベルブレイカー『颶風』を起動した一姫が、暴風の如く佳紀に迫る。
     余計なことを考えず、本能のみに身を委ねた少女の一穿が急所たる『死の中心点』を貫いた瞬間、凄まじい衝撃が男の全身を蹂躙した。
    「これで、砕く!」
     一気に畳み掛けるべく、カナデが鬼神の拳を叩きつける。
     よろめき膝をついた佳紀に止めを刺そうとした仲間に、刻が短く警告した。
    「……まだです」
     刹那、かっと目を見開いた佳紀が影の刃で灼滅者に斬りつける。
     どうやら、動けぬ振りでこちらを罠にかけようと目論んでいたようだ。
    「お前らも……地獄の道連れだ……!」
     追い詰められてなお、男の怨みは尽きない。
    「その執念だけは買う。だからこそ、魂魄一片も残さず焼き尽くす!」
     大刀を構え直した朱海の背で、『鳳凰展翅』――神火の闘気が翼の形を取った。
     烈光の羽ばたきが、全てを灰燼に帰さんと佳紀に襲い掛かる。
     炎に包まれた佳紀に向けて、縁が静かに語りかけた。
    「怨んで頂いて構いません。貴方にはその権利があって、私たちはそれを受ける義務がある」
     異形の腕を繰り出し、真正面から一撃を見舞う。大胆に間合いを詰めた久良が、佳紀と視線を合わせた。
    「これで最後だね」
     愛用のロケットハンマー『モーニング・グロウ』を大きく振りかぶり、それを全力で打ち下ろす。腹の底からの叫びが、少年の喉を震わせた。
     真鍮の鉄鎚に砕かれた佳紀の肉体が、光の粒子となって散る。
    「――せめて、やすらかにね」
     久良の祈りとともに、男の残留思念は跡形もなく消えた。
    「終わったの」
     敵の殲滅を見届け、一姫が武器を収める。その傍らで、刻がすてんと尻餅をついた。
     戦いが終わって気が抜けたのか、段差にうっかり足を取られて転んだらしい。
     少しだけ和やかになった空気の中、瑠璃がそれにしても――と口を開く。
    「ダークネスの残留思念に力を与える『慈愛のコルネリウス』……学園にとって脅威ですね」
     その真意は謎のままだが、これからも動きがあるというなら戦うだけだ。
    「人狼の瑠璃、微力ながら助力致します」
     彼女に頷きを返した後、久良は自らの考えに沈む。
     コルネリウスが、残留思念をどこに送ろうとしているのかは知らない。だが、果たしてそれは本人にとって幸せなことなのだろうか?
    「学園に、帰り、ましょう」
     帽子の鍔で目元を隠した縁が、たどたどしく撤収を促す。
     皆に倣って踵を返した後、朱海は現場を一度だけ振り返った。

     願わくば、コルネリウスと再び相対する機会が得られたらと思う。
     彼女の慈愛が、憎悪と憤怒の牙を磨いてくれるのだとしたら。その時は――。

    作者:宮橋輝 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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