母と娘の絆

    作者:天木一

    「真沙美ちゃん、今日は何時に帰ってくるの?」
    「んー今日は部活で少し遅くなるかも」
     母親の質問に娘が靴を履きながら答える。
    「そう、暗くなるなら気をつけて帰ってくるのよ。今日は真沙美ちゃんの好きなシーフードカレーを作っておくからね」
    「ホント!? ママのシーフードカレーがあるなら早めに帰ってくるね。行ってきまーす!」
     スポーツバッグを持ち朝から元気に娘は駆け出す。運動部らしい健脚ですぐに見えなくなった。
    「さて、それじゃあまずはお掃除して、後でお買い物にいかないとね」
     母親は中学生の娘がいるとは思えないほど若々しく、娘とはまるで姉妹のように仲が良かった。
     家事をしてカレーの準備を終えるともう夕日が見える。
    「よし、後は寝かせておけば美味しいシーフードカレーの出来上がりね!」
     鼻歌まじりに手際よく料理を終えると、後はのんびり娘と夫を待つだけ。
    「ん~今日も疲れたわ」
     ソファーでテレビを見ていると、少しうとうとと船を漕ぐ。そのまま居眠りをしてしまう。
     そんな中、まるで宇宙服のような姿の少年がどこからともなく現われた。そして母親の顔を覗き込む。
    「君の絆を僕にちょうだいね」
     そう呟くと、少年は跡形もなく消える。何事も無かったようにテレビの音が流れ続ける。
    「ママ! ママってば!」
     娘の母親を呼ぶ声に目が覚める。
    「何? どうかした?」
     眠りから呼び起こされ不機嫌さを隠す事なく母親が娘を見る。
    「もう、ママが寝てたから起こしてあげたんじゃん。早くカレー食べようっ」
    「別に勝手に食べればいいでしょ、それくらい自分で温めなさい」
     母親は冷たく言い放ち、仕方なさそうに台所へと歩いていった。
    「ママどうかしたの?」
     普段なら笑顔で出迎え、楽しそうに料理をする母親が、何故そんな態度を取るのかさっぱり分からない娘は、困惑して母親を見る。だがその目に何も異常は見えていなかった。
     母親の頭には普通の人には見えない、紫と黒の不気味な卵が産み付けられていた。
     
    「どうやら新たなシャドウが動き出したみたいなんだ」
     能登・誠一郎(高校生エクスブレイン・dn0103)が灼滅者を前に早速本題に入る。
    「絆のベヘリタスと関係があるだろう謎の人物が、一般人から絆を奪い卵を産み付けているらしいんだよ」
     卵は絆のベヘリタスの卵と呼ばれているらしい。
    「卵だからね、放っておくと孵ってしまうんだ。中からは絆のベヘリタスが生まれるんだよ」
     だがこの卵は見えるが、触る事も攻撃する事も出来ない。
    「だからみんなにはこの卵が孵化したところを襲って灼滅してもらいたいんだ」
     絆のベヘリタスはソウルボードに逃げようとするので、その前に倒してしまわなくてはならない。
    「絆のベヘリタスは一般人を宿主として、その人の絆を養分にして成長するんだ。そして一週間で絆のベヘリタスの新しい個体として孵化するよ」
     すでに卵は産み付けられており、孵化するまでの間は手出しは出来ない。
    「それと、絆のベヘリタスは非常に強力なシャドウだけど、宿主の絆の相手に対して攻撃も防御も弱くなる特質を持っているんだ」
     栄養を貰う相手には力が出せないってことなのかなと、誠一郎は首を傾げる。
    「それを利用すれば、みんなが勝利する可能性を上げる事ができるよ」
     宿主である母親と絆を結べば、灼滅者も対象となる。まともにぶつかれば勝つのが難しい相手だ。何とか絆を利用したい。
    「みんなは孵化する一日前から母親と接触できるよ。孵化するまでの間に何かしらの絆を作る方法を考えてもらいたい」
     絆が強ければそれだけ有利になる。
    「それと絆の種類には影響しないんだ。良い絆でも悪い絆でも大丈夫だよ」
     好きでも嫌いでも、愛でも憎しみでも構わない。
    「強い相手で危険な依頼だけど、そんなシャドウを量産されては堪らないからね。大変だと思うけど、みんなの力で成功させて欲しいんだ」
     申し訳無さそうに言う誠一郎に、灼滅者達は任せろと胸を叩く。必ず成功させてみせると、現場へ向かった。


    参加者
    小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    小村・帰瑠(砂咲ヘリクリサム・d01964)
    四津辺・捨六(想影・d05578)
    夜伽・夜音(トギカセ・d22134)
    綾芽・藤孝(林檎大好き・d22545)
    花衆・七音(デモンズソード・d23621)
    音森・静瑠(翠音・d23807)

    ■リプレイ

    ●喫茶店
     カランカランと軽やかな音色と共に、シックな色合いのドアが開く。
    「いらっしゃいませ、お一人様ですね」
     入ってきたのは若い女性だった。店員に促されて二人掛けのテーブルに案内される。
    「ケーキセットを、レアチーズとアイスコーヒーで」
     女性は運ばれてくるケーキとコーヒーを前に頬を緩める。コーヒーで口を潤し、ケーキを美味しそうに頬張った。
    「お母さんと喧嘩してきちゃって……家帰りたくないなぁ」
     そんな女性の隣の席で二人の少女が筆記用具を広げて勉強をしていた。
    「お母さんって、口煩いっすよね」
     苛々と母親の文句を言う少女に、もう1人の少女が大きな声で返す。静かな喫茶店にはその声がよく響いた。
     その二人の少女は夜伽・夜音(トギカセ・d22134)と小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)だった。二人は女性に悪い印象を持たせようと、ワザと不快にさせる行動を演じていた。
    「……お母さんの方が大変なのよ……」
     隣の席で顔を背けるようにケーキを食べながら、女性が小さく呟く。娘の事を思い出すと何故自分が面倒を見なくてはならないのかと疑問が浮かぶ。それはまるで他人に対する感情のようだった。
    「勉強しろ勉強しろって、煩いんだから、言われなくてやってるのに」
     そう言いながらも夜音は上の空で勉強は進んでいない、溜息と共に手にしたグラスを落としてしまう。ガラスの割れる甲高い音が響き、水が飛び散る。その飛沫が女性の足を濡らした。
    「あ、ごめんなさーい」
    「あーやっちゃったっすね。申し訳ないっす!」
     軽い調子で謝る二人に、女性は不快そうに眉をひそめて立ち上がった。
    「……せっかくの気分転換が台無しだわ……」
     ケーキを残したまま女性は店から立ち去った。完全に去ったのを確認してから二人は顔を寄せ合う。
    「上手くいったみたいっすね!」
    「ふぅ……頑張った甲斐があったよ」
     翠里の言葉に、気を抜いて普段ののんびりした調子に戻った夜音も頷き、店を後にした。

    ●犬の散歩
    「……はぁ、さっさと買い物して家に帰りましょう」
    「ワンッワンッ」
     女性がスーパーに向かう途中、犬が甘えるように足元に擦り寄る。それはふさふさの毛を揺らすオールド・イングリッシュ・シープドッグだった。
    「どうしたのわんちゃん? 迷子かしら?」
     女性は甘える犬の頭を撫でると、首輪を見て引きずるリードを手に取った。
    「人懐っこい子ね」
     顔を隠すような長い毛から覗くつぶらな瞳を見て、女性は微笑む。そこへ二人の少女が走ってくる。
    「すいません、うちの捨六が」
     花衆・七音(デモンズソード・d23621)が頭を下げて謝る。
    「いいえ、構わないわよ。すてろくちゃんって言うの? 大人しくてカワイイ子ね」
     女性がリードを差し出しながら犬を撫でてやった。犬は気持ち良さそうに尻尾を振る。
     すいませんと七音がリードを持って引っ張るが、犬は女性に擦り寄ったまま動かない。
    「私達以外の人に懐いているところを見るのは初めてですね……」
     隣の音森・静瑠(翠音・d23807)が物珍しそうにそんな光景を見やった。
    「私は七音、こっちは妹の静瑠です」
    「こんにちは」
    「こんにちは、私は真琴よ」
     七音と静瑠が挨拶すると女性も軽く頭を下げて返した。和やかに犬の事や、女性がこれから夕飯の材料を買いに行く事などをお喋りする。
    「私達今晩はカレーなんです」
    「そう、私の娘もカレーが好きだったわね」
     静瑠のカレーを楽しみにしている顔に、またカレーにしようかしらと女性は献立を考える。そしてそろそろ買い物に向かうと女性がスーパーに向かう。
    「ワンワンッ」
     その時犬のリードが引っ張られる。犬が女性について行こうとしたのだ。
    「また今度時間が有る時ゆっくり遊んであげてください」
     七音が引き剥がすように犬を持ち上げ頭を下げる。
    「次は、お子さんと一緒に遊んでいただけると嬉しいです」
    「……そうね、機会があれば……」
     濁すような女性の言葉に、静瑠は笑みを浮かべて頭を下げた。
    「また是非……『約束』です」
     女性が去ると、少し離れた人気の無い場所で犬が人の姿になる。それは伸びた前髪で目元まで隠した、犬と同じような髪型の四津辺・捨六(想影・d05578)の姿だった。
    「ワンッ……じゃないな、とりあえず絆は結べたか。後は最後のグループだな」
     捨六は首輪の跡を気にするように手で押さえ、スーパーの方角を見た。

    ●買い物
    「イカとエビと……」
     スーパーで女性が食材を選んでいると、歩いてきた二人の少女のうち小柄な方がカゴにぶつかる。
    「あっ、ごめんなさい!」
    「紅緋ちゃん大丈夫? ほんとすみません」
    「いいえ、こちらこそごめんなさいね」
     謝る華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)と隣の小村・帰瑠(砂咲ヘリクリサム・d01964)に、女性は優しく微笑んで返す。
    「夕飯のお買い物? 偉いわね」
    「はい、お母さんがいないので……」
    「それで一つ聞きたいんですけど……これ、3人分にはちょっと多いですかね?」
     女性の質問に紅緋が俯いて答え、帰瑠は手にしたバラ肉のパックを見せた。
    「そうなの、それは大変ね……うん、それで大丈夫よ。他にも聞きたい事があったら言ってね」
     女性は一瞬同情的な視線を見せたが、すぐに元気な笑みを浮かべて答えてくれる。
    「あの、すみません……おいしいカレーの秘訣があったら教えて下さいっ」
     献立についてお喋りしていた3人が振り向くと、綾芽・藤孝(林檎大好き・d22545)が頭を下げてそうお願いしていた。
    「カレーを作るの?」
    「お母さん本当はシーフードが好きなのに、僕にお野菜食べて欲しいからって作らないんだよ。だから僕が作ってあげたいんだ」
     姿勢を低くして尋ねる女性に、藤孝は大きく頷いて答えた。
    「そうなの、それじゃあ私の知ってる事なら教えてあげるわね」
    「わたしたちも教えてもらってるところなんですよ」
    「そうそう、一緒に教えてもらおう!」
     女性に続いて紅緋と帰瑠も加わり4人で一緒に美味しいカレーの作り方を話ながら、材料を買い始めた。

    「あのありがとうございましたっ」
     藤孝は大きく頭を下げてお礼を言う。
    「ふふ、気にしなくていいのよ。それより美味しいカレーを作ってあげてね」
    「はい!」
     女性の言葉に元気良く返事をして、大きく膨らんだ袋を持って帰って行く。
    「わたしたちも帰ります。今日はありがとうございました」
    「今日は美味しいカレーが作れそうだね!」
    「ええ、またここで見かけたら声をかけてね」
     紅緋と帰瑠もお礼を言って立ち去る。仲良く歩く背中を微笑ましく眺め、女性も帰途に就く。
    「嫌な一日かと思ったけど、何だか今日は楽しい事が沢山あったわね」
     家を出てからの事を思い返し、女性は心を軽くして西日に目を細くする。すると伸びた影がこちらに向かってきた。それはふさふさの毛をした犬の影だった。

    ●ベヘリタス
     次の日、昼食を簡単に済ませ、女性は突然の眠気にソファーに横になる。
    「ふぁ……ちょっと疲れたのかしら……」
     女性が寝入ると、頭にあった不気味な卵にひびが入る。パキッと割れた中からぬうっと黒と赤がマーブル状になった腕が、そして6本の足が出てくる。それは甲殻類のように硬い殻に覆われていた。
     卵から次に出てきたのは顔。黄金のマスクが張り付いた顔だった。その下にはぬめっとした軟体生物のような胴体。そして最後にクローバーのマークが無数についた胴体とも尻尾とも分からぬ下部が現われる。
     その生まれ出た化け物は自らの住処へと戻ろうとする。だがその時気付いた。既に周囲を何者かに囲まれているということに。
    「お膳立ては十分。この手で“絆の”ベヘリタスを灼滅してやりますよ」
     紅緋はその化け物の目の前に立つ。
    「華宮・紅緋、これより灼滅を開始します」
     右腕が大きく鬼の如く変化する。その拳を握り締めてベヘリタスの顔を殴りつけた。
    「さあ、ぶちかますよっ」
    「短期決戦っす! がんばるっすよ!」
     帰瑠が続けてローラーダッシュの加速を利用した炎を纏う蹴りを放ち、衝撃で大きく仰け反ったところへ翠里は槍を手に突っ込む。穂先を黒い体に突き刺しそのまま捻り貫く。そこへ霊犬の蒼も口に咥えた刀で切り裂いた。
     ベヘリタスは反撃しようと腕を振り上げる。
    「絆のベヘリタス……漸くブレイズゲートから出てきたね。何を企んでいるのか知らないけれど、阻止させてもらうよ」
     横から踏み込んだ夜音は、振り下ろされる腕ごと胴体を槍で貫いた。
     その間に藤孝がソファで眠る女性の体を一生懸命抱えて運ぶ。
    「僕達が悪いヤツをやっつけるから、それまで待っててね」
     隣の部屋に優しく寝かせると、真剣な目で戦いの場へと戻る。
     ベヘリタスは漆黒の弾丸を撃ち出す。それを七音が自らの体を魔剣と化して斬り払った。
    「絆のベヘリタス、強力なシャドウやけど、その絆うちらも利用させて貰てこの場できっちり灼滅したるで!」
     そのまま跳躍して頭上を取ると、切っ先を向けて落下する。ベヘリタスは迎撃しようと腕を上げた。
    「約束しましたから、約束を守る為にも絆を返してもらいます!」
     その腕に向けて静瑠は槍を突く。横からの衝撃に腕は空を切り、七音の剣は脳天を直撃した。
     どろりと傷口から黒い液体が漏れる。ベヘリタスが頭を振ると、ずぶりとまるで液体のように貫いた剣から頭が抜けた。
    「ブレイズゲートで大人しくしてる奴じゃ無いとは思ってたが……当然のように外に出てきたな」
     捨六は見慣れた様に槍を構えた。
    「さて、今となっては300を余裕で超えた殺し合いの絆を試してみようじゃないか」
     捨六は腕の攻撃を頭を下げて避け、踏み潰そうと迫る足を横に躱すと、擦れ違い様に槍を腹に突き刺した。
     ベヘリタスはもどかしそうに攻撃を繰り返す。灼滅者が女性と結んだ絆の力により、力が発揮できずにいるのだ。
    「人の心を弄ぶなんて最低ですね。そんなやつには、私たちの絆を見せてあげます」
     紅緋が殴ろうとしたところへ、ベヘリタスはカウンターの爪を振り下ろす。それを帰瑠が跳躍して蹴り飛ばした。
    「絆ってのはね、易々と奪っていいモンじゃないの!」
     ベヘリタスの腹に拳が喰い込む。紅緋はそのまま密着状態から真紅の弾丸を撃ち込んだ。ベヘリタスが吹き飛ばされ壁にぶつかったところへ、着地した帰瑠はガトリングを撃ち込む。
     無数の弾丸を受け、体中に穴を開けられながらベヘリタスは逃げようとする。
    「逃がしてしまったら、また絆が奪われることに……なんとしても、ここで食い止めるっす!」
     翠里もガトリングを構え、横から弾丸の雨を降らせる。十字砲火を浴びてベヘリタスの動きが鈍った。そこへ続けて蒼が六文銭を撃ち込んだ。
     絆の力により、灼滅者の一撃はベヘリタスの防御を貫き深手を与えていく。
    「母と娘の絆を他の人が。ましてやそれをシャドウが奪うなんて。そんなの、絶対許せない」
     自らの母親の事を想い、夜音は強い感情を乗せて槍を振るう。穂先から放たれた氷柱がベヘリタスの足を凍らせた。
    「大切な絆……奪わせたりはしません……!」
     静瑠はダッシュと共に跳躍し飛び蹴りを放つ。流星の如き一撃は氷漬いた足を打ち砕いた。
     バランスを崩しながらもベヘリタスから漆黒の弾丸が放たれ、着地する静瑠の背中を撃ち抜く。
     よろめく静瑠に続けて矢が飛来する。それは傷口に吸い込まれるように消えると、傷口をも消してしまう。
    「奪った絆をどうするか分からないけど、好きにさせないからね」
     弓を手にした藤孝が仲間の治療を行なう。
     ベヘリタスは足が駄目ならと、ぬるりぬるりと這うように玄関へ向けて進む。その背後から捨六がローラーダッシュで迫る。
     ベヘリタスは弾丸を次々と撃って牽制すると、捨六はそれを左右に振って躱す。
    「シャドウハンターの技もお前がブレイズゲートで使うサイキックも飽きるほど見てるんでね」
     そのまま近づいた捨六は、ぶつかりそうになる直前ターンしながら蹴りを放った。炎を帯びた蹴りはベヘリタスの尻尾を焼き尽くす。
    「逃がさへんで!」
     腕を振り回して捨六を吹き飛ばすベヘリタスの正面に、七音が立ち塞がる。左右から挟もうと迫る腕を、剣を横にして片方を柄で、もう片方を切っ先で受け止める。
    「なんのつもりや知らんけど、母娘の絆を持っていかせるわけには行かんで、ここに置いてき!」
     そのまま剣を横に薙ぐ。右腕を斬り落とし胴に切れ目が走る。
     どろどろと黒い液体を垂らしながらベヘリタスは蠢く。そしてその液体が腕のようになって七音を殴り飛ばした。
     帰瑠が蹴りで腕を弾くと、その間に翠里は伸ばした影で動きを封じる。そこへ夜音が蹴りを入れ、バランスを崩したところへ静瑠が槍を突き刺した。藤孝の矢で傷が癒えた捨六と七音も前線に加わり、ベヘリタスは全身傷だらけとなり四肢を失いよろめいた。
    「覚悟っ!」
     気合と共に跳び込んだ紅緋が赤いオーラを纏い、頭上から鬼の腕を振り抜いた。
     仮面が割れ黒い体が溶け出すと、跡形も無く全て消え去った。

    ●絆
    「ママ! ママ大丈夫?!」
    「ん……んん。あら、真沙美ちゃんお帰りなさい」
     心配そうな娘の声に起こされ、暢気そうな母親の挨拶が返る。
    「もう! 部屋の中が荒れてるから倒れてるのかと思ったじゃない!」
    「あら、本当だわ。どうしたのかしら? あ、それよりお腹空いてるでしょ? 昨夜のカレーがまだあるから温めるわね」
     慌てて夕飯の準備を始める母親。
    「は~ママはいっつもマイペースなんだから。じゃあ私が部屋の掃除しておくから」
     仲睦まじい母と娘の絆は元に戻っていた。
    「絆奪い返せたみたいっすね」
     そっと家の外から様子を窺っていた翠里が安堵する。
    「無事で良かったですね」
    「お母さんと娘の絆、大切にしてあげて」
     普通の家庭の光景を、紅緋は憧れるように眺めた。隣で夜音も少し羨ましそうに見ていたが、寂しさを振り払うように笑ってみせた。
    「やっぱり親子は仲ええんが一番やな」
    「家族のために美味しい料理を作ってくれるお母さんの事が、娘さんも大好きなんだね」
     人の姿に戻った七音は、口で言い合いながらも仲良く夕食の準備をする親子を見て朗らかに笑うと、藤孝も微笑んでその姿を目で追った。
    「この場は何とかなりましたが……まだまだ続くのですよね、この騒動は……」
     静瑠は無事に成功したと表情を緩めていたのが、これからの事を懸念して溜息を吐く。
    「ソウルボードでなく、直接精神を弄んでくるとは。いつか……必ず灼滅してやる」
     捨六は口元を苦々しく曲げて言い捨てた。
     無事に絆の戻った母親の姿を確認した灼滅者は歩き出す。
    「ずっとずっと、幸せな絆を紡いでいってね」
     去り際に一度振り向いた帰瑠がそう呟いた。
     灼滅者の守り通した大切な絆は、きっとこれからも強く育っていく。母と娘の姿はそう信じられる温かなものだった。

    作者:天木一 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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