とある僻地の一軒家。白猫と黒猫を同じ枕に、光子おばあさんはすやすやと寝息を立てていた。
二匹の猫は、三年前に亡くなったおじいさんが拾ってきた子。シロとクロっていう見た目そのままの名前だけれど、おばあさんにとっては、とても大切な家族。毎日一緒にご飯を食べて、テレビを見て、時には畑仕事にだって付きあってくれる。
そんな光子おばあさんの傍に、宇宙服の様なものを身に纏う少年が舞い降りて――。
「君の絆を僕にちょうだいね」
少年の囁き声に大切なものが奪われる。
朝。シロとクロはいつもの様に、小さな器の前でにゃーにゃー鳴く。
だけど――。
「なんだろうねぇ……」
億劫なのだ。自分の朝食の他、猫の朝ごはんまで面倒見なければならないことが。
おじいさんと一緒に可愛がっていた猫なのに、まるで野良猫が、自分の家にあさましくご飯をせびりに来ているように感じてしまう。
光子おばあさんは大きな溜息をつくと、仕方なく器を手に。昨日の余りものを中へ盛った。
そして、縁側の下。猫を家に飼う理由もないのように、器を無言で置く。
「にゃー」
「にゃぅ……」
そっけない態度、いつもと違うご飯に、どうしたのだろうと心配するシロとクロ。
「外に行きなさい。うんちや抜け毛を掃除するのも、大変なんだからねぇ」
ぴしゃりと言われて、猫はびくっと身を縮ませることしかできず。仕方なく食べるあまりもの。
冷たい雨が降り始める。
すっかり泥で汚れた猫達は、くっついて寒さをしのぎながら、おばあさん恋しさにみーみー鳴いた。
絆のベヘリタスと関係が深いだろう謎の人物が、一般人から絆を奪い、絆のベヘリタスの卵を産み付けている。今回お願いするのは、それに関する事件だと、仙景・沙汰(高校生エクスブレイン・dn0101)は言った。
亡くなった最愛の人と繋がる猫達との絆を奪われてしまったおばあさんが、見つかったという。
「猫がいるから、自分は頑張らなきゃっていうおばあさんだったのに、その絆を奪われたせいで、生活の張り合いすらも薄くなっている。これじゃあ猫もおばあさんも不幸になる未来しか見えない。子供もいないようだし、本当に唯一の家族がその猫たちなんだ」
「にゃんことおばあちゃんの大切な絆まで奪うなんてひどすぎるの」
エステル・アスピヴァーラ(おふとんつむり・d00821)は霊犬・おふとんをぎゅっと抱きしめながら、謎の少年の行いに憤りを感じて。冬に寒さに震える小猫達に出会ったけれど、今度は雨に濡れて猫が震えてしまう様なことまで起こらなくちゃいいな……なんて予測が、こんな方向で見つかるなんて。
「残念ながら、おばあさんの頭の上に産み付けられた卵は、君たち灼滅者は見ることはできても、触れることは不可能。けど、孵化した直後を狙えば灼滅も可能」
とはいえ、ベヘリタスは非常に強力なシャドウだ。普通に戦っても勝ち目はない。しかし弱体化させる事もできるらしい。羽化したベヘリタスは、自分の栄養源となった相手には思うようにダメージを与えられず、反対に攻撃されると甚大なダメージを負ってしまう。
栄養源とは、光子おばあさんと絆を結んでいる相手のこと。つまり君たちが何らかの方法で、絆を結ぶことができれば、戦いを有利に運ぶことが出来る。
羽化して10分後、ソウルボードに逃げこんでしまうから、その前に灼滅して欲しい。
「光子おばあさんの家は、村の中心部からも外れている。卵が羽化するのは明日の夜11時。今から向かえば今日の夕方四時ごろから、自由に接触できる」
猫のシロとクロは、餌は貰っているようだけど、完全に外に追いやられていている。だが、決しておばあさんが意地悪になったというわけではない。
絆を奪われたせいで、野良猫程度にしか感じられない。愛情が無いから、大事に出来ない。事務的に接しているだけ。
「この辺りの山は景色もいい所だし、この付近に川もあって、夏場はキャンプに来る人もいるみたいだね。山菜も採れる山もある。おばあさん一人ということもあって、話相手も人の手助けも乏しいような生活だから、接触方法もそうだけど、絆を結ぶ方法は、アイデア次第でたくさんあるんじゃないかな」
それは愛情でも、憎しみでも、感謝、侮蔑、感情として生まれる物なら何でもいい。
おばあさんは子供は好き。そして基本的には親切な人。車に乗れない人なので、村の福祉事業などの訪問がなければ、家か、目の前の畑でせっせと野菜作りに勤しんでいるだろう。
接触期間中は、他の一般人の心配なく事は挑める。
一日以上の時間があるが、就寝時間などを考えれば、実質の接触時間は半分くらいだろう。
「そして、ベヘリタスだけど」
仮面を被った猫の姿をしていて、シャドウハンターのサイキックと、他三種類のを駆使してくる。
「じゃあ、僕、おばあさんが見ていない時に、こっそり猫達をかまったりしてあげようかな」
戦闘になった際も巻き込まれない様に、レキ・アヌン(冥府の髭・dn0073)が猫達の保護を買って出て。
「それと、絆のベヘリタスを倒せば失われた絆は取り戻すことができる。その辺りのことも、上手くフォローしてあげられれば」
ただし相手から軽蔑されたり憎まれている状況では、さすがにそれは難しいものになるので、そうした点も踏まえつつ絆を結ぶのが、良いのかもしれない。
大変な依頼だが、頑張ってほしいと、沙汰は灼滅者を見送った。
参加者 | |
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エステル・アスピヴァーラ(おふとんつむり・d00821) |
媛神・まほろ(夢見鳥の唄・d01074) |
古樽・茉莉(百花に咲く華・d02219) |
雪柳・朝嘉(影もぐ・d04574) |
栗橋・綾奈(退魔拳士・d05751) |
ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517) |
セレス・ホークウィンド(白楽天・d25000) |
影龍・死愚魔(ツギハギマインド・d25262) |
●
のどかな田舎の風景。まるで遠い昔を思い起こさせる様な。
「絆を奪う? ……冗談じゃないぞ」
日差し強い都会では味わえない、清涼とした風が、セレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)の艶やかな紫色の髪の毛を撫でていくけれど。風の感触を楽しんでいる暇も、今日は無くて。
「……噂は聞いていたけど、本当に碌でもないみたいだね」
そんな景色を瞳に映し、影龍・死愚魔(ツギハギマインド・d25262)は無表情ながらも独りごちる。普段はおっとりとしていて、お人好しと自己評価している媛神・まほろ(夢見鳥の唄・d01074)も遺憾げに唇を結び、今回のシャドウの行いに、はっきりとした怒りを抱いているようだった。
地図を辿り、道なりに進めば。昔ながらの木造住宅が見えてくる。まずはキャンプ班の接触から。
「こんにちはー! 誰かいますかー!?」
雪柳・朝嘉(影もぐ・d04574)が元気いっぱいに幾度か呼んでみれば。手ぬぐいで濡れた手を拭きながらやってきた、光子おばあさん。若い女性たちが訪ねてきたことを珍しそうにしながら、用件を尋ねてきてくれた。
まずは揃って挨拶したあと。
「私達は、近くにキャンプに来た者なのですが」
「お料理で使うお野菜を切らしてしまって。宜しければ、少し分けて頂けませんか?」
栗橋・綾奈(退魔拳士・d05751)とまほろが切り出して。
「この辺に、店も他の民家も見えなかったから」
セレスが厚かましいお願いで申し訳ないという雰囲気を滲ませながら、補足を入れて。
「何作るんだい?」
「カレーです」
キャンプで定番のメニューで貯蔵容易な野菜で作れるものを、まほろは咄嗟に言ってみる。
そりゃ野菜が無いと味気ないねぇと、おばあさんは笑いながら、肥料袋に芋と人参、玉ねぎを入れて、持って来てくれた。
「わー。こんなにいっぱい! おばあちゃん、いいの!?」
「有り難う御座います」
朝嘉がぱああっと目を輝かせ、セレスは深々と頭を下げて。
「私達に何か出来る事はありませんか? お礼に是非お手伝いさせて下さい」
まほろは、畑仕事でも家事でも、何でやりますと感謝を表せば、おばあさんはからからと笑いながら、
「なんもなんも。きにせんでいいよ。そのくらい、たいしたもんじゃないからねぇ。それにもう夕方だし、早く戻らないと迷ったら大変だ」
「けれど、タダで頂くわけにも……」
「明日でもよければ、手伝わせて頂けないでしょうか?」
それじゃあ納得いかないんですと、困った様な顔をしている綾奈とセレスへ、
「じゃあ明日、覚えていたら手伝ってくれるかい?」
是非させて下さい、と。ひとまずの約束を取り付けることに成功。明日の接触が一番の勝負。
●
おばあさんが眠ったあと。里桜が旅人の外套を使い、シロとクロの二匹を保護してきてくれて。
彼女が汚れを拭いてくれたから、体もすっかり綺麗に。璃理の用意してくれた猫缶もぺろりと平らげて、顔を洗っている様は、久し振りに落ち付いたように見えた。
「もう、六日も経つんですよね……」
そんな猫達を見つめながら、古樽・茉莉(百花に咲く華・d02219)は呟いた。
「そうですね」
レキ・アヌン(冥府の髭・dn0073)は、陽桜と一緒に寝床を用意しながら頷いて。
猫達から見れば、おばあさんに突然裏切られたと思っているに違いない。戻らない絆に嘆き、猫達自ら別れを選んでもおかしくない頃合い。
逃がせば二度と絆は取り戻せない。
しかも猫達の関係だけでなく、最終的には栄養とされた絆まで全部吸い上げていってしまう。
(「例えどんな事をしても……」)
たった一つのかけがえのないものを取り返すため、茉莉はそっとシロを撫でると、決意を固めた。
●
朝、おばあさんはすでに庭先にいて。畑仕事の為の道具を、物置から出しているところだった。
「おはようございまあす」
「むい、おばーちゃんいるですか~?」
ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)とエステル・アスピヴァーラ(おふとんつむり・d00821)が人懐っこい笑顔で、元気にあいさつ。死愚魔も一礼した後、
「俺達、ボランティアの研修で来たんですけど」
「ボランティア?」
お手伝いに来ましたとの説明に、おばあさんは少し考えるような顔をしたあと、
「役場もNPOからも、そんな連絡来てなかったと思うんだけどねぇ……ちょっと電話してみようかねぇ……」
言いながら縁側から茶の間へと行ってしまって。
事前連絡もなく、突然見ず知らずの若者がボランティアに来ましたと言われても、おばあさんからみると怪しく見えてしまう部分も否めず。親切な人といっても、紹介もない人間を家に入れるのも考えてしまうだろうし、プラチナチケットをここで使っても、おばあさんの家の関係者ということにはならないので、なにかそれぽい口実は必要だったろう。
結構ですと言われてしまえば、顔も覚えられたのかどうかも怪しい。ボランティアという面目を生かしたまま誤魔化すしかないので、咄嗟に、
「説明不足ですいません。道路クリーン事業のボランティアできたんですけど……」
「知らずに敷地に入って怒られる前に、挨拶に来たんだよお」
「むきゅ、土手でしゃがんでごそごそゴミ拾いして、野菜どろぼ~と間違えられたら困るの~。だから一言ご挨拶に来たの~」
接触の機会は、予定していたものより少なくなってしまうだろうが、少しでも印象残して絆を結ぶため、この際仕方ない。上手く口裏合わせてその場をしのぐ。
「あぁ、なんだい。そういうことかい」
おばあさんは双眼細め。
「はるばる御苦労さん。キャンプ場近いからねぇ、ここらは勝手にゴミ捨てる人多いんだよ」
もしも用があったら、あっちの畑にいるからと言って、おばあさんは一輪車に肥料載せ、三角ホー担ぎだしたものだから、
「ついでですし、運ぶの手伝いましょうか?」
死愚魔は、お話もできる機会も確保するチャンスは逃さずに申し出。
エステルは、腕抜きや軍手の入った籠抱え、
「おばーちゃんのお手伝いするのは、当然のことなの~」
「ボクたちもあっちにいくところだしねえ。丁度良くお手伝い出来て良かったあ、うふふっ」
ハレルヤは、一輪車を軽快に動かしてゆく。
●
キャンプ班が再接触目指し、おばあさんの畑へと。朝嘉が元気いっぱい、懐っこい様子で大きく手を振りながら、
「おばあちゃーん。おっはよー」
「あら。昨日の子達じゃないのかい」
「お約束通り、お手伝いに参りました」
わざわざ駆け寄って、軽く息を切らせながら微笑む綾奈。おばあさんは正直、本当に来るなんて思ってもいなかったらしく、びっくり半分、嬉しさ半分。折角来てくれたのだからと好意に甘えて、畑仕事をお願い。
セレスは草むしりしながら、
「お一人でこの畑作ってるのですか?」
「そうだよ」
「お婆さん、一人暮らしなのですね……さぞ大変でしょう」
他にもあればなんなりと言ってくださいねとまほろ。
朝嘉が年頃の娘の興味と大胆さ生かして、若かりし頃のお話などを聞き出したりして、共感したり感心したり。
女性ばかりでとても賑やかな雰囲気に乗じて、兎変身を済ませた茉莉が、草葉の陰からそろり。
「おや、兎……」
おばあさんは人懐っこくすり寄ってきた兎に、一旦興味は示したものの、仕事の邪魔だよといった雰囲気。
考えてみれば。
大事なはずの猫ですら、絆無くなればおじいさんが拾ってきたからという義務のみで餌を与えているだけの、そっけないものなのだから。もともと動物に対して特別な感情を湧かせる可能性は低い。このまま傍にいても、有効な絆を結べそうにない。
(「ならば。仕方ありません」)
印象の悪さで絆を狙うのも考慮していた茉莉は、すぐに行動に移す。
ぱりっ、ぽりっ。
葉が巻き始めたキャベツの一個にかじりつく。
「ん――あ、これ! これはお前の餌じゃないよ!」
音に気付いて、おばあさんは声を上げ。茉莉はやるならやり切るの精神で。もう一個、キャベツをぱりっ。
怒るおばあさん。近場にいたボランティア班も、何事ですかとキャンプ班に加勢する形で合流。
(「茉莉さん」)
(「ごめん!」)
視線で謝りながら茉莉の逃げ道確保しつつ、体面は兎を追っ払う姿勢。
どったんばったん、兎追いしこの畑状態。
「今まで兎にキャベツやられたことはなかったんだけどねぇ……」
首を捻っているおばあさんの傍ら、
「そういえば、庭に猫いましたよね」
死愚魔が猫達の話を振ってみる。
「飼い猫がいつも追っ払っていたんじゃないんですか?」
「え、猫?」
「おばあちゃんの猫だよね?」
「むい。一緒に可愛がっていたんじゃないの?」
「……可愛がっていたよ。いたんだけど……」
朝嘉とエステルにそう言われて、この事態のおかしさを、再認識したようだった。
まほろの目には、おばあさんは疲れや病気疑っているように見受けられるが――けれど、呪術的な力で奪われている絆。おばあさんがどんなに努力しようとも、頭にぺったりと張り付いているベヘリタスの卵が消え去らない限り、糧とされたものは蘇らない。
「気が乗らない時は誰にでもあるからねえ」
それはおばあさんのせいじゃないよ。ハレルヤは笑顔浮かべ、
「またいつもの様に可愛がれるよお」
昼のサイレンが遠くに聞こえる。
七人はおばあさんの家で昼食をとることに。
仏間から、ゆらりと線香の匂い。
当たり前の様にお昼を仏壇に供えるおばあさんの傍らで、手を合わせているセレスの姿があった。
●
窓からの灯も消える時間。星も隠れた空、闇は深く。
静かに雨戸を開けば、ぼうっと闇に浮かぶ、紫と黒の気持ち悪い卵。それは小刻みに震え、羽化の時を迎えていて。
気味の悪い音を立てながら、卵に亀裂が入る。そして、空にも光の亀裂が走り――割れた様に雨がばらばらと降り始める中、血色の口をカッと開きながら、手にした形の性能をまるで確かめる様に、雨戸をぶち壊し、空に躍り出るベヘリタス。
「沈め給え――」
「にゃんこをお願いします!」
これだけの騒動。目を覚ましたおばあさんの、詰まった様な悲鳴。即座にまほろが魂鎮めの風を家屋へ流し、レキはいろはと治胡に猫達の避難をお願い。
まるで、おばあさんの縁すら破壊し尽くすかのように、庭を動きまわるベヘリタスの眼前へと、茉莉は怖れなく滑りこむ。
「その姿は、絆の形を模したものでしょうか……? 悪趣味が過ぎますね」
彼女が縛霊手を振るうより早く。ベヘリタスの鋭い前足が、退けと言わんばかりに閃いた。
鮮血弾く、紫紺の袂。綾奈がそれをせき止めながら、
「お婆さんにも、猫達にも、大切な絆があったのに、それを勝手に奪うなんて!」
茉莉の縛霊撃が腱に傷を浮かせ、追う様に振るわれた雷の拳。
弾ける閃光。
闇が潰れた瞬間を手堅く狙う銀翼。
「絆は返してもらう」
セレスのツグルンデが、脇腹をねじる様に抉って。
上手く地を掴みながら持ち直し、ベヘリタスは全身で練り上げたどす黒い気をぶちかます。
しかし巨大な砲弾でありながらも、身を盾にしたハレルヤに、見た目ほどのダメージは無いように見受けられた。
やはり、おばあさんがこちらに抱く感情の強さそのものが、ベヘリタスにモロに影響しているようだ。
おじいさんの仏壇に線香をあげたセレスは、特に強い。
茉莉の兎で接触するアイデアは、間違いなく小動物好きの人間には功を奏したはずなのだが、おばあさんに対しては僅かな感情しか結べなかったことが、とても悔しいところ。
けれど、畑仕事の邪魔をすることによって、他の七人の絆を強く結ぶ、一つのきっかけになったことも事実。
「回復は任せてくださいっ!」
レキは癒しの矢を打って。絆を持つ人の攻撃が滞らない様に。後押し受けながら、ハレルヤは鋭利な刃物を具現化させて。
「卵から生まれた猫ちゃんは、切り取っても残らないだろうけど……」
それでもコレクションにしたくなる。切断するのは、四肢に模様のように浮かぶクラブのマーク。
鋭い切り込みに似合わない、ふんわりした旋律流れ。しかし絶妙なタイミングで打ち込まれた、エステルのソニックビート。弾ける鮮華は、紅薔薇。
「むい、おふとんもがんばるの」
「わんっ!」
エステルへ元気に応えながら、霊犬・おふとんは除霊眼を輝かせ。今しがたぶちまけられた毒を払いのける。
「大切なものを10分で取り戻せるなら!」
「このような所業、絶対に許せません」
綾奈とまほろは、カミの風を呼び寄せて。左右からうねりながら奔る風の牙、ベヘリタスの背に深々と食い込んだ。
荒々しげに振り払いながら、泥を跳ねあげつつ飛び上がる。
鋭い爪が、茉莉の足に食い込んだ。
追撃の前足が、その足を千切り取らんばかりに振るわれるものの。死愚魔が影をけしかけ、そして齧り付く様に伸びた髑髏。
体勢崩したのは、ベヘリタスも一緒だ。
着地頼りない姿勢の茉莉を支える様に飛び出す百花は、すぐにおふとんと一緒に回復支援。
ギリギリのところで持ちこたえる茉莉を守る様に。死愚魔とクラブ仲間の翔が手を緩めず攻め込んで。
益々激しくなる雨の中、五本の指骨が闇抉る。
カッと開いた猫の顎。猛毒の砲弾を遮る綾奈と、攻めるまほろの鬼神の爪。
灰色の化け猫は忌々しげな声をあげた。
「あと二分だ」
残り少ない時を周知させ、危機感を同じくさせるセレスの言葉をあざ笑うかのように。シャーと猫が威嚇する様な奇声をあげれば、クラブのマークが何処からともなく集まり、削られた体を埋めてゆく。
ベヘリタスも、ソウルボードへと逃げ込める力を得る瞬間までの時間稼ぎに乗り出したようだ。
「この「力」が、救いとなるならば」
カミの風がまほろのその掌に集まって。振るえば奔る衝撃に、地に這う水が逆巻いた。
その水飛沫の勢いに乗ったかのように、高く跳躍した茉莉は、サポートの流希と純也の援護に合わせて縛霊手を振り下ろす。
衝撃に砕けたベヘリタスの肩だったが、再びクラブのマークを呼び寄せられて修復されてしまう。
「うー、もういい加減にするのです、変な虫みたいなのはポイしておしまいなのです~」
「往生際が悪いな」
姑息な手段に出たベヘリタスに、エステルは口を尖らせながらオーラの塊放り投げ。べったりと張り付く髪や服も気にせずに、死愚魔は毒の弾丸を射出する。
セレスは、防御を捨てて、刺し違えるのも辞さない。それくらいの気構えで。ベヘリタスへと突進。
「例え亡くなった人であろうとも。きっと覚えている限り絆とかそういう何かは残り続けるもの――」
稲光を弾く銀翼と。
「キミを、頂戴」
煌々と映す金瞳と。
仮面は咆哮をあげながら迎え撃つ。
セレスとハレルヤが同時に空を駆け、二つの斬撃が漣の様にうねる。
ぶつかる狂気と狂気。
雨足強くなる世界に、鮮血と飛沫が弧を描く。
前足が南北に吹き飛んで。
「猫とおばあちゃんの絆ってわけじゃないんだから! そこにはおじいちゃんとの大切な思い出も一緒にあるんだから!」
体勢が完全に崩れたベヘリタスの懐へ、朝嘉は飛び込んだ。
奪わせない。
たったひとつの気持だけを込めて、低い姿勢から放つ。
「終わりだよ!」
バベルブレイカーから吐き出された杭が、カッと開かれた血色の口内へと吸い込まれ。
骨を砕く様な鈍い音。
仮面が割れる高い音。
絶叫に飲まれる様に、崩れゆくベヘリタス。
かわりに返ってゆくものが一つ。
そこに係わった人、全てにも繋がっている、とっても複雑なもの。
それはもしかしたら、歴史と呼べるかもしれない、大事なもの。
おばあさんと猫との絆。
●
戦闘を終えて、眠っているはずのおばあさんの様子を見に行けば。遮断していなかった激しい戦闘音に、再び意識を取り戻してしまっていたのだろう。
おばあさんは顔を覆って泣いていた。
「化けて出たんだ……」
嗚咽漏らしながら、絞り出すように。
「シロとクロが……」
屋根を叩く音が、未だ雨が降っていることを教えてくれる。
だから。外に追い出してしまった自分のせいで、猫は死んだのだと思ったのだ。
「取り返しのつかない事をしてしまったんだよ……」
きっと。おじいさんが死んだときと同じくらい、わんわんと泣くおばあさん。灼滅者がそこにいる理由よりも何よりも、猫達の事でいっぱいだった。
「泣かないでください」
「ほら、行きなさい」
綾奈はすぐさまおばあさんの元へ駆け、茉莉は抱いていた二匹を解放する。
長らく我慢していた気持そのままに、猫達はおばあさんにぐりぐりすり寄って。おばあさんも感情のまま抱きしめる。
「ごめんよ。ごめんよ……」
何がどうなっているのか。様々な疑問が浮かぶけれど。
世の中には深く知らなくていいことがあると、おばあさんは知っている。
「元に戻って万々歳なの~」
よしよしと、エステルは二匹をなでもふ。
「ありがとう。本当にありがとねぇ……」
遊んだ後は、夢の中。
眠ったおばあさんの隣、暗闇の中目を光らせて、帰ってゆく灼滅者へすんすんと鼻を鳴らしているシロとクロ。
「大切な絆、これからも末長く……」
「達者でねー」
明日の朝には、奪われる前と何一つ変わらない日常が戻っているから。まほろと朝嘉は、微笑みながら手を振って。
雨降って、地固まる。
逆にこの悪夢が、益々の絆となって、繋がってゆく様に――。
作者:那珂川未来 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年6月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 14/キャラが大事にされていた 0
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