武蔵坂学園の修学旅行は、毎年6月に行われる。
今年の行き先は昨年同様沖縄で、日程は6月24日から27日までの4日間。
この日程で対象学年である小6・中2・高2の生徒、そして大学に進学したばかりの大学1年生が親睦旅行という名目で、同じ日程・スケジュールで一斉に旅立つ。
沖縄そばを食べたり、美ら海水族館を観光したり、マリンスポーツや沖縄離島巡り。南国沖縄ならではの、そして気のおけない仲間との楽しみが待っているはずだ。
●修学旅行2014~宮古島バーズアイ
那覇空港から飛行機で一時間ほど、『沖縄で最も海が澄んでいる』と評判の宮古島に到着する。山や川がなく海へ土砂が流れ込まない地形のため、透明度が非常に高いのだ。
「東洋一美しい砂浜、ってどんなものなのか気にならない?」
港町の出身とあって興味があるらしく、成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)は修学旅行のしおりの三日目の項を開いた。
――与那覇前浜(よなはまえはま)。
宮古島の中でも、屈指の美(ちゅ)ら海ビーチとして名高い場所だ。
そこは見渡すかぎりパウダーサンドの白浜が続き、淡い青色から深いマリンブルーへと見事なグラデーションを作る海がひろがる。東洋一美しい砂浜、の賛辞も頷けるだろう。
普通に砂浜で水遊び……でも楽しいはずだが、この機会にマリンアクティビティを体験しない手はない。
「パラセーリングで、空から海を眺められる。必要な免許もないし、さくっと普段着で楽しめるから最近人気らしくて」
海上を疾走するモーターボート上でパラシュートを開き、そこにハーネスから連結したフックをかけ凧のように空へ舞い上がるのがパラセーリングだ。高度はおよそ海面から50mほどだが、どういうわけか高所恐怖症な人でも意外と平気、という感想が多いのが不思議な所である。
「もし高い場所がダメでも飛行機が平気なら問題ない……って、宮古島に来ているって時点で心配いらないのか、この場合」
たった今気がついた、といった風情で樹が呟いた。
モーターボートでパラシュートを牽引するため、バッグや帽子など風で飛んでしまうものは船に預けられる。また、波をかぶる可能性もあるので、普段着可とは言っても濡れてもかまわない軽装が望ましいだろう。
また飛行時間は10分ほどで、一人乗りか二人乗りとなる。降りる時もワイヤーを伝ってゆっくりボートの上へ降りるので、その点も心配ない。
「あと、残念だけどサーヴァントは留守番ってことで。インストラクターの人を驚かせても仕方ないから」
上空からの与那覇前浜と宮古島ブルーの海はもちろん、1.5km先の沖合に浮かぶ来間島(くりまじま)、そこと宮古島をつなげる来間大橋(くりまおおはし)も見どころの一つだ。
「運が良ければ、空からウミガメやエイが泳いでいる所を見られるかもしれないね」
低すぎる船の上からでも、高すぎる飛行機からでもない。いわゆる鳥の視点、バーズアイで海上を飛ぶのは、きっと爽快なこと間違いない。
●あの波より遠くまで
高々とエンジン音を響かせて波間を切るモーターボート、空は文句のつけようがない快晴。
雲一つない青空の下、宮古島は与那覇前浜の沖合を行く数台のボートに分乗した律らは、吹き付ける風に目を細めつつ透明度の高い海を眺めていた。
「りっちゃん見て見て、魚!」
船上からの眺めですらかなりハイテンションになっている義妹のゆまに、律は思わず目元を覆う。
「ゆまが鳥になりたいとか訳わかんない事言ってたからついてきたケド……本当に平気か?」
「どうなんだろう、恐いのかな? でも、鳥さんの視点って見てみたいな」
あっけらかんと答える義妹の笑顔が何だか心から楽しそうなので、律はあまり深く考えないことにする。
「あれ? もしかして成宮さんお一人ですか? りっちゃん、成宮さんと一緒に飛ぶ?」
「……は?」
突然ゆまの斜め上発言に巻き込まれた樹のおそろしく微妙な顔。
それを横目に眺めつつ、レインは愛用の帽子と、ビハインドを封じた大切なスレイヤーカードを船のセーフティボックスへしまいこんだ。
……兄さんの分も楽しんでくるよ。
風に煽られる長い黒髪を押さえ、胸の中でビハインドに呟く。その背後では樹を巻き込んだ律・ゆま兄妹の珍問答が続いていた。
「あのねー……男二人でパラセーリングって、何が楽しいのよ。一部の妙な趣味の女子は喜ぶかもしんないけどっ」
律の言う『一部の妙な趣味』が何たるか理解できなかったゆまを、少し離れた船首側に悠月と座っていたセトラスフィーノがどこか遠い目で見守る。いわゆるその一部の妙な趣味な話題で少し前に同じ人物を弄りました、なんて言えない。色々と。
「そっちの趣味は全くないので予定通り兄妹でどうぞ」
ハイいってらっしゃい、とばかりにパラシュートへ連結されたフックを用意して待っていたインストラクターへ、樹が律ゆま兄妹の背中を押し出した。
ライフジャケットの下のハーネスへフックを繋ぐと、ワイヤーのブレーキが引かれる。急激に後方へと引っ張り上げられる感覚に続き、上昇を続けたエレベーターが止まる瞬間のような浮遊感。
「すごいすごい、綺麗……! 砂浜が白で海が碧色なんて初めてかも! 海の中まで見えるよ、りっちゃん!」
「ゆま! 綺麗は解ったから暴れるなって!」
……何かあっちのボートは賑やかだな、とうさぎパーカーの耳を風に流しつつファイアは隣の遠野を眺めやる。
「私も色々やってきたつもりだけど、こんな風に飛んだことって流石にないからワクワクだよ! ファイアちゃんは高いとことかどう?」
「飛ぶのはTVゲームではよくやったけどね。実際に飛ぶのはファイアもはじめてかも?」
でも高いところって好き! と屈託のない笑顔を見せるファイアに、遠野はノープロブレムだねと首肯した。
そうこれは夏限定イベント、南国での探索ゲーム。楽しまなきゃ損というものだ。ゲームはいつもファイアの心を踊らせる。
「よしっ、行こう!」
おねがいしまーす、と準備ができたことを告げれば、ボート後部に設置されたウインチから勢いよくワイヤーが吐き出されていく。
「わ……、わ、わあああああああ!! あはははははは!!」
「わああああああ! すごいすごい! これ、興奮ゲージ想定以上カモ!」
全身で風を切る感覚、どこまでもどこまでも続く、あおい海原とまぶしい空につい声が出た。顔を上げれば与那覇前浜よりもさらに北、ラムサール条約にも登録された与那覇湾らしきペイルトーンの浅瀬が見える。
「飛んでる、飛んでるよ!! うわあああぁああい!」
「ふ、ふふふ、ファイアのMP(もっと乗りたいポイント)を此処まであげる乗り物は久々!」
太陽が波を反射していて、海面が細かな鏡を浮かべたように輝いて見えた。飛行機ほど高すぎず、しかし船ほど低すぎもせず。海が思っていたよりも近い、でも遠くが見えないほど低くもない。
その高さは自由に空を行く鳥の視線。耳元で唸りを上げる風音に負けないよう、ファイアが声を張り上げる。
「遠野ちゃあん! あれ、あれカメじゃない!? 違うー!?」
「えっ、カメどこカメ……おー、ほんとだー!」
陽光に輝く青いガラス板を敷き詰めたような海面の下、ゆったりと大きな鰭をなびかせてウミガメが泳いでいた。
ボートは大きく弧を描いて一度方向転換し、今度は左に砂浜を見る方向で律・ゆま兄妹と交替したアグニスとヴォルフは銀鱗をひらめかせるバラクーダの群れと遭遇した。
「アグニ、魚がいる!」
「えっ魚? どこー!?」
宮古島の中でも他と比べて珊瑚礁の面積が少ない与那覇前浜はあまり生き物が多くないはずだが、バラクーダの群れはどこかへ向かっての移動中らしい。
紺碧の色をした、比較的深そうに見える場所ではなくブルーグリーンの浅い部分を選んで島沿いに南へ移動しているようだ。自然、進行方向が同じなので追いかける形になる。
「えーどこ、見えな……」
「もっと左手前。緑の浅い所……ほら光った!」
ヴォルフが指さす波間できらめいた銀鱗に、思わずアグニスは歓声を上げた。
「本当、ヴォルってこういうの見つけるの上手いよねー……」
「確かに景色の変化を探すのは得意だな」
水面に落としていた視線を上げれば、宮古島と来間大橋でつながれた来間島の島影、豊かな緑をたたえたそこを車が行き交うのが見える。
「誰か知らないけど手振ってる! おーい!!」
小山のように少し高くなっている大橋の真ん中あたりでは、家族連れだろうか、ワンボックスのサンルーフをあけてどこかの知らない誰かが手を振っていた。
そのテンションのまま、アグニスはついでとばかりにボートの樹にも手を振ってみる。すぐに気がついて振り返してきたことに満足し、シャツいっぱいにはらむ風を楽しむことに集中した。
魔法使いが空を飛べることに長年憧れてきた身としても、こうして心地よい風に乗り鳥の見るものを満喫できることは嬉しい。幾多の地を知るヴォルフでも、やはり飛ぶための手段を持たない以上はきっとこんな機会はなかったはずだ。
●藍より青く
「すごい、すごいです純也くん、あおいですよ」
……すごい青とは何だ、と隣で華やいだ声をあげる昭子に内心ツッコみたいが、純也はそれをぎりぎりで呑み込んだ。青は青じゃないのか。
「あおだけで何種類あるのでしょう。まだ名前のない色だってあるのかも――」
波打ち際に近く浅い部分は、青磁に似たペイルブルー。
ターコイズも瑠璃もサファイアも、青は青。晴れ渡った夜空の色も、深さを別にすればあれも青と言えるだろう。
「もしあの色に名が無かったとすれば」
ふと思いつき、純也は細かな波飛沫にまぎれる高明度の青さを指差してみた。先ほどファイアと遠野がウミガメを見つけたと言っていたポイントの近く、あれは何色かと尋ねられたらやはり青だと答えるだろう、きららかな青。
「其方は、何と呼ぶ」
ソリッドなシアンとも、わずかに温度を感じそうなパウダーブルーとも違う。
やや思案顔になった昭子は、ほんの少しだけ口角を上げるような言い方で純也に呟いた。風切り音が耳元で聞こえているというのに、ひそやかなおだやかな声がその流れにさらわれないのが不思議でもある。
「かたちにしなくてもそこにあります」
名前がなければそのままに。
知りたいのと同じくらい、そのままにしたいものもあるのだ、とどこか事も無げに告げた昭子の横顔から純也はしばらく目を離せないでいた。
……定まらない事をも良しとする傾向の把握は、難しい。
「わ、わ、影です足元、足元ですよ。さかなでしょうか、おおきいです」
感嘆したような声音にふと溜息を漏らし、楽しいか、と尋ねてみる。即答に近かった気がした。
「はい、とてもとても、たのしいです」
純也くんはどうでしょう、と続いた問いに純也はいつも通りの淡々とした物言いと仏頂面で答えた。感心している、と。
「すごく楽しかったー! また色んなところで飛んでみたいな、楽しいこと、共有するのっていいことだし」
「アグニの昔からの口癖だったな、それ」
たいそうご満悦なアグニスに苦笑して、ヴォルフは次の順番待ちをしていたセトラスフィーノと悠月に場所を譲る。
ハーネスのベルトを引くセトラスフィーノの表情がやや硬いことに気付いた悠月は、手でも握ってやろうかと小声で尋ねてみた。
「……うぅん、ちょっとドキドキするかな……爽快感は凄そうだけど」
いつも通り、落ち着き払った様子の悠月にセトラスフィーノは密かに溜息をつく。比べた所でどうなるわけでもないのだが、やっぱり自分よりも大人だなあ、と思ってしまうのだ。
何やら浮かぬ顔がなかなか晴れてくれないので、悠月は一計講じてみる。
「そういえば身長制限は大丈夫なのだろうか? 成宮殿はどう思う?」
「あ、そっか、身長制限……って、わたしそこまでちっちゃくないよ!?」
「何でその話題でこっちに振るかな」
割と突然の無茶振りだが樹とアグニス含めた四名は同じクラスという間柄なので、実は身長の話題は彼等の場合色々な意味で『お約束』だ。
「だ、大体わたしの方が悠月ちゃんより大きいもん! そうだよね、成宮くんっ?」
樹へ助けを求めたセトラスフィーノに、何やらアグニスが笑っている。
「委員長、データ取ってたよね。実はどっちが背高いかはわかってるんじゃない?」
「エクスブレインは灼滅者には嘘を言わないものなので」
「えー、ほとんど変わらないのにー!」
ぷーっと頬を膨らませて拗ねてしまったセトラスフィーノの頭を、悠月が少し微笑みながら撫でてやる。彼女が悠月を大人っぽいと思っているように、悠月もまた彼女を表情豊かで可愛いと思っているのだ。
悠月の狙い通りだったかどうかは定かではないが、少し緊張も紛れたらしいセトラスフィーノが元気よく、いってきまーすと両手を振る。
少し離れた所でパラシュートがボートの方へゆっくり降りていったのとは逆、海を走る風を受けて大空へと一直線に舞い上がった。
「うわぁ……すごいっ! ほんとに飛んでるみたい!!」
「本当に空を飛んでいるようで気持ちが良いな」
見回せば、そこは沖に向かって深さを増すごとに、珊瑚礁が広がるごとに、これがあの東京湾とつながっている同じ海なのかと疑うほどの多様な青さを見せる南国の海。それが視界いっぱいに、そして果てしなく広がっていた。
●空と海がとける場所
「おお、飛んどる飛んどる」
淡々と、いや相当ガタイのいい真顔男子二人が真顔のままパラセーリングというこの状況は絵的に色々と、そう色々と壮絶なものがある。
何かこう、どうかしたらパラシュートを牽引するワイヤーが切れてしまい、一方がファイトおぉぉおと叫んだあとにもう一方が合いの手を入れて危機を脱するとかしないとか、そういう滋養強壮ドリンク的なシーンが想像できそうだ。
かなりの強風と聞いていた事もあり、ぬかりなく準備してきた度入りのゴーグルを押さえて英雄が呻く。
「これは……、予想外に勢いが……」
「押さえとかんと飛ばされるで。ぼっけぇ綺麗じゃ」
生真面目そうな顔して度入りのゴーグルとか海を満喫する気満々か、と廉三は考えているものの完璧すぎる鉄面皮のせいで表情は何一つ動いていない。
「空へ上がってしまえば、とても気持ちが良いですね」
「沖縄と言やぁ海も見どころの一つじゃろうけん、堪能しとかんとな。瀬戸内の海もええとこじゃけど沖縄の海もええなぁ」
「海も空も風も、心地良いです」
浅瀬にひらりと濃灰色の影が見えて英雄が注視していると、エイが一匹ゆっくりと沖へ向かっている。エメラルドからティールグリーンへと色の深みを増す水面の下、ひらひらと両袖をなびかせるように。
大きさからして明らかにマンタではないが、鞭のように尾をしならせて弧を描き、するりするりと徐々に速度を上げていく。
そのままじっとエイの行方を見つめていた英雄に、なんならぁ、と廉三が声をかけてきた。
「あそこにエイがいます」
「エイ? ……ああ、あの黒いのか。行くあてでもあるんかのう」
緑がかった色からコバルトブルーへと急激に色を変えた沖合へ、ひらりひらり、両袖をはためかせて泳ぎ去って行くエイを見送る。
いつもの帽子がないせいか多少心許ない気がするが、準備ができた旨をレインは目礼でインストラクターに伝えた。大きな風鳴りの音と、ワイヤーが空気を切り裂く音に思わず瞼が降りる。
そっと目を開けば、そこから見えるものは鳥の視界。
眼下の海はもちろんのこと、目の前の空もいつもと違った様相を見せている。……鳥の視線とは人とこんなにも違っているものなのか、と圧倒される思いだった。
後方へと強く引かれる身体を無理矢理ひねり、遠く取り残してきた背後を振り返る。きれぎれに白く、細い波が見えた。
ゆっくりと落ちているような、それでいてぐいぐいと下から何かに押し上げられているような、何とも言えない不思議な感覚。鳥は翼や尾羽の角度で巧みに気流をとらえ自在に飛ぶらしいが、今レインの両腕に翼はない。それでも。
雲一つないまぶしい青空と、どこまでもどこまでも広がる海。
うつくしい浜辺を絶え間なく洗う波。象牙色の砂浜に寄せては返すペイルブルー、そこから一段深くなった海は光の加減でアクアグリーンからセルリアンブルー、ある時はさらにコバルトへと色を深め様々に色を変え、見飽きることがない。
同じ『青』なのに決してとけあう事のない、海と空。その決して相容れることのない、ごくわずかな狭間に今レインはいる。
……ああ、と声にならない声が喉の奥でかき消えた。
たくさんの、様々な視線。皆、それぞれ違う視線をもって世界を見ていることに思い至る。
同じ季節と同じ時間、同じ景色を埋めあいながらそれでも異なるその視線。吸い込まれそうに高い空。どこまでも落ちていけそうな深さの色をした海。
これをどんな言葉で伝えようか、どんな気持ちで伝えようか。
「――」
きっとどれほど言葉を尽くしたとしても伝えきれないかもしれない、そんな気がした。
作者:佐伯都 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
|
種類:
公開:2014年6月26日
難度:簡単
参加:13人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 4
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|