●享楽
「ふふ、そんなに嬉しいの?」
女は、捕らえた少年の足の甲目掛け、ダーツの様にナイフを投げた。
ドス、と重い音と同時に上がるのは当然激痛への悲鳴。しかし女は、長い金髪を払うと恍惚とした瞳で少年を見つめる。
「私も嬉しいわ、そんなに喜んでくれて。でもそろそろ声がかすれていてよ? 貴方とても素敵な声で啼いてくれたのに……残念ね」
すっと白い手が少年の頬に触れる。ひやりとした感触が優しく少年の顎を高く持ち上げて――間も無く、女は空いた首筋に噛み付いた。
「ひっ……!」
ぞくり。痛みだけでなく、末梢から体がどんどん熱を失って行くのを少年は感じていた。
そのまま失血が進み意識が途切れても、女はその首から唇を離そうとはしなかった。
「……ンもう。どんなに好い声で啼いても、あっという間に駄目になるわね。つまらないわ」
血を吸い尽くし、牙が息絶えた少年の首筋を離れると――先の優しい所作が嘘の様に、女はこと切れた体を乱雑に突き放す。
「次の獲物を狩らなくちゃ……素敵な声で啼く、とっておきの獲物をね」
ぺろりと唇を舐めれば甘い血の味。芳しいその香りに、女は深く微笑んだ。
●歓喜の悲鳴
「灼滅をお願いしたいのは、ソフィーというヴァンパイアよ」
いつになく強い口調と眼差しで、唯月・姫凜(高校生エクスブレイン・dn0070)は灼滅者達へ切り出した。
「行方不明のロシアンタイガーを探して、ヴァンパイアが動いてる。既にいくつかヴァンパイアを灼滅した報告も届いているけど――その動きは、まだ終息していないわ」
爵位級ヴァンパイアの奴隷として力を奪われていたヴァンパイア。今回姫凜が全能計算域の中に見出したソフィーも、どうやらその1人であるらしい。
奴隷からの解放と引き換えにロシアンタイガーの単独捜索を請け負ったソフィーは、先ずは捜索もそこそこに、快楽得るに自由な身を存分に謳歌しているという。
大好きな――血と人の悲鳴に酔いしれる毎日を。
「ソフィーは、悲鳴を好むの。街で良い声の人を見つけては連れ帰って傷つけて悲鳴を愉しむ、そんな行為を繰り返してる」
獲物は1度に1人。幾度も幾度も死に至らぬ傷を刻み、獲物のあげる恐怖や痛みの声に酔う。
やがて望む様な声が出なくなったら息絶えるまで吸血し、次の獲物を探しに行く、という――それは人を虐げることなど何とも思わないダークネスの、非道なる遊び。
「ソフィーは或る洋館に潜伏してるの。あなた達が到着する頃、ソフィーは獲物にした男の子の生き血を吸ってる。悔しいけど、血を流し過ぎていてその子は救けられない――でも、だからこそせめてその瞬間をチャンスにして頂戴。これ以上、犠牲者を出さないために」
吸血中のソフィーは無防備だ。部屋に1つしか無い扉に背を向け恍惚と瞳を閉じるその時が、攻撃の最大の好機だと姫凜は語る。
「油断は決して出来ない相手よ。正直、戦闘を長引かせるのは得策じゃない。だから、1人の回復も要らないこの初撃の段階で、出来るだけダメージを与えて」
ソフィーは灼滅者で言うダンピールのサイキックと、解体ナイフのサイキックを使用する。クラッシャーのポジション効果も考えれば、その攻撃は侮れるものでは決して無い。
そして、プライドが高いこの女は、追い詰められたとしても恐らく自分から戦闘を放棄したりはしないだろう。
「到底逃げそうに無い敵だからこそ、敗北すればあなた達が危険なの」
その強さ。危険性。そして、救えない命も――全てを知るからこそ、姫凜は敢えて強く語る。
「でもね、あなた達なら……あなた達だからこそ、灼滅出来るって信じてる」
無事で、と。最後の言葉は力強い笑みを湛えて、信置く灼滅者へと送られた。
参加者 | |
---|---|
十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576) |
アイティア・ゲファリヒト(見習いシスター・d03354) |
姫切・赤音(紅爍・d03512) |
マリア・スズキ(悪魔殺し・d03944) |
渡世・侑緒(ソムニウム・d09184) |
柊・司(灰青の月・d12782) |
セレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444) |
客人・塞(荒覇吐・d20320) |
●葛藤
「ああああああ!!」
人無き家の静寂を、絶叫が駆け抜ける。
(「このような非道な行為は許せません……!」)
耐えかねて、セレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444)は俯くと、強く紫紺の瞳を閉ざした。
傍らでは、姫切・赤音(紅爍・d03512)が今は潜めと息を殺す。しかし、目前の扉1枚隔てた向こうの惨劇を――知っているから吐き捨てた。
「……これほどに胸糞悪い依頼も、なかなか無いかもしれませんね」
今生きて轟くこの悲鳴を、見殺しに――しなければ、勝てないのかと。
思い募ればその不快もさらに極まり、ポケットの中で握る拳がぎり、と音を立てた。
「――ッとに、バベルの鎖ってのはゴキゲンなモンで」
赤音の皮肉めいた呟きに、柊・司(灰青の月・d12782)は蒼氷の瞳を静かに伏せる。
(「悔しいですよ。……出来れば助けたかったです」)
1つの命と引き換えに、灼滅者達が得る好機――望んだ結果である筈も無く、助けられない自分が情けなくて、口惜しい。
しかし、だからと言って俯くことは許されない。惨劇の主は何としても今日、この手で灼滅するのだ。
(「この貴重な、本当に大切な一手。絶対に無駄にするわけにはいかない……!」)
解っているから、杖握るアイティア・ゲファリヒト(見習いシスター・d03354)の手にも自然、力が籠もった。
「嬉しいわ。そんなに喜んでくれて。でもそろそろ声がかすれていてよ?」
やがて響いた予知情報の通りの文言に、十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)の蒼玉が、薄く冷たく闇に光った。
「……ったく、躾のなってない獣ってホント厄介」
声の主こそ、ヴァンパイア・ソフィー――部屋の中から微かに衣擦れの音が聞こえれば、狭霧の瞳は更にその鋭さを増した。
「素敵な声で啼いてくれたのに……残念ね……」
少しも残念そうで無い笑み含んだ声が、語尾を僅かにくぐもらせた。
――瞬間。
「残念だったな吸血鬼」
低く静かな声と、錫杖の清浄な音が響き渡る。杖の一突きで扉を破り、渡った声は客人・塞(荒覇吐・d20320)だ。
「お前が手にするのは自由じゃない……報いだ」
「はい不意討ち失礼しますよーっと」
振り向かれるより速く、狭霧の『華葬』が女の両手を絡め取る。跳ねた金髪の隙間から、女の白肌を彩る首輪と、青白い少年に喰らいつく牙が見えた。
「無理矢理だったり死ぬまで吸血はダメです!」
渡世・侑緒(ソムニウム・d09184)のバベルブレイカーが、声に応えて高速回転する。脇腹を穿った瞬間、『緋祷』の駆動で上方へと跳んだ赤音は女の肩に重力乗せた蹴りを落とした。
「がッ……!?」
少年から、女の牙が離れる。もっと離れろとばかり、塞とアイティアは女の頚部に流星煌く跳び蹴りを叩き込んだ。
「――あァ!!」
女の体は高く飛び、部屋の壁へ強く体を打ち付ける。
埃っぽい部屋に立ち込める煙の中――一斉猛襲の後ナイフを一度納めた修道服の少女、マリア・スズキ(悪魔殺し・d03944)が1人、立っていた。
「……眠る人が、いる。吠えるな、化物」
一言呟き、霊犬が取り返した少年の体を部屋の片隅に横たえると、マリアは右手でそっと少年の両瞼に触れた。
「……、……」
微かに揺れる少年の唇からの言葉は、音にならない。ただ冷たい肌の上を一筋、熱帯びた涙が伝った。
苦痛と無念。饒舌に思いを語る少年の涙に、感じる思いはあったのか。マリアの表情は静寂泰然として心覗えぬまま、祈る様に瞳を閉じる。
吹き抜ける魂鎮めの風の中――少年は静かに息を引き取った。
「……助けられなかったのは悔やまれます」
感情を押し殺す様に、セレスティは語る。
手には女に叩きつけたバベルブレイカー。視線は真直ぐ、立ち上がる女を見据えて悲しく煌く。
「これ以上の犠牲者を出さないように、ここで倒してしまわないといけませんね」
直後――女は歪んだ笑みを浮かべて、血塗られたナイフの呪いを毒風に変え解き放った。
「……出来るかしら、貴女達に!」
烈風が、灼滅者を襲う――長い戦いの、これが幕開けだった。
●壁
マリアの齎す夜霧が、前列一斉、身を削る毒を浄化する。
「……悔しいもんだな」
軽くなった体で巨大な鬼腕を薙ぐ様に振るい、塞は寡黙な口を開いた。
「目の前で一般人が殺されるってのに、見守ることしか出来ないってのは」
拳打は横にかわした女の頬を掠め、紅い粒が空を舞う。しかし笑みを崩さぬソフィーは手の甲で頬を拭うと、愛おしそうに手を染む血へとくちづけた。
「うふふ、私は嬉しいわ。断末魔の叫び、お裾分け出来るのですもの」
「……悪趣味」
マリアがぽつり、感情の色無く呟いた。飛び出した霊犬が備える退魔神器から六文銭を射出すると、ドドド! とリズミカルな音に遅れて、女の肩から紅い飛沫が上がる。
「貴女の声も中々素敵よ? 聞かせて頂戴、痛みに上げる歓喜の声を」
マリアを見つめ恍惚とする女の微笑みに、セレスティの背筋がぞくりと冷えた。
(「この笑顔と歪みが、あの子の命を奪ったんですね……」)
還らぬ命と引き換えに、得たのは奇襲と何より灼滅の好機だ。絶対に負けられない――セレスティの瞳に強い光が宿った。
「貰ったこのチャンス、無駄にするわけにはいかないです!」
鼓舞するように宣言し、黒き殺気をソフィーへ向け放出する。それを横目に、アイティアも駆けた。
「自分の欲望のためだけに、人の命を弄ぶ。そんなこと絶対に、……絶対に許すわけにはいかない!」
叩き付ける鬼神変が女の体を後方に押し込めば、完成した鏖殺領域が女の全身を闇に包み、閉じ込める。
「――今です!」
殺気弾け、再び女が姿を現す瞬間狙い、侑緒は力強く床面を蹴った。
ばきん! 侑緒の手の甲に展開された盾が体重と突撃の勢いを乗せ、真横からソフィーを打ち据えた。ぐらり、後方へ態勢崩す紅蓮の瞳が、怒りを宿して侑緒を睨む。
「……1人で随分とゴキゲンですね?」
しかし、他への警戒緩んだソフィーの背後に――赤音がふわりと舞い降りた。
ポケットから手は出さない。ソフィーが振り向いた瞬間に背中からその体を穿ったのは、オーラの腕に据え付けられた超速の杭。
「でも正直、……少しも楽しくねェんですよ!」
白肌から、鮮血が飛び散る――避ける様に赤音が飛び退いたそこに、1人の少年が割り入った。
「繰り返させはしません……此処で貴方を灼滅します!」
夕陽色の杖が、魔力を宿して煌いた。司渾身のフォースブレイクが、ソフィーの傷口に新たな爆発を引き起こす。
「――っこの程度で!」
目をむいた女のナイフが、血色のオーラを纏った。
「私に勝てると思わないで!!」
精神までも切り裂く逆十字。司に迫った斬撃が着弾する直前、空をひらりと華奢な影が過った。
「自制も出来ず、本能でのみ動く――まさに「獣」。闇の貴族が聞いて呆れますよ」
狭霧。守備に配置を変え、片足で射線上へと着地した少年を刹那、鋭い激痛が襲う。
「……っ」
しかし、僅かに寄せた眉根を直ぐに直して、狭霧は前へと跳躍した。
「ああ、隷属されてたもんだから誇りも忘れちゃったとか?」
顔前で止まって、挑発的に笑む。直後打ち込んだシールドバッシュに、ソフィーは再び壁へ向かって吹き飛んだ。
畳み掛けるべく、塞が、セレスティが、女を追って駆けて行く――その背を見つめる狭霧はふと、自身の手に視線を落とした。
――痛みに痺れ、震える手へと。
「……ただの一撃でこれっすか」
戦いの果ては遠い――しかしそんな実感を足止める理由にはせずに、狭霧は再び、駆けた。
●リスク
打ち据える盾に女のナイフが重なり、甲高い音を放つ。
「痛いって泣き喚いてみます?」
不慣れにも放った侑緒の煽り言葉に、女は侑緒を遠くへ弾いて、白々しく微笑んだ。
「私には似合わないわ。でも、貴女は素敵な声を出せそうね?」
穏やかだが冷たい笑顔に、侑緒の頬を嫌な汗が伝う。
(「……強い」)
前へ出た塞は、もう何度目か――『震天動地ニ鳴ル陽炎ノ錫』へ込めた魔力をソフィーの右下腹へと解き放つ。
ドン! と上がる激しい爆煙が捌けた先には女の笑顔。継いだセレスティの炎の蹴りをナイフの斬撃で相殺し微笑む女に、塞は眉根を寄せた。
(「未だ、終わらないか」)
強い相手とは重々承知だ。だからこそ灼滅者達は、猛攻連ねることで早期撃破を目指している。
当然、リスクはある。攻守のバランスで言えば圧倒的に攻撃に偏る今日の灼滅者達の編成は、守り手への負担がかなり大きく、事実防御を請け負う霊犬や狭霧、侑緒の消耗は著しい。
しかし、だからこそ用意したそれを補う為のバッドステータスは機能している。緻密な対策を練った灼滅者達の作戦は、エクスブレインの予知を正しく理解した理に適ったものだ。
ただ、絶えず浮かぶ女の笑顔がその限界を不明瞭にし――果たしてこれで良いのかと、あらぬ疑念を抱かせる。
「――だが」
駆ける足は止めぬまま、塞は後ろを垣間見た。
戦場に横たわりもう動かない少年。或いは、知らずに散った命も――その痛ましさを思えば、塞の体はソフィー灼滅へ向け反射的に動く。
「このいかれたヴァンパイアを倒して、仇は取ってやるからな」
呟けば、再び錫杖が輝いた。
魔力が杖の先へ集う――一方マリアは優しき光の矢をアイティアへ向け弓に番えた。
(「せめて安らかに逝けるよう」)
その瞳は決して、感情の色を宿しはしないけれど。散る命への祈りは仲間に、癒しへと姿を代えて幾度も幾度も降り注ぐ。
貫かれたアイティアの体に、眠れる超感覚が目を覚ました。
「悔い改めろなんていわない……ここで灼滅してあげるよ!」
華奢な両の手にそのオーラを顕現すると、一瞬でソフィーへ詰め寄り、解き放つは光の連打。
「――はッ!」
閃光百裂拳。超感覚を頼りに、急所を狙い幾度も繰り出される連打にソフィーは反応しきれない。
赤音は、自身を選びし聖剣をオーラの手に取り駆け出した。
「……逃さねェ。絶対にだ」
ソフィーの回避の動きは明らかに開戦時より悪い――猛攻受ける姿に察して、赤音の口は微かに笑んだ。
いかに笑顔で居ようとも、重ねた攻めは確実にソフィーを追い詰めているのだ。だから、彼が放った言葉は皮肉。
「……えェ、天下のヴァンパイア様はズイブンとダンスが上手いですね」
剣身が、ゆらりと実体を失った。
「……あぁあああああ!!」
ぼんやりと幻の様に浮かぶ刃は、敵の身体でなく霊魂斬り裂く破邪の剣。血は舞わずとも、額から縦に身体を通過した一閃に、遂にソフィーの口から甲高い悲鳴が上がった。
「……許さないわ、貴方達!」
激昂して、女のナイフが赤黒いオーラを纏う。
禍々しいその色は、これまでに見ない――癒しではなく攻めの一手と確信した司は、単身前へ飛び出した。
「かかって来いよ! 絶対に負けません!!」
それは本音であり、挑発。少しでも前に出て、仲間を守れればと叫んだ言葉にソフィーの視線が司を射抜く。
――しかし、直後現れた小さな影が司を遠く突き飛ばした。
「えっ……」
倒れ行く司の視界に、高く舞った鮮やかな赤が、まるで花びらの様に散る。
「……狙うなら、こっち、です……」
「――渡世さん!!」
ディフェンダー。終始守るべく戦いに挑んだ侑緒の体が、女の一撃で血溜まりの床面へと、落ちた。
●永久の眠りへ
崩れ落ちた侑緒の体を、女は一瞥して嘲笑う。
「っふふ! 少しは啼けばいいのに。可愛くないわ」
ダン! 言うが早いか大きな音を立て、恐るべき速さの影が迫った。
「何てことを……!」
セレスティの紫紺の瞳が、悲しみに歪む。バベルブレイカーで高速回転の突きを喰らわせば、ソフィーはナイフ翳してその体を後方に追い遣った。
そのまま、背後から強い怒り露にアイティアが繰り出した禍の槍を、刃の切っ先で受け留める。
「許さない……絶対に許さない!」
「私だって許すつもりは無いわ。私の愉しみを邪魔した貴女達をね」
交わすアイティアとソフィーの刃が、ギギ、と軋み拮抗する――しかし、体に突然生じた痛みに、ソフィーは腕の力を失った。
「……あ……?」
カラン。乾いた音に、自分がナイフを取り落としたのだと気がつく。
「……ちょっと調子乗り過ぎっすよあんた。そろそろ黙りません?」
左から狭霧の聖剣『星葬』。右には、マリアの解体ナイフ。腹部を同時に貫いた2つの刃に、ソフィーはぐらりと膝折り、そのまま前へと倒れ込む。
戦闘開始から10分超。8人に対して1人で戦い続けたダークネスの体力と火力はやはりかなりのものだったが――それにも遂に、限界が来たのだ。
「随分てこずらせてくれました。……終わりにしましょう」
声は静かに、うつ伏せに倒れる女へ天からひやりと落ちた。
その手は行き場無き思いに震え、総ての魔力を杖の先へと注ぎ込む――司が、そこに立っていた。
(「出来ることだけはしようと心に決めて来た。……解ってる。みんな自分の役割を果たしただけだ」)
でも、口惜しくて腹が立つ――人1人助けられない自分も、倒れた仲間のことも。何もかもを望む様に守るにはまだ足りないと思い知って、ぎり、と強く歯噛みする。
それでも司は強気に笑んだ。
「いつか、本物にするために。何度だって這い上がって、そして証明して見せます!」
無駄な努力など、何1つ無いのだと。光の杖は恐るべき魔力を抱いて、真上から真直ぐに女へと振り下ろされた。
「……そんな……この私が!!」
ドン! と力弾ける音の後に、部屋に上がるは断末魔。
「――なかなかゴキゲンじゃねェですか。あなた自身の歓喜の悲鳴も」
最後に部屋を揺らした悲鳴に、赤音は皮肉げに微笑んだ。
「安らかに、眠ってください……」
セレスティアが整えた少年の遺体は、眠る様に穏やかに瞼を閉じている。
戦闘痕さえ消してしまえば、部屋はありふれた無機質な空間だ。ソフィーの亡骸は断末魔と共に空へと消え、欠片も残らず――今此処には、目覚めた侑緒に肩貸すアイティアの鎮魂の歌が渡るのみ。
「……もしもし」
黙祷を終えたマリアは、電話を手に端的な遺体報告をしている。公的機関に発見されれば、きっと少年の遺体は家族の下へ戻れるだろう――願って、塞は静かに瞳を閉じる。
命救えずとも、せめて――そう在って欲しかった。
「……助けられなくて、ごめんね」
黙祷を終え、呟いた狭霧の隣。佇む赤音はただじっと、動かぬ少年を見つめていた。
(「犠牲者の出ない戦い、なんて、そんな生温い事は言いません。……ですが」)
命奪い合う戦いに、犠牲ありきと解ってはいる――それでも今日の犠牲に感じる、灼ける様な心苦しさは消えなくて。
(「ですがせめて、……祈る程度は」)
だから――心のままに。終始ポケットから出ることの無かった赤音の手は祈りを添えて、顔の前で重なった。
作者:萩 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年6月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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