阿吽欠けて、吼える獣の咆哮は

    作者:波多野志郎

     その山中には、うち捨てられた神社がある。
     いつの頃までここに人が居たのか? そんな正確な記録も失われた昔から、そこに忘れられた神社だ。
    『…………』
     皮肉だったのは、それを最初に見つけたモノだろう。体長は五メートルほど、燃え盛る炎のごとき鬣を持つ獅子のごときイフリートだ。迷い込んだのだろう、イフリートは荒れ果てた境内を見回し、そこに一つの石像を見つけた。
     それは、狛犬だ。神社の番をするように存在する阿吽の二匹、その内の一体だ。もう片方は、見つからない。月日が失わせてしまったのだろう、そんな事を知ってか知らずか、イフリートはその狛犬へと長い尾を一閃した。獅子の尾なら毛があるべき場所には、真紅の刃がある――その斬撃が、狛犬を切り捨てたのだ。
    『グル……』
     喉を鳴らし、イフリートは改めて歩き出す。下へ、下へ、その行き先には――。

    「そのまま、小さな町へとたどり着いてしまうっす。そうなると、大騒動っすよ」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)の表情の厳しさが、そうなった時の惨状を物語っていた。
     今回、翠織が察知したのはダークネス、イフリートの動向だ。
    「本来は山奥をテリトリーにしてたんすけどね、何かの拍子に降りてしまったって感じっす」
     問題は、そのまま麓の小さな町まで降りていってしまう事だ。そうなれば、イフリートは衝動のままに破壊と殺戮を行なう。小さい、と言っても町だ。多くの犠牲者が出てしまうだろう。
    「そうなる前に、食い止めて欲しいんすよ」
     イフリートと接触するのは簡単だ、未来予測に出て来たうち捨てられた神社で待ち構えておけばいい。
    「ただ、不意打ちとかには向こうのバベルの鎖が反応するっす。待ち構えた上での、真正面からの戦闘になるっすね」
     敵はイフリート一体のみ。だが、その実力が問題だ。巨大さに見合った攻撃力と耐久力は、そのまま恐ろしいまでの脅威となるだろう。
    「こっちの利点はチームワークと手数っすね。きっちりと作戦を練った上で挑まないと、返り討ちにあうのはこっちっす」
     神社の境内は荒れてはいるが、動きに支障が出るほどではない。時間も昼間、視界も良好だ――すなわち、敵にとっても戦いやすい環境となっている事を、忘れてはならない。
    「未来予測の優位があってなお、複数で当たって互角なのがダークネスっす。犠牲を出さないよう、ここが踏ん張りどころっすよ」
     翠織はそう真剣に締めくくり、灼滅者達を見送った。


    参加者
    久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168)
    久篠・織兎(糸の輪世継ぎ・d02057)
    深火神・六花(火防女・d04775)
    深海・水花(鮮血の使徒・d20595)
    津島・陽太(ダイヤの原石・d20788)
    クーガー・ヴォイテク(神速のグラサン幹部・d21014)
    綾辻・刻音(ビートリッパー・d22478)
    黒揚羽・柘榴(魔術の蝶は闇を祓う・d25134)

    ■リプレイ


     青い空の下、清涼な空気が駆け抜けていく。久篠・織兎(糸の輪世継ぎ・d02057)は、目の前の寂れた社を見上げて呟いた。
    「使われない神社っていうのももったいないな。こういう場所ってなんかわくわくするけど」
     古ぼけ、人の手から離れていてもここに信仰していた誰かが居た痕跡は、随所に見られた。織兎の言葉に、深呼吸していた津島・陽太(ダイヤの原石・d20788)は、ゆっくりと握っていた手を開く。
    (「緊張していますね」)
     初めての依頼だ、ましてや相手は宿敵であるイフリート――陽太は、視線を森の方へと向けた。
    「こっちへ向かって来ているな」
     サングラスを指先で押し上げ、クーガー・ヴォイテク(神速のグラサン幹部・d21014)が言い捨てる。森では、時折、多くの鳥が逃げ惑うように飛び去る姿が見て取れた。こちらへ向かって来ている気配は、誰もがしていた。
    (「炎神……山の大神と呼応し、我々に炎邪灼滅、成就せしめ賜え……」)
     一心に祈りを捧げていた深火神・六花(火防女・d04775)がその瞳を開く。社の屋根の上へ跳び乗った、一体の炎の獣が更に大きく跳躍したのを見て、パン、と拍手を一つ、六花は解除コードを唱えた。
    「炎神! 輪壊!!」
    「よし、いきます!」
     陽太は炎の軌跡を描く槍を振り払い、縛霊手を頭上へ掲げる。ガシャン、と展開される祭壇により張られた除霊結界の中へと、地響きを轟かせイフリートが着地した。
    『ガ、ア――ッ!?』
    「殺戮・兵装(ゲート・オープン)」
     着物の袖から取り出したカードにそっと口付け、久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168)は身長より長い十文字鎌槍をカードより引き抜く。視線でうなずき合い、綾辻・刻音(ビートリッパー・d22478)はヘッドフォンを外した。
    「行って、倒す、わかりやすいね。わかりやすいの、好き、だよ」
     駆け込んだ刻音が大きく回り込み、撫子が真正面から間合いを詰める。それにイフリートは低く身構えたが――ガクリ、とその体が大きく揺れた。横から回り込んだ刻音が低く滑り込み、手刀で後ろ足を切ったのだ。
    「さて、楽しみましょう」
     振るう十文字鎌槍が、舞い散る桜の花弁の如く火の粉を散らし薙ぎ払われる――それを、イフリートは炎の尾を振るいその中に隠された刃で受け止めた。
    『グルルルルルル――!』
    「まだ手を汚してはいないとはいえ……人を害するのであれば倒すしかありません。神の名の下に、断罪します」
     獅子のごときイフリートが、唸りを上げる。それに深海・水花(鮮血の使徒・d20595)は凛と言ってのけ、その右手をかざした。
    「清浄なる光よ、彼の者に裁きを……!」
     ジャッジメントレイの光条を受け、イフリートは駆ける。黒揚羽・柘榴(魔術の蝶は闇を祓う・d25134)は、赫きキャッツアイ効果の宝石の嵌めこまれた禍々しい指輪が五芒星を描いた。
    「ボクの魔術を見せてやる! 魔力よ、枷となりて戒めよ! 制約の弾丸!!」
     ドン! と五芒星の中心から放たれた魔法弾が、イフリートを捉える。その動きが鈍った瞬間、死角へと潜り込んだ霊犬のシルキィが、イフリートの前足を咥えた刃で切り裂いた。
    「よし!!」
     そこへ、クーガーは炎を宿した浄焔禍狐の拳を叩き込む――が、それをイフリートは敢えて突っ込み、額で受け止めた。一瞬の均衡、ギシリ、と拳を軋ませたクーガーに織兎の声が届く。
    「跳んで、クーガーさん!」
     それにクーガーはイフリートの頭に飛び乗るように空中前転、その空いた場所へ、織兎の重力を乗せたスターゲイザーの蹴りがイフリートの頭部を捉えた。
    「轟炎! 鎮まり沈めっ!!」
     そして、六花が豪快に振り下ろした無敵斬艦刀の斬撃が、イフリートを切り裂いた。切り裂かれた毛並みが、血潮が火の粉となって舞い散る――しかし、構わずイフリートは尾の刃へと真紅の輝きを集中させた。
    『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     そして、ドン! という爆音と共に、サイキックフラッシュが爆ぜる。
    「くそ!」
     陽太が吐き捨てると、その爆風に乗るように着地した織兎が言ってのけた。
    「強そうなやつだけど、みんなで協力すればなんとかなる!」
     それは、気休めではない。もしも、このイフリートと一人で出会ったのなら、絶望的だっただろう。しかし、こうして八人と一体が揃ったのならば、確かに手が届く――その確信を得ての言葉だ。
     その言葉に、撫子もそっと微笑む。そして、囁くように告げた。
    「楽しい戦闘になる事を祈りますよ?」


     うち捨てられた境内に、無数の炎が舞い踊る。
    『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     一際大きな炎は、イフリートだ。その巨体は、鈍重さと無縁だ。鋭い牙を剥くそこへ、背中から炎の翼を生やしたクーガーが、炎に燃える拳を下から振り上げる!
    「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
     まるで獣の咆哮のように吼えたクーガーが、その拳を振り抜いた。炎の羽根を周囲に舞わせ、そのまま大きく跳躍する。イフリートは、そのレーヴァテインを受けてそのまま大きくのけぞった。
    「聞こえるよ、貴方が刻む音……少し、不快な音……」
     のけぞったイフリートの懐で、刻音が囁く。大上段へ掲げたその刃ごと、踏み込みを加速させた。
    「だから、それ……切り刻んであげるね?」
     ザン、と胸元を切り裂かれ、イフリートが真横へ転がる。砂煙をたてながら転がったイフリートへシルキィは六文銭を射撃するが、イフリートの尾がそれを弾いた。
    「鬼さんこちら。手の鳴る方へ」
     タン、と地面を踏み鳴らし、撫子が頭上で構えた十文字鎌槍を回転させその遠心力で切り裂いた。まさに舞踏、自分に死をもたらしかねない獣の前でも、その鮮やかな笑みは濃くさえなれど、消える事はなかった。
    「蠢く影よ! 彼の者を縊れ! 影縛り!!」
     炎の照り返しで特徴的な勲章を輝かせ、柘榴は足元に五芒星を展開、蝶の羽の形となった影が広がり、イフリートを包み込む。イフリートはそれに抗いながら、その口から瀑布のごとき炎を吐き出した。
     ゴォ!! と炎が、灼滅者達の視界を真っ赤に染めていく。その中を、怯むことなく陽太が駆け抜けた。
    「させるかぁっ!!」
     地面を蹴って移動しようとしてイフリートへ、感情も露に陽太は炎の螺旋を描く槍を突き出した。ドン! と突き刺さる穂先に、イフリートが身悶える――そこへ、六花が初芽を正眼に構えて踏み込んだ。
    「狛狼、連なる……っ!」
     放たれる連続突きが、イフリートを捉える! そこへ、マテリアルロッドを振りかぶった織兎が続いた。
    「まだまだこれから!」
     渾身の力で振り抜いたロッドの打撃、フォースブレイクにイフリートが踏ん張る。そのまま牽制で薙ぎ払う尾の刃に、灼滅者達は後方へと退いた。
    「清浄なる光よ、彼の者に慈悲を……!」
     水花が捧げた祈りに、ジャッジメントレイの光がクーガーの傷を癒す。水花は、その青い瞳を周囲へ鋭く走らせた。囲んだ上で逃走経路を完全に塞ぐ、そのためだ。
    (「手強い、ですね」)
     数の有利、手数の有利では押し切れない、そう水花は感じていた。その攻撃力、耐久力は巨体にふさわしいものがある。人に見られるような技術や知恵はそこになく、ただ思う様に暴れるだけ――しかし、高い身体能力が、それを天災に等しく感じさせるほど危険なものにしているのだ。
    「すごいね、野生の鼓動って……」
     刻音も呼吸を整え、感心したように呟く。イフリートから感じ取れるのは、まるで激しい炎のような『刻む』音だ。だが、それが不快に思えるのは炎にくべているのが、破壊や殺戮という衝動だからだろう。自然に存在する野生とは、一線を画くした、そんな鼓動だ。
    「油断しないでくださいね~」
     乱れのない着物姿で十文字鎌槍を優雅に構える撫子の言葉に、陽太はイフリートから視線を外さず、うなずきだけで答えた。最初の頃にあった緊張は、戦いの熱でもはや残っていない。敵を目の前にすれば、ただ戦うのみ――陽太は強く、槍を握り締めた。
    『ガ、ア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     猛り狂うイフリートを、灼滅者達は取り囲むように散ると迎え撃った。


     一進一退、その戦況を動かしたのは――あまりにも意外なものだった。
    「緋焔、灼き祓え!」
    「吼えるだけでは、届きませんよ?」
     六花のレーヴァテインの切り上げと、撫子の死角からの十文字鎌槍の一閃にイフリートが地面を転がる。一転、二転、と横転しながら、イフリートは視界の一つの影を捉えた。すかさず起き上がり、その影へと尾の刃を振り上げた。
    『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     その影が、一匹だけ残された狛犬だとはイフリートは気付く事はない。しかし、その明確な隙を織兎は見逃さなかった。
    「仲良くできたら一番いいんだけどな――悪いけど今回は倒す!」
     振り上げられた尾を、織兎の雲耀剣が斬り飛ばす。イフリートはそれに牙を剥くが、既にそこには横回転した陽太が生み出した氷柱を放っていた。
    「その牙で、誰も傷つけさせたりしない!」
     バキン! と怒る陽太の妖冷弾を受けて、イフリートはのけぞる。その頭上に、クーガーは跳躍した。
    「シルキィ!!」
     クーガーの呼びかけに応え、シルキィが駆ける。クーガーの拳が上から、シルキィの刃が下から、イフリートを同時に挟撃した。
    『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ』
     本能で状況のまずさを察したのだろう、イフリートが地面を蹴って間合いを開けようとする。水花はLacrimaを引き抜き、二丁のガンナイフを構えた。
    「逃しません……!」
     放たれた弾丸は、複雑な軌道でイフリートを追い猟犬のごとく捉える。そして、イフリートの背へと降り立った刻音は殺気を宿した鋭い蹴りでその背を切り裂いた。
    「そろそろ、その刻む音も終わりにしようね」
     そして、身をくねらせたイフリートの真横に着地。再行動した刻音の手刀が、脚を切り刻んだ。
    「……アレ、殲術道具として利用できないかな?」
     地面に突き刺さったイフリートの尾の刃を横目に、柘榴は駆ける。背の蝶の羽のような影を広げ、解体ナイフを振り上げた。
    「彼の者に更なる災厄を与えよ! ジグザグスラッシュ!!」
     斬撃が、五芒星を刻む。次の瞬間、巨大な炎に包まれたイフリートへ六花と撫子が同時に踏み込んだ。
    「人の命を奪わせないは勿論、貴様の……炎邪の跋扈許すまじ!!」
     山の神性に近しい身を自認している上に、宿敵が相手だ――六花は高い闘志を漲らせ、刀の柄を掴んだ。
    「飛燕、捉えろ……!」
     鋭い居合いの斬撃と、炎を宿した十文字鎌槍の刺突が同時にイフリートをきり刻み、突き刺した。そのまま、イフリートの目を覗き込むと、いっそ優しく撫子が囁く。
    「さて、ここらが幕引き。消えなさいな」
     衝動を飼い慣らした者の告げた通り、それが最期となった。ゴゥン! という鈍く炎が破裂する音が鳴り響く――それが断末魔の替わりとなって、イフリートは燃え尽きていった……。


    「貴方の刻む音……聞こえなくなっちゃった、ね?」
     完全に炎が消えた、それを見届け、刻音は改めてヘッドホンをかけ直す。
    「いくら強くても、単体ならどうにでもできるんだよっ!」
     チームワークの勝利、だねっ! と笑って言ってのけた柘榴に、陽太も静かにうなずいた。
    「ええ、そうですね。一人ではなく、仲間と一緒ならイフリートにさえ届くんですね」
     その確信を胸に、陽太は黙祷を捧げる。ファイアブラッドとして、イフリートと同じ闇を持つ同士として、真摯に。
    「荒れては居ますが、神社に御参りしに行って見ましょうか?」
    「そうですね……信じる神は違うとはいえ、それなりの敬意は払うべきですから」
     撫子の言葉に、十字を切りイフリートに祈りを捧げていた水花がうなずいた。水花がその荒れ果てた社を清掃するのに、誰ともなく手を貸していく。
    (「御助勢、感謝します」)
     六花はそっと狛犬を撫でて、そう祈った。あの一瞬の間隙、偶然だろうとそれを生んでくれた事に、そこに宿る意志を神を奉じる者として抱くのは当然とも言えた。
    「使われてない神社でも、ひとつだけになっちゃっても、これからも神社、守ってくれよな」
     織兎の言葉に、狛犬は応えない。しかし、織兎にとって答えが必要な言葉ではなかった。狛犬の視線、その山から見下ろす風景――それを無言で見守り続ける狛犬の姿こそ、何ものよりも明確な答えなのだから……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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