●
『何ということだ……淫魔である私が、あのような子供達に良いように扱われ、あまつさえ、灼滅されてしまうとは! この私が……この私がぁぁ!』
強い思念を感じ、少女は振り返る。そこには三角座りをした見目麗しい男性の姿。
「可哀想なあなた。『慈愛のコルネリウス』はあなたを見捨てたりはしません」
『もう男は懲り懲りだ! やっぱり、私は女性が好きだ!
これからは女好きの普通の淫魔として生きて……ああ、もう灼滅されてしまったのか……。
許すまじ! 許さないぞ灼滅者!! うう、ぐすん……うわぁぁん!!』
『……。プレスター・ジョン。この哀れな彼をあなたの国にかくまってください』
●
「残留思念というより残念思念だね」
ばっさりと、黄朽葉・エン(ぱっつんエクスブレイン・dn0118)が断罪する。
「こんな残留思念にも力を与えるなんて、慈愛のコルネリウスの愛の深さには頭が下がるね」
彼女はどうやら、灼滅者に倒されたダークネスに力を与えどこかに送ろうとしているらしい。
元々、残留思念に力はないはずなのだが、大淫魔スキュラが残留思念を集め八犬士のスペアを作ろうとした例もある。
この事案を鑑みれば、残留思念に力を与えることは不可能ではないのかもしれない。
残留思念はすぐに事件を起こすということはないが、放置するのは余りにも危険だ。
「だから、彼女の企みを妨害して欲しいんだ。
最適なタイミングは、彼女が残留思念に呼びかけを行った直後。残留思念が灼滅された路地裏で、そのまま戦闘になだれ込んでこんで欲しいんだ。
コルネリウスとも対峙することになるけど、そこにいる彼女は幻のようなものだから、戦闘を仕掛けてくることはないし、こちらから仕掛けることも出来ない。だから、残留思念の灼滅だけに集中してくれれば良いよ」
コルネリウスは灼滅者に対し、強い不信感を抱いている為、交渉不可能と考えておいた方が良い。また、残留思念も灼滅者を憎んでおり、戦闘は避けられない。
「で、今回力を与えられた残留思念は……ビエール」
「ああ……あの変な淫魔」
エンから告げられたダークネスの名前を聞き、淀んだ目をする、水上・オージュ(実直進のシャドウハンター・dn0079)。
ビエールは男好きらしいという噂が流れたから、だったら男と遊んでみようじゃないか! と実行しちゃう、行動力のある淫魔である。
「で、ターゲット物色中に現行犯、灼滅! ってラストだったよ。悲しい物語だね」
合掌。
「前回の戦闘では、彼は普段の力を発揮出来ないままに灼滅されちゃったから、残念ながら実力は未知数。だけど、サウンドソルジャーとマテリアルロッド相当のサイキックを使うってことは分かってるよ」
「他に情報はないの?」
「そうだねえ。ビエールは君達に翻弄された前例があるから、もしかしたら、今回もそれが適用されるかもしれないねー」
確約は出来ないけどね。でも、やってみても良いんじゃないかな。
と、エンはオージュの質問に答える。
「ビエール側の視点で見てみれば、コルネリウスの行動は良いことみたいだけど……こっちからしてみれば大迷惑だよね。だって、あのビエールだし」
処置なし、とでも言いたげに掌を向け、肩をすくめてみせるエン。
「という訳で、オージュ。頑張って純潔を守っておいで?」
「その送り出し、ちょっとおかしくない?」
参加者 | |
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水無月・礼(影人・d00994) |
大神・月吼(戦狼・d01320) |
逢坂・兎紀(からふるうさぎ・d02461) |
識守・理央(メイガスブラッド・d04029) |
メルキューレ・ライルファーレン(春追いの死神人形・d05367) |
布都・迦月(幽界の深緋・d07478) |
炎谷・キラト(失せ物探しの迷子犬・d17777) |
吉森・氷雪(ブランシュネージュの憧憬・d25559) |
●
少女が虚空に向けて、手を差し伸べる。
何もなかった場所からゆらりと陽炎のようなものが立ち上ると、少女の姿がぼやけ、消えていこうとしている。
「残留思念とはいえ、てめえの力を割いてまで救うか。流石は慈愛のコルネリウス」
消えゆく少女――コルネリウスの意識をこちらに向けようと試みるのは、大神・月吼(戦狼・d01320)。
俯いていた少女の顔が僅かに上がった……ような気がした。
「方法はどうあれ、どうしてそこまで救済にこだわる?」
「上手く言えねーけど、みんなを救うってこういうことじゃないと思う」
炎谷・キラト(失せ物探しの迷子犬・d17777)もコルネリウスに言葉をぶつける。
「誰かを救いたい気持ちが本当なら、それはとても尊い行いだと思う。君に対して好意すらおぼえるよ。コルネリウス」
識守・理央(メイガスブラッド・d04029)は黒のマントをはためかせ、偽りのない、まっさらな気持ちを口にする。
「だけど、君達はダークネスで……僕達は、人間なんだ」
どこか寂しそうにそうぽつりと呟いた。
暫く反応を待ってみるが、彼女の大きな瞳には何も映していなく、表情にも変化はない。
これは、灼滅者のいうことなど聞く耳を持たないという意思表示か、幻影の彼女には残留思念に力を与えるという能力しか持っていないからなのか。その両方なのか。或いは、どちらでもないのか。
――現在の彼女に何を言っても意味はない。
その事実だけが明らかとなった。
「こんなことやっても無駄だかんな! なに考えてんのか知らねーけど、こいつは潰してやるよ」
逢坂・兎紀(からふるうさぎ・d02461)は、反応もなく、また、姿も徐々に曖昧になっていく少女から視線を引き剥がす。そして、少女とは逆に、確りとした輪郭を持ち始めた新たな存在をきっと睨み付ける。
兎紀が見る先には、コルネリウスを端から無視し、今回の灼滅対象であるダークネス――淫魔・ビエールの周囲を包囲した仲間達の姿があった。
「ああ、これで私は自由だ。これで――」
自らの手のひらを見つめ、感極まったように呟く声を遮って鋭い音が響き、伸縮自在の鞭剣がビエールを襲う。
身体に刀が絡み付く直前に、手に持った杖で刀身をはじくとビエールはウロボロスブレイドの操り手の姿を見た。
「っ!? 貴様たちは……」
「超久しぶりビーエル様じゃなかったビエール様。俺の事覚えてるか?」
「あ、えーと。……どうも、御無沙汰してます?」
何故かビエールだけに発揮される嗜虐スイッチをオンにしながら、にこりと笑う布都・迦月(幽界の深緋・d07478)と、とりあえず適当な挨拶をする、水上・オージュ(実直進のシャドウハンター・dn0079)。
「また貴様らか! いったい何の」
「うん、『また』なんだ。すまない」
理央は半獣化させた腕を滑らせる。きらめく銀爪が軌跡を描き、それが消える前にバックステップでビエールから距離を取り次の攻撃に備える。
「前回の戦い、さぞ無念だっただろう。心の底から同情するよ。だが、それはそれ。とても可哀想だけど……今回もあんたを灼滅する」
獣化した腕を元に戻すと、クルセイドソードを構え直す。
それを合図にしたように、花衆・七音が前に飛び出す。
「水上くんも入れて男8人か、選り取り見取りやな」
「君は何を言って」
「非生産的恋愛、うちはええと思うで」
「いや、だから何を」
「え、だってあなた、男の人が好きなんでしょう?」
「なっ、ち、違」
「あっ、いいのよ恥ずかしがらなくって! そういう好みの人もいるわよね、大丈夫わかってるわかってる」
全然分かっちゃいない感じで、吉森・氷雪(ブランシュネージュの憧憬・d25559)がビエールの発言を遮った。
「愛に国境も年齢も関係ないんだし、性別なんて概念もきっと不要なのよ。うんきっとそう!」
「だから、違うと」
いつもはおっとりお姉さんな氷雪だが、武器を持たせるとおっとりお姉さん属性をぽーいと投げ捨ててしまうらしい。
ほんのりと薄笑いを浮かべながら矢継ぎ早に話しかける氷雪に、さしものビエールも口を挟む余裕もないようである。
「男色の人には偉い人も多かったって言うし、仲間内だけで楽しむんだったら、恥ずべき性癖じゃないんじゃないかな」
山田・透流がフォローになってないフォローをする。
「淫魔に生まれながら、あえてその道を選んだその心が知りたいところですね」
「だからっ、その道とはどの道」
「「「「衆道?」」」」
「――くっ!!!」
女三人寄ればかしましい、というが、月雲・彩歌も加えた女性4人の口撃に口で勝とうとするのは、ダークネスとはいえ難易度が高いものだったようだ。
となれば、実力行使となる。
「貴様ら……私を怒らせたことを後悔すると良い」
ビエールは低い声で唸るようにそう言うと、杖を構えた。
●
「大変な依頼だガ頑張っテ」
口では殊勝なことを言いながら、何故か構えているのは武器ではなくスマホなクリス・レクター。
「念の為聞くけど、そのスマホは殲術道具じゃないよね? そこから光線がびゃーっと出てきて、ビエールを焼き尽くすとかじゃないよね」
「ハハハ」
クリスは曖昧に誤魔化した!
そんな小芝居を傍目に戦闘は続く。
しなりながら尚も伸びる、水無月・礼(影人・d00994)のウロボロスブレイドはビエールの身体に傷を作り、切っ先は更に鋭さを増す。
「恋愛対象については個人の感性の問題でしょう。悪くないと、思いますけれどね。まあ……人それぞれですよ」
ビエールを煽る他にも何か思うところがあるらしく、ほんの少し眉をひそめ。しかし、すぐに思い直したように首を振り、ウロボロスブレイドを収めると、影業を召喚した。
「やっぱこういう奴にはトラウマ責めだな」
不思議な程に確信めいたものを感じながら、一太刀にトラウナックルを選択する。ダークネスの頬を掠めた攻撃は、一時に大きなダメージを与えることは叶わなかったが、戦闘が進むにつれ、トラウマによるダメージは無視できないものになるだろう。
楚々とした仕草でビエールに近づくのは、メルキューレ・ライルファーレン(春追いの死神人形・d05367)。
女性と見紛う程の繊細な顔と身体を逆手に取り、ビエールで遊び、否、翻弄するつもりのようだが……。
ビエールの無駄に整った双眸がじっとメルキューレを凝視しているのを見て、居心地の悪さを感じるが、目を逸らさずに彼の視線を受け止める。
「君は――」
ビエールは表情を和らげ、持っていた武器を下ろすと、とろけるような甘い笑みを見せた。艶やかな唇から放たれる声は身体の隅々にまで沁み込むように響き渡る。
「淫魔たる私が容貌に惑わされて、性別を間違えるとでも思ったか」
嘲るような声に、作戦の失敗を悟ったキラトが反射的に駆け出すと、メルキューレとビエールの間に立ちふさがった。
ダークネスの歌声を聞いた瞬間、キラトは身体が自分のものではなくなったような感覚を覚えながらも、必死でそれに抵抗する。
(「仲間には攻撃したくない……!」)
その思いが通じたのか、キラトのサイキックソードは自らの足を大きく切り裂き、バランスを崩した彼は崩れるように膝をついた。
すぐに軌道修正しようと氷雪が回復を施そうとするが、キュア付きのサイキックを活性化させていなかったのに気付く。
メディックのキュア効果を期待し、夜霧を前衛の周囲に纏わせる。キラトの催眠の効果は幸いすぐに解除することが出来たが、回復量が心許ない。
「オイオイ、この程度でへばってんじゃねえぞ?」
月吼が集気法をキラトに施す。回復ついでにBLぽい展開を滲ませビエールの動揺を誘う。
回復の負担を少しでも軽減するため、迦月がワイドガードを展開。メルキューレは身の丈ほどもある大鎌を巧みに操りビエールを退けさせ、その隙に膝をついていたキラトを助け起こす。
「炎谷さん、大丈夫ですか? ご無理はなさらず……」
「大丈夫。何とかなるって信じてたし。それよりもメルが無事で良かった」
「私は大丈夫ですよ」
爽やかな笑顔につられ、メルキューレも自然と笑みが零れる。
キラトはBLについては興味もないし、その気もなければ乗り気でもない。そして相手をしているメルキューレは既に心に決まった人がいる。
それでも、依頼成功の為に頑張る二人は本当に灼滅者の鑑……なのかもしれない。
ビエールの気が逸れているのを見て、迦月が体当たり気味にシールドをぶつける。怒り付与に加え、迦月のポジションはディフェンダー。これでビエールの攻撃が集中しやすくなるだろう。
礼の呼び出した影はビエールの避ける方向を予測しているかのように縦横無尽に動き、彼の動きを阻害する。
一度はかわされた月吼のトラウナックルは、今度は正確にダークネスを捉えた。
「……む」
冷や汗をだらだら流しながら身もだえするダークネスのトラウマは……言わずもがな。
そんな様子を写真で撮って、どこにばらまこうかと楽しそうに言う月吼。
エアシューズに炎を纏わせ、兎紀が一気に距離を詰める。トラウマに苛まれている様子のビエールの姿を見て、にっと微笑み。
「うっわー、やっぱりビエールって男好きなんだなー」
「違う! ――がっ!?」
全力で否定するビエールの顎にエアシューズがヒットした。激しい炎がビエールを包む。それでも倒れないのは、それだけこの世に執着があるからなのか。
「……貴様らはどうして人の話を聞かないのか」
炎で焦げた髪をうっとうしげにかきあげて忌々しげに呟いた。
「世の中にはね、とてもひどい理不尽があるんだ。本人がいくら否定してもどうしようもなくひっぺがせないレッテル。……これが、そうだよ」
「はっ! 灼滅者様はダークネスに説教を垂れる程、御立派であらせられるのか!」
理央の言葉に嫌味を返し、背筋を伸ばし直して灼滅者達に向き直る。
●
戦闘は想定外に長く続いた。
挑発的に煽りたてることを選択した者が多かったが、それは相手が格下の場合に多くの成果を得られるものである。
個体差はあれど、灼滅者の何倍もの力を持つダークネスに闇雲に挑発し続けるのは、それなりのリスクが伴うということを失念していたのかもしれない。
前述に加え、小さな認識の違いや作戦のミスが尾を引き、それは徐々に戦況にも影響し始めた。
ビエールは迦月に照準を合わせたらしく、執拗に彼を攻撃する。
メディックである氷雪を中心に、まめに回復を施しているが、治し切れない傷が増え始めた。
「貴様ともお別れだな。もう会うこともないだろう」
杖の先端をサーベルのように突き付けながら、どこか優しげにビエールが囁く。
勝ち気に何か言い返そうとする迦月だが、立っているのもやっとの状態だ。それを見たビエールが嗜虐的に笑う。
「それでは、ごきげんよう」
「ダメッ!」
悲鳴のような声と共に鋼糸が走る。
迦月の喉元に杖がヒットする直前に鋼糸は到達し、ビエールの動きを阻害した。
鋼糸のおかげで直撃は避けられたもののダメージは大きい。堪え切れず倒れる迦月の元に、先程の鋼糸の主――園観・遥香が駆け寄る。
「迦月さん」
「大丈夫、きちんと治療すればすぐに直るから」
オージュが、遥香と共に迦月を後方に下がらせる。
礼が予言者の瞳の使用し、命中精度をより上げる。
大鎌をマテリアルロッドに持ち替えたメルキューレは、先程迦月がくらったフォースブレイクをビエールに叩きこむ。
「燃えろっ!」
フードについた兎耳をひらりとなびかせ、兎紀のエアシューズが再び炎を纏う。
「もうそろそろ倒れてくんないかな」
拳を握り締め、キラトがレーヴァテインを放つ。寸でのところで避けられた拳は空を切り、炎の帯が儚く消えた。
ダークネスとて完全に押している訳ではない。灼滅者の攻撃の隙をついて素早く回復を行い、態勢を立て直そうとする。
しかし。
メルキューレが重ね続けたアンチヒールの効果があったのか、思った以上の成果は得られず、ビエールは歯噛みしながら灼滅者から距離を取り動向を窺う。
前衛が多めの陣形で臨んだ戦闘は、氷雪の列回復はバッドステータス治療において非常に効果的かつ効率的な役目を果たした。回復量が少ない分は、前衛やサポート陣で補う。
一度はダークネスの方向に傾いた形勢が、じわりじわりと灼滅者側に傾きつつある。
灼滅者達もビエールを侮っていたが、彼もまた灼滅者を侮っていたのが仇となったようだ。
炎に焼かれ、氷に閉じ込められ、トラウマに苛まれる彼に、それを解除する術はない。
「くっ、一度ならず二度までも……こんなことが許されていいものか……」
血走った目で灼滅者に呪詛の言葉を投げかけるビエールに、復活した際の美しさは微塵も感じられなかった。老人のように背中を曲げ、杖を頼りによたよたと逃げようとする。
彼の退路を塞ぐように、素早く回り込む影。――理央だ。
「最後に言い残す言葉を聞こうか」
「『くそったれ』。一度、低俗な言葉を使ってみたかった。淫魔は常に美しくあるべきだからな。……ふ、貴様らには相応しい言葉だがな」
「……そうか」
祝福された剣で、二度と消えない傷を刻む。
傷を受けた場所から、さらさらと光の粒が零れていく。光の粒をかき集めようとするが、集めども集めども指の隙間から零れ落ち、光の流出は留まることはなかった。
暫し茫然としていたビエールだったが、やがて憎々しげに唇を歪める。
「私を倒して良い気分か、虫どもめ。貴様らの傲慢さは、いつか身を――」
「黙れよ」
ビエールの言葉を途中で遮り、月吼が影の触手を放ち、彼の姿を隙間なく覆い尽くす。
光と影がせめぎ合うようにうごめいていたが――それが消えると、ダークネスの姿も消えてなくなっていた。
「……手強い敵でした」
礼の深いため息に感化されたかのように、戦闘の疲れが一気に押し寄せる。
苦戦はしたが、コルネリウスの『慈愛』を退けることが出来た。
彼女がこの行いを止めない限り、再び同じようなことが起こるのだろう。
彼らは疲れを癒すべくその場を後にした。再び戦場に赴く為に。
作者:呉羽もみじ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年6月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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