●犬士、覚醒
孝の字が記された玉が一つ。道路を、山を、森をコロコロコロコロ転がって、人間の死体や灼滅されたダークネスの残骸を拾い集めていく。だんだんと大きくなっていく。
秩父山中の崖下へと到達した時、不意に不ゴキを止めて、醜い肉塊へと変貌。形を整え始めた。
最初に右腕が、右腕、立つ両足、支える胴体、傷無き左腕、痩せた顔、黒い髪、黒い左目が生えていく。
右目には孝の字が記されている玉が収まり……程なくして、一人の男が誕生した。
男は玉の中から刀を、白装束を取り出して、ゆっくりと身につけ始めていく。
その様相はさながら侍か。
男は何も語らずに、ゆっくりと周囲を見回していく。あるいは、そう、何かを探しているかのように……。
●夕暮れ時の教室にて
灼滅者たちを迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、少しだけ表情を硬くしたまま説明を開始した。
「灼滅された大淫魔スキュラが、どうもやっかいな仕掛けを残していたみたいなんです」
それは、八犬士が集結しなかった場合に備えて生前の彼女が用意し千枝た、予備の犬士を作り出す仕掛け。彼女の放った数十個の犬士の霊玉は、人間やダークネスの残骸を少しづつ集め、新たなるスキュラのダークネスを生み出すものらしい。
「予知が行われた段階では、この霊玉は大きな肉塊になっています。しかし、この段階で倒してしまうと、霊玉はどこかに飛び去ってしまいます」
また、このダークネスは誕生後しばらくは力も弱いまま。しかし、時間が経つにつれて、予備の犬士に相応しい能力を得る事になる。
「なので、肉塊から生まれた瞬間のダークネスを待ち構え、短期決戦で灼滅して下さい」
もし戦いが長引いてしまったなら、闇堕ちでもしない限り勝利することはできなくなる。故に、素早く、確実に灼滅する必要があるのだ。
続いて……と、葉月は地図を取り出していく。
「件の肉塊がある場所は、ここ。秩父山中の崖下になります」
夕暮れ時、肉塊は予備犬士への変貌を遂げている真っ最中。しばし待機した後、誕生を待って仕掛けるといった形になるだろう。
姿は白装束の侍、と言った風体。霊玉の字は孝。種はアンブレイカブルで、得物は日本刀。
力量は灼滅者八人で何とか倒せるほどに高く、戦いの際は攻撃に意識を割いている。
技も居合い斬り、抗雷撃、雲耀剣の三種を使い分けてくる上に、生半可な防御では一撃二撃で切り倒されてしまうほどの攻撃力を持つ。
以上で説明は終了と、葉月は地図などを手渡した。
「このダークネスは、スキュラに寄って八犬士の空位を埋めるべく作られた存在。仮に力で八犬士に及ばなかったとしても、野に放てばどれ程の被害を生み出すか、想像もできません」
ですので、と、真剣な声音で告げていく。
「どうか、全力での灼滅を。何よりも無事に帰って来て下さいね? 約束ですよ?」
参加者 | |
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幌月・藺生(葬去の白・d01473) |
小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991) |
渡来・桃夜(道化モノ・d17562) |
月叢・諒二(月魎・d20397) |
六条・深々見(螺旋意識・d21623) |
神子塚・湊詩(藍歌・d23507) |
韜狐・彩蝶(白銀の狐・d23555) |
伊勢野・玲(伊賀忍・d27645) |
●主亡き世界に生まれたもの
――どこから転がりどこへ行こうとしていたのだろう?
夕暮れ時の秩父山中崖の下。ぶよぶよと蠢いている肉塊を前に、灼滅者たちは着々と準備を進めていた。
三メートルほどの、白銀色の毛並みと九尾を持つ狐に変身した韜狐・彩蝶(白銀の狐・d23555)は、右前足で剣を、左前足で盾を握りしめながら小さなため息を吐いて行く。
「スキュラのことはあまり知らないけど、厄介なものを残したねー。……うん、しっかりと倒さないとね! 頑張るよ!」
「ふむふむ、なるほどなるほど」
彼女が気合を入れていく傍ら、六条・深々見(螺旋意識・d21623)は肉塊の様子を逐一メモに取っていた。
曰く、残骸を集めて誕生する存在が面白いと。しかも、誕生する前から変化を観察できる機会などそうはないのだと。
やがて、肉塊から右腕が、続いて両足、支える胴体、左腕、痩せた顔、黒い髪、黒い瞳……。
人の形へとほぼ変じたのを皮切りに、深々見はメモを取りながらも身構えた。
右目に孝の字が記されている玉が収まった時、渡来・桃夜(道化モノ・d17562)が螺旋状の回転を加えた槍を突き出していく。
「っ! 今だよ!」
右目より誕生した刀に阻まれるも、白装束を着こみ始めたその男の動きを止めることはできた。
すかさず幌月・藺生(葬去の白・d01473)が霊犬のクロウと共に走りだし、右肩に炎熱する蹴撃を叩き込んでいく。
「生まれたばかりのところすみませんがここで眠って貰います」
「……」
クロウが繰り出した斬魔刀は、桃夜を弾くついでといった調子で防がれた。
男はぐるりと周囲を見回した後、鋭く瞳を細めていく。
「貴殿らの目的、我が命と承った。しかし、主のため、貴殿らに渡すわけには行きませぬ。どうか、ご覚悟を」
「……」
奇襲にも悠然と応対する男を前に、月叢・諒二(月魎・d20397)はどことなく安堵したような表情を浮かべていた。
七文字目の玉。良く知る伝記の姿とは、やはり似ても似つかぬもの。むしろそうであってくれて嬉しい。御蔭で余計な事を考えず、男にだけ集中できるのだから。
「さあ始めよう、名も知らぬ君。求めるものはここにあるかい?」
「……全ては、この刀に」
軽い調子の問いかけに、男は刀を上段へと構えていく。
刃が夕焼けを浴びて赤く淡く輝いた時、死を知らせるための戦いが開幕した。
●刃は山々の合間にこだまして
神子塚・湊詩(藍歌・d23507)は想いをめぐらせる。
スキュラ、話でしか聞いたことのない淫魔……宿敵だと。
目の前に佇むは、その宿敵の置き土産。放置すれば、まず間違いなく災禍をもたらす魔性の存在。人の形をしていたとしても、中身は、きっと人ではない存在。
金色の羽先を持つ白き翼と化した両腕、鳥の足を持つ己とは、概ね真逆の存在なのだと……。
「……僕と、逆だね。だからって、なんでもないんだけど」
「……」
呟きに対する言葉はない。
構わぬと湊詩は鳥の足で大地を蹴り、捻りこむような槍撃を打ち込んでいく。
刃を掠め、左肩を僅かにえぐった時、木々を足場に移動していた伊勢野・玲(伊賀忍・d27645)が男の背後に到達した。
「これが忍びの戦いよ」
反応する隙を与えずに、右太ももをナイフで切り裂いていく。
男は呻き声すらも上げることはない。ただただ冷静にさばける攻撃だけをさばき、山中に澄んだ音色を響かせていた。
魔力を込めた杖による殴打を繰り出す傍ら、深々見はそんな様子すらも逐一メモに取っていく。
爆発する魔力に押され僅かに動きを止めた時、小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)が前触れもなく踏み込んだ。
「守りは引き受ける……、攻撃は任せたぞ」
剣を輝かせ、斬撃を叩き込むと共に己に守りの加護を宿していく。
一方、諒二は改めて腰を落とし、握りしめた拳を肥大化させた。
今回は、変則的ながらアンブレイカブルとの初手合わせ。だいぶ捻子曲がってはいるのだろうけど、それでも、本物であることに違いはない。
「……全てを強さという欲望に浸した身体も、僕の糧として飲ませていただこう」
「……」
やはり返答を待つことなく大地を蹴り、肥大化した拳を正面から突き出した。
刃に阻まれることなく、拳は男の頬へと突き刺さる。
男は揺るがない。ただ静かに腰を落とし、刃を鞘に収めていく。
「っ!」
認識した刹那、諒二は焼けるような痛みを腹部に感じた。
気づけば大樹へと叩きつけられていた。
「……へぇ」
転ぶことなく着地するも、目がかすむ。呼吸も荒いものへと変わっていく。
一撃二撃で切り倒されてしまうとは誇張ではない。加えるなら、治療込みで考えても、攻撃に思考を割いている身では次を受け切れない可能性があった。
辛い刺し合いになりそうだと計算しながらも、諒二の笑みは崩れない。治療は仲間に任せたまま、拳にオーラを集わせ始めていく……。
男は的確に、守りに意識を割いていない……攻撃に意識を割いている前衛を選び斬撃を、打撃を放ってきた。守護役としてやって来た者たちが隙を見て間に割り込んでいくものの、毎回成功するわけではない。
一人でも倒れれば、火力が著しく減ってしまう。いつ来るかわからない犬士としての更なる覚醒までに倒しきれない可能性が高まってしまう。
若干の焦燥感を抱き始めた灼滅者たちに対し、男は今だ涼しい顔。腕から、肩から脚から胴体から血を流しているというのに、動きを鈍らせることなく刀を振るい続けている。
状況は若干不利。されど、そのような様子など微塵も感じさせることはなく、桃夜は杖を掲げながら皆に呼びかけた。
「大丈夫、順調に削ることはできてるはずなんだから。淫魔の置き土産なんて気色の悪いモノ、とっとと片付けちゃおう!」
言葉の終わりに力を込めて振り下ろし、肩へと叩き込んでいく。
魔力の爆発すらも勢いに乗せ、男は深々見の元へと跳躍した。
八雲がすかさず間に割り込んで、雷光散る拳を腹で受け止めていく。
「っ……。寝起きにしては良い動きだけど……、簡単には通さない!」
気合一つで跳ね除けつつ、魔剣を夕日に煌めかせる。
着地と共に姿勢を整えた男の懐へとノーモーションで踏み込み――。
「久当流……始の太刀、刃星ッ!」
――瞬く間に背後へと回り込み、横一閃。
左ふくらはぎを切り裂いて、傷を蓄積させていく。
僅かに膝を折った隙を見逃さず、湊詩は翼をはためかせながら駆け寄った。
痛みをこらえながら注射針を突き出して、左腕に毒素を注ぎ込んでいく。
男は眉を潜めたのみで、動きを淀ませる事なく刀を収めた。
居合い斬りが来るのだろうと、藺生は一枚の符を取り出していく。
「くーちゃん、お願い!」
願われたクロウが湊詩と男の間に割り込んで、居合一閃を受け止めた。
すかさずクロウに符を投げ渡し、藺生は静かな想いを巡らせていく。
スサノオの事件が落ち着いてきたと思ったら出現した、スキュラの置き土産。復活を狙っているのか、別の理由か……いずれにせよ、不穏な相手。
また、一撃一撃が重い相手。逐一治療を行っているけれど……先に諒二が抱いた印象同様に、治療が間に合わないかもしれないとの可能性が頭によぎる。
「……」
ならば、可能な限りそれを後のタイミングに伸ばすのが己の仕事と、続いて斬撃を受けた深々見に光の輪を投げ渡した。
刃と杖の刺し合いの果て、炎に包まれている男の左肩を砕いた諒二が、居合いを受け沈黙した。
残る攻め手は深々見と湊詩。
彩蝶は斬撃を鈍らせることができるように、腹部に急所を見出し前足に握る剣を突き出していく。
「こっち、私が相手だよ」
突き刺し、白銀の九尾を広げ己の存在を指し示すも、視線が彩蝶に向けられる事はない。
ただ、鋭い眼光は深々見を見据えていた。
視線の強さすらもメモに取りながら、深々見は拳にオーラを宿していく。
「ふふっ、面白い。実に面白いね! ……もっとも」
最後まで自分が立っていられるかはわからないと、寂しげに微笑みながら大地を蹴った。
別段、メモが戦いに支障を与えていたわけではない。ただ、男の斬撃が想定以上に鋭かったといったところだろう。
懐に入り込むと共にしゃがみ込み、下からえぐり込むように一撃。
軽く浮かせた所で膝を挟み、左の拳、右の拳……拳を連打し、男を後方へと押し返していく。
拳が止んだ時、男が刀を振り上げた。
次の刹那、肩に斬撃を浴びた深々見もまた昏倒した。
瞳を細め、彩蝶は再び大地を蹴る。
右へ、左へとステップを踏みながら、男との距離を詰めていく。
「そこっ!」
側面へと到達した瞬間に跳びかかり、すれ違いざまに斬撃を加えていく。
右腕から血を流し始めた男の体を、暗き影が包み込んだ。
「っ!」
が、刀の一振りで祓われ玲は小さな息を吐いて行く。
妨害の力を中心に攻めてきたが、大きな影響を及ぼした感覚は少ない。大きな影響を及ぼすためには、あるいは短期決戦では時間が足りないのかもしれない。
事実、胸元に氷を張り付かせた男が、その軌跡を辿るように刀を振るい担い手たる湊詩を切り伏せた。
諒二の一撃も、深々見の拳も、湊詩の氷も十分すぎるほどの傷を男に与えていたけれど、男は今だ倒れる気配を見せていない。
時間も十分以上の経過している。いつ、男が更なる覚醒を迎えてもおかしくはない。
「その斬撃を殺すッ! ……オレの殺戮経路を外せると思うな!」
これ以上は攻めこませぬと、藺生は気合を入れて駆け出した。
「久当流……封の太刀、撃鉄!」
大上段から雷火以闇灼剣也と刻まれし剣を振り下ろせば、鈍い音が響くとともに、男の握る刀の刃先が砕け散った。
●タイムリミット
刃先が砕け、氷が広がり、炎が激しく燃え盛り、ようやく勝機を見いだせるようになった戦い。
僅かに余裕の生まれて来た状況で、玲は気合を入れなおすために心に生まれた言葉を口にする。
「思えば、生まれながら死したもの、心がなく出来損ないという意味では私と同質の存在かも知れないな」
「……何を存じているかは知りやせんが、辛いことでしょう」
「我に哀れみは不要。お前もそんなものは要らぬだろう。我がお前に与えるは死の安らぎだ」
言葉を拒否しながら、玲は再び木々に紛れた。
崖上からナイフを振り下ろし、白装束を縦に切り裂いていく。
僅かに守りの甘くなった背中を狙い、桃夜が杖をフルスイング!
「君は、絶対にここで倒す。野に話すわけになんて行かないんだから」
叩きこむと共に魔力を爆発させ、男を前へと押し出した。
勢いのままに、男は刀を振り上げる。
クロウと刃を打ち合い、弾き合い……。
「っ!」
――それが、おおよそ十四分の時が過ぎた頃。
治療を行おうとしていた藺生が、嫌な気配を感じて手を止めた。
今を逃せば、攻略は非常に難しくなる。このタイミングを逃してはならない。
「皆さん、攻めましょう」
言葉と共に走り出し、脚に熱を貯めていく。
彩蝶もまた刃に炎を宿し、タイミングを見定めていく。
「この一撃に、全てを……」
斬魔刀と炎の蹴りが叩き込まれ、男が膝をついた刹那を狙い、高く、鋭く跳躍して振り下ろす。
斬撃が、拳が、影が男に刻まれた。
左肩が砕けた状態では全てを受けるとは行かず、砕けた氷が全身へと広がった。
されど、倒れない。
桃夜が懐へと入り込んだ刹那においても。
「……;」
仮に拳が通じず覚醒を迎えさせてしまったなら、闇に落ちる覚悟はある。
以前は違った。淫魔に堕ちるくらいならば死んだ方がマシだと思っていた。
けれど今は、待ってくれている人がいる。だからこそ……。
「そこだぁ!!」
影の中へと拳を打ち込み、手応えを感じると共にもう一撃。
一撃、一撃、一撃……全ての拳に想いを込めて、男の肩を、胸を、肘を掌を砕いていく。
最後の拳が顎を打ち上げた時、何かが砕ける音がした。
「……見事なり」
それが刀だと知った頃、男もまた、硬質な音を立てながら砕け散る。
戦いの熱を拭い去るかのように、優しい風が灼滅者たちを包み込んでいた……。
治療が始まったしばしの後、昏倒していた三人も身を起こした。
体の調子を確かめ、とりあえず大丈夫そうだと諒二が静かな笑みを浮かべていく。
「相手も流石、ってところ、かな」
「それでも、倒せたんだね」
湊詩がポツリと呟けば、頷きという名の答えが帰ってくる。途中で力尽きたとはいえ、攻撃役の三人が刻んだ楔があったからこそ打ち倒すことができたのも、また確かな事実なのだから。
もっとも、残る一人である深々見はどことなく悔しげな色を覗かせていた。
「いやぁ、興味深い。ぜひ、最後まで観察していたかったよ」
それでも、メモを眺め瞳に浮かぶ光は上機嫌そのもの。
明るく過ごしていく仲間たちを横に、八雲は男が砕けた場所を眺めひとりごちていく。
「独りで生まれて、誰にも拠る事もなく、誰に知られることも無く死ぬ……。そうなってしまったのも、最期に手を下したのもオレ達だけど。まるで死ぬために生まれたようで……救われないな」
言葉は風に乗り、やがて天へと運ばれた。
返事が帰ってくることはない。それでも……雲ひとつない夕暮れが行く末を暗示している。そんな気がした。
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年6月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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