修学旅行2014~首里城を渡る、時代の風

    作者:中川沙智

     武蔵坂学園の修学旅行は、毎年6月に行われます。
     今年の修学旅行は、6月24日から6月27日までの4日間。
     この日程で、小学6年生・中学2年生・高校2年生の生徒達が、一斉に旅立つのです。
     また、大学に進学したばかりの大学1年生が、同じ学部の仲間などと親睦を深める為の親睦旅行も、同じ日程・スケジュールで行われます。

     修学旅行の行き先は沖縄です。
     沖縄そばを食べたり、美ら海水族館を観光したり、マリンスポーツや沖縄離島巡りなど、沖縄ならではの楽しみが満載です。
     さあ、あなたも、修学旅行で楽しい思い出を作りましょう!
     
     
    ●壮麗なる、琉球王国への誘い
     誰もが一度はテレビなどで目にした事があるかもしれない。
     青く広がる沖縄の空の下、鮮やかに存在感を示す首里城を。
     空の青に赤い建物のコントラストが眩しい、美しき聖なる場所。

     かつて存在した小さな王国。
     政治は男達が、祈りは女達が担い独自の文化を開花させた。その歴史文化は今も確かに息づいている。
     それが、琉球王国だ。
     東南アジアの海上交易で重要な役割を果たし、中国や日本の影響も受けていく。かつて日本の薩摩藩の侵攻を受けて以降はその支配下に入ったが、後に日本政府による琉球処分でその歴史に幕を下ろしている。
     2000年12月に、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」が世界遺産に登録された。5つのグスクと4つの関連遺跡群、これらが物語る琉球の文化そのものが評価されたのだ。

     首里城の築城年ははっきりとしていないが、1429年の琉球統一以降、王の居城となった。その後400年以上に渡り琉球王国の中心機関として存在し続けた。
     だが王国時代の政争や沖縄戦で灰燼と化し、現在の建物は改めて復元されたもの。つまり、世界遺産として登録されたのはあくまで城跡としての評価だ。
     さあ歴史を辿りに、どこから足を運ぼうか。
     まず外郭、来客を迎える道から進もうか。現在では守礼門から散策がスタートする。この道は中国皇帝の使者である冊封使も通った道、昔も今も道幅は変わらない。
     この道は「コーダー道」とも呼ばれ、細かく砕いた石で、香りが立つ素材を敷き詰めていたという。優雅な王朝時代の残り香を纏い、二層の屋根を葺く赤瓦をくぐろう。そうすると左手に、国王が場外へ外出する際無事を祈願したという、世界遺産の園比屋武御嶽石門を臨むことが出来る。
     名のある門や広場を通り抜け、正殿の前に辿り着けば世界が鮮やかに転換する。目の前に鎮座する正殿、そして御庭(うなー)に描かれたストライプ模様。正殿には赤や青、金といった色彩に溢れ、空を背景に佇む姿は圧巻の一言だ。
     王国時代、この御庭はまさにステージそのものといえた。元旦から始まり、儀式が幾つも執り行われたのだ。
     ストライプ模様は儀式の際、役人達の立ち位置を示すためのもの。御庭の真ん中を通る浮道は国王や中国皇帝の使者等限られた人のみが歩いたという。御庭から龍の彫刻や唐獅子、瑞雲等の正殿の装飾を眺めれば、きっと零れるのは感嘆の吐息。
     さて、正殿の中を見学するのも王道だ。
     王の執務室である書院。王子達の控えの間である鎖之間では茶と琉球菓子が楽しめる。中庭たる琉球庭園は琉球石灰岩の厳つさと琉球松が美しい。
     内部一階の御差床(うさすか)にはかつて王が鎮座したとされる。漆の赤で埋め尽くされた空間に、金色の龍が描かれ躍動感を与える。今年初めには国王と親族が使用していた奥書院等も公開され、どのように執務を行っていたか思いを馳せるのもいいだろう。
     
    「風が……来るわ……!」
     探究心の塊といった風情で鳥居・鞠花(高校生エクスブレイン・dn0083)は声を弾ませる。手には修学旅行のしおりだけではなく、数冊のガイドブックだけでなく学術書を纏めたファイルを携えている。曰く、流石に学術書を修学旅行に持っていくのは重かったらしい。
    「と言っても別にあたしも詳しいわけじゃないのよ。ただ前から興味深かっただけ。あたし達が生まれて間もなく世界遺産に登録されたところなのよ、絶対見に行こうって決めてたの!」
     むしろ小学生なら生まれる前だ。それに沖縄はどうしてもレジャー的な面が大きく取り上げられがちだが、現地に行ける機会だからこそ歴史的城跡を歩むのも悪くない。
    「勉強は学生の本分よ! ……っていうのはさておき、これからの日程で思い切りバカンスを楽しむなら尚更、首里城で歴史にしっかり浸っておきたいのよ」
     音を立てそうなウィンクをして、鞠花は改めて声をかける。
    「良ければ一緒に行きましょ、450年の歴史を誇る大いなる首里城へ!」
     五感で感じる、鮮やかな琉球王朝がきっと待っているから。


    ■リプレイ

    ●燦々
    「押忍! 業炎番長代理群青舎弟椎葉である! 親愛なる同志達よ! 本日の任務だッ!」
     花色の声は沖縄の青空によく通る。守礼門の前で胸を張り、クラブ【駅番】の面々に向けて声を張り上げた。
    「我々白虎隊は去年の修学旅行で首里城制圧作戦を行い、それを見事に成功させている! 無論それは今年も同じこと! 首里城を制圧せよーッ!」
     では散開とびしり指差す。仲間それぞれが目当ての場所へと足を向ける。実にノリノリで楽しげだ。
    「おお、花色ちゃんさっすがー頼りになるぅ!」
    「よっしゃ俺も新人白虎として頑張ろ! 首里城攻略、オー!」
     綿花が拍手を送れば楽弍も晴天に向け握り拳。
     曰く昨年訪れたクラブの面々が、首里城を草マーキングで制圧したらしい。小鳥居・鞠花(高校生エクスブレイン・dn0083)が若干生暖かく目を細めながら通り過ぎる。
     さて、首里城散策の入口たる守礼門である。
    「なるほどこれが二千円札の……って俺二千円札見たこと無かった……」
    「シーサー居ないのかな? シーサー!」
     感慨深くも見定めた草に楽弍は丁重に水を注ぐ。来年には花が咲けばいいと願う傍ら、綿花が一目散に駆けていく。
     守礼門ではシーサーを見つけられなかったが、少し進んだ場所、歓会門の両脇にシーサーが佇んでいた。歓会門は首里城の外郭部分にあたる門だ。
     綿花が双葉をシーサーに咥えさせればカワイイと上機嫌。仲間を呼んではい、シーサー! 写真撮影の合言葉です。
    「これで任務完了だね、おしにん!」
    「初任務完了! おしにん!」
     おしにんって何だろうと、周囲にいた観光客が思ったのはまた別の話。
     順路を辿り幾つもの門をくぐり、石段を駆け上がる。開けた場所から首里・那覇の街並みを眺め、奉神門を過ぎて到着するのは美しき御庭だ。
     舞子はその景観に圧倒されながらも、周囲をつい見渡してしまう。鞠花の姿を見つけ駆け寄る。
    「ね、ね。もし良かったら一緒に回らない?」
    「勿論いいわよ」
     ほっと一息、見学するなら誰かと一緒ならより楽しい。広々とした御庭の荘厳さに感嘆しながらも、はたと気づきカメラを取り出した。
    「あ、写真。写真撮ろ!」
     舞子ひとりの写真は鞠花が腕によりをかけて撮ったけれど、一緒に撮るには誰に頼めばいいだろうと視線を巡らせる。学園の生徒を見かけてお願いを。
     うなーって呼び名が可愛いわよねと舞子が呟けば、写真撮影を請け負ってくれたエデも頷く。
    「うなーって響き、面白いですね。声に出したい感じ。うなー!」
    「うなーうなー」
    「うなー!」
     まるで合唱だ。視線が合えば笑いが弾ける。おせんみこちゃとかも不思議で可愛い感じがしますとエデが言えば、後で行こうと思ってるのと鞠花も語る。『おせんみこちゃ』とは正殿二階の後方で、沖縄ではポピュラーな火の神を祀った場所だ。
    「お城っていいですよね」
     眩しげにエデが笑う。建築物としては勿論、歴史や文化を鑑みてどんな防衛機能を持っているかを考えるのも趣深い。日本の城とも佇まいが異なるのが面白い。
    「グスクっていうのが城壁かな?」
    「必ずしもお城ってわけじゃないみたいよ。祈りの空間って考え方もあって、その中で強力なグスクだけが城塞機能を備えたらしいわ」
     鞠花の解説を耳にしながら、この土地と空に似合う鮮やかさを眼に焼き付ける。
    「ワタシ、沖縄は海よりもこーゆー場所が好きでね」
     正殿を真直ぐに見据える位置に立ち、さくらえがそっと囁く。歴史を感じる場所にいるとタイムスリップ出来るようと目を細めれば、涼子はその姿こそに眦を下げる。嫌いじゃないけどと零しながら、微笑みはどこか穏やかだ。
    「凄いわね、本当に。神社とかと同じかしら。こう、背筋がシャンとなる感じ」
     浮足立つ足跡を追い、踏みしめてゆっくりと進む。
    「でも一緒に来れてよかった、かな……涼子さんは?」
    「良かったわよ、そりゃあ勿論」
     返事にほっと息が漏れて、さくらえは正殿からの違う景色も見ようと誘いを向ける。後でお茶をご馳走するからとの言葉に返るのは、いつものことじゃないのというくすぐったげな返事。
    「茶飲み友達でしょ、私達」
     少し心の芯が痺れる。けれど笑顔が輝いて、繋いだ手の体温が優しいから。
     今はそれでいいのかもしれない。『茶飲み友達』でも。

    ●朗々
     快晴の許に朱が佇むのは、西洋風のそれとは異なり重く鮮やかだ。王達が、その歴史に連なる者達が歩んだ時間の彼方に誘われ、華月は徐々に時を遡るような感覚に陥る。ストライプ模様が横断歩道に思えた事は、こっそり胸にしまっておこう。
    「何百年も前の人と同じ道を歩くのは胸張って歩かなくちゃって気に……」
     煉が【理科棟】の皆を見遣ると、王の歩んだ道を踏みしめていた秋帆が、一歩毎に歴史の頁を辿る心地だと嘯く。
    「このままタイムスリップしたくならねえ?」
     軽口と共に片目瞑れば、
    「秋津さまのーおなーりー」
     同じように歴史を反芻した千穂が将軍の如き堂々とした居住まいで佇む。けれど華奢な彼女は将軍としてはどうにも可愛らしい。
    「うん、姫将軍とか。格好良いと思うのよ」
     王ならぬ姫気分でくるり裾を翻した華月がはにかめば、巻物の山をお見せする摂政になりたいなんて、煉が少し意地悪籠めて笑みを紡ぐ。
    「お仕事が終わりましたらお茶にしましょうか、千穂姫?」
    「なんか皆、笑顔が生暖かい気がするー」
     瞼の裏に整然と御庭埋める琉装と龍の睥睨、それから愛らしき姫将軍の姿を描いていた秋帆が笑み深める。
    「秋津になら喜んで跪いてやるよ」
     どうやら千穂には反論の余地がない様子。喉鳴らして秋帆が取り出したデジカメは、新調したばかりのすこぶる高解像度な代物だ。
    「折角だから写真撮ってやるよ」
    「わ、写真写真、勿論私も撮るの!」
     どんなカメラで撮っても女子陣は美人に写るだろうけれどそれだけではない。其々のレンズへ向けて、目一杯の笑顔の花を咲かせるのだ。華月がそう告げれば、四者四様の花が咲き誇る。
     煉も那覇空港から最初に訪れたこの場所に想いを馳せ、眦を緩める。
    「こんなに、きらきらしてるんだから、ね」
     瞳に映る碧空の彩も、きっと――胸に焼き付けた、遥かな幻も。飛び切りの宝物よりもっと大切で、輝いている。
     大学に進学し新しく級友となった【法学一年】のクラスメイトで回る親睦旅行も楽しいものだ。来日以来観光には縁遠いエミーリオを始め、首里城は初めてという声も上がるけれど、
    「歴史マニアとして首里城は外せんよな」
    「琉球は私の習っている武のルーツでもあるのだけれども、実際に来るのは初めてなのよね」
     パンフレットやガイドにしっかり目を通す明の傍ら、都香も声を弾ませる。目の前の広大な景色に惚れ惚れと息を零せば、璃月もいつしか琉球の歴史に足を踏み入れるかのよう。
     柱の紅色、龍の造作。ひとつひとつ逃さぬように漏らさぬように。明が真摯に見入っていると、ふと歩みが遅くなってしまう事に気づく。けれどクラスメイトから沸く声は苦情ではなく感嘆だった。
    「歴史に詳しいと、見どころも変わって楽しそうだし、良かったら色々教えて貰えると嬉しいんだけれど」
    「無論、私で良ければ幾らでも解説しよう!」
    「明の説明は分かりやすくって良い勉強になるし、ゆっくり進めば良いと思うぜ?」
     時間の許す限り――そうエミーリオをが付け足せば笑い声が起こる。通りがかりの観光客に集合写真のカメラを頼めば、正殿や御庭が戴く文化の美しさごと記念の一枚になる。
     風が都香の頬を撫でる。思い立って彼女が披露したのは、首里手のうちのひとつ、内進歩(ナイファンチ)の型。潔くも凛々しい型が青と赤の背景に映える。
     過去から受け継いだ技を前進こそが身上のこの型のように、未来に繋げる。
     御庭に拍手が響いたのは、都香の抱く志が尊いと誰もが理解したからだろう。

    ●凛々
     昨年、番長率いる先遣隊が制圧した南国の地。
     しかし。
    「具体的には、どうやったら制圧したことになるんだろうね?」
     人が呟き、御庭の片隅へ向かう。一般客の迷惑にならない事を確認し、
    「せいっ! ……ふぅ」
     野良シーサーと戦い勝利を収める。ちなみに野良シーサーは姿が見えない。そもそも存在していない。
    「ふふ……グアムを単身制圧した神終白虎を舐めないでもらおうか……」
     電話で『やっほー! シーサーシーサー!!』と制圧報告をする人を横目に、花色は御庭をパトロール中だ。道すがらの草むらにこっそり葉っぱを紛れさせれば制圧完了、帰ったら褒めてもらおーっとという笑顔は清々しい。
     やっぱりバカップルだと呟くのは恭太朗、不在にしていた首里城を野良シーサーが蹂躙していないか、白虎隊の腕章をつけ巡回する。野良シーサーは姿が見えない。
     一般人のマナーにも気を配りながら、同じ場所を見て回っていた人に雌の野良シーサー見つけたら乳搾りしよ! などとのたまう恭太朗。君のマナーが心配です。
    「どうやらここは襲撃は受けていないようだ。水城白虎、首里城御庭パトロール完了です、おしにん!」
     正殿の正面へと延びる浮道に葉っぱを置き記念撮影。写し終えた鞠花が言う。
    「あのね地面の葉っぱと一緒に撮るの超大変」
     結局おしにんって何なのかしらとカメラを引き渡し、鞠花は正殿の中へと歩を進める。
    「フゥーハハハ!! 駅番白虎隊が一人、大魔導師パナケア! 沖縄に立つ!! ハァッ!」
     何か仲間がいた。
     青士郎は双葉のついた草の茎を壁に向かって投げる。当たったもののへろへろ落下。
     まるで地球が崩壊しましたと言わんばかりのリアクションを取る青士郎。
    「こ、これは結界! ククク……なるほど。守りは万全ということか」
     草を拾い、そっと壁際に添え置いて宣言する。
    「我らが版図に依然異常はなし! 駅番の栄光未だ衰」
     台詞の途中からそそくさと鞠花が横切って行きました。
     遠目からは勿論、近づけばその紅き重厚感に圧倒される。百合華は胸の奥に静かな、感慨深さが押し寄せてくるのを感じる。
    「琉球……尚氏が治めた国」
     呟く声は紅に呑まれる。独自の統治体制を敷いていた国。御差床を囲む柱に目を向ければ、漆の赤に金の龍が躍動感を与え、かと思えばテッセンの花も見え隠れする。
    「結構栄えてたのね……」
     この空間でずっと過ごしていたくなる。帰ったらもっと琉球の歴史を調べよう、そう思えば笑みが浮かぶ。
     その隣で、御庭の音の響きが気に入ったのかうなーと口中で繰り返しながらユァトムが玉座を眺めている。西洋風の城とはまるで趣が違う。
     王冠を被りマントを羽織った王様が鎮座する様まで想像し、ついおかしくなって声を上げた。
     一方で龍人が思いを巡らせるのは王の治世。将来は家を継ぐ身として自然、玉座を眺めれば己の境遇と重ねてしまう。
     御差床の後ろには王専用の階段がある。登ってくる影に、唇が震える。
    「……貴方は国王の仕事が好きだったか?」
     言った途端にかぶりを振る。暑さで調子が狂ったか、自嘲を帯びた笑みを浮かべながらも、ふと視線が探すのは王の執務道具だ。
     ゆっくりと見学する中、レイは瞼を下ろしてみる。感じる風も空気も常とは違う気がする。
     王国が滅びても、建物が復元されたものでも、人々の心に確かに受け継がれていくもの。
    「……敵わないな」
     いつかそんな生き方が出来れば。反芻するように光景を心に焼き付ける。だから写真は、なくていい。
     背筋を伸ばし、目を瞑り耳を澄ませば歴史の風が聞こえる気がする。
     途端、无凱の胸裏を一陣の風が鮮やかに吹き抜ける。
     背が疼く。心に抱く大切な場所に似ている気がして、零れるのは細い息。
     それほどまでに惹きつける、強い思いがきっと、ここにはある。
     友衛も正殿内部を進むうちに、歴史に浸るような感覚になる。偶然近くを見学していた鞠花と一緒に回りつつ、友衛は小さく囁いた。
    「歴史を勉強していくのも大切な事だ。……たとえそれが、ダークネスによる支配の下で刻まれた歴史なのだとしても、だ」
     ダークネスの手掛かりがないかと捉えてしまう、歴史をそんな目で見てしまうのは良くないだろうかと問えば、その視点も大事だと思うわと鞠花は答える。けれど、と付け足した。
    「それと素直に歴史や文化を感じる事は両立するんじゃないかしら」
     見渡せば眩い赤の世界。
     折角の修学旅行、皆で楽しみたかった。

    ●粛々
     正殿内、祈りの空間である京の内から紅緋は戻ってきた。その区域だけでも御嶽は四か所程あり、琉球の異界信仰を思えば興味深い。
     高貴なる者しか踏み入れなかった場所も一般公開されている。でも敬意を表して、失礼にならないように楚々と歩む。
    「こんな風に考えるのって、やっぱり古くさいでしょうか?」
    「古いからって悪いわけじゃないわ」
     鞠花と共に鎖之間に向かえば、さんぴん茶と琉球菓子がお出迎え。
     ぼんやり舞依が思い浮かべるのは、王子と呼ばれるお兄様。きっとこの場に馴染むと笑み湛えつつ、さんぴん茶とちんすこうや花ぼうる等のお菓子に舌鼓。
     実はこっそり、草を置けないか探している。けれどマナーも気になる。
     お菓子の敷紙に密かに忍ばせ、ここも正殿内だから大丈夫とほっと一息。
    「……凄いね、琉球王国独自の文化が……」
     正殿二階、おせんみこちゃ等を見学すればリアも厳かな気分になる。ここで祈りを捧げていたんだねと噛み締めれば淡い吐息。
     一方でケネスは出身とは全く違う文化を持つ王城と、異文化に想いを馳せる。一人で見学する不便さに戸惑っていると、偶然出逢ったリアが質問を受けてくれる。大分満喫した後に、
    「そうだ、ケネス君この先の鎖之間も見学しに行かない……?」
    「サスノマ? ……はい、わかりました。喜んで」
     少しだけ零れる笑み。二人を待っているのは、王子が客人を歓待した場所での美味だ。

     楽しみにしていた証だろう、烏芥の手元のしおりや資料にはルビや付箋が数えきれないほど。胸を張る姿に想希も眦を緩め、不明な点は質問しますねと約束する。
     青い空に聳える深紅は鮮やかに瞳に焼き付く。中国と日本の影響を受けつつもどちらでもない、その赤。力強い、何にも負けない色。
    「ここは確かに王国だったんでしょうね」
     想希の言葉に頷き、彼の胸裏に抱く愛しき赤に烏芥が目を細める。そして龍に、恐る恐る指先を伸ばした。
    「彼は今もこの空を泳いでいるのだろうか」
     四本爪の龍。中国皇帝の五本爪の龍に配慮したとも言われる、龍の彫刻。
    「……きっと見守ってますよ、今も」
    「ん……今もきっと」
     空を仰ぎ見る。泣きたくなるほど、青い空だ。
    「……鎖之間……確か城中で茶菓子を頂けるのですよね」
     お勉強も甘味も今日はいっぱい頂きましょうと烏芥に提案されれば、想希に否はない。
    「ええ、そっちも堪能しましょうか」
     踵を返し、歩き往く二人の背を押すのは、きっと――。

     風が吹く。吹く。
     草がささやかに軽やかに、首里城の地で揺れた。

    作者:中川沙智 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月24日
    難度:簡単
    参加:30人
    結果:成功!
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