全ては渇きを満たす為

    作者:貴宮凜

     ガイオウガ、そしてスサノオ大神……。
     大地を喰らう幻獣種共が「竜種」に目覚める日も、そう遠くはない……。
     サイキックエナジーの隆起がゴッドモンスターさえも呼び起こしたこの状況で、未だ十分に動けぬとはいえ、日本沿海を我が「間合い」に収めることができたのは、まさに僥倖。

     小賢しき雑魚共の縄張り争いも、王を僭称する簒奪者共の暗躍にも興味は無い。
     我が望むは、我と死合うに値する強者のみ!
     「武神大戦殲術陣」発動!
     眠れる強者よ現れよ。武神の蒼き頂こそが、これより汝の宿命となるのだ!
     
    「業大老一派が仕掛けた蠱毒の壺に飛び込んで、無事に帰ってこい。要は、そう言うことだ」
     黒板を背にした神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)が、灼滅者達に告げた。
    「場所はここ、時間帯は……深夜。日付が変わる直前が望ましい」
     続いてヤマトは、黒板に貼り付けた地図の一点を指示棒で指し示す。貼られているのは、関東地方南部、とあるひなびた港町の地図だ。ヤマトが指した地点は、漁港を望む小高い丘にある公園。転落防止用の柵を張ってベンチを幾つか設置しただけの、簡素な作りである。
    「お前達は、ここに現れるアンブレイカブルを灼滅すればいい。ただ、問題がひとつあってな」
     指示棒を教卓に置き、ヤマトは灼滅者達を見据え。
    「この戦闘の勝者には、より強力なダークネスになるための力が与えられる。つまり、お前達が勝った場合にはな」
     相手にトドメを刺した誰かが、闇堕ちすることになる。そう、ヤマトは告げた。
     
    「では、お前達と相対するアンブレイカブルについて説明しよう」
     ヤマト曰く、今回の対戦相手はアルと名乗る金髪碧眼の白人男性。身長は2メートルを優に超え、体重はどれだけ少なく見積もっても100キロオーバー。全身を筋肉の鎧で覆った、パワーファイター然とした外見らしい。トレードマークは、長髪を纏めている赤いバンダナ。
    「まあ、おおよそ予想出来ているとは思うが。こんななりをしている割りに、素早いぞ。少しでも隙を見せたら組み付いて来て、必殺の投げを決めてくる。……ああ、踏み砕いた地面を蹴って砂を掛け、投げ技へと繋ぐ為の隙を作ったりもするようだな」
     投げ技は全て一対多の局面にも対応しており、打撃もまた強力。離れた相手への攻撃手段を持たない点を除けば、攻撃面において、隙らしい隙は無いと言える。
    「とは言え、防御面は自前のタフネスと見切りに依存している。猛攻に怯まず押し切れば、勝機はある」
     なお、このアンブレイカブルはどれだけ不利な状況に陥ったとしても逃走はしないとのこと。強大な力を得られる機会を逃す気は毛頭無い、と言うことか。
    「その後が問題だが、お前達ならば出来るだろう。出来るだけ余力を残した状態でアンブレイカブルを倒し、闇堕ちした仲間を救う。それくらい、やって見せなければな」
     最後にヤマトはそう告げ、灼滅者達を送り出した。


    参加者
    龍宮・巫女(鬼狩の龍姫・d01423)
    ソーマ・アルカヴィーテ(ブルークライム・d02319)
    フィクト・ブラッドレイ(猟犬殺し・d02411)
    詩夜・華月(白花護る紅影・d03148)
    伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)
    青柳・琉嘉(自由奔放サンライト・d05551)
    流阿武・知信(優しき炎の盾・d20203)
    夕崎・ソラ(灰色狼・d27397)

    ■リプレイ

    ●闇の帳の中で
     夜更け過ぎの闇夜は、全てを等しく包んで隠す。寝静まった町も、灼滅者達の集う姿も。
     ひなびた港町ゆえ、真夜中に出歩く者などそうそういない。更にそこに、フィクト・ブラッドレイ(猟犬殺し・d02411)が崖の間際に築いた即席バリケードと、詩夜・華月(白花護る紅影・d03148)が形成した殺界が重なる。
     もとより人っ子一人見あたらない公園に、わざわざ人払いの結界を張る必要は無い。ただ、そう。念押しを兼ねた、アンブレイカブルへのアピールのようなものだ。
     勿論、予言の時が訪れるまでの僅かな合間を縫って、最後の詰めを行うのも欠かさない。
    「6人分のキーワード、きっちり憶えた?」
     流阿武・知信(優しき炎の盾・d20203)が、仲間達に尋ねる。今回の依頼は、出来るだけ消耗を抑えてアンブレイカブルを灼滅し、続けて、アンブレイカブルを灼滅する為に闇堕ちした仲間を救わねばならないと言うもの。
     仮に闇堕ちした仲間をこの場で救えなくとも、改めて救う機会を見出すことは出来るかも知れない。だが、いつ訪れるか解らない次に最初から期待するようでは宜しくない。
     純粋に力を求めて訪れる存在に、甘えを残したまま向かい合ったならどうなるかなど、火を見るよりも明らかなのだから。
    「大丈夫です。約束が、ありますから」
     ソーマ・アルカヴィーテ(ブルークライム・d02319)が返す。この場で皆と交わした約束と、かつて、親友と交わした約束。ふたつの約束が、己を闇からすくい上げる縁になると、彼女は信じている。
    「そうそう。みんなで帰るって約束したんだ、やれることは全部やるぜ!」
     夕崎・ソラ(灰色狼・d27397)の言うとおり、やれることは全部やらねばならない。
    「トウジロウと一緒に列ごと支えるからイケるはずだけど、油断は禁物だからねっ」
     故に、青柳・琉嘉(自由奔放サンライト・d05551)も念を押す。霊犬のトウジロウと一緒にメディックとして後衛に立つ彼は、実のところ、アンブレイカブルを宿敵として持つストリートファイターだ。宿敵と間近で立ち合い、拳を交わしたいと言う思いは当然、強い。
    「そう、支えることもまた戦い。裁きの鉄槌を振り下ろすには、頑丈な鉄床が無ければな。――青柳。お前という鉄床無くして、今回の作戦は成り立たん。頼むぞ」
     フィクトが労うも、
    「言い方がいちいち回りくどい、フィクト君。色々面倒な仕掛けがあるけど、全員で帰ろう。シンプルイズベストよ」
     龍宮・巫女(鬼狩の龍姫・d01423)の横槍に、む、と唸り。
    「一緒に帰るぞ、皆。勝って、帰るんだ」
     その様を見て、もうひとりのストリートファイター、伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)がからからと笑って頷く。
     戦って、勝つ。ダークネスにも、己の中の闇にも。
     決意を新たにした直後、蓮太郎は、両腕ごと胴をクラッチされた。万力のような豪腕から逃げる術は、既に無い。
     故に、皆に叫ぶ。散れ、と。
     視界が半回転し、後頭部を地面に強打するまでの一瞬では、それ以上の言葉は紡げない。
    「日本語に訳すと、こんばんは、死ねってあたり? 本当に、アンブレイカブルって奴はっ!」
     そう巫女が続けるも、矢張り、言葉は長くは続かない。
     暴虐の嵐が吹き荒れた。

    ●嵐の目
     決して、談笑混じりの最終確認が隙となった訳ではない。殺界を形成していた華月や、距離感とタイミングの把握が最も重要なヒットアンドアウェイを今回の基本戦術としているソーマは現に、アルがクラッチする数秒前には巨漢の到来を認識していた。ただ、反応する前にアルが動けただけのこと。
     単純に格が違うのだ。灼滅者達と、このアンブレイカブル――アルとでは。
    「8人中4人を捕まえて、これくらいの出来か。長く続けると変な癖が付きそうだ。さっさと済ませるぞ、覚悟は出来てるな?」
     街灯を背に、アルが告げる。機先を制して前衛4人を順不同に捕まえては、反撃のタイミングを奪いながら投げ飛ばし続けること、述べ20回。連続投げを複数人に対して、一息の間に行う技量は、まさに達人の域。
    「変な癖が抜けなくなるくらいのしぶとさ、見せてあげますよっ」
     片膝を突いて息を整えつつ、知信が返す。防御を旨とするディフェンダーであり、かつ、投げ対策を考慮した防具で身を固めて尚、投げの衝撃が身体の芯に響いている。琉嘉達の列回復だけで間に合うかどうか、少々心配な程。
    「予想の範囲内。前衛から後ろに被害が及ばなかっただけ、僥倖だよ」
    「前衛のみんながきっちり耐えてくれてるんだから、勝てるぜっ」
     自己強化サイキックを発動させつつ、ソーマとソラが続く。前衛に戦闘不能者が出ておらず、陣形の展開が間に合っているのだ。後は、ここから押し返すだけ。
     気付けば、前衛を夜霧が包んでいる。琉嘉とトウジロウが、己の役を果たしに動き出したのだ。
    「ディフェンダーのふたりはオレとトウジロウでいける。でも、クラッシャーに直撃が来たら厳しいかも。そのときは頼むな、ソラ」
    「おっけー、約束はきちんと守らなきゃな!」
    「そう言うわけだから、あたし達の道の上から退いて頂戴。邪魔よ、肉だるま」
     後方支援担当の二人を塗って、華月がさらりと毒を吐く。身に纏う殺気は朧気なれど、深く。夜闇に染みこみ、場に満ちる。
     口元を歪め、にやり、と強く笑うアル。腕を回し、来るなら来いとばかりに灼滅者達を待ち受ける。
     傷を癒やす霧が半ば程晴れた直後。
     巫女を初めとする前衛4人が、反撃行動に移った。3本のバベルブレイカーの杭がドリルのように唸り、ツインテールの緑髪と、赤い蝙蝠の翼めいたバトルオーラが夜気を裂く。杭の先端がアルの巨体を捉えると同時に、蓮太郎が振り上げたWOKシールドが、アルの顎目掛けて走る。シールドバッシュは紙一重で空を切るも、バベルブレイカーの波状攻撃が巨体を捉え。杭を引き戻し、再装填する重金属音がみっつ響く。
    「さっきの投げはそれなりに痛かったから、これはお返し。ちょっとでも隙を見せたら全力でブチ抜くから、覚悟しなさいよね?」
     巫女が、巨漢のアルを見上げて、くい、と手招きを一つ。
     これからお前は、ろくに身動きも出来ず、様々な絡め手に絡め取られて倒れるのだと。己の髪の影を同時に動かして、暗示しながら。

    ●全ては、力を求める渇いた心の為に
     巫女の宣言通り、形勢は見事に逆転した。シールドバッシュによるターゲットのコントロールこそ思った程機能しなかったものの、事前の予想通り、炎や氷、捕縛や足止めと言ったエフェクトが非常に有効に働き。アルの体力も、気力も、何もかもを削っていく。
     必殺の投げの合間に交える牽制の砂掛けも、来るとさえ解っていれば対処は容易。対複数戦闘に特化した投げ技と違い、単体対象である関係上、砂掛けを受けた味方をディフェンダーが優先的に庇えば良いと、目印代わりにすらされる始末。
    「半端者の集まりの癖に、よく粘る。本気で変な癖しか付きそうにないな」
    「そもそも、そっちの見せ場はとうに終わってる。勝ち目はないよ」
     知信の影から飛び出して射線を確保したソーマが、バスターライフルから漆黒の弾丸を射出し。
    「あれだけ毒や炎を受けてもぴんぴんしてるタフさだけは評価する。でも、それだけ」
     弾丸を避けようとした先には、華月の斬撃が待ち構え。
    「心配するな、塵一つ残さん。お前はここで、我々が灼滅する」
     フィクトが描く紅の逆十字が、アルの精神すらもえぐり取る。フィクトに隙を作る為、砂を掛けんと蹴り上げた足が空を切り、バランスを崩して転倒した瞬間に、ジェット噴射の推力を全開にした巫女のバベルブレイカーが刺さる。
     それでも、見切りの精度とタフネスとを武器に戦い抜いてきたアンブレイカブルだけあって、膝を突くまでには相当の時間を要した。
     足には幾重にも傷が走って、封縛糸が絡み付き。最早、初撃のような動きのキレは望めない。それでも尚、アルは手近な前衛――蓮太郎に飛びかかるも。
    「鋭いタックルからの足取りも、前転から背後を取ってのクラッチも、これだけ繰り返されればいい加減、見慣れもする」
     蓮太郎は突進を綺麗にいなし、
    「いい加減、倒れてくださいよっ!」
     解体ナイフの刃をジグザグに変形させ、知信が蓮太郎の脇から斬りかかる。
     琉嘉は間断なく夜霧で戦場を満たし、前衛の傷を常時癒やす。アルの動きからキレが無くなったあたりで、ようやく初手で癒やしきれなかった傷を癒やし終え。
     このまま続ければ、確実に勝てる。灼滅者達は、確信した。
     故に。
     幾度目かの総攻撃の最中、幕引きは不意に訪れた。
     蓮太郎が死角から繰り出した足刀が、アルの太い首筋をしたたかに打ち。
     どう、と巨体が倒れ伏し、消滅した。
     直後、蓮太郎の身体に不可視の力が流れ込む。それは心の中の闇を刺激し、励起するもの。最強に至る為の終わりなき闘争を、更なる暴力の嵐を。心が渇く。心中の空白が、更に白く焼ける。
     その渇きこそが己の根源だと、蓮太郎の姿をした修羅が笑った。
    「……善きかな」
     一言呟き、己の身を挺して守り続けていたクラッシャーのふたり目掛けて飛び込む。

    ●約束は誰の為に
     不意に始まる同士討ち。端から見れば、そうとしか言いようのない光景だった。
    「我、闇に惑いて心清浄ならん! いざ、技の限りを尽くし存分に死合おうぞ!」
     蓮太郎はフィクトの襟首を掴み、力任せに引いて小脇に抱え込む。自分よりも10cm以上上背のある相手に対し、引く力と背後に倒れ込む勢いとを活用して仕掛けるDDT。首と同時に腕をロックし、着地と同時に反動を付けてへし折る構えを見せ。
    「ッ……! 貴様にはいないのか、貴様の帰還を望む相手が、貴様にはないのか、帰りたいと思う場所が!」
     割れた額から血を流し、抜けきらない衝撃にもうろうとしながらも、フィクトが返す。言葉を向けるだけでなく、鋼糸を走らせて蓮太郎の動きを封じにかかるのは、味方への被害を最低限に抑え込む為。初戦のアルとは違い、蓮太郎には後衛を攻撃する手段がある。ただ言葉を掛けるだけでは、後ろから切り崩されることもあり得るのだ。
    「闇にナントカーとかじゃなくて、約束したろ! 約束って言うのは、絶対に守るモンなんだ! 忘れたなんてナシだぞ、ナシ!」
     ソラが吼え。
    「即席の絆に縋ってどうこう、って気は無い。ただ、このままじゃ据わりが悪いんだ。ケリを付けて見せろ、さっきみたいにあっさりと」
     華月が大地に眠る畏れを呼び覚まして纏い、蓮太郎の全身を切り刻む。
    「うむ、命を砕き合うこの極上の感触! 実にたまらぬわ!」
     渇いた魂を潤す闘争に、闇に堕ちた蓮太郎は笑む、も。
    「みんなで帰るんですよ、みんなで。思い出してください!」
     知信が影を伸ばして蓮太郎の脚を絡め取る。そこに、推力全開で巫女がバベルブレイカーを叩き込み。
    「こんなか弱い女の子にこうまでさせてるって自覚があるんなら、さっさと正気に戻ること。蓮太郎君。でないと、気絶するまでぶん殴って引きずって強制連行に処すけど?」
     視線一つ分上から、満面の笑みを浮かべて蓮太郎を見下ろす。
    「風穴が空けば空く程喜びそうだけど、……必ず取り戻すって決めてるから。先の約束、果たして貰う。生きる為だけに灼滅する、そんな存在じゃないだろう?」
     ソーマが漆黒の弾丸を連射して、退路を封じつつ語りかけ。
    「オレの分まで前で戦ってくれてた蓮太郎と一緒に、無事に帰るのが、今日のオレの戦いなんだよ! だから、仮に、蓮太郎に待ってる人がいなくても。どっか遠くにいても!」
     琉嘉がサイキックエナジーの光輪を分裂させ、フィクトを守るように展開し。
    「オレ達のところに帰ってこい、伊庭・蓮太郎!」
     声を張り上げ、叫ぶ。
     説得としては拙く、事前に決めた約束を果たせの一点張り。もしものときの保険込みで、8人中6人が闇堕ちを覚悟したと言う状況下に於いては、これ以外に取る手など無い。だからこそ、必要とされるのは口のうまさでも、説得慣れした面々に委ねることでもなく。闇堕ちした仲間の、心の強さを信じること。
     強者と相対し、倒すことでより力を得る。武神大戦天覧儀のような、ダークネスとしての力を強制的に与える儀式でなくとも、灼滅者達は経験してきたはずだ。南極を乗り越えることで、己の心も、身体も、以前よりも強くなったことを。
     故に。灼滅者達の叫びは、修羅を揺さぶり、武人の心に届く。
    「……ああ、約束した。覚悟も、したな。憶えている、忘れてなどいるものか」
     蓮太郎から、闇が薄れる。血闘に耽る修羅を、武人としての心根が凌駕した。
     ここに、無事に約束は果たされた。
     声を潜めて交わすおかえりの声が、公園に響き。
     灼滅者達は、夜闇に紛れて帰途に就く。闇に飲まれず、闇の中へ。

    作者:貴宮凜 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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