ロードローラー、夜明けに輝く

    作者:悠久

     暗い空の下、1台のロードローラーが山奥の道をごろごろと進んでいた。
     恐らく、ほとんど使われていない道なのだろう。アスファルトはひび割れ、隙間からは雑草がぼうぼうに生えている。おまけに大小いくつもの石が散乱しており、ひと目でわかるほどの悪路だった。
     ロードローラーの大きく重い車輪は、それらすべてを薙ぎ倒し、押し潰し、平らかに舗装する。
     だが、その運転席に人の姿はない。
     代わりににゅっと突き出しているのは――人間、それも若い男性の顔面。つまり、ダークネスなのだ。
    『うーん、やっぱり整地って気持ちいいねっ♪』
     鼻歌交じりにごろごろと突き進むロードローラー。
     やがてその灰色の車体が、ゆっくりと昇る朝日に清々しく照らされた。


     これで何台目かな、と。
     教室に入るなり、宮乃・戒(高校生エクスブレイン・dn0178)は呟いて。
    「六六六人衆、序列二八八位『ロードローラー』の出現が予測されたよ」
     それは、謎に包まれた六六六人衆『???(トリプルクエスチョン)』により、分裂という稀有な特性を持つ六六六人衆へと闇堕ちした、武蔵坂学園の灼滅者『外法院ウツロギ(毒電波発信源・d01207)』。
     日本各地へと散った分裂体のうちの1台が、またも事件を引き起こそうとしている――と、思いきや。
    「……ただ、山奥の道を舗装しているだけなんだよね」
     不可解そうに、戒は予測内容の説明を始めた。
     出現が予測されたのは、灰色のロードローラー。夜明けよりも少し早い時間、滅多に人の近付くこともない山奥の悪路を、ごろごろと鼻歌混じりに舗装しているそうだ。
     作られたきり放置された道らしく、車が通ることは皆無に等しい。せいぜい年に一度、麓の住民が初日の出を見るために上る程度の場所だという。
    「……上ってきた人、驚くだろうね」
     知らない間にまあこんなに道が綺麗に! 妖精さんの仕業かしら?
     いいえ、ロードローラーです。
    「……」
     戒がにこやかなまま言葉を失った。――どう見ても善行(?)である。
     とはいえ、相手はダークネス。しかも武蔵坂の灼滅者なのだ。さすがに放っておくわけにはいかない。
     ロードローラーは殺人鬼と同じサイキックを使う他、恐ろしい絶叫で平衡感覚を狂わせたり、自身の傷や状態異常を回復する。
     戦闘力はかなり高いと予測されるが、幸い、周囲に一般人が近付くようなことはない。灼滅者達は戦闘だけに集中できるだろう。
    「今回のロードローラーも分裂体だけど、他の色とは少し雰囲気が違うね。……でも、僕から君達に掛ける言葉は決まってる」
     君達の活躍に期待しているよ、と。
     戒はいつものように説明を締め括り、灼滅者達を送り出したのだった。


    参加者
    那賀・津比呂(ウザカッコ悪い系・d02278)
    弥堂・誘薙(万緑の芽・d04630)
    碓氷・炯(白羽衣・d11168)
    絡々・解(一線の外側・d18761)
    月姫・舞(炊事場の主・d20689)
    九賀嶺・夏々歌(罪に仕える断罪人・d23527)
    儀冶府・蘭(ラディカルガーリーマジシャン・d25120)
    ゲヴェクス・リフクネ(植物愛するフルート吹き・d26268)

    ■リプレイ


     深夜。山奥へと続く道を、灼滅者達は僅かに緊張した面持ちで上っていた。
     灯りなど皆無に等しい道を、それぞれ持参した照明が照らす。
     儀冶府・蘭(ラディカルガーリーマジシャン・d25120)が手にしたランプで行く先を照らせば、足元は石も草も何もかも巻き込むように整地されて。
     前方からは低い地響き。恐らくは――いや、間違いなくロードローラーの仕業だろう。
     近付いている、と蘭は息を飲んで。
    (「面識こそありませんが……少しでも、ウツロギさん救出のための手助けができれば良いのですが」)
     やがて、ごろごろと道を進むロードローラーの後ろ姿を捉え、真っ先に飛び出したのは那賀・津比呂(ウザカッコ悪い系・d02278)。
     怪力無双で携えるは手動用の整地ローラー。調達できたのは試練の道行くど根性があったためか。ともかく、津比呂はごろごろと道を整地しながら、鼻歌交じりで道を進むロードローラーの隣へと並ぶ。
    「ちわーっす! 精が出ますねー!」
     声を掛ければ、灰色の車体に突き出た頭部がぐりんっ、と回って。
    『やあ、君も整地かい?』
    「うんっ! でも、でかくてガッチリした車って漢のロマンだよね! だから、ロードローラーさんが整地してるトコ、運転席から見たいなー!」
     機嫌を良くした様子のロードローラーにお願いっ、と迫る津比呂。
    「ハンドル弄ったりしないから、運転席乗せてー!!」
    「僕も僕も!」
     と、絡々・解(一線の外側・d18761)も軽やかにその横へと並ぶ。
    『えー、どうしよっかなぁ☆』
     チラッチラッと思わせぶりな視線を送るロードローラー。
     あと一押し! と思った瞬間――後方、敵の様子を警戒する蘭が、いけない、と小さく呟いた。何故か、不吉な気配を感じたのだ。
     その声を受け、津比呂は一旦ロードローラーと距離を取ることにした。
     入れ替わるように、解がさり気なく話題を変えて。
    「なら、インタビューしていいかい! 舗装の何処が一番楽しい? 目に埃入ったりしない?」
    『うーん、押し潰すのって楽しいよねー♪』
     他愛のない質問を重ねれば、ロードローラーは機嫌よく色々と答えてくれる。とはいえ、特に重要そうな情報は得られない。
    「なら、外法院君どこにいるか知らない?」
     だが。会話の流れを作り上げた後、解は確信を突くような問いを混ぜて。
    「どこどこ? 具体的に教えておくれよ!」
    「それに、もしよかったら、貴方たちを生み出しているところに連れて行ってもらえないかしら?」
     問いを重ねたのは、月姫・舞(炊事場の主・d20689)。
     内心相手を警戒しているものの、表に出すことなく柔らかな微笑を向ける。
     けれど、ロードローラーは不意にニィ、と笑みを深めて。
    『うーん、いったいどこなんだろうねー?』
     ぐん――! と一気に加速し、Uターン。灼滅者達と向き合う格好になった。
    『ていうか、そもそも僕がなぁんにも知らないと言ったら、君達は信じるのかい?』
     返る声に、灼滅者達は言葉を失う。
    『僕が連れていくと言ったら、素直に付いてくるのかい?』
     現在、人に害を為していないとはいえ、相手は立派なダークネス。その言葉の真偽を、どうすれば判断できるのか。
     それでも、とゲヴェクス・リフクネ(植物愛するフルート吹き・d26268)は相手を見据え。
    「もしかして、本体は条件がないと出現しないのだろうか? 例えば君達の欲求がある程度満たされるとか、ね?」
    『うん、そうだよー……なぁんて、嘘だけど♪』
     ちょこんと首を傾げると、ロードローラーは猛スピードで容赦のない突撃。
     素早く回避すると、九賀嶺・夏々歌(罪に仕える断罪人・d23527)は瞳にバベルの鎖を集中させた。ESPを駆使して運転席に飛び乗ろうと計画していたが、最早そんな余裕もない。
    「舗装だなんて面白いことしてるじゃないっすか」
     前髪を払い、夏々歌はスレイヤーカードを解放。ひらりと影のマントを纏う。
    「でもそれではウツロギ様は戻ってこないままですので……倒させていただきます」
    「……少々複雑な気分ですが、六六六人衆ならば放置はできません」
     飛び出したのは、前衛で警戒を続けていた碓氷・炯(白羽衣・d11168)。敵が再びUターンを決めるよりも早く、その車体へ螺穿槍を叩き込む。
     だが、車体に付けた傷は浅い。分裂体とはいえ、序列二八八位という高位の六六六人衆。戦闘力はかなり高いと予測されていた。一筋縄ではいかない相手なのは間違いない。
     だからこそ不気味なのだ、と弥堂・誘薙(万緑の芽・d04630)はバスタービームを放つ。
     以前遭遇した緑色のロードローラーと違い、灰色の行動原理は不可解だ。なにせ、相手がやっているのは整地――人に迷惑を掛けるような行いではない。
    「……潰されないように気を付けようね、五樹」
     傍ら、六文銭を放つ霊犬の背を撫で、誘薙は微かな背筋の震えを感じていた。


    「今度は殺し合いで遊ぼうぜっ」
     重々しいロードローラーの突撃を、津比呂はクルセイドスラッシュで迎え撃った。
     口元、軽く浮かべた笑みに苦痛の色が混じる。ポジションはディフェンダー、加えて守りを強化する斬撃があっても、敵の圧倒的質量は脅威的な威力だ。
     足止めされた津比呂へ再度の突撃が向かうより早く、放たれたのはゲヴェクスのデッドブラスター。
     小さく穿たれた車体の傷から毒が注入されるも、敵は涼しい顔。
    「まったくもって厄介な分裂体だ。だが、考察する対象としては申し分ない」
     ゲヴェクスの苦笑には幾分かの緊張が混じる。その横を、舞がジェット噴射で駆け抜けて。
    「ごーりごり、がーりがり」
     車体の『死の中心点』へ狙い澄ました杭を打ち込む。その顔に浮かぶのは、笑み。
    「ふふ。流石、序列二八八位ですね」
     事実、一撃程度では敵も揺るがず。だからこそ愉しい、と舞は追撃。
    「殺し合いと舗装活動なら、あなたはどっちが好き?」
    『そんなの、比べられないよー!』
     一方、突撃を終えたロードローラーは大回りのターン。
    「やはり、ロードローラーは小回りが利かないようですね?」
     その隙を突き、音も立てず肉薄した炯が非物質化させた刃を閃かせる。
     敵を見据えるその顔に表情は薄く――だからこそ、敵が不気味な笑みを浮かべても動じることはなかった。
     次の瞬間、放たれたのは耳をつんざくほどの絶叫。
    『小回りが利かないのならこうするまでさっ!』
     厭らしい笑みも相まって、それは見るものに恐怖を呼び起こさせる。
     音の向かう先は、真正面に立っていた誘薙。だが、すかさず傍らの霊犬が庇って。
    「五樹! ひ、ひどい声です……!」
     悲痛な叫びを上げる霊犬を抱き留め、浄霊眼での癒しを確認すると、誘薙はエアシューズで滑り出す。
     放つのはグラインドファイア。胸元には既にクラブのスートが黒く浮かび上がる。
     しかし、車体が燃え上がってもなお、ロードローラーは怯む様子を見せず。
     ならばと飛び込む夏々歌の、尖烈のドグマスパイク。
     止まらないのなら、麻痺を重ね、無理矢理に足を止めてしまえばいい。
    「私たちを倒すのも仕事、と言っていたことがあるそうですね」
     杭が貫く刹那、真正面から相対した顔へ問いかける。
    「それは誰かから頼まれたのか、それとも……いえ」
     夏々歌の言葉が途切れた。単純な問いでは相手の言葉の真偽を確かめられない。今までの対話で散々思い知らされたことだ。
    「私達が貴方がたの邪魔ではなく、協力を申し出たら受け入れるのですか?」
    『そりゃあね、邪魔しないならば攻撃はしないよ。でもさぁ』
     と、ロードローラーは猛スピードで後退。攻撃態勢を整えて。
    『君達にそれができるのかい? 今だって、こうして戦ってるじゃあないか!』
     その言葉に、夏々歌は返す言葉を持たず。そのまま突進を食らって吹き飛ばされる。
    「九賀嶺さんっ!」
     すかさず蘭が癒しの矢を放つも、傷は深い。
     癒しを重ねるのは解の集気法。再び突進するロードローラーを遮るため、ふわりとビハインドが飛ぶ。
    「ミキちゃん! 交通事故には気をつけておくれよ!」
     霊撃で敵を牽制しながら、主の言葉に振り向く天那・摘木。小さく頷くその姿が時おり不安定に揺らめくのは、庇った際の負傷が激しいためだろう。笑みは崩さないまま、解の心の奥に怒りが灯る。
     だが――強い。互いに視線を交わす灼滅者達の表情に、緊張の色が濃くなる。
     今は互角だが、守りが、回復が追いつかなければそこから総崩れになるかもしれない。
    (「私が、しっかりしないと」)
     後方、回復に務める蘭がごくりと息を飲む。天星弓を構える手に汗が滲むのがわかった。


     ロードローラーの車体から放たれたどす黒い殺気が前衛を覆う。
    「すぐに回復します……!」
     後方、緊張の面持ちで戦況を見据える蘭が即座に清めの風を生み出すも、回復できないダメージは確実に積み重なっていく。
     駄目押しとばかりに足止めの突撃を図る敵を、魔導書を繰るゲヴェクスの攻撃が貫いた。
    「さあ、これで少しは大人しくなるかな?」
     アンチサイキックレイ。敵の纏う殺気が霧散するも、突撃そのものは止まらない。
    「オレ達、そう簡単にやられるわけにはいかないんだよね」
     だが、津比呂がWOKシールドで受け止めて。
    「だからもっと遊ぼうぜ! オレが相手するからさっ!」
     そのままシールドを構えて突撃、敵の注意を惹き付ける。負傷は蓄積しているが、重ねた守りが幾ばくかの余裕を与えていた。
    「攻撃が激しいのなら、その機会を減らせばいいだけです」
     敵の側面を駆け抜けざまに切り裂く夏々歌。的確に急所を捉えた一撃に、ロードローラーの動きが鈍り――止まる!
    「今です!」
     夏々歌の鋭い号令を、生まれた隙を灼滅者達は逃さない。
     炯、舞、誘薙。攻撃に特化した3人のサイキックが次々と敵へ命中する。
     津比呂は仲間を守るようにシールドを広げ、後方では蘭が癒しの矢を放った。解とゲヴェクスも回復を補助する。
     一方、敵も即座に歓喜を込めた絶叫で回復。が、車体には深々と傷が残って。
    「あなたの行動は……奇妙で、不気味です。まさか、???の手伝いでもしているのですか?」
    『えー? だって僕、ロードローラーだもーん☆』
     拮抗する攻防。誘薙のトラウナックルに車体を大きくへこませながらも、ロードローラーはぎゅるんとUターンを決め、ぱちんとウインク。そのまま急加速で発進する。
     なおも繰り返される突撃を押しとどめるうち、ディフェンダーを務めるサーヴァント達の姿が次々と掻き消えて。
    「五樹!」
    「ミキちゃん!」
     戦場に響くのは、誘薙と解の叫び。
    「ねえ、キミのことちょっと解体してみていい? ああ、答えは必要ないよ!」
     回復の手が空いた隙を逃さず、解は怒りを込めて護符を投げつける。
    「キミが倒されるのは、もう決定事項だからね!」
     残念だなあ、と解。命中した導眠符に、ロードローラーの動きがはっきりと鈍った。
     刹那、その車体を包み込むように生まれた影は、炯のもの。
    「失礼、ぺしゃんこにはなりたくないのでね」
     無数の鳥が羽ばたくかのように影は霧散して。
     再び姿を現したロードローラーの顔に浮かぶのは、苦悶。
    「解体できるとするならば、果たして分裂体たる貴方を構成する部品はあるのでしょうか」
     確かめてみたいとは思いませんか――静かに囁きながら、再度、刃を閃かせる炯。
     その横を、舞が駆け抜けていく。
    「というわけで……食べちゃいますよ?」
     狂気じみた笑みと共に、敵の脳天へ振り下ろされるマテリアルロッド。
     注ぎ込まれる魔力に、車体のあちこちが内側から吹き飛んでいく。
     最後に1度、大きな爆発が起こって。
    「ふふ、ご馳走様でした」
     動きを止め、ただのスクラップと化したロードローラーへ、舞は丁寧に手を合わせた。


     動きを止めたロードローラーは、すぐさま消滅を始めた。
    「お疲れ様でした。みなさんご無事……と言っていいかはわかりませんが、無事に灼滅できて何よりです」
     共に戦った仲間達を見回し、蘭は丁寧に一礼した。
    「今回の彼の言動を踏まえ、私は私なりに推理してみることにします」
    「そうですね。とはいえ、もっと色々とお聞きしたかったんですけど」
     残念です、と舞。だが、質問の余裕がないほど強い相手だったことに、どこか満足感も覚えて。
    「乗せてもらえなくて残念だけど、危ないなら仕方ないかー」
    「まあ、いずれまたどこかで会うかもしれないしね!」
     津比呂の言葉に、応える解。
     そう。まだ終わりではない。灼滅したのは、分裂体の1台に過ぎないのだ。
    「……道、きれいになってます」
     改めて周囲を見回し、誘薙はぽつりとそう呟いた。その言葉に滲む物悲しさは、傍ら、いつも感じる温もりが失われているためだろうか。
     人を殺すでもなく、ただ悪路を整地していただけの、奇妙なロードローラー。
    「救出したいけど、本体が見つからないんじゃ手の出しようがない」
     何気ないゲヴェクスの呟きが、灼滅者達の胸を打つ。
    「……簡単に、清掃だけしておきましょうか」
     瞳を伏せ、炯はそう呟いた。
     戦闘の痕跡を消して、少しでも整地した場所が残るように。
     ――と、歩き出した炯がぺちょ、と何もない所でつまずいて。
    「……痛いです」
     起き上がり、憮然とした面持ちを浮かべる炯の姿に、仲間達の緊張が緩むのがわかった。

     そして。
     帰路を往く灼滅者達を、ゆっくりと昇る朝日が照らし出す。

    作者:悠久 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 9
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