修学旅行2014~森でひとやすみ

    作者:邦見健吾

     武蔵坂学園の修学旅行は毎年6月に行われ、今年の日程は6月24日から27日までの4日間だ。
     小学6年生・中学2年生・高校2年生が同時に出発するとともに、大学1年生となった学生たちの交流を目的とした親睦旅行も同じ日程・スケジュールで行われる。
     修学旅行の行先は沖縄。沖縄そばやゴーヤチャンプルーなどの沖縄グルメ、水族館や美しい海など沖縄ならではの魅力が盛りだくさん。
     さあ、君も沖縄を楽しもう!

    ●森のカフェでほっこり
     修学旅行2日目の午後にはやんばるの森を観光する時間がスケジュールに組まれている。トレッキングやカヌーなどを楽しむのもいいが、熱い日差しに疲れたなら森の中にあるカフェでひとやすみすればいい。
     深い森の中に佇むカフェでは、マンゴーやシークヮーサーなど沖縄のフルーツを使ったジュースや、バナナやよもぎのケーキといった手作りのスイーツが楽しめるほか、庭に出てハンモックに揺られることもできる。お茶やコーヒーも揃っており、優雅なティータイムを満喫するのには最適な場所といえるだろう。
     生い茂る木々のカーテンの下、東京の喧騒を忘れ静かにゆったりと過ごす時間は、普段味わうことができない癒しをもたらしくれるに違いない。
    「『やんばる』とは沖縄本島北部の、山や森林など手つかずの自然が多く残っている地域のことだそうです」
     珍しくさんぴん茶と書かれたペットボトルを片手に沖縄のガイドブックをめくる蕗子。
    「森のしっとりした空気を感じながら、ゆっくりと流れる時間を楽しむのもまた一興かもしれませんね」
     遊ぶも修学旅行、休むもまた修学旅行。憩いの場で過ごすひと時もまた、かけがえのない青春の1ページとなってくれるだろう。


    ■リプレイ

    ●ようこそ森へ
     修学旅行2日目の午後は、沖縄の自然豊かなやんばるの森観光だ。日々戦いに身を置く灼滅者にも時には癒しが必要というもの。ここ沖縄でしか味わえない特別な癒しを求めて、灼滅者たちは森の中にたたずむカフェへとやってくる。
     森を散策し、草木をその目に収めてきた智以子がふらっとカフェに立ち寄る。
    「……」
     紅茶を一杯注文すると、今見てきた植物たちの姿を脳裏に浮かべ、心ゆくまで反芻する。豊かな紅茶の香りとしっとりした森の空気が混ざり合い、心地良く肺を満たす。写真や映像に残すことはしない。ただ、心に焼き付けければそれで満足だ。
     紅茶を飲みおわると、智以子は席を立ち、また森へと足を向ける。
    「ごちそうさまなの」
     今度は水辺の花々でも見に行こうか?
    「ふぅ……」
     勇也は椅子の背もたれに深く身を預けながら、昨晩騒ぎ過ぎて疲れた体をリフレッシュさせる。ハーブティーが注がれたグラスを片手に木々を眺めていると、それだけのことなのに意外と飽きがこなくて、ただ過ぎていく時間も好ましく感じる。
    「ふふっ」
     我ながら中学2年生らしくないと思い、つい笑ってしまう。これでは誰かにおっさんくさいと言われても反論できない。けれど、いつもは荒事の多い学校生活。偶には落ち着いてみるのも悪くないだろう。
     エドヴァルドは森の中を散歩し、葉擦れの音や自然の匂いを楽しんだあと、カフェの一席に腰を落ち着けた。野生の植物の美しさを思い返しながら、シークヮーサーのジュースを頼む。
    「こ、これはユニークな味ですね……」
     柑橘系らしい風味だけでなく、強めの酸味、その中に存在する甘さが相まって、エドヴァルドにとって初めての味だ。最初は少し抵抗があったものの、次第に癖になっていく。沖縄の木々の神秘的な景色を目に瞳に映しながら、エドヴァルドは持ってきた本を開き始めた。
     お土産店で買った扇子をパタパタと扇いでいるのはモカ。アキサミヨーというウチナーグチ(沖縄方言)がプリントされている(訳が難しい語だが、助けてという意味もある)のだが、モカはよくわかっていない。
    「ふわぁ……」
     まったりとコーヒーとバナナのケーキを楽しんで、少し大きなあくびを漏らすモカ。ゆっくりまぶたが下りていき、やがてすやすやと寝息を立て始めた。着ている浴衣がはだけつつあるのも彼女の愛嬌……なのだろうか。

    ●友と一緒に
    「おかし」
    「おかし? ケーキとかでいいのか? すんません、お菓子っぽいヤツを、何でもいいんで。それと俺はコーヒー、こいつにはココアで」
     怯えるように身を縮める有無に代わって、キィンがケーキと飲み物を注文した。有無はまるで怖がりの子どもみたいに、傍にいるキィンの影に隠れようとする。
     普段の黒づくめと違いカジュアルな服装に身を包む有無だが、面倒を見るキィンにとってははぐれた時不便じゃないかと心配だ。
     しかし店員がケーキをもってくると、甘党な有無は食欲旺盛になってケーキをほおばる。
    「うまいか?」
    「うん」
     キィンが聞くと、有無は目深に被った帽子の下で、硬く、けれど確かに笑った。
    「ハハッ、普段の高飛車な顔よりややこしくなくて良いんじゃねえの」
     笑いながらコーヒーに手を伸ばすキィン。傍目から見ると変わった様子だろうが、彼らなりにカフェを楽しんでいるようだった。
    「来た来た。シークヮーサージュースー!」
     ジュースがくると、天花はグラスを掲げながら、妙な棒読み(?)でシークヮーサージュースをアナウンス。未来から来たロボットを思い出すのは気のせいだ、きっと。
    「うわ! すっぱい! でもおいしい! 沫璃ちゃんのは?」
    「私はマンゴージュースを。とっても甘いです。お菓子も頼もうかな。天花さんも食べます?」
     森の静かな空気に包まれ、安らぎのひと時を得る天花と沫璃。落ち着いた雰囲気は、大切なものを思い出させてくれる気がする。
     ……ところで
    「沫璃ちゃんって、胸大きいよね」
     沫璃のたわわな果実をガン見する天花。
    「そ、そんな。特別大きいってことは……」
     否定できない。男性の視線を感じることは少なくなかった。
    「やっぱり、男の子ってこういう胸が好きなんかな? ……あれ? 天花ちゃん、ちょっと、怖いで?」
    「秘訣を教えて、沫璃ちゃん。やっぱりアレ? 適度な運動とか食事とか、それにマッサージ?」
    「秘訣とか、そんなんないから! あかん、触ったらダメ! ダメやってば!」
     天花はこの後蕗子に怒られました。
    「落ち着くんだよー……」
    「毬衣さん、何か野生に戻ってますよー?」
     豊かな森の自然に安らぎを覚える毬衣。そして紅花は、その様子を見て和んでいるところだ。毬衣はもふもふのイフリート着ぐるみを着込み、さしずめもふりーとといったところか。暑そうとか細かいことは気にしてはいけない。
    「面白い味なんだよー」
     よもぎのケーキを頼んだ毬衣は、普段食べない味に舌つづみを打つ。肉食獣にも食物繊維は必要なのだ。
    「紅花、そっちの食べてるの何なんだよ? こっちのあげるからちょっと貰ってもいいー?」
    「紅芋のケーキです。じゃあちょっと交換ですねっ」
     紅芋本来の甘さを生かしたケーキは、深みがあり上品な味わい。
    「あっ、よもぎのケーキもおいしいっ」
     生い茂る木々、風で枝葉が揺れる音、草と土と水の匂い。交換したケーキとともに、2人で沖縄の森を五感で味わう。
    「とっても楽しいんだよー……」
    「そうだ、ハンモックでちょっとお昼寝しませんか?」
    「気持ちよさそうだよー」
     ハンモックの方へ歩いて行く2人。今はのんびりと休もう。

    ●木々の間に揺られて
     木々のカーテンの下、誇はハンモックに腰掛けながら、空や森の中を舞う鳥たちを眺めていた。南国フルーツのミックスジュースをストローでちゅーっと吸い、太陽の光で火照った体を潤す。
    「くはぁっ。……ジュースおいしい」
     遊び疲れもあり、今はぼーっとのんびりしていたい気分。午後をどう過ごそうかと、ぼやけた頭でぼーっと考えながら、まどろみに落ちていく。
     ハンモックに揺られ、沖縄の風を感じるイーヴァ。
    (学園に来てすぐに修学旅行なんてイベントがあるなんてラッキーね♪ 色々と見たり出来るみたいだけど、やっぱりアタシは自然の中でゆっくりしたいもの)
     日本の風を肌に浴びながら、故郷の風景を思い出す。そして次々と思い浮かぶ旅の景色。穏やかな風に包まれ、いつの間にか、イーヴァは夢の世界へ旅立っていた。
     紋次郎は深く息を吸うと、木々の間に弧を張るハンモックに身を委ねた。自分の体重を預けてハンモックに揺られていると、つい眠ってしまいそうな心地良さに包まれ、普段戦いに身を置いていることすら忘れてしまいそうだ。注文したマンゴージュースは甘くて美味だが、喉の渇きを癒すにはいささか甘すぎたかもしれない。後でシークヮーサーのジュースも頼んでみようかと、森の景色を眺めつつ、ぼんやりと考えた。
     一通りお茶を楽しんだあと、ハンモックに寝そべりゆるりと惰眠を貪る九里。よく木の上で昼寝をする九里にとっても、ハンモックの感触は新鮮に感じられた。そこに忍び寄る影が一つ。真魔だ。ほおをツンツンつついたり、九里の顔をまじまじと見つめて睫毛長いよなーとか思ったり、髪の毛をなでてサラサラしたり、完全に不審者の所業といえるだろう。しかし突然、真魔の唇にクッキーが押し込まれた。
    「ふがふ!?」
    「おいたはいけませんね、佳い子は眠る時間に御座いますよ。何なら僕が眠らせて差し上げましょうか? 何、一瞬の痛みを伴う程度かと」
     目を白黒させてクッキーを咀嚼する真魔を、いささか剣呑な言葉でたしなめる九里。真魔が子どものように頬を膨らませる。
    「Buona notte、きゅうりちゃン。どこまでも青き空と広がる緑の下、優しき眠りが訪れますよう」
    「ふふ、おやすみなさいませ。南の島の風が、佳き夢を運びますよう」
     気を取り直してもう一眠り。真魔がこっそり九里の寝顔を撮っていたのは秘密である。
     並んで揺られる、同じ血を分けた、同い年の兄弟。優太が弟の祥太に語りかける。
    「ぼくたち、生まれる前からずーっと一緒だったよね。祥が好きでたまらないから、ぼくのわがままでたくさん振り回した。めんどくさい兄だよね、ぼく」
     疑問符を浮かべながらも黙って話を聞く祥太。
    「ずっと一緒で、今も一緒。……でも、大きくなれば、きっと二人の道は別々になるよね。もう、無理についてこなくていいから。祥は、祥が行きたいところに、好きなように行っていいよ。今まで、ごめんね」
     少しだけ間を置いて、祥太が口を開いた。
    「……あのね、優。僕は別に、優のわがままで今まで一緒だったわけじゃないよ。同じ方向を見ているのも、そばにいるのも、僕がそうしたいから。いつか離れることになるとしても、今まで一緒だったことの全部が消えるわけじゃないし。それに今はまだ一緒に、ね」
     祥太からの答えに押し黙る優太。
    「……優。きっと僕は、優が思ってる以上に、優のこと……って、寝ちゃったの? もう、仕方ないなぁ」
     固くまぶたを閉じ、瞳が濡れていることを隠す優太だった。

    ●君とあなたと
    「お前とこうして顔を合わせるのも、少しぶりか」
    「ああ、久しぶりだ。そちらこそ元気そうでなによりだ」
    「学部が変わってからあまり顔を合わせることはなくなったが、元気そうで、良かった」
     お互い武蔵坂の大学に入学し、少し久々に顔を合わせる傑人と朗。先に尋ねたのは朗の方。
    「大学はどうだ?」
    「僕の方は、医学部……まぁ医者とかそういう方面かな、それを目指してぼちぼちと。今まで知らなかったことを知ることができて、とても楽しい」
    「そうか。芳賀は夢があるのだな。少し羨ましいぞ」
    「お前は?」
     傑人が問い返す。
    「俺は親の残した物を継ぐ為に勉強中だな。今は叔父に経営をお願いしている」
    「継ぐつもりなのか?」
    「まあ、判らん。叔父の方が向いているならそのまま任す。俺は一社員として会社で働かせて貰おうかなとも思っている。学生は学生らしくとも言われてるのでな。学生の間はせいぜい青春を楽しむさ。そういえば芳賀は以前に話していた本屋のアルバイトは――」
     ひとしきり近況交流などを済ませると、2人は何を話すでもなく、お茶とケーキを傍らに流れゆく時間を楽しんだ。
    「涼さん?」
    「……あら、璃月ちゃん? こんな所で会うなんて、偶然ねぇ」
     マンゴージュースに口をつけようとした時、璃月に声をかけられた涼。一人の時間をのんびり過ごそうと、お互い同じようなことを考えていたのは偶然か。
    「知り合いに会うと嬉しいものね。ご一緒してもいいかしら」
    「そうね、折角だしご一緒してちょうだいな♪」
     璃月の誘いを受け、涼が傍の椅子を引き出す。
    「涼さんは理美容だったわよね。お洒落で素敵で、とても似合っていると思うわ」
    「そう? ありがと、そう言って貰えると嬉しいわぁ」
     涼はクスリと笑い、綺麗な髪が何より好きなのだと語る。
    「璃月ちゃんの髪も、艶やかで透き通っていて……とても綺麗よね」
    「わっ……」
     涼が何気なく毛先に触れた途端、璃月はつい俯いてしまう。少し驚いた顔の涼を残し、まるでのぼせた様子の璃月が席を立った。
    「さ、先にお会計、済ませてくるわね」
    「……まさか、ね」
     足早に店を出る璃月の背中を眺める涼。璃月の仕草の中に垣間見えた感情は、涼の思い過ごしだったのだろうか……?
    「心が洗われるかの様です……本当に綺麗」
     セカイはカフェを少し外に出て、森に広がる自然をスケッチしていた。そこに、先ほど騒ぐ天花をたしなめていた蕗子が通りかかる。
    「何をなさっているのですか?」
    「え? これですか? 写真の方が綺麗にありのままを残せるのでしょうが、お恥ずかしながら自分の手で形としてこの風景と気持ちを思い出にしたくなりまして……。変ですよね?」
    「いいえ、そんなことはないと思いますよ。人の手で描くものには気持ちがこもりますから」
    「ありがとうございます」
    「少し横で見ていてもいいですか?」
    「はい、どうぞ。少し恥ずかしいですけれど……」
     ふふっと微笑み合って、セカイは森を眺め、蕗子はその様子を静かに見ていた。
     三線の音色を楽しむため、カフェを少し離れたところにやってきた愛と、幼馴染の空桜。愛は自分用に買った三線を器用に操り、独特な音色を鳴らす。
    「もう流暢に弾けるなんて流石、ね」
    「当たり前っす。まぁ、癖が合ってまだ少し不慣れなんすけどね」
     空桜に褒められ、嬉しげな表情を見せる愛。愛が琉球音楽のメロディを奏でると、それに合わせて空桜が歌声を高らかに響かせた。
     満足するまで弾き終えると、愛は鳥のさえずりや木々のざわめきに耳を傾けながら横になる。やがてまぶたが重くなり、そっと目を閉じた。
    「眠っている姿は、まだ幼い頃のままね」
     空桜は愛が寝息を立てているのに気付くと、読んでいた本を閉じ、優しく髪を撫でて見守る。
    「ありがとう」
     感謝の気持ちと秘めた想いを胸に、空桜はそっと唇を近づけた。


    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月25日
    難度:簡単
    参加:24人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 4
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