禁呪を紡ぐ悪魔へと

    作者:波多野志郎

     ――夕暮れが、海原を染めていく。
     その絶景を一望する断崖絶壁に、ソレは転がりやって来た。巨大な肉塊は、ゆっくりとその身を大きくさせながら、崖の前へと到達した。
     ミシリ、という軋む音。そこから伸びたのは、装甲に包まれた右腕だ。その右腕からバララララララララララララララララッ!! と大量の紙片があふれ出し、それは一冊の大きな本へと姿を変えた。
     それを右手が掴んだ時、そこには一体の悪魔の姿があった。牛のそれに似た角と兜、全身鎧に身を包んだ悪魔は、踵を返す。そして、肉塊として自分がたどって来た道を帰るように、歩き出した……。

    「スキュラも面倒な置き土産を残したもんすよね……」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は渋い表情で額を押さえ、語り始める。今回翠織が察知したのは、スキュラダークネスの存在だ。
    「八犬士が集結しなかった場合に備えて生前の彼女が用意していた、予備の犬士を創りだす仕掛け、その中の一つっす」
     霊玉を核とした肉塊は、人間やダークネスの残骸を少しずつ集め大きくなったものだ。この段階で倒してしまえば、霊玉はどこかへ飛び去ってしまう。
    「ただ、スキュラダークネスは誕生後しばらくは力も弱いままっす。時間をかけて予備の犬士にふさわしい能力を得るんす。だから、短期決戦をしかけるしかないんすよ」
     もちろん、戦いが長引けば闇堕ちでもしない限り勝利することはできない――そういう相手だ。だから求められるのは、素早く、確実に灼滅する事だ。
    「夕暮れ、断崖絶壁にこの肉塊は現われるっす。霊玉の文字は礼、魔導書のサイキックを使うソロモンの悪魔っす」
     配下こそいないものの、このソロモンの悪魔の戦闘能力はかなり高い。いかに素早く倒すために力を尽くすか? それは、みんなの作戦にかかっていると言っても過言ではない。
    「十五分、それがリミットだと思って問題ないっす。それ以上は、闇堕ちしなければ倒せないっすから……」
     だからこそ、戦いに光源はいらない。日没までに倒さなければ、それこそ闇堕ちが必要な状況になっているからだ。
    「もちろん、野放しにすればどうなるかわからないっす。その覚悟を決めて、挑んで欲しいっす」
     スキュラが八犬士の空位を埋めるべく創った存在だ、その脅威は計り知れない。だからこそ、翠織は真剣な表情でそう締めくくった。


    参加者
    川原・咲夜(吊されるべき占い師・d04950)
    鴨宮・寛和(ステラマリス・d10573)
    宮代・庵(小学生神薙使い・d15709)
    焔宮寺・花梨(珈琲狂・d17752)
    久条・統弥(槍天鬼牙・d20758)
    天崎・祇音(霊山の戦乱姫・d21021)
    鷹嶺・征(炎の盾・d22564)
    黒影・瑠威(総てを護る不可侵の影・d23216)

    ■リプレイ


     もうすぐ、夕暮れに染まり始めるだろう断崖絶壁。そこから覗く美しい光景にも、焔宮寺・花梨(珈琲狂・d17752)の表情は晴れなかった。
    (「スキュラダークネス、仮にも犬士となりえた存在……ここを私たちが止めなければ、被害は……それだけは、避けないと」)
    「お、あれかの?」
     天崎・祇音(霊山の戦乱姫・d21021)の言葉に、花梨や仲間達はそちらに視線を向ける。断崖絶壁へとゆっくりと近づいてくる巨大な肉塊――それを見つけて、久条・統弥(槍天鬼牙・d20758)が吐き捨てた。
    「スキュラも面倒な物を残したよなぁ……肉塊って気持ち悪い……とにかく、弱体化している間に倒してやる!」
    「この世に生を受けた時、すでに主はなく、ですか。かわいそうですが、だからといって逃がすわけには参りませんね」
     鷹嶺・征(炎の盾・d22564)が、無意識に胸元の不死鳥の誓いを握り言う。太陽が、傾いていく――赤く染まりいく中、宮代・庵(小学生神薙使い・d15709)はクイっと眼鏡を押し上げながら言い捨てた。
    「時間をかければ力を取り戻し厄介なことは湾野さんの情報から把握済みです。ですから、力をつける前に速攻で潰させていただきます。兵は拙速を尊ぶといいますが、まさにこういう時にある言葉ですね」
    「そ、そうですね!」
     庵の言葉に、コクコクっとうなずいて鴨宮・寛和(ステラマリス・d10573)も同意する。断崖絶壁へとたどりついた肉塊が動きを止めるのを見て、黒影・瑠威(総てを護る不可侵の影・d23216)がスレイヤーカードを手に取った。
    「宙ヨリ零レシ龍ノ涙、コノ剣ヲ以テ総テノ悲シミヲ蝕ミ、源ヲ穿テ」
    「燃え咲かれ、我が焔!」
     瑠威が、花梨が、灼滅者達が戦闘体勢を整えていく。その目の前でミシリ、という軋む音と共に、肉塊から装甲に包まれた右腕が生えた。バララララララララララララララララッ!! と大量の紙片があふれ出し、それは一冊の大きな本へと姿を変える――それを見て、川原・咲夜(吊されるべき占い師・d04950)はその目を細めた。
    (「スキュラダークネス――仕組みを考えれば霊玉にダークネスの魂でも入っているって事なんでしょうが……産まれ方が産まれ方だけに眷属かダークネスかも判然としないものが」)
     右手が魔導書を掴んだ時、そこには一体の悪魔の姿があった。牛のそれに似た角と兜、全身鎧に身を包んだ悪魔に咲夜は静かに言い捨てる。
    「しかし産まれるのがソロモンの悪魔ならそれは一応私の宿敵。悪魔らしい悪魔となる前に、夜を迎える前に――死ね」
     ガシャン! と鎧を鳴らしてスキュラダークネスが地面を蹴る。瑠威の手が携帯電話のタイマーをセットした瞬間、爆炎が灼滅者達を飲み込んだ。


     声もなく紡がれた禁呪が巻き起こしたゲシュタルトバスターの爆炎が、夕日のそれよりも鮮やかな赤で周囲を照らす。その中で、立ち上がる力をもたらす旋律が鳴り響いた――寛和のリバイブメロディだ。
    「回復はお任せください、皆さんは攻撃に専念を」
    「ええ、そうですね」
     庵の前に立ち、爆炎から庇った征が静かに告げる。
    「確実に倒すために倒させない。それが盾としての僕の役目です」
     征とビハインドのフロインデが、同時に駆け込んだ。征はスキュラダークネスへと赤を帯びた金の炎を宿した刀を振り払った。合わせたフロインデの大剣が逆方向から、挟撃するようにスキュラダークネスを襲う。
     ギ、イン! とスキュラダークネスは手甲で斬撃を受け止めた。ザザ、と靴底が岩場を削りながら止まると、そこに庵が踏み込んでいる。
    「庇っていただきましたからね、それだけの結果は出すのが私です!」
     空いた胸部装甲へと、庵の異形の怪腕が叩き込まれた。ガギン! と金属の激突音と共に、庵は鬼神変の拳を振り抜く。
    「日が沈みきる前に倒さねばならぬ!」
     のけぞったスキュラダークネスへと祇音の足元から影武者が起き上がる――より正しくは、影の武者が。影の武者は甲冑のシルエットで疾走、スキュラダークネスの胴を掴む。それをスキュラダークネスが振り回した瞬間、統弥が間合いへと踏み入った。
    「時間がないんだ、叩きのめさせてもらう!」
     ダン! という鋭い踏み込みからの槍の刺突――螺穿槍が、火花を散らしてスキュラダークネスの胸元へ突き刺さった。そこへ、コーヒーカンタータを炎で包んだ花梨の斬撃が飛ぶ!
    「――硬い、ですね」
     コーヒーカンタータから伝わる手応えに、花梨はこぼした。しかし、確かにスキュラダークネスの装甲に炎が点るのを見る。
    (「BS漬けにさえ、出来れば……!」)
     それが、灼滅者側の目算だ。事前にエクスブレインの未来予知によってあらかたの敵の手札がわかるからこそ出来る戦い方だ。霊犬のコナが六文銭を射撃してスキュラダークネスを牽制するそこへ、瑠威は頭上に掲げた雫蝕月剣を振り下ろす。
    「凍りなさい」
     ヒュオ! と生み出された氷柱がスキュラダークネスへと射出される。スキュラダークネスはそれを右腕で受け止めるが、ピキリ……! と純白の氷が受け止めた右腕を覆った。
     不意に、スキュラーダークネスが周囲に浮かべた魔法の矢を牽制し自身の背後へと放つ。しかし、加速した咲夜は既に射線上にはいない――逆に踏み込むとSechzehnの一閃が、スキュラダークネスの太ももを切り裂いた。
    「生まれたての少しでも弱い間に……!」
     足止めを積み重ね、後半のスキュラダークネスの動きを制する、その意図を込めて咲夜は動いているのだ。
     バキン、と鎧を軋ませスキュラダークネスが右腕を振るう。原罪の紋章を敵の肉体へと刻む――カオスペインが灼滅者達を襲った。


     西の水平線に、夕日が沈んでいく――その朱に染まる中を、瑠威がスキュラダークネスと共に駆けていた。
     でこぼこな岩の足場を正確に見切り、瑠威は雫蝕月剣を横回転の遠心力を利用してスキュラダークネスの胴を薙ぐ。それをスキュラダークネスは強引に踏み込み、受け止めた。しかし、瑠威は加速を止めない。触れるか否かの寸前で真横へ跳ぶ。
    「今です」
     瑠威の呟きに応えて入れ替わりに踏み込んだのは、統弥だ。大上段に掲げた霊刀・陽華を渾身の力で振り下ろした。
    「浅い、が――」
     鏡面がごとき刃から伝わる手応えに、統弥がこぼす。しかし、確かに斬った。スキュラダークネスの装甲にも、切り傷が刻まれている。その動きの鈍さは、確かに序盤に積み重ねた足止めの効果が大きかった。
    「頃合いです。一斉に攻撃開始してください!」
     アラーム音に、瑠威が声を上げる。同時、スキュラダークネスの魔力の光線が瑠威を狙うも、フロインデが盾となり庇った。
    「楽器をこんなことには使いたくないですけど……えい!」
     寛和が、えいやっとばかりにバイオレンスギターを叩き付ける。それに合わせて、フロインデは霊障波を放った。
     ドォン! と鈍い爆発に巻き込まれながらも、スキュラダークネスは止まらない。燃やされ、凍てつかされ、それでもスキュラダークネスは加速する――そこへ、庵は生み出した巨大な氷柱を投擲した。
    「逃がしません!」
     クイっと眼鏡を押し上げ、庵が言い捨てる。妖冷弾を受け止めたスキュラダークネスはバキン! と氷柱を抱き折り、そこに祇音は右手を突き出し硬く握り締めた。
    「切り裂くのじゃ!」
     ゴォ! と巻き起こる風の刃、祇音の神薙刃をスキュラダークネスが眼前で両腕をクロスさせて踏ん張る。ミシリ、と鎧が軋む中、コナが駆け込み斬魔刀で胴を薙いだ。
    「まだまだです!」
     そして、重ねるように花梨の影の刃が放たれる。ギギギン! と鎧と影が火花を飛ばす中を、スキュラダークネスが強引に駆け出した。
    「させません!」
     そこへ、咲夜が影を膨れ上がらせスキュラダークネスを飲み込んだ。スキュラダークネスの動きが鈍った、その間隙を見逃さずに征が回り込む!
    「ここから先は、ただただ倒すのにです!」
     大上段からの斬撃、征の雲耀剣がギギギギン! とスキュラダークネスの鎧を切り裂いた。
    (「こ、これでもいい状況、なはずです……!」)
     夕日に染まる純白のドレスの裾をひるがえしながら、寛和は呼吸を整える。状況は、楽観できない――否、むしろ悪い状況にあるはずだ。
    (「ですが、付け入る隙は確かにあります」)
     積極的に、序盤にBSを重ねていった事。そして、これは単なる偶然だが、スキュラダークネス自身のサイキック構成が大きい。もしも、これが一つでも気魄のサイキックがあったのならば――もうこの時点で、闇堕ちを覚悟してもよかっただろう。このわずかな差が、まだ届く可能性をそこに残していた。
     夕日は、沈みはじめれば早い。既に西の空は夜の装いを見せ、日もまた僅かに残るだけとなっていた。
    「おのれ!!」
     祇音が異形化した怪腕で、スキュラダークネスを殴打する。その祇音の鬼神変を、スキュラダークネスは真正面から受け止めた。
    「最後の一分――!」
     です、と続くはずだった瑠威の言葉が止まる。トン、とスキュラダークネスの拳が祇音の胸元に触れたのだ。
    「ッ!?」
     直後、零距離で炸裂したマジックミサイルに祇音が吹き飛ばされた。耐え切れず、力なく転がった祇音に、征は強く強く拳を握り締める。
    「ここで、絶対に止める!」
     統弥が叫び、霊刀・陽華を右腕に取り込んでいく――そして生まれた青い刃を駆け込む勢いそのままに振り払った。統弥のDMWセイバーの斬撃に逆らわず、スキュラダークネスは後退。それを花梨とコナが、すかさず追いかけた。
    「コナ!」
     コナが加速し刃で脛を切り裂いた直後、花梨はコーヒーカンタータを鋭く振るった。ヒュオン! と大気ごと切り裂くコーヒーカンタータが、スキュラダークネスの鎧を大きく切り裂く!
     その裂け目へとガチャリ、と銃口が突きつけられた――庵だ。
    「ベストポジション、さすがわたしですね。さて、鎧は硬かったですが、中身はどうです?」
     クイっと眼鏡を押し上げながら、庵は引き金を引いた。ガガガガガガガガガガガガガガガガッ! ガトリング連射が、零距離でスキュラダークネスへ着弾していく。それでも踏みとどまるスキュラダークネスへ、二つの純白が襲い掛かった。
    「し、失礼します!」
     ドレスの裾を掴んだ寛和の燃え盛る右回し蹴りと、フロインデの渾身の斬撃が二つの斬撃痕をスキュラダークネスの鎧に刻む。一歩、二歩、とよろめいたスキュラダークネスが、ダン! と地面を蹴って後方へ跳んだ。その動きに、寛和が息を飲む。
    「じ、時間を稼ぐ、気ですか!?」
     理性で理解している訳ではないだろう、ただ本能が時間が自分の味方だと知っている――そんな動きだった。
    「させるはずがないでしょう?」
     それを追い、瑠威は螺旋を描いた雫蝕月剣を突き出した。偃月刀の刃が、深々とスキュラダークネスの腹部に突き刺さる――だが、それに構わずスキュラダークネスは退こうとした。
     しかし、それは叶わない。先端に刃のついた無数の影の鎖が、音もなくスキュラダークネスの手足に絡みつき、縛り上げたからだ。
    「あなたの主は存在しません。もう眠りなさい」
     影の鎖をその手で掴み、征が言い捨てる。そこへ、咲夜が間合いを詰めた。時間は、もう残り僅か――最後のチャンスに、咲夜は塔の如き杭を持つバベルブレイカーを繰り出した。
     ドン! とスキュラダークネスの胸を、ロケット噴射で加速したSechzehnが打ち抜いた。だが、スキュラダークネスは――止まらない!
    『――ッ!?』
     しかし、動こうとしたスキュラダークネスの動きが止まる。咲夜が一歩後退し――再び、Sechzehnを構えたのだ。
     再行動――腕が飛ぼうが仲間が倒れようが捨て置き、ただ敵を討つ事だけに専念した咲夜が生んだ、本当に最後のチャンス!
     ガゴン! と、咲夜の蹂躙のバベルインパクトが再びスキュラダークネスを刺し貫いた。直後、太陽が地平線に沈んでいく――夜が、訪れたのだ。
    「15番目の悪魔の先には塔――滅びが待っているんだよ」
     スキュラダークネスが、崩れ去っていく。16番目のタロットを暗示した塔の如き杭を持つバベルブレイカー、Sechzehnを構えたまま咲夜はそう相手に届かぬ呟きを残した……。


    「なんとか勝てましたね……おつかれさまでした」
     祇音の命に別状がないのを確認し終えて、ようやく寛和がそう微笑んだ。
     周囲は、もうすっかり夜になっていた。黒く染まった海から漣の音だけが聞こえる――花梨は、深い安堵のため息をこぼした。
    「何とか、みんなで美味しい珈琲が飲めそうですね……」
     相手の状況が見て取れた事。相手のサイキック構成。そして、最後まで諦めることなく戦った咲夜の執念――いくつもの状況に救われた結果だ。
    「まずは、面倒が一つ減った事を喜ぶべきだな」
     周囲に霊玉が残っていないか探していた統弥は、そうこぼした。霊玉は、見当たらない。夜だから、というだけではないだろう。未来に現われたかもしれない脅威を確かに潰せた――灼滅者達は、その事実を噛み締めた……。

    作者:波多野志郎 重傷:天崎・祇音(戦場を舞う穢れなき剣・d21021) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ