修学旅行2014~西の果て、海馬に揺られ紺碧をゆく

    作者:雪月花

     武蔵坂学園の修学旅行は、毎年6月に行われます。
     今年の修学旅行は、6月24日から6月27日までの4日間。
     この日程で、小学6年生・中学2年生・高校2年生の生徒達が、一斉に旅立つのです。
     また、大学に進学したばかりの大学1年生が、同じ学部の仲間などと親睦を深める為の親睦旅行も、同じ日程・スケジュールで行われます。

     修学旅行の行き先は沖縄です。
     沖縄そばを食べたり、美ら海水族館を観光したり、マリンスポーツや沖縄離島巡りなど、沖縄ならではの楽しみが満載です。
     さあ、あなたも、修学旅行で楽しい思い出を作りましょう!
     
    「日本最西端の島、与那国島……」
     ガイドブックのページに真っ先にそう書かれている与那国島は、東の石垣島からは127㎞、西の台湾からは111㎞という、まさに国境の際に位置する孤島だった。
     黒潮の中で育まれた文化は、小さな島にも関わらず多様な様相を見せてくれる。
     今回メインになるのは、その島の中で西も西、『久部良(くぶら)』という地域。

     学生一行は、まず北緯24度26分38秒の西崎(いりざき)に向かい、『日本最西端の碑』を見学する。
     孤島の端から眺める景色は必見もので、条件が良い日には台湾の影も見られるという。
     西の最果てに訪れた記念に、同行の先生から『日本最西端の証』を受け取ろう。

     その後は、すぐ近くにある『ナーマ浜』に移動しての海馬体験が待っている。
     ここでの相棒『ヨナグニウマ』は、絶滅が危ぶまれており、与那国島に約100頭しかいない在来馬だ。
     外来種の馬に比べると小柄だが見た目よりも力持ちで、大人しくとても優しい気性なので、馬に乗るのが初めてだという人も安心して乗れるだろう。
     そして、最大のポイントなんといっても、乗馬したまま海に入ることが出来るところ。
     南国の美しい海を望みながら、悠々と進んでいく馬の背に揺られ、或いは尻尾を掴んで泳いでいく。
     乗馬した状態でも膝から下は確実に海に浸かってしまうので、濡れても大丈夫な服装で参加しよう。
     尚、ナーマ浜は穴場な分、売店や自動販売機がない為、飲み物などは事前に準備しておくといいだろう。
     
    「剛さんも一緒に行けるなんて、嬉しいな」
    「あぁ、いい機会に恵まれた」
     ガイドブックを眺めていた矢車・輝(スターサファイア・dn0126)が顔を上げると、土津・剛(大学生エクスブレイン・dn0094)も笑みを浮かべる。
    「日本最西端の地を訪れた話は、いつか生徒達に話すにも面白い体験になるだろうし……同じ学部の皆とも親睦を深められると良いな」
     教育学部に進学した剛は、そんな思いも馳せていたようだ。
    「僕、乗馬は初めてだけど、ヨナグニウマが優しい性格で良かったよ。小さめの馬だから二人乗り……は小柄な人同士だったら大丈夫かな? あと、サーヴァントとか。みんなで列をなして、のんびり海を眺めながら進んでいくところを想像すると、今から楽しみだよ」 そう言って、輝はガイドブックの同じところを眺めている生徒たちの様子に目を細めた。


    ■リプレイ

    ●望むは西の最果て
     まるで青や碧の宝石を溶かし込んだような海が、眩い日差しに煌めいている。
     与那国島にある最西端の岬『西崎』を目指した一行は、断崖に囲まれ結構な標高にある日本最西端の碑を眺めた。
     大振りの石に囲まれた碑も記された文も、長い年月を感じさせる。
     北緯24 27`00”、東経122 56`04"。
     黒潮に育まれた豊かな海を一望出来る展望台に、よく似た後ろ姿のふたつの影が佇む。
    「愛奈と一緒に来ることができてよかったよ」
     遠く薄らと見える台湾の島影から、結奈はビハインドの愛奈に目を移した。
     愛奈の気持ちが伝わってくるように思えて結奈の心が温かくなる。
    「私も、私も嬉しいよ、愛奈」
     彼女達は寄り添い合って、景色を眺め続けた。
    「これでよし♪」
     タイマーをセットしたデジカメから、白馬はレイの許へ駆け寄る。
     日本最西端の碑を背景に親友と、いつもは表情の変化が少ないレイの顔も自然と和らぐ。
     シャッター音の後、白馬はデジカメの画面を確認した。
    「……ふふ、よく撮れてる♪」
    「いい記念になりそうだ」
     軽く覗き込んだレイも頷く。
     二人は浜辺に降りることにした。
    「……大丈夫だ、あの地獄合宿で鍛えた甲斐もあって泳ぐのは怖くなくなった。たぶん」
    「大丈夫♪ ただ涼むだけで、足がつかないようなとこまでは行かないから」
     若干頬が強張るレイに、白馬はくすりと笑う。
    「武蔵坂学園は、ある意味でこの与那国島と似てる所があるかもね♪ 僕らは護られてる……」
     美しい海と色鮮やかな魚に、呟く白馬。
     大樹の木陰に身を寄せるように集った自分達が、今度は何を護るか。
    「何が起こっても、俺は学園のみんなや白馬と一緒なら戦える……そんな気がする」
     レイも頷いて、そう紡いだ。

    ●優しき馬との邂逅
     西崎から引き返し、一行は近くのナーマ浜に向かった。
    「うわぁ、可愛い……!」
     反対の道からやってきた姿に声を上げてしまってから、栞那は慌てて口を押さえた。
     小柄な茶色の馬達、ヨナグニウマは円らで優しげな瞳で彼女を見ている。
     その目を覗き込み、栞那はよろしくねと笑んだ。
    「わあ、馬をこんなに近くで見るの初めて……!」
     嬉しそうに、そっと伸ばされたまことの手を、馬は穏やかに受け入れてくれる。
    「ふふ、可愛いなぁ。この子達と海を散歩できるんだ」
    「まこともどきどきしてるの?」
     胸を高鳴らせる涼風の問いに、まことは思わずにこにこ。
    「うん、俺もどきどきしてる!」
     海に出るのがとても楽しみで、二人とも顔が綻ぶ。
    「乗馬したまま海に入れるなんて素敵!」
     普段はあまり水に入ることのないなどかも、お馬さんと一緒なら話は別、と馬の首に抱きつく。
    「いろはが一緒なら絶対楽しいし!」
     南国の花のブーケを飾った麦藁帽子に、お洒落にパレオを巻いた水着姿で笑う親友に、いろはも微笑む。
     彼女達のように濡れてしまうのならいっそと水着の者も多く、栞那もラッシュパーカーの下は白いワンピースの水着だし、結は水色のキャミソールにショートパンツ、恋華はベージュ色のミニのシフォンワンピースのサンダル姿だ。
    「可愛いなぁ、今日はよろしくね」
    (「先輩として、お姉ちゃんとして、しっかりしなきゃ!」)
     優しく馬のたてがみを撫でる結の姿を前に、恋華は気合を入れる。
    「この馬、体型は普通にポニーだな」
     海人の文字が自己主張するTシャツに海パン姿のクレイが、馬を観察している。
    「この100頭って、60頭ぐらいから回復した数なんだってよ」
    「へぇ……」
     と注視したシグマは、デニムショートパンツに編みカーデのコーディネート。
    「ええっ……? そうなんだ、珍しいお馬さんなんだね」
     かおりも茨から話を聞いて目を丸くした。
    「穏やかで優しい気質と聞きます。お会いできて嬉しいです」
    「かおりも、会えて嬉しいな」
     呟きながら、手馴れた風に馬と接する茨をぽうっとして眺めるかおり。
    「この子はナツというそうです。……さ、かおりさん」
     馬の名前を聞いて撫でていた茨が、颯爽とその背に乗り手を差し出す。
    「私の前に乗って下さいな」
    「え、ええっ?茨ちゃんの前って……こ、ここ?」
     促されるままちょこんと納まったは良いものの、
    「う、うう……恥ずかしいよう……」
    「あら」
     茨は真っ赤なかおりを見て不思議そう。
    「だって、茨ちゃんがかっこいいんだもん……」
    「不安でしたらどこか掴んでいても大丈夫ですよ」
     小さくなっている彼女に、茨は口許を綻ばせた。
    (「流石にあれは無理だな……」)
     仲間が増えるといいな、なんて今日の相棒を撫でているクレイの横で、シグマは彼女達を見送った。
     馬に乗るのは初めてだから、ちょっと怖いのだけれど。
     ひとまずクレイに素直に甘え、手伝って貰うことにした。
    「とりあえず、馬の近くで大きな音を立てたりするなよ」
    「分かった……」
    「よし、じゃあ俺も乗ろうっと。俺重いけど、がんばってね与那国馬ちゃん」
     学部が違うから、一緒に遊ぶのも久し振りな昴と千も乗馬は初めて。
    「でも、大人しい馬なら可愛いもんだよな」
    「ほんと、テレビや雑誌で良く見る馬より小柄だね。なんだか可愛い」
     でもやっぱり馬は馬だね、と千は今日の相棒の背を撫でる。
     昴も鼻面を撫でながら、しげしげ。
    「俺、筋肉で見た目より重いけど大丈夫か?」
    「大丈夫だよ、しっかりした良い筋肉してるし。うん、可愛いけどかっこいい」
     抱きついてものんびりしていて、大人しいものだ。
    (「多めの飲み物と……熱中症対策の飴も大丈夫だな」)
     麗は小振りのクーラーボックスを確認していた。
     青基調の、パレオを巻いた水着姿は眩しい。
    「その、馬には乗ったことがないのですが、いつもとは違う目線を体験してみたくて……」
     願い叶った鷹飛斗が嬉しそうに馬の背を撫でていると、麗も側にやって来た。
    「なかなか気立ての良さそうな馬だ」
    「はい、早速乗せて貰いましょう!」
     明るく頷く弟分に、麗も目を細める。
    「水咲様、お馬さんは怖がるとそれを感じ取っちゃうので楽にしてみて下さいね」
    「怖くはないんだが、俺乗せてもキツくないのかね?」
     慣れた様子の沙に感心しつつ、イルカは自分を乗せた馬の後頭部を眺めた。
     案外、しっかり立っている。
     ありがとうな、と心で伝えて首を撫でてやると、茶色の耳がぴこっと動いた。

    「うっわぁぁぁ!」
     浜に降り立ち、その景色に瞳を輝かせる優希。
     水着の上に着たTシャツの裾を踊らせる潮風に、伸びをする。
    「潮風もホンマ気持ちエエな♪」
     ヨナグニウマの近くでサーヴァント達と戯れているのは、彼女と一緒に来た【武中2B】こと武蔵境キャンパス中学2年B組の面々。
    「……やっぱ、うち発育良すぎるんやろうか?」
     ふと気になって、優希はシャツを引っ張り自分の胸を眺めた。
    「みんな、綾波もふりたい? いいよいいよー♪」
     同じく水着の上にTシャツ姿の天霧は、スピッツの霊犬・綾波を解放した。
    「デカさん、暑いの大丈夫?」
    「わふぅーん」
     シベリアンハスキーなデカブリストは、スク水にパーカー姿のヴェールヌイの気遣いに一声上げる。
    「良い子でお友達にご挨拶してね?」
     黒い柴犬の霊犬・青嵐を連れて来た琳は、水着の上にTシャツ短パンだ。
    「わぁ、はじめましてぇ♪」
     最近学園にやってきた美薙は、彼らに親近感がある様子。
    「あら、よい毛並。ご主人様に、愛されてるのねぇ」
     みんなで尻尾ふりふり、波打ち際で水を撒いて遊ぶ。
    「触っても大丈夫かな?」
     ゲヴェクスがそっと手を伸ばすと、霊犬達の方から寄ってきた。
    「わ、可愛いなぁ」
    「ふふ、霧湖も毛並みを堪能するのですよー。もふもふーも……ふ……?」
     琳と同様の服装の霧湖の前には、気付くと竜を思わせる赤と黒のカラーリング……あれ、霊犬じゃないよ。
    「キャリバーでは撫で甲斐はないよな」
     かくりと首を傾ぐ彼女に、龍人は喉を鳴らして笑った。
    「龍人くん、フィレイムに乗ってみても大丈夫?」
    「構わないぞ」
     興味を示す瀬那を、龍人はフィレイムに乗せてやる。
     愛車とお揃いっぽい色合いで、膝丈の水着に黒系パーカーの彼は、時々尻尾を揺らしている馬を眺め、たてがみに触れてみた。
    「ヨナグニウマとは思ったよりも小型なのだな。俺が乗っても大丈夫か?」
    「これだけ乗せても大丈夫なようですから、恐らくは。本当に力持ちですのね……」
     スク水の背に、いっぱいのスポーツドリンクを負ったままの黒子を乗せても平然としている馬を見て、彼女は感心げだ。
    「今日はよろしくね」
     琳が馬の鼻筋を撫でてやると、とても気持ち良さそう。
    「今日一日、宜しゅうな♪」
     馬の首に抱きついて、優希もいいこいいこと頭を撫でてやる。
    「ホンマ大人しいなぁ……」
    「で、でも乗ると意外と高さがあるのですねー」
     おっかなびっくりをたてがみもふもふで紛らわせた霧湖だったが、馬上から見た海の景色に目を見張った。
    「真っ青ですごーい! 皆見てみてー!」
    「海が凄いのはわかるけど、落ちないようにね」
     瀬那はきゃっきゃとはしゃぐ霧湖を、ハラハラと見守る。
     ドキドキしながら乗った馬の背は意外と安心感があって、そのまま波打ち際に向かっていくのは不思議な感じがした。

    ●海馬に揺られ紺碧をゆく
     人を乗せた馬達は、浜を歩いて波打ち際に、やがて自然に列になって浅瀬に向かう。
     ザブザブと波紋を広げる海面や上がる飛沫に、あちこちから歓声が上がった。
     久方振りの明るい陽光の下、少し高くなった視点に栞那が抱いたドキドキは、自分を乗せた馬が海に入ると共に不安から楽しいものに変わる。
    「すごい……」
     眩しいけれど触れると心地良い水飛沫、馬の列から離れて泳ぐ色とりどりの魚たち。
    「皆で竜宮城に行くみたいだね?」
     栞那が笑い掛けると、輝も眩しげに目を細めて沖を眺めた。
     一説には竜宮のルーツと言われる、沖縄の伝承の地・ニライカナイ。
    「こうしていると、本当にあるかも知れないって思えちゃうよね」
     沖縄も乗馬も、海馬体験もみんな初めてで、目を輝かせ鷹飛斗は並ぶ麗に顔を向けた。
    「水がひんやりして、丁度いいですね!」
     こんな姿も可愛いものだと、麗は目を細める。
    「サンドイッチも用意したんだ、小腹が空いても大丈夫だぞ」
    「え、このまま海に入るのっ? わーっ!? あはは、ちょっと楽しいかも……!」
     最初は戸惑っていたかおりも、馬の首にぎゅっと抱きついて声を上げて笑った。
     そんな姿を愛おしげに、茨は一緒に笑みを浮かべた。

    「サンダルよろしくね、ましゅまろ」
    「ナノ!」
     結と恋華のサンダルをキャッチしたナノナノが浮かぶ空の下、二人は一緒に馬に揺られて海に入った。
    「うわぁ……すごい……。綺麗……」
     恋華の前に乗っていた結が感嘆の声を上げる。
    「冷たくて気持ちいいね。それに、透き通ってて綺麗……♪」
    「あ、お魚さん……水も綺麗なのね」
     このお馬さんもこの景色も、いつまでもいつまでも大事に守っていけたらいいなぁ……。
     結は美しい環境を胸に焼き付けながら、強く想う。
    「ナノ~」
    「あ、そうだった」
    「どうしたの?」
     ましゅまろから何かを受け取ったのに気付いて瞬きする恋華に、結はえへへと笑う。
    「お姉ちゃんと一緒ですごく嬉しいです。いっぱい楽しい思い出で作りましょうね」
    「うん! これからも一緒に楽しい事して、いっぱい思い出作ろうね?」
    「それで、その……写真とかも、ほしいな、って……」
     結の様子の理由が分かって、恋華は満面の笑みを浮かべた。
    「一緒に写真は初めてだね。撮ろう撮ろう♪」

    「背筋正して乗るのが良いんだっけ」
    「なかなか心地良いもんだな」
     姿勢を正す千に目を向け、昴は新しいクラスの話や最近の出来事を聞きながら馬の背に慣れていった。
     そして、いよいよの海。
    「個体差もあるんだろうけど、馬って海に入るの嫌がらないんだなー」
    「この馬が水を嫌がらないだけなのか、そもそも馬全体がそうなのか」
     そういえば馬用シャンプーなんてのもあった気がする。
    「戻ったら、身体洗ってやろうな」
     返事をするようにブルルと言う馬の首を撫でる昴を眺め、今は大学の楽しいけれど大変な勉学を忘れてのんびり遊ぼうと思う千だった。

    「……なんだか不思議な感じ」
     波を返すように足を動かしてみながら、まことは蒼い碧い海を見渡した。
    「海、透き通って綺麗だ。波を揺らす音も、風も空気も全部新鮮だね」
     涼風が乗った馬も彼の横に並ぶ。
    「沖縄の海、ずっと憧れてたんだ。本当に綺麗だなあ……俺、この色すき」
     海と空、それを映すまことの瞳、横顔を忘れないよう心に溶かして、涼風はふわりと目を細める。
     ……かと思えば。
    「もし落っこちたら俺達びしょ濡れだな」
    「わっ」
     くすっと笑って、まことを小突いた。
    「びっくりした、本当に落ちちゃうかと思った……!」
    「うわっ!?」
     馬の首に縋って難を逃れたまことも、悪戯っぽい笑みを浮かべて反撃。
     少年達の笑い声が、高い空に響く。

    「いつかこんな海を生で見てみたかったんだ」
     クレイの体格もものともせず悠々とゆく背を眺め、シグマはぼんやりと思う。
    (なんか、結構こなれた感じするな……)
     日常ならまず出来ないひと時を一緒に過ごせたこと。
    「なぁ」
     その感謝を浮かべながら、言葉を紡ぐ。
    「俺は幸せだ」
     海を眺めたままのクレイは、しかし少し笑んだようだった。
    「俺もだよ」

     一方、こちらは【武中2B】一行。
    「最高や♪」
     馬の背に揺られ、優希は笑顔を輝かせる。
    「うーん♪ たてがみもふもふー♪」
     綾波を抱っこして馬に乗った天霧は、気持ち良さげに周囲を見回す。
     手綱を引いてちょっと深いところに誘導しても、馬達は気持ちよさげに水を掻いて泳ぐ。
     当然、背中も乗っている人も海水に浸かってしまうけれど。
    「本当に泳ぐんだね……すごいな」
     ほんのり感心した様子を見せるヴェールヌイに、デカさんは馬と並んで泳いでいるところをアピールしているように見える。
    「動物とか基本水を怖がるって聞きますけど……ちょっとすごいかもしれませんの」
     黒子の気持ちが分かるのか、馬はブルルと鼻を鳴らす。
     半分水に浸かりながらの海上散歩は本当に気持ちが良くて。
    「なんかこのまま、海の向こうまで乗馬出来そうな気がしますの」
    「黒子、飲み物ちょうだい」
    「……折角雰囲気に浸っていましたのに」
     ヴェールヌイの要求に、黒子は溜息をつきつつもスポーツドリンクを出してあげるのだった。
    (「みんなの楽しそうな顔を見ていたら、いつの間にか緊張も解れていたね」)
     馬と逸れないよう尻尾に掴まって、ゲヴェクスは目を細める。
    「ね、青嵐もお馬さんと一緒に泳いでみる?」
     デカさんの姿を見た琳が抱っこしていた青嵐をそっと海に降ろすと、青嵐は馬と並んでちょこちょこ泳ぎ出した。
    「ふふ、その調子」
     でも、足の付かない場所で若干混乱も。
    「ききききりこ足の付かないところは怖いんですがっ!!」
    「落ち着け、ひとまず馬の首に掴まってれば大丈夫だ」
     あわあわする霧湖を、龍人や天霧達がフォローに回る。
    「こっ怖いだけで泳げない訳じゃないですよ!」
    「霧湖ちゃん、がんばれぇ♪」
     じたじたしている彼女に、美薙はエールを送った。
    「凛久坂は大丈夫?」
    「うん、なんとかね」
     自分を気遣うゲヴェクスに、瀬那は落ちないようにしっかりと馬の首に寄り添って頷く。
     海に浮かんでいても、強い日差しで結構喉が渇く。
     持ってきた麦茶入りの水筒を開けながら、ゆったりと。
     馬と並んで泳ぎながら、美薙は視線を上げる。
     何処までも続く、南国の美しい風景。
    「青い空、白い雲、眩しい太陽。これぞ沖縄♪」

     こんな綺麗な海、潜ってみなきゃ勿体無い。
     マリンスポーツが好きなイルカに誘われ、沙は少し緊張しながら泳ぐことに頷いた。
    「溺れないように一緒に居てやるから」
     撫でて貰うのは、ちょっと照れるけれど安心する。
     水の中、思い切って開いた視界に飛び込んでくる、海上とはまた違う美しい世界。
     海藻の間を泳ぐカラフルな魚達。
     少し浅い場所にいる、あの茶色は……。
    「お馬さんも泳いでます……!」
     海面に顔を出した彼の笑顔に、イルカも目尻を下げた。
     馬の許に戻ると、イルカはペットボトルの水を一口。
    「誘ってくれて、ありがとな。お陰で貴重な経験ができた」
     差し出されたボトルの口に、沙はなんだか照れてしまう。
    「……僕こそ、誘いに乗ってくれてありがとうございます、水咲様!」
     喉の渇きと海水の塩辛さのせいか、その水はなんだか甘い気がした。

     面懸にブーケを挿した馬も、などかを乗せて浅瀬を渡っていく。
    「これは乗馬というより、もう波乗りね?」
     親友のはしゃぐ様子や自ら波を立てて進む馬の爽快感に、いろはの声も弾む。
     そっと背から降りて尻尾に掴まると、のんびりと歩く馬に引かれてまるで波間を漂っているよう。
    「子供に戻ったみたいね」
     そうなどかと顔を見合わせると、笑い声が鈴のように鳴り響いた。
    「キラキラと海の底にもあるという都もこれほど楽しくないわ!」
     その勢いで読まれた句に驚きながらも、今は言葉を整えるのはむしろ野暮だといろはも頷いて。
    「ゆらゆらと海馬の背が優しくて、子供の頃に戻ったみたい!」
     素直な心を、蒼天に解き放った。
    「いろは、また来ようね?」
    「ええ、また来ましょう」
     次の年も、また優しい馬と海に会いに。
     鬼が笑ったって構わない。
     入道雲に彩られた美しい空は、何処までも続いていた。

    作者:雪月花 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月26日
    難度:簡単
    参加:30人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 4
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