馨しき血の集う処

    作者:篁みゆ

    ●美を追い求め、馨しき血を育む
    「いらっしゃいま――お客様、お一人ですか? 申しわけありません、あいにく当店にはメンズエステのコースが……」
     トスッ。
     申し訳無さそうに告げる受付嬢の胸元にナイフを深くうずめて、男は口の端を引き上げて微笑む。高そうなスーツに返り血がべっとりとつくのも気にしていない様子だ。ナイフの柄を伝って滴る血を手で受けてぺろりと舐める。
    「オードブルにしてはまあまあか。さて、メインディッシュに辿り着くまであと何皿オードブルを食べないとならないかな?」
     異変を感じて姿を表した事務員やらエステティシャンを順番にいただいて、男――テランスはブルネットの髪を揺らして一番近い個室へと入る。
    「何かあったんですかぁ~?」
     寝台にうつ伏せになったまま問いかける『メインディッシュ』は、入室してきたのはエステティシャンだと思っているのだろう。施術途中と思われる肌に指を這わせながら、テランスは無防備な首筋に噛み付いて。そして、血をすする。喉を鳴らすほどに思いのまま飲み干して。
    「ああ、美を追い求める血はなんと馨しいことだろう。やはり私にはこの馨しさがふさわしい」
     寝台の上の女性はもはや事切れていて。テランスは次の料理をいただくために部屋を後にした。
     

    「新潟ロシア村の戦いの後、行方不明になったロシアンタイガーを捜索しようとヴァンパイア達が動き出したらしいという話は知っているかい?」
     和綴じのノートを手にした神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)は集まった灼滅者達を見渡した。
    「強大な力を持つヴァンパイアはその多くが活動を制限されているんだけど、今回捜索に出ているのは『爵位級ヴァンパイアの奴隷として力を奪われたヴァンパイア』達だね」
     彼らは奴隷から開放されることと引き換えに単独での捜索を請け負ったようだが、長いこと奴隷とされてきた反動から、捜索よりも自分の楽しみを優先させている。つまり一般人を害して快楽を得ようとしているのだ。
    「彼らはある程度満足すれば事件を起こすのをやめてロシアンタイガーの捜索を開始するだろうけれど……それを待っていることなど出来ないから、今すぐ現場に向かって、ヴァンパイアの凶行を阻止して灼滅して欲しいんだ」
     今回灼滅者に向かってもらいたいのは、駅前のビルの1階にあるエステサロン。女性のみを対象にしたそのサロンに、テランスという30代くらいの男性ヴァンパイアが現れる。彼は受付嬢や事務員、エステティシャンを躊躇いなく殺し、そして美しくなろうと施術を受けている客の血をメインディッシュとしてすする。放っておけばサロンにいるスタッフや客はすべてテランスによって殺されてしまうことだろう。
    「幸い、僕の未来予測によれば、テランスがサロンを訪れる前に君達が店を訪れることができる。その時点でサロンにいるスタッフやお客をどうにかして、待ち伏せの体制を整えることも可能だろう」
     だが、準備にあまり長い時間はかけられない。長くて15分ほどだろう。
    「また、テランスは堂々とサロンの正面から訪れるが、不自然さを感じれば警戒はするかもしれない。警戒されてしまうと隙を突くことは難しくなるだろうから、待ち伏せをするにしても注意は払った方がいいね」
     プライドが高いテランスは余程のことがなければ逃げ出すことはないが、万全を期すならば挑発するとなお良いかもしれない。
    「テランスはダンピールの皆と同じサイキックに加え、解体ナイフのサイキックとシャウトを使う。彼は『忌まわしい意匠の奴隷の首輪』をはめられていて――つまり奴隷化されていて弱体化されているけれど、それでもかなり強い」
     配下など連れてはいないが、強敵であることに変わりはない。
    「相手は強い。けれども君達ならば皆で揃って無事に返ってくると信じてる。頑張ってほしい」
     瀞真はノートを閉じ、微笑んだ。


    参加者
    六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)
    天峰・結城(全方位戦術師・d02939)
    シルフィーゼ・フォルトゥーナ(小学生ダンピール・d03461)
    フゲ・ジーニ(幸せ迷宮回廊・d04685)
    佐倉・朔(高校生ダンピール・d05839)
    アルテミス・ガースタイン(ロストレコード・d19001)
    醍醐・真幌(赫き剣・d26674)

    ■リプレイ

    ●お出迎えの準備を
     時間には限りがある。目的のエステが入ったビルへ到着した灼滅者達は、急ぎ準備に取り掛かった。
     先頭で入店してきたエリアル・リッグデルム(ニル・d11655)と六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)に営業スマイルを向けた受付嬢や職員が急に笑顔を失って座り込んだ。そう、二人が王者の風を使ったのだ。彼女達を後続の仲間に任せ、二人は分担して店舗内を隈なく歩きまわり、次々と一般人を脱力させていった。
    「お仕事中すみません、ガス会社の者です。この付近でガス漏れが発生しました」
    「安全が確認できるまで、避難をお願いします」
     それらしい服に身を包みガス会社職員を装ったフゲ・ジーニ(幸せ迷宮回廊・d04685)と天峰・結城(全方位戦術師・d02939)はプラチナチケットを使い、職員達に指示をする。
    「こちらでも引火による火災や爆発の危険性がありますので避難をお願いします」
    「避難は裏口から迅速にお願いします」
     二人の言葉に従い、脱力していた職員達はのろのろと腰を上げる。
    「はーい、従業員入り口から速やかにねー」
     従業員入り口を知らないのだろう、戸惑い気味の客を佐倉・朔(高校生ダンピール・d05839)はさり気なく誘導していった。
    「こっちだ。これを着て」
     全身に施術中と思しき客に醍醐・真幌(赫き剣・d26674)は部屋にあったバスローブを着せ、職員も一緒に避難させる。
    「……ごめん、後で迎えに行くから」
     用意していた長めのコートを羽織らせて、エリアルは客の女性を避難させる。避難誘導を手伝いながら逃げ遅れている人がいないかフロア内を隈なく捜索していたアルテミス・ガースタイン(ロストレコード・d19001)とシルフィーゼ・フォルトゥーナ(小学生ダンピール・d03461)は、その過程で発見した従業員用のロッカールームに入り込んだ。心の中で悪いと思いながらロッカーを改めていく。鍵のかかっているロッカーの方が多かったが、いくつかは鍵がかかっていなかった。空きロッカーもいくつかあったが目的のロッカーはすぐに見つけられた。クリーニングの袋に包まれた制服が二種類。エステティシャンの白衣と他の職員の制服。受付嬢が着ていたのは後者だ。
    「あったのじゃ」
     シルフィーゼの声にロッカーに駆け寄ったアルテミスはサイズに合う制服を探し、手早く着替え始める。
    「制服、あった?」
     ノックの後入室してきた静香にシルフィーゼはロッカーを示す。ありがとう、声をかけて静香も制服に着替え始めた。
    「10分だよ!」
     入店からの時間をカウントしていたエリアルの声に、灼滅者達一同がそれぞれ持ち場につく。結城とフゲは近くの部屋に、エリアルとフゲの霊犬天照は受付カウンターの裏、シルフィーゼは待合室の中でも受付から死角になっている場所にぺたりと座り、真幌は同じ待合室で客を装っている。朔は隠れるのは性に合わないということで、女装して待合室の椅子に腰を掛ける。静香とアルテミスは制服に身を包んで受付カウンターへと立った。
     準備は整った。後はテランスの到着を待つだけだ。

    ●血の匂いのする紳士
     すりガラス製の扉の向こうの人影が徐々に大きくなる。男の影だ。取っ手に手を伸ばすその姿を見つめる静香とアルテミスに緊張が走る。
     扉が引かれると合図のように軽い電子音が鳴り響いた。クーラーの効いた室内に歩み入る男はスーツを身に纏い、人の良さそうな笑みを浮かべている。
    「いらっしゃいませ」
    「お客様、どなたかの、お連れ様、でしょうか?」
     穏やかな表情を崩さぬようにして演技をする静香とアルテミス。この後この男が取る行動はわかっている。ポケットに入れられている片手の動きに注意を払っていた。だから。
     ニヤリと口元を歪めて接近してきた彼が取り出したナイフでアルテミスの心臓を狙った時、とっさに後ずさることで彼女はそれを避けた。そして。
    「きゃぁぁぁぁぁぁっ!」
     静香と共に大きな悲鳴を上げる。これは、合図だ。真っ先に飛び出したのは受付裏に隠れていたエリアル。
    「残念、男性エステは受け付けていないってさ」
     首輪付きの吸血鬼の相手も彼で三人目。前回は一般人を見殺しにしてしまった故に、今回こそは餌食にさせぬと強い意志を持っていた。そんな彼の影が、テランスに食らいつく。殺界形成を使用した後、隣の待合室から駆けつけた真幌のルビー色の双眸は憎しみに爛々と輝いていて、もしも殺意で相手を傷つけることが可能であるならば、射殺さんばかりの眼力を持っていた。憎しみをこめて振り下ろしたロッドは不意打ちを受けたテランスを打ち据え、真幌の魔力が彼の体内を蹂躙していく。
    「ヴァンパイアが快楽殺人とはの」
     緋色のオーラを宿した刃を手に、小柄なシルフィーゼがテランスへと迫る。横っ腹を斬り上げるようにして後ずされば、先に血の花を咲かせたのはあちらの方だ。
    「まじめにロシアンタイガーの探索をされてもこまりゅゆえ事件をおこそうとしたがゆえに見つかったのは僥倖とでもおもうておくかの」
    「貴様ら……」
    「大神見習い小神フゲいざ参るっ!」
     テランスの呻きを遮るようにして剣を振り回したフゲ。
    「天照、行くよ!」
     声に応じた天照がテランスに迫るのと合わせるようにして禁呪を発動させる。炎に絡め取られたテランスを見つめつつ、結城は胸元にスペードを浮き上がらせて自身の能力向上を図った。
    (「奴隷吸血鬼の仕事は二回目ですが、どちらも揃ってやる気を引き出してくれます」)
     手加減するつもりは、ない。
    「奴隷として飼われてる事を良しとしてた下衆がナニ偉そうに選り好みしてんだろうねー」
     サウンドシャッターを使った後、朔は自らの瞳にバベルの鎖を集中させる。キッチリ躾してあげないと、尤も灼滅するつもりだからその躾が生きることはないだろうが。
    「血染斬闇――吸血鬼の牙、此処で断ち切らせて頂きます」
     素早くカウンターを飛び越えた静香は敵の死角へと入り込む。そして『血染刀・散華』を巧みに操り、斬りつけた。舞う血しぶきを見ながら奴隷化吸血鬼との三度目の対戦に思う。
    (「誰も彼も、飢えと乾きに支配され、欲望のままに鮮血を欲する者たち……ええ、こんなバケモノ達に私は決して屈したくない」)
    「Lost……」
     解除コードを唱え、可愛らしいメイド服へと姿を変えたアルテミスの手から影が放たれる。テランスを包み込んだ影が晴れぬうちに、ナノナノのミハイルカミンスキがシャボン玉を飛ばした。
    「貴様ら、この私に奇襲をかけるとは愚かな者達よ」
     それは自信なのだろうか。奴隷に甘んじていたとはいえダークネスの貴族たるヴァンパイアであるというプライドからなのか、テランスは灼滅者達を余裕の表情で見下している。呪いの毒の風が後衛を狙う。天照がフゲを、静香と結城が朔とアルテミスを素早く庇い、攻撃を肩代わりした。
    「ほう、なかなかやるようだな」
     相変わらず余裕を見せるテランスだが、灼滅者達は油断すること無く敵と相対している。奴隷化されているとはいえ相手はヴァンパイアなのだ。
    「素敵な首輪だね。欲望に忠実な畜生にはお似合いだ」
    「何ぃっ!?」
     バベルの鎖を瞳に集中させたエリアルは『大撲殺』でもって的確にテランスを打ち据える。接触した部分から流れこむ魔力が暴れ回り、奴に呻き声を挙げさせる。ガツン、真幌が振り下ろした刃はテランスの刃によって防がれた。それでも真幌の戦闘意欲は削がれることはない。それどころか、増すばかりだ。
    「ヴァンパイアは殺す! 全て殺す! あの夜を越えるために手に入れた、貴様等の力でな!! 覚悟しろ化物め!」
     ありったけの憎しみを込めた怨嗟の叫びが刃のように飛ぶ。
    「戦う能力のない一般人しか相手にできにゅ情けないヴァンパイアが奴隷にされておりゅのじゃとな」
     前衛に霧を纏わせた後、シルフィーゼはテランスが真幌の攻撃を防いだ体勢のままでいるところに紅い刃をうずめる。
    「おじさん! 見た目ピシッとしてるのに美がどうとかエステとか……意外とムッツリさん?」
    「なっ……」
     祝福の風で前衛を癒やしながらフゲが口にした言葉はテランスの表情をひきつらせた。天照がその顔にシャボン玉をぶつける。
    「いいよ天照! その調子!」
    「美を追うは……醜い心故」
     冷たく呟いた結城は彼我の距離を詰めて影を宿した武器を振るう。
    「自分をより美しく磨くための場所でこんな事するなよなー。ムカつくー」
     軽い言葉とは裏腹に、朔の顕現させた逆十字は鮮烈さをもってしてテランスを引き裂いた。
    (「私は、私が明日も笑顔でいる為、吸血の闇を胸に宿す者として、挑みましょう」)
     静香はしっかりと柄を握りしめ、上段の構えからテランスへと振り下ろす。決してこんなものには堕ちないと示す為に。
    「ミハイル、お願い、します……」
     自身は前衛に夜霧を展開させ、アルテミスはミハイルカミンスキへと指示を出す。癒やしを施される灼滅者達を見るテランスの瞳が、昏い色を宿し始めた。侮辱されている、そう感じたのだろう彼はナイフに緋色を宿してエリアルへと斬りかかった。

    ●咽返るほどの血の馨りは誰のもの?
     フゲとアルテミス、そしてミハイルカミンスキは回復の手を緩めない。奴隷とはいえヴァンパイア、テランスの一撃一撃は重く、深い傷を残していく。けれども灼滅者達もただ傷を受け続けているわけではない。静香や結城、天照はできるだけ攻撃を引き受け、仲間達に深い傷が重ならぬよう務めていた。庇いきれなかった時は回復手達が優先的に癒してくれる。それがわかっていたからこそシルフィーゼやエリアルは遠慮せずに的に突っ込めたし、朔や真幌は狙い定めて攻撃を仕掛けた。
     小さなダメージも積み重なれば重い枷となる。時折テランスはシャウトを挟んだが、それでも完全回復にはもちろん至らない。むしろ彼が回復に時間を使ってくれた分、灼滅者達は自身の回復と攻撃に時間を割くことが出来た。
    「く……は……この俺が……」
    「程度が知れるな、ヴァンパイア」
     鞘から抜き放ち斬りつけた真幌。ごふ、とテランスの口から鮮血が溢れる。醜い吸血鬼の血に触れぬよう後ろに飛んだ真幌の横を、朔の放ったオーラが通り過ぎて行く。
    「美の基準は相対じゃなくて絶対評価だから、人と比べてどうっていうのはないと思うんだよねー。エステに通ってても通ってなくても、みんな違って皆キレイ♪」
     腹に受けたオーラに身体を折ったテランスにエリアルは、『大撲殺』を手に近づいた。
    「あんたと同じ首輪持ちを2人灼滅したけど、どれも同じ行動をしてたっけ。ボスコウはプライド高い奴を虐げるのが趣味なの?」
     しかしその問いに答えは返ってこない。無慈悲な斬撃が血と肉片を飛び散らせる。
    「やはり三下じゃのう」
     刀を手に迫るシルフィーゼに気づいたテランスはふらつきながらも警戒を見せる。しかし振り下ろされようとした刀はフェイントで。本命の攻撃は下から来た。炎をまとった蹴りが彼が全く予想していなかった角度から入った。倒れゆく身体をグルグルと締めあげたのは結城の鋼糸。
    「塵は塵に。屑は塵すら残すな」
     ギリギリと締め付けるごとに血が滴る。長い黒髪を揺らして哀れな姿のテランスに迫った静香の手には、緋色の刃が握られている。
    「闇に堕ちた貴方の最後を飾るに相応しいのは、闇を孕んだ貴方の血です」
     せめての手向けにと振るわれた紅い刃は吸血鬼の血の華を咲かせた。そして、やがてその血も肉片も、生命が尽きたことを示すように灰になってさわりと消えていった。

    ●守られた血
     戦闘の余波で乱れた室内を皆で直し、静香とアルテミスは元の衣服へと着替えて制服を返した。
    「真幌さん、初依頼上手く行ってよかったね」
    「ああ」
     にこっと笑ったフゲに真幌は頷いてみせた。
     結城は再びガス会社の職員を装い、安全確認が出来たと言ってエリアルや朔、シルフィーゼと共に一般人達を建物へと戻した。無事に一般人を守れたことに、安堵の息が漏れる。
     ビルからの去り際、静香はひとり足を止めた。手にしているのはテランスにはめられていた首輪。アンティークの気味悪い首輪だ。ここでは鑑定など出来ないので学園に持ち帰るしかないだろう。
    (「私を『感染』させたのも愛という絆だけれど、その愛は今だ私の胸に」)
    「愛を忘れ、人を想う心を失うことを悲しいと感じるのは、傲慢でしょうか……?」
     その呟きは、駅前の雑踏にかき消された。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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