装甲茶釜狸

    作者:刀道信三

    ●群馬県
     古くからある寺院の前を、闇夜にあっても月明かりに照らされ白く輝いているように見える狼、スサノオが通りがかった。
     スサノオは寺にある建物に目を走らせると、そのひとつに目を留め一吼えする。
     建物が微かに揺れるのを感じたスサノオは、踵を返して左右に信楽焼の並んだ参道を山門に向かって駆け出した。
     スサノオが去った後、建物からは金属の茶釜から手足を生やした狸が現れる。
     胴体である茶釜を元居た建物に鎖で繋がれた狸は今にも怒り狂い暴れ出しそうな様子であった。

    ●未来予測
    「みんな、大変だよ! スサノオにより、古の畏れが生み出される場所がわかったんだよ!」
     教室に集まった灼滅者達を前に須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が今回の事件について説明を始める。
    「おとぎ話の『ぶんぶく茶釜』は知っている人も多いんじゃないかな? その『ぶんぶく茶釜』にゆかりのある茂林寺に古の畏れが現れるみたい」
     茂林寺は群馬県館林市に室町時代よりある由緒正しき曹洞宗の寺院である。
     茂林寺に所蔵されている分福茶釜には、おとぎ話としての『ぶんぶく茶釜』と、伝説としての『分福茶釜伝説』が存在し、話の趣の違うどちらから古の畏れが呼び起こされたのかはわからない。
    「とにかく古の畏れは暴れ出そうとしているみたいだから、夜の内に灼滅して鎮めないと、一般の人達が危ないんだよ!」
     古の畏れは寺に鎖で繋がれており、遠くには移動できないようだが、手当たりしだいに暴れ回る古の畏れと一般人が遭遇すれば大変である。
    「私の未来予測では、古の畏れが一般人と接触してしまう前に、みんなが接触することができるよ」
     スサノオは既に茂林寺を去ってしまっているので、入れ違うことすらできない。
     しかし古の畏れが一般人と接触する前に、接触できるということは、人払いを気にする必要はないだろう。
    「あと古の畏れは暴れ回っているだけだから、接触さえしてしまえば逃げられることなく戦闘できるよ」
     何が古の畏れを駆り立てているのかはわからないが、戦闘自体は正面から簡単に挑むことができるはずだ。
    「このまま古の畏れを放置したら、一般の人達に被害が出ちゃうよ。だからその前に、みんなの力で古の畏れを灼滅してあげて!」


    参加者
    ポー・アリスランド(熊色の脳細胞・d00524)
    玖珂峰・煉夜(顧みぬ守願の駒刃・d00555)
    龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176)
    五十嵐・匠(勿忘草・d10959)
    分福茶・猯(カチカチ山の化け狸・d13504)
    船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718)
    足利・命刻(ツギハギグラトニー・d24101)
    狼久保・惟元(白の守人・d27459)

    ■リプレイ


    「スサノオは去った後……か。でも、一般人に危害を加える恐れがある以上、古の畏れも放ってはおけないね」
     山門の前で霊犬の六太を抱えながら五十嵐・匠(勿忘草・d10959)が呟く。
    「何を思って暴れまわっているのかは分からないけれど、この好機を逃すわけにはいかない」
     月明かりに照らされた山門の奥から殺気立った気配が伝わってくる。
     未来予測によって人目に触れる前に古の畏れと接触できることは匠の言うとおり好機と言えるだろう。
    「古の畏れと相対するのはこれが始めてになるが……さて、どれほどのモノかね。なんにせよ油断せず、しっかり役目を果たさないとな」
     玖珂峰・煉夜(顧みぬ守願の駒刃・d00555)は両手が自由になる照明器具以外にもランタンタイプの照明を手に山門の前に立つ。
     ここで古の畏れを灼滅することができなければ確実に一般人に被害が出てしまうだろう。
     たとえ相手が強大であっても灼滅者達がここを退くわけにはいかない。
    「茶釜なら、寧ろ防御に秀でているのかと思ったが……まぁ、攻撃力の他に防御も甘く見てはいけないのだろう。しかし、本来は人を賑やかしていた古の存在が、人々を脅かす事になろうとは……」
     ポー・アリスランド(熊色の脳細胞・d00524)がパイプのようなものを手に未来予測によってもたらされた情報を分析する。
     伝承は伝承として、どうして古の畏れがこのような形で現れてしまったかはわからない。
     未来予測では攻撃力が高いことが伝えられていたが、ポーの言うとおり茶釜で覆われた胴体が頑丈であると思って戦って損はないだろう。
    「茂林寺の茶釜が暴れまわるか……分福の名が泣くのう。わしの沽券に関わりそうじゃし、人に見られん内に退治しないとな」
     分福茶・猯(カチカチ山の化け狸・d13504)は山門横の塀に、ひょいと飛び乗りながら境内を覗き見た。
     狸っ娘であり縁を感じる姓を持った猯にとって、この古の畏れは他人事とは思えないのだろう。
     むしろファイアブラッドとして灼滅者に覚醒したのでなければ、茂林寺のご当地ヒーローと言われても違和感がない。
     猯は塀の上から古の畏れの鎖を観察し、持参したLEDランタンを設置できないかを調べようとした。
     しかし一見しただけでは鎖がある以上そう遠くに行けないことはわかっても戦闘に支障があるほど短いようにも見えなかった。
     余談だが古風な猯が照明器具としてLEDランタンを選んだことに意外さを感じる。
    「茶釜狸が暴れてるって聞くと、ひっくり返ってお腹を上にしてジタバタしてる絵が思い浮かぶんやけど……今回のはそんな可愛いもんやなさそうやねえ」
     猯の隣に静かに着地しながら足利・命刻(ツギハギグラトニー・d24101)は古の畏れの姿を見る。
     野性をあらわにしたような獰猛な巨大狸が自分達にまだ気づいていないかを命刻は注意深く観察した。
    「これがスサノオによって生み出された古の畏れ。話では聞いていましたが、直接見るのは初めてですね」
     他の仲間達に続いて山門を乗り越えるために狼久保・惟元(白の守人・d27459)も塀の上に飛び乗った。
    「色々と勉強したい所ですが、人に危害を与えるならば話は別。貴方は此処に居るべき存在ではない。どうか、安らかに眠ってください」
     人狼である惟元にとって、宿敵であるスサノオの生み出した古の畏れは興味の対象であると同時に倒すべき相手である。
     それが一般人を襲うとあっては見逃すことはできない。
     言葉を紡ぐと惟元は塀を蹴って参道に降り立った。
     古の畏れである巨大茶釜狸は目の前に現れた灼滅者達に殺気を向ける。
     戦いの火蓋が切られようとしていた。


    『グォオオオオオォォォ!!』
     茶釜狸が吼えると後肢が茶釜の中に引っ込み、その穴から火と煙を噴き出しながら茶釜狸の巨体が宙に飛ぶ。
    「この壁、そう易々と通させる訳にはいかないのだよ、君……!」
     仲間達の前に出たポーが落下してくる茶釜狸の質量を、その小さな体で受け止めた。
     ポーの足は踏ん張り切れずに地面にめり込み、防具である熊の着ぐるみが軋みをあげる。
    「さあ、始めましょうか」
     龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176)の白光を纏ったクルセイドスラッシュの横薙ぎの一閃が茶釜の表面に火花を散らせながらポーを押し潰そうとしていた茶釜狸を叩き落した。
    「空飛ぶ茶釜ですかぁ、なんかUFOみたいですねぇ」
     船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718)はのんびりとした口調ながら予言者の瞳を使いながら茶釜狸の動きを見切ろうと視線を集中させる。
    「六太、準備はいいか?」
     六太が一吠えして応えるのを確認してから、匠はバベルブレイカーを地面スレスレに低く構えながら駆け出す。
     茶釜狸が六太に気を取られている隙に抉り込むように振り上げられた匠のバベルブレイカーから射出された杭が茶釜狸の横っ腹に穴を穿った。
    「狸なら化かすとか搦め手はできないのか?」
     参道の隅、影が落ちている場所にランタンを設置しながら、茶釜狸を回り込むように走りつつ、煉夜はペトロカースの石化の呪いを茶釜狸に放つ。
    「く……見た目とは裏腹に攻防長けた侮り難い手合いだ……!」
     ポーの神薙刃が起こした風の刃が茶釜に命中するが、見た目通り頑丈な茶釜に深い傷を刻むことができない。
    「守鶴の釜なら幻術の一つでも見せたらどうかね?」
     猯は参道の端に並んだ狸の像から茶釜狸を遠ざけるため、参道の中央に押し込むようにバベルブレイカーで一撃を加える。
    「足利流威療術、臨床開始や!」
     命刻のコールドファイアによる冷たい炎が茶釜狸を覆い、その装甲である茶釜の表面を凍らせた。
    「いきますよ」
     続いて惟元の白炎蜃気楼の白い炎が煉夜と命刻の姿を茶釜狸から隠す。
    『ガルルルルゥ!』
     茶釜狸が今度は四肢を引っ込め、噴煙を上げながら回転し、孤を描くような低空飛行をしながら、惟元の展開した白い炎に突っ込んだ。
    「そうはさせないのだよ、君……!」
     命刻を狙った茶釜狸をポーが組みつくように押さえ込むが、衝突の衝撃で内蔵を痛めたのか口の端から大量の血がこぼれる。


    「頑丈なら、これでどうです?」
     柊夜はクルセイドソードの刀身を非物質化させると神霊剣で茶釜狸を斬り裂いた。
    「そこですぅ、読めましたぁ」
     亜綾のフリージングデスが茶釜狸の移動先を読んで足許を凍りつかせる。
    「これでもまだ動けるかな?」
     跳躍した匠が鋭い踵落としを決めると、茶釜狸を覆っていた氷ごと茶釜が砕けてヒビが入った。
    「次はこれでどうだ」
     煉夜が上段に構えた日本刀を真っ直ぐ振り下ろし、茶釜上部にできた亀裂を更に深める。
    「こっちには行かせないのじゃ」
     攻撃を受けてよろめいた茶釜狸が信楽焼の狸像にぶつかりそうになるのを、猯は閃光百裂拳による拳の連打で押し返す。
    「今度は炎や」
     茶釜狸の毛皮に覆われた脚に、匠の炎を纏った殺人注射器が突き刺さる。
    「毒を以って毒を制す、です」
     茶釜狸の懐に飛び込みながら、惟元は爪に纏わせた畏れで茶釜狸に斬撃を加えた。
    「思った以上の強さだね、君」
     ポーがパイプ型のマテリアルロッドを吹くと雷が茶釜狸の背を打つ。
     今まで一身に茶釜狸の攻撃を受けていたポーは気力で立っているような状態で思うように足が動かないでいた。
    『グォオオオオオォォォ!!』
     再び脚を茶釜の中に収めると、茶釜狸は巨大な手裏剣のように回転しながらポーに向かって飛ぶ。
    「六太!」
     匠の指示で飛び出した六太が正面から体当りして茶釜狸の軌道を逸らした。
     しかし茶釜狸と正面から衝突した六太は耐え切らずに一時的消滅を迎えてしまう。
    「確実に効いてはいるようですね」
     柊夜の二度目のクルセイドスラッシュが茶釜を割って狸本体から血飛沫が上がる。
    「回復が追いつかないですぅ」
     予言者の瞳で強化された短期行動予測力で茶釜狸を見ながら亜綾は前に出る。
     茶釜狸の攻撃力が高くてポーの受けたダメージは応急処置でなんとかなるレベルを超えていた。
    「六太の仇だ。覚悟してもらおうか」
     匠の振り回したバベルブレイカーが遠心力を乗せて茶釜に叩き込まれ新しい穴が刻まれる。
    「弱っているのは確かだ。畳み込むぞ」
     煉夜の契約の指輪から撃ち出される魔力弾が、凍って脆くなった茶釜を貫いた。
    「さっさと倒れるのじゃっ」
     茶釜狸同様にバベルブレイカーから噴き出される推力で回転しながら宙を舞った猯のバベルインパクトが茶釜狸の背に叩き込まれる。
     先ほどから攻撃を受ける度に揺さぶられる茶釜狸が狸の像にぶつかりそうになって猯の肝を冷やしていた。
    「もう少しや、みんな頑張っていくよ!」
     命刻は殺人注射器で器用に茶釜から露出した狸の肉体を抉り傷口を広げる。
    「逃げられは……しないようですね」
    『グルルゥゥゥ……』
     そもそも鎖に繋がれてはいるが、茶釜狸が逃げ出さないか惟元は警戒する。
     しかし茶釜狸は体が痺れて満足に動くことができないようで、惟元は念のために茶釜狸の脚に妖冷弾を撃ち込んで更に動きを縛った。
    「やれやれ、まだなんとか立ててはいるようだね、君」
     崩れそうになる脚に力を入れながらポーは再び神薙刃の風の刃を振るう。
     今度は風の刃が茶釜を斬り裂いて茶釜狸の体を傷つけた。
    「そろそろ終わりにしまりょうか」
     柊夜の神霊剣の不可視の刀身が、茶釜狸を撫でるように斬ると、茶釜狸は糸が切れたように崩れ落ちる。
    「むぅ、今ですぅ。烈光さん」
     トドメを刺せると判断した亜綾が、むんずと霊犬の烈光さんを掴んで茶釜狸に向かって投擲した。
    「必殺ぅ、烈光さんミサイルダブルインパクトぉっ」
     先にぽてっと茶釜狸の背に着弾する烈光さんを追うように亜綾もバベルブレイカーのジェット噴射で追いかけ、茶釜狸の背に乗りながらバベルブレイカーを突きつける。
    「……ハートブレイク、エンド、ですぅ」
     亜綾は一息ついてからトリガーに指をかけ、射出された杭が茶釜狸を貫き、茶釜狸は断末魔の叫び声を上げた。


    「茂林寺か……守鶴の奴は元気にしとるのかね」
     猯は竹箒で参道を掃除しながらそう呟いた。
     守鶴は釈迦の説法を聞き、室町時代に茂林寺に仕えていたといわれているので、もし実在するのなら存命なのかもしれない。
    「ところで茂林寺といえば、狸じゃろう。寺も参道も狸がいっぱいじゃからな。時期は過ぎたが枝垂れ桜も見事なもんじゃよ、4月に祭りもやっとるしの。北は湿地でな、蛍が見られるんじゃが……」
     一緒に戦闘の痕跡を片付けている仲間達に猯が観光説明を語り出す。
     やはり茂林寺に並ならぬ思い入れがあるのだろう。
    「何してるん?」
     命刻が掃除をしていると、1体の信楽焼の狸像に亜綾が花とどら焼きを供えていた。
    「ふに? タヌキってどら焼き好きじゃないんですかぁ」
     命刻に振り返りながら亜綾は小首を傾げる。
    「どうやろうねぇ……まあ、でもお騒がせしましたってことで」
     命刻は亜綾の隣に屈みこむと手を合わせて共に茶釜狸を供養した。

    作者:刀道信三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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