修学旅行2014~ゆらり水牛車で亜熱帯の楽園へ

    作者:六堂ぱるな

    ●修学旅行に行きましょう
     日差しがきつくなってきた6月、梅雨も悩ましい頃である。
     武蔵坂学園の修学旅行は毎年6月。今年は24日から27日までの4日間で、小学6年、中学2年、高校2年の生徒たちが一斉に大移動することになる。
     因みに大学に進学したばかりの大学1年生も、親睦旅行として同じ日程・スケジュールで参加するのが特徴だろう。

     向かうは青い海と青い空の沖縄。
     地域性を学ぶべく沖縄そばを堪能したり、多様な海洋生物性を確認するために美ら海水族館へ赴いたり、立派な運動能力を養うためにマリンスポーツや離島めぐりをするわけで。
     沖縄を満喫することこそ旅の目的、これは学びなのだ!
     いざ、楽しい思い出づくり!
     
    ●亜熱帯植物の楽園、由布島
     修学旅行の三日目は終日自由行動だ。
     のんびりとした時間を過ごすなら、由布島へ行ってみてはどうだろう。
     島は12ヘクタールの全域が亜熱帯植物園で、入園料を払って入島する。遠浅だから徒歩でも行けなくはない。でもここはせっかくだから、三日月を頭に乗せたような水牛の牽く車でゆったり渡りたいところだ。
     青い空と西表島、由布島の緑。遠浅の海の中を進むのは気持ちがいいだろう。

     由布島は島じゅう赤いハイビスカスが咲き乱れ、30種類以上もあるブーゲンビレアガーデンが有名。温室で白から黄色、橙、ピンク、赤、紫とさまざまな色が楽しめる。
     日差しが強いので、ヤギやポニー、リュウキュウイノシシもいる子供の広場の木陰で一休みもいいだろう。ブランコやベンチもあるし、由布島茶屋で色々な美味しいジェラートも楽しめる。
     日本最大級の蝶のオオゴマダラを飼育している蝶々園もある。美しい黄金のサナギが確実に見られるのも魅力だ。もちろんオオゴマダラが舞うさまもかぶりつきで見られる。
     水牛車の待合所で水牛の池を見にいくのもいい。春に生まれたばかりの仔牛が見られるかもしれないし、仕事待ちの水牛が温泉よろしく池に浸かっているそうだ。パーラーでアイスを食べるという楽しみもある。
     水牛車の発着時間の関係で夕暮れまではいられないが、島じゅうどこでも5分も歩けば、白い砂浜のビーチに出られるのも魅力だ。
     
     ガイドブックに目を通していた埜楼・玄乃(中学生エクスブレイン・dn0167)は、青い空の下で水牛車が海を渡る写真をしばらく眺めていた。
    「自由行動、私は由布島へ行こうと思う。気温の割に湿度は低いらしいし、日焼けに気をつければゆっくり過ごせそうだ」
     それでなくとも、学園の生徒は灼滅者もエクスブレインも頭を悩ますことが多い。たまには綺麗な風景を見ながら、のんびり時間を過ごすのもいいだろう。
    「三日目は西表島のホテルで一泊だから時間にも余裕がある。海を見ながら茶屋のジェラートやパーラーのアイスを食べるのもいいな」
     徹底して非アウトドアの匂いがする玄乃であるが、修学旅行の楽しみ方は人それぞれ。
     ひたすら美しい海と空、ゆったりとした時間を過ごすのもたまにはいい。
    「せっかく皆で行くのだし、楽しい修学旅行にしたいものだな」
     そう言うと、ガイドブックを手にした玄乃はちらりと笑顔を見せた。


    ■リプレイ

    ●南の楽園へ
     由布島へ向かう待合所では、水牛に天霧が声を弾ませていた。
    「水牛さんたち可愛いねー♪」
    「水牛……うん、牛だね」
     ヴェールヌイ、どんな生物を想像していたのであろうか。おっかなびっくり触る隣で、角の大きさに驚いた琳も恐る恐る水牛に話しかけた。
    「由布島までよろしく……。頑張ってね……」
     ふと振り返った天霧が、玄乃に声をかける。
    「玄乃さんも一緒に行こ?」
    「クラスメイト同士で由布島廻りもいいんじゃないかなって思うんだけど……」
     瀬那からも口を添えられ、玄乃も頷いてから、照れくさそうに微笑んだ。
    「ありがとう、そうさせて貰う。皆に同行するのは不思議な感じだな」
     昨年秋の転入以来、学園での生活にやっと慣れてきた玄乃である。
    「お世話になりまーすっ」
     水牛に挨拶してから乗り込む天霧に続き、次々とレトロな牛車に乗り込むと出発。
     水牛任せで車は進む。空は晴れ渡り、白い雲とのコントラストが美しい。彼方に見える由布島の緑は濃くて、遠浅の海を水牛がのんびりと牛車を牽いて進むさまは日本離れした情緒がある。瀬那は存分に景色に見入った。
    「水牛車って乗るとこんな感じなんだね~」
    「まるで異国のようだな」
     龍人の表現に微笑んだ御者のお爺さんが、三線を取り出して歌い始めた。わたる潮風が心地よく、霧湖がお爺さんに合わせて歌い出す。
    「たまにはこんなのんびりするんもエエなぁ……♪」
     クラスの皆と、が大事な優希である。のどかな風景に琳と並んで見入っている玄乃の横顔に目が行く。クラスメートなのだし、一緒に楽しんで欲しいと思っていて。
    (「いつもお世話になっとるしな♪」)
     
     由布島についたらまずはジェラート。朝から既に暑いのだ。
    「蝶々園の近くに茶屋とかないかな?」
    「こちらのようだぞ」
     瀬那の疑問にはガイドブック片手の龍人が応えた。誘導する様子は引率の先生の風格。
    「海でも見ながら食べるといい」
    「ちなみに泡盛のジェラートはなしでよろしく頼む」
     玄乃もフォローを忘れない。
    「お二人ともガイドさんみたいですね……」
     くすりと琳が笑ったところで茶屋に到着。たくさん種類があると目移りしてしまうのも女子の性。
    「うちも、ひとつもらおう♪」
     甘いもの好きの優希は、わりと王道のバニラが気になる。
    「……せっかくなので、ここでしか食べられないジェラートが食べてみたいです……」
    「紅芋も美味しそうだが、黒糖とかどうだろう?」
     悩みまくる琳に、お品書きを見ながら玄乃が首を捻る。
    「先生のジェラートこちらですよ」
     売り子さんに引率と間違われた龍人が苦笑する横で、黒糖塩キャラメルにした霧湖が一口ずつのジェラート交換を訴えた。
    「全部食べてみたーい!」
    「交換するん? エエで♪ 受けてたつ!」
     優希を筆頭に皆から了解の声がとぶ。
    「ん~♪ 甘くて美味しい♪」
    「……天霧、そっちのはどんな味?」
     じっとみつめてぽつり。ヴェールヌイのも気になる天霧である。
    「食べてみる? はい、あーん」
    「では、こちらも。……あーん」
     二人で食べさせあいっこしたところで、他の女子も混じっての大交換会。

     蝶々園に入なり、ふわふわと室内を舞う蝶に天霧が目を丸くした。
    「これがオオゴマダラかな? こんな大きな蝶ははじめて見るよー」
    「ちょうちょさんのお仲間の蛾さんが茶葉の天敵なのですよね……」
     難しい顔の霧湖である。続いて温室に入りながら、優希は考えごとをしていた。散歩好きな彼女は、以前は蝶をよく公園で見かけていた。自然、減っとるんかなぁ、とか考えていた目の前を、ゆらりとオオゴマダラが飛ぶ。
    「っていうか、でかっ!? チョウチョ、でか!?」
    「これは……綺麗だね……すごいな」
     仰天した優希にヴェールヌイが続く。まったく人を恐れる様子がない不思議な蝶だ。
    「昆虫は種類によってはちょっと苦手なんですけど……オオゴマダラはすごく綺麗ですね」
     まじまじと蛹も蝶も観察する琳が呟く。葉の裏を覗き込んだ龍人も感心しきり。
    「こんなにはっきりとした黄金色なのだな。下手な宝石より美しいかも知れない」
    「ホントに金色なんだね」
     瀬那も驚きを隠せない。成虫の優雅さに驚いていた天霧が、黄金の蛹に時間を忘れて見入っている。
    「この蛹からあの白い羽の蝶が羽化するのはとても不思議だ」
    「おっきい蝶々さんもいっぱいだし感動だよう」
     瀬那が泳ぐように舞う蝶を見上げて微笑む。
    「来てよかった♪」
    「蝶の舞う様をじっくり見たことはなかったから……新鮮だ」
     上機嫌の天霧の隣で、売店でカメラ売ってるかなと首を捻るヴェールヌイ。
     蝶々園の入口から顔を出した霧湖が声をあげた。
    「あ、水牛さんの池! 赤ちゃんいないかなー?」
     今年の春に生まれた仔牛が、母親と寄り添っているのが見える。水牛たちは思い思いに池に浸かっていて、とても気持ちよさそうだ。
     霧湖の目の前を、オオゴマダラが不意に横切る。
     名残惜しいけれど、どんなに楽しくても帰らなくっちゃいけない。
    「皆でお土産を見にいきましょー」
     霧湖のお誘いに、応じる声が次々とあがる。
     旅は最後まで楽しまなくては。

    ●スイーツトラベル
     沖縄も水牛車も初めての雪緒が、興味津々に水牛を覗きこむ。
    「大きな水牛さんのおめめ可愛いのです」
    「意外と大きい……なあ……」
     水希は水牛車のサイズに驚いている、らしい。
     空を仰げば沖縄らしい快晴の空、見渡せば浅瀬の海の透明な青。風景を満喫する清十郎たちを乗せ、水牛車は島を目指す。
     まず向かったのは待合所近くにある水牛の池。水牛がまったり池に浸かっているさまは、プールか温泉のようですらあった。
    「あんなデカいのに、つぶらな瞳してんなー」
     疲れを癒す水牛たちに和む清十郎が呟く。こののどかさには雪緒も水希も和み最高潮。
     ゆったりと流れる時間を楽しみながら、三人は散策がてら、由布島茶屋へ向かった。
     ジェラートを前に悩んでいる清十郎をよそに、驚きの素早さで水希が注文へ突撃。
    「……僕は、これとあれと……」
    「水希早ぇっ、いつのまに!」
     水希が買いこんだ量に生暖かい目になりつつ、二人も注文のジェラートを受け取った。
     雪緒はバニラと黒糖、清十郎は完熟マンゴーとピーチパイン、のWジェラート。因みに水希は全種類。よく冷えたジェラートはそれぞれの味が引き立っていた。
    「んー、南国ーって味だな」
    「甘くて冷たくて美味しいです! 二人は何味です? 私のも一口どうぞですよ」
     清十郎がちゃっかり雪緒の差し出すスプーンでぱくり。
    「こっちのも美味しいぜ」
    「清十郎、あーんしてくださいです」
     お返しに雪緒にあーん、とからぶらぶしていると、
    「うん、冷たくて美味しい……そして、橘さんと雪緒も甘い……」
     既にスイーツが無い水希がぽつり。解ける暇も与えずジェラートを完食したのだ。
    「も、もう食べてしまったのです?!」
    「……黒糖と紅芋味が好みだった。うん。……もう一回買って来る」
    「…って2周目?! だから早いってば!」
     愕然とする清十郎と雪緒を背に、水希は二週目の戦いを挑みに行ったのだった。

    ●NOステルス、YES観光
     牧場経営、牛野さん家からは吏舞とかるびの双子が参上。
     「うちの牧場では流石に水ギューまで手を出してないから」偵察なのである。だがステルスするつもりはさらさらない!
    「ねえリブ、水ギューってなんだか可愛いね!」
     水牛が飼えたらいいのに、とか思ったり。吏舞と出掛けるのが久しぶりな気がして、かるびは楽しそうだ。
     本場のモッツァレラチーズは水ギューのミルクから作られる。先刻承知の双子は水牛の池や水牛車の待合所を覗いてみた。
    「どっかで食べられないかなー?」
     残念ながらチーズの販売はないらしい。やむなく待合所でアイスを買った吏舞に続いて、かるびもアイスをゲットに走る。
     日差しを避けて木陰に腰を下ろしたものの、吏舞はまだ悩んでいた。
    「お土産、何にしよっかー?」
     美味しいけどアイスは持っていけない。
    「す、砂浜の砂でいいかな……おこられるかな……」
    「もうサーターアンダギーでもいいような気がするんだよ」
     アイスを食べながら唸ったかるびが、ふと吏舞を気遣った。
    「リブは熱中症とか大丈夫? アタシもうへとへとだよ……」
     暑い時は休むに限る。そうはいかないお仕事持ちの水牛に、かるびは微笑んだ。
    「水ギューさんもこんなに暑い中お疲れ様っ!」
     応じるように、水牛が短く鳴いた。

    ●素敵な仲間とだからこそ
     【つれてふ】一行、水牛を前に集合。クロがうんと両手を広げてみせる。
    「このぐらい おっきいと おもった」
     もっと大きいと思っていたらしい。満員に近い車を牽く水牛に、悠が目を輝かせた。
    「俺たち乗せてんのに動いてる! お前、力持ちなんだなー!」
    「可愛いおめめしてるけれど力持ちよね」
     颯音のお褒めもどこ吹く風、水牛はマイペース。
    「自然溢れる島へ、牛車でのんびり赴く……優雅じゃないすかー」
     流零の呟きが風に乗る。
     遠浅の海の向こうに見える緑豊かな島。青空の下、鮮烈な色合いが印象的で、熱帯の園への期待に胸を躍らせる人々を乗せ、ゆらり水牛車が揺れる。
    「お伽噺に出て来そうな空中庭園の様だね」
     振り返る颯音をロマンチストだと茶化したいけれど、代わりに流零はスマホを構えた。
    「全力で同意せざるを得ませんー」
     ぱしゃり。水牛の背中と、眩しく青い空と海を写す。
     島についた水牛の頭を悠が感謝をこめて撫でると、一行は蝶々園へ直行した。迷子にならないよう、クロも皆のあとをついてゆく。
     目標はオオゴマダラだけど、目につくのは聞きしに勝る蛹の黄金っぷりだ。
    「きらきら まぶしい」
     目がちかちかしたクロのそばを、ゆうらりとオオゴマダラが横切った。
    「でっけー!」
     悠の驚きも無理はない。13センチにもなろうかという蝶だ。
    「え、これマジで蝶なの?  蝶ちょの親分……?」
    「確かにデカいすねー」
     流零が大声出しちゃ駄目ですよーと微笑む。慌てて口を押さえる悠の前を一頭がふわり。
    「ちょうは さなぎと ちがう きんいろじゃないんだね」
    「蝶自体は白黒ですのに、不思議ですー」
     そこは流零も気になるところ。人など気にしない飛行に、クロが首を傾げた。
    「ちょうは ぼくたちのこと こわくないのかな?」
    「大きいから羽ばたきも力強いね。白黒の翅が光を弾く様は神秘的だ」
     感心したような颯音の呟きに、にへっと悠が笑う。
    「なんか、凪にぃ解説実況者みたい!」
    「実況じゃないしー悠のがそれっぽいしー」
     むにっとほっぺたを引っ張る颯音、笑う悠。
     蝶を満喫した一行は、茶屋でアイスを買って浜に繰り出すことにした。
    「ナガレ兄、心配すんなって! きゅうり位、学校戻ったら買ってくるし!」
    「いや、心配してな……きゅうりは不要ですよー神羽さーん?」
    「きゅうりアイスはなくて残念だけど美味しいよ!」
     ツッコむ流零に颯音からも追い討ちが入った。
     売店でクロがかりゆしを、悠が水牛っぽい模様のTシャツを購入。二人が着替えると、颯音が楽しげにクロに声をかけた。
    「似合うなぁ、かっこいいよー!」
    「へへ、みんなと一緒だと余計に美味いな!」
     広がる白い砂浜に、寄せる青い波と高い紺碧の空。最高の風景を背に皆で記念撮影。
    「やっぱり おきなわで たべるのは いつもと ちがうきがする」
     アイスを楽しむクロの言葉は、皆が思っていたこと。
     満面の笑顔が並ぶ写真が撮れた。

    ●縁への祈り
     日よけをかねた長袖シャツの征と、ルージュ。蝶々園の一角で顔を寄せあう前には美しい光沢の蛹。
    「わぁ、本当にキラキラしてるわね。天国の果実みたい」
    「本当に黄金色なんですね」
     輝きときたら自然の造形の驚異、だ。
    「先輩! オオゴマダラですよ!」
     優雅に舞う姿は息を呑んだルージュが心配になるほど、大きな羽が重そうで――そうっとよけた二人は思わず顔を見合わせた。
     オオゴマダラは幼虫の頃から体内に毒を持つ。
    「だからこそ、これほど美しくても誰も手を出さないですよ」
    「蝶々は儚いものだと思っていたけれど……まるで、別の時間を泳いでいるようね」
     柔らかな笑顔の征に、ルージュも笑顔を返す。
     蝶々園を出た二人は連れだって、ほど近い浜辺へと出た。抜けるように青い空には雲が浮かび、白い砂浜は輝くようだ。
    「素敵なところね。一緒に来られてよかったわ」
    「うん、ここは音が優しいですね」
     足元を浚う波音が心地よく耳をくすぐる中で、ルージュが微笑む。
    「お友達でいてくれてありがとう。この学園で、出会えてよかったわ」
     征にも伝えたい気持ちがあった。学園に来て出会った、嬉しいことや楽しい事。彼女と出会ったこともそのひとつだ。
    「先輩と一緒にこれてすごく嬉しかった」
     これからもよろしく――。
     互いの願いが、そっと囁かれる。

    ●花の園で
     ブーゲンビレアは鉢植えしか見たことはない。だから見渡す限りの蔓が作る壁と、鮮やかな色彩に鷹育は圧倒された。
    「うわぁ、すごいな」
    「こんだけ集まってると壮観だな」
     赤や紫の花が咲く中、淡いピンクから白へのグラデーションの花の前で鷹育の足が止まる。梛は笑って並ぶと、美しい色あいの葉を突いた。
    「俺もそれ好き」
    「気が合うな」
     フラダンスといえばのレイも、ハイビスカスのイメージが強いがブーゲンビレアのもあるそうだ。
    「お前似合いそう。イチゴは間違いなく似合うけど」
    「似合う言われても困るわ」
     苦笑する鷹育の傍らで、名前が出た彼のナノナノ、苺大福が鳴く。
    「ナナーノ!」
    「お、ジェラート食いたい顔だな」
     ジェラートが食べたい苺大福、鷹育がダメとみるや梛におねだりを始めた。わかる梛もスゴいけど。
    「アイス珈琲飲みたいな」
     呟いた鷹育を襲うのは、不意打ちのカメラのシャッター音。振り返ると梛が笑っている。
    「『花とイケメン』な」
    「うわ、今絶対変な顔してたし! データ消せ!」
     もちろん折角のショットを梛が消すはずもなく。
    「くそぅ、帰るまでに油断してるトコ撮ってやる!」
     誓いを立てる鷹育であった。
    「じゃ、行こうぜ。俺も喉乾いた」
     少し歩けば茶屋がある。この暑さだ、珈琲も美味しいに違いない。

     その二人が出て行った後も、智以子はまったりとブーゲンビレアガーデンを回っていた。
     花が好きだから、水牛車が島に着くなり脇目も振らずにここへ来た。由布島では温室で一年中花をつけている。中でも彼女が気に入ったのは、八重咲きのブーゲンビレアだった。
     緑の葉とは別に鮮やかな色の葉が幾重にも重なって、コサージュのように華やかだ。
     幸い他に誰もいない。八重咲きの花の前に座りこんで、智以子は心行くまで花を楽しむことにした。
     食べ物も飲み物もさておいて。帰る時間まで存分に花を独り占めできそうだ。

     穏やかに日が傾くころ、時間の流れが違うような楽園を最後の水牛車が出る。
     思い出を胸に、灼滅者たちもまた帰途につくのだった。

    作者:六堂ぱるな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月26日
    難度:簡単
    参加:21人
    結果:成功!
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