polyphony

    作者:西灰三

    ●骸の歌
     歌が、響く。
     客席には老若男女問わず人々が腰掛けている。そこだけ見るのなら何の変哲も無いコンサートと何ら変わりがない。だが彼らの表情を注意深く見たり、或いは響く歌声に耳を澄ませばそのような事は言えないだろう。もっとも灼滅者やダークネスでなければ彼らの仲間入りしてしまうだろうが。
     客達の顔は虚ろ、響く歌声は呪い。半ば穏やかな彼らの表情とは裏腹にそこからは生気を感じない。ただそのままに死を待つだけの病人のようだ。
     その歌の主は彼らの視線の先にいた。遠巻きに見れば、人々を惑わす歌と合わせ伝承の人魚の様に見える。けれど近づいてみれば下半身は鱗ではなく、しっかりと巻き付いた鎖だ。けれどもその上半身の美貌は確かに伝説の美女のそれだ、すらりと流れる艶やかな髪は彼女の白肌を際立たせる。ただ一点疵があるとするのなら首筋に付いた痕だけだろうか。
     その傍らにあるのは影絵、まるで彼女の影が独立して動いているように見える。そしてその影もまた歌っているように見える、ただその影の主と違うのは微かに震えている事だ、果たしてそれは後悔か或いは絶望か、影は言葉もなく身を捩らせるのみ。
     会場には、それだけだ。魂を奪う声を主に、嘆き声を伴った歌、そしてそれに耳を傾ける観客だけ。
     
    ●歌を裂く者
     呉羽・律希(凱歌継承者・d03629)、闇堕ちした彼女の行方が分かったと有明・クロエ(中学生エクスブレイン・dn0027)は集った灼滅者達に伝えた。
    「呉羽さんはあるホールの奥に人を集めて歌を歌ってる、聞いた人が死んじゃう歌を。早く止めないと、いけない」
     闇堕ちした彼女はダークネスとなり、ひたすらに犠牲を増やしていくだろう。そこには闇堕ちする前の彼女の意思は無い。
    「ボクが皆にして欲しいのは彼女の灼滅」
     つまり一人のダークネスとしてクロエは彼女を考えているようだ。集まった灼滅者達の顔に別の色が差す。それを察しクロエは次の言葉を紡ぐ。
    「もし、助けたいのなら呉羽さんに声をかけなきゃいけない。けれどこのダークネスはそう言う感情的なところを隙として攻撃してくる。……狡猾な相手なんだ」
     そのタイミングでの相手の攻撃は更に鋭くなるだろう。淫魔だからこそ情を武器にしてくる。
    「このダークネスは戦場に呉羽さんの縁の深い人がいたら優先的に攻撃してくるよ。複数いたらより深い人を。きっと呉羽さんを完全に絶望させるためだと思う」
     だからこそ戦いから逃げることはないという、逆を言えば相手は灼滅者達を返り討ちにっするつもりではないかとクロエは言う。
    「呉羽さんは最初は光刃放出とディーヴァズメロディの、傷が深くなってきていれば虚空ギロチンと残影刃の効果のあるサイキックで攻撃してくるよ」
     そして勿論のことダークネスである、その威力は灼滅者のそれより遥かに高く、より命中し易い。またそれと同時に立ち振舞いも変わるらしい。茫洋から激情というイメージが見えた、と。
    「ダークネスは常に灼滅者より強い。それでも助けたいのなら怪我やそれ以上の事も考えておいて」
     エクスブレインは灼滅者達の視線を受け、そして彼らを見返す。こちらでも人を用意しておくと言ってから、言葉を続ける。
    「……呉羽さんを助けられるのはこれが最初で最後の機会だと思って。だからこそよく考えて。力任せの勢いやそれぞれの想いだけではきっと皆の欲しいものは手に入らないから。もちろん気持ちを大切にする事も必要だけど」
     クロエは灼滅者達を真っ直ぐに見据える。
    「ボクは皆に無事に帰ってきて欲しい。……それじゃ、行ってらっしゃい。気をつけてね」


    参加者
    偲咲・沙花(疾蒼ラディアータ・d00369)
    由井・京夜(道化の笑顔・d01650)
    村山・一途(死線侵犯・d04649)
    城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)
    猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)
    日比野・蕾花(想奏グリオット・d13829)
    黒柳・矢宵(ミッドナイトナイチンゲール・d17493)
    北南・朋恵(スペシオーザ・d19917)

    ■リプレイ


     暗い世界に響く美しきも滅びを招く歌。この歌が最後の一章節まで歌われた時この場にいる観客たちは全て死に絶えるだろう。その時、自分は完全な自分になれると『彼女』は考えていた。だがその時正面側の扉が開き一条の光が外から入り込んでくる。
    「………」
     『彼女』は歌いながらも想像を巡らす。おそらくは自らの中にいる消すべき存在を助けようと灼滅者達が来たのだと。たかだか十人に満たない灼滅者ならばなんとかなるだろう、最悪戦いを長引かせれば完全にダークネスの力を得られるだろうと。だが。
    「リツキ、貴女の歌はそうではないでしょう! まだ何も終わっちゃいない! ここにいる全員の力で取り返せるんです、貴女を!」
     ウルスラの叫びと同時に他の扉も開け放たれていく。そこから文字通り雪崩れ込んでくる灼滅者は八十余り。
    「……なっ!?」
     驚きの余り歌が途切れる。入ってきた彼らの殆どは周囲にいた観客を次々にホールの外へと連れだして行く。
    「ちょっと! アンタ達!」
     『彼女』が連れだそうとする灼滅者達ににじり寄ろうとする所に、8人の灼滅者が立ちはだかる。
    「やっと見つけました…とっても、さがしてたんですから……!」
     北南・朋恵(スペシオーザ・d19917)が『彼女』の姿を見て少し安心した様に言葉をこぼしすぐに顔を引き締めた。
    「さて、来ました」
     村山・一途(死線侵犯・d04649)の視線がすっと『彼女』を射抜く。その中にいる者に語りかけるように。
    「……まさかこれほどの戦力を集めてくるとはね。そんなに大切なの?」
    「大切だね。僕は人間としては欠陥している。だから彼女がとても好ましいんだ」
     偲咲・沙花(疾蒼ラディアータ・d00369)は端的に返す。
    「それはあなたの勝手な気持ちでしょう? あの子はそんな事を望んでいないわよ?」
     そう言って『彼女』は胴の中心を撫でる、まるでそこに何かいるかの如く。
    「でも、そうだとしても律希さんに、こんな悲しい歌を、歌わさせないで」
    「歌を歌うなら、死んじゃう歌なんかより聞いてて楽しい歌歌えばいいじゃん!」
     日比野・蕾花(想奏グリオット・d13829)と黒柳・矢宵(ミッドナイトナイチンゲール・d17493)の言葉に『彼女』は嗤う。
    「……あなた達は『あの子』の事を何にもわかっちゃいないのねえ」
     まるで自分だけの秘密を宝物にする子供のように『彼女』は微笑む。
    「君は」
    「?」
    「君は君の中の律希を絶望させたいんですよね? 君の中の律希を眠らせたいんですよね?」
     猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)が平坦な口調の中に苛立ちを潜ませながら問う。
    「そうよ。そしてそれが『あの子』の望み。少しだけ『あの子』に勇気が足りないから背中を押してあげてるだけ」
    「……残念ですが律希を絶望させる事なんて出来ねーですよ」
     長き爪と名づけた槍を握りしめて彼女は言う。
    「どれだけ律希を絶望させても無駄です。これだけ沢山の子達が律希を引っ張り起こしに来ます。絶望なんてさせてやらねーです」
    「あら、そうかしら?」
     そう言った瞬間に仁恵の喉元に光刃が突き刺さる。それはたとえ回復サイキックを用いても完全には癒せぬ傷。
    「ここであなた達の一人でもいなくなれば「あの子」も心置きなく消えることができるでしょう?」
     そう答えた『彼女』の喉元に由井・京夜(道化の笑顔・d01650)の爪先が襲いかかる。
    「あなたのようなダークネスに乗っ取られずに必ず帰ってきますよ」
    「ふふ、できるかしら。あなた達に」
    「してみせる、律希ちゃんじゃないあなたの言葉になんか惑わされない」
     京夜の攻撃を躱して体勢を整えた『彼女』の体に城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)の槍が微かに当たる。少しだけ『彼女』は顔をしかめてから先程まで出していなかった刃を取り出す。
    「いいわ、なら、『あの子』に親しいアンタ達から殺してあげるわ」


     灼滅者達が声をかける度にその体に傷が付いていく。助けるために意識している、それ自体はきっと意味があるのだろう。だがそのために戦いに勝つための意識がややおろそかになっていた。そして目の前の敵はその隙を見逃さない。
    「気が逸っているわね、そんなんじゃ恋人出来ないわよ?」
     嘲る『彼女』の言葉と同時に繰り出される、その中でも傷が大きい者は初撃を受けた仁恵であり矢宵や朋恵の回復では届かない、言い換えれば落ち着いて心霊手術等を用いなければ回復しきれない傷を負っていた。そして『彼女』は執拗に仁恵を狙う。沙花や蕾花、テツやロッテが仁恵と『彼女』の間に立ちはだかるが数分に一度は攻撃を受けてしまう。
    「……もっと殴ってみなさいな」
     心壊す歌に耐えながら槍を突き出す仁恵。体のそこかしこに傷が生じ、白い防具は赤色に染まりつつある。
    「へえ、どこからそんな自信が出てくるのかしら?」
    「……どんなに殴られようが にえ達は壊れねーですから」
     彼女の瞳からは意思の光は消えていない。
    「誰も倒れさせたりしない。――守るわ。みんなを。律希さんの心を」
    「気持ちだけは立派ね。でも情にほだされたあなた達にアタシの攻撃を凌ぎきれるかしら?」
     蕾花の身にも傷が生じ始めている。無論仁恵の身のものより遥かに少ないが。
    「その前に倒せばいいです」
     一途の視界外からの一撃が『彼女』の足を深々と裂く。体勢を崩した『彼女』に京夜と沙花の攻撃が迫る。
    「それに重傷くらいは覚悟の上だよ」
    「刹希にはすまないけど、律希は返してもらうよ」
     想いだけではない、何をすべきかを意思によって選びとった行動は確かな一撃を『彼女』に与える。……にも関わらずに彼女は漏れるような笑い声を上げる。
    「何がおかしいの『刹希』ちゃん?」
    「ふふっ……、気にしなくて良いわ。あなた達はそのまま殺されるために足掻いていればいいのよ」
    「……あなたホントに『刹希』ちゃん? 『刹希』ちゃんのフリした、律希ちゃんが嫌いな自分自身の影なんじゃないの?」
    「『アタシ』は『アタシ』よ。……『あの子』とは違うのは確かよ」
    「律希は自分の嫌いなとこ全部捨てちゃおうとしてるわけ?」
    「そうじゃないかしら? 歌も捨てようとしたのは『あの子』も望んだことだから」
     千波耶と『彼女』はそんなやりとりを刃を交えながら行う。二人の話を傷深い体で聞いていた仁恵の口から言葉が零れた。
    「……ばか」
    「そう、あの子はバカだわ。あなたと同じくらいにね」
     ずさり、肉を裂く鈍い音が音響の整った空間にいやに響く。ゆらりと彼女の体が倒れる。
    「仁恵さんっ!」
     矢宵が叫んだ。


    「まず一人、ね」
     『彼女』は倒れた仁恵に興味を無くすと次の相手を見定める。
    「次は……あなた」
     切っ先は一途に。落ち着いた様子で一途は返す。
    「……私、強いんですよ?」
    「それは楽しみね、いつ悲鳴を上げるのか」
     二人の視線が交錯する、だがそれを遮るように『彼女』の背後から声が上がる。
    「……まだ倒れてねーですよ……」
     矢宵に開放されるよう仁恵は立ち上がる。あと一撃も受ければ今度こそ完全に倒れるだろう。それでも彼女は力を振り絞る。
    「例えにえが落ちても今みたいに誰かが助けに来ますよ。……だから、馬鹿みてーに落ち込んでんじゃねーですよ、ばか!」
    「威勢のいい話ね。もう話はおしまいかしら」
     『彼女』は刃を振り上げる。だがその後ろから軽い口調の、この空気をすり抜けていくような千慶の声が響き渡る。
    「りーつーきちゃーん、聞こえるー?」
    「これだけの人がお前と話をするために集まった。皆呉羽の帰りを待っている」
     彼の隣にはジャックがいた。既に観客たちの避難は終わりに差し掛かっており手の空いた者から彼女に声を届かせていく。
    「「クレヴァ」たん! 迎えに来たよ!!」
     魅勒の呼びかけが、雪の眼差しが『彼女』の奥にいる者に向けられる。
    「ふ……どれだけの声を集めたところで、あなた達に力が無ければ何も意味はないわ」
     『彼女』の囁きは呪いの歌となり今度こそ完全に仁恵の動きを止める。倒れる直前で合っても相手から目を逸らすことはなかったが。
    「邪魔が入ったけれど、今度こそあなたにも倒れてもらうわ」
     常に攻撃を受け続けているはずの『彼女』だがまだ余裕がある。それに比べて灼滅者達の方は既に一人を欠き戦力を落としている。
    「お断りします。そんなお願いは聞けません」
    「遠慮しないで、痛いのは一瞬だけだから。後は何も感じなくなるわ」
     揺るぎなく速き一撃、振りぬかれた刃はされど一途に届かない。
    「……言葉や想いだけじゃ届かないのは分かってる」
     沙花の守りが届いたのは助けるのだけではなく戦う覚悟を秘めていたから。光刃を砕きながら彼女は語りかける。
    「律希、見えているかい。聞こえているかい。君に戻ってきてほしい人がこんなにいるんだ。そこから見えるこれが、君を大事に思う人達の、僕達の覚悟と決意だ」
    「見えているわけないでしょう? 「あの子」は今も目を閉ざしているわ」
    「なら、みんなの声なら届いて居るんだよね」
     紫姫の言葉に『彼女』は表情を曇らせる。娑婆蔵がその表情から意味を読み取る。
    「ならばそこに姉御がいるでござんすね!」
    「……律希、俺達の声をよォく聴けェ!!」
    「律希! 俺らの声が、この歌声が! お前の心に届いているか?」
    「聞こえるはずよ この多声音楽が! 律ちゃんを愛する皆の歌よ!」
     錠と葉月、シュテラの声に『彼女』は苛立ちを隠せていない。その隙を突いて京夜が鋭い蹴りを見舞う。意識の散っていた「彼女」は表情を歪める。
    「……これが全力なの? 少しばかり手加減してくれたのかしら?」
    「ああ、全力だよ。呉羽ちゃんを取り戻すためにね!」
    「……甘いわねえ、優しいだけじゃ女の子は振り向いてくれないわよ?」
     「彼女」が腕を一振りすれば虚空から刃が無数に現れて蕾花達を切り刻んでいく。守り手や攻め手を一度に切り刻むそれは、『彼女』がそれなりに追い詰められているという少佐でもある。その降り注ぐ刃の中でも蕾花は微笑んでいた。


    「……言っておくけれど、アタシは「あの子」じゃないわ。そこまで傷だらけになってまで言いたい事でもあるの」
    「ええ、沢山。あなたにはきっと分からないでしょうけれど」
     傷だらけの一途はこれまで多くの言葉を戦闘中に伝えていた。
    「灼滅者って面倒よね、なんでそんなによく分からないことにこだわるのかしら」
    「灼滅者だからじゃない、これは私の勝手」
    「ならここであなたが果てるのも仕方ないわね」
     彼女の操る人魚の形をした影が一途の体を切り裂く。まるで嘆いているようにも見えるがその本質は掴めない。やはり集中攻撃を受けて傷の深くなっていく一途を朋恵が傷を癒やす。
    「それ以上やっても痛みが増えるだけよ?」
    「てったいする気はありません、丈夫だからかえりうちにされる気もありません」
    「痛くはない。怖くもない。まだ終わりじゃありませんよ」
    「そう、じゃあ仕方ないわね」
     二度目の止め。無数の刃が一途の頭上に現れる。
    「それじゃ、おやすみなさい」
     断頭台の如き刃が彼女の上から落下する。が、肉を裂く音は聞こえず代わりに響くのは金属同士がぶつかり合う音。
    「テツくん……!」
     そのままバランスを崩しライドキャリバーは動かなくなる。これまでも相当にダメージを引き受けてきたせいだろう。その姿を見て『彼女』は矢宵を睨む。
    「何故あなたはここにいるの?」
    「………。やよいにそういう運命が来たから」
    「それだけで来ているのならお帰りなさい。あなたと「あの子」は何の縁もおないのでしょ」
    「いやだ。やよいはここに来たかったけれど来れなかった人の分まで頑張らなきゃいけないから!」
     ちらりと夜宵は観客席の方を見る。そこには彼女と同じ気持ちでこの場にいる者達がいた。
    「こんなに沢山の人が迎えに来てくれるぐらいに呉羽ちゃんの存在ってのは大きいの」
     刃舞う間隙に京夜の腕から放たれた網が『彼女』を絡み取り、千波耶が追撃する。
    「これみたいなダークネスに乗っ取られそうになってないで早く帰ってくる」
    「「あの子」は帰りたくないって言っているわ。だから目を閉ざした。諦めなさい」
    「諦めろ? やなこった」
     啓の言葉はこの場にいた者の総意である。それに追随するように空凛が声を上げる。
    「このままじゃ律希さんの幸せはどうなるんですか!」
    「そうですよ、結婚式のブーケのアレンジさせてくれるって約束したじゃないですか!」
     由乃が本気なのかそうでないのかよく分からない事を言う。
    「……聞こえるでしょう? あなたの周りには、こんなにたくさんの人がいるわ。もう諦めて。律希さんを、返してもらうわ」
    「アタシが諦める……? なら、その力を示してみなさい!」
     蕾花の言葉に激高する『彼女』の影の一撃が一途を切り伏せた。
    「いい加減分かっているでしょう? まだ足りませんか? みんな、律希さんが好きなんですよ」
     仁恵に続いて倒れた彼女はそう言葉を残した。


     『彼女』とて無傷であったわけではない。確かに途中までは灼滅者達を圧していたはずだ。だが一手一手を着実に阻む存在がいた。沙花や夜宵、朋恵の癒し手だ、沙花が守り二人が癒やす。そのシンプルな動きが『彼女』の決定打を少しずつ遅らせていた。そうやって生じた時間に京夜や千波耶が攻撃を仕掛ける。そうやって徐々に徐々に灼滅者達は耐えながら趨勢を押し戻して来たのだ。
    「そんな……!」
     狼狽する『彼女』に蕾花が言葉をかける。
    「絶望って、打ち砕けるの。誰かの手があれば、なおのこと」
    「「あの子」はそれが出来なかった、だから! こうして全てを捨てようと!」
    「ならばその苦しみを俺が傍で支えよう! 今度こそ」
     正流が吠える。彼女がそこにいた時、無力感を味わった男が。
    「……どんなに傷ついてでも倒れない。絶望しない。そんな人が君を待っているんだ」
     沙花が肉薄しながら『彼女』に、いや『彼女』の奥にいる存在に語りかける。
    「あたし、律希さんの事、大好きなんです。あなたのすてきな歌声は、人をころすために闇にのっとられていいものではありませんです!」
     朋恵の癒やしが灼滅者達の力を後押しする。
    「僕は律希が好きだよ。人間らしく思い悩んで、それでも前進する君が。だから、ありのままの君でいいんだよ」
     その様に言う沙花に少しだけ目を向けて千波耶は骸の歌を終わらせに杖を握る。
    「言っとくけどね、わたしは律希ちゃんが『良い子』だから好きなんじゃないわよ」
    「何を……!」
     焦る彼女を無視して千波耶は語り続ける。
    「そもそも『良い子』でいれば好かれるって考えが既に『良い子』ちゃんなの!」
    「それ以上……!」
     『彼女』の狼狽が意味するもの。
    「言われて悔しかったら反論すれば? 律希ちゃん自身でね!」
     大きく振りぬいた杖の先端は『彼女』の胴を大きくノックした。


     『彼女』が倒れる。一同は一斉に注目する。先程まであった淫魔の特徴である部分は溶けるように消えていき、残ったのは闇堕ちする前の律希、その人であった。今は気を失っているが学園に戻る頃には目を覚ましているだろう。
    「おかえりなさい、です……!」
     その場にへたり込みながら朋恵が言った。彼女の瞳には涙が溢れ、そして流れ出ていた。そこでやっと一同は戦いが終わったことを理解する。戦闘不能になった仁恵と一途を介抱したり、会場の後片付けをしたり。人手も多くすぐにそれらは終わり、一同は撤収する。
    (「……そう言えばこの後追試とか補修とかあるんだろうなあ……」)
     正流の腕の中に居る彼女を見て京夜はふと思う。それもまた日常に戻れた結果なのだとも思いながら彼も歩き出す。
     後にホールに残ったのは、静けさだけだった。

    作者:西灰三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年7月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 16/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 2
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