長浜城の戦い

    作者:J九郎

     琵琶湖の湖畔に、長浜城と呼ばれる城がある。
     元々は戦国時代に作られた城だが、昭和に入ってから復元され、今は歴史博物館として運営されている。
     そんな長浜城に、いかにも怪しい風体の3人の男達が集っていた。黒き和装に口を覆う仮面、そして額より生える黒曜石の角。彼らの名は慈眼衆。天海大僧正に仕える羅刹達だ。
    「「「城を陥すは戦の常道。まずはこの城を陥し、我らの拠点となさん」」」
     慈眼衆は、何事かと自分達を見やる観光客達を乱暴に押しのけると、周囲の柵やら植木を薙ぎ払いつつ、城内へと足を踏み入れようとした。が、
    「待てーいっ!」
     突如響いた大音声に慈眼衆達は周囲を見回し、やがて城を囲う城壁の上に立つ人影に目を止めた。
     三角形の薄っぺらい独特の頭部を持つ彼らは、誰あろう琵琶湖ペナント怪人!
    「琵琶湖を荒らす乱暴狼藉、見逃すわけにはいかーんっ!」
     赤いペナント頭の怪人は見栄を切ると、青と黄色のペナント怪人と共に、城壁から飛び上がった。
    「とーうっ!」
     3人の跳び蹴りが、同時に慈眼衆に炸裂する。
    「「「おのれ、安土城怪人の手の者か! 散れ、散れ、散れ!」」」
     散開し、迎え撃つ態勢を取る慈眼衆。
     今ここに、長浜城を巡る戦いの幕が、切って落とされようとしていた。
     
    「嗚呼、サイキックアブソーバーの声が聞こえる……。琵琶湖畔の長浜城で、慈眼衆と琵琶湖ペナント怪人が激突すると」
     集まった灼滅者達に、神堂・妖(中学生エクスブレイン・dn0137)は陰気な声でそう告げた。
    「……西教寺に調査に向かった人達から、近江坂本に本拠を持つ刺青羅刹の天海大僧正と、近江八幡に本拠を持つ安土城怪人が大戦の準備をしてるって報告があったけど、これはその前哨戦なのかも」
     琵琶湖畔に現れた天海大僧正配下の慈眼衆は、長浜城を占拠しようとしており、琵琶湖ペナント怪人がそれを阻止しようとしているという構図だ。
    「う~ん。そんで、どっちがいい奴でどっちが悪い奴なんだべ?」
     叢雲・ねね子(小学生人狼・dn0200)が首をかしげる。
    「……それはとても難しい質問。一見、ペナント怪人が慈眼衆の暴挙を止めようとしてるように見えるけど、安土城怪人は琵琶湖ペナント怪人を大量に生み出して天海大僧正を打ち破り、ゆくゆくは世界征服を企んでるみたい。むしろ慈眼衆の行動は、安土城怪人の野望を阻止するためのものと見ることもできる」
    「う~~ん。訳が分かんねえずら」
     ねね子はますます首をかしげ、最早そのまま倒れそうな勢いだ。
    「……現時点では、この事態にどう対応するのが正しいかは分からない。だから、どういう方法でこの事件に介入するかは、みんなの判断に任せる」
     それから妖は、慈眼衆と琵琶湖ペナント怪人の能力について説明を始める。
    「……慈眼衆は、神薙使いと断罪輪 のサイキックを使ってくる。一方ペナント怪人は、ご当地ヒーローと同じサイキックと、鮒寿司を投げつけることで手裏剣甲と同じサイキックを使ってくるみたい」
     両者の戦力は拮抗しており、どちらが勝利するかは分からない。故に灼滅者がどう介入するかで、戦いの趨勢が決するといっていい。
    「……ただ、介入できるのは両者が接触してから。その前にどちらか一方にだけ接触しようとしても、バベルの鎖の効果で避けられてしまうから注意して」
    「う~~~ん。おら、やっぱり難しいことはよく分からないずら。だから、どうするかはみんなに任せるだべ」
     90度以上傾いていた頭を戻したねね子が、灼滅者達を見回す。
    「……どちらの勢力に味方するのか、あるいはどちらにもつかないのか、みんなの決定が今後の大戦の行方に影響を与えるかも知れない。よく考えて、行動を決めて。みんななら、間違った選択はしないって信じてるから」
     妖はそう締めくくると、灼滅者達を送り出したのだった。


    参加者
    明石・瑞穂(ブラッドバス・d02578)
    姫乃井・茶子(歴女de茶ガール・d02673)
    伊勢・雪緒(待雪想・d06823)
    龍統・光明(千変万化の九頭龍神・d07159)
    不動峰・明(大学生極道・d11607)
    小早川・美海(理想郷を探す放浪者・d15441)
    雛護・美鶴(中学生神薙使い・d20700)
    ターニャ・アラタ(破滅の黄金・d24320)

    ■リプレイ

    ●激闘! 慈眼衆VSペナント怪人
    「琵琶湖を荒らす悪党共! 喰らえ、必殺・琵琶湖大水流!」
     琵琶湖ペナント怪人(青)の掌から放たれた水流が、慈眼衆の一人に直撃する。
    「うぬうっ! おのれ、にっくきはご当地怪人よ!」
     強烈な水圧をもって放たれた水流の威力に、思わず膝を折る慈眼衆だったが、
    「我ら武蔵坂学園、故あって慈眼衆に助太刀致す!」
     掛け声と共に放たれた防護符が、たちまち慈眼衆の傷を癒していった。驚いた慈眼衆が目を向けた先には、霊犬の朔を従えた姫乃井・茶子(歴女de茶ガール・d02673)の姿。
    「私も、助太刀致すっ! ……ちゃんと言えてたかな? 言えてたよね?」
     さらに、慣れない言い回しに悪戦苦闘しつつ雛護・美鶴(中学生神薙使い・d20700)が放った祭霊光が、慈眼衆の怒りに駆られた心を落ち着けていく。
    「武蔵坂の灼滅者だと!? それがなぜ、慈眼衆に味方するんだ!」
     琵琶湖ペナント怪人(赤)が、乱入してきた少年少女達へビシッと指を突きつける。
    「先ほど、姫乃井が言っていたと思うが。故あって、ということでは理由にならんか?」
     バベルの鎖を瞳に集中させつつ、不動峰・明(大学生極道・d11607)がポーカーフェイスのまま答えるが、
    「だから、『故』って何だよ!?」
     当然、ペナント怪人達が納得するはずもない。
     一方、武蔵坂の乱入で戦闘が一時中断した隙に伊勢・雪緒(待雪想・d06823)は、遠巻きに何事かと眺めている観光客達に、
    「武装した集団が居るので避難してください!」
     と待避を呼びかける。
    「ねね子ちゃん、飴ちゃんあげるから、一般人の避難誘導よろしくねー」
     明石・瑞穂(ブラッドバス・d02578)は、白衣をごそごそやって飴を取り出すと、叢雲・ねね子(小学生人狼・dn0200)の手に握らせた。
    「おう! おら達に任せるずら!」
     力一杯答えるねね子の肩に、ターニャ・アラタ(破滅の黄金・d24320)がそっと手を置く。
    「叢雲嬢は初陣だったな。誰にでも最初はある、程良く力を抜く事だ」
     無表情な鉄面皮のまま、淡々とアドバイスの言葉を贈るターニャに、ねね子は元気に頷くと、一般人を誘導するべく駆けだしていった。ねね子の後からは、彼女をサポートすべく細川・忠継、アルテミス・ガースタイン、七里・奈々らが続く。
    「武蔵坂の灼滅者、そなたらのことは天海大僧正様より聞き及んでいる。助太刀、感謝いたす」
     断罪輪を構えつつ感謝の言葉を口にする慈眼衆達に、龍統・光明(千変万化の九頭龍神・d07159)はペナント怪人から目を離さないまま、
    「なに、俺達もそいつ等の後ろに居る奴と因縁があってね」
     そう応じつつ、『殺界形成』を発動した。一般人が万一にもやってこないようにするためだ。
    「……それじゃ、一緒に戦うの」
     灼滅者の乱入で睨み合いとなっていた状況を破ったのは、小早川・美海(理想郷を探す放浪者・d15441)だった。
     人差し指をペナント怪人につきつけると、
    「デッドブラスター、しゅーと、なの」
     その指先から放たれた漆黒の弾丸が、ペナント怪人を射抜く。
    「くっ! 多勢に頼って我らを葬り去ろうとは、ヒーローの風上にもおけない奴らめ! 慈眼衆ともども、お前達も琵琶湖の底へ沈めてやる!」
     赤・青・黄の琵琶湖ペナント怪人達は、3人揃って無意味にポーズを決めながら、そう叫んだ。

    ●大乱戦! 長浜城攻防戦
     ねね子と共に一般人の避難誘導に当たっていた興守・理利は、安全と思われるところまで観光客を避難させた上で『王者の風』を発動させ、
    「あの一団が居なくなるまで、お城には近寄らないで下さい!」
     と強く言い含めていた。
     一方で、ルリ・リュミエールは城内に残った観光客や職員の避難に当たっていた。『プラチナチケット』を用いて、
    「ローカルTVのCM撮影のため~」
     と説明しつつ、一般人を場外に誘導していく。
    「避難の方はうまく行っただな。戦いの方はどうなってるだべか?」
     ねね子が、視線を長浜城の方へ移す。
     そこでは、武蔵坂・慈眼衆連合と琵琶湖ペナント怪人の激戦が、今まさに繰り広げられていた。
    「行くぞみんな! 3人の力を合わせるんだ!」
     3色のペナント怪人達が同時に飛び上がり、トリプル琵琶湖キックを繰り出す。彼らの狙いはあくまで慈眼衆だったが、
    「助太刀を買って出た以上、それなりの働きはさせてもらう」
     慈眼衆の前に進み出た明が、自らの身を壁としてペナント怪人(赤)の琵琶湖キックを受け止める。同時に、ペナント怪人(青)には霊犬の八風と朔が飛びかかり、キックの軌道を逸らしていた。結果としてペナント怪人(黄)のキックだけが慈眼衆に炸裂したが、
    「医者は壊すのではなく治すのが仕事、ってね~。さぁ、どんどん治しちゃうわよ~」
     医学部の瑞穂がたちまちヒーリングライトで慈眼衆の傷を癒していく。
    「ひるむなみんな! 次は鮒寿司爆弾だ!」
     めげずに今度は鮒寿司を投げ始めるペナント怪人達。
    「鮒寿司を投げたら琵琶湖愛とか言えないと思うんだよ! 鮒寿司の勿体無いオバケが出るよ!」
     鮒寿司を避けながら茶子が抗議するが、
    「大丈夫。使用した鮒寿司はこの後スタッフがおいしくいただきます!」
    「スタッフって誰!?」
     そもそも、着弾した鮒寿司は爆発四散してるので、食べるも何もない状況である。
    「八風、防御を任せますです!」
     雪緒は護りを霊犬の八風に一任し、妖冷弾を撃ち放って鮒寿司爆弾に対抗する。
    「妨害妨害、っと」
     美鶴は除霊結界でペナント怪人達の動きを封じにかかり、さらにいつの間にかペナント怪人の背後に回り込んでいたターニャが、
    「ラインの黄金に触れしものに災いあれ、と言う教訓だ」
     ペナント怪人(青)の足を黒死斬で切り裂いていく。
    「……慈眼衆の人、合わせるの」
     美海が慈眼衆に目で合図すると、慈眼衆も心得たとばかりに頷きを返した。
    「ただ護られるは我らの流儀に反する行い。いざ、慈眼衆の力を思い知らせん。秘技『断罪転輪斬』!」
     慈眼衆達が断罪輪を構え一斉にペナント怪人に斬り込んでいき、彼らの攻撃を美海が必殺・もふビームで援護する。
    「くそっ! 数を頼りの攻撃とは、汚いな流石灼滅者汚い」
     ペナント怪人達の足並みが乱れ、鮒寿司爆弾による攻撃が止んだ。その一瞬の隙をつき、光明が動いた。
    「斬り裂く、九頭龍……龍ヶ逆鱗」
     長刀『絶』による抜刀居合いで、3人のペナント怪人達を同時に切り裂く。
    「ぐえーっ!!」
     必要以上に派手にすっ飛ぶ琵琶湖ペナント怪人達。戦いの趨勢は、武蔵坂・慈眼衆側有利に傾きつつあった。
     
    ●さらば! 琵琶湖ペナント怪人
    「受けてみろ! 琵琶湖奥義・鮒寿司乱舞!」
     3人の琵琶湖ペナント怪人達が、体を高速回転させつつ四方八方に鮒寿司をばらまく。一見ただの鮒寿司だが、触れただけで相手を腐敗させる恐るべき猛毒を秘めており、当たれば只では済まない。
    「それ、もう鮒寿司じゃないんじゃないかな~」
     仲間を庇うために鮒寿司の直撃を受けてしまった明や霊犬達を清めの風で癒しつつ、瑞穂が呆れた声を上げるが、ペナント怪人達の耳には届かなかったようだ。
    「そろそろ、決着を付けようか。蹴り喰らう、九頭龍……龍乃顎」
     光明が、飛び交う鮒寿司の間を巧みに縫いながら、ペナント怪人(黄)に肉薄し、踵落しとサマーソルトを同時に放った。ペナント怪人はかわそうとするが、タイミング良く慈眼衆が放った九眼天呪法の影響で、体が思うように動かない。
    「び、琵琶湖は、良いところだーっ!!」
     とうとう、謎の断末魔を残し、琵琶湖ペナント怪人(黄)は爆散して果てていった。
    「イエローッ!!」
     仲間の死に、ペナント怪人(青)が悲痛な叫びを上げる。
    「ブルー、最早オレ達はここまでのようだ……」
     ペナント怪人(赤)は自らの敗北を悟っていた。元々、3対3で互角の勝負だったところに、8人もの灼滅者が参戦してきたのだ。ただでさえ数的に不利な上に、彼らペナント怪人達は回復手段を持ち合わせていなかった。これでは、長期戦になるほどに不利になる。
    「だからブルー。お前は、撤退して慈眼衆と武蔵坂が手を組んだことを安土城怪人様に伝えてくれ」
    「……レッド。すまない、お前の覚悟、無駄にはしない。このこと、必ずや安土城怪人様に……」
     だが、ペナント怪人(青)に撤退の機会は与えられなかった。ターニャのガトリングガンから放たれたバレットストームが、撤退する機会を削いだのだ。
    「あぁ……貴殿らもつまらぬ動きはしない事だ。最期の姿を蜂の巣や細切れで終えたくなければ、な」
     ペナント怪人の些細な発言も聞き漏らさぬよう、注意を払っていたターニャだからこそできた反応だった。そして、逃げ損ねたペナント怪人(青)目掛け、マテリアルロッドを構えた美鶴が突っ込んでいく。
    「せーの、ドッカーン!」
     突きつけたマテリアルロッドの先端から魔力が弾け、ペナント怪人(青)を吹き飛ばす。
    「安土城怪人様、ばんざーいっ!!」
     そのまま、空中で大爆発を起こす琵琶湖ペナント怪人(青)。
    「くっ! だが、オレ一人で死ぬわけにはいかない。せめて貴様も一緒にあの世へ連れて行く!」
     特攻を仕掛けたペナント怪人(赤)が狙うのは、守りの要たる明だった。避ける間も与えずに明に組み付いたペナント怪人(赤)が、宙高く飛び上がる。
    「くらえ最終奥義・琵琶湖ダイナミック!!」
     そのまま、明の脳天を大地に叩きつけようとするペナント怪人(赤)だったが、
    「させませんです!」
     雪緒の縛霊手から放たれた霊力の網がペナント怪人(赤)を絡め取り、その動きを封じた。結果、ペナント怪人の拘束が緩み、明は叩きつけられる前に何とか脱出に成功する。
    「明、大丈夫!?」
     それでも不自然な態勢で落下した明に、茶子が防護符を飛ばし、落下のダメージを癒していった。
    「くっ、道連れすらできないとは!」
     こちらもなんとか着地したペナント怪人(赤)が、無念を声ににじませる。と、そんなペナント怪人(赤)の脇を、荒鎮の十字剣を構えた美海が神速で駆け抜けていった。
    「……魂だけを斬る、それが必殺・神霊剣、なの」
     いつの間にやら振るわれていた荒鎮の十字剣は、確実にペナント怪人(赤)の魂を切り裂いており――次の瞬間、ペナント怪人(赤)は仰向けにその場に倒れ伏した。
    「安土城怪人様、是非とも天下布武を成し遂げて下さいませーっ!!」
     そんな絶叫を残し、琵琶湖ペナント怪人(赤)は事切れたのだった。

    ●激論! 灼滅者VS慈眼衆
    「「「武蔵坂の方々、ご助力、感謝いたす」」」
     慈眼衆の3人が、声を揃えて頭を下げる。
    「いやいや。まさかダークネス絡みで長浜城に来る事になるとは思わなかったんだよ!? しかもあの明智光秀……っていうか天海僧正の軍と共闘する事になるなんて思ってもみなかったよ!」
     歴女を自認する茶子は、ワクワクを抑えきれない様子で慈眼衆に応じた。
    (「そういえば長浜城は豊臣秀吉さんのお城なのですよね。色々想像してしまうのです」)
     雪緒は声には出さずに、天海がこの城に狙いを付けた理由を推測する。
     一方、ターニャは慈眼衆と距離を置き、様子を伺っていた。
    (「一見、友好的な天海大僧正も何を企んでいる事やら。なにしろ見えざる圧政を確立させた立役者なのだからな」)
     そして、皆を代表して明が、慈眼衆に提案を持ちかける。
    「まず、今回あなた方に協力したのは、学園全体ではなくあくまで我々8人の意思だ」
    「成る程。武蔵坂全体の意思は、まだ決しておらぬということか」
     慈眼衆の発言に頷くと、明は言葉を続けた。
    「あなた方の目的は長浜城の占拠と聞いている。我々は、一般人に手を出さないというのであればそれを邪魔するつもりはない。その代わり、我々も長浜城にしばし滞在することを認めてもらいたい。天海僧正の考えに興味があるのだ」
     そして、明の後を捕捉するように、瑞穂も言葉を続けた。
    「ま、アタシ達が滞在するっても、そっちから見ればイザとゆー時の体のいい人質になるんだし? 損な話じゃないと思うわよぉ?」
     灼滅者達からの提案に、慈眼衆はしばし顔を見合わせていたが、
    「そなたらの申し出は理解した。だが、そなたらは少々思い違いをしていると見える」
    「思い違い?」
     思わぬ言葉に、とまどいを隠せない灼滅者達に向け、慈眼衆は言葉を続ける。
    「我らの目的は、この長浜城の破壊にあり」
     衝撃的な発言に、しばし言葉を失う灼滅者達。その中で、最初に我に返り口を開いたのは光明だった。
    「……なぜ、長浜城を破壊する必要がある? この城の事は詳しく無いんだ。良ければ教えてくれないか?」
     あくまで無知を装い、下手に出ることで、情報を引き出そうとする。その質問に対し、慈眼衆は、
    「何故と問われれば、この城が琵琶湖のご当地名物だからに他ならず。ご当地名物はご当地怪人の力の源。これを破壊するはすなわち、安土城怪人率いる軍勢の力を削ぐことに繋がる」
     そう、答えを口にしたのだった。
    「え? でも、確かにここを拠点にするって言ってたよね!?」
     茶子は少々混乱気味だ。ステキ資料いっぱいの長浜城を護る為に頑張ってきたはずなのに、話がおかしな方向へ行っている。
    「然り。長浜城を破壊したとて、再び再建されては元の木阿弥。なればこそ、この地に留まり再建を阻止するが我らの使命なり」
     ここに至って灼滅者達は理解した。人間同士の戦と、ダークネス同士の戦では、概念が全く異なるのだということに。
    「……無理なお願いだと言うことは分かっていますが、城の破壊を止めていただくことはできませんか?」
     雪緒が、意を決してそう頼み込む。
    「我らに、使命を捨てよと?」
    「人の中に生きるっていうなら、それこそ人間にとって大切な物は壊さないでほしいんだよ。価値観の違いはあると思うけど……」
     美鶴も、懸命にそう訴え、その隣では茶子が同意を示すように頷いていた。
     慈眼衆がしばし額を合わせ、何やら協議を始める。
     やがて、
    「そなたらの願い、本来ならば聞き届ける義理はなけれども、此度の加勢に我らが救われたのもまた事実」
    「かつまた、武蔵坂との協力は、天海大僧正様の望まれるところでもある」
    「そなたらに免じ、此度は琵琶湖ペナント怪人を撃滅し、安土城怪人の戦力を削いだことで良しと致そう」
     そう、灼滅者達の要請に応じる意思を示した。
     この回答に、灼滅者達はほっと胸をなで下ろす。もし慈眼衆があくまで城の破壊にこだわった場合、彼らとしては慈眼衆と敵対するか、慈眼衆の暴挙を見逃すかという、難しい二択を迫られることになったのだから。
     方針は決したとばかり、撤退の準備を始める慈眼衆に、美海が近づいていく。
    「ごめんなさい。あなた達を疑うわけじゃないけど、もう長浜城には手を出さないという証が欲しいの」
    「成る程。我らが口約束だけを交わし、そなたらが退却した後で改めて城を破壊することを警戒するか。然らばこれを」
     慈眼衆が差し出したのは、先程まで戦いに用いていた断罪輪。
    「刀を武士の魂と申すように、我らにとって断罪輪は己が魂に等しき物。それを預ける以上、我らに二言なきことと理解されよ」
     美海はしばし躊躇した後、その断罪輪を受け取る。
    「然らば、我らはこれで失礼いたす」
    「いずれ、大戦の折には武蔵坂の方々と肩を並べて戦いたいものよ」
    「では、さらばさらば」
     そして慈眼衆は、常人を超えた速度で駆けだし、瞬く間に長浜城から撤退していった。
    (「結果として、長浜城に滞在する機会を逸したか。少し、残念ではあるな」)
     歴史マニアでもある明はそんなことを思ったりもしたが、その長浜城が破壊されずに済んだのだから、これ以上を望むのは贅沢というものだろう。
    「むう~。おら難しい理屈は苦手ずら。スサノオ相手に何も考えずに殴り合ってた方が、気が楽だべ」
     ねね子が眉をしかめる。
     灼滅者達は、改めて人間とダークネスの考え方や立場の違いを思い知りながら、帰路に付いたのだった。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 14/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ