修学旅行2014~サンセットディナー・クルーザー

    作者:君島世界

     毎年恒例、武蔵坂学園の修学旅行へようこそ!
     今年の修学旅行は、6月24日~27日という4日間の日程で、沖縄へ向かいます! 南国の地で皆さんを待つイベントは、例えば沖縄そばや名産スイーツなどの各種食べ歩きですとか、首里城に美ら海水族館といった名所観光ももちろんありますし、マリンスポーツや沖縄離島巡りなど、まさに『ならでは』のものばかり!
     参加学年は、小学6年生・中学2年生・高校2年生――そして大学1年生の皆さんも、学部の仲間たちと親睦を深めるための親睦旅行として、同じ日程・スケジュールで同行できますよ!
     あなたも南国沖縄で、素敵な思い出をたっくさん作りましょう!
     
    「『沖縄のビーチをしばし離れ、サンセットに染まる海原へ。水平線の彼方へ沈む太陽のきらめきは、きっと貴方達の心に素敵な思い出を残すでしょう』……はぁ……何度見ても素敵な写真ですわ……」
     と、鷹取・仁鴉(中学生エクスブレイン・dn0144)がうっとりと溜息をついた。彼女の手元にある半開きの旅行雑誌には、オレンジ色に染まる見事な夕焼けの写真が掲載されている。その鮮やかな色彩のみならず、腕を組んで微笑みあっているようなカップルのシルエットもまた、印象に残る一枚であった。
    「っと、あらあらいけませんわね。皆様のことを放っておいてしまいますなんて。
     さて、気を取り直しまして――」
     とんとん、と仁鴉は雑誌を書類束のように整えると、周囲の学生たちに微笑みかける。今回は修学旅行での自由行動の相談会ということで、いつにも増して教室内は賑やかだった。

    「日程の2日目、つまり25日の夕方に、サンセットディナー・クルーザーに乗ってみませんか、という計画ですの。沖縄の海に沈んでいく美しい夕陽を眺めながら、ゆったりとライブ演奏の音楽とお食事を楽しんで……なんて、ロマンティックなひとときを過ごせることうけあいですわ。ただ、お食事はオプションですので、自己負担という形になってしまいますけどね」
     仁鴉が提示した雑誌には――開けたり閉めたりいそがしそうねー、と同席する柿崎・泰若(高校生殺人鬼・dn0056)はこっそり思う――様々なコース料理のメニューが掲載されていた。どれも決して手の届かない値段ではないようで、何人かの学生はほっと胸をなでおろす。
    「お料理の他にもいろいろ楽しめるポイントはありますの。船首の方に出てみたり、デッキに用意されているビーチチェアでのんびりしてみたり。カメラ片手に、夕焼けのベストショットを探ってみるのもきっと楽しいですわ。
     クルーザーが海に出ているのは、夕陽が沈み終わるまでということですから、およそ2時間くらいのクルージングになりますの。終わりますと船は埠頭に戻ってきますが、ホテルに帰る前に砂浜を歩いたりして、しばらく余韻を楽しむのもよいですわね」
     
    「さて、どうでしょう。興味を持っていただけましたでしょうか。当日は私が……ああ、そこで何か楽しそうにしてらっしゃる泰若様も参加で決まりですわね?」
     こてん、と泰若の頬杖がずれた。
    「え、あ、ん……うん。こういうのは人数多い方が楽しいからね。行くわ」
    「ご快諾いただき何よりですの。と、泰若様には即決で良いご返事を頂きましたが、出発まで時間はありますし、一度このプランを持ち帰ってご検討くださっても構いませんわ。お望みでしたら私もお話のお相手などさせていただきますが、仲のよい方と一緒に来られるのも良いかと思いますから、ね。
     ともあれ、沖縄の夕暮れクルージングですの! 皆様と一緒に、写真でしか見たことの無いような美しい風景を楽しむひとときを、今から楽しみにしておりますわ」


    ■リプレイ

    ●夕暮れ遊覧
     ざぁ……ざぁん……。

     オレンジ色の穏やかな海に、クルーザー船がゆっくりと航跡を引いていく。海風は優しく露天甲板を洗い、夕陽を眺める旅人たちの、昼の余熱に温む肌をなぐさめた。
    「っはあー! 綺麗な夕焼けに海やねえ!」
     海の抱擁の中に、岸部・紅葉は身を委ねる。諸星・千聖も、きらきらと輝く景色に目を奪われていた。
    「うん……本当に、キレイ」
     深呼吸を一つ。それだけで、身に残っていた疲れが吹っ飛んでいくような気がした。
    「ちさこ、あっち、船首の方行ってみよ!」
    「あ、いいね。行こ行こ!」
     答え、歩き出しつつ、千聖はこっそりデジカメを構える。この夕焼けと親友の後姿とを同時に撮ろうと、狙い済ましてシャッターを切った。
     すると。
    「あ……! くーちゃん!?」
    「ふふん。ちさこのすることはお見通しやで」
     プレビュー画面の中には、紅葉の後姿でなく笑顔が、ばっちりと収まっていた。

    「ほら、蒔季ー。お膝おいで」
     と、ビーチチェアに座って許可を出した途端。
    「え、いいの!? わーい、きーちゃんのお膝だあ!」
     と、文字通りすっ飛んでくる妹、遁縁・蒔季を、兄である遁縁・鬼雨は受け止めた。一面を染める夕陽の中、鬼雨はひたすら甘えてくる蒔季の肩を抱き寄せる。
    「はいはい、元気だねぇ。ぎゅー」
    「ボクからもぎゅーっ! えへへ」
     鳩尾をくすぐる妹の髪を愛おしく撫でながら、兄はその肩に黒い上着を掛けてやった。
     その温もりと匂いに、蒔季は微笑む。
    「はぁ……きーちゃん優しい……大好きです……」
    「アタシも蒔季大好きだからねー。他に、何かして欲しいことある?」
    「あ、でしたら自撮りお願いします! いちゃらぶなの!」
    「ああ、お安い御用さ」
     鬼雨がカメラを上に掲げると、蒔季はここぞとばかりに頬を寄せた。
     兄妹仲良くフレームイン。そして……。
     ……ちゅっ。

    「こんな風に綺麗な景色とか感動を――」
     緩やかに装いを変えていく自然の中で。
    「――誰かと分かち合えるのは嬉しいことだねぇ」
     香住・連雀は、感慨深く呟いた。都々木・由良も、連雀と同じ方向を見て、たたずむ。
     自分も同じように感じていると、由良は言外に告げていた。手すりに身を寄せ、そこから見える夕焼けから、ずっと目を離さないでいるのだ。
    「……なるほど、こんなに綺麗なんですね」
     間を置いた台詞に続いて、控えめなシャッター音があたりに響いた。二人が振り向くと、同行する見崎・遊太郎が、一眼レフを海に向けているのが見える。
    「よし、いいのが撮れた――っと、連雀、君も撮って欲しいかい?」
    「僕だけじゃなく、できれば皆で。由良君もどうだい?」
    「いえ、その、由良は写真写りが悪いと言うか、犯罪者みたいになると言うか……」
     仲間の誘いにうつむいた由良に、遊太郎が声をかけた。
    「だいじょうぶ。そんな『犯罪者みたい』なんてこと、全然……な……いよ!」
     微妙に歯切れが悪いような? 思うが、連雀はそれ以上深く考えない。
    「今日という日の、この景色もこの時間も、一度きりしかないものだから。……ね」
     諭すのではなく、大切だからと。
    「……わ、分かりました。撮ります。写りますから」
     そう伝えれば、由良は応えて。

    「あっ! 今、あそこ! お魚が跳ねたのですよ!」
    「どれどれ……って、あぁ残念。見逃した」
     秋庭・小夜子はそう言って、糸崎・結留の頭に手を乗せた。波裏に魚を探す結留を、小夜子は目を細めて見守る。
    (「……うまくいったみてぇだな?」)
     それまで結留は、修学旅行の思い出話をしていた。それも、小夜子といる時に限らない、別の友人とのことも、だ。
     少しは同世代と遊べ、と結留に言いつけたのは小夜子だ。そうすることを結留が少しでも楽しめたなら、何よりだ。
    「あたっ、あたたたた!?」
     軽い気持ちで頭を撫でると、結留は意外な痛がり様を見せた。まさか、と思って顔を覗き込むと。
    「日焼け止めくらいぬっておけよ、あほ……」
    「い、一日くらい大丈夫だと思ってたのですよ、お姉さま……」
     焼けた肌に髪が刺さっていたのだろう。小夜子が手にしたペットボトルで冷やしてやると、結留は安心したように息を吐いた。

    「ごほん。えー、諸君の猫耳に乾杯」
    「乾杯!」
     七代・エニエの音頭にあわせ、『ちゃれん寺』の一同がグラスを持ち上げる。彼らが口をつけるのを見届けると、エニエもグラスをあおり、琥珀色の液体を喉に流し込んだ。麦茶であった。
     彼ら総勢11名が集まったのは、大食堂から見ると『離れ』となる、とある一室の中であった。それぞれが定められた席に着き、順に供される料理を楽しむというのが、一般的なフルコースの流れである。
    「なあ、何でこんなちょっとづつしか出ないんだ? もっとたくさん出たらうれしいのになー」
     その辺のことを、リュータ・ラットリーはまるで理解していなかった。前菜のタラモサラダを瞬く間に平らげたリュータに、椛・深夜が控えめに話しかける。
    「お行儀とかテーブルマナーとか、あまりうるさく言いたくないですが……わからなかったらボクに聞いてほしいのですよ、皆さんも」
    「セトでしたら、転入前に叩き込まれていますので、ご心配なく」
     と、荏戸・セトラが答えた。セトラは手に持ったスプーンでくるくる円を描きながら、
    「リュータさん、ナイフは左手、フォークは右手に持つんですよ」
    「そうか! ありがとなセトラ!」
    「いやセトラ、それ基本逆だから! リュータにいたっては向きまで逆――」
     大空・焔戯は、両名にそう指摘したところでぴたりと動きを止めた。自分の右手と左手とを、閉じ開きしながらじっと見比べている。
    「――ナイフとフォークって、利き腕関係あったっけ?」
    「ねーよ」
     簡潔に答えたのは鹿・要心だ。ふと要心は席を立つと、ナプキンを持ってリュータのところへ向かう。
    「……リュータ。俺は別にマナーだの細かいことは言わないが、服は汚すな、服は」
    「お? おお」
     言いながら汚れを拭う要心に、人は意外な面倒見属性を見た。さて深夜の対面となる位置では、望月・璃駆が即興のマナー講座を受講していた。
    「中々難しくござるな。むぅ……!」
    「基本は、周りの人に迷惑をかけない、だよ。食器の音とか、すごく響くから」
     深夜に言われ、璃駆はスプーンとスープ皿が触れないよう、口にする時も余計な音を出さないよう、彼なりに細心の注意を払って行動した。その努力を聴き、深夜は小さく微笑む。
    「しかし、璃駆君がいつものマフラーを外した所はレアですね。アレですか、つけたままで食事をする忍術は、さすがに無いということでしょうか」
     隣席のアレン・クロードがそう茶々を入れると、
    「そのような術は、まだ……いえ、郷に入っては郷に従えと、そういうことで」
     なんとなくはぐらかされた感があるが、アレンはそれ以上深く突っ込まず、とりあえず手近な砂糖壷の蓋を開けた。ほとんど無意識の内に、料理へ甘味を足していく。
    「あの、お料理もすごくおいしいのですが、ちょっと外を見てみませんか?」
     宵神・羽月がそう言うと、皆がはた、と手を止めた。まず自分に向けられた注目を、羽月は掌の動きで外にみちびく。
     遠くの、名も知れぬ島の上に丸く、夕陽が鎮座していた。
    「こんなに素敵な景色を見過ごすなんて、もったいないなと思いまして」
     数秒の、心地よい沈黙が室内に生まれていた。同じ景色を見て、そこに共通の感動を見出すこと。それはすこし、お花見にも似た瞬間だった。
    「……はあ」
     パメラ・ウィーラーが、震えたような溜息をついた。手にしたグラスをテーブルに戻すと、再び室内に賑やかさが戻ってくる。
    「ねえリズさん、あれ、なんていう島なんですかねえ」
    「? 気になるの?」
     エリザベス・バーロウが問い返すと、パメラはいつものようにふわふわ笑いながら言った。
    「何か、妙な形しているじゃないですかぁ。あんなところから、コズミックなホラーっぽい何かでもでてきたら、怖いですねぇ」
    「……あら。いるかも知れないわよ? 彼の作品が故郷の海産物への恐怖から生まれたように、この辺りの海産物への恐怖からも――」
     その時、クルーズ船が珍しく大きめに揺れた。とはいえ、船として当然の動きであると許容できる程度のものだが、二人ほど、そうは感じなかったらしい。
     エニエとセトラが、並んで壁にすがりついていた。
    「……ふっ、せとら。今お前、揺れにびびびったであろう」
    「か、かく言うエニエさんこそ、尻尾の毛が逆立ってますが?」
    「こっ、これは飯の旨さに感激してであってな……!」
    「本当は自分も怖いと正直に仰られては……!?」
     ――という意地の張り合いが、まさかあんな事態に発展するなんて、この時の彼らは誰も思っていなかったのであった!
     いやまあ、この後二人が船首到達チキンレースで酷い目にあったと、そういう話なのだが。

     さすが、という褒め言葉を、アリス・バークリーは何度心に浮かべたことだろう。海の上だからと選んだシーフード料理が、まさしく大当たりだったからである。
     特にアクアパッツァは、素材が新鮮なこともあって『感動の一品』であった。食後のダージリン・ミルクティーを楽しみながら、アリスは椅子の背にもたれかかる。
    「さすが、こうして饗されるだけのことはあるわね……」
     満足げに呟く言葉に、途切れの無い生演奏の音色が乗った。もうすこしここにいようと、アリスは目を閉じて思う。

     夕焼けの色が濃くなってきた頃、ライブステージの演者が交代した。新たにスツールについた初老の男、彼の奏でるメロディを聴いて、金剛・ドロシーは思わず手指を動かし始める。
    「この曲は、えっと、こうデシタね……。~♪ ~~♪」
     プラグレスの演奏を妨げないよう、さりげない口ずさみをあわせるドロシー。上機嫌に身体を揺らしはじめた彼女に、幸宮・新も足並みを揃えにいった。
    「ん、ドロシーこの曲知ってるの? ……えーっと、 ♪~、♪♪~……?」
    「ふふ、ちょっとだけ違うデスヨ」
     屈託なく笑って、ドロシーは夕焼けに向いた。そのまま、呟く。
    「ねえ、新。いつもみたいに、賑やかにわいわいするのも、楽しいけど……」
    「うん」
     新は、そんなドロシーの横顔を見つめていた。
    「たまには、二人で静かに過ごすっていうのも、素敵だよね」
     同じ、気持ちだった。まるで音楽が、二人の心を溶かして繋げたかのように。

    「へえ。双調、クルーザーは経験ないんだ。意外だね」
    「姉上もご存知の通り、実家が和風な所ですので」
     神凪・燐と、壱越・双調。色々な縁と出来事とがあって、今はもう家族同然の付き合いとなった二人である。交わす言葉に、余計な遠慮はない。
    「でも、こういうコース料理はお互い慣れたものね……でさ、双調」
    「はい」
     この丁寧な返事も、相手を敬ってとか、目下だからとか、そういう理由から出るものとは勿論違う。これが双調の自然な形なのだと、燐はよく理解していた。
    「あの娘と婚礼の式を挙げたら、その後はどうするの?」
    「夫婦が皆さんと一緒に住むのも申し訳ないですし、近くに家を構えて、二人で住もうかと」
    「そっかそっか。それじゃその時は、私が家を提供するからね」
     家族だから当然だと、燐は笑って言う。その申し出をありがたく思いながら、姉上には一生頭が上がらないかな……と、そんなことも思う双調であった。

     白のスーツで正装した少年が、その左右を年上の、色違いのドレスで着飾った少女たちに固められていた。
     少年の名はテディ・ガードナー。両脇の少女はそれぞれタバサ・アドミラドールと、フェリシア・アドミラドール……双子である。周りから見た三人は、仲のよい姉弟といったところなのだろう。
    「テディ、美味しいですか?」
    「……ん、うん。とても美味しいよ、フィリー。タビーもどう?」
    「ああっ、美味しそうに食べるテディの顔も可愛いっ……♪」
     彼らを眺めていれば、少々過保護な、と頭につけたくなるかもしれない。さらによく見れば、タバサとフェリシアは、……そう。
     本気で真剣で、恋をしていた。
     食事を終えた三人は、双子が少年を挟む形で、しばらく夕焼けを眺めていた……のだが。
    「ん、タビー、フィリー?」
     両脇からの圧が、急に増した。続けて両の頬に、柔らかく湿ったものの当たる気配。
    「……もう、我慢できない! テディ、好きぃ。大好きぃっ!」
    「ごめんなさい、テディ。でもわたしもタビーも、あなたを愛しています。異性として……」
    「え、あ、あぅぅ……」
     まっすぐな、突き刺さるような告白だった。二人の好意はよく知っていたが、こういう、ストレートなのは、あまりなくて……。
    「……僕も、だよ」
     赤面したまま、少年は二人と辺りを交互に見回した。
    (「……だ、誰も見てない、よね?」)

    (「さて、だ」)
     修学旅行の話をしていた筈が、いつから『恋人との将来について』を語る会になったのかと、ギーゼルベルト・シュテファンは首を傾げた。ともあれ、連れの二人がそういう話をしている以上、相槌だけで済ませるわけにも行くまい。
    「ずっと、一緒にいれればいいなと、そういう風に思うよ。それができる自分なのかは……どうだろう、かな」
     シュウ・サイカは、呟きながら視線を飛ばす。眺める夕陽は、沈むことで新しい朝をどこかに伝えに行くのだと、心のどこかで思った。ではギーゼルベルトと、ユーリー・マニャーキンはどうだろうかと、言葉を待つ。
    「不安は、未だに付きまとうものだな」
     話し始めたユーリーは、恋人とは既に婚約を誓ってはいる。それでも、もし、という思いは、やはり切り放し難いらしい。
    「日本にいる間は……故郷であるロシアに帰るまでは、平和でありますようにと、そう願っている」
    「……ったく、なんでどっちもさらっと言えるんだろうな、こういうことを」
     仕方なく、ギーゼルベルトは覚悟を決めた。まだ、プランともいえないものだが、
    「二人で世界各国を回ろうと思ってる。取り敢えず日本でやることやってからになるが――」
    (「――ああ、そうだ」)
     複雑な笑いが、それぞれに生まれた。
    (「自分たちには、それがあるのだ」)

    「透、くん……」
     蔵寺・巳子は、何かにすがろうとする己を必死に止めた。
     自分の足だけで立って、返事を待つ。
    「え……っ」
     高坂・透は、唖然と、目を見開いている。これまで彼女から受けてきた恋愛相談が、まさか、まさか自分を対象にとっていたものだったなんて、思ってもみなかったからだ。
     しかし、今、気づかされた。
    「本当、いきなりでごめん。でも、早くに伝えたかったし、こんな機会、逃したくなくて」
    「…………」
    「透くんからの返事が聞きたいんだ。……今すぐじゃなくても良い。私と」
    「……巳子ちゃんは」
     まだ、是とも非とも答えない。透の言葉を、巳子は待つ。
    「一緒にいて楽しいし、好きだけど。これはまだきっと、恋じゃないんだ……」
    「ひ」
     息が詰まる。それでも、透の言葉を、巳子は待つ。
    「ごめん……。こんな中途半端な気持ちで、僕は、巳子ちゃんとは付き合えない」

     夕焼けに背を向けて、柿崎・泰若が鉄柵に身体を預けている。
    「何を眺めてらっしゃるの?」
     鷹取・仁鴉は、彼女の瞑想(?)を妨げないよう、いつもよりのんびりと話しかけた。泰若はちょいちょいと手招きして、あの辺り、と指をさす。
    「色の境目辺りですかしら」
    「そ。一日は夜になるんじゃなくて、夜に続くの。そんな感じ」
    「はあ……」
     浸っている、と仁鴉は直感した。この方時々こういう浸り方をされますの。折角の夕焼けに、わざわざ背を向けるなんて……。
    「もしや、あちらが綺麗だからこそ、こちらもより綺麗だとか、そういうお考えで?」
    「え。それも……あるか……な?」
    「あらあら、あらあらあら?」
     仁鴉は、泰若の目をにこりと覗き込む。ついと目を背ける彼女をしつこく追い、そうしてしばらくじゃれあっていた。

    「……はあ。食事の用意をされるばかりというのは、なかなか新鮮な体験でした」
     美憂・さなは、誰に言うともなく呟いた。食事を終え、デッキに戻ってきたわけだが、
    「何もしないでいると、色々雑多なことを考えてしまいます……」
     それもいいかと、さなは近くのチェアに座る。遠くの音楽に耳を傾けていると、しかしそのうちに、抗い難い眠気が訪れた。
    (「働き続けるのが性分と思っていましたが、もしかしたら、私は……」)
     詮無いことだと、夢うつつに思って。
     やがて夢に流されていく。

    「沖縄の海って、さ」
     シェリー・ゲーンズボロは、側の御手洗・七狼と腕を組んで、彼に甘えるように寄り添っている。七狼はそんな彼女を支え、受け止めて立つことを、己だけの役目と任じていた。
    「……澄んでいて、綺麗だった。まるで違う国の風景みたい」
    「そう、ダナ。今見ている夕焼けも、日本ではないようだ」
     言葉が、二人の間で循環する。それは同じ表現を返すのでも、聞き流すのでもない。一言一言が、恋人に向けた、愛のささやきなのだ。
    「君のスーツ姿、いつ見ても格好良いな、七狼」
    「……君はいつでも綺麗ダな、シェリー」
    「素敵な恋人が隣に居てくれて嬉しいよ」
    「ハイビスカスのコサージュも、よく似合っている」
     尽きぬ繰り返しは、寄せては返す波のように。船が艀についてからも、二人はそうして、語らい続けていたという――。

     ざぁ……ざぁん……。

    作者:君島世界 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月25日
    難度:簡単
    参加:36人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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