修学旅行2014~南国情緒の小路と陶器づくり体験

    作者:天風あきら

    ●さあ、南国の地へ
     武蔵坂学園の修学旅行は、毎年六月に行われる。
     今年の修学旅行は、六月二十四日から六月二十七日までの四日間。
     この日程で、小学六年生・中学二年生・高校二年生の生徒達が、一斉に旅立つのだ。
     また、大学に進学したばかりの大学一年生が、同じ学部の仲間などと親睦を深める為の親睦旅行も、同じ日程・スケジュールで行われる。
     修学旅行の行き先は沖縄。
     沖縄そばを食べたり、美ら海水族館を観光したり、マリンスポーツや沖縄離島巡りなど、沖縄ならではの楽しみが満載だ。
     さあ、君も、修学旅行で楽しい思い出を作ろう!
     
    ●魅惑の南国体験
    「あっ、そこのキミっ!」
     声をかけられて振り返ると、何だか気の抜けたような軽いノリの笑顔で話しかけてくる青年がいた。白水・瞬(高校生ファイアブラッド・dn0190)である。
    「ひょっとして、今年の修学旅行参加生じゃないッスか?」
     頷けば、彼は犬歯を剥いてにいっと笑みを深める。
    「俺もなんスよ。で、これ、一日目の自由行動、一緒にどうッスか?」
     そう言って瞬が取り出した観光雑誌のページは、『壺屋やちむん通り』と見出しにでかでかと書かれたページに、附箋がついていた。
    「沖縄の伝統の焼物のことを『やちむん』って言うらしいんスけどね。人によって色んな型や色味があって、これが実に奥深いんッス。で……」
     びしぃっと彼が指差したのは、見開きの手書き感溢れる地図。
    「かの有名な国際通りとひめゆり通りを繋ぐこの一帯を、『壺屋やちむん通り』と呼ぶそうなんッス。三百年以上の歴史ある窯元や陶器店が連なってて、今の若者視点で見てもポップだったりシックだったり、はたまたカラフルで南国情緒溢れてたり……結構見どころありそうなんッスよね。あ、カップや皿なんかのやちむん器づくり体験もできるらしいッス」
     うんうん、と一人頷きながら、瞬は更にまくしたてる。
    「更には、脇道に一歩逸れてみたら琉球王朝時代から赤瓦や石垣がまんま残ってる陶工の住宅とか、緑に高い両壁をおおわれた路地『すーじぐゎー』なんかもあって、雰囲気あるみたいッスよ」
     説明している本人は、実に熱心そうなのだが……それにしては気になるというか、引っかかる。そう、軽薄そうでいかにも女好きそうな彼が、ここまで色気ゼロなのだ。
    「え、水着の女の子はいいのかって? もちろんそっちもものすご~く重要なんスけど……まずは南国風味溢れるやちむん通りでエキゾチックな街並みを一緒に歩いたり、陶芸教室でちょっとした触れ合いを期待してみたり……」
     その程度って、ものすごく女の子に対して奥手と言うか……弱気ではないだろうか。
    「そそ、そんなことないッスよ! それより!!」
     瞬は再びずずいっと雑誌を突きつけてきた。
    「壺屋やちむん通り、どうっすか? もちろん女の子だけじゃなく、一緒してくれる男子も大歓迎ッスよ!」


    ■リプレイ

    ●焼物に想いを込めて
     陶器づくり体験には、九名の学生が集まった。
     粘土をひも状にして積み重ね、均していく手ひねり式と、ろくろを使う方式とが選べる。
    「ふむ、陶器作りか……楽しそうだな……」
     紫炎が少し笑みを浮かべながら、『星月夜大学組』の仲間と一緒に体験コーナーへ入る。
    「カップ……皿……種類結構あるな……」
    「紫炎はなんか考え中か?」
    「ん? 紫炎悩んでんのか? まぁ、あまり悩まずに作りてぇと思ったの作ればいいんじゃねえかな!」
     続いて入った美樹と秋夜は、展示されている見本品を一緒に眺めながら、気楽な笑み。
    「ふむ、沖縄の伝統焼物は『やちむん』というのか。ちょっと舌をかみそうな名前だな」
    「皿の選び方でその人の人間性が表れそうだよな」
    「皆は決まっているのか?」
     風樹と美樹の台詞に、紫炎は尋ね返すと、皆既に決めていたようだ。
    「もちろん等身大の俺。……すまん、間違えた。ミニチュアな葉っぱ姿の俺人形」
    「……」
     秋夜が胸を張って自らを示すのに、生温かい苦笑を返す三人。
    「……わりぃわりぃ、真面目にやる。作んのは茶碗だよ。俺の使ってる茶碗この間割れちまってな……だから茶碗作ろうと思ってんだ」
    「俺はカップ、時間があれば義妹のと自分用の二つだな」
    「俺はそうだな……大きめの皿を作ってみようか」
    「むむ……」
     三人の言葉を受けて、更に首を捻る紫炎。
    「俺も少し大きめの皿にしてみるか。二つ作るならカップもいいんだが……」
    「ん?」
    「何だ、お前も誰かとお揃いが良かったのか?」
    「ああ、いや……家族に土産だ……」
     「恋人の土産だ」とは恥ずかしくて少し言いづらいので、彼はその部分ははぐらかした。
    「あー、俺も後で家族に土産ものでも買うかなー」
    (「誰かの為に考える時間も悪くない。嗚呼、こんな時間があってもいいものだな……」)
     闇堕ちを防ぐため日常を大切にしなくてはならない灼滅者の青春は、そうでなくともかけがえのないものなのだと噛みしめて微笑む美樹。
    「よし、じゃあ作るか」
     そうして男四人、体験コーナー奥へ向かうのだった。

     一方、夫婦で参加の惡人と撫子。
     係員の説明によると、焼きに入る前の仕上げは素焼きのままでも、焼く前に絵付けをしても良いとのこと。焼成は流石に三十から四十五日かかるとのことで、後に配送になる旨を伝えられる。
    「趣味が活きそうで良かったですね。頑張りましょう」
    「ん」
     夫がこういう物作りに集中するタイプなので、放置して自分は自分で楽しもう、と襷掛けとエプロン完備で撫子は微笑む。
     ちなみに惡人が作るのは夫婦湯呑み、撫子は夫婦茶碗。被りそうで被らないところを突いてくる、しかし互いに夫婦ものを作ろうと考えるあたり、とことんまで仲の良い夫婦である。

     単独参加の伊織は、一人であるがゆえに誰かとの相談も必要なく、作るものも決まっていたため、ちゃっちゃかと作業を進める。
     ろくろの上に粘土を置き、くるくる回しながら上の方から力を入れ過ぎないよう気をつけて、少しずつ上口を広げていく。
    「……」
     邪魔も入らず、『器用』を自称するだけあって、その手際は見事なものだった。
     何とか目立った失敗もなく、やちむんの中でも『飯マカイ』と呼ばれる茶碗の素地が出来上がる。
     長寿繁栄を意味する唐草をメインに、器の四方外側に小さく、二匹の金魚、紅葉、梅、桜をそっと忍ばせる。
    「これに気ぃついたらどんな顔するやろ」
     と、相手の反応を楽しげに想像しながら、絞り出し器で模様を描いていく。
    (「どこかいたずらをするようで模様付けも楽しいな。──いつまでも、元気でおってな。いろんな想い出、一緒に、つくっていこうな」)
     そんなことを想い馳せながら、仕上げに入る。

    「我ながら良い出来です」
     未空が(「購入せずに済みましたね」)と思いながら、自分の作品──茶碗と湯呑みの焼成前完成品を眺めて、満足げに頷いた。
    「イリスさんは、器つくりはどうですか? 良ければ私が指導してあげますよ」
    (「イリスは『おバカ』だから、私みたいに器用に出来ないだろな」)
     と内心では思っていたのだが……。
    「えっとー、イリスは沢山作ったよ。象さんの壺、ウサギさんの壺、エイリアンみたいな壺……」
    「……」
     ある意味、イリスはその斜め上を行っていた。エイリアン『みたい』ってなんだ。いや、実際にエイリアンを見たことがない以上、『みたい』という表現にとどめるしかないのはまぁ、判るのだが。いやそれより。
    「そして、イリスの最高傑作は『なんだかよく分からないけどものすごい壺』だよ」
    「なんだこの奇怪なオブジェは! どこをどうしたらこんな陶器作れるんだよ!!」
     思わず入る鋭いツッコミ。
    「しかもこれ……この壺は『クラインの壺』では……」
    「うん! 器つくりのコツは『考えるんじゃない、感じて作る』んだよ未空ちゃん」
    「コツですか……それは?」
     コツだけで三次元で再現不可能な物体を作り出すことが出来ると言うのか。
     イリスの思考は、一般人の理解を超えているのだな、と未空が思った瞬間だった。

     『星月夜大学組』も佳境に入っていた。
    (「ほう? それぞれに個性が出るもんだな」)
     風樹が他の三人の手元を覗きこんで思う。
     大胆だったり繊細だったり面白かったり。……まあ、どれが誰とは言わないが。
    「ああっ」
     その隙に手元が狂い、器がぐにゃりと歪んでしまった。やり直し。
    「出来た!」
    「ああ、こっちもだ」
    「え、俺が最後か……?」
    「まあまあ、あせらずじっくり」
    「俺のはシンプルにまとめたんだ。これだと湯呑っぽくも見えるだろ? 和洋折衷だな」
     風樹が二つの器を前に、口元を緩める。
    「うん、なかなかだ。皆のはどうだい?」
    「うーん……ちょっと歪んだが、これ以上修正を入れると取り返しのつかないことになる気がする……」
    「俺はこれでいいぜ!」
    「俺も……これでいいかと……」
     それぞれに完成した器を前に、悦に入る。
    (「いい思い出がここにまた一つ、男四人の友情にサンキュ」)
     風樹はそう、心の中で呟いた。

    「……」
    「……」
     互いに黙々と作業を進める、学生結婚カップルな二人。
    「……て、どーも集中し過ぎていけねーな。おぅどーだ? 貸してみ」
    「いえ、大丈夫ですよ~。こう言うのは自分でやらないと意味が有りませんしね」
    「ん。そうか」
     その心遣いは嬉しいが、撫子とて、そんな夫の性格を理解した上で一緒になったのだ。彼には、自分のしたいことに集中してほしい。
     そうして出来上がった夫婦用の湯呑みと茶碗。互いに夫のものは大きな武骨な手に具合よく収まりやすく、妻のものはやや小ぶりで可愛らしい。
     静かに笑み交わして、二人は作品を工房の人に預け、作業を終えるのだった。

    ●Let's 小路散策!
     『千川キャンパス高校二年七組』の面々は、八人……いや、九人の集団で動いていた。
    「やー、陶器作りも楽じゃないね! でもまぁ焼き上がりは楽しみだけど! とりあえず……やちむん通り? 見て回ろうか」
    「シュンさん! クラスのみんなで色々と見て回ろうと思うんデスケド、一緒に行きマセンカ?」
    「うふふー、同じ物理が悪かった、担任にチョーク投げられる同士、仲良くしようよおお」
    「うわぁぁ!? ちょ、ちょっと待ってほしいッス! 一緒には行くッスから!! ──ってか颯音さんは物理/生物悪くなかったじゃないッスかー!」
     楽しそうな情やドロシー、皆に誘われたり、若干闇を纏った颯音に引きずられたりして、瞬もクラスメイトと共にいた。
     それにしても赤点どころか零点でも修学旅行に行かせてもらえるあたり、武蔵坂学園って優しくてほろりとくる。
    「ううう……俺ももっと勉強頑張ったほうが良いッスかね……」
     流石に瞬も今回の零点には凹んだ様子。
     陶器店をウィンドウショッピングしてみたり、許可を取って写真に収めてみたり。
    「……いろいろとあるんですねえ……作るのはどういう形がいいか……」
     と考え込む京。
    「カップ? 小皿? でも模様付けとかうまくできるのかな……どうせだから普段使えるものがいいし……」
     などと思考に耽っている間に、集団から置いてけぼりを喰らいそうになる。
    「ほら、行きましょうケイ!」
    「あ、ああ、はい。すみません……」
     と、その手を掴んだのは千草。引っ張りながら、ちゃっかり腕など組んだりしてみる。青春真っ盛りの高校生カップル、良きかな良きかな。
    「食器や泡盛の器に使えるんですねえ、やちむん。あ、お酒はまだ私たちには早いですが」
     千草は京を引っ張りながら、その芸術性と実用性に感心していた。
    「実は私、こういうの大好きなんですよ」
     言いながら、あちらこちらに視線を巡らせる澄。
    「みてみてっ、これ可愛いよ、こっちも素敵!」
     あっちの店へふらふら、こっちの工房へふらふら。
    「──っは!……いけない、いけない。つい、素の自分を出してしまった」
    「はは、いや、いいと思うッスよ。修学旅行くらい、怒られない程度にならハメ外しても。ただ、はぐれないように気をつけて欲しいッス」
    「はい……」
     赤面する澄。クラスメイト達に翻弄されている瞬には言われたくないだろうが。
     やがて壺屋やちむん通りを堪能した面々は、横道へと入っていく。
    「『すーじぐゎー』……ちょ、ちょっと噛みそうです、よね……ぜひ見てみたいです」
     真火が気を付けても若干噛み気味に言うと、賛同の声が上がる。
    「沖縄の歴史に触れられる場所なら写真も撮っておきたい!」
    「私も!」
     すーじぐゎーの先には赤瓦の家々が軒を連ねると聞き、アグニスと千草のテンションが上がる。他にもカメラを構える者が数名。
    「み、皆さん気合い入ってるッスね……」
    「クラスで最後の修学旅行だもん。思いっきり楽しまなきゃ! 」
     アグニスに言われると、瞬も「ああ、そういえば」と納得した。大学部に進むとクラスではなく学科で振り分けられるため、この面子でのグループ活動は最後になるかもしれないのだ。
    「このクラスで行く、最後の修学旅行になると思いますし、皆といい思い出を作れればいいな……」
     真火も横でぽつりと呟いた。
     まず横道に逸れて目に入るのは、一面の緑。高い植物の壁がそそり立って、圧迫感を与えるほどだ。
    「ワァ、みなさん、ネコさんデスヨ! ホラ、アソコ! とっても可愛いデス!!」
     と、ドロシーが指差す先には、欠伸をする何とも呑気な猫。
    「いいねー。金剛ちゃん、そのままそのまま」
     近寄っても逃げもしない猫を相手に、その頭をぐりぐりと撫でまわして戯れるドロシーを、颯音がカメラでぱしゃり。
     そうして緑の中をしばらく進めば、行く手に見えてくるのは、歴史を感じさせる、現代に未だ残る赤瓦。屋根の上にはシーサーも乗っている。 
    「おー、雰囲気あるー」
    「激写!」
    「おっと、一般住宅だから許可取ってからッス」
     瞬の一言で、皆が建物の玄関へと殺到した。
    「……って、みんな早っ!」
     それほどエキゾチックで魅力的な雰囲気を漂わせて、写真に収めずにはいられない建物だったのだ。
     しかし玄関へ辿り着く前に、縁側で涼みながらくつろいでいた家人が「いいさ、いいさ~」とかる~いノリでOKを出してくれたのも、慣れているからか、それとも沖縄の民のおおらかさ故なのか。
     そしてしばらくその民家を撮らせて貰った後、集合写真を撮ろうという話になった。
    「集合写真デスカ、いいデスネ!」
    「ほら、白水君も、一緒に入りましょうよ」
    「は、はいッス」
     ドロシーと澄に引っ張られて、皆の輪に入る瞬。
    「こんな感じでいいですか? いえーいいえーい」
    「いえーい!」
     ダブルピースする千草。それにノる瞬。気付けばみんなピースサイン。
     そうして家人にシャッターを頼んで撮られた集合写真は、実に色に溢れていた。
    「いいなぁコレ。抜けるような青空に、鮮やかな赤い瓦と、蔦に覆われた濃緑の塀! これが南国のリズムだね!」
     情の表現が最も秀逸だっただろう。
    「エヘヘ……みなさんとの素敵な思い出になりマスネ!」
    「実用性のある陶器と楽しげな記念写真、そしてエキゾチックな思い出。ステキなお土産がたくさんできました」
     笑みを交し合うドロシーと千草。
    「沖縄の青い空と、人それぞれの色を写す陶器達、そしてみんなの笑顔。沢山収めておきたいね、皆でまた思い出せるように」
     颯音が少し寂しげに、しかし陽射しのように眩しく暖かな視線でカメラを撫ぜる。

     肩を叩いて今を笑いあいつつ、これまでの学生生活と、修学旅行のこれから、そして未来に、若者達は思いを巡らせるのであった。

    作者:天風あきら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月24日
    難度:簡単
    参加:17人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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