赤鬼再来

    作者:泰月

    ●慈愛
    『あー、クソッ! 情けねぇ! これじゃ組長に合わせる顔がねえ!』
     街中の路上で唸るモノがいた。
     2mを越す体躯にも拘らず、その姿は誰にも認識される事はない。
    「大丈夫、私にはあなたが見えます。灼滅されて尚、残留思念が囚われているのですね」
     たった一人。突如そこに現れた、長い杖を持つ幻想的な雰囲気の少女を除いては。
    「私は『慈愛のコルネリウス』。傷つき嘆く者を見捨てたりはしません」
    『摩利矢も見つけられず、灼滅者のガキ共に負けたなんてよ。死んでも死に切れねえってもんだ』
    「……プレスター・ジョン。この哀れな鬼をあなたの国にかくまってください」

    ●誰の為の
    「最近『慈愛のコルネリウス』が動きを見せているのは知ってる?」
     集まった灼滅者達に、夏月・柊子(高校生エクスブレイン・dn0090)はそう切り出した。
    「過去に灼滅されたダークネスの残留思念を見つけては、力を与えてどこかに送ろうとしているみたいなのよ」
     残留思念に力は無い筈だが、大淫魔スキュラのように、残留思念を集めて八犬士のスペアを作ろうとしていた例もある。
    「コルネリウスも高位のシャドウよ。残留思念に力を与える事も不可能ではないと思われるわ」
     それ程の存在だからこそ、現れるコルネリウスは本体ではない。
     戦う力も持たず、残留思念に呼びかけ力を与えるだけの、実体のない幻のような存在だ。
     また、コルネリウスは灼滅者に対して強い不信感を持っている。やめるよう交渉したところで、応じる可能性はない。
     彼女の作戦を妨害するには、残留思念に呼びかけた所に乱入し残留思念を倒すしかない。
     残留思念の方も灼滅者を復讐の相手と見るため、乱入すれば戦闘は避けられない。
    「今回コルネリウスが力を与える残留思念は『赤羅』と言う名の羅刹よ」
     一年と少し前の雨の夜に、群馬県の沼田市の街に現れ、灼滅者に倒された。
    「倒されたのと同じ場所に現れるわ。定食屋さんだった所は、今は空き家になっているけれど」
     外に比べて少々手狭だが、引き込んで戦うのも手だろう。
     空き家になった経緯は不明だが、赤羅を倒してから一年以上と言う時間の中、街に変化があっても、不思議ではない。
    「でも、赤羅の時間は、あの夜から動いてないわ」
     コルネリウスに力を与えられ能力がいくらか上がっているだけで、使う武器やサイキックは以前と変わらない。
     更に、『当時の任務』である、羅刹の村を出奔していた摩利矢を探し出して連れ戻す事も忘れていない。
     ――この街の人間共を全て殺したって構わねぇ。虱潰しに探して来い!
     そう言っていた当時のまま。
     もうそんな事をしても意味がないのだと、残留思念が知る筈もないのだ。
     だからこそ。
     赤羅の知らない事を告げる事に、意味が生まれる。
    「言葉だけで戦いを止める事はないわ。でも、動揺なり逆上なり、揺さぶりをかける事は出来る筈よ」
     言い方次第だが、試してみる価値はある。
     残留思念が力を与えられてすぐに事件を起こす事はないと言っても、今回の残留思念は、目的の為なら街中の人間を犠牲にする事も厭わない性格の相手だ。
     それが、摩利矢がこの場に呼ばれていない理由でもあった。
     探していた本人を前にしたら、何をするか判らない。
    「コルネリウスが何を考えているのか判らないけれど――放ってはおけないわ。貴方達で、カタを付けて来て」


    参加者
    峰崎・スタニスラヴァ(エウカリス・d00290)
    ミネット・シャノワ(白き森の旅猫・d02757)
    硲・響斗(波風を立てない蒼水・d03343)
    嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)
    霧月・詩音(凍月・d13352)
    中畑・壱琉(金色のコンフェクト・d16033)
    黒橋・恭乃(黒々蜻蛉・d16045)
    朔良・草次郎(蒼黒のリベンジャー・d24070)

    ■リプレイ

    ●降らない雨
    『てめえ、俺が見えてんなら何とかしろ。今度こそ、灼滅者どもを半殺しにしてあいつの居場所を吐かせる!』
    「それが貴方の望みなら」
     残留思念の言葉に、コルネリウスは静かに頷いた。
     その場に灼滅者達が着いたのは、コルネリウスがその細い腕を虚空に掲げた直後。
     灼滅者達の見ている前で、コルネリウスの前に大きな輪郭が――羅刹の残留思念の姿が浮かび上がる。
    「先に行きます!」
     もう表情もはっきりと判るようになった赤羅の視線を感じながら、ミネット・シャノワ(白き森の旅猫・d02757)はすぐ近くにある空き家の中へと駆け込んで行った。
    「コルネリウス、わたしたちは彼をなんて呼べばいい?」
     どんどん姿が薄れていくコルネリウスへ、峰崎・スタニスラヴァ(エウカリス・d00290)が声をかける。
     しかしコルネリウスは一瞥したのみで何も言葉を発さず、虚空へと消えていった。
     後に残るは、復讐に燃える赤鬼と対峙する灼滅者達。
    「……他のダークネスの力を借りてまで甦るとは、羅刹も堕ちたものですね」
    「知るかよ。今度こそ、手前ェらを半殺しにしてやらぁ!」
     霧月・詩音(凍月・d13352)の言葉に動じる事なく、赤羅は答えて金棒を威嚇するようにぶんっと振るう。
    「摩利矢さんを探してるの? それなら、確か……おっと、これ以上は言えないかな!」
     風圧で揺れた髪を抑えながら、中畑・壱琉(金色のコンフェクト・d16033)が軽い口調で告げる。
    「手前ェら、やっぱ摩利矢の事知って……さっき1人入って行きやがったのは、中にいるからか!」
     先行したミネットが摩利矢の振りをするまでもなく、勘違いを深める赤羅。
     これを利用しない手はない。
    「摩利矢にもこの街の人にも、易々と手出しさせるほど、お人好しだと思うなよ」
     朔良・草次郎(蒼黒のリベンジャー・d24070)が、その中を庇うように、扉の前にじりじりと移動する。
    「まさか手前ェら、手を組んでやがるのか!」
    「さて、どうでしょう? 私達を捕まえたら教えてあげますよ。でも貴方如きに捕まえられるかな~?」
     黒橋・恭乃(黒々蜻蛉・d16045)が嘲るように言って後ろ手に戸を開いたのを合図に、灼滅者達は建物の中へと動く。
    「僕たちと、鬼ごっこして勝てたらね!」
     無理だと思うけど、と続けて壱琉も中に飛び込む。
    「でもー。僕達だって、簡単に捕まるつもりもないけどねー?」
     硲・響斗(波風を立てない蒼水・d03343)ものんびりと挑発し、後に続いた。
    「……ん、摩利矢の居場所、そのままだとキミわからずじまいだよ」
    「ガキ共が……舐めやがって!」
     最後に駆け込んだスタンが呟いて、挑発に乗った赤羅も灼滅者達の後を追って飛び込む。
    「潰れろ!」
     此処までは作戦通りだったが、赤羅は飛び込むなり暗闇も気にせずにいきなり金棒を振り下ろした。
     それに気付いた嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)は、灯りを付けるのを諦めて身構える。
    「っ……あなたのご存知ない『いま』をお教えします」
     金棒を受け止め、捌いて、そのまま至近距離でイコが囁く。
    「あ? 手前ェらが俺に何を教えるってんだ!」
    「……答えを知りたいのなら、力ずくで口を割らせる事ですね」
     詩音が答えた直後、室内が明るく照らされ、殺気と音を遮断する力が展開される。
    「もう異変に気づいていらっしゃるのではないですか? いま、雨が止んだばかりではない事を」
    「雨? 最初っから降ってねえだろうが!」
     イコを突き放した赤羅は、天候の違いをまるで気にしていない様子だった。

    ●告げられた時
    「お願い、梔」
    「……さあ、古傷を抉ってあげましょう」
     膨れ上がったスタンと詩音の影が、赤羅の身体に喰らい付く。
    「しゃらくせえんだよ!」
     影は見せるトラウマにも赤羅の勢いは止まらず、ミネットを巨体で押しのけ鬼の拳を響斗に強かに叩きつける。
    「ごちゃごちゃ言ってやがったが、そんなもんか!」
     灼滅者の攻撃で赤羅も傷を負っているが、その自信が揺らぐ様子はなかった。
    「……そろそろ、やってみるか。引っかかれば儲けモンだ」
     草次郎の呟きに、灼滅者達は顔を見合わせ頷く。
    「まったく……そんなに暴れたって、摩利矢さんには会えないよー? なんたって、僕達の仲間だからね!」
     先ずは壱琉が口火を切って、影を赤羅に絡みつかせながら呟く。
    「は? 何言ってんだ、あいつは羅せ――」
    「ううん。上泉せんぱいはもうこの町にはいない。彼女は灼滅者としてわたしたちの側にいる。御子、椿ちゃんも」
     赤羅の声を遮って、スタンが言葉を続けた。
    「摩利矢が灼滅者? 何を言っ――」
    「残念ですが……貴方が灼滅者に敗北した事が切っ掛けとなり、摩利矢さんと御子さんは、無事に我々に合流したというわけです♪」
     反論の隙を与えず、ミネットが言葉と共に硬い拳をぶつける。
    「御子ちゃん……今は鞠花ちゃんという灼滅者よ。地獄絵図も使われたけれど、わたしたちが阻止したの」
     煌きと重力を宿した蹴りを叩き込みならが、イコも更に「いま」を告げる。
    「な、なんで手前ェらが御子と地獄絵図の事を……」
     摩利矢達が灼滅者になったと言い続けるだけなら、赤羅はそれを一蹴しただろう。
     だが『御子』と『地獄絵図』の2つの言葉。隠していた筈の村の秘密を告げられ、疑念が赤羅の中に生まれる。
    「そうそう。貴方達の村は邪魔だったので、更地にさせて頂きました」
    「!?」
     少々誇張して煽る恭乃の物言いに、赤羅が息を飲む。
    「信じられませんか? 組長も灼滅しましたよ。捕まえ損ねた貴方だけじゃない、全部失敗ですね? こりゃ傑作だ!」
     その隙を逃さず、更に言葉を重ねながら激しく回転し断罪輪を叩き付ける。
    「組長が灼滅者如きにやられる筈があるかァっ!」
     叫んだ赤羅が腕を振り上げ、全てを否定するかの様に渦を巻いた風が、恭乃と草次郎を飲み込み切り刻んだ。
    「本当だ。テメェらの組長は……とっくに始末した。報告する相手はもうこの世にいねぇが、まだやるか?」
     青黒い肌から血を流しながら、吠える鬼を見据えて巨漢が告げる。
     人よりも多い腕の1つにつけた縛霊手から、癒しの霊力を恭乃に放つ。
    「……そうね。この程度の弱い部下しか居ないから、組長は倒されてしまったんでしょうね」
     詩音は表情を変えずに冷たく告げながら、闇の力を注ぎ込み草次郎の傷を癒す。
    「そう。赤城山の忠次郎さんも、もうこの世においでではありません。あなたにはもう捜しものもそれを届ける先も、無いの」
    「っ……なんで、組長の名前を」
     更にイコが静かに告げた『忠次郎』の名に、赤羅が動揺を露わにし始めた。
    「皆の言ってる事は本当だよー。いい加減、終わった事に気付いたらどうかなー?」
     柔和な笑顔を浮かべた響斗はずれた眼鏡を直して、蒼い闘気を纏った足に煌きと重力を宿し赤羅を蹴り飛ばす。
     灼滅者達の言葉が、挑発するような物言いばかりだったら、赤羅は短絡的に怒りの情で以て返しただろう。
    「だから……何だってんだ」
     だが滔々と語る言葉もあった事で、赤羅は揺らいでいた。
    「手前ェらの言葉を信じて、戦いを止めるとでも思ったか!」
     それでも、赤羅は金棒を担いで大声を張り上げる。
    「望む所です。部員であり、弟君の恋人さんのお礼参り……しっかりばっちりきっかりやらせて頂きますっ!」
     普段温厚なミネットにしては珍しい程のやる気に満ちた言葉に、赤羅はニヤリと獰猛な笑みを返した。
    「赤羅。……全部、終わってるんだ」
     全てを知らされても、そうするしか出来ない赤羅へスタンはどこか哀しげに呟いた。

    ●再戦、決着
    「纏めて潰れてろ!」
     弧を描いた金棒が、壱琉と響斗を纏めて薙ぎ倒す。
    「っ……鬼が悪いものなんて決めつけたくないけど……君は確実に、悪い鬼! 響斗くん!」
    「任せてっ、合わせるよー」
     槍を構えた壱琉の呼びかけに応えて、響斗もかつての罪の形たる漆黒の槍を構えた。
     螺旋の力を加えた2つの槍が、左右から同時に赤羅を穿つ。
     赤羅の力強さは健在。だが、自信を揺らがせた事でその足取りは確実に乱れていた。
     故に、殴打の痛みも湧き上がる怒りも気にせず、2人は攻め手に専念し続ける。
    「まだ倒れんなよ」
     その意図を察した草次郎も、後方で仲間の癒しに専念し続けていた。
    「ちぃっ! しぶといガキ共だ!」
     まだ誰も倒れない灼滅者達に、赤羅が舌を打つ。
    「今度は残留思念も残らないくらい、徹底的に叩いてあげる。梔、縫い止めて」
     スタンは逃げ道を塞ぐように戸の前から動かず、影を梔と呼んで操り、影の刃で赤羅の手足を切り裂く。
    「赤き鬼は甦る されど、嘆きに満たされしその魂は偽りで」
     人前で歌うのは詩音の好む所ではないが、戦いとなれば話は別。
     どれ程赤羅が悔しかったせよ、全ては後の祭りに過ぎない。
    「紛い物の魂は、怒りの咆哮と共に闇へと還るだろう――」
     これ以上余計な事をする前に倒すべく、詩音は神秘的な歌声を響かせる。
    「ではもう一度、『ガキども』の手で散って頂きましょうか」
     黒紅のスペードを胸元に浮かべた恭乃は、赤羅に毒を込めた吐き続ける。
    「思い出すのです、無様な己を」
     遠い間合いを一気に詰めて、影を宿した断罪輪を叩き付け赤羅のトラウマを更に引き摺り出す。
    「うるせえんだよ!」
    「させません」
     下がる恭乃を追う風の渦を、イコとミネットが自らの身体で阻んで――同時に、赤羅が膝を付いていた。
     風が止まった空間に荒い息がやけに響く。無傷な者など、1人もいない。
    「お礼を……言わねばなりません」
     ミネットが、息も整わないまま膝に力を込める。
     大事な部員も、同じ痛みを受けたのだ。お礼参りはまだ終わっていない。
    「貴方達が引き起こした事件が切っ掛けで、私達の部の絆は強まりましたからっ!」
     大きく息を吸い、地を蹴って両手で赤羅の顔面を掴む。
     飛び掛った勢いを更に一点に掛ける事で体格の差を補い、頭から床に激しく叩き付ける。
    「っガキ、がぁっ」
    「畳み掛ける! バラバラになりやがれ!」
     後一押しで倒せると見た草次郎が、六腕の1つに持ったロッドど叩き付け、魔力を流し込む。
     身体の内で魔力が爆ぜる衝撃に、鬼が歯を食いしばる。
    「死にきれないと仰るのなら、死に切れますよう、全力を尽くしましょう」
     槍を支えに、イコもゆらりと立ち上がる。
     銀の双眸に憎しみの色はなく。彼女なりの慈愛を込めて、鬼の姿を見据る。
    「わたしには護る仲間が居て、未練を断つしか……出来ないの。どうぞ、この世をお離れ下さいな」
     燃える白銀を纏う狩人の槍が、真っ直ぐに赤羅を貫いた。

    ●慈愛の結末
    「ちっ……こんなガキ共――」
     最期の台詞を言い終える前に、赤羅の全身が光に包まれ光の粒となって虚空へ消えて行った。
    「倒し切れましたか……この調子で敵が次々蘇ろうもんなら非常に面倒臭いんですが」
     うんざりした様子で呟いて、恭乃が肩の力を抜いた。
     身構えていた面々もそれぞれに楽にする。緊迫していた空気が、一気に緩んだ。
     空き家の中に家具の類はなく、床に座り込んで身体を休める。
    「コルネリウスが表舞台に出て来るには、まだ状況が整っていないのかなー」
     最近のシャドウの動きは、今一つ、ピンと来ないんだよねー、と響斗が小さく首を傾げる。
    「……死者は大人しく眠らせておくのが礼儀。眠りを妨げ使役する、それこそ魂が哀れではありませんか」
    「使役って感じじゃなかった気も……まあ、慈愛だろうと何だろうと、厄介な事件を運んでくれたもんだね」
     少し怒ったようなミネットの呟きに、人間の姿に戻った草次郎が小さな溜息混じりに返す。
    「そうね。無念を利用することが慈愛とは思えないわ」
     頷いてそう呟いたイコは、更に小声で、憐れね、と付け足した。
    「ほんとう、なにをもって慈愛と言っているのか。わたしにはわからないよ」
     これがコルネリウスの眷属集めだとしても、慈愛と言えるのか。
     スタンは困ったような笑みを浮かべて、コルネリウスのいた外に視線を送る。
    「でも僕たち、勝てたし。お疲れ様って事で……皆でご飯行かない?」
     その壱琉の言葉で、まだ少し重かった空気がまた日常に近いものに変わる。
    「……なんだかお腹すいてきちゃった」
     壱琉がそこまで意識したわけではないにせよ、何気ない一言にも意外な効果がある事もある。
     と、これまで黙っていた詩音が表情を変えずに口を開いた。
    「この時間で開いてるお店、この辺りにあるのでしょうか?」
     再び降りる沈黙。
     此処は学園のある武蔵野の周辺とは違う。
    「……とりあえず、もう夜も遅いし早く帰ってゆっくりやすもー!」
     響斗の言葉に頷いて、灼滅者達はその場を後にする。
     誰もいなくなった空き家の中は、戦いなど無かったかの様に、しんと静まり返っていた。

    作者:泰月 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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