揺らぐ、こころ

    作者:東城エリ

     夕刻に近い日本家屋の中庭に面した和室では、庭の緑に混じって墨の匂いが漂っている。
     昼間は子どもの姿が多くあったが、もう少し陽が落ちれば会社帰りの大人の姿へとかわっていくだろう。
     今はその間の生徒の少ない時間。
     教室に使われている和室には、先生と生徒がひとり。
    「うん。佐々木さん、上手く書けているね」
     初老の男性がそう言いながら朱墨で筆を滑らせ、奈々子の文字に数カ所修正を加える。
    「まだまだ精進しないといけませんけど、友達には凄く読みやすくなったって言ってくれています」
     奈々子は大学の授業が終わってから習いに来ている学生だった。
     いわゆる悪筆という奴で、自分しか読めない文字を書いていたのだが、就職活動をするのに、このままではいけないかも、と思い始めて書道を習い始めた。
     文字は劇的といっていいほど上達した。
     レポートはパソコンで作成するが、テストはペンで書くものだったから、教授にまで褒められて、読みにくい文字だったのだなぁ、と我ながら思ったものだ。
     それもこれも、先生のお陰だ。
     習っているのは書道と硬筆の両方で、今日は毛筆の日。
     奈々子の父は奈々子が幼い時に亡くなっている。
     母方の両親である祖父母の家で育ったせいか、初老の男性に弱かった。
     文字が上手くなりたいという気持ちと、先生に会いたい気持ち。
     奈々子は、書道の道具を片付けると、先生に礼を済ませ、会社帰りの生徒達と挨拶を交わしながら、帰途についた。
     シャワーを浴び、ベッドへ。
     思い浮かぶのは先生の姿。
    (「次も頑張ろう」)
     幸せな気持ちで、奈々子は夢の世界へ旅立った。
     部屋に突如現れたのは、宇宙服のような衣装を身につけた少年。
     そして、奈々子に囁く。
    「君の絆、僕が貰うよ」

     次の書道教室の日。
     奈々子は、通い慣れた教室への道を歩き、辿り着く。
     大好きな先生に会える日の筈なのに、先生の顔をみても何もときめかない。
    「佐々木さん、こんにちは」
    「先生、よろしくお願いします」
     心を落ち着けるため、墨を擦る。
     今日のお題を書道半紙に筆を滑らせた。
     惰性で書いているような文字は、先生にはすぐにばれた。
    「今日は筆が乗らないみたいだね」
    「そうみたいです」
    (「どうしたんだろう、私。文字が上手くなるのも、先生に会うのも好きだったはずなのに……。どうして?」)
     奈々子は、かき消えてしまった情熱に戸惑った。
     
    「強力なシャドウ、絆のベヘリタスが動き出しました」
     斎芳院・晄(高校生エクスブレイン・dn0127)は、そう話を切り出した。
    「どうやら絆のベヘリタスと関係が深いだろうと思われる謎の人物が、一般人から絆を奪いとり、絆のベヘリタスの卵を産み付けているようです」
     このままでは、次々と卵から絆のベヘリタスが孵化してしまいます。強力なシャドウである、絆のベヘリタスが次々と孵化していくというのは、悪夢以外の何ものでもないでしょう。
    「幸い、孵化した直後を狙えば、条件によっては弱体化させる事も可能です。絆のベヘリタスがソウルボードに逃げ込む前に、灼滅をお願いします」
     その条件とは宿主となった一般人が絆を結んだ相手に対してのみ、攻撃力が減少し、かつ、被るダメージが増加してしまうという事。
    「絆を結ぶ事無く正面から戦った場合は、まず間違いなく負けるでしょう。互角に戦うには、闇堕ちを数名出す覚悟が必要でしょう」
     ベヘリタスの卵は、ダークネスや灼滅者は目視する事は出来ますが、触れたり攻撃する事は出来ません。
    「つまり本番は、卵が孵化してからになります。孵化した後、戦っていられるのはせいぜい10分程。それ以上になれば、絆のベヘリタスはソウルボードを通じ、逃走してしまいます。そうなれば、灼滅する事は不可能になってしまいます」
     その辺り、注意してくださいと晄は告げると、一拍おいて続ける。
     敵の能力は、シャドウハンターに似たサイキック。
     もうひとつは、身に潜ませた手裏剣の様な物。手裏剣甲に似ています。
    「宿主の一般人の方の名は佐々木奈々子さん。20歳の大学生です。奪われたのは、通っている書道教室の先生との絆になります」
     佐々木さんは、個性的な文字を書く女性だったようで、就職活動を始めるに辺り、読みやすく美しい文字を書けるようになりたいと思い、書道教室に通っていたのですが、その教室の先生との絆を奪われてしまいました。
     
     最初は文字が上手くなりたいと習い始めた書道でしたが、佐々木さんが父を知らずに祖父母の家で育てられたのもあるのでしょう、佐々木さんは年齢を召した男性に惹かれてしまったようです。
     書道の先生は初老の和服が似合う男性で、年齢の差が包容力のあるように思えるのでしょう。
    「佐々木さんが書道教室に行く日は、昼までは大学の講義を受け、昼時間を大学構内の学生食堂でお昼ご飯をひとりで食べた後、向かいます。接触するのなら、昼時間が良いのではないでしょうか。佐々木さんの字が上手くなったのが書道教室に通い始めてからだというのは、友人に話してますし、友人のひとりから聞いたということにして話の足がかりにでも。書道教室は、いきなり正式に習うのに抵抗がある方むけに、書道体験が出来るようになっています」
     佐々木さんは、週2日通って居るのですが、2日続けて通っています。
    「卵が孵化するのは佐々木さんに接触出来る2日間の内、2日目の夕方です」
     ちょうど書道教室を終えて、帰宅する途中。閉館した図書館の近くを通りがかった時です。傍に駐車場がありますから、戦場とする場所には困らないでしょう。
     
    「佐々木さんの2日間の行動については先ほど話した通りです。上手く接触し、絆を深めてください。絆は強ければ強い分、戦闘ではそれが有利に働きます」
     絆の種類に制限はありません。愛でも憎しみでも感謝でも侮蔑でも、何でもありです。
    「絆のベヘリタスを倒せば、失われた絆は取り戻されます。その後のフォローは必要でしょう。絆の結び方によってはフォローは難しいかもしれませんが」
     晄は一息つくと、黒革のファイルを閉じる。
    「それでは、皆さんよろしくお願いします」
     そう言って、晄は送り出した。


    参加者
    平・等(眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡・d00650)
    神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)
    刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)
    ライラ・ドットハック(蒼き天狼・d04068)
    清浄院・謳歌(アストライア・d07892)
    フェルト・ウィンチェスター(夢を歌う道化師・d16602)
    災禍・瑠璃(トロイテロル・d23453)
    ユーヴェンス・アインワルツ(優しき風の騎士・d30278)

    ■リプレイ

    ●絆を結んで
     昼時とあって賑わう学生食堂。
     数あるテーブルやチェア、食欲のそそる香りで満たされた中、目的の人物である佐々木奈々子が友人と談笑しながら食事を取っているのを見つけた。傍にはフェルト・ウィンチェスター(夢を歌う道化師・d16602)も居た。
     周囲には上手い具合に席が幾つか空いている。自分達もお邪魔しても大丈夫そうだと、清浄院・謳歌(アストライア・d07892)と災禍・瑠璃(トロイテロル・d23453)は、顔を見合わせると近づいていく。
    「奈々子さんだよね?」
     声をかけたのは、人なつっこい笑みを浮かべた謳歌。
    「そうだけれど、あなた達は?」
     友人から奈々子が良い書道教室に通って居ると聞いて、詳しい話を聞きたいと思って声をかけた事を話すと、良く聞かれるのよねと納得した風に頷く。
    「お昼、一緒にしても構わないかな。もっと詳しく話を聞きたいし」
    「良いわよ」
    「あなたのお勧めメニューってある?」
     瑠璃は食品サンプルの並んでいるケースの方角を示す。
    「私はいつも野菜多めなBランチにしてるわ」
     ちなみにAランチは肉多めらしい。
     お薦めを2人分手にして戻ってくると、書道教室の話になっている。
    「ボクは字が下手だから羨ましいなぁ~。良かったら、ボクにもうまく字を書くコツとかを教えてくれない?」
    「わたしは未だそこまでのレベルじゃ無いわ。先生が丁寧に教えてくれるから、あなたも習えば上手くなると思うわ」
     そう言って奈々子は習う前の文字と今の文字を見せる。
    「断然今の字の方がいいね!」
    「字を直そうって決意して、ここまで綺麗に書けるようになるなんて凄い」
     瑠璃は素直な気持ちを口にすると、奈々子は少し照れた表情を浮かべる。
    「習っている先生が魅力的な人だったからってのもあるんだけどね」
    「どんな先生?」
     教えて? と、謳歌が先を促す。
    「渋い年配の男性なの。包容力があるのよ」
     渋いと聞いて瑠璃が食いつく。
    「声もいいのね。それで名前呼ばれるんだ。羨ましい…。あ、勿論書道に惹かれているのよ!」
    「こんにちは。楽しそうにしていたから気になって」
     プラチナチケットを使った神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)が声を掛けてきた。
    「席は空いてるし、どうぞ」
    「ありがとう。話題は何だったのかしら」
     奈々子が習っている書道についてだと口にすると、これまでの話を説明する。
    「大学に、習い事と充実した学生生活を送られているんですね。憧れます」
    「上達して字を書くのが楽しかったから、気が向いたらお薦めするわ。書道体験も出来るし」
     楽しかった、と過去形になっているのが気にかかったが、午後の授業開始時間も近づいてきていて、お喋りは自然とお開きになったのだった。

     奈々子が大学を出ると、書道教室まで歩き出す。通りを一本奥へと入れば、ごく普通の一般家屋が並ぶ。その中の一軒に奈々子は入っていく。表札と書道教室の看板が掛けられている。
    「先生、今日もよろしくお願いします」
    「今日は何人か、書道体験に来ている人がいるからね」
    「はい」
     奈々子は先生と挨拶を交わし、今日のお題を手にすると席につく。奈々子の左隣には刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)が、後ろの机には平・等(眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡・d00650)とユーヴェンス・アインワルツ(優しき風の騎士・d30278)が座っている。
     墨を擦り気持ちを落ち着かせると、筆滑らせた。何枚か出来上がったのを見比べていると、後ろから聞こえてくる声に奈々子は振り返る。
    「間違えた。うまく書けないなー」
    「こう、…か?」
     普段掛けている大きな丸眼鏡を外し、少年らしい爽やかな服装をした等が、筆を手に悪戦苦闘していた。元々筆に慣れ親しんでいる訳ではなかったから、難しい字は墨でつぶれてしまっている。
    (「あァクソ…素で書道は苦手だ。漢字書き辛ェ…」)
     ユーヴェンスは自分の書いた字を見、少し恥ずかしげに眼を逸らす。
    「わたしも最初そうだったわ」
    「お姉さん、キレイな字だね! 習い始めて長いの?」
     等が背を伸ばし気味に観ているのに気がついたのか、奈々子は書いた字を見せてくれた。
    「半年くらいかな」
    「上手ェな、アンタの書く字。…悪ィが、少し教えろ。少しでも上手くなりてェんだ」
     口の悪いユーヴェンスだが、字が上手くなりたいという気持ちに共感したのか、奈々子は気を悪くした風もなく、頷いた。
     筆の持ち方を説明して、等に渡されているお題を完成させる。
    「そうやって書くんだ。やってみる!」
     ユーヴェンスの手に奈々子は自分の手を重ね、お題を書く。
    「おお」
     格段に上がった自分の文字を見て、声を上げた。
     今は奈々子に導かれるように書いた。次は自分で書くのだ。先ほどの筆を持つ感覚を忘れない内に。
    (「剣を振るうのと同じだ」)
     鋭い眼差しが半紙に注がれる。
    「一筆入魂だァ…!」
     電話で離席していた渡里が戻って来た。達筆な字。行書だ。和装も日舞をしているせいか着慣れているし、書道もその一環で習っていたのかも知れない。
    「…ここの先生の字は良いよな」
    「ええ。わたしも好きよ」
     後ろの2人の友人と分かっているから、打ち解けた雰囲気だ。
    「2人に教えてくれた様だ。礼を言う」
    「随分上手いのに習いに?」
    「友人達が書道をやってみたいと言ったから、引率係みたいなものだ」
    「ボク、落ち着きがないから、書道やってみろって言われて。お姉さんは?」
    「就職活動で字が綺麗な方がいいかなって思ってそれで習い始めたの」
    「スゴイなあ。お仕事のコトなんてまだ考えられないよ」
     等にとっては未だ未だ先の事だ。
     新たな人物が教室に入ってきた。ライラ・ドットハック(蒼き天狼・d04068)だ。
     ライラは仲間の姿を視界に収めつつも、声を掛けたのは奈々子だった。
    「あなた構内で見かけたことある人ね?」
    「ここで同じ大学の人に会ったのは初めてかもしれないわ」
     字が綺麗になってから、書道教室のことについて訊ねられる事が多かったが、実際に教室で会った事はなかった。
    「…同じ大学のよしみでよろしく。ライラ・ドットハックよ」
     やり方を教わりながら、筆をとる。横書きになれている外国人には縦書きは思いの外難しい。書き上がった半紙をライラは見せた。
    「…あまり自信はないけど、どう?」
     文字の強弱が良い味になった字だと、奈々子は褒めてくれた。
     各自が筆を滑らせる時間が生まれる。どの字を先生の元に持って行こうかと渡里が考えている時、ふと奈々子の方を見ると、沈んだ表情を浮かべているのが分かった。
    「何か、悩んでる事ある?」
    「う…ん、悩みなのかな。集中できないの。それに、習い始めたときの情熱の様なものが沸いてこない気がして」
     渡里は奈々子を安心させるように微かに笑みを浮かべる。
    「そうか。佐々木さんは、こういう状況が初めてなんだな。集中できないのは、少し根を詰めすぎただけかもしれない」
    「そう、かな」
     そうだといいな、と呟いた。
     先生に字を見て貰い、教室を出る。
     ユーヴェンスは近くの自販機で購入した飲み物を差しだし、
    「…今日は色々と世話になった。アンタのお陰だ…次は普段のアンタ並に上手くなってるだろうぜ」
    「楽しみにしてるわ」

     次の日の大学の学生食堂。
     前日の書道教室での気分を払拭出来ないままなのか、奈々子は沈んだ表情を浮かべている。昼食にも箸が余り進まない様だ。
     書道体験に参加した仲間から話は聞いてはいるので、明日等は悩む奈々子の気持ちに寄り添うように話を聞く。
     いつも良い状態である事の方が珍しく、その間が続いていた奈々子は凄いのだと、瑠璃は口にする。
    「誰にでも不調はあるもの」
     学生らしく見える服装のフェルトは、沈んだ奈々子を元気づける様に明るい話題を提供する。沈んだままでは、全てがつまらなく見えてしまうだろう。気持ちが変われば、全てが違って見える。
    「佐々木くんはこのあと何か予定あるかな?」
    「今日も書道教室に行く日よ」
    「わたしも一緒に行ってもいいかな。字を綺麗に書ける様になりたいの。それに、誰かと一緒に通えば、気分転換になるかもしれないよ」
     どうかな? と、人なつっこい笑みを浮かべる謳歌。
    「いいわよ」
     謳歌と奈々子が書道教室に向かうのを見送り、明日等とフェルトは距離を取って後を追った。

    ●帰り道
     書道教室からの帰り道、謳歌は途中まで道が同じだからと同行する。
     夜の時間が迫る夕方。
     たわいもない話をしながら、閉館した図書館の近くを通りかかり、傍の駐車場の入口で奈々子は急に立ち止まる。
     呆然とした表情を浮かべるのも無理はない。
     目の前に現れたのは、黄金の仮面をつけた、赤と黒の混ざり合った不気味な人型の化け物が居たのだから。
     唇が戦慄き、悲鳴が迸る。
    「いやぁぁぁ!」
     そして、恐怖に耐えきれなくなったのか、駐車場側へと倒れ込んだ。気を失ってしまったのだろう。
     書道教室を終え、奈々子達とは一定の距離を保っていたが、悲鳴を聞いて明日等が走り出す。
    「行くわよ!」
     孵化したモノは赤と黒に渦巻く身体から影を手裏剣甲の手裏剣に纏わせ、奈々子にお役ご免だとばかりに、刃を繰り出そうとする直前、謳歌が前に出、代わりに受けた。
     謳歌は奈々子を背後に庇い、仲間が来る足音を感じてほっとする。
    「…この氷があなたを徐々に蝕む」
     ライラは冷静に狙いを定め、大型銃の形状をしたゲイ・ジャルグの銃口から妖気を弾丸と変化させ発射。
     冷気が孵化したモノの表面を凍らせた。
    「絆を返してもらうよ、ベヘリタス!」
     真正面に立ち、アンタレスに捻りを加え勢いを倍加させた切っ先を繰り出す。
    「チョーシにのるなよ! 
     等はナノナノの煎兵衛にしゃぼん玉を使用させ、癒しの力を強化させると、妖の槍を振るい弾丸と化した冷気を撃ち込む。
    「氷に沈め。アディオス!」
    (「コイツを倒せば、オレの宿敵のコトが分かるかもしれないな」)
     謎多き敵の事を思い、等は内心ごちる。
    「テメェの影は、墨よりも真っ黒だな…」
     忌まわしいものを見るように、ユーヴェンスは眉を寄せる。
     そして、背後に倒れている奈々子に意識を向けた。
    (「人同士の絆を守るのも、騎士の役目だ。…多分なァ」)
     取り戻してやりたいと思う。自身に降ろしたカミの力を風に変え、薙ぎ払う。
    「さっさと灼滅して、絆を取り戻すわよ」
     明日等は自分に言い聞かせる。
    (「人のささやかな感情でさえも奪う絆のベヘリタス、許すわけにはいかないわ」)
     長大な銃身を持つバスターライフルを構え、魔法光線を放射し、ライドキャリバーはキャリバー突撃を仕掛けた。
     身体を覆うバトルオーラを拳に集中させ威力を高め、高速連打。思いを重ねる様に。
     フェルトの長いピンク色の髪が風圧で後ろへと流れる。
    (「佐々木くんが字をきれいに書けるようになったのは、先生との絆が大きく影響していると思う。そんな大切な絆を奪うベヘリタスは、絶対に許さないよ!」)
    「ひたむきな彼女を悲しませたあなたを、私は許さない」
     葡萄色の瞳が仄かに赤みを帯びている。
     瑠璃は妖刀村雨を真っ直ぐに重い斬撃を叩き込む。
     渡里は死角から数本の鋼糸を繰り、絡め取る様に孵化したモノを拘束し断ち切りにかかる。
    「彼女が大事にしてきた絆、お前には過ぎたモノだ。返して貰おう」
     凛とした声音。
     霊犬のサフィアが主である渡里の動きに合わせて、斬魔刀で斬りかかった。
     孵化したモノは、赤と黒のゴム鞠の様に跳ねさせると、その勢いのまま渡里へと突っ込んで来る。
     はじき飛ばされそうになるのを両足を踏ん張り、耐えた。
     出現したときよりも、勢いは無くなりつつある。
     制限時間がある以上、このまま攻撃を重ねて行くだけだ。
    「…わたしは布石。皆でベヘリタス、あなたを粉砕するために、ね」
     流星の煌めきを秘めた重い一撃をティルフィングで蹴りつける。
     紫の長い髪がライラの動きに合わせて跳ね、動的な美しさを作った。
     謳歌のベテルギウスも流星の煌めきを宿し、憧れるヒーローの蹴りを再現して蹴りつけた。
     等の影から影身南蛮胴具足が伸び、長い刃を備えた武器へと変化し、その外見の鋭さ通りの切れ味を発揮させ、切り裂く。
     ナノナノの煎兵衛は愛らしい仕草で、ふわふわハートを飛ばして謳歌の傷を癒す。
    「ありがとう」
     謳歌は煎兵衛にお礼を口にする。
     明日等の影から伸びた影業が孵化したモノを覆い尽くすよう薄く伸びて、飲み込む。
     ライドキャリバーは機銃掃射で、押し留めるように。
     瑠璃は白衣を翻し、手にした殺人注射器を突き刺す。面には笑顔が浮かんでいる。
     オーラを纏ったフェルトは、両手にオーラを収束させ、銃の様に撃ち出す。
     渡里の操る鋼糸が死角から繰り出され、足取りを鈍らせる。
     赤と黒の巨体が、ぐらりと揺らぐ。
     霊犬のサフィアが浄霊眼で渡里を癒す。
    (「ドス黒い…絆を塗りつぶしちまう嫌な色だ。消してやるよ。風の聖剣よ、吼えろォ!」)
     ユーヴェンスは、非物質化したストームブリンガを振り抜く様に横に一閃した。
    「一筆入魂!一文字に消えなァ!!」
    (「…漸く、納得いく字が書けたぜ」)
     自分は筆よりも剣の方が似合ってるなと、短い期間、剣の代わりに持ち替えていた筆軸の感触を思い出して、内心呟いた。

    ●取り戻された絆
     戦いが終わって気になるのは、奈々子の事。
    「これでキミの悩みは解消されたよ」
    「悩み…」
     半ば呆然とした奈々子に、等が語りかける。
    「少し、スランプになっただけなのだろう」
     新しい事をするのなら、行書も良いと勧めた。
     渡里は先程の出来事は深く考えない方が良いと、思考を必要な方向へと導く。
     座り込んだ奈々子をユーヴェンスが手を差し伸べ、立ち上がらせる。
     服に付いた埃をフェルトが掌で軽く払う。
    「怖い夢を見た後って、何だかすっきりしない?」
     未だ思い惑っている奈々子に瑠璃は、気にする程の事でもないのよと笑顔を向ける。
    「書道に対する情熱と先生に対する気持ちはどう変わったかしら」
     優しさを秘めた明日等の青瞳が奈々子を見つめる。
    「もっと綺麗な字を書けるようになって、…せ、先生に褒めて欲しい」
    「うん、これからはその通りになるよ」
     謳歌は頷く。
    「明日からは、元通りの生活だ」
     じゃあと、ごく普通の別れをすると、奈々子を見送る。

    「…恋焦がれる絆は、大切にしてほしいね」
     ライラは短い間だったが、知り合った奈々子の幸せを祈った

    作者:東城エリ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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