修学旅行2014~肝試し、闇の森

    作者:西灰三

     武蔵坂学園の修学旅行は、毎年6月に行われます。
     今年の修学旅行は、6月24日から6月27日までの4日間。
     この日程で、小学6年生・中学2年生・高校2年生の生徒達が、一斉に旅立つのです。
     また、大学に進学したばかりの大学1年生が、同じ学部の仲間などと親睦を深める為の親睦旅行も、同じ日程・スケジュールで行われます。

     修学旅行の行き先は沖縄です。
     沖縄そばを食べたり、美ら海水族館を観光したり、マリンスポーツや沖縄離島巡りなど、沖縄ならではの楽しみが満載です。
     さあ、あなたも、修学旅行で楽しい思い出を作りましょう!
     
     思い出作り。修学旅行の夜には肝試しが催される。
     夜深き森、手渡されるのは懐中電灯のみ。またアンテナ類も無いことから携帯電話等に類する文明の利器も力を持たない。辛うじて参加者に許されるのは数人程度――多くても三人位だろうか――の組で挑む事のみ。後は自分たちの足で視界の利かない夜道を歩くのだ。
     無論、ESPやサイキックなどの力を用いるのも避けねばならない。肝を試す。つまりは他に頼るものが無い状態で己の意思や仲間との絆が如何程のものであるのかを調べるものだと行事関係者は言う。余計な事を。
     この肝試しには一応のルールがある。生温い風の吹く森の中、その中にある舗装されていない細い道を行き、最奥にある台の上から証となる紙を取り別のルートで出発地点にまで戻る、と言ういわゆるありきたりなものだ。
     だが気をつけねばなるまい。視界は暗く狭い、懐中電灯が照らすのは光の当たる所のみ。逆を言えばそれ以外は森と夜の生み出す闇だけだ。か細い光条を手にするが故にその闇はより濃く感じられるだろう。
     その闇の中には何かが潜む。他の灼滅者が脅かし役となり潜んでいるのかもしれないし、あるいは他の野生生物かも知れない。勿論ただの草木のざわめきにすぎないかもしれないが視覚に頼りきれない以上、その音が何かの声で無いとは言い切れないのだ。
     この森の中には水藤・光也(闇払い・dn0098)を始め有志の灼滅者達が闇の中に身を潜め、道を行く灼滅者達を待ち構えている。たが彼らとて視界が利かない場所にいるのだ、彼らもまた別の意味で肝試しをしていると言えるだろう。
     道を歩く側にせよ脅かす側にせよ夜の森は参加者達を待っている。ただ静かに。


    ■リプレイ


    「昔、悪霊蔓延る彼の地に、ある霊能者が赴き祓いの術を施した。然し彼はその後間もなく謎の自殺を遂げる。術者亡き今、この森が現在どうなっているのか、知る者は誰も居ない――」
     エニエの低い声が木霊する。森の入口前で順番待ちをしていた人間達の顔色が変わる。一緒に来ているはずの【吉祥寺6百合】の歩く側の面々は既に引いている。
    「猫殿何その前口上!? やめて下されよそう言うの!」
     璃駆の叫びはその辺りにいた者達の心を代弁していた。無論怖気づいたからといって今更引き返す訳にも行かず羽月と碧凛の前に立ちながら森の中へ分け入っていく。
    (「…大丈夫かな?」)
     唯一の男子である璃駆が先頭だが既に動きが怪しい。隣の羽月もいつの間にか裾を掴んでいる。二人の事を見守りながら彼女は懐中電灯を前に向けている。
     ふわり。碧凛の視界に火の玉が浮かんでいる明らかな作り物のそれは、エルフのものだろうか。それはすぐに消え代わりに笛の音が響く。既に二人ほどやばい状態だが、それでも進むと今度は背後からガラガラとけたたましい音が起こる。
    「わ!? 今のはちょっとびっくりした…。二人共大丈夫?」
     二人が応えるよりも早く、彼らは前へ走りだしていた。振り返れば黒い影が走り寄って来きていた、あれは背格好的にはガードナーだろうかと思う碧凛は二人に引っ張られるように走りだす。一本道が故に行き止まりは無く木々が脇を固めるのみ、模糊の生み出した音は必死で逃げる彼らに届いただろうか。既にパニック状態である彼らの耳には届いていない気がしなくもない。そんな彼らの前にボロをまとった乱れ髪の女が姿を現す。
    「ねぇ…あなたたちも……ここでねむりましょう…?」
     そんな九白の渾身の演技に更に加速度を上げて一行はその場を突き進む。息を切らせて立ち止まれは、何もない暗闇が周りに広がるだけだ。
    「…も、もう何も出ないですよね…? 他に何か出てきたりしませんよね…?」
    「そ、そろそろゴールかな…」
     羽月と璃駆が息も絶え絶えに言うが碧凛が証の紙を手にして言う。
    「まだ半分。後は別ルートで帰るだけだね。まだ油断は出来ないよ」
     身内以外にも脅かし役は居るのである。頑張れ。

    「のう、クロノ? お主さっきから様子がおかしいのじゃぞ?」
    「なんだ久遠、何もおかしくないぞ? 俺は平気だ」
     そのクロノの答えが本人の知らぬ内に本心を表していて。久遠はすうっと息を吐いた。
    「さてと、そろそろ行くか」
     彼らが森に入る番になってクロノが手を彼女に差し出す。それを久遠が握れば微かにあった震えが収まる。代わりに彼女の鼓動が別の力で早まっていく。
     ――二人が森を抜ける時、腕を組んで出てきていたという。

    「夜の沖縄も風情があっていいな」
    「なかなか涼しいね」
     凍矢と由良は視界のおぼつかない中、二人並んで歩いている。凍矢は内心彼女の驚く顔が見たいと願うけれどもその機会は来ない。
    「…ん?」
     その由良は何か気配に気づくけれども、それを隣の人物に伝えるよりも早く目の前にバサリと現れる。
    「ホー…ホー…ホオオオオオオオオオオォォォォォォゥルァァァアアアア!!!」
    「…ってうぉぉ!?」
     何故かおっそろしい勢いで走ってくる梟頭も怪人から由良の手を引いて凍矢は逃げ出した。
    「だ、大丈夫だ。俺がついてる」
    「凍矢、どれだけ驚いているのよ」
     そのまま走り去っていく二人の背を見送って梟頭は満足気につぶやいた。
    「あっはっはー♪いやー青春だねぇ。いいねぇ若いねぇ甘酸っぱいねぇ…あー俺も彼女欲し」
     …満足、か?

     啓太郎、詩乃、エフティヒアの3人は既になんかやばそうであった。にも関わらず【MM出張所】のメンバーがまだ来ていないのが不安感を煽る。きっとどこかに隠れてるんだろうし。そんなことを思っていると視界にちらちらと人魂らしきものが見える。
    「ヒッ…」
     一同が息を呑む。足を止めた所で一斉に三人の前に色々出てくる。
    「…な、何してるん…?」
    「わたしはどちらでしょう?」
     二人に増えた牡丹の姿に引きながら啓太郎は恐る恐る指で片方に指すと「……正解だよー」と言って姿が消える。
    「なんや…、牡丹ちゃんが…」
     そうつぶやいた彼のとなりでエフティヒアの耳元で囁くような声が響く。
    「あーそーぼ」
     彼女は振り返るがそこには何もいない。そしてまた別の方から再び声が。
    「遊んでくれないの?」
     何度も繰り返される言葉に彼女の緊張感はみるみる内に高まっていく。二人が追い詰められている中、詩乃もやはり無事ではなかった。
    「タ、タラントンさん…」
     助けを求めるが余裕は全く無さそうである。その中で彼女の足首を何かが舐める感触が訪れる。
    「…っ!」
     同時に背中を冷たい何かがつつと触れた。こちらもまたレッドゾーンに突入する。それに加えまた別の方向からの気配も感じ取り、啓太郎が反射的に振り向く。やめときゃいいのに。
    「見ぃーたーなー!!」
    「うわぁぁああ!? め、冥土!?」
    「きゃあああああ!?」
     野太い大声が二重に響き弾かれるようにして詩乃はエフティヒアの手を引いてダッシュで逃げ出す。啓太郎は置いていった。
    「…っと、置いてきぼりは酷いで」
     啓太郎は力ない言葉でぼやいた。もっともこの後二人、夏々歌の落とし穴に嵌って更に絶叫する羽目になるのだけれど。最大の敵は予想もしていいない所にいるものである、まさに一寸先は闇であった。

    「鵠湖姐さん…どこっすかー」
     先程まで一緒に歩いていた恩人は何処へと消えてしまい六義は心細げに歩いて行く。その不安の中歩いていると、足元に何かまとわりつく感触が。
    「…! ま、まさかこれが噂に聞いた妖怪すねこすり!?」
     悲鳴を上げて道を走る彼の視界にぼうっと白い影が入る。
    「…雪女!?」
     急に現れたその存在に腰を抜かすもののすぐに不自然さを指摘する。
    「季節外れにも程がある、というか沖縄に雪は降らねえっ!」
    「すみません、幽霊と雪女は違う事を失念していました」
    「…姐さん、人が悪いっすよ…」

    「は、あははははゆいなちゃんに怖いものなんかななななにもないから帰っておおおお茶にしませんかっ!?」
     ろれつが回らないほどに危ない状態のゆいなにしがみつかれているしづこはかえって冷静になっていた。周りの風景に感心するくらいは。
    「ほら、未成年がこんな夜中に出歩いちゃいけないと思うのねぇ今からでも戻ろうほら風邪引いちゃいますよっ」
    「ゆいなちゃんはしづの服を千切らんばかりに掴んで何か色々言ってるけどしづ帰らないよ!」
     すっごく超いい笑顔のしづこの前にゆいなの恐怖は加速した。不意にしづこは上を見上げて何かを見つける。
    「ねえねえゆいなちゃん、あれ見て、あれ」
    「みないみないから早くすすすもおう!」
     そういいながらも体は正直なゆいなは上を見上げた。光が宙をくるくると舞い何かを探しているようだ。
    「ぎゃあぁうぎぇおうぇあああぁぁっっ!!!」
    「きゃあああーはっはっはっは!うきゃー!ねぇすごい見て見てゆいなちゃん!こわいねぇー!」
     恐怖で色々タガが外れるゆいなと、そのテンションの高まりっぷりにやっぱり何かが弾けたしづな。泣き叫ぶ二人を闇の中にいた郎と黒舞の金色の瞳が見送っていた。

    「…身の危機を感じたら私の胸でも背中でも貸すからな」
    「さすがに胸を借りるのは気が咎める。柏森、女の子だろう、君は」
     瑞希と貢の二人は平然と森の中を歩いていた。途中途中の脅かし役にも割りと平気で耐えていた。
    「…楽弍と夜奈、大丈夫かな」
    「正直俺も登丸と白星が転んだりしてないか心配で」
     本人たちは脅かしてやると意気込んでいたようだがはてさて。そんな話をしながら歩く二人。
    「う~ら~め~し~や~」
    「うらめしやー」
     飛び出してきたのは噂の二人。
    「…ぶっ」
     思わず瑞希が吹き出し、貢がはっと気づく。
    「そうだ、きちんと脅かされなければならないんだった。……どう振る舞えば驚いたように見えると思う?」
     貢が妙な疑問を瑞希にしている間、楽弍と夜奈も相談していた。
    「…ちゃんと合ってなかった?」
    「韻を合わせるのを忘れてましたね…」
     楽弍の頭は輝くように剃られ、額には目がペンで描かれている。対する夜奈の手にはカミソリが。
    「待て。…うん、待て」
    「あ、やばい、逃げたほうがいいかも。妖怪スキンヘッドにされる」
    「柏森背中を貸してくれ」
     肝試しから鬼ごっこへ。一行は夜の森を駆けていく。

     【吉祥寺高2-2】のリン、六、陽丞は落ち着いた様子で肩を並べて歩いていた。既に何組かの脅かし役との出会いを経て割りと楽しんでいた。
    「やっぱり皆驚かないか…」
    「そうだね」
     六の呟きに夜空を見上げていた陽丞が返す。枝ぶりの間から小さく見える星は本土よりも輝いて見える。辺りに余計な光が無いのも際立たせている証拠だろう。二人の隣で懐中電灯を持っていたリンの視界に脅かし役の裾がちらりと入る。
    「…あ、そうだ」
     何を思いついたのかリンは袖の中を確認する。隣の二人はまだ気づかない。
    「わっ! …うわっ!?」
     脅かし役の叫びが二度響く。一度目は彼らを驚かすため。二度目の叫びはリンの肘から先が落ち彼女の顔から血が流れていていたから。脅かし役は驚いてそのままにげさってしまう。
    「…すごいなあ」
     六は仮面を外す彼女を見て呟いた。

     【吉祥寺高2-2】のもう片方。昴と煉。もう片側とは違って少し警戒気味に歩いている。こちらは何回か驚かされているようだ。
    「「………」」
     お互いに口数が少ないのは緊張しているせいもあろうが、それぞれが普段見せない様子を思い返しているのもあるのだろう。そんな感覚を研ぎ澄ませている中、昴は人影を見つける。もっともそれについて口をつむぐのは藪蛇になりかねないからだろうか。そのまま歩いて行くと脅かし役が彼らの目の前に迫る。
     ぽとり。
     突如、煉の首が落ちる。驚かせ役は血相を変えてその場を去っていく。
    「お前な…」
     その一部始終を見ていた昴は小さく呟いた。

     与一と悠は手を繋ぎながら歩いていた。さっきまで悠がただの物音にビクついたりして、与一に助けを求めた結果である。もっともそれで得られた安心感も時間が経つ内に失われていっている気がしなくもない。
    「なぁ…本当に道こっちで合ってんの?」
    「んー、多分合ってるんやない?」
     適当な返しに悠のメンタルは更に不安定になる、反射的に言葉を返そうとするその時、ばさりと枝が大きく揺らぐ音がする。
    「…え?」
     目の前に現れたのは人程の大きさの猛禽の頭。それが逆さの状態で彼らの目の前に現れていた。与一の方はうわっと驚いただけで済んでいるが悠の表情は固まっている。すぐさまに猛禽は木の中に戻るが固まった彼の表情は動かない。
    「ほら、きっともう少しで終わりやから最後まで頑張れ!」
     与一の激を樹上で聞いていたセレスはすこしやり過ぎたかと自問していた。

     中間地点。蓮と燐花は机とその上にある紙の束を見てほっと一息をついた。道中で何度も叫ぶ燐花を蓮は何度もなだめてきていた。そんな彼らが目安となる場所を見つければ少しは安心できるというものだろう。
    「この状況でイタズラするとか絶っっっ対止めてよね!」
    「大丈夫、そんなことしないから」
     未だ脳裏に残る絶叫を思い返した蓮はそう答える。二人は紙を手にして帰りの道へと視線を向ける。
    「おつか、れ、さま。帰り、も、気を、つけ、て」
    「っ!? きゃあああああ!?」
     ユーキの突然の出現に燐花の叫びが木霊する。果たして帰りの道まで彼女の喉は持つのだろうか。

     【幻想記録書庫】のイカリと雀の二人が歩いている。ここまで来る間にも何度か真に迫る恐怖を受けて声を上げたり抱き合ってたり。それでもイカリの側はぐっと声を上げるのを我慢していたり、男の子である。そんなこんなで道を進んでいくと女幽霊らしき影が彼らの前に現れる。
    「恨めしや…」
     声を聞くだにあれは龍だ。それを知った雀はむしろ安心する、彼女とは逆にイカリは警戒した。この差がすぐ後の明暗を分けた。
    「顔のあるお前らが恨めしやぁああああ!!」
    「ぎやあああああ!」
     その場に煙が立ち込めると同時に龍は消え、雀は悲鳴とともに気絶する。残されたのはイカリと『リア充恨めしや』と書かれた一枚の紙のみ。
    「ったく、仕方ないなあ……」
     イカリは気絶した彼女を抱えて歩き出した。次に目覚めるのはゴールした後になるだろうか。

    「何で沖縄まで来て肝試しなんだ?」
    「肝試しに行かずに何に行くというのか…」
    「なんでこれだけ活き活きしてるんだお前」
     隣でほくそ笑むキヌの様子を見て哲治はため息を付いた。それでも手をつなぐのは何故か。キヌは隣の彼に怖い話をせがむものの、そんな話は持ちあわせてはいない。何故かニヤついているキヌは自ら語りだした。
    「…とある国道沿いの敷地から、人骨が出てきたんです。お祓いもせずそこにコンビニを建てたら、「ぴったんこおばけ」が出るようになったんです」
     会話テクニックを駆使し、誰かに聞こえるようにキヌは語る。そして。
    「…コンビニの前を車が通ると、フロントガラスに…バァーン!!」
     突如彼女が大きな声を出すと近くの茂みから慌てて何かが移動する音が。
    「と逆さまになった人が張り付くんです…あまりの事故の多さにきちんとお祓いをした所、ぴったんこおばけは出なくなったそうですよ…おばけってなんでシュールな名前が多いのか…あれ、もう終わりですか?」
    「名は体を表すってヤツじゃないかね…判りやすいし。というか脅かす側を脅かそうとするとか肝試しの趣旨間違えてるだろ…ほどほどにしといてやれよ?」

    「さすがに人工の光がない所は暗いな…きりんさん足元気を付けてね」
    「ん、お化けなんていないって分ってても、やっぱり暗いのは怖いね」
     司と麒麟はゆっくりと地面を確かめながら歩いている。
    「そういえば、脅かし役の人達がいるんだよね、…その人達は怖くないのかな?」
    「脅かし役の人たちはたぶん大丈夫…なんだろうけど…」
     司が言いながらさり気なく出す。
    「少しはマシになると思う、よ…?」
    「…あ、うん、ありがと」
     互いに顔を赤らめて手を握る。どことなく甘酸っぱい空気が流れ始めた、その時。
    「ウケケケケケケッ!」
     甲高いような低いような、喜びのような怒りのようなライオの叫び声が暗がりから上がる。
    「…!」
     ばっと麒麟が司の背後に隠れる。が、一声上がった後はそれっきり。
    「…ん、びっくりしたね…」
    「…そ、そうだね…」
     司の心臓の高鳴りは、果たしてどんな意味を持つのだろうか。

    「お化け以外を叩き切らない様に気をつけますね♪」
     【静真撃剣会】の仲間である結が、森の中に入る前に言った言葉だ。その時碧は苦笑を浮かべたのだが、今の彼女はその強気が鳴りを潜めているようだ。
    「大丈夫か?」
    「懐中電灯一本のみというのは心細いですね。刀だったら安心できるのに……」
     剣呑な言葉だが不安なのは確かなのだろう。そんな彼女に碧が落ち着かせるように声をかける。
    「俺が傍にいるから安心しろ」
    「…あの…どこか握っていてもいいでしょうか?」
     結の言葉に碧は頷いて彼女の手を取った。その後、遭遇した灼滅者に手をかけようとした結を制したのもその手だった。

     ゼノスと天花もまた【静真撃剣会】の仲間である、もっとも単純に仲間と言うには齟齬があるのかもしれないが。
    (「……非常事態だ」)
     女の子と二人きりという事態が。そんな彼の心情を知ってか知らずか天花の手がそっと彼の手を握る。
    「ちゃんとエスコートしてね」
    「!? ……ま、任せろ! きっちりエスコートしてやるぜ」
     ゼノスは完璧に動揺している。それ故に彼女が少しだけ浮かべたはにかみも見落としているのだろう。奇妙な緊張感を保ったまま歩いて行くと、がさりと音がする。
    「きゃっ!?」
     足元を何かが走っていったのか天花が強く手を握る、それにつられて驚いたゼノスが手を思わず離してしまう。
    「ゴメンね、大丈夫?」
    「!! …あ、いや、悪ぃ!」
     彼女の言葉で手を離した事に気づいたゼノスが、再び手を差し出す。
    「あー…もうすぐゴールだろ。もう少し頑張ろうぜ」
     色々なものを覆い隠すように彼は言い、その彼に応えるように彼女も手を取った。
    「うん、頑張る。あたし、会長だもんね。一番頑張んなきゃ」
     気を取り直して二人は再び進み始める。
    「ステキなエスコート、ありがとね。…合格だよ」

     【バリスタ学部】の男三人は淡々と進んでいた。具体的には優輝、勇弥、真墨の三人である。この三人全然怖がりゃしない。
    「こういうの慣れがあるから」
    「いや、驚いてはいるが顔に出ないだけ」
    「それよりも植生が本土とだいぶ違うから、物珍しさの方が」
    「そうだな、言われてみれば」
     どうも怖さよりも好奇心が勝っている感じである。
    「お、あっちで気配がしたぞ」
     勇弥が指し示す方に一同は向かう。肝試しってなんだっけ。

    「けけけけ…携帯も繋がらないと言う事は…はぐれたら私はどうすれば…」
    「なんくるないさー、俺もついてる!」
     リオンに袖を貸してイオは彼女を落ち着かせる。まるで小動物の様に震える彼女を連れてイオが歩いていると草むらからシュヴァルツの声が。
    「くーびーおーいーてーけー」
    「うあっ!?」
     リオンの目尻に涙がすぐに貯まる。イオは割りとケロッとしてるようだ。
    「んだよびっくりさせんなよー」
    「マブヤーおいてけー」
     そんなイオの調子にも負けずシュバルツは頑張る。
    「マブヤーってなんですかー!?」
    「マブヤーなんて食いもんは持ってない! 美味いのか!?」
     涙目のリオンの背を叩いて落ち着かせながらイオはシュバルツに返す。リオンが精神的ダメージを受けたのでそれなりに彼は頑張ったと言えるだろう、きっと。

     【バリスタ学部】最後の一人、リズリットは語る。
    「むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。ある日おばあさんは行方不明に」
     静かに語る。
    「しかし、毎晩毎晩おじいさんの枕元におばあさんの声が聞こえてくるのです。…くらい…さむい…ねぇ…どうして…」
     彼女は囁く様に声を出す。
    「私を、殺したの…?」
     口調を戻す。
    「後日、心臓発作で亡くなったおじいさんと、家の下に埋められたおばあさんの死体が見つかったそうよ」
     言い終えると周りの空気が冷えた気がした。そこでふと彼女は気づく。
    「…あれ、私今どこにいるのかしら」
     通りすがりの灼滅者が怪談でびびっていたのは確かである。

     怯える瑠音と落ち着いた愛。対照的な二人は気を紛らわせるように話しながら歩いている。
    「あれ、人魂っすかね」
    「え、ひ、人魂!?」
     実際はただの月から漏れた光に過ぎないのだけれど。愛は彼女と繋がる手から本気で怯えていることを感じ取る。きっとこんな時に、と彼が考えていると物陰から仮装した人物が大声と共に現れる。
    「きゃぁぁぁぁぁ! ヤダヤダヤダー!!! 愛くん助けてぇー!」
     怯える彼女は愛に抱きつく。脅かし役が去るまで彼は彼女の背を叩きながら抱き返しっていた。
    「やっぱり、誘って大正解だったっす。こんなに可愛い瑠音ちー見られるとは、儲けものっすよ」
    「か、可愛くないもん…」
     半泣きになりながらも手をしっかりと繋ぎ直して二人は再びゴールを目指す。

     左門と数馬は野郎二人で歩いていた。
    「こう言うのって女子とトキメキ起きて系じゃないのか」
    「知るか」
     花がない。そんな下らない話をしながらも、やはり周りの雰囲気に飲まれていく二人。
    「しかし本当に真っ暗だ。頼りない懐中電灯といい、温い風と良い……」
    「ん?」
    「どうした?」
    「なんかそこに光るのがあったような」
     懐中電灯を持っていた数馬に左門は何かに気づいたと言う。二人は顔を見合わせると光をゆっくりと向けていく。
     最初に見えたのは木の棒だった。次は金属の塊、斧だろうか。更に光を下ろすと黒い塊に突き刺さっている。
    「うげぇーっ!?」
    「し、死体…!?」
     二人は互いに悪態を付きながら走り去る。残されたのは死体。その死体にどこからか現れた未空が近づいていく。
    「イリス、今ので起きたかー?」
    「ZZZ…」

     京香は一人、森の中を歩いていた。中間地点の紙は取った、暗闇の恐怖にも耐えてきた。だがまだ誰とも会っていない、会っていないのだ。
     色んな力を振り絞りながら彼女は道を往く。その前にいよいよ脅かし役が現れる。
    「…!」
     現れた雪音が顔をライトで照らして、ありきたりの脅かし方をする。それ故に彼女は耐えられた。けれど彼女後ろからもう一人、真珠が現れる。その気配に京香は恐る恐る振り向くと化け物じみた顔がそこにあった。
    「ひみゃぁぁぁ!!」
    「あら、貴女があまりに驚くものだから、私も中身が飛び出してしまったじゃない」
    「ぎにゃぁぁぁ!!」
     二人にコンビネーションで追い立てられる京香。だがその道すがらに【マーベラス】なワカメ軍団が現れて彼女を更に追い立てる。白虎のワカメゴーストとアッシュのワカメ犬と登のワカメ小僧。京香に悲鳴を上げさせるには充分だった。

    「沖縄は人の立ち入りを禁ずる聖域ってのが未だ存在するから、サイキックエナジーとかダークネス以外の『何か』が出てもおかしくないよ…!」
     そうなんだ、と情の言葉に蓮菜はあっけらかんと答えた。むしろこの雰囲気の中で不釣り合いに明るい彼女のほうが怖い気がする。
    「ん? …わっ! ねぇジョーくん見てみて!」
    「…え、あの、辻さん? そこ誰もいないデスよ?」
    「うん、今ジョーくんの後ろにいるから」
    「…え?」
     確かに何かの気配をたった今察知した。彼が恐る恐る振り返ると、まるで生気を失った女の顔が。
    「うひぃっ!?」
    「そこの人のメイクはばっちりっすね! 本物みたい! でもちょっと元気なくない?」
     まるで世間話をするように幽霊に話しかける蓮菜、情はその場に膝から崩れ落ちている。
    「あなた、今ババアと言ったわね? 眼がそう言っている……今夜寝るときは喉笛をきっちりガードしておくことね」
    「わかった! それじゃまたね!」
     彼女達に見送られる幽霊(レイス)。ちょっと心が傷ついた気もしなくもない。なお蓮菜の視線は彼女の後ろに向けられていた事をレイスは知らない。

     沖縄の夜の森。今年も悲鳴が上がるのであった。来年はあなたの番かもしれない。

    作者:西灰三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月25日
    難度:簡単
    参加:77人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 17
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