天下を狙うは2つの陣営

    作者:海乃もずく

     琵琶湖の湖岸、長浜付近の整備が行き届いたサイクリングロード。
     琵琶湖の風景を眺めながら平和なサイクリングを楽しめるはずの地に、ある朝、破壊の音が響きわたる。
     破壊活動に取り組むのは、黒曜石の角を持つ3人組の羅刹だった。怪しい風体の彼らは、慈眼衆と呼ばれている。
    「よし、いい調子だ。もう少し念入りにいくか」
    「応、隅々まで破壊しておこうぞ」
     さらなる破壊に取り組まんとしたその時、さっそうと飛び込んで来たのは3人のペナント頭。
    「待て待て待てぇーい!」
     彼らこそ、琵琶湖周辺をご当地とするペナント怪人に他ならない。
    「ここは我らの地! 琵琶湖の安全は我らが守るッ!」
    「貴様たちの好きにはさせんッ!」
     琵琶湖ペナント怪人達は高らかに宣言すると、ガイアパワーを高めたご当地の技と手裏剣で戦いを挑む。
    「ふっ、お主らに儂らがとめられるのか?」
     対する慈眼衆は車輪状の武器で手裏剣を受けとめ、右腕を鬼の腕と化して叩きつける。
     カン、キン、カンカンカン! ドウッ!
     両者一歩も引かぬ激しい戦いの音が、琵琶湖の空に響き渡った。
     

    「琵琶湖周辺で、慈眼衆と琵琶湖ペナント怪人とが争う事件が発生しています」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、今回の事件をそんな風に説明した。
     滋賀県大津市にある、西教寺に調査に向かった灼滅者からもたらされた情報により、近江坂本に本拠を持つ刺青羅刹、天海大僧正と、近江八幡に本拠を持つ安土城怪人が戦いの準備を進めているらしい事がわかっている。
     今回の事件は、この情報の裏付けにもなっている。
    「琵琶湖周辺で破壊工作を行おうとする慈眼衆を、琵琶湖ペナント怪人が阻止しようとして戦いになります。一見すると、琵琶湖ペナント怪人が正義のように見えますが……」
     事はそう単純ではない。
     安土城怪人は、琵琶湖ペナント怪人を大量生産しており、その力で天海大僧正との合戦に勝利し、ゆくゆくは世界征服を企んでいる節がある。つまり、琵琶湖周辺の破壊工作は、安土城怪人の野望を止める為の手段であるわけだ。
    「破壊活動で罪もない一般人に迷惑をかけるのは論外ですが、慈眼衆側も出来るだけ怪我人が出ないように配慮しているように見えます。この配慮は、天海大僧正が武蔵坂学園と共闘したいというメッセージでもあるのでしょう」
     この事件は、場合によっては、琵琶湖の戦いの流れを決めることになるかもしれない。しかし現時点では、何が正解なのかは判らない。
     なので、どういった方法で、この事件に介入するかは、現場の判断に任せたいと姫子は言う。
    「慈眼衆と琵琶湖ペナント怪人、戦力は完全に五角です。介入できるタイミングは、両者の戦いが開始されてからとなります」
     数はそれぞれ3人ずつで、慈眼衆は、神薙使いのサイキックと断罪輪のサイキックを使う。琵琶湖ペナント怪人は、ご当地怪人のサイキックと手裏剣のサイキックを使うという。
     戦いの舞台となる早朝のサイクリングロードは、よく整備されており戦いには支障はない。琵琶湖周辺のサイクリングを楽しむ人がいるので、人避けの対策は必要だろう。
    「彼らの戦いの決着は、皆さんがどう介入するかで決まるといっていいでしょう。どう動くかはお任せします。今後の武蔵坂学園のため、皆さんの自身の信念のため、よかれと思う方法を選択してください」


    参加者
    千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)
    月雲・悠一(紅焔・d02499)
    詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)
    太治・陽己(薄暮を行く・d09343)
    御門・心(金魚姫・d13160)
    白鳥・悠月(月夜に咲く華・d17246)
    居木・久良(ロケットハート・d18214)
    アマロック・フォークロア(ビーストガーディアン・d23639)

    ■リプレイ

    ●第3の勢力として
     雄大な北琵琶湖が美しい、長浜のサイクリングロード。朝陽に反射する湖面を背景に、ダークネス同士の激突が始まろうとしている。
     一般人が迷い込まないよう「工事中」の看板を設置し終えた2人が、灼滅者達が身を潜めていた場所に戻ってくる。
    「まあ、一応、気にはしてたんやろな」
    「もう少し、何かしてくれないかと思いましたが……」
     千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)は、苦笑交じりに、御門・心(金魚姫・d13160)は溜息と共に、確認してきたことを伝える。
     見通しのいい一本道、目立つ場所を目立つように破壊。明るく、かつ人通りの少ない早朝という時間帯も、一般人を巻き込まないようにという意図は感じられる。
     だが、サイや心が期待したのは、より具体的な一般人避けの対策だった。
    「……行くなら今か」
     タイミングをはかっていた白鳥・悠月(月夜に咲く華・d17246)はESPで音を遮断し、潜んでいた場所から立ち上がる。
    (「今回は慈眼衆に味方すると決まった事だし、全力で頑張ろう」)
     悠月のすぐ後に続くのは、詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)。
    (「……少なくとも、あの方々はあの時の羅刹ではない。だから、大丈夫」)
     沙月は胸中で呟く。全ての羅刹を復讐の相手とは思っていない……そのつもりだ。
     カァン、キン、キンと金属同士がぶつかる音が響く。慈眼衆と琵琶湖ペナント怪人の戦力は、開始時点では五分と五分。
    「慈眼衆……明智光秀に、ペナント怪人……第六天魔王、安土城怪人ね。実際どうだか知らないけど、因縁の対決再び、ってか?」
    「さあねえ。琵琶湖を挟んで天下分け目の大決戦、前哨戦! って感じだと面白そうなんだけどね」
     月雲・悠一(紅焔・d02499)の走りながらの軽口に、アマロック・フォークロア(ビーストガーディアン・d23639)が肩をすくめた。
     誰よりも早く戦場に到着したのは太治・陽己(薄暮を行く・d09343)。一片のためらいもなく手裏剣の射線上に飛びこみ、慈眼衆をかばう。……けれど、陽己の心情はそう単純ものではなく。
    (「個人的には全く信頼できないのだが、これも流れだ」)
     居木・久良(ロケットハート・d18214)が声を張り上げる。
    「武蔵坂学園の灼滅者だ! 俺たちはこれより、慈眼衆に助力する!」
    『おおお……武蔵坂学園の助太刀か!』
    『何ッ!? なぜ武蔵坂が!?』
     慈眼衆と琵琶湖ペナント怪人、双方に動揺が走る。
     出来るだけ争いは少ない方がいい……久良自身は、そう思っているけれど。戦わなければならないなら、精一杯やるだけ。
    (「こうと決まったなら、思い切り、武器を振るうだけだ」)

    ●琵琶湖路の激突
     前に慈眼衆、後ろに灼滅者。
     不利を悟り戦意の鈍るペナント怪人へ、しかし、灼滅者たちは攻撃の手をゆるめない。
    『ぐぬぬ……挟み撃ちとは卑怯なりッ』
    「ヤレヤレだね、負け惜しみにしか聞こえないよ!」
     不敵な笑みを浮かべたアマロックが、炎をまとう靴でペナント頭を蹴り飛ばす。回避を試みるペナント怪人の下半身は、サイの五星結界符が縛っている。
     ペナント怪人は当初の敵である慈眼衆に注意が向きがちで、武蔵坂勢への反応が後手に回りがちだった。そこを見逃すようなことはしない。
     一方、慈眼衆の傷は、心が吹かせる清らかな風によって塞がっていく。
    『儂らに味方をしてもらえるのか?』
    「はい、この戦場においては。そして後で、少しお話をさせてください」
     丁寧な物腰で話す心を横目に、悠一は地を蹴る。ペナント怪人のビームをグローブシールド『アグニ』で受け、戦槌『軻遇突智』を大きく振り上げた。
    (「ダークネス同士で潰し合うなら適当にやってろ、って感じなんだけどなぁ……」)
     正直、それが悠一の本音だ。とはいえ今回の方針に異存があるわけではない。
    「ま、しょうがねぇ。さっくり終らせてやるとしようぜ!」
    『ぐわあああああッ!』
     勢いをつけて振り抜かれた悠一の戦槌に、ペナント怪人は派手にふっ飛ばされ、琵琶湖上で爆散した。
    「よっしゃ、残り2人やな。確実に当ててくで」
     サイは実に楽しそうに攻撃を重ねる。夕闇を思わせる黄昏色のオーラと共にサイが近づき、そして離れる毎に、ペナント怪人たちの動きが削がれ、鈍る。
    『儂らも続くぞ!』
     勢いづいた慈眼衆たちの断罪輪と、ペナント怪人の手裏剣とが交錯する。どちらも威力は強いが、数の差がある現状では被弾の差は明らか。
     迫る手裏剣を横っ飛びで回避し、久良はリボルバーを抜き打ちで連射する。
    『武蔵坂め、ご当地の破壊も構わないのかッ!?』
    「いや、それは何とかしたいがな」
     ペナント怪人の叫びに、悠月は真顔で返しつつも、前衛へと清めの風を送る。
     悠月としても琵琶湖への被害は抑えたい。戦闘後にうまく交渉ができればいいのだが。
    『かたじけない』
     悠月から回復を受け、陽己がかばった慈眼衆を、陽己は見返して一度だけ頷く。肩口に刺さった手裏剣を乱暴に引き抜き、陽己は手負いのペナント怪人へと一気に距離を詰める。
    (「私情は捨てて役割に徹する」)
     戦場に持ち込むような迷いは、陽己にはない。
     真正面からビームを受けても一歩も引かない陽己に、ペナント怪人の対応は一瞬遅れた。
    『おのれェ! 慈眼衆、武蔵坂……!』
     大きく袈裟に切り裂かれ、爆散するペナント怪人。その場所に、手縫いのペナントの端切れがひらひらと舞う。
    「うおおおおおっ!!」
     最後の一人となったペナント怪人へと、久良はロケットハンマーを大きく振りかぶる。自身がハンマーの一部であるかのように、だだ、無心に武器をふるう。
    「一気にいくぜ!」
     いつの間にかイフリート姿に変じたアマロックが、久良のロケットハンマーの一撃と共にスターゲイザーをねじ込む。
    『あ、安土城怪人様……、バンザイーーー!』
     最後のペナント怪人も灼滅され……この場に3つあった勢力は、今、2つになった。

    ●慈眼衆と灼滅者
    「さて、これからどうなるんやろな」
     交渉は仲間にまかせて、周囲の警戒役をするとサイは決めている。人型に戻ったアマレットは、ガードレールに片脚を乗せて琵琶湖を見やる。
    「この交渉は、どんな匂いがするかね?」
     陽が昇り始めるサイクリングロードの片隅で、彼らは話し合いを開始していた。
    「勝ててよかったなー、みんな! 慈眼衆の3人もさ、お疲れ!」
    『時宜を得た助太刀に礼を言う。お主らが来なければ危ういところであった』
     笑顔で仲間の背を叩く久良や、他の面々へと、三人の慈眼衆は頭を下げる。
    「始めに言っておくが、今回の介入に関しては武蔵坂の総意ではなく、我々個人の判断だ」
     話し合いの口火を切った陽己の横から、心が進み出る。
    「私達の用件は3つです。――1つは、今、慈眼衆さんが行っている活動について」
    『聞こう』
    「まず、この辺りを荒らさずに帰ってほしいんだよ」
     久良の言葉に、悠一が続く。
    「そして、今後は一般人への手出しを控える事と、市街地等での破壊行動を控える事を求めたい」
    『もとより、一般人へ手出しをする気はない。破壊行動も最小限をつとめておる』
     心外だという態度の慈眼衆に対し、それでは不十分であること、ペナント怪人と戦いになった場合の一般人対策も欲しいことを心はやんわりと告げる。
    「可能な限りで結構ですので、今後の改善をお願いしたいのです」
    『そこまでせねばならんというのか?』
     慈眼衆は、不満そうに表情をしかめる。必要性を感じない相手に、行動を促すことは難しい。
    『此度はこれ以上の破壊はしない。今後のことは今この場では返答はできんが、お主らの望みとして伝えておこう」
    「ありがとうございます。2点目は、安土城怪人との戦いにおける協力要請の件です」
     心の言葉を受け、一歩前に出たのは沙月。
     武蔵坂学園が今後の協力関係について考えられるよう、情報開示のための会談の場を改めてもうけてほしい――沙月はそう切り出した。
    「そうしていただければ、私達は情報を元に話し合い、協力要請の返答を行いたいと思います」
    『儂ら慈眼衆の情報欲しさの方便ではないな?』
     真正面から羅刹が目が合うと、沙月は知らずと足が竦む。先刻の戦闘で、沙月が苦手な鬼神変を使う彼らを、目の当たりにしたせいかもしれない。
     それでもここは大事な交渉の場と、沙月はつとめて友好的に、丁寧に返答を重ねる。
    「武蔵坂学園には、ダークネスと手を組む事自体を快く思わない者も居ます。けれども、誠意をもってお話をして頂ければ、応えられるものも多いかと思います」
     返事は後日で構いません、と沙月は連絡先のメモを手渡す。
     再び、心が話を引き取った。
    「そして3点目ですが。……自軍、及び敵軍にくみしそうな組織はあれば、教えていただけますか?」
     陽己も言葉を沿える。 
    「把握しているダークネス組織の動きが分かれば、俺たちも対応せざるを得ない。それが一般人に対して積極的に害悪となるものなら尚更だ」
     期待を持たせる言葉で反応を引き出せないかとの意図もあったが、返答は簡素なものだった。
    『敵も味方も移ろいゆくもの。常なる味方はなく、敵もまたしかり』
     ……ダークネスの協力関係とは、灼滅者の言うそれほど強固ではないのかもしれない。
    「ああ、それと。騒動が落ち着いた後、琵琶湖周辺の破壊活動の埋め合わせをしてもらいたいな」
    『そこまで応える段階には、お主らとは至っておらぬと考える』
     悠月が続けた発言に答え、慈眼衆は身を翻す。太陽も既に高い。引き上げ時だろう。
     去り際の慈眼衆に、悠一が試すような口調で声をかける。
    「調査に出てた学園の仲間を解放した事は礼を言うが、それはそれだ。俺達の戦力を宛てにしたいってんなら、それなりの『何か』を示して欲しいモンだな」
     その問いかけには、それまで黙っていた左の慈眼衆が口もとをゆがめた。
    『今回の助太刀には礼を言うが、それはそれだ。これ以上我らに何事かを求めるなら、味方としての正式な『何か』を示して欲しいものよ』
     鼻白む悠一に、だが、と口調をやわらげてその慈眼衆は続けた。
    『実に心強い助力であり、お主の戦槌も見事な冴えであった。来たる大戦でも、肩を並べて戦いたいものだ』
    「……最後に聞きたいんだけど、天海大僧正ってあんたたちから見てどんな人?」
    『不世出の指導者であり、素晴らしき人物である』
     久良の問い掛けには、間髪入れずに簡潔な答えが返ってきた。

    ●この先を見据えて
     立ち去った慈眼衆を見送り、戦場の後かたづけも終えて。
    「……素朴な疑問なんやけど……」
     飄々と話すサイの態度は、慈眼衆と会う前も後も変わらない。
    「ダークネスは有名になれんとかいうバベルの鎖効果てどうなってんねやろな。明智とか天海とか、ふつーに有名人やん?」
    「言われてみれば……。私達には、本当にわからないことが多いな」
    「考えごとは後まわしにして、今日はもう帰ろうぜ。ヤレヤレだね」
     首を傾げる悠月に、既に歩き始めていたアマロックが振り向いて言う。
    「できれば、戦わずにすめばそれが一番なんだけど……」
     久良の声はごくごく小さく、近くにいた者しか聞こえなかっただろう。久良の隣にいた悠一の表情がピクリと変わる。
    (「……本音を言えば、ダークネスと共闘なんてのはモヤっとするけど……」)
     久良の言葉が聞こえたであろう陽己は、わずかに目線を下げただけで何も言わない。
    「詩夜さま、すべきことは終わりました。学園に戻りましょう」
    「……はい」
     声をかけられ、沙月も心の後に続く。
     連絡先は渡したが、返答は確約できないと言われた。それでも、今日の会合が少しでも意味あるものになればいいと、沙月は思う。
    (「さて、慈眼衆さんは組んで利益があるでしょうかね……?」)
     心は目を細め、慈眼衆達が去っていった方向を目で追う。
     慈眼衆と、そして安土城怪人との……彼らとのかけひきは、まだ、始まったばかり。

    作者:海乃もずく 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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