三つ巴 in 琵琶湖

    作者:小茄

    「すげー! こりゃ湖って言うよりもう海だな」
     そんな感想を漏らすのは、他県から自転車でこの琵琶湖までやって来た大学生2人組。
    「ほんとだなー、いっそ泳ぐか?」
    「いやいや、それは無いって」
     ――どぼーん。
    「え? おま、本当に!?」
     身体を張ったボケだろうか、勢いよく水に飛び込む音に慌てて友人の方を見遣れば……
    「どうだ、琵琶湖は? 二度と来たくなくなるくらい満喫していけよ」
     そこに居たのは、面を付けた巨躯の男2人組。頭部には角が生えており、いかにも恐ろしげだ。
    「そら、お前も」
    「ひっ……ま、まだ6月だし、俺達は別に泳ぎに来たわけじゃ」
    「遠慮するなよ」
     もう一人の若者に迫る巨漢。まさに絶体絶命――
    「待てーい!」
    「ぬっ!?」
    「琵琶湖近辺での狼藉、我らが許さぬ!」
     ヒーロー見参的なタイミングで現れたのは、頭部が琵琶湖ペナントの怪人2人組。
    「ふっ、面白い……ならば力ずくで阻止してみせろ!」
    「そうさせてもらう! 覚悟!」
     ――バッ! ガガッ!
     ポカーンと口を開けた大学生の目の前で、2つの勢力は戦いを始めた。
     両者の力は拮抗しており、その勝敗の行方は今のところ、神のみぞ知る――である。
     
    「滋賀県大津市にある、西教寺を調査した灼滅者から、新たな情報がもたらされましたわ」
     有朱・絵梨佳(小学生エクスブレイン・dn0043)の説明によると、近江坂本に本拠を持つ刺青羅刹――天海大僧正と、近江八幡に本拠を持つ安土城怪人が戦支度を進めているらしいのだと言う。
    「この情報を裏付ける様に、琵琶湖周辺では慈眼衆と琵琶湖ペナント怪人が争う事件が発生していますわ。一見すると、琵琶湖周辺を荒らす慈眼衆と、琵琶湖を守る正義のペナント怪人……と言う構図ですけれど、もちろんそう単純ではありませんわ」
     安土城怪人は琵琶湖ペナント怪人を大量生産しており、天海大僧正を破り、ゆくゆくは世界を征服する事を目論んでいる。
     琵琶湖周辺での破壊工作は、その野望を阻止する為の手段なのだと言う。
    「もちろん、罪も無い一般人に暴力を振るうのは許せないけれど、慈眼衆側も怪我人が出ないようにと言った最低限の配慮はしている様ですわね」
     こうした配慮には、武蔵坂学園との共闘を望む天海大僧正の思惑が見て取れる。

    「貴方達がどの様に介入するかによって、両者の戦いの流れが決する可能性もありますが……現状では何が正解か解りかねますわね。と言う訳で、現場の判断に委ねさせて頂きますわ」
     絵梨佳は、にこりと笑顔でそう言い放った。
     
    「『水の中に蹴落としても大丈夫そうな、健康そうな若者』を狙って慈眼衆は出現しますわ。要するに、貴方達が現地に行けば、向こうから寄ってくるでしょう。ペナント怪人は、その慈眼衆が観光客を湖に落とそうとしているのを察知すれば、出現すると言うわけですわね」
     慈眼衆は鬼神変に代表される神薙使いのサイキックを用い、琵琶湖ペナント怪人はご当地サイキックを用いる。
     両者の戦力は互角なので、灼滅者の介入次第で戦いの結果は決しそうだ。
    「それでは、いってらっしゃいまし!」
     そう言うと、絵梨佳は灼滅者一行を送り出すのだった。


    参加者
    若生・めぐみ(歌って踊れるコスプレアイドル・d01426)
    夕凪・千歳(黄昏の境界線・d02512)
    淡白・紗雪(六華の護り手・d04167)
    朝倉・くしな(初代鬼っ娘魔法少女プアオーガ・d10889)
    桃之瀬・潤子(神薙使い・d11987)
    神隠・雪雨(だからツノは取れと言ったのだ・d23924)

    ■リプレイ


     琵琶湖。
     それは言わずと知れた、日本最大の湖である。
    「初めて見ました。琵琶湖、大きいんですね。泳げたりするんでしょうか?」
     その畔を歩きつつ、雄大な湖面に視線を向けているのは、ブランシュヴァイク・ハイデリヒ(闇の公爵・d27919)。
    「そんなに琵琶湖に興味があるのか?」
     その背後から、唐突に掛かる声。振り向けば、そこには面を被った巨躯の男が二人。
    「ならば十分に堪能して行くが良い。二度と来たくなくなるくらいにな」
     不敵な笑みと共に、ブランシュヴァイクへ近づく二人。その隆々たる筋肉に覆われた太い腕が、彼の肩を掴もうとしたまさにその時――
    「待て待てぇーい!」
     響くニューカマーの声。
     そこには、頭部が琵琶湖のペナントという珍妙な出で立ちの怪人が二人。びしっとポーズを決めて立っていた。
    「この琵琶湖周辺における狼藉は、例え天が許そうとも……この我々が許さない!」
    「面白い、許さないならどうすると言うのだ?」
     早速激しい火花を散らし、にらみ合う両者。
    「お待たせしました」
     と、ブランシュヴァイクが手を振ったのに応えて、物陰から一斉に姿を現すのは灼滅者達。
    「「な、なんだお前達は?」」
     伏兵の出現に、慈眼衆もペナント怪人も、同じリアクション。
    「ペナント怪人倒しに来たっ! そっちと戦うつもりはないよっ」
    「私達は武蔵坂学園ですっ! 故あって貴方たちと共闘しましょうっ!」
     草むらから飛び出しつつ、手短に名乗りと説明をする淡白・紗雪(六華の護り手・d04167)と朝倉・くしな(初代鬼っ娘魔法少女プアオーガ・d10889)。
    「「武蔵坂学園だと?!」」
     これまた、同じリアクションの慈眼衆とペナント怪人。
    (「人と共に歩むダークネス……。はて、さて。真意はともかく、彼らは表立って一般人社会に弓引くことはない……。ならば誠意を見せ、協力を仰いだ方が得策、です」)
     慈眼衆をちらりと見遣りつつ、心中でそう呟くのは神隠・雪雨(だからツノは取れと言ったのだ・d23924)。
     今回、灼滅者一行は慈眼衆との共闘を選択していた。
    「……我々も、現状お前達と事を構えるつもりは無し」
    「こいつらと戦いたいと言うのなら、止めはせぬ。だが我々の足だけは引っ張るなよ?」
     慈眼衆もまた、将来的には武蔵坂学園との共闘を望んでいる立場。こちらの申し出に対し、ひとまず受諾の返答を返す。
    「そっちこそ、後で聞きたいこともあるから、とりあえず生きててよ」
     慈眼衆に対し、悪意は抱いていないアスティミロディア・メリオネリアニムス(たべられません・d19928)は、そんな軽口で応じる。
    「では、今後の事はこの戦いが終わってから話し合うとして、今は加勢しますね」
     一先ずの協定を締結し、ナノナノのらぶりんと共に参戦する若生・めぐみ(歌って踊れるコスプレアイドル・d01426)。自らの周囲をウロボロスブレイドによって守る。
    「ぬうっ……琵琶湖を荒らす悪漢に肩入れすると言うのか!」
    「邪魔立てすると言うのなら、お前達もまとめて片付けてくれるわ!」
     一方、ペナント怪人は灼滅者達に対しても、慈眼衆と同様の敵意を向けてくる。
    「一見ヒーローっぽいけど、ダークネスだから悪だよね!」
     今回の一幕だけを見れば、正義っぽい行いに見えなくも無い。が、実際に目論んでいるのは世界征服なのだ。それを承知の桃之瀬・潤子(神薙使い・d11987)は、びしっとペナント怪人を指さしつつ言い放つ。
    「まったく……見た目は面白いけれどやってることはいつも困ることばかりだ」
    「言うに事かいて、誰の見た目が面白いだ! もはや許さん!」
     肩を竦めつつ呟いた夕凪・千歳(黄昏の境界線・d02512)の言葉に激昂し、ペナント怪人は戦端を切る。
     琵琶湖のほとりにおいて、武蔵坂と慈眼衆対ペナント怪人という、奇妙な構図での戦いが始まったのである。


    「うぉぉぉ! 一級河川パーンチ!」
     説明しよう。琵琶湖は湖でありながら、河川法上は一級水系「淀川水系」に属する一級河川であり、同法上の名称は「一級河川琵琶湖」なのである。
     雄大なる琵琶湖のオーラを帯びた拳を、渾身のストレートで繰り出すペナント怪人。
     ――ドゴッ!
    「ぐはぁっ……」
     ボディビルダーの様な鋼の肉体を持つ慈眼衆も、この一撃をボディに受けて、思わずぐらりとよろめく。
    「回復は任せて下さい」
     だが、すかさずこの傷を治療するめぐみ。ウロボロスシールドを慈眼衆の周囲に展開する。
    「ちぃっ! 小賢しい!」
    「そっちばっかり見てていいのかい?」
     ――ヒュッ!
     千歳の足下から伸びた影業が、ペナント怪人の足に絡みつく。
    「すきありーっ!」
     間髪を入れず、間合いを詰めたのは紗雪。掌底を叩き込むと同時に、霊力の網で怪人を縛る。
    「ぐうっ……この程度で憶しはせん! 琵琶湖は我らのホームよ!」
     圧倒的な戦力差となったペナント怪人だが、彼らにしてみればホームグラウンドでの戦い。ご当地パワーをその身体に集中させ、徹底抗戦の構えだ。
    「ビワコオオナマズビームッ!!」
     ビワコオオナマズとは、琵琶湖・淀川水系のみに生息する日本固有種であり、日本に住むナマズ科魚類3種の中で最も大きく、在来淡水魚全体としても最大級の大きさに成長するナマズである。
    「そんな攻撃、鬼っ子魔法少女プアオーガには効かないよっ!」
     軽い身のこなしでこのビームを回避したくしなは、そのまま跳躍。一気にペナント怪人へバベルブレイカーを突き刺す。
    「一気に片付けちゃうよ! 慈眼衆さん!」
     立ち直る暇さえ与えず、クルセイドソードを振り下ろす潤子。
    「我々とて遅れは取らん!」
     その声掛けに応じ、腕を異形化させた慈眼衆も波状攻撃に参加してゆく。
    「お、おのれ……」
    「そういえば、使いまわしなんだっけ? その旗」
    「なっ!? 使い回しって言うんじゃないーっ!」
     嘲笑する様なアスティミロディアの言葉に、瀕死のペナント怪人は捨て身の突進。
    「さよなら」
     そんなペナント怪人目掛け、アスティミロディアの手から放たれるのは極寒の南極パワーを集中したご当地ビーム。
     あわれ、ペナント部分を氷付けにされた怪人は、それきりピクリとも動かなくなった。
    「次はあなたです……お覚悟を」
    「ほざけえっ! 我々は負けぬ! 琵琶湖が干上がらぬ限り、負けはせぬぞぉっ!!」
     尚も闘志を燃え上がらせる怪人に対し、雪雨の足下より放たれた影が食らいつく。
    「ペナント怪人さん、Piacere.そして、Chao. 」
     挨拶と別れの言葉を発したブランシュヴァイクのウロボロスブレイドが、生を受けた蛇の如く怪人に飛びかかり、その肌を裂いてゆく。
    「まだ……まだぁっ! 究極奥義……ブルーギルキック!!」
     ブルーギルは北アメリカ原産の淡水魚だが、日本でも分布を広げつつある外来種である。その生命力の強さにより、日本固有の生態系にかなりの影響を及ぼしており、琵琶湖でも防除が行われている。
    「そこですっ!」
     その蹴り足に対し、足から放たれた影業でカウンターを見舞うのは紗雪。
    「トドメだ!」
     アスティミロディアとブランシュヴァイクの霊犬が飛びかかるのに続き、トドメのフォースブレイクを叩き込む千歳。
    「ぐはっ……琵琶湖……バンザーイ!!」
     ――ドカーン!
     爆散する琵琶湖ペナント怪人。圧倒的戦力となった灼滅者、慈眼衆連合軍は、危なげなく勝利を収めたのだった。


    「終わったな……」
    「一般人に怪我をさせないように気を配ってくれてありがとう。でもどうしてそんな事を?」
    「今琵琶湖の周りで物壊したりしてるのって、やっぱガイアパワー減らすためなのかな?」
     戦闘が終わり、立ち去ろうとする慈眼衆へ、矢継ぎ早に問いかける潤子と紗雪。
    「ボクらの持ってる情報からではエナジー収集の阻害か怪人のおびき寄せにしか見えない」
     更に、ズバリと指摘するアスティミロディア。
    「……我らの役目は敵の戦力を削ぐ事。身を守る為に必要な事だ、とだけ言っておこう」
     顔を見合わせた慈眼衆は、少し間を置いてそう答える。
    「一般人に全く被害の出ない方法を取る事は……」
    「これが、現状で我々に出来る最大限の配慮だ」
     くしなの問いかけには、少し俯きつつそう返す。
    「あの……慈眼衆の方に見逃していただいた学園生の中に、私のお友達がいたんです。ですから、見逃してくれてありがとう。お陰で彼とまた遊べます」
    「……我々とて情けや善意でした事ではない……礼には及ばぬ」
     再び立ち去ろうとする慈眼衆を呼び止め、深々とお辞儀をしつつ礼を述べる雪雨。
    「本当に、貴殿方……特に天海大僧正は、我々武蔵坂と共闘したいとお考えなのですか?」
    「我々は一介の兵にあって、それを語る立場にあらず」
     ズバリとブランシュヴァイクの問いかけに対し、きっぱりとそう返す。
    「……されど、今目の当たりにした力、出来る事であれば敵に回したくは無いものだな。大僧正もそうお考えだろう」
     交渉の余地があり、意思の疎通も可能。条件さえ折り合いが付くのであれば――そう言外に含めたように言う慈眼衆。
    「非常に申し訳ないが、急な事案なので、他所では慈眼衆を灼滅している可能性もある」
    「……謝罪の必要なし。我らは明確に協約を結んでいる訳でも無い。現時点で命のやり取りがあったとして、何ら不思議は無い」
     アスティミロディアの言葉に対しても、感情を籠めずに、しかしごく自然に応える。
    「では、いずれ矛を合わせますが、安土桃山怪人を倒すまでは明確な協力を行えないでしょうか、そうお伝え頂きたいのです」
    「我らが大僧正より交渉の権利を委ねられていないのと同様、そちらも武蔵坂を代表する立場には無いと見るが、いかに」
    「……」
    「確かに……今回、私達は協力しましたが……それは学園の総意とは言い切れません」
     雪雨と顔を見合わせ、応えるくしな。
    「では、共闘に向けて『具体的な内容』を話し合いたいと……お伝え頂けますか? もちろん、こちらも意見を纏めてからになりますが」
    「……伝えよう」
    「じゃあ……決戦のときはいつなのか。何か必要なものがあるのかとか」
    「それもいずれ、交渉の席上にて」
     めぐみと千歳の言葉に対し、小さく頷きつつ応えた慈眼衆は、そのまま灼滅者の前から立ち去っていった。
    「……とにかく、作戦は成功ですね……前回の依頼の怪我がまだ治ってなくて、かなり迷惑お掛けしました」
     その後ろ姿を見送ると、ほっと息をつきつつ頭を下げるめぐみ。
    「そうなの? 特に感じなかったよ?」
     軽い口調でさらりと応える潤子。
    「では、私達も帰るとしましょうか」
     雪雨の言葉に頷いた一同は、琵琶湖を後にする。

     灼滅者一行は、慈眼衆との連携によってペナント怪人を灼滅する事に成功した。この邂逅によって特殊な情報や共闘の確約が得られた訳では無いが、両勢力の友好度が高まった事は間違いないだろう。
     かくして任務を完遂した一行は、凱旋の途につくのだった。

    作者:小茄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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