狩人を止めに

    作者:牧瀬花奈女

    「ァオオゥッ!」
    「オウッ」
     薄暗いマンションの廊下を、奇妙な唸り声が駆ける。
     走っているのは二人の青年だ。だがその姿は、人の持つ知性をかなぐり捨ててしまったかのようだった。
     腰周りを覆う分だけを残し、後は引き裂いてしまった服。手には、先端にナイフをくくり付けた長い棒を持っている。どうやらこれは、即席の槍であるらしい。肌には絵の具と思しきもので、奇妙な紋様が描かれていた。
     二人は犬を追い掛けていた。ほんの少しまでペットとして可愛がられていたであろう、小さな犬だった。
    「ォオッ!」
    「アオゥッ」
     繰り出される槍の一撃を何とかかわし、犬はマンションの中を下へ下へと逃げて行く。しかし、犬の体力が尽きかけているのは誰の目にも明らかだった。
     柔らかな体に穂先が届くまで、あともう少し。
     
    「皆さん、お揃いですね? では説明を始めます」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は教室に集まった灼滅者達を見回すと、そう言って微笑んだ。
    「今回、皆さんには、ティラノサウルスに似た姿のイフリートを灼滅していただきたいんです」
     あれっ、と御厨・望(小学生ファイアブラッド・dn0033)が小さく声を上げた。
    「イフリートって、おっきい哺乳類の姿してるんじゃなかったっけ?」
    「今まで感知されたイフリートはそうでした。けれど今回のイフリートは、これまでとは全く違う、別種のイフリートのようです」
     新種のイフリートは知性を嫌い、人の姿を取る事も無いが、とある厄介な能力を持っている。それは自分の周囲の気温を上昇させると共に、範囲内にいる一般人を原始人化するというものだ。最初は狭い範囲だが、時間が経つにつれてそれは広がって行く。やがては、都市ひとつが丸ごと原始時代のようになってしまう事だろう。
     その前に対処をお願いしますと、姫子は話を続ける。
    「皆さんに向かっていただきたいのは、あるマンションの一棟です。イフリートは効果範囲の中央にいるので、見つけ出すのはそれほど難しくないんですけど……」
    「何かあるの?」
     望の問いに姫子は困り顔で頷く。
    「原始人化した一般人の何人かは、イフリートを守る強化一般人となっています。そのうちの二人とは、接触を避けられそうにないんです」
     マンションの入り口から中へ入ると、灼滅者達は1階の階段付近でその強化一般人と遭遇する事になる。即席の槍を持った二人は、戦闘になれば妖の槍によく似たサイキックで攻撃して来るだろう。
    「この二人はとてもお腹を空かせていて、マンション内で飼われていた犬を追い掛けています」
    「えーと、それって……」
    「……たぶん、目的はご想像の通りだと思います」
     可能なら止めてあげてくださいと、姫子は付け加える。
    「二人の強化一般人とは、うまく交渉できれば戦闘を避けられるかもしれません」
     原始人化しているのでもちろん言葉は通じない。しかし、気に入りそうな品物を持って行くなどすれば、それに気をとられている隙に次の階へ行けるかもしれない。
    「皆さんと戦う事になるイフリートは、ファイアブラッドのものに加えて、フォースブレイクとシャウトに似たサイキックを使用します」
     戦いの舞台になるのはマンションの一室だが、広さが戦いの障害となる事はない。
    「イフリートが灼滅されれば、原始人化していた人達も少しずつ知性を取り戻して行きます。多少の混乱はあるかもしれませんから、余裕があればそれなりのフォローもしてあげると良いかもしれませんね」
     よろしくお願いしますと、姫子は灼滅者達を見送った。


    参加者
    斑鳩・夏枝(紅演武・d00713)
    一橋・智巳(強き『魂』を求めし者・d01340)
    不知火・隼人(蒼屍王殺し・d02291)
    二階堂・空(大学生シャドウハンター・d05690)
    早乙女・仁紅丸(炎の緋卍・d06095)
    ベリザリオ・カストロー(罪を犯した断罪者・d16065)
    セトラスフィーノ・イアハート(編纂イデア・d23371)
    炎道・極志(飛ばないロケット・d25257)

    ■リプレイ


     マンションの中は、汗ばむような熱気に包まれていた。住人が暴れ回った後なのか、窓ガラスや壁には細かな亀裂が走っている。部屋のあちこちからは、雄叫びのような声が漏れ聞こえた。原始へと返ってしまったかのようなマンションの中を、灼滅者達は急ぎ足で歩く。
    「イフリートに種類があるとは思いませんでしたわ。しかも単に暴れ回るのではなくて、周囲を原始人化させますのね」
     まさか原始時代から存在していたんですかしら。そう呟いたベリザリオ・カストロー(罪を犯した断罪者・d16065)に、そうですねと早乙女・仁紅丸(炎の緋卍・d06095)が口を開く。
    「今までに無い新種のイフリートですが……心引き締めて参ります」
     きゃんきゃんと、甲高い犬の鳴き声が聞こえ、御厨・望(小学生ファイアブラッド・dn0033)が身をすくませたのはその直後だった。
     2階へ続く階段の前に、小型犬が転がり落ちるようにして現れる。即席の槍を手にした二人の青年が、その後を追い掛けて来た。
    「どんだけお腹空いてるんすかね?」
    「効果範囲が一般人だけでよか……ないんだけどさ」
     炎道・極志(飛ばないロケット・d25257)の言に、二階堂・空(大学生シャドウハンター・d05690)は周囲に殺気を放ちながら乾いた笑いを漏らす。自分があぁなったら、なんか嫌だなぁ。そう思ってしまった彼を、きっと誰も責めないだろう。
     灼滅者達は硬い床を蹴り、犬と青年達の間へと割り込んだ。
    「犬よりこっちの方が美味いんじゃないかな?」
     不知火・隼人(蒼屍王殺し・d02291)が取り出したのは、骨付きのローストチキン。アオッ、と奇妙な声を上げた青年が、振り上げていた槍を下ろした。斑鳩・夏枝(紅演武・d00713)と一橋・智巳(強き『魂』を求めし者・d01340)もそれぞれに用意した肉を取り出せば、青年達の視線はそれに釘付けだ。
     こんなのもありますわよ、とベリザリオがフライドチキンを軽く放って見せると、二人は面白いようにその肉を追い掛けて行った。
    「その子の事はお願いするね」
     セトラスフィーノ・イアハート(編纂イデア・d23371)がそう言って、駆け付けてくれた仲間達に笑みを見せる。
     追われていた犬を助けるため、強化一般人の気を引くため、ここには数多くの仲間達が集ってくれた。後は彼らに任せてしまっても大丈夫だろう。
     この先で待つイフリートとの戦いに赴くため、灼滅者達は階段を上った。


     熱い。
     2階へ上がると、灼滅者達は熱気が強まっているのを感じた。辺りへ注意を払いながら、彼らは熱気の中心へと歩を進めて行く。
     とある部屋の前ではたと足を止めたのは、夏枝だった。
    「どうやら、ここのようですね」
     灼滅者達は互いに目配せをし合い、前衛と後衛に分かれた。鍵のかかっていないドアを開け、素早く突入する。その間に、ベリザリオはサウンドシャッターを展開していた。
     部屋に踏み入った瞬間、灼滅者達は汗が噴き出るのを感じた。玄関からまっすぐに進んだその先。広いリビングの中央に、熱の主は堂々と居座っていた。
     獰猛さを隠そうともしない鋭い瞳。少し開いた口から覗く牙。後足だけで立ち上がり、長い尾で床を撫でる姿。その全身は炎に包まれ、火の粉があちこちで爆ぜている。
     恐竜。その場にいた誰もが、その言葉を思い浮かべた。
    「あなたはどこから……どうやってきたの?」
     夏枝の問いに、恐竜の姿をしたイフリートは咆哮で答えた。どうやら会話は不可能のようだ。元より期待はしていない。
    「知性なき単純な獣ってか? いいねぇ、そういう分かりやすいのは嫌いじゃねぇぜ」
     智巳はイフリートとの距離を詰め、紫のバベルブレイカーでイフリートの胸をえぐった。イフリートの口がばくりと開き、炎をまとった牙がお返しとばかりに彼の右肩に食らい付く。
     牙を血で濡らしたその頭へ、隼人のバベルブレイカーが狙いを定める。杭をドリルのごとく回転させ、彼はイフリートの肉体をねじり切った。
     杭を打たれて唸るイフリートに向けて、空は爆炎の魔力を込めた弾丸をばら撒く。仁紅丸が妖の槍を繰り、妖気のつららを撃ち出した。
     イフリートの咆哮に、セトラスフィーノはふるりと身を震わせた。恐ろしいのではない。未知の相手に、胸が高鳴っているのだ。こんな、ファンタジーの様な存在を相手取ることが出来るなんて。
    「――さぁ行くよ、エソカニル。対竜兵器たるキミの力、思う存分に振るってみせて!」
     大剣斧に秘められた竜因子を解き放ち、セトラスフィーノは守りを固める。その瞬間、イフリートがほんの少し不快そうに目を細めた。龍砕斧の力を使った事で有利になる事は無いだろうが、恐竜に似た姿を持つ者として多少は嫌な気持ちにはなるのかもしれない。
     竜殺し。お伽噺では目にした事があるが、現実でその機会が訪れるとは思いもしなかった。極志は前衛を担う仲間達へ抵抗力の加護を与え、赤の瞳でイフリートを見据えた。ふわりと望からリングスラッシャーが舞い、智巳の傷を癒す。
     イフリートが尻尾を振るい、後衛を炎が薙ぐ。智巳が懐に潜り込み、炎に包まれた顎を打ち上げた。
    「我が牙にて闇を弑逆奉る――咬み裂け『蒼王破』!」
     マテリアルロッドをイフリートの胸へと叩き付け、隼人が叫ぶ。その声に応じて、内に流し込まれた魔力が暴れた。
     夏枝の指が弧を描き、逆十字が現れる。赤のオーラに足元から切り裂かれたイフリートは、わずかにたたらを踏んだ。その間に、ベリザリオは盾の加護を仲間に与えている。
    「シールドバッシュや、オーラキャノンも持って来れば良かったですね」
     自らの放った妖気のつららをイフリートがかわすのを見て、仁紅丸は自嘲気味に笑った。活性化して来たサイキックが一つしかない以上、今はこれで戦うしかない。
     空が暗き想念を宿した弾丸を形成し、白金を彫りこんだマスケットから撃ち出す。弾はイフリートの眉間を撃ち抜いて、毒をその身に流し込んだ。
     ひらり、と青のリボンを揺らして、セトラスフィーノが跳んだ。炎をまとった蹴りがイフリートの背を穿つ。
    「アカハガネやクロキバって、知ってる?」
     少女の問いに対する答えは無い。聞く耳持たずといったところか。
    「部位狙いとか……やってる場合じゃないっすね」
     盾でイフリートの頭を殴り付けながら、極志は独り言つ。元々、スナイパーではない彼に部位狙いは不可能だ。
     イフリートは雄叫びを上げ、智巳の腕へ食らい付いた。パイルを床に突き立て突進の勢いを殺しながら、智巳は不敵に笑う。
    「組み合ったな? 後悔するんじゃねぇぞ!」
     ゼロ距離からのバベルインパクトが、イフリートの腹を貫いた。


     イフリートが吼え、極志を前足で打ち据える。叩き込まれた熱の奔流が体内で暴れ、極志は膝をつき倒れた。後ろでは既に望が倒れている。
    「単純だが、その分強いみたいだな」
    「ああ。純粋な力比べなら望むところだ」
     バベルブレイカーの杭を突き立てる隼人に続き、智巳は赤のハルバードでイフリートの顎を打ち上げ笑った。お前の『竜』と俺の『龍』、どっちが上か決めようぜと。
     今までに無い、新種のイフリート。夏枝はバベルの鎖が薄くなる死の中心点へと、バベルブレイカーの狙いを定めた。この戦いの中で、何か新しい発見はあるだろうか。ジェット噴射の勢いに乗って、夏枝はイフリートの懐へ飛び込んだ。その後を仁紅丸の紡いだつららが追い掛けて行く。
     ベリザリオの放った蹴りは流星のきらめきを宿し、イフリートの足を刈り取った。体勢を崩したところへ、セトラスフィーノが飛び込んだ。オーラを宿した小さな拳が、幾度もイフリートの腹を打ち据える。イフリートが尻餅をつき、重い振動が灼滅者達の足に伝わった。イフリートはオウ、と吼えてから体勢を立て直し、炎の翼を顕現させる。
     この地に恐竜がいた頃、ダークネスの元となる人間はいなかった。空はマスケットを構え、イフリートへと接近する。ダークネスが昔の生物種をただ真似ているのか、それとも――
    「ま、こんな所で考えてても無駄かな」
     イフリートの足を蹴り飛ばして加護を砕き、空は再び距離を取った。智巳のバベルブレイカーが、幾度も打たれた胸へ新たな孔を穿つ。隼人のマテリアルロッドに殴り付けられて、巨体はまた体勢を崩した。
     ついと振られた夏枝の手に沿って、リングスラッシャーが飛んで行く。軽やかに宙を舞った光輪は、イフリートの肩を容赦無く切り裂いた。
     ベリザリオがイフリートの鼻面を蹴り上げ、まといついていた炎が勢いを増す。
     セトラスフィーノは右足を蹴り飛ばし、摩擦熱で新たな炎を生む。イフリートを包む炎は幾重にも重なって、もう元の色が分からない。
     がぶり、と夏枝の肩を噛んだ一撃は、しかし当初よりも勢いを欠いていた。
    「大分弱って来ているみたいですね」
     イフリートの頭を自らの肩から引き剥がし、夏枝は細い指で十字を描く。それに伴って現れた紅の逆十字に、イフリートは内側から引き裂かれた。濁った苦鳴の声が上がる。智巳が懐へと飛び込み、ハルバードの刃を喉元に食い込ませた。
     悲鳴じみた鳴き声は次第に高くなり、戦いの終わりが近い事を灼滅者達に教えている。隼人が肩の肉をバベルブレイカーでねじ切った。
     ベリザリオが異形化した片腕で、イフリートの頭を思い切り殴り付ける。ずしん、と重い音を鳴らして、イフリートがよろめいた。
    「これで終わりだよ」
     空がマスケットの引き金を絞り、乾いた音が室内に響く。
     オウ、という叫びと共に紅の火の粉を散らして、イフリートは溶けるように消えて行った。


     イフリートが消え去った後、マンションの中の気温は徐々に下がって行った。武装を解除して1階へ下りれば、犬を追い掛けていた二人の青年が見えた。手にした即席の槍や、自らの格好を見て、戸惑っているように思える。
    「ご協力ありがとうございました」
     隼人がそう言って、彼らにスポーツドリンクを差し出す。お疲れ様です、と絵の具落としを持った智巳がその後に続く。
    「協力って何の?」
    「映画のエキストラの撮影中に、集団熱中症が発生してしまいまして……申し訳ありません」
     頭を下げる仁紅丸の後を、ベリザリオが引き継いだ。
    「先程までひどい暑さでしたから、皆さんの記憶が曖昧になっているのかもしれませんわ」
     快く引き受けてくださったんですよと、夏枝も言葉を重ねる。応援に駆け付けてくれた皆も、他の住人達に同じような説明をしていた。
     きゃん、と犬の鳴き声が廊下に響く。今までキャリーバッグに入れられて保護されていた犬が、事態の収拾を見て解放されたらしい。
    「ペペ! どうして外に出てるんだ?」
     足元までやって来た犬を、青年の一人がそう言って抱き上げる。あなた達が追い掛けていたんですよとは言えず、灼滅者達は曖昧に笑った。
    「とにかく、ご協力ありがとうございました。また機会があればよろしくお願いするっす」
     着替えとタオルを渡し一礼する極志に続き、灼滅者達は頭を下げる。
     まだ少し首を傾げている彼らを残し、灼滅者達はマンションを後にした。

    作者:牧瀬花奈女 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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