湖畔の天下取り合戦

    作者:御剣鋼

    ●琵琶湖の湖畔にて
     琵琶湖は日本随一の広さを持つ湖であり、遠浅の水泳場でもある。
     夏には京阪神や中京から訪れる水泳客でも賑わう湖畔に、1組のカップルがが……。
    「夏になったらさぁ、テっちゃんのカッコいいサーファー姿、また見たいよー」
    「ふふ、真夏の太陽の下に輝く俺に、惚れなおすなよ?」
    「なーにいってるの、サトミはすでにテっちゃんにぞっこんよぅー」
    「サトミ、お前は本当に可愛……ん?」
     幸せなひとときは、突如、湖畔に乱暴に足を踏み入れた2人の巨漢によって破られた。
     どちらも黒曜石の角を持つ偉丈夫で、1人は車輪のようなものを、もう1人は大槌を担いでいる。知る者がみれば『慈眼衆』だと分かる容貌だが、彼等がそれを知るすべもなく。
     だが、慈眼衆達はカップルに敵意をむけることなく、むしろ紳士的に声を掛けた。
    『取り込み中のところ失礼する、この湖畔はこれより我らが破壊するがゆえ……』
    『されど、人々に怪我をされるのは我等の本心であらず。早々に立ち去るが良い』
     慈眼衆の忠告に、しかしカップル達は目を瞬いたまま動かない。
     仕方あるまいと巨漢達は顔を見合わせ、大槌持ちが軽く槌を振りおろした。
    「「ひいいいい!!」」
     2人を避けるようにズドーンと完成されたクレーター、慌てて逃げ出すカップル達。
     周囲が無人になったのを確認した慈眼衆が互いに頷き合った、その時だった!!
    『まてまてーい! 我らが愛する琵琶湖の情景を荒らす不届き者め!!』
    『それ以上の蛮行は、我ら『琵琶湖ペナント怪人』が、許さんッ!!』
     ビシッとポーズを決めたのは、顔に琵琶湖と書かれたペナントを靡かせた、怪人が2人。
     同時に跳躍した怪人達は、それぞれ慈眼衆へ向けて鋭い飛び蹴りを見舞う——!
    『『琵琶湖ペナントキック!!』』
     放たれた飛び蹴りが、迎え撃つ慈眼衆達の上腕に赤い一筋を描くが、僅かに浅い。
     一拍。大槌持ちが反撃に飛び出るや否や、すさまじい衝撃が怪人達を吹き飛ばした。
    『フン、鬼どもめ……やるなッ!!』
    『流石は安土城怪人の配下、一筋縄ではゆかんか』
     互いに距離をとりつつ、琵琶湖ペナント怪人と慈眼衆は、同時に悟る。
     両者の力は互角。どちらが勝ってもおかしくはない状況である、と——。
     
    ●天下分け目のタッグマッチ
    「この事件についてご存じの方も多いとは思われますが、軽く補足させて頂きますね」
     里中・清政(高校生エクスブレイン・dn0122)は、分厚いバインダーを閉じると、集まった灼滅者達を穏やかな笑みで出迎える。
     滋賀県大津市にある西教寺に調査に向かった灼滅者からの情報で、近江坂本に本拠を持つ刺青羅刹『天海大僧正』と、近江八幡に本拠を持つ『安土城怪人』が戦いの準備を進めていることがわかったのだ、と。
    「この情報を裏付けますように、琵琶湖周辺で『慈眼衆』と『琵琶湖ペナント怪人』が争う事件が発生しております」
     琵琶湖周辺で破壊工作を行おうとする慈眼衆を、怪人達が阻止しようとして争う。
     一見、怪人達の方が正義のように見えるが、ことはそう単純ではないようだ。
    「安土城怪人は、琵琶湖ペナント怪人を大量生産しており、その力で天海大僧正を倒し、ゆくゆくは世界征服に乗り出すつもりでございます」
     慈眼衆による琵琶湖周辺の破壊工作は、安土城怪人の野望を止めるための手段であり、ダークネス同士の勢力争いに他ならない。
    「一般人の皆様にご迷惑をお掛けすることなど、誠に許されることではございませんが、慈眼衆側は怪我人が出ないよう、配慮しているようにも見受けられます」
     これは、武蔵坂学園と共闘したいというメッセージなのかもしれない。
     しかし、現時点では何が正しいのかは誰にもわからないとも、付け加える。
    「この事件の結果によって、琵琶湖の戦いの流れを決めることになるかもしれませんね」
     武蔵坂学園と共闘したいという話も、あながち本気なのかもしれない。
     顔をあげた執事エクスブレインは、真摯な眼差しで再び口を開いた。
    「どのような方法で争いに介入するかは、現場に赴く灼滅者様方にお任せ致します」
     
     事件が起こる場所は、正午を迎えた琵琶湖の湖畔。
     慈眼衆も琵琶湖ペナント怪人もそれぞれ2人づつで、互いの戦力は互角だという。
    「皆様が介入するタイミングですが、両者が戦いを始めた後になります」
     慈眼衆は神薙使いに似たサイキックを使い、1人は大槌を、もう1人は断罪輪を持つ。
     大槌はロケットハンマーに似た、サイキックとのことだ。
    「琵琶湖ペナント怪人の方も、共にご当地ヒーローに似たサイキックを使ってきます」
     それに加えて1人はサイキックソード、もう1人はリングスラッシャーに似た、サイキックを使い分けてくるという。
     なお、戦いの舞台となる湖畔はよく整備されており、視界と足元には支障はない。
     また、慈眼衆によって人払いも済んでおり、周囲には人の気はないという。
    「皆様がどう介入するかで、戦いの決着が決まると言っても、過言ではございません」
     ——どちらか一方と共闘する。
     ——戦闘後、勝者を灼滅する。
     ——どちらにも付かず、三つ巴の戦いに挑む。
     他にもよい介入方法が思いつくのであれば、試してみるのもいいかもしれない。
    「いずれにせよ、2つのダークネス勢力との接触になりますから、危険も伴います」
     どの介入方法であっても、作戦の進め方しだいでは、失敗という結果も十分ありえる。
     そのことだけは決して忘れませんようにと、執事エクスブレインは深々と頭を下げた。


    参加者
    花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240)
    篠村・希沙(暁降・d03465)
    マリア・スズキ(悪魔殺し・d03944)
    西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)
    雨来・迅(宵雷の兆候・d11078)
    高倉・光(鬼紛い・d11205)
    狼幻・隼人(紅超特急・d11438)
    加賀・琴(凶薙・d25034)

    ■リプレイ

    ●均衡への介入
    「両勢力の均衡、か……慎重に行かないとね」
     一瞬の剣戟のあと、互いに距離を取った慈眼衆とペナント怪人が睨み合う。
     介入のタイミングを計るように身を潜ませていた雨来・迅(宵雷の兆候・d11078)に、西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)が静かに頷いた。
    「統制された慈眼衆と共闘するのは、何かと楽そうですが」
     ——慈眼衆と共闘して琵琶湖ペナント怪人を討つ。
     けれど、彼等はブレイズゲートに分裂弱体化した、ダークネスでもある。
     統制する天海大僧正の思惑は気になるけれど、探りを入れる程度が限界かもしれない。
    「慈眼衆に共闘の意思があるなら、ひとまずここは助太刀するよ」 
     言葉遣いや言い回しに失礼があって、先に衝突してしまうことは避けたい。
     話は終わってからと念を押す篠村・希沙(暁降・d03465)に、織久も強く同意した。
    「ええ、やる事だけやってしまいましょう」
     両者が均衡した瞬間、8人と2匹は一斉に駆け出した。

    ●湖畔の天下取り合戦
     どちらも個々の実力では8人と2匹を上回る、ダークネス。
     怪人側を挟撃するように二手に分かれた灼滅者達へ、両者の視線が直ぐに注がれる。
    「……さて、どうなりますかね?」
     変わり者の羅刹に育てられた高倉・光(鬼紛い・d11205)にとっては、心情的にも利害関係的にも慈眼衆寄りに傾いていて。
     普段は礼儀正しく装う光の本質は、羅刹の如く粗暴なもの。
     ただ、言動や態度には出さない、それだけの違いに過ぎない。
    「武蔵坂学園・狼幻隼人、推参やっ!」
    「……武蔵坂学園所属、マリア。慈眼衆……貴方達に、加勢する」
     慈眼衆の傍らに着くや否や、狼幻・隼人(紅超特急・d11438)とマリア・スズキ(悪魔殺し・d03944)が名乗りを上げる。
    『ほう、御主等が武蔵坂の灼滅者か』
    『助太刀感謝する』
     直ぐに状況を理解した慈眼衆はペナント怪人から距離をとり、2人と1匹に合流する。
     同時に。後方から奇襲を受けたペナント怪人達の悲鳴が響き渡った。
    「凶(マガツ)を薙ぎます!」
     長い髪を靡かせ内なる力を解放した加賀・琴(凶薙・d25034)の横を、淡い三つ編みの少女が追い抜いていく。
    「慈眼衆さん達も加勢してくれるし、ばっちりがんばっちゃおうね」
     花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240)は眠たげな瞳を興味津々に瞬かせていて。
     放たれた魔法の矢はリングスラッシャ使いの腿を貫き、僅かに態勢を崩させた。
    『さては、揃って琵琶湖を破壊する魂胆か!』
    「いえ、ご当地怪人が現れたので灼滅しに来ただけです」
     その隙を逃さず距離を詰めた織久は、赤黒い槍の先端に螺旋の如き捻りを加える。
     あくまで利害一致で共闘しているというスタンスで、刃を交えて。
    「一旦、加勢しますね」
     気さくな性格を慎み、己の片腕を半獣化させた迅も鋭い銀爪を力任せに撃ち振う。
     けれど、相手は慈眼衆と互角に渡り合えるダークネス、簡単には倒れない。
     褪せた金髪を靡かせて陽のオーラを纏った希沙も、命中率重視で応戦していた。
    『琵琶湖の秩序を乱す輩には、揃ってペナントキックだ!』
    『数の暴力如き、琵琶湖愛で蹂躙してやる!』
     8人と2体と巨漢2体に対し、琵琶湖愛で挑むペナント怪人達。
     そんな彼等に涙を見せる観客は1人もいなかったのでした。……残念!

    ●惨分クッキングin琵琶湖
    「嫌いではありませんが、特に肩入れする理由もありませんし……」
     ペナント怪人達を横目に、光は足元から巨大な鬼の腕の形をした影を伸ばす。
     先に狙うのはリングスラッシャ使い、異形の影は容赦なく獲物を絡めとった。
    「天海大僧正には借りがありますので、協力しますよ」
     琴は味方を庇って傷を負った迅を防護符で癒しながら、慈眼衆の方を見やる。
     西教寺で見逃して貰った縁もあり、己が宿敵ではあっても感謝の色が強いようだ。
    「ま、いっちょ気合で行こうやっ!」
     慈眼衆達の攻撃に隼人は影の刃を織り交ぜながら、ちらりと後方に視線を移す。
     ノリが良さそうに見えたけれど、マリアは極めて希薄で無表情のままだ。
    (「交渉のカード、増えるのは……悪い事じゃ、ないしね」)
     宿敵のソロモンの悪魔が関与していなければ、マリアに思う所は無い。
     ただ、倒れてしまっては元も子もないと、慈眼衆に治癒を施そうとした時だった。
    『我等に癒しは不要』
     マリアの治癒の符を拒んだ大槌使いは、自ら浄化をもたらす風を巻き起こす。
     一拍して断罪輪使いが残った傷を癒さんと、巨大なオーラの法陣を展開した。
     一旦態勢を立て直そうと、傷を癒して護りを固めているのだろう。
    (「学園の総意と悟られないように気を付けないと」)
     宿敵以外はどうでもいいのは織久も同じだけど、身に纏う黒炎は殺意に満ちていて。
     ご当地怪人が標的だからという理由付けをしている今、織久は本気の立ち回りで死角に回り込むと、敵の足取りを鈍らせる斬撃を繰り出していく。
    『ディフェンダー、庇ってよ!』
    『全部なんて無理だし、都市伝説だし——あっ!』
     一瞬の差でましろの風の刃が、リングスラッシャ使いを容赦なく斬り裂いていく。
     ずどおおおんと盛大に爆破四散した相方に、唖然とするサイキックソード使いの図。
    「ほら、余所見してたらあかんよ」
     最後に残された方が阿鼻叫喚というオチですね!
     希沙の声と軽やかに響く靴音に我に返った怪人が周囲を見回せば、1対12。
     ぶちんと彼の何かがキレた。
    『例え最後の1人になろうとも、琵琶湖愛を貫いて見せるッ!!』
     ペナント怪人が掲げたサイキックソードから眩い光が溢れ出す。
     その刹那。光は閃光と化して前列を薙ぎ払い、爆発した。

    「あらかた丸、慈眼衆を庇……って、お!?」
     別班の守護に命じていた霊犬に指示を出そうとした隼人は目を瞬く。
     結構マイペースで大丈夫かなとも見られることがある相棒が、健気に走り回っていて。
    「庇えるなら極力庇って」
     怪人達の背後に回った仲間の治癒は自分と琴で補うことができる範囲。
     マリアも己の霊犬に率先して仲間の盾になることを命じると、味方を癒して守護を高める盾を展開する。
    「なんだかんだで上手くいっていますね」
     慈眼衆に治癒が叶わず、琴はディフェンダーの傷を癒すことに集中していて。
     だが、率先して盾代わりに動いていた迅と隼人の負担を減らさんと、慈眼衆達も灼滅者達に動きを合わせるようになっていた。
    「頼もしい限りです」
     一般人や琵琶湖云々には一切興味が湧かない光でも、羅刹との共闘には興味津々。
     ましろも慈眼衆の攻撃に合わせて、腕に装着した杭をドリルの如く高速回転させる。
    「多勢に無勢とはこのことですね」
    『くっ、安土城怪人様、万歳!!』
     赤い瞳を爛々と輝かせ、織久は正気と狂気の間を彷徨いながらも死角に回り込む。
     生来の物静かな性格もあり、普段と変わらず自我を保つことはできていた……が。
    「周囲を破壊せんよにも注意せんとな」
     相手はディフェンダーだけあって、先に倒した怪人より時間が掛かっている。
     希沙の石化をもたらす呪いが怪人の動きを止め、光が渦巻く風の刃を生み出す。
     苦し紛れに放たれた閃光が再び前衛の力を封じるけれど、マリアが戦場に招いた風が即座に忌ましめを取り払った。
    「回復ありがとう」
     余裕が出てきてた迅も怪人の行動を阻害せんと霊力を放射し、攻撃に転じた琴も慈眼衆の攻撃を支援するようにトラウマを発現させる影を伸ばす。
     炎を纏ったましろの激しい蹴りと、織久の魔力の奔流を同時に受けたペナント怪人は、片膝を地面につけた。
    「ま、とりあえず悪いやつからやってこかって奴だ」
     真っ赤なバンダナを靡かせて隼人が気合い十分に距離を狭めていて。
     ほぼ至近距離からのオーラキャノンを喰らったペナント怪人は、内側から膨らんで——。
    『安土城怪人様、琵琶湖フォーエバアアアア!!』
     ずどおおおんと、爆発四散。
    「……まぁ、ご愁傷様」
     琵琶湖云々や怪人達に興味すら無かった光は、3秒で慈眼衆に視線を移す。
    『協力感謝する』
    『我等に聞きたいことがあると見受けられるが』
     姿勢を正した慈眼衆達に、光も暗赤色の着物の裾を軽く整えて向き直る。
    「我々の言動が即ち学園全体の総意ではないことを前提に、聞いてくれますか?」
    『承知した』
     大槌使いの返答に、断罪輪使いも無言で頷いて武器をしまう。
     西教寺で見逃して貰ったことに対する礼を天海大僧正に伝えて欲しいという琴の個人的な願いにも、慈眼衆達は『伝えておく』と揃って頷いた。
     光は安堵すると同時に、戦いとは別の緊張感にそっと口の端を引き締めた。

    ●それぞれの思惑
     一般人への配慮に対して希沙とましろが礼を述べたあと、迅が「改めて」と口を開く。
     自分達は武蔵坂学園の生徒であること、今回は利害の一致で戦っただけだとを話した。
    「……ですが、武蔵坂学園はあなた方のことを、悪くは思っていません」
    「破壊活動は……安土城怪人の力、削ぐ為の、はず。怪人、倒して……成果は、出した。だから……この場は、退いて」
     迅の言葉を引き継いだマリアが、これ以上の破壊活動は止めるよう要請する。
     ましろも今後の破壊工作も可能な限り控えて欲しいと重ねて懇願する、けれど。
    『伝えておこう。だが——』
    『全ては安土城怪人の戦力を削ぐため、完全に止める訳にはいかぬ』
     先の報告書通りの返答に、沈黙が流れる。
     慈眼衆達も一般人に被害を出した場合、武蔵坂を敵に回すことは知っているはずだ。
    「その代わり、琵琶湖周辺警戒とかできる範囲のことはする」
     数十秒の沈黙を破った希沙の提案に、織久も静かで丁重な言葉を挟む。
    「琵琶湖破壊は立場上、見逃すことができませんので」
     この場は怪人勢力を減らしたことで収めて貰いたいと改めて織久が申し出る。
     慈眼衆達は互いに顔を見合わせ、視線をゆっくり灼滅者達に戻した。
    『御主達の言葉、然りと伝えておく』
     曖昧であるが、険はない。
     多くの者が懸念していた破壊活動に対して一定の了解が得られた中、隼人が前に出た。
    「んじゃ、名刺交換でもしとこか……って、名刺なんて持っとらへんわっ!」
     隼人の軽快なボケが、神妙になりかけていた空気を吹き飛ばす。
     思わず吹き出してしまったましろは普段の人懐っこい笑みで慈眼衆に言葉を掛けた。
    「そう言えば、前に武蔵坂学園の生徒が、天海さんとお話がしたいって言ってたみたいだけども……」
    「交渉の場をとお願いしてる人もいはったな、天海さんはどう思ってはるんやろか?」
     武蔵坂はそれぞれの意思に任せている。
     だからこそ、これまでの対応を天海大僧正がどう思っているのかが知りたいましろと希沙に、慈眼衆達は無表情のまま言葉を揃えた。
    『我等は一介の兵』
    『故に、天海大僧正の御考えを語る立場であらず』
     言伝には応じてくれるものの、質疑応答に関しては壁があるようにも感じられて。
     それを見越していたマリアは間髪入れず、視線と言葉を慈眼衆達に投げ掛けた。
    「……教えて。慈眼衆や大僧正にとって、人間は……なに? 悪魔みたいに……餌や、玩具や……利用するだけの、道具だって、思ってる?」
     灼滅者達に協力要請が無い場合でも、一般人の命を尊重する意思はあるのか?
     けれど、マリアが訪ねた内容も、灼滅者個人に灼滅者全体の意志を聞くようなもの。
     案の定、慈眼衆達は『我等は一介の兵に過ぎない』としか言わず、それ以上の返答を望むことが出来ないことを悟ったマリアは「……そう」と無感情に口を閉じた。
    「安土城怪人勢力について、警戒すべき点はありますか?」
    「向こうが強力な力を得ようとしているなら阻止できますし、既に所持しているなら対応を考えることが出来ますので」
     迅の丁重な問いかけに、安土城怪人の警戒理由を聞きたかった織久も、援護に回る。
     相手の利点に沿った質問は悪くなかったけど、慈眼衆の反応は全て淡々としている。
     そして、光が安土城怪人のもたらす破壊と革新について、言葉を重ねた時だった。
    「具体的に何を行い、それにより何が変わるのか。学園が貴方方と共闘するか否かの判断基準の一つとして、できればお教え願いたく思います」
     ——表現が曖昧であるが故、共闘の是非を判断しかねている者が少なからずいる。
     その言葉に慈眼衆達は一瞬顔を見合わせた後、断罪輪使いが無感情に口を開いた。
    『御主等は、必ずしも我等の味方というわけでは無いのだろう?』
    『故に、答えることはできない』
     慈眼衆達の言動に注視していた希沙は暫し思考に耽るけれど、真意が掴めない。
     逆に、問い質すような言動で返してきたことが、妙に引っ掛かる……。
    「ブレイズゲートで無限の兵力を持つに等しい慈眼衆が、怪人を妨害することで力を削ぎ、更に武蔵野学園の助力を得ようとする程に、安土城怪人は強大なのですか?」
     それではまるで、かつての彼の主である、スキュラすら超えているような……。
     そう懸念を浮かべる琴に対しても、慈眼衆達は変わらぬ調子で答えた。
    『安土城怪人が強大な力を持っているのは、当然であろう』
    『少し長居しすぎた、我等は失礼する』
     質問攻めの気配を感じて背を向ける慈眼衆に琴ははっと手を伸ばして、そっと下げる。
     この場は退いて欲しいと要請した以上、長く引き止める訳にもいかないだろう。
     ……それに。
    「お互いにまだ信用しあえてる訳でもないことは、わかった」
     ペリドットの瞳を伏せ、何処か憂いを帯びた言葉で希沙が柔らかく告げる。
     人も人の都合で考えてしまうからこそ、個々の行動や考えを否定することは出来ない。
     けれど、そのせいで衝突してしまうことだけは、何としても避けたいからこそ——。
    「だから話し合う機会があれば、ええな」
     人懐こい笑みを浮かべた希沙の後を引き継いだ光が、礼儀正しく言葉を足していく。
     この場であれ後々であれ、何時か何処かで必ず明確にしておく必要がある、と。
    『委細承知。御主等の誠意と言葉、然り天海大僧正にお伝えする』
    『さらばだ』
     踵を返した慈眼衆達の背には敵意を感じられず、揃って安堵の息を吐く。
     あとは可能な限り良い方向へ向かって欲しい、そうなることを信じ、願うだけだ。
    「困ったときには何時でもどうぞ、だよ」
     背を向けた慈眼衆の手に、ましろは自身の連絡先のメモを握らせる。
     武蔵坂としては力になれなくても、個人でも力になれることがあれば、と……。

    「こっちと協力できる利点は、実感して貰えているようやな」
     慈眼衆の姿が見えなくなり、隼人は緊張を解く。
     敵なのか味方なのかわからないのは面倒くさいと、気怠そうに頭を掻いた。
    「……わたしも、難しいことはわからないけど」
     今は一時的な関係なのかもしれないけど、それでもましろは想う。
     沈黙に似た呟きを初夏の風に流し、輝く湖畔に留めた瞳を柔らかに細めた。

    作者:御剣鋼 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年7月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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