人々よ、原始に帰れ

    作者:波多野志郎

    「ウホウホ!」
     それは、住宅街にある小さな森の中の光景だった。
     上半身裸の三人の男達が、靴脱ぎ放り投げ森へと駆け込んだのだ。彼等が走り去ったそこには、粉々に破壊された測量器のみが残される。それこそ、親の敵のように破壊し尽くされていた。
    「ウホウホ!」
    「ウホウホウホ!」
     三人の男達は顔を見合わせ、そこに落ちていた丈夫な木の棒を手に森の奥へ奥へと走り去っていくのであった……。

    「……まぁ、森と言っても住宅地にあるっすから小さいもんなんすけどね?」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は、渋い表情で続けた。
    「それだけだったら自分達の管轄じゃないんすけどね? また、謎のイフリートが関わってるんすよ」
     イフリートは猛獣の姿をしたダークネスであるが、今回現れたイフリートは、大型爬虫類あるいは恐竜のような姿をしており、その常識から大きく外れているのだ。また、その能力や行動も、これまでのイフリートと全く違うものだった。
    「この謎のイフリートは、厄介な能力を持ってるんすよ」
     それは、自分の周囲の気温を上昇させ、内部の一般人を原始人化するという能力なのだという。最初は狭い範囲だが、その範囲は徐々に広がっていく――最終的には、都市一つが原始時代のようになってしまうことだろう。
    「イフリートがいるのは効果範囲の中心地点、森の中っす。見つけるのは簡単なんすけどね? 三人の測量士さんが強化一般人化して、イフリートを守る戦士となっているんすよ」
     強化一般人となった三人の測量士は、イフリートを崇め奉り回復させる。ただでさえ強敵であるイフリート相手には厄介な存在だ。
    「無視してイフリートをたたくか、先に倒してしまうか、悩ましいとこっすけどね? そこはみんなにおまかせするっす」
     イフリート自身も、侮れない強敵だ。イフリートのサイキックに加え、その瘤のような尾の先でロケットハンマーのサイキックを使用してくる。その体の巨大さにふさわしい攻撃力と耐久力があるので、注意が必要だ。
    「不幸中の幸い、相手は体長五メートルはある爬虫類っす。戦場である森は、木が障害物になるっすから、それをうまく利用できれば有利に進められるっすよ」
     逆を言えば、こちらが分断されやすいという事でもある。有利となるか不利となるかは、アイデア次第だ。
    「後、住宅地が近いんでESPによる人払いはよろしくお願いするっす」
     翠織はそこまで語り終えると、ため息混じりにこう告げた。
    「イフリートが灼滅されれば、原始人化していた一般人も徐々に知性を取り戻していくっす。多少の混乱などはあるかもしれないので、それなりのフォローをしてあげられればいいかもっすね」
     そこはそこ、何よりも重要なのはイフリートの灼滅だ。翠織はそう締めくくり、灼滅者達を見送った。


    参加者
    紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358)
    橘・芽生(バジリコック・d01871)
    リーリャ・ドラグノフ(イディナローク・d02794)
    北逆世・折花(暴君・d07375)
    天城・兎(赤狼・d09120)
    久次来・奏(凰焔の光・d15485)
    黒芭・うらり(高校生ご当地ヒーロー・d15602)
    清浄・利恵(根探すブローディア・d23692)

    ■リプレイ


    (「まさに、熱帯雨林ですね……」)
     リーリャ・ドラグノフ(イディナローク・d02794)は、周囲に溶け込むギリスーツ姿でそう胸中で呟いた。
     住宅地にほど近い小さな森、とはとても思えなかった。熱気、そしてそれに伴う湿気はリーリャが思う通り、熱帯雨林を思わせる。リーリャのハンドサインを確認して、北逆世・折花(暴君・d07375)はうなずいた。
    (「ドラゴン……か、腕が鳴るね。あいつが例の「竜種」なのかどうかはわからないけれど、ボクの前に立ち塞がるのなら、何であろうと打ち倒すのみだ」)
     折花の視線が向かう先は、まさに体長五メートルに達する巨大な爬虫類だ。竜、あるいは恐竜、そう称するのが一番相応しいだろう。
    「ウホウホ!!」
    「原始人? えーと、えーと、マンモスと石のお金!?」
     超現代っ子である黒芭・うらり(高校生ご当地ヒーロー・d15602)にとって、原始人で出てくるイメージはそれぐらいだ。イフリートを中心にウホウホ叫ぶ三人の測量士の姿が、原始人的に正しいかどうかは不明である。
    「謎が多いが、まずは目の前の事に集中しないとね」
     竜種イフリート――その能力も気になるが、何故今ここまで全く見つからなかったのか? ガイオウガの力が弱ったことが関係あるのか? その疑問は今は胸の内にしまい、清浄・利恵(根探すブローディア・d23692)が言い捨てる。それに、赤い狼――天城・兎(赤狼・d09120)は茂みを通り過ぎた。そして、元の姿に戻っていう。
    「始めるとするか」
    「あぁ、竜種イフリートか。面白い。古代の王者だったのかもしれないけど、炎の扱いで負けるつもりはないよ。炎は人が使うほうが応用効くってことを教えてあげるよ」
     紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358)が、真っ直ぐに言い捨てた。ふと、イフリートがその頭を上げ、伏せていた体勢から立ち上がる――その爬虫類特有の瞳孔が自分達の方へ向いた、その事実に灼滅者達は身構えた。
    「龍因子、解放!」
    「焔、舞え」
     橘・芽生(バジリコック・d01871)が龍砕斧刃爪を引き抜き、久次来・奏(凰焔の光・d15485)が普段抑えていた炎を、豪快に撒き散らす!
    「さて、参ろうか。己れも久しき依頼ではあるが思う存分暴れさせてもろうかの――楽しもうではないか。のう、竜種よ?」
     紫の瞳を挑戦的に輝かせる奏に、イフリートが地面を獰猛な爪で抉りながら疾走した。同時、殊亜のESPサウンドシャッターが発動する――それは、戦いの幕開けだ。
     イフリートの巨体が、大きく横回転する。そして、豪快に振り回された尾の先の瘤が地面を殴打した。


     ドォ! と、爆音を轟かせ衝撃が撒き散らされた。イフリートの大震撃は、地面を砕き、土砂を巻き上げる――その上を、芽生が跳躍した。
    (「竜種イフリート、こんなところで出現なんて……誰かが闇堕ちした結果、でしょうか?」)
     眼下にイフリートを見下ろし、芽生は浮かんだ疑問を振り払うように龍砕斧刃爪を振りかぶる。
    「よし、いきますよ! 突撃! フォローお願いしますね!」
     まさに翼を広げた竜が舞い落ちるがごとく、イフリートを強化一般人ごと芽生は薙ぎ払った。直後、兎が青龍偃月刀を頭上へ掲げる。
    「それじゃあ始めるか。清姫、よろしく頼むぞ」
     兎の言葉に、ライドキャリバーの清姫が機銃を展開した。そして、兎が青龍偃月刀を振り下ろす。
    「妖冷散弾、合体攻撃行くぞ!」
     放たれる氷柱と、機銃の一斉掃射がイフリート達を襲った。そして、利恵は鋭く言い捨てる。
    「まずはこの暑さ、この『冷たい炎』で冷ましに行こうかな。ああ、そこの君たちも遠慮なく清涼してくれたまえ」
     ゴォ! と利恵のコールドファイアが、視界を埋め尽くした。冷たい炎は、容赦なく飲み込んだものを凍らせていく。霊犬の黒潮号による浄霊眼の回復を受けながら、うらりはイフリートの前に立ち塞がった。
    「大人しくしてなさい! マグロビンタ!」
     豪快なうらりのシールドバッシュ、しかし、イフリートの鼻先を捉えた一打は打ち抜けない。それこそ、岩でも殴ったかのような硬さが、シールド越しに拳へと伝わった。
    『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
     イフリートの咆哮に、蒸した空気がビリビリと震える。それを感じながら、奏は地面を蹴った。
    「まったく、とっとと目を覚ますがよい!」
     奏の異形化した怪腕の一撃に、強化一般人の一人が宙を舞う。木の幹に背をぶつけたそこへ、リーリャがバスターライフルの銃口を向けた。
    「フォローする」
    「ああ、頼むよ」
     リーリャの短い言葉に、折花は振り返らずに駆ける。そして、着地した強化一般人の左肩を、リーリャのバスタービームが正確に撃ち抜いた。グラリ、と大きく体勢を崩した強化一般人を、すかさず折花の雷を宿した拳が殴打、顎を強打されそのまま崩れ落ちる。
    「こっちだ!」
     崩れ落ちた強化一般人に視線を送ったイフリートを、殊亜が敢えて挑発する。その時には、既に懐の死角へと潜り込んでいる――殊亜の真紅の幻獣が炎に包まれ飛び出し、同時にライドキャリバーのディープファイアが突撃した。
    「……すごいな」
     しかし、殊亜の目の前でイフリートはびくともしない。唸りを上げるディープファイアのエンジン音にも、耳障りだと言いたげに視線を向けるだけだ。
    「うほうほ!」
     その間にも二人の強化一般人のオーラが、イフリートを回復させる。そして、イフリートはその口を開いた。
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
     ドォ!! と、目映いばかりの炎――バニシングフレアが、灼滅者達の視界を赤く赤く染め上げた。


    「ウホウホ!!」
     最後に残った強化一般人が、うらりへと敵意をむき出しにする。うらりの手にあったのは文明の利器、中古の携帯ゲーム機だった。
    「よーし、一本釣りだよ!」
     うらりが、携帯ゲーム機を放り投げる。それを強化一般人が視線で追った瞬間、清姫とディープファイアが強化一般人を豪快に跳ね飛ばした。そして、空中を舞っているそこへ、リーリャが照準を合わせる。
    「これで、終わり」
     銃声と共に放たれたバスタービームに、最後の強化一般人が地面に倒れ伏した。それを見て、殊亜が龍砕斧を肩へと担いだ。
    「せっかく持ってきたんだから多少は効いてくれよ……!」
     慣れない得物だ、それでも殊亜はイフリートへと駆け込み、全身のバネを使って龍砕斧を振り下ろした。
    「お前が本当に竜なのか……試してやる!」
     豪快な斬撃が、イフリートの鱗を切り裂く。しかし、その手応えは他の武器のそれと変化はない――地面に斧の刃を打ちつけ、殊亜は言い捨てた。
    「特別効く訳じゃないっていうのが、わかっただけマシか」
     そこへ、唸りを上げて燃えるイフリートの尾が迫る。そのレーヴァテインの一撃から庇うように、兎が割り込んだ。
    「ぐっ……!」
     軽々と薙ぎ払われて、兎が吹き飛ばされる。しかし、黒潮号の眼差しと奏の癒しの矢が射放たれた。そして、兎は空中で回転、木を足場にイフリートへと襲い掛かる。
    「スタァァァゲイザァァァァッ!!」
     その重力で圧する蹴りに、ミシリとイフリートの鱗が軋んだ。一瞬の硬直、それを見逃さずに芽生はダブルジャンプで高く跳躍、龍砕斧刃爪を全体重を乗せて振り下ろした。
    『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
    「竜を倒す、その為の対竜兵器、です!」
     切り裂かれた痛みに叫ぶイフリートに、芽生は言ってのける。暴れるイフリートの近くから、間合いを開けて灼滅者達は囲んでいった。
     その姿は、理性なき者のそれだ。奏は目を細め、言う。
    「理性も何もなかろうが……上位の者は人語を話せるのであろうか? 疑問は尽きないのう……まあ良い。今は主を倒すだけじゃ」
     尾を振り回して暴れるイフリートへ、利恵が踏み込む。身を沈め、あるいは右へ左へステップを刻みながら、タイミングを計った。
    「その尾は厄介だね。少しでも鈍るよう、狙わせてもらおうか」
     利恵の変化した右腕、DMWセイバーの斬撃と振り回した尾が激突する! ガギンッ! という硬い物同士の激突音と共に、利恵とイフリートが体勢を崩した。
    「まだまだ――!」
     体勢を崩したそこへ、折花が踏み出す。ガガガガガガガガガガガガガガガガッ! とオーラを宿した両腕、その連打がイフリートへと降り注ぎ、その巨体が地面を転がった。しかし、イフリートは尻尾でバランスを取ると素早く立ち上がる。
    「いい動きをするね」
     すかさず頭上から落ちてくる尾をかわし、折花は言い捨てた。手には、確かに殴った感触が残っている。鱗の一枚一枚が、金属や岩のような硬さをしている――竜、そう言われれば確かに納得できそうだった。
     ――イフリートと灼滅者達の戦いは、苛烈を極めるものだった。強化一般人の回復を失ってなお、相手は手強い。不幸中の幸いは、この戦場の地形だ。巨体では、木々の間の小回りが利かない。それを武器に、周囲を取り囲んでなお互角、目の前のイフリートはそういう存在なのだ。
    (「ダークネスは人の魂からしか現れないとするのなら、『人類』という文明と共にダークネスも時代を生きてきたハズ……」)
     スコープ越しにイフリートの挙動を追いながら、リーリャは思う。しかし、この文明や知識を否定するような文明忌避の反応は、かつて人であったモノとは考え辛い――だとすれば、後天的な影響が竜種を生み出したのだろうか? その答えは、どこまでも推測の域を出ない。情報が、あまりにも足りないのだ。
     これは、そのための戦いでもある。自分達ではわからなくても、誰かが正解にたどり着くかもしれない――そのための、情報収集だ。
    「ともあれ……ドラゴン退治をするハメになるとは」
     リーリャが苦笑交じりにそう言い捨て、地を蹴った。ガンナイフを引き抜き、イフリートへと駆け込む。
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     イフリートの鋭い爪をかいくぐり、火花を散らしながらリーリャがガンナイフの刃を振るった。深々と腹部へと刃を突き刺し、引き金を連続で引く――リーリャの零距離格闘に、イフリートは一歩後退した。
     そして、イフリートはその尾で利恵を薙ぎ払わん、とマルチスイングを放つ。それを呼吸を整えた利恵が、真っ向から受けてたった。ゴォ! と唸る尾の瘤を振るった腕から射出したリングスラッシャーで相殺、その軌道を逸らしたのだ。
    「知識も利器も、人々がこれまで研鑽し積み重ねてきた成果だ。それを無にはさせられないね、竜種イフリートくん」
     明後日の方向に尾が弾かれたイフリートへ、利恵はオーラを宿した拳を叩き付けていく。一打、二打、三打、上下に振り分けて繰り出される利恵の閃光百裂拳に、イフリートが踏ん張った。
    「清姫!」
     兎の言葉に応え、清姫が跳躍。イフリートの頭を押し潰すように突撃、加えて兎も螺旋を描くように回転させた青龍偃月刀を突き刺した。イフリートは、ガチリと歯を鳴らし、大きく体を振り回す――そこへ、ディープファイアの機銃が掃射された。
     ガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ! とイフリートの足元に着弾していく銃弾の雨、そこへ殊亜が跳びこむ。
    「切り裂け!」
     折れない意志をその刃へと込めて、殊亜は真光の剣を振り抜いた。ザン! と鱗を切り裂かれ傷口から炎を吹き出させるイフリートへ、折花が踏み込む!
    「この拳、受けてみなよ」
     地面を踏み砕き、折花は異形の怪腕となった右腕を振り抜いた。イフリートの巨体が地面から引き剥がされるように宙を舞う――そこへ、奏が右手をかざした。
    「良きかな、良きかな。主の炎、見せてもらうぞ?」
     イフリートと視線が合った瞬間、奏は思う様に炎の奔流を放つ。同時、相殺しようとイフリートもバニシングフレアを吐き出し――構わず叩き付けた奏の炎が、イフリートを炎ごと飲み込んだ。
    『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     轟音と共に、イフリートがかろうじて着地する。素早く身構えるのは、迫る存在を近くしているからだ。血を駆ける黒潮号――それに、うらりは合わせる。
    「正義は勝つ! 必殺☆漁港ビーム!」
     放たれるご当地ビームと、黒潮号の斬撃。怒りに燃えたイフリートが、疾走する。それを真正面から受けてたったのは、朱金となった炎を背から噴射して翼にした芽生だ。
    「わたしの炎は、竜にだって負けないですよ!!!」
     朱金の炎に包まれた龍砕斧刃爪が、豪快に振り払われる――その芽生のレーヴァテインが止めとなった。切り裂かれ、イフリートは、そのまま炎に包まれていく。欠片一つ残さず、完全にイフリートは燃え尽きた……。


    「目ぼしいものは残らない、か……」
    「うん、そうだね」
     兎の言葉に、殊亜はため息混じりにこぼす。燃え尽きたイフリートが消えた後に、目ぼしい痕跡は残っていない。あれが、本当に竜種なのか? それさえも予想の範囲を出なかった。
    「あ、れ……? 俺達……?」
    「はい、タオルと飲み物! 今日は熱いし、しょうがないよね」
    「熱射病だろう、気をつけるといい」
     測量士達にタオルと飲み物をうらりは手渡し、利恵はそう誤魔化した。
    「大丈夫か? 何かに襲われたやもしれぬのう。気をつけて戻るのじゃぞ」
    「え、あ……おお……?」
     上着と壊れた測量機を受け取って、奏の言葉に測量士達は首を捻りながらもその場を後にする。折花は、その後姿を見送って苦笑した。
    「うん。一応一件落着、かな?」
     折花の言葉に、仲間達もうなずく。あくまで、一応だ――しかし、その周囲にある住宅街やそこに住む人々の平穏が守られたのだ……その事自体が、一つの確かな戦果だった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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