可愛い絆

    作者:奏蛍

    ●可愛い甥
    「ねぇ、僕オムライスがいいな」
     可愛らしい手で弓子の服を握ったのは、今年五歳になる甥だった。月に一回、弓子は凌を預かっている。
     結婚して五年たっても、二人きりの時を大事にする姉夫婦なのだ。その時間を作るために、最初は協力しているだけだった。
     けれど面倒を見るうちに凌が可愛くてしょうがなくなっていた。凌に言われるまま、オムライスを作って食べさせる。
     嬉しそうに口に運ぶ姿に自然と弓子の表情は笑顔になる。疲れも吹き飛ぶと言うものだ。
     お風呂に入れて寝かせると、弓子はほっと息を吐いた。凌は可愛いが、子供は可愛いだけではない。
     面倒を見るのも大変なもの。けれどそれを差し引いても、凌が可愛くてしょうがないのだ。
     明日は一緒に動物園でも行こうかと思いながら、弓子も眠りにつくのだった。静かになった部屋の中に、いつの間にか不思議な宇宙服を着た少年が立っていた。
    「君の絆を僕にちょうだいね」
     弓子の枕元で少年が囁いた瞬間、弓子の頭上に紫と黒の気持ち悪い卵が現れた。そして現れたのと同じ様に、少年はいつの間にか消えていた。
    「今日はどこに遊びに行くの?」
     目を覚ました弓子のそばで、すでに目を覚ましていた凌が可愛らしく首を傾げた。けれど弓子は何も感じなかった。
     あんなにも可愛いと思っていた凌を見ても、可愛いと思えない。今までは命にかえても守ってあげたいとすら思っていたはずなのに……。
    「どうしたの?」
     凌の表情が困惑していく。けれど弓子の心は動かないのだった。
     
    ●絆を取り戻して!
    「絆のべヘリタスの事件だよ!」
     灼滅者(スレイヤー)が足を踏み入れると、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が口を開いた。ダークネスの持つバベルの鎖の力による予知をかいくぐるには、彼女たちエクスブレインの未来予測が必要になる。
     強力なシャドウ、絆のべヘリタスの関係が深いだろう人物が、一般人から絆を奪っているのだ。そして絆のべヘリタスの卵を産み付けているらしい。
     この卵が次々に孵化していくと考えると、悪夢以外の何者でもない。しかし孵化した直後を狙えば、条件によっては弱体化が可能だ。
     絆のべヘリタスがソウルボートに逃げ込んでしまう前に、灼滅してもらえたらと思う。孵化してからソウルボートに逃げ込むまで、だいたい十分というところだ。
     絆のベヘリタスの卵は、産み付けた相手の絆を栄養にして成長する。そして孵化した絆のベヘリタスは、産み付けた相手と絆を持っている相手には攻撃力が減少する。さらに被るダメージが増加してしまうという弱点を持っているのだ。
     この条件を利用すれば、孵化直後の絆のベヘリタスを灼滅することが可能だ。そのため、卵を産み付けられた人物とどれだけ絆を結べるかが問題になってくる。
     今回、甥の凌との絆を奪われた弓子は二十六歳の会社員だ。性格は温和で、困っている人がいると放っておけない。苦手な人はいるが、基本的には誰に対しても優しい。
     みんなが弓子と絆を持てるのは、卵が孵化する前日からとなる。絆の種類だが、別にプラス方向でなくてもいいのだ。
     マイナス方向であろうと強い絆であれば問題ない。恋心や友情でも、憎しみ悲しみでも効果は同じなのだ。
     そして先にも言ったが、絆のベヘリタスは強敵だ。絆を結ばずに戦ったらまず勝てないだろう。絆が強ければ強いほど有利になる。
     卵が孵化する前日、弓子は会社が休みのため遊びに出かける様だ。のんびり家の近くを散歩して、その後カフェで早めのランチを取る予定だ。
     その後は特に予定もなく、ブラブラするか家に帰るか……と言った感じになっている。卵が孵化するのは、日付を跨いでから一時間後。
     孵化した絆のベヘリタスはシャドウハンターのサイキックとリングスラッシャーを使ってくる。灼滅が出来なくても、撃退させることが出来れば成功だ。
     しかし撃退も逃亡ということになる。逃がしするぎると絆のべヘリタスの勢力を強大化させてしまう原因にもなり得る。
     また灼滅出来た時は、失われた絆が戻ることになる。
     その後のフォローが必要になる場合もあるだろう。しかし絆の結び方によってはフォローすることが難しい可能性がある。
    「頑張って絆を結んでね!」
     ぐっと拳を握ったまりんが、みんなを送り出すのだった。


    参加者
    天方・矜人(疾走する魂・d01499)
    唯済・光(つかの間に咲くフリージア・d01710)
    長姫・麗羽(高校生シャドウハンター・d02536)
    楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)
    天峰・結城(全方位戦術師・d02939)
    シャルロッテ・クラウン(残念な海賊きゃぷてんくらうん・d12345)
    愛宕・時雨(小学生神薙使い・d22505)
     

    ■リプレイ

    ●散歩とランチ
     頭上に浮かぶ不気味な卵を愛宕・時雨(小学生神薙使い・d22505)が鋭い金色の瞳で見つめる。非常に不本意そうに見えるのは、気のせいではないだろう。
     こどもと大人の絆など知ったことではない。けれど弓子にそっぽを向かれた凌のことを考えると、放っておくわけにもいかない。
    「この辺りだね」
     小さく呟いた時雨が歩いてきた弓子の目の前で足をもつれさせた。ずざっと言う音を立てて転がった時雨に驚きの声が上がる。
    「き、君、大丈夫!?」
     慌てて抱き起こそうと、弓子が時雨に触れた。そして瞳を見開いて息を飲む。時雨が咄嗟に弓子の手を振り払ったのだ。
     弓子には時雨が接触恐怖症だと言うことがわかっていない。戸惑う弓子と同じ様に戸惑っていた時雨が、小さく息を吐いた。
    「気安く触れるな!」
     自分で起き上がりながら生意気そうに言うと、体についた汚れを払う。
    「それ、今の怪我じゃ……ないよね?」
     今度は弓子も手を伸ばそうとはしなかった。しかし服の下から覗いた時雨の体の痣に、眉を寄せる。
    「それより、アイツどこ行きやがった」
     痣なんて大して重要ではないと、誤魔化しながら時雨が周りを見渡す。
    「こんなとこにいたの?」
     時雨と親戚と言う設定だった唯済・光(つかの間に咲くフリージア・d01710)の息が微かに上がっている。どうやら割と本気で探していたらしい。
    「この僕を置いてどこかに行ったのはキミだよ」
     上から目線で返事を返した時雨がぷいっとこどもっぽく横を向く。
    「親戚の子供なんですよ」
     光と時雨を交互に見た弓子に、光が事情を説明する。
    「かわいいんだけど、それだけじゃなくって大変」
     先を歩く時雨を見ながら光が苦笑する。
    「疲れてる時なんかは中々かわいいと思えなかったりしますよね」
     憎たらしいなーとかも思ったりもするが、それが自然なことなんだと思うと言うと弓子が瞬きする。そう、確かに子供ってそうゆうものなのだ。
     時雨を見てそう思う。けれどなぜか、凌のことを思い出すと何も感じない。
    「子供の面倒を見るって大変よね」
     結局、弓子は無難な返事を返すしかなかった。
    「迷惑かけた側がこんなこというのもあれなんですけど……」
     お互い無理をしないようにしましょうねと柔らかく首を傾ける。時間を確認した光が時雨に声をかけた。
     光のそばに戻ってきた時雨が、生意気そうな顔のまま弓子を見上げる。
    「キミ、こどもが好きなのかい?」
     突然の質問に、弓子がきょとんとした顔をする。
    「こどもの扱いに慣れていそうだと思っただけだ」
     気にするなと言って駆け出した時雨を追って、光が歩き出した。
    「あの子、大丈夫かしら……」
     触れようとした時の反応、服に隠された痣を思って心配そうな顔をする。けれど親戚だと言う優しそうな光を思って顔を緩め、そのままカフェに足を向けるのだった。
     見慣れたカフェのメニューに目を通していた弓子は、誰かの視線に顔を上げた。テーブルに顔を乗せたシャルロッテ・クラウン(残念な海賊きゃぷてんくらうん・d12345)だった。
    「な、いっしょのてーぶる、いーか?」
     三白眼がどこか猫の様なイメージを与えて、さらに下から見上げられたら可愛くて……。
    「すみません」
     楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)が急いでシャルロッテのそばに来る。
    「ひとりやふたりより、みんなでくったほーがたのしーし!」
     背伸びしてテーブル越しに弓子の方に身を寄せるシャルロッテがさらに可愛く見えてしまう。
    「えっと、お兄ちゃん……かな? 良かったら一緒にどうぞ」
     柔和な表情と優しそうな雰囲気を漂わせる梗花に、椅子を勧めるのだった。

    ●非日常
     良くここでランチをすると聞いた梗花がメニューから視線を外した。
    「ここのオムライス、美味しいですか?」
    「グリンピースが嫌いじゃなければ、美味しいと思いますよ」
     前にここでオムライスを食べた凌がグリンピースが入っていると涙目になっていたことを思い出して、弓子が返答した。
    「ありがとうございます。僕、オムライスが好きなので」
     にこりと笑う梗花を見て、弓子も頬を緩める。
    「食べさせてあげたい人がいるんです」
     どうしたらふわふわとろとろに出来るか日夜研究中と語る梗花に、弓子がうんうんと頷く。柔らかい表情を見るに、二人に打ち解けている様だ。
    「ロッテは何食べる?」
     メニューを机に置いたシャルロッテに、梗花が首を傾げた。
    「あたいはオムライス! にーちゃんは?」
     元気よく答えたシャルロッテに瞳を微かに見開いた弓子の顔が破顔する。弓子にとって、思いもしなかった楽しいランチとなった。
    「ねーちゃん、ありがとな!」
     おかげで楽しかったと言って元気よく手を振ったシャルロッテに、弓子が手を振り返した。
     さてこれからどうしようかと歩き始めた弓子の視線が大道芸に止まった。何度も通ったことがある道だが、大道芸を見たのは初めてだった。
    「そこのお姉さん! ちょっと手伝ってくれないか?」
     骸骨の仮面を見た瞬間に声をかけられて、弓子がびくりと肩を震わせた。おずおずとそばにきた弓子に天方・矜人(疾走する魂・d01499)がボールを渡す。
    「好きに投げてくれ!」
     そう言って、まずは三つのボールでジャグリングを始める。言われるままに、弓子がボールを放った。
     難なくボールを一つ加えてジャグリングは続く。
    「お姉さんうまいな」
     矜人の声掛けに、弓子が少し恥ずかしそうに笑みを作ってまた一つボールを放る。わざと落としそうに見せた矜人がギリギリでボールをすくい上げた。
     自分が投げたボールだけに、はらはらした弓子がほっと息をついて楽しそうに笑みを作る。どんどん数を増したジャグリングが終了した時には、弓子の息が上がっていた。
    「ありがとな」
     お礼を言いながら、矜人がタロットカードを取り出した。そして弓子を占う。
    「このカードは恋人」
     意味はいろいろあるのだが、今の弓子に合うのは間違いなく絆だろう。カードを受け取った弓子が不思議そうな顔をする。
    「近いうちに絆が役立つ時が来る」
     だから今日起こった事はよく覚えておくといいと言って、矜人は片付けを始める。カードを見ながら、ぼんやりと歩き出した弓子は突然視界に入った人影に息を飲んだ。
    「あの、すみません……」
     さっと横に避けようとした弓子に合わせて、長姫・麗羽(高校生シャドウハンター・d02536)がわざと同じ方に移動する。戸惑う様に見上げた麗羽の表情は軽薄そうな笑みを作っている。
     素顔を隠す目隠しを外した麗羽が遠慮なく弓子を見る。
    「へぇ、お姉さん可愛いね。彼氏とかいるんじゃないの?」
     完全に役に成りきった麗羽が弓子に喋る隙を与えずに、口を開いていく。どんなタイプが好き? どんなタイプが苦手?
     軽薄な男そのままに、麗羽は次々と話題を振っていく。そして後ろで黙って立っている天峰・結城(全方位戦術師・d02939)にも弓子は困惑していた。
     麗羽と違って声をかけるわけでもなく、軽薄そうな雰囲気もない。ただ静かに普通に立っていることが弓子にはどこか怖く感じる。
    「やたらと世話焼きたがる女はダメだよねー、ダメ男製造機って感じで」
    「あの……」
    「つくしたからお返しが欲しいとか、自分が好きでやってたんじゃないの? って感じ?」
     麗羽には言葉は裏と表の要素があるように思える。世話の焼きすぎが良くないのは、何でもしてしまったら相手のためにならないからだ。
     皆に優しいのは、大切な相手への差がわかりにくくその他大勢と一緒なのかと思わされる。困っている人に頼まれたら放っておけないのも、嫌だけどしょうがなくやっているように思われる可能性もある。
    「そんな一緒にいても面白くないおばさんなんて相手にしてないでさっさと行きましょう」
     結城の言葉に麗羽が振り向く。
    「どうせ一緒に遊んでくれる相手もいないから一人でふらふらしてるんでしょうしね」
     馬鹿にするような結城に、弓子は息を飲む。今日初めて会った人になぜ言われなければいけないのかという憤りを感じるのだった。

    ●孵化した悪夢
     布団に入る前に、もう一度もらったカードを見た弓子が一日を思い出してため息を吐いた。喜怒哀楽の一日というのだろうか。
     いろいろな感情に疲れて、すぐに目を閉じた。
    「うまく絆を結べているといいのですが……」
     静かに部屋の中に侵入した結城が考える様に呟く。
    「そろそろ時間だぜ」
     矜人の言葉通り、部屋に置かれた時計は日付を跨いでもうすぐ一周するところだ。弓子が眠る部屋のドアに手をかけた瞬間、何かが落ちる音が響いた。
    「お目覚めかい?」
     さっとドアを開けた時雨が、床に転がる弓子を見てにやりと笑う。この状況でなかったら、ちらりと覗いた八重歯が愛らしいと思うところだ。
     しかし今はそんなことより目の前に現れた不気味な存在に気を取られていた。恐怖を感じさせる仮面にボロボロの黒い布。
     何もされていなくとも、そばにいるだけで息が止まりそうなほどの威圧感が迫ってくる。
    「このねーちゃんのだいじなもん、かえしてもらうぜ!」
     海賊旗のついたマストを突きつけながら、シャルロッテが宣言する。そして自らの影を走らせた。
    「僕が必ず、守ってみせるから」
     その間に力を解放させた梗花が、孵化したベヘリタスと弓子の間に身を滑らせる。そして夜霧を展開させ、前にいる仲間を包み込んでいく。
     同時に光が結界を構築し、ベヘリタスに先制を決めた。突然の乱入者に身を震わせたベヘリタスを、シャルロッテの影が大きく口を開けて飲み込もうとする。
     咄嗟に身を捻ったベヘリタスの体が驚きが伝わる。
    「さあ、ヒーロータイムだ!」
     音を遮断した矜人が一気に前に飛び出したのだ。殴りつけるのと同時に魔力を流し込み、体内から爆破させる。
     衝撃に吹き飛ばされたベヘリタスに、結城が狙いを定めていく。昔なら絆を奪われるなんてことは気にもしなかった。
     けれど今はそれがどれだけ辛いか結城にはわかる。
    「確実に消す」
     冷酷に呟いた結城が漆黒の弾丸を放った。撃ち貫かれた体に時雨は生み出した風の刃を放つ。
     鋭い風の刃に斬り裂かれながらも、ベヘリタスが動いた。七つに分裂させたリングスラッシャーが容赦なく前にいる仲間を薙ぎ払った。
     衝撃に息を飲みながらも、麗羽がシールドを広げる。そして周りにいる味方ごと守りを固めさせるのだった。

    ●絆
     目に見えるものだったら奪い返すことも出来る。しかし目に見えないものを奪うというのは厄介な話だ。
     でもだからこそ取り戻さなければいけないと矜人は思う。ベヘリタスの好きにさせるわけにはいかないのだ。
     破邪の白光を放つ矜人の強烈な斬撃がベヘリタスを斬る。さらなる斬撃を避けるように後ろに飛んだベヘリタスの後を追って麗羽が床を蹴った。
     影を宿した麗羽の攻撃と、自ら後方に飛んだ勢いでベヘリタスの体が床を転がる。
    「おつぎは、はちのすだぜ!」
     ベヘリタスが起き上がる前に、大量の弾丸をシャルロッテが連射していく。
    「五分だよ」
     アラームの音に反応した時雨が声をかけるのと同時に、自らの影を向かわせる。スズメバチの姿でベヘリタスに突っ込んだ影が、直前で広がり蔦となって絡みついていく。
     瞬時に刃をジグザグに変形させた結城が蔦に絡め取られたベヘリタスを切り刻む。暴れた体が影の蔦から逃れ、漆黒の弾丸を放つ。
     向かってくる弾丸に息を飲んだシャルロッテが身を守るように構える。そして瞳を微かに見開いた。
    「大丈夫よ」
     シャルロッテの代わりに漆黒の弾丸を受けた光が微かに眉を寄せながら声を出す。そしてそのままベヘリタスに突っ込んだ。
     オーラを宿した拳を繰り出していく。そんな光に梗花が指先に集めた冷食を撃ち出し回復する。
     最後の一撃と思い切り拳を突き出した光が、間合いを取るように身を離す。攻撃にふらついたベヘリタスだったが、そのまま身を滑らせた。
     不気味な仮面が一気に目の前に現れて、結城が身を離そうと体を捻る。しかし影を宿した武器は結城の体をとらえ、体に衝撃が走る。
     飛ばされた体が壁にぶつかる前に、結城は床に手をついて持ちこたえる。その威力に微かに息を吐きながらも、動きを止めることなく漆黒の弾丸を再び撃ち出した。
     梗花もすぐに動き、結城を回復していく。手回しペッパーミルのガトリングガンに手を伸ばした時雨が、弾丸を嵐の様に撃ち出しばらまく。
     身を守るようにして弾丸を受けるベヘリタスに、矜人が剣を非物質化させて攻撃する。衝撃に身を仰け反らせたベヘリタスの足元がふらついた。
    「てめー、さめのえさな!」
     いつの間にか影を走らせていたシャルロッテが言うのと同時に、鮫の形となった影が飛び出し斬り裂く。足元に気を取られたベヘリタスの頭上から麗羽が飛び蹴りを炸裂させる。
     上下からの攻撃にベヘリタスが俯いた。鳴ったアラーム音に時雨が自信に満ち溢れた笑みを浮かべた。
    「七分だけど、もう終わりだね」
     時雨が口にした時には、光が飛び出していた。光のビハインドの攻撃を避けるために後ろに飛んだ体にオーラを宿した拳が繰り出される。
    「逃がしやしねぇぜ!」
     光が場所を開けるように後ろに飛ぶと、ベヘリタスと光の間を埋めるように矜人が前に出る。そして殴りつけるのと同時に魔力を流し込んだ。
     矜人の体が離れると、体内からの爆破が始まる。仮面がひび割れ、布が焼けていく。
     粉々になったベヘリタスは、跡形もなく消えていた。
    「大切なものを思い出したかい?」
     呆然としている弓子に時雨が声をかけると、びくりと体を震わせて瞬きする。そして記憶が押し寄せる。
     先週、自分が凌に取ってしまった態度と傷ついた表情。
    「悪い夢だったんですよ」
     気持ちを察して光が優しくなだめるように囁いた。
    「どうぞ」
     落ち着くかと梗花が差し出したホットミルクを受け取った弓子がその甘い香りに少し力を抜く。
    「不安にさせたことは謝ってきたらいいんじゃないかい?」
     絆をなくしたのは弓子のせいではない。けれど、凌にはそんなことはわからない。
     だから謝ってきたらいいと時雨は思う。
    「……作戦とはいえ馬鹿にして済みませんでした」
     戦っていた時の冷酷な雰囲気は息を潜め、冷静な結城がそこにいた。落ち着きを取り戻した弓子に頭を下げると、柔らかい笑みを返される。
    「ありがとうね」
     渡されたカードと出会った人。自分を助けるために尽力してくれたことがわかる。
     そのお礼の言葉と笑顔は、目立たないようにしている麗羽にも注がれていた。
    「ゆっくり休んでください」
     梗花の言葉に頷いた弓子を残して、灼滅者たちは外に出る。時雨に飴を買ってあげたいと言う光の声と、仲間の話し声が混ざり合う。
     どうか、よい夢を……弓子とそして凌君も。囁いた梗花の声は、仲間の笑い声に溶け込んだ。

    作者:奏蛍 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月29日
    難度:普通
    参加:7人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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