裁き代行します

    作者:海乃もずく

     その学校には、言い伝えがあった。
     ――粗大ゴミ置場の目安箱に、裁きを望む相手の罪状を記して投函すれば、しかるべき裁きが下る――
     一時は忘れられていた言い伝えが、今、校内でクローズアップされている。目安箱で訴えられた生徒が次々と負傷しているためだった。
     交通事故、階段からの転倒、犯人不明の襲撃……。
     ……次々と起きる目安箱の『裁き』、実行者は、実は3年の椎橋・竜ノ介(しいはし・りゅうのすけ)。この目立たない一生徒の仕業だと、誰も知らない。
    「……滝川先生は、この時間は部活だな」
     今日も竜ノ介は目安箱の手紙を手に、体育館裏に向かう。物陰で待っていれば、いずれ滝川先生がここにやってくるだろう。
     『裁き』の内容は日に日にエスカレートしている。今日あたりは殺してしまうかもしれない。
     そうなったら後戻りはもうきかないことを、竜ノ介は、知らない。
     
    「一般人が闇堕ちしてソロモンの悪魔になる事件が、発生しようとしているよ」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)の話によると、事件はある中学校で起きている。
     通常なら、ダークネスとして闇堕ちするとすぐに人間の意識はかき消えるのだが、彼は元の人間としての意識がまた残っており、ダークネスの力を持ちながらも、ダークネスになりきっていないという。
    「その子の名前は椎橋・竜ノ介(しいはし・りゅうのすけ)君。もしも、彼が灼滅者の素質を持つのであれば、闇堕ちから救い出してあげて。完全なダークネスになってしまうようであれば……」
     一瞬言葉を詰まらせ、しかし、まりんはきっぱりと言った。
    「その時は、彼を灼滅して」
     現在の状況だが、竜ノ介の学校では、今、『目安箱の裁き』という現象が起きている。
    「心ない言葉、横暴なこと、不平等な扱い。そんな目にあったら、誰にそれをされたかを目安箱で訴えるの。しばらく待つと、訴えられた人に不幸が起きるんだよ」
     学校の怪談めいた話だが、それをダークネスの力で実行しているのが、竜ノ介なのだという。
    「全ての訴えに『裁き』が下るわけではないの。言いがかりやねつ造には、何も起きないんだって」
     竜ノ介君が選別しているんだろうね、とまりんは続けた。
    「竜ノ介君が次に狙うのは、滝川先生という体育の教師。今までの犠牲者は骨折で済んでいたけれど、今回はついに殺してしまう」
     放課後、体育館裏で待っていれば、竜ノ介が現れる。そこが接触の機会になるとまりんは言う。体育館裏は戦闘に支障はない場所だが、人避け対策は必要だろう。
    「体育館裏は学校の敷地外に面しているから、短時間なら部外者が入り込んでもバレないよ。迷い込んだですむからね」
     竜ノ介を闇堕ちから救う為には、『戦闘してKO』する必要がある。KOすると、ダークネスであれば灼滅され、灼滅者の素質があれば灼滅者として生き残る。
     戦闘になれば、竜ノ介はリングスラッシャー相当のサイキックを使う。
     また、竜ノ介の心に呼びかける事で、戦闘力を下げる事ができる。
    「竜ノ介君はもともと、頼み事に応じることが好きな人だったみたい。誰かの困り事を解決してあげるのって、気分がいいよね」
     誰かが人としての竜ノ介に、今の行為は間違えていることをきちんと指摘する必要がある。そう、まりんは言う。
    「竜ノ介君が闇に堕ちないよう、言葉をかけてあげられるのはみんなだけだよ。どうか、彼を助けてあげて!」


    参加者
    羽守・藤乃(君影の守・d03430)
    三影・幽(知識の探求者・d05436)
    伍井・昇(大空翔ける鯉幟・d05802)
    御印・裏ツ花(望郷・d16914)
    鬼追・智美(メイドのような何か・d17614)
    駿河・一鷹(迅雷銀牙ヴァーミリオン・d17774)
    御剣・菖蒲(殺戮の福音・d24357)
    ミィナ・セレイユ(夢蛍・d27975)

    ■リプレイ

    ●目安箱の少年
     椎橋・竜ノ介より一足早く、灼滅者たちは体育館裏に到着した。体育館やグラウンドからは、活気あふれる部活中の音が響いている。
    「……今回の依頼、彼の為にも……失敗は許されませんね……」
    「灼滅しないで助けたいな。やり方は違えど正義の心は素晴らしいし、きっと……」
     決意を秘め、三影・幽(知識の探求者・d05436)が拳を握りしめる。伍井・昇(大空翔ける鯉幟・d05802)が口もとをひき結んで頷いた。
    「椎橋くん……来た、なぁん」
     ミィナ・セレイユ(夢蛍・d27975)が、ナノナノのなのを伴ってひょこっと戻ってくる。ほどなく、静かな足音がして、椎橋・竜ノ介が現れた。
     エクスブレインの話どおり、これといって特徴のない男子生徒。しかし、駿河・一鷹(迅雷銀牙ヴァーミリオン・d17774)に言わせれば、平凡と評するには瞳の力が強すぎる。
     人を助けたい、力になりたい。
     そんな信念を持つ者の目。
    (「だからこそ、彼のやり方を認める訳にはいかない」)
     思いがけず人がいたことに驚いたのか、竜ノ介は足を止める。鬼追・智美(メイドのような何か・d17614)礼儀正しく頭を下げた。
    (「人を傷つける竜ノ介さんの行為を正しいと言うわけにはゆかないのです」)
     戸惑いつつも、頭を下げて智美に挨拶を返す竜ノ介。
    「御機嫌よう。貴方、竜ノ介というのでしたか」
     一歩前へと出た御印・裏ツ花(望郷・d16914)は、赤い瞳で竜ノ介を見上げ、端的に言う。
    「貴方が行っていることをわたくし達は知っております」
    「……ッ!?」
     全身を硬くした竜ノ介の周囲に、一つ、二つとサイキックの光輪が浮かび上がる。
    「待てって、俺たちの話を聞け! お前の言うことも分かるよ。俺も、そういう部分あるし……」
     御剣・菖蒲(殺戮の福音・d24357)のフォローにも、竜ノ介は意に介さない。既にダークネスの人格がかなり表に出ているようにも見える。
     それでも、人としての竜ノ介に言葉が届くと信じ、戦いの中でも声をかけ続けるしかない。
    「仕方ないな。――ライズ・アップ!」
    「鯉幟の使者、ヒーロー見参!!」
     一鷹はスレイヤーカードを天にかざし、強化スーツをまとう。続いて昇がヒーロー姿に。他の6人も次々とスレイヤーカードを解放する。
    (「もしも、椎橋さんが説得及ばず完全に闇落ちしてしまったら……」)
     人避けの殺気を放ちながら、羽守・藤乃(君影の守・d03430)は、ある種の覚悟と共に胸中で呟く。
    (「……そうなってしまった時は、躊躇わずに灼滅を」)

    ●裁きがあるのは何のため
     竜ノ介は、輝く光輪を次々と灼滅者にぶつけてくる。
    「目安箱の正体って、気づかれなかったのが不思議なくらいだよな。で、どうするんだ? 自首でも勧めるか?」
     光輪の一つが、弧を描いて昇の肩に刺さる。ガンナイフの引き金に指をかけたまま、昇は声を張り上げる。
    「竜ノ介、お前が人を救う気持ちは間違ってない!」
     昇の言葉に、何人かが頷いた。思わぬ言葉に目を瞬かせる竜ノ介へと、昇は言葉を続ける。
    「でもさ、お前が加害者になったら……悲しみを生む立場になったらダメだろう!」
    「椎橋くん。恨みは恨みを呼び、連鎖するなぁん」
     ミィナが手を一振りすると竜ノ介を包む空気が凍り、冷気が白いもやをつくる。
    「椎橋くんが今まで『裁き』を与えた人達にも、家族がいて、友達がいます……それを絶対に、忘れてはいけません」
    「忘れてなんかいない。ただ、恨まれても憎まれてもいい、それでも苦しませたい相手、殺したい奴が世の中にはいるんだ」
    「……竜ノ介さん、あなたは……」
     後方から清浄な風で仲間の傷を癒やす幽は、思わず呟く。
     竜ノ介の闇堕ちは、善意の行動からの闇堕ち……。
    (「この人は、人を想う気持ちが、少し……曲がってしまったのかもしれませんね……」)
     竜ノ介を中心にサイキックの嵐が吹き荒れる。周囲の光輪は回転数を増し、一斉に前衛へと向かう。
    「でもさでもさ、きちんと相手の言い分も聞いてやんないとさ!」
     菖蒲の放つ彗星の一矢が、竜ノ介を守る光輪にぶつかり、激しい音と光を放つ。
    「聞く意味なんかない、他人の痛みを理解しないような奴らだろう!」
    「それじゃあなんつうの、独りよがりになっちゃうし! 守りたかったはずの奴にまで、嫌われちまうし、色々失っちまうよ!」
     キィン、とかん高い音を立てて矢が弾かれる。その間に距離を詰めた一鷹が、竜ノ介のみぞおちへと超硬度の拳をふるう。
    「いいか、聞け。……こんな真似を繰り返していたら、いずれ皆、『裁き』に頼るようになる」
     嫌な思いをしたら、目安箱に復讐を依頼すればいい。
    「いいじゃないか。どこに問題がある」
     その時、静かに問いかけたのは、藤乃だった。
    「……貴方が本当にしたかったのは、裁くこと、なのですか。理不尽に嘆く方の力になりたかったのではないのですか?」
     だとしたら、理不尽に理不尽を返しても、問題の解決にはならないと。
     穏やかに話す藤乃から伸びる、連なる影の鈴蘭。
    「ただ無念を晴らすだけでは、何故裁きを受けるのか、裁かれた方には分からないままです」
    「『裁き』に頼るばかりでは、相手と気持ちを分かち合うことも、相手と解り合う機会も無くなってしまう。そうだろう?」
     藤乃に続く一鷹の言葉に、初めて竜ノ介の瞳が揺れた。
    「一度、自分自身に聞いてみると如何? 自分の行いは正しいのかどうか、と」
     裏ツ花はそう言って、マテリアルロッドを竜ノ介の胸元へとつきつける。
    「『裁き』と言うと偉業のようですが、他人の想いを理由にするという卑怯な形で、誰かを傷付けているとの自覚をお持ちなさい」
     ぴしゃりと言い切る裏ツ花に、反論しかけた竜ノ介は――しかし、唇をふるわせて、口をつぐんだ。
    「深呼吸して考えてみ? 自分が本当にしたいことをさ。やりすぎちゃってないかをさ」
    「貴方の思いは素晴らしいものであると思います。だからこそ、他の手段も、あったのではないのでしょうか?」
     菖蒲が、そして智美が次々と声をかける。
     竜ノ介を包むサイキックの光が、少しだけ弱まったようだった。

    ●思いよ届け
     今が勝負時と見たミィナは、中距離から一気に竜ノ介の懐に潜り込む。
    「破ッ!」
     ナノナノのなのが攻撃を受け止めている間に、直接拳で叩き込む魔力の爆発。
     竜ノ介の体が大きくぐらつく。そんな相手へクルセイドソードを真っすぐに構え、幽は向き合う。
    「気づいてください……目を背けないでください……貴方には、本物の……正しい心が宿っているはずです……!」
     つばぜり合いを仕掛けながら、幽は至近距離で言葉をかけ続ける。弾かれた刀身を非物質化させ、霊的防護を貫く一撃。
     しばらく前から、竜ノ介は反論の言葉を発しない。おそらく、説得のヤマは越えている。
     しかし、ここからが正念場。人としての意識を持たないまま灼滅されれば、竜ノ介はダークネスとしてその生を終えてしまう。
     そう考えると、菖蒲の手には自然と汗がにじむ。緊張を抑え込み、赤い逆十字を現出させる。
    (「初めての戦闘が、まさか俺と同じタイプのやつとはな……」)
     問答無用の断罪を。その思いは、菖蒲も理解できる。それでも。
    「でも、やりすぎは何事もだめなんだよ!」
     菖蒲のギルティクロスは竜ノ介に直撃。そこへ裏ツ花はオーラの拳で連打を放つ。
    「此度は貴方を止めに来ました。……人に戻れるうちに救います」
    「お前の力を生かせる場所で、その思いを正しいやり方でつなげていこうぜ!」
     救える力がお前にはある、その昇の言葉は、竜ノ介の心にどこまで届いているだろうか。
     昇にとっても初めての依頼。ブレイズケートと違い『人』相手の戦いだと思えば、一手一手に力が入る。
    「いくぜ、利根川ビーム!」
    「永劫の盾……顕現せよ……」
     幽のシールドリングに合わせ、霊犬のケイも六文銭射撃で援護をする。
     竜ノ介の反撃は弱まっているものの、彼を囲む光輪は、今だ輝きを保ったまま。
     無言で光輪を放つ竜ノ介。その攻撃を受けた……と見えた刹那、一鷹はフォースブレイクの一撃を決めた。
    「……俺と君は似てる。どっちも願いを背負ってる……」
     背負った願いが、一鷹をヒーローたらしめている。人を助けたい、力になりたいという気持ちはよくわかる。
     だからこそ。
    「……だから、絶対助ける!」
     赤と黒の強化スーツに身を包む一鷹は、ヒーローとして、竜ノ介の救出に全力を注ぐ。
    「……どうか……貴方の本当の志を諦めないで下さい」
     藤乃は咎人の大鎌を頭上に掲げる。空間に召喚される無数の刃。藤乃の虚空ギロチンと同時、智美からも網状の霊力が放射される。
    「どうか……何が正しいのかをご自身で判断なさって下さい……! 貴方にはそれが出来るはずです……!」
    「目を覚ませ! 真実の訴えを見つけ出せる君だから、他人を想える君だから、出来る事がある筈だ!」
     藤乃の、智美の、そして一鷹の言葉に、ふと竜ノ介が反応する。
    「……俺に、できる事……俺の、志……」
    「そうです! もうこれ以上貴方の思いを、人を傷つける事に使うだなんて、勿体無い事はしないで頂きたいのです……!」
     智美のグラインドファイアを、霊犬のレイスティルが援護する。炎を纏った激しい蹴りが、智美から放たれる。
     いつしか竜ノ介のサイキックの力は弱まり、彼はぼんやりとした瞳で灼滅者達を見返した。
    「……よーく狙って……」
     ミィナは右腕を前に突き出し、恐らく最後の一撃となるだろう、マジックミサイルを放つ。
    (「キミなら、まだ、大丈夫」)
     ミィナの願いが託された魔法の矢は、吸い込まれるように竜之介に命中する。
     ……そして、力を失った竜ノ介の体は、どさりとその場に倒れた。
     彼の救出を祈る灼滅者たちに、見守られながら。

    ●これから目指す場所は
     ――その後。
     椎橋・竜ノ介は灼滅されることなく、新たな灼滅者として意識を取り戻した。
    「……武蔵坂学園?」
    「はい。先輩となって頂ければ嬉しく」
    「ボク達と一緒に……いこ?」
     裏ツ花やミィナの誘いに、即答できないでいる竜ノ介は、いろいろと思うところがあるのだろう。主に、自分がこれまでしてきたことに対して。
    「自分を見つめて、信じて差し上げて」
     戦闘中の厳しさを少しだけやわらげて、裏ツ花が言う。
    「これからが大変だけど……君は一人じゃない。苦労しようよ、お互いね」
     一鷹の言葉に、竜ノ介はまぶしげに顔を上げる。
     霊犬のレイスティルをなでながら、智美が言う。
    「あなたには嘘は見破る事が出来るだけの力が、判断力が、そしてそれを出来るだけの思いがあるのでしょう?」
    「……今となっては、できていたのかわからないけど」
     苦笑気味に言葉を返す竜ノ介へと、藤乃は真っすぐ目を合わせる。
    「問題を解決することは地道で苦労も多く、時に報われぬ迂遠なる道です。それでも訴えが正当なのか調べる貴方の誠実さがあれば、決して不可能な道ではないでしょう」
    「そうかな……だと、いいけど」
     緊張を解いた竜ノ介が、ようやく口もとに笑みの形をつくった。
    「このままどこかに買い食いにでも行きませんか? ほら、全員の友好を深める事も兼ねて」
    「せっかくだしな。でも、どこがいいかねぇ」
    「コンビニって……なんでも揃ってて、便利ですよね……」
     菖蒲の言葉に、幽は角のコンビニを指す。目星をつけていたらしい。
    「……そういえば」
     みんなの服をクリーニングで整えた昇が、竜ノ介の服もきれいにしながら口を開く。
    「もう、あの目安箱はいらないんじゃないか? 壊して前に進もうぜ!」
     竜ノ介は、一瞬、驚いたような表情を浮かべて……。
    「そうだね。……うん、その通りだ」
     笑みと共に、力強く頷いた。

    作者:海乃もずく 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 1
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