義善者たる彼の矜持

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     日の落ちきった路地裏は、既にすっかり黒い影に呑まれ通りがかる者もいない。
     古びた街灯が、無機質な白い光をアスファルトに向かって落としていた。黒ずんだ液体が飛沫のように散っては落ち、わずかに地を湿す。

     ――幸運だろう、夜だからわからないよなぁ。それさぁ、本当は赤色なんだ。
     ――お前の血なんだよ。なあ、お前らにも血が流れていることが、俺は許せないんだよ。

     恨み節と共に容赦なく撃ち下ろされる木刀の猛打は、もう何度目かわからない。
     腕を砕いて、足を砕いて、その後は。胸の骨が折れた音は、果たしてきちんと聞いたか忘れてしまった。だから、もう一度やる必要があるだろう。簡単なことだ。
    「よりによって俺をカツアゲの対象にするかよ」
     凶刃を振るう男の声はどこまでも静かで、そのくせ瞳には底知れぬ深い怒気と狂気をたたえていた。深々と路地に響く言葉は、自業自得とはいえ不運な被害者の耳には、もう届いていないよう。
     その襟首をぐいと掴んで立たせ、己の問いに対し反応が無いとわかれば、たちまち頭からアスファルトに叩きつける。
     相手は、見るからに屈強な不良生徒。対する男はどちらかというと細身で、そこまで大柄でもない。流れるようにその力業をこなすさまは、見る者が見ればすぐさま異常と思っただろう。
    「クズが」
     不良の着た制服のポケットからはずみで転がり落ちた学生手帳を拾い上げ、ページをぱらぱらと捲りながら、憮然とした顔で男は呟く。
     不良校。薄い唇が、ようやくわずかに弧を描いた。
    「潰す」
     相手は誰だって構わない。この腕を振るえるならば。そこに喜びがあるならば。何千何万もの敵と戦い、あまつさえ戦いの果てに屍を埋めることすら厭わない。
     戦鬼と化した男は、衝動が蠢くまま夜の街を歩みだす。
     ああ、愛用の木刀がよく手になじむ。
     そう、意味など無くても良かった。けれど、どうせなら正しいほうがいい。
     そうすれば、誰にも責められることなどありえないのだから。 
    ●warning
    「夜の闇は善も悪も、全てを等しく平等に包み込む……時が、来たようだな!」
     例によってアレっぽい台詞を呟いている彼は神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)である。
     要するにダークネス事件らしい。相変わらずだなぁという感想を抱きつつも、重要な話なのは集まった誰もが承知していた。
    「一般人が闇落ちしてダークネスになる事件は、もう噂に聞いたか? 今アンブレイカブルになりかけてる奴が居る。名前は露崎彰。剣道部の主将で、家族思いの真面目なスポーツマンだ。今は……若干ヤバい奴になってるがな」
     通常、人間が闇堕ちすればすぐに元の人格は消え去り、完全なダークネスになってしまう。けれど彼にはまだ元の人間の良心が残っているのだと、ヤマトは語った。
     灼滅者の素質。その可能性がある。もしこれが目覚めの予兆ならば、助けて連れ帰ってほしいと。
     そう言ってヤマトは地図を広げ、路地の一本に印をつけてみせる。
     
    「ここだな。この路地のあたりで露崎は『不良狩り』を行っていた。其処を逆に狩ろうと待ち伏せていたバカな不良が、一週間後の夜、奴に殺される」
     先ずは現場に急行し、どうにかその不良が露崎と鉢合わせないようにするべきだろう。
     そして後から現れた露崎に、自分たちが代わりに襲われるような状況を作ればいい。
     
     でもどうして不良狩りなんか、とひとりの灼滅者が問うた。ヤマトは一瞬にやりと皮肉めいた笑みを浮かべ、浅く息を吐き出してから口を開いた。
    「……普段真面目な奴ほど、腹の底に何を隠してるかわからねぇよな。周りに自分より弱い相手しか居なくて、いい加減退屈してたんだろ。『元々悪い奴なら、どれだけ痛めつけても誰も構わないだろう。俺は正しい』……恐らく、これが奴の行動原理だな」
     もっとも、露崎の理論を正しいとするべきか、正しくないとするべきかは俺でも判らなかったぜと、ヤマトは軽く肩をすくめた。
    「今は己の武に対する誇りが、辛うじて完全な闇堕ちから踏み止まらせている状態だ。お前達どう考える?」
     何にせよ、この状態は長くはもたない。いずれは誰彼かまわず、ただ強いものに対し牙をむくのだ。
     何か言葉を投げかけてもいい。
     それがうまく出来ないならば、武芸を嗜む者同士、拳に乗せて語ればいい。
     なにか思いが通じたならば、彼はその手を緩めることすらあるだろう。
    「一つ、これも重要な事だ。もし露崎が完全なダークネスになっちまうようなら……残された手は灼滅しかない」
     聞いていた生徒の一人が辛そうに俯いた。その背中をぽんと叩き、ヤマトは笑みを浮かべる。
    「俺の全能計算域と、お前達の力を信じてぶつかれ。最後に笑うのはお前達だ、心配すんな!」


    参加者
    外法院・ウツロギ(都市伝説:シリアルキラー虚姫・d01207)
    城代・悠(シャドウチェイサー・d01379)
    常磐・碧(陽狼・d01638)
    穂之宮・紗月(セレネの蕾・d02399)
    龍崎・ビリー(ビリー・ザ・ドラゴン・d04632)
    青柳・琉嘉(天信爛漫・d05551)
    緋薙・桐香(針入り水晶・d06788)
    峨峨崎・非(終焉リンネ・d06993)

    ■リプレイ

    ●1
     遠い空にしらじら輝いていた月が、黒い雲に飲まれ姿を消した。
     ――残念ながら、今日は良い悲鳴は聞けないようですわね。
     露崎彰。男の心を写すような月夜の情景に一瞬だけ目をやると、いっそ無造作なほどの足取りで、緋薙・桐香(針入り水晶・d06788)は路地裏の闇を歩む。
     ぴたりと止まれば、眼前の不良はようやく気配を察したのか振り返り、怪訝な顔で彼女を見やった。
    「どうにも、タダで帰ってもらうってわけにはいかなそうだねぇ」
     夜の闇に溶ける黒いパンツスーツを身に纏った、城代・悠(シャドウチェイサー・d01379)が、遠くで準備体操をしながら呟く。
     集中力を高める呼吸法と共に、立ったままでも出来る柔軟運動を繰り返す。彼女が戦闘前に必ず行っていることだ。隣では青柳・琉嘉(天信爛漫・d05551)がその動きを真似ている。微笑ましい光景であった。
     そんな様子を見ながら、姿を潜めていた穂之宮・紗月(セレネの蕾・d02399)と峨峨崎・非(終焉リンネ・d06993)は、民家の塀に身を寄せたまま顔を見合わせた。
     頼むのみでは足りない。桐香もそれは察している。低い声で嗤い、後ろ手に隠していたモノをおもむろに前へ構えた。
    「折角あの男を討ってあげるっていうのに、どうしても帰らないのね? じゃあ……お前から」
     解体ナイフ――。
     不良が目をむいたのを見て、自然と湧きだす笑みはもはや隠しきれず。
    「おー、桐香さんやるねー。どこまで演技だかわかんないねー」
    「マジ、さっきまでとは別の人みたい」
     全て不良を逃がす為の作戦。だがその迫力には、フォローのため傍の電柱の陰に待機していた外法院・ウツロギ(都市伝説:シリアルキラー虚姫・d01207)と常磐・碧(陽狼・d01638)も思わず感心する。
    「良い悲鳴で鳴いてくれる?」
     構えた刃先にうっとりと指を這わせ、桐香は止めの一言を吐く。白い指先に血の球が浮いても、気にするそぶりもない。
    「うっ……畜生、てめェ何だってんだよ!!」
     恐慌した不良は、しかし逃げずに襲いかかってきた。
     ――身の程知らずね。そのまま狩りたくなる衝動を抑え、桐香は一歩引く。これも予想の範囲内。
    「カッ!」
     ウツロギが素早く飛び出した。掌を前に突き付けマスクの下の目を見開き、気合の掛け声と共に王者の風を放つ。たちまち、不良はへなへなとその場に崩れ落ちた。
    「さぁ帰宅しなさいな」
    「……サーセンしたぁ」
     兄貴分に叱責されたかのように威勢を失い、とぼとぼと去っていく不良。仁王立ちで見送るウツロギの姿は、なぜか妙に様になっていた。
     兎も角、仲間たちは安堵の息をこぼす。しかし本番はこれから。

     静かに解除コードを囁いて、各々が獲物を構えた。
     路地裏を覆い潰すつかの間の静寂。
     その重さに耐え忍び、彼らは決闘者を待つ。

     龍崎・ビリー(ビリー・ザ・ドラゴン・d04632)が顔を上げた。
     続いて琉嘉が、悠が、碧が。
     肌を刺す殺気。猛き武を求め彷徨う魔人。
     間違える筈もない。
     ――宿敵。

    ●2
     露崎は長身痩躯の青年だった。夜ごと狩りを続けているからか、頬はこけ目には隈が浮かぶ。やつれた雰囲気の中でぎらぎら輝く目つきは、どう見ても常人のそれではない。
     それらしい格好をした碧とビリーをねめつけ、無言で木刀を構える。
    「What's up Man、オーオーおっかねぇ顔してんな、アンタが不良狩りか」
    「よくもあたしらのダチをやってくれたじゃねェか」
     碧が前に歩み寄り、掴みがかる。男は冷ややかな笑みを浮かべる。

     一瞬。
     気付いたら碧はアスファルトごと、足元から吹き飛ばされていた。

     圧倒的な速度を持った露崎の剣戟は琉嘉と非も巻き込み、天地を裂かんとする程の衝撃波となりて前衛を襲った。
     並の灼滅者は、鉄塊の如き大剣を用いてようやく可能な芸だろう。だが闇に堕ちた者の闘志は、それすらも覆す狂気となる。
    「おい」
     素早く身を引き、木刀で怠そうに肩を叩きながら、露崎は言う。
    「多勢に無勢って言葉。知ってるか? 分からないよなぁ。不良は馬鹿だもんなぁ」
     だがな。
     これで負けたら恥ずかしいって、流石にわかるよな?
    「面白い……纏めて来」
    「ビィィーーーーーーム!」
     全く空気を読まないタイミングでウツロギのバスタービームが炸裂した。
     恐怖の名を冠した武器を悠々と下ろし、彼は口元だけでしたりと笑む。
    「お喋りも良いけど、やはりキミみたいな相手には拳で語るものだよね。まぁ語りながら撃つんだけど」
    「……!! ちッ」
     これには流石の露崎も少々気を害したか。鉄仮面の頬が揺らいだ。
    「良いねぇウツロギ、アタシもその方がやりやすいよ。喰らいな!」
     悠がにやりと笑み、オーラを纏った拳を突き合わせる。練られた気が弾となって敵に襲いかかるや、赤き逆十字の刻印へと変わって思考能力を奪う。
     格上相手にも臆することはない。むしろ心の高揚すら感じている。
    「さぁ、もっとアタシを楽しませてくれよ!」
    「常盤先輩……っ」
     紗月が、膝をついたままの碧の姿に狼狽の声をあげた。
     正面からまともに露崎の剣技を喰らった碧の傷の深さは、生半可なものではない。
     砕けたアスファルトには、黒々とした血が流れていた。
     これが戦い。これがダークネスの力。怖い。天星弓を握る手が震える。
    「No problem、上等だ……強ぇじゃねぇかゾクゾクしてきやがる。立ちな碧! レディってタマでもねぇだろアンタ」
    「……当然ッ! なめないでよね!」
     学友として互いの強さは知る所。碧の横をライドキャリバーで駆け、ビリーは体当たりで露崎の構えを崩した。
     居合いは見切られ、木刀に阻まれる。続く鍔迫り合い。只の木刀だというのに、日本刀でも容易に弾き返せない。その強さに胸が躍る。
    「oh良いねぇ、だけど残念だ。ハートの方は弱っちいらしい」
    「俺は世の中を綺麗にしているだけさ。理性的で正しい行動だ。弱いと咎められる筋合いも、理由もない」
    「笑わせんなよ。結局力に飲まれてたら悪人と一緒じゃねぇか!」
    「Good job、ビリー!」
     その背後に碧が回り込んだ。二度目の攻撃を止める術は、無い。
    「強い人なら沢山いるよ。不良狩りなんてダサい真似しないでさ、正々堂々戦おうよ!」
     同じ戦士としての真っ直ぐで真摯な気持ち。共に高みを目指すものと、共に宿敵に立ち向かい、運命に抗う想い。ロケットハンマーは露崎の着た制服を肉と共に掠めとり、血を散らす。
     男が僅かに苦い顔をし、また一歩踏み込んだ。
     人数を凌駕する、圧倒的な力。武器のぶつかり合う音が響く度に、黒い血飛沫が散る。
     可憐な少女に見える非にすらも、容赦なくその凶刃は振るわれようとする。
     ――守らなきゃ。
     反射的に、間に滑り込んだ。襟元を掴まれ、小柄な琉嘉の身体が地面に叩きつけられる。
    「……! すまない」
    「ってー……あっ、平気へーき! あれ、あやめ先輩ちょっとふんいき違うな?」
    「それより傷は」
     非が心配げに琉嘉を見やる。けれど少年は笑ってぴょんと起き上がった。
     武骨な斧を構え、其処に眠る龍の力を呼び起こす。強き盾でありたいと願って。
    (「兄ちゃん、姉ちゃん、オレ今日は皆をまもるんだ。だから」)
     すりむいた傷は後で手当てしてもらえばいい。増えた絆創膏の数だけ、男は強くなるのだ。
    (「……皆、すごい」)
     傷ついても楽しげに奮戦する者たちの姿に、紗月は確かな心強さを覚えて癒しの弓をひいた。
     彼女にとっては、戦いはけして楽しいものではないけれど。
    「露崎さん……絶対に、貴方を連れ戻しますっ」
     己の力は、迷い人を救うためにあるのだと信じたい。
     痛みを乗り越えることも、また強さ。

    ●3
     戦いは続く。
     各々が傷を癒しながら継戦しようとするも、裂傷は次第に積み重なり、身を深く蝕んでいく。
    (「強ぇ……信じられねぇ位強ぇな、こっちは8人掛かりだぜ?」)
     桐香の放った霧がビリーの傷口を塞いだ。血は止まっても、裂けた傷は埋まらない。
    「っ……くっく」
    「どうした。気でもふれたかバイク男」
    「違ぇよ」
     ダークネスの力を、彼は面白いという。狂える武人の魂を分かち合う者として、ビリーは純粋に戦いを楽しんでいた。
    「あぁ面白れぇ、本当に面白れぇ、もっとだ、もっと楽しませろよ!」
     ライドキャリバーから飛び降り、ビリーは至近距離からの投げ技で勝負する。
     腕が痛む。傷は深い。しかし、それは露崎にとっても同じこと。
    「……ッ!!」
     いや。訴える事で彼の意思が揺らいでいる以上、流れは灼滅者達にあった。受け身を取って二度目の気合の咆哮をかけた露崎はぜえぜえと息を切らし、胸を押さえて忌々しげに吐き捨てる。
    「……うぜェ」
     抗い始めている。本当の彼自身が。
    「ねぇ、狂ってまで戦って楽しい? 私は嫌」
     この手で感じて、この耳で聞いて、楽しみたいの。
     けれど桐香は知る。その欲望が危険であることを。甘美な衝動に呑まれぬ術を。
     だから彼女は鮮血の刃をひるがえし、耳慣れぬ言葉で囁くのだ。
    「Erzählen Sie Schrei?」
     悲鳴を聞かせて――。

     木刀を握る手が、短く痙攣する。
     舌打ちと共に放たれた露崎の剣戟に、初撃のような破壊力はもう無い。
     かわす事も出来たかもしれない。が、非はあえて真っ向からそれを受けた。
     彩一文字と銘打たれた刀は、彼女にとって誇るべきものの一つ。
     剣には剣を。負けない。高く括りあげた桃色のポニーテールが、闇にとける黒のセーラー服が、衝撃でふわりと揺れる。
    「剣道部の主将という割に、粗い剣筋だ」
     露崎が目を見張る。凛としたその声は、戦う前の弱気な少女のものではなかった。
    「あんた何者だ」
    「私は、剣士だ。貴様と同じな」
     あやめにあらず。誇り高き剣豪、峨峨崎非。
    「嘆かわしい。貴様の剣はこんなことに使うものではないだろう? 行うべき正義はそんなことではないだろう? 剣士としての誇りがあるならば、弱者に剣を振るうな。討つべき敵を見極めろ!」
     剣を交えれば、攻撃を受ければ、相手の想いはわかる。今の露崎の剣には迷いがある。
    「今の正義を貫くと言うのなら、私の炎が許さない」
     そんな剣士などに私の誇りは砕けんと、非は上段から真っ直ぐに愛用の刀を振り下ろした。露崎の顔が裂け、受けた木刀にぴきりとひびが入る。
    「そうさ。あんたがやってんのは正しい事じゃない、ただの暴力だ!」
     思いを言葉にするよりも、拳で語るほうが自分らしいと悠も思う。
    「誰かを殺せば、あんたの家族も悲しむんじゃないのかね? 目を覚ましなッ!」
     家族。その言葉に露崎が攻撃を躊躇う。そこを見逃さず再び、裁きの赤十字を刻みつけた。
    「君も武人ならば、弱い者を狙うのを止めるのだよ」
     僕たちよりももっと強い、倒すべき相手が居るのだというウツロギの言葉に露崎が再び反応する。
    「ダークネス。君の中にも潜んでいる狂気の名前だよ。君が今抗っている、それだ。より強い相手を望むなら、さぁ。僕たちと共にその狂気と戦おう!」
    「うるさい!!」
    「おっと」
     銃を盾にして、ウツロギは露崎のがむしゃらな攻撃をかわした。灼滅者たちの攻撃を凌ぎ続けた木刀が、遂に二つに砕ける。
     馬鹿な。確かにそういう顔だった。けれど露崎は直後にまた、例の冷笑を浮かべたのだ。
    「お前……潰す。露崎彰……!!」
     震える腕を抑え、秀麗な顔を己の血で濡らし、狂える武人はただ戦いを求めんと正義に抗う。
     最後の咆哮をあげ、深手を負った碧に狙いを定め突進する。
    「……ハッ……当たらねぇよ!!」
     大見得を切るも、その是非は五分五分。しかし碧もまた笑っていた。
     武運が味方したか。間一髪で間に琉嘉が滑り込み、碧を庇う。
    「キミが、キミを誇りに思ってるのなら……ね。力の意味を考えてよ」
     闇に呑まれたその姿が恐ろしくとも、もう紗月は目を背けない。真っ直ぐに弓をひき、放つのは彗星の尾をひく矢。それは吸い込まれるように露崎の手に当たった。
    「勝手な正論で振るう力は、強さじゃない。……やっぱり弱さだと、ボクは思うから」
    「くくっ……君みたいなのにまで弱いと言われるとは、ね」
     自嘲的な笑いだった。それでも彼は、砕けた木刀を離そうとはしないのだ。
    (「露崎……武に誇り、持ってるんだろうな」)
     琉嘉にも、自分の力に対する誇りがある。だからその意味がわかった。強く息を吸い込み、叫ぶ。

    「お前は、強いよ! でも強い力も、間違った使い方をすればただの暴力だって師匠も言ってたぞ。オレはお前の剣が好きだ! だからもっと、露崎がその力で綺麗に輝いてる所が見たい!」
    「――!!」

     それは今の露崎に何よりも応える言葉だったろう。
    「そう、ゃ、違う……俺は……っ! これは、俺の剣じゃない――!!」
    「今だ。漢なら自分で跳ね返して戻って来やがれ!」
     ビリーの激が飛ぶ。頷いて琉嘉は走る。露崎の腕を掴み、竜巻のような勢いでぐるぐる回る。
    「うおおおおおおっ!! 遠心力サイコー!!!」
     悪しきものを全て討ち払うかのように。
    「行くぞーっ! とりゃあ!」
     遠心力から解放された露崎の身体は、民家を囲う石壁に叩きつけられた。身体のどこかが砕ける音がした。
     ずるりと地に滑り落ちた戦鬼は、どこか満足げに笑い、確かに言った。
     ……見事だ、と。
     そのまま、彼の黒き闘志は眠りにつく。

    ●4
    「本当に……本当に申し訳ない!」
     目覚めて一部始終を聞いた露崎は、己の負傷も構わず何より先に灼滅者たちに頭を下げた。
    「……っ」
    「あ、あまり動いちゃ駄目ですっ、露崎さん」
     非がおろおろ慌てふためくさまに、皆は微笑ましげな苦笑を浮かべる。どちらも先程までとはまるで別人のようだった。
    「それで……武蔵坂学園に来るっていうお話は、考えてもらえますか?」
     座り込んでしまいたい程の疲労を抑え、紗月は問う。
     差しのべられた手を、露崎は戸惑うように見やった。
    「俺は皆さんに随分酷いことを。その罪滅ぼしになるなら」
    「ううん。気にすることないです。私達もいつも、自分の持つ力と戦ってるから。私達と一緒に、力の意味を考えよう?」
    「……」
     剣道部はあるのかな――そう言って、露崎は微かに笑った。
     返事にぱあっと笑顔を浮かべたのは琉嘉だ。
    「な、な! 学園に戻ったらさ、また手合せしてくれ! オレ楽しみにしてるから!」
    「ああ。約束だ。俺も一から鍛えなおすよ」
     小さな、けれど大事な約束として指切りを交わす。差し出したままの手を引っ込められず、紗月は不安げに眉を寄せた。それを見て露崎が笑みを深める。
    「君は俺の妹に似てるな」
     剣を握り続けた男の硬い掌が、指に触れる。紗月の顔にとびきりの笑顔が浮かんだ。

     守る。
     壊す。
     そのどちらも力によって支えられる想いなら、守るほうを強さとも呼ぶのだと信じていたい。
     雲隠れの月が姿を現す。空を覆う暗雲はいつのまにか、遠くへ去っていた。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 14/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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