それは頂を掴むもの

    作者:高遠しゅん

     ごう、と風の鳴る音が聞こえた。
     続けて、ぶつりと重いものが断たれた鈍い音。
     身を隠していた岩に、丸いものが飛んでぶつかった。身を縮めて、呼吸を止める。
     ──今、見つかったら。確実に私は、殺される。
     視線をずらせば、驚愕に歪んだ男の首と目が合った。瞬間、それは溶け崩れて岩場に消える。
     長大な剣を背負い、残った男は首のない体を掴み上げる。崩れかけた体から、膨大な『力』が男に流れ込んでいくのが分かった。完全に力を失った体は、ぼろぼろと塵となって風に散った。
     あれは、アンブレイカブル。
     そしてあの戦いは、『武神大戦天覧儀』。
     気付けば海辺から男の姿は消えていた。慎重に気配を探り、岩陰から周囲を見渡す。
     岩場に痕跡はなかった。ただ、不自然に岩が砕かれ、抉れた跡が残っている。
    「……学園に、報せないと」
     薫はその場を離れ、カードの力を解放した。長くこの場に留まるのは危険だと、灼滅者の本能が警鐘を鳴らしている。
     一刻も早く、学園へ。エクスブレインのもとへ。


     教室に集まった灼滅者は、手帳を開く櫻杜・伊月(大学生エクスブレイン・dn0050)の隣に、小さくなって座る北條・薫(炎の隣で煌めく星片翼・d11808)の姿を見た。
    「先日、『武神大戦天覧儀』で、闇堕ちした友人を助けました。その時に、これから先、学園の灼滅者ではない『力』を得るダークネスが現れるのではないかと思い、海を見に行きました。そこで……」
    「偶然、現場に遭遇した。無事に戻れてよかった」
     伊月は薫の言葉に頷き、手帳に挟んでいた地図を開いた。
    「アンブレイカブルが強力な師範代を創り出すために始めた闘技会が、『武神大戦天覧儀』だ。戦い、倒した相手の力を己のものとし、また戦う相手を求めては戦う。『力』は凝縮され、強者は更に力を増していく」
     本当に厄介だと、吐息混じりに。

    「予知されたアンブレイカブルは、名を名乗っていない。通称『首刈り』と呼ばれている」
     悪趣味だと眉をひそめる伊月。
     あだ名されるとおり、中世欧州の死刑執行人のような姿をした男だという。
     身の丈もある長刀を操り、戦いの最後は首を断ち切る。武道家らしく体術にも秀でており、打撃攻撃は特に重い。
    「注意する点は二つ。『首刈り』は、既に天覧儀の戦いに勝利しているアンブレイカブルだ。その力は跳ね上がっている。もう一つは」
     薫が俯いた。
    「戦いに勝利して、とどめを刺した灼滅者は、確実に闇堕ちするんですね」
    「そうだ。そして強敵のあとに連戦して、仲間を連れ戻すことはできない。君たちにとって、過酷な戦いとなるだろう。覚悟して向かってほしい」
     張り詰めた空気のなか説明を終え、缶コーヒーを開けようとした伊月は、ふと気付いて鞄から出した苺牛乳を薫の前に置いた。
    「続いていた『武神大戦天覧儀』も、佳境ということになるのだろうか。力に力を重ねた末に、どんな化物が生まれるのか」
     手帳を閉じ、灼滅者達の目を見渡す。
    「それでも、私は敢えて言おう。全員揃っての報告を待っていると」


    参加者
    巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)
    黒咬・昴(叢雲・d02294)
    禰宜・剣(銀雷閃・d09551)
    木嶋・央(幻夢蒼雷・d11342)
    北條・薫(炎の隣で煌めく星片翼・d11808)
    相馬・貴子(高でもひゅー・d17517)
    システィナ・バーンシュタイン(ありふれた悲しみの果て・d19975)
    ヴィア・ラクテア(歩くような速さで・d23547)

    ■リプレイ


     岩場に現れた男は無言だった。
     この時期の長い日が傾き、水平線が茜色に染まる頃。
     鍛え上げられた腕の筋肉を見れば、全身が『壊されざるもの』の名にふさわしい鎧を纏っていることは予想が付く。
     即ち──守るための鎧など、不要だと。
     目元と頭部を覆う黒革の覆面から、わずかに見える髪は金とも銀ともつかぬ淡い色。瞳の色まではわからない。
     背に背負うは黒い鞘に燻した銀の剣。遠目には十字架を背負っているようにも見える。
     アンブレイカブル『首刈り』は、やや遠い間合いで立ち止まった。『武神大戦天覧儀』を、少なくとも一度以上は勝利しているという男。
     値踏みをするような、鋭い視線が灼滅者達の息を詰まらせた。
     がらり、と。灼滅者の一人の足元で、バランスを崩した岩が音を立てる。
     海鳴りが、消える。

     凄まじい勢いの初撃。男がいつ剣を抜き、遠い間合いから真横に振るったのか。灼滅者達はほとんど本能的な動きで、陣を整え間合いを取る。
     横薙ぎに斬りつけられた腹を庇う暇など無さそうだ。黒咬・昴(叢雲・d02294)は口元に笑みを浮かべる。
    (「強敵だからこそ……挑みがいがあるってものよ」)
     脇に引いた拳に炎を纏わせ、『首刈り』の胸に思いきり叩き込む。感触はまるで鉛の壁のようだ。手首に衝撃が跳ね返る。
     相馬・貴子(高でもひゅー・d17517)はナノナノのてぃー太に回復を指示すると、硬貨に似た盾を展開した。
    「おまえの価値なんて、この程度だー!」
     口調は軽くとも、眼鏡の奥の瞳は真剣そのもの。
     悪い足場をものともせず、後方から一気に距離を詰め、盾を振り上げて叩きつける。と、目の前にかざされた刃で盾は弾かれた。
     突きではなく断ち切ること、刈ることに特化した、切っ先のない『処刑人の剣』だ。見上げる巨躯の男が、薄く笑った気がした。
     剣の圧が不意に軽くなると、腹の辺りに集まる気を感じて貴子は息を止める。
     間近で犬の鳴き声が聞こえた。木嶋・央(幻夢蒼雷・d11342)の霊犬、ましゅまろがその身で『首刈り』の拳を受けたのだ。アンブレイカブルに比較するなら子犬に等しい体が、勢いで岩に叩きつけられる。
     目の前の敵から視線を逸らすことはできない。央は霊犬の一応の無事を感覚で確かめると、拳に集めた闘気を雷に変える。
    「首刈りなどしなければ……」
     天覧儀に関わる気はなかった。思い出したくなかった過去が胸を刺す。繰り出す拳は男の胸板を叩くだけだ。
     強い、と。システィナ・バーンシュタイン(ありふれた悲しみの果て・d19975)は、魔導書を繰りながら思った。
     心躍る自分を否定できない。それほど戦闘で熱くなるタイプではなくても、仲間と心合わせ強者に立ち向かえることが、純粋に心地よい。
    「だからって、手加減なんて勿論しないけどね!」
     解放された魔力が巨躯に吸い込まれ、胸に原罪の紋章を刻みつける。男がシスティナを正面から見た。覆面の奥、目が細められたのがわかった。
    「首を狩るとは、六六六人衆のような奴だな」
     不規則に岩場を蹴って距離を縮める。禰宜・剣(銀雷閃・d09551)は刀を抜き、男の死角に回り込んだ。繰り出した斬撃は剣持つ腕を狙うが、手応えはあっても浅い。
     通称『首刈り』、名はエクスブレインでも知ることができなかった。アンブレイカブルの中でも天覧儀で勝利することのできる実力者、何か情報を得ることができれば。
    「……不愉快だ」
     初めて男が言葉を口にした。見境なく殺しを楽しむ六六六人衆に例えられた事が、気に障ったのか。それを確かめる術は今はない。
     ヴィア・ラクテア(歩くような速さで・d23547)も魔導書を繰る。意識を攪乱して狙いを乱することができればと、怒りで心を乱す原罪の紋章の魔力を解き放つ。
     避けることもせず、『首刈り』は受けきった。ヴィアに視線がゆく、その瞬間、男の手の中に強大なオーラが集まっていく。
    「……!?」
     避ける間もない。強烈な闘気の弾がヴィアを貫く寸前、巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)が間に割り込んだ。真正面からその闘気を受け、呟く。
    「俺でも保って二発、か」
     ひどい頭痛を振り切るように、冬崖は攻撃の重さを計算する。
     守備に回った者たちが受け切れて二手。三手目直撃は、後衛ならば恐らくは保たない。庇いきれないことも考えれば、敵の攻撃を集めることは上策ではないと判断する。
     防御を厚くし攻撃を当てることを注視して組んだ陣は、果たして通じるのか。
    「通じなくても、通すまでだ」
     この男を倒せば、戻れるかも分からない闇堕ちが待っている。意識を闇に押し流される言いようのない恐怖は、以前対峙したアンブレイカブルとの戦いで嫌と言うほど思い知った。
     しかし、手を緩めて勝てる相手ではない。覚悟などとうに決まっている。低い位置から地を蹴って、勢いつけ結界と共に殴りつけた。
     この海辺で見た光景が、北條・薫(炎の隣で煌めく星片翼・d11808)の脳裏から離れない。あの時は、ただただ圧倒的な力のぶつかり合いに気圧され、身を隠すしかなかった。
     それでも、学園に事態を伝えなければ、より強大になっていく『力』に対抗することができなかっただろう。
     たとえ、この戦いの最後に、自分を含む誰かが闇に堕ちるとしても。止められるのは灼滅者だけなのだから。
    「守ります。私の持つ力の限りで」
     Mistelteinの銘持つ弓を引き絞り、癒しの矢を冬崖に解き放った。瞬間、悟る。
     ──たった一撃でも、完全には癒しきれない。
     戦いは始まったばかり。諦めるものか──集中して、癒しの風を呼ぶ。
     陽が降りていく。波の音など聞く暇などない。
     一瞬たりとも気を逸らしたなら、確実に狙われる。
     綱渡りのようだと、誰かが思った。


     薙ぐ、撃つ、蹴り上げ、斬りつける。
     言葉もなく、呼吸を探り、刹那の瞬間で連携攻撃を叩き込む。
     『首刈り』は、それらの全てを受けても揺らがず、ますます『力』を滾らせて剣を振るった。時間の経過など、とうに麻痺している。
    「こうでなくては、面白くない」
     攻撃力は最も高い、剣が愛刀を腰だめに跳ぶ。居合いで袈裟懸けにされても、『首刈り』の動きは鈍る様子がない。
    (「体力は底なしか?」)
     男の唇の端が、わずかに上がるのが見えた。笑っていると認識した瞬間、男の姿が視界から消える。気付けば目の前に巨躯がある。
    「やらせないよ!」
     昴が強引に剣を突き飛ばす。男の鉄の拳をまともに受け、昴は守りの体勢のまま血を吐いた。倒れるわけにはいかない。後方から飛んでくるハートの癒しを受け、何とか立ち上がる。
    「てぃー太、どんどん癒してやっちゃってー!」
     相棒のナノナノを励まし、貴子は明るく声を上げた。
     さあ、次はどこから攻めようか。瞳は冷静に次の手を狙う。かつんと踵を鳴らせば、エアシューズが火花飛び散らせ不安定な岩場を飛ぶように滑っていく。
    「食らえー!」
     激しい蹴りが『首刈り』の半身を炎に染めた。まだ浅いか、と距離を離せば。
    「……アルマジロのようだ」
     男が呟き、気が集まっていくのが分かる。たったの一呼吸で、回復の量も凄まじい。身を縛っていた効果も弾け飛ぶ。
    「何を言っている?」
     央が問うも、男の視線は遠い。
     分厚い処刑人の剣を構え、攻撃の構えを見せる。すかさず守りの陣が前へ出て、後衛が攻撃と癒しを与えようと身構えた時。
     男がもつ処刑人の剣が放つ森羅万象断は、後衛を意識して狙った。剣圧で風が逆巻き、小石も巻きこんだ斬撃が前衛の脇を抜けようとする。
    「守れ!」 
     誰が叫んだのかもわからない。
     癒しの位置にある薫の前には、咄嗟に身を返した冬崖が飛び込み、ヴィアの前に央の霊犬、ましゅまろが飛び出す。
    「くっ!」
    「うあっ!」
     貴子とシスティナは防御して自ら守りを固めるしかない。回復の一角を担っていたナノナノと、回復もそこそこに庇い続けた霊犬が耐えきれず消滅した。
    「鎧の下は脆い」
     淡々と、『首刈り』は語った。
    「倒れさせは、しません!」
     薫は必死に癒しを続ける。誰が最も負傷が高いのか──全員だ。全員何かしらの傷を負って、あと一撃に耐えられない者もいる。
     前は主に守り手で固め、奥に狙い手を配置して桁違いの相手に挑むこと。
     一方的に攻撃を加えられ、狙い手と癒し手を守るばかりで、重い攻撃を持つ者はそう多くない。時に狙い手が運良く強力な一手を加えることはあっても、それは『運』だ。
    「俺が刈るのは、強者の首のみ」
     低い声。『首刈り』の力がどれだけあるのかわからないが、それが強気の姿勢なのか本当に余力があるのかは、判断することは難しい。少なくとも、目立つダメージが見られない事は、誰の目にも明らかだった。
    「俺らの首は刈る価値も無いか」
     口中に溜まった血を吐き捨て、冬崖は唇の端を上げた。
    「なら刈りたくさせてやるよ!」
     既に満身創痍。回復も足しになるかどうかならば、更なる高みを目指すのみ。酷くなる頭と胸の激痛にもかまわず、冬崖は拳を鋼に変える。
     至近から叩き込まれた拳に、『首刈り』の踵がわずかに下がった。
    「……今のは、効いた」
     冬崖の腹に押し当てられた、男の手のひらが焼けるように熱い。零距離のオーラキャノンを正面に受け、新たな血が冬崖の唇を濡らした。目の前で処刑人の剣が振り下ろされるのを、霞む目で見上げる。
     それを押し留めたのは、ヴィアが放った制約の弾丸の一発。弾丸に込められた麻痺の力が、『首刈り』の剣の軌跡をずらした。
    「確かに僕たちは、一人では刃を揮うことすらできなかったでしょう」
     システィナが冬崖を抱え後方へ退くのを、前に立って射線を遮る。『首刈り』も深追いする気は無いようだった。
    「臆病者の、臆病者なりの戦い方を見せてあげますよ」
     厚い鎧の奥で震えるだけの子供ではない。続けざまの弾丸が『首刈り』の肩を貫いた。
    「処刑人気取りも、気分が悪い」
     蒼雷纏うエアシューズ。央が鋭角に岩場を蹴れば、後方からシスティナが合わせるように制約の弾丸を解き放つ。
     小揺るぎもしなかった『首刈り』の半身に流星描く跳び蹴りが炸裂し、弾丸の衝撃が立て続けにダメージを重ねた。たたらを踏む巨躯に、システィナは確信を得た。
    「いけるよ。畳みかける!」
     覆面の奥の瞳が歪んだ。


    「……『力』に頼った慢心か」
     それは、誰へ向けての呟きか。
    「最強攻撃受けてみろぅ! とりゃー!!」
    「ここで、叩き潰させてもらうわ!」
     貴子のフォースブレイクを弾こうとする処刑人の剣を、横合いから手首ごと叩き折ったのは昴だった。体内を暴走する魔力と爆発する炎が、『首刈り』を内外から破壊する。
     長大な剣は岩間に落ち、塵と消えた。
    「『力』を集めたその先に、見えるものはありましたか」
    「……頂を、掴もうとした」
     ヴィアの撃ち込む制約の弾丸が、幾重にも『首刈り』を絡め取る。折れた手首をかざして放ったオーラの光条を遮ったのは、凌駕した冬崖の体。
    「奪った『力』で、頂掴んで……嬉しいかよ……」
     今度こそ崩れ落ちた冬崖に駆け寄る薫が、『首刈り』との間に立ち塞がった。癒しの力で戦場を包み込む。最後の最後まで、諦めることだけはしたくない。
    「今ならきっと、倒せます。必ず……!」
    「なあ『首刈り』、せめて名前くらい教えてくれ」
     剣の刀が鳩尾を深く抉れば、男の唇から血が溢れる。
    「そんなものは、とうに捨てた」
    「ならば『首刈り』のまま、消えろ」
     血色の刃の大太刀を上段から振り下ろし、央は『首刈り』の右腕を断ち落とした。
    「……引き際は心得ている」
    「君の見たかった先を、見てくるよ」
     両手の平の中に限界までオーラを溜める。
     システィナが放つ光の束は、『首刈り』の胸の中心に風穴を開ける。
    「持っていけ、この『力』」
     体のすべてが塵になるまで、『首刈り』は笑っていた。

    「皆、無事だね」
     流れ込む『力』に、システィナの姿が変わっていく。闇の貴族たるヴァンパイアの姿、腰まで伸びた髪をかき上げ、仲間に背を向けた。意識が押し流される前に、この場を離れなければ。
     闇の先に何があるのか、誰にもわからない。
    「……」
     わずかに寂しげな表情をしたシスティナが、何事か唇に乗せるけれど。誰にもその言葉は届かぬまま。
     波音を背に、闇に消えた。
     
     茜に染まっていた空には、いつしか星が輝いている。
     風は凪ぎ、波音が耳朶に蘇る。
     待っているよと、誰かの囁きが聞こえた気がした。

    作者:高遠しゅん 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:システィナ・バーンシュタイン(罪深き追風・d19975) 
    種類:
    公開:2014年7月2日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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