新灼滅者講座3:コスプレ少女は『ラグナロク』!

    作者:七海真砂

    「ここ、どこ……?」
     暗い闇の中を、一人の少女がとぼとぼ歩く。
     こんなに暗くても歩けるのは、遠くから、まるで星が煌めくように不思議な光が、ぼんやり辺りを満たしているからだろう。
    「どうして、こんな事になっちゃったんだろう……」
     素敵な衣装に着替えて街へ出かけて、楽しくショッピングをしていた……それだけだったはずなのに、と泣きたい気持ちになる。
     不意に、どこからか物音が聞こえてきて、少女は怯える。
     さっき目にした死体の山が、彼女の脳裏に焼き付いているのだ。
    「私、あのゾンビや骸骨に殺されちゃうの?」
     ……そんなの嫌だ、死にたくない。
     どうして一体、こんな事になってしまったの?
     死にたくない死にたくない死にたくない。
    「だれか、たすけて……」
     ぽつりとつぶやく。でも知ってる。
     ――こんな私を助けに来てくれる人なんて、いるわけがない。

    ●或る少女の物語
    「できました!」
     すっかり明るくなった外から差し込む光を浴びながら、野々宮・迷宵(ののみや・まよい)は歓声を上げた。1週間、睡眠不足と戦いながら仕上げた新作は、自分でも大絶賛してしまうくらいの見事な仕上がり。今夜なんて徹夜までしてしまったけれど、その甲斐は十分にあった。あまりに嬉しくて、今にも部屋の中を飛び跳ねてしまいたい位だ。
    「仮眠したら、さっそく出かけよお……ふわわぁ」
     迷宵はだらしなく笑いながら、完成したばかりの衣装が乗ったテーブルにそのまま突っ伏して寝てしまう。

     迷宵の趣味は、こんな風に色々な洋服を作っては、それを着て出かけることだった。
     内気で、気弱で、田舎から都会へ引っ越してきたばかりの迷宵は、学校に馴染む事ができずに、いつでも一人ぼっち。寂しさと悲しさで胸をいっぱいにして、いつものように一人でとぼとぼ歩いていたとき、迷宵は出会った。
    「……かわいい……」
     ある店に飾られたマネキンが着ていた洋服に、迷宵は一目で虜になった。今ではそうした洋服の事をゴシックロリータと呼ぶのだと知っているけれど、そんな言葉すら知らなかったあの頃の迷宵に、それは大きな衝撃を与えたのだ。
     自分も、着てみたい――と値札に手を伸ばし、想像の範疇を大きく超えた値段に青くなる。迷宵のお小遣いではせいぜい靴下か、ゴスロリファッションの専門誌くらいしか手が届かない。
     その時、もっとこんな素敵な服を色々たくさん見てみたいと、本の方を手に取ってみたのが、迷宵にとっての大きな転機だった。

     その本は、ファッションを紹介するだけでなく、そうした衣装の作り方も教えてくれる本だったのである。

     もともと迷宵は指先が器用で、ちょっとしたビーズのアクセサリ作りや編み物などをよくしていた。ミシンならば家にもある。だったら――頑張れば、あのお洋服みたいな素敵な服が、作れるかもしれない。
     迷宵は必死に勉強しながら布を買い込んでチャレンジしていった。最初の作品はさすがに酷い物だったけれど、迷宵は諦めなかった。そして、夢に見た『あの服』へ辿り着いた。
     どきどき、そわそわ。
     期待と不安で胸をいっぱいにして、迷宵はその服を着たまま外に出かけた。お洋服に似合うように髪型を変え、ネットで調べた通りにメイクもしてみた迷宵の姿は、いつもとは違う、全然別人のようで。
    「すごい。まるで世界が変わったみたい……!」
     迷宵は胸を張って街を歩くことができた。いつもの、おどおどした自分とは違う。まるで別人のように自信たっぷりな笑みを浮かべて街を歩けば、すれ違う人達がこちらを振り返る。
     ……その経験は迷宵を更に魅了し、彼女は次から次へと新作を作り上げては、それを着て毎週のように街を歩くようになったのである。
     ゴスロリ以外の服も作った。ゆるふわ度の増した甘ロリにレースを3倍にしたピンクのドレス。反対にゴシックさを追求し、まるで男性のようなスタイルで出かけたこともある。
     服が似合うように、それらしい演技をしながら振る舞う事に、迷宵は何の躊躇も無かった。たくさんの服を着れば着るほど、いろいろな自分に生まれ変われたような気がして、迷宵はその時間が大好きだった。

    ●そして破滅の足音が鳴る
     迷宵はその日の午後、いつものように横浜駅周辺のファッションビルやショップを回るとベイエリア方面に足を延ばした。
    「あっ、ごめんなさい」
    「いや、こちらこそ余所見をしていた。すまない」
     途中うっかり、ぶつかってしまった男の子に頭を下げる。ファッションでもないのに白い髪だなんて珍しい子だなと一瞬思ったものの、すぐに一瞬すれ違っただけの彼の事など忘れて、迷宵は買い物を続けていく。
     横浜港、新港埠頭の辺りに広がるショップで紅茶とお菓子を買い込んだ迷宵は、そのままなんとなく、思い立って海の方へ向かいだす。今日の衣装には星や銀河といったモチーフが散りばめられているから、夕暮れが夜空に移り変わっていく所を見たくなったのかもしれない。
     特に意味もなく傘をくるくると回し、靴のかかとを綺麗に鳴らすのを楽しみながら、迷宵はひとけの無くなった埠頭を歩いていく。ふと、風が吹いてきて……。
    「ふふ、とっても気持ちのいい風……????」
     楽しそうに微笑んでいた迷宵は、風に乗ってきた何かの香りに眉をひそめる。潮の香りとは違う、もっと全然違う生臭いにおい。そう、まるで台所でお母さんが魚を捌いている時のような――。
    「これは、これは。よもや『姫君』の方からお越しになられるとは」
     ゆっくり笑って近づいてくるのは、一人の男だった。その独特な外見は、場所が場所なら同じ趣味を嗜んでいる相手だと思えたかもしれない。
     しかし。
    「ヒッ……!」
     彼の周囲にまき散らされた赤い水たまりが何であるのか。
     彼の周囲で蠢く白いモノが何であるのか。
     血なまぐさい香りと共に理解してしまった迷宵には、そんな事は出来なかった。
    (「えっえっどういうこと? ななな何かの撮影です?」)
     まさか、という気持ちに顔をひきつらせながら一瞬そんな事を考える迷宵だが、すぐにその考えは改めることになる。
    「お迎えに上がる準備は未だ整っておりませぬ。が、これも縁ならば『今がその時』という事でございましょう……」
     ゆるりと動いた男の手に反応し、骸骨の山と新鮮なゾンビたちが一斉に動き出すのを見た迷宵は、もう何かを考えるのをやめて一目散に逃げ出した。
     傘を投げ捨て、かかとを引きずって必死に走る。でもそれを追いかけてくるのが死体の山だなんて現実感が無さすぎる。風に乗って聞こえる笑い声は本物なのか、恐怖ゆえに勝手に感じている幻聴なのか。
     必死に走る迷宵は、周囲の風景なんて見る余裕もなく必死に走った。そうして、倉庫街の一角へ飛び込んだとき。
     迷宵は、吹き荒れる強烈な風を感じた。
     何か巨大な渦を描くように吹き荒れるその力に、迷宵は一気に『どこか』へと引きずり込まれた。
     追いかけてきていたはずの骨の山もゾンビも何もかも、一気にその渦に巻き込まれて四方八方へ飛び散っていき、迷宵の視界から消え去っていく。

    「……おやおや、もう能力を発現させましたか」
     そんな彼女達を後ろから悠々と追っていた男――『白の王セイメイ』は、仰々しい口調で事実をただ淡々と述べた。
     彼が彼女を『ラグナロクダークネス』にするべく遣わした追っ手は、見る間にブレイズゲートに囚われ、分裂弱体化を始めている。
     それどころかブレイズゲート全体を包むかのように今、まるで台風のような巨大な嵐が、ここにだけ、局地的に吹き荒れていた。
    「これでは立ち入ることは叶いません。が、しかし……」
     怪物が跋扈する迷宮に、少女の心はどれほど耐えられるだろう。
    「……ラグナロクダークネスの誕生と、ブレイズゲートからの帰還を、ここでゆるりと待つといたしましょう……」
     焦る必要はないとばかりに笑むセイメイ。そこに、遠くから鋭い視線を向ける、一つの影があった。

    「ラグナロクダークネス――セイメイの狙いはそれか」
     ウロボロスブレイドを携えた少年――紫堂・恭也は、セイメイには立ち入ることの叶わない迷宮を見やる。
     セイメイが不審な動きをしているという情報を掴み、やってきた横浜で、このような事件に遭遇するとは予想外だった。
     あれではセイメイは内部へ向かう事はできないだろう。だが、
    「少し迷宮探索に付き合ってくれ。彼女をセイメイの手に渡すわけにはいかない。そうなる前に、必ず救い出す」
     恭也は背後を振り返る。そこに連なるのは朱雀門高校より託された戦力、恭也の配下となったデモノイドの群れだ。
     彼らに呼びかけると、己の指し示す『正義』の心をもって、恭也はブレイズゲートに乗り込んだ。


    ●『ラグナロク』を救え!
    「皆さん、緊急事態が起こりました」
     本来であれば、灼滅者講座の第3回が行われるはずだった……のだが。
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は集まった灼滅者達に、まずそう告げた。一気にざわめく灼滅者達に、姫子は更に続ける。
    「サイキックアブソーバーが、新たな『ラグナロク』の存在を掴んだのです。そして彼女は今、ノーライフキング『白の王セイメイ』に狙われ、闇堕ちの危機にあります」
     セイメイ。それは前回の灼滅者講座でも取り上げられたダークネスの名である。
    「ラグナロクの名前は『野々宮・迷宵』。横浜に暮らしている15歳の少女です。彼女は横浜港周辺でセイメイからの襲撃を受け――ここから、ちょっと複雑な話になるのですが」
     迷宵は、逃走の最中『ブレイズゲート』に入り込んでしまったのだという。
    「どうやら横浜港の一角がブレイズゲート化していたようなのです。倉庫群や埠頭、大きな観覧車などが集まる一角は今、深い闇に閉ざされ複雑に迷宮化しています」
     急ぎ横浜へ向かい、ここにいるラグナロクを救出して欲しいのだと姫子は言う。
    「このままでは、彼女の魂は耐えきれずに闇堕ちしてしまいます。セイメイの狙いも、彼女をラグナロクダークネス化させることですから……」
     なんとしても、それは阻止しなければいけないだろう。
    「ですが、問題が3つあります。まずはラグナロクの居場所がブレイズゲートであることです。皆さんに以前お話ししたように、ブレイズゲートの内部は、私達エクスブレインの予知がほとんど効きません」
     姫子が小さくため息をつく。内部について判明している情報は、さっき話した内容と、それからもうひとつだけしかないのだという。
    「ラグナロクはブレイズゲートの中枢――これも具体的な場所などは一切不明です――にいるのですが、その場所を中心として、まるで台風のような強い嵐が吹き荒れています。そしてこの嵐の影響で、中枢に強いダークネスは近寄らなくなっているのです」
     分裂弱体化したダークネスの中でも更に一部の、弱いダークネスしか入れない場所……が、ラグナロクの居場所となっているらしい。
    「正確には、こう……こんな感じで、3周くらいの渦をくるくると描いている状態ですね。この奥へ向かえば向かうほど力の強い者は嵐に阻まれ、先へ進めなくなってしまうのです」
     ホワイトボードに図を描きながら説明していく姫子に、熟練の灼滅者達も驚くしかない。そんなブレイズゲートがあるというのか!
    「ブレイズゲートにラグナロクの力が加わり、このような状況になっているのでしょう。よって、ラグナロクの救出は新入生や、灼滅者としての経験が比較的浅い皆さんだけで挑んでもらわなければならないのです」
     そんな責任重大な! と今度は新入生達の側から悲鳴のような声が上がった。
    「ですが、彼女を救えるのは皆さんだけなのです。どうか闇堕ちしかけている迷宵さんに、声をかけてあげてください。彼女を救ってあげられるような言葉をかけてあげてください。彼女を助けるには、それが重要です」
     姫子は、そんな彼らに声をかけていく。
    「特殊肉体者であるラグナロクは、身体のどこかに『契約の刻印』を持っています。迷宵さんが深く信頼したり、強い繋がりを持った人は、彼女の刻印に触れることで『契約』を結べます」
     これは、前回の灼滅者講座でも話しましたね、と姫子は復習するように伝えていく。
     契約を結べば、ラグナロクは体内に蓄積された膨大なサイキックエナジーを空気中に放出することができるようになり、それをサイキックアブソーバーに吸収させることができる。そうすれば彼女は、ラグナロクダークネス化する危機を脱することができるだろう。
    「彼女を救えるかどうか、それは皆さんにかかっています。しかも、内部がどのような状況になっているのか、詳しいことが分からないという状況を踏まえて、皆さんには行動して頂かなければなりません」
     難しい状況だが、なんとしてもラグナロク救出を成功させなければいけない……一気に灼滅者達の間で緊張が増す。
    「2つ目。次に『白の王セイメイ』の存在です。セイメイの配下アンデッド達は半数以上がブレイズゲートに取り込まれてしまったようです。が、依然としてセイメイと残りの配下は、ブレイズゲートの周辺にいます」
     もし、ブレイズゲートの内部でラグナロク救出に成功したとしても、セイメイをどうにかする事ができなければ、出てきたところをセイメイや配下のアンデッドに襲われてしまう可能性がある。
    「よって、セイメイと戦い、彼らを少なくとも撤退へ追い込む必要があります」
     そのため、激戦が予想される外周でのセイメイとの戦いには、経験豊富な灼滅者達が中心となって向かうなど、二手に分かれて対処していく必要があるだろう。
    「そして3つ目。――現地には、朱雀門高校に属している灼滅者、『紫堂・恭也』がいます」
     かつて蒼の王コルベイン一派にいた灼滅者であり、コルベインが灼滅された後、紆余曲折あって、ヴァンパイア達の組織である朱雀門高校に加わった恭也。
     彼は敵対視しているセイメイの不穏な動きを察知し、調査中に今回のラグナロク事件に遭遇したのだ。そして、ラグナロクをセイメイから救う為、ブレイズゲートの中枢へ向かおうとしているのだという。
    「皆さんが中枢を目指せば、途中のどこかで彼と出会う事になるでしょう」
     恭也は自分の正義に従って動いている。彼の性格が以前と変わっていなければ、ラグナロクに乱暴な振る舞いなどをする事は無いだろう。が、
    「ダークネスに抵抗の無い彼ですから、我々と目的が同じだとは限らないでしょうね」
     彼の『救う』という行為が『闇堕ちの阻止とは限らない』と姫子は暗に語っているのだ。

    「セイメイと配下のアンデッド達を退け、紫堂・恭也に対処し、そしてラグナロクを救出する――困難な戦いになるでしょう。しかし、この事態を放っておく訳にはいきません」
     話すべきことは、すべて告げた。もうこれ以上、姫子に出来ることは何もない。
    「皆さん、どうか……よろしくお願いします」
     だから姫子は、そう告げて、灼滅者達に深々と頭を下げた。



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     参加者は必ずリプレイで描写される訳ではありませんが、冒険の過程や結果には反映されます。今回のシナリオでは、プレイングの内容によって百人程度を選抜し、描写する予定ですが、それ以外の人のプレイングも、作戦の成否に大きく影響を与えます。


    ■リプレイ

     4千人を超える灼滅者達が横浜へ急ぐ中、日輪・葉露(汝は人狼なりや・d27470)は1人、別の場所へ向かった。
    「冷たっ、まじ冷たっ!」
     シャワーの蛇口をひねると頭から冷水を浴びる。巫女装束を脱ぎ捨て、冷水を浴び続けながら、葉露は水垢離を続ける。
     長時間の祈りを必要とする水垢離を行う間、ここを離れる事は出来ない。水垢離を検討した他の者は状況を鑑みて横浜へ向かったが、葉露はブツブツ呟きながら祈り続ける。兄や恋人、多くの仲間達、そして渦中にいるラグナロクの少女、野々宮・迷宵の無事を。

     現地に到着した灼滅者達は、すぐにブレイズゲートを見つけ出した。
    「というより、探すまでもなかった……って感じかなー」
     アリスエンド・グラスパール(求血鬼・d03503)が言うように、辺りには自然の物とは明らかに違う風が吹き荒れている。その風のある場所こそがブレイズゲートと、その外周なのだ。
    「まずは上空から偵察してきます」
     山城・竹緒(デイドリームワンダー・d00763)達が箒にまたがり空を飛ぶ。メリーベル・ケルン(プディングメドヒェン・d01925)や小鳥遊・亜樹(幼き魔女・d11768)も、できるだけ多くの情報……特に、白の王・セイメイの軍勢の陣容や具体的な戦力などを探るべく、慎重に飛んでいく。風は強いが、飛ぶ分には支障はない。
     だが玄獅子・スバル(高校生魔法使い・d22932)の場合は違った。事前にブレイズゲート内部の情報を掴もうとするが、うねる風がそれを阻んでくる。どうやら内部に入った上で、改めて様子を探るしか無さそうだ。
    「……能力をスレイヤーカードに封印したままなら、嵐を突破できんでゴザルかな?」
     ちょっと試すだけ、試すだけ……と天鈴・ウルスラ(踊る朔月・d00165)はブレイズゲートに向かっていくが、彼女が内部へ踏み込もうとした途端、

     ごうっ!

     嵐が超局地的に強まって、一気にウルスラを弾き飛ばす。激しくあおられたウルスラは目を回しながら、お星様になりそうな勢いでどこかへ飛んで行った。
    「ひ、酷い目にあったデース。良い子は絶対に、拙者の真似をしてはいけないでゴザル……」
     数分後、ボロボロになりながらも戻ってくるウルスラを見るに、誤って近付いても命の危険までは無さそうだった。
     その間に竹緒達が偵察を終える。気付かれないように行動していたのでセイメイの詳細な配置などは掴めなかったが、目視できたアンデッドの配置から、大まかな範囲は絞られた。
    「じゃ早速行こうよ。ほらほら、セイメイの配下は俺らに任せて、新人さんは早く野々宮さんとこ行ってあげな」
     後ろに向かってひらひら手を振りながら、化野・周(トラッカー・d03551)は武器を抜く。彼ら千人以上の灼滅者が外周に残り、セイメイ達と相対する手筈になっていた。
    「うー、わんわんおー!」
     辺りに漂う戦いの気配に、ガル・フェンリル(小学生ファイアブラッド・d24565)も気合を入れる。
    「彼女とあの観覧車に2人で乗るっていうオレの夢を邪魔するヤツはゆるさーん! セイメイ、絶対に倒す!」
     中には、みなとみらいの観覧車を見上げて息巻く穹・恒汰(本日晴天につき・d11264)のような者もいる。なお、彼に今現在彼女がいないという事実を知っていたとしても、そっとしておいてあげよう。みんなの明るい未来と夢と希望を守ることは、とても大切なのだから。
    「これが『武蔵坂学園』っすね!」
     近くの建物に上った高沢・麦(とちのきゆるヒーロー・d20857)は、そんな皆を上から見ていた。同じ目的の為に、これほど多くの仲間が集まっている。
    (「武蔵坂学園の真骨頂って感じっす!」)
     見ているだけで嬉しくなってきて、麦は思わず叫ぶと地上に戻って皆と合流する。
    「相手はいまだに結構な数が残ってますからね、確実に相手の戦力を削り痛手を負わせないといけませんね」
     そう呼びかけて進んでいくのは鬼城・蒼香(青にして蒼雷・d00932)達だった。アンデッドの姿を発見すると、すぐさまフリージングデスなどで敵に攻撃を仕掛けていく。
    「本日の私達のお仕事は~……」
     天衣・恵(無縫・d01159)は、自分の口でドラムロールを刻むと、
    「ブレイズゲートに彷徨っているダークネスとその配下を、メッタメタのギッタギタにすることです! 単純で分かりやすくていいね!」
     そうハイテンションに言い放って身構える。
    「よっしゃかかってこいやくそがああああ!」
     既に気合は充分。溢れんばかりのバトルオーラを纏ってアンデッド達を迎撃する。
     クラブやクラスメイト、あるいは友人同士……ペアやチームを組み、親しい間柄だからこその密な連携で遭遇した敵を素早く仕留め、灼滅者達は迅速に進んでいく。内部に向かった仲間達が迷宵を救出し、そして戻ってくるまでの僅かな間に、セイメイとの決着をつけなければいけないのだから。
    「次、北側の角にいるよ!」
     そんな彼らに向かって、移月・幽輝(小学生魔法使い・d23941)は箒の上からアンデッド達の様子を知らせる。力を合わせて協力しながら、灼滅者達はセイメイがいると思われる区画へと、どんどん距離を狭めていった。
    「こっちの雑魚は任せといてよ!」
     新たなアンデッドの群れを目にした斉藤・キリカ(闇色子守唄・d04749)はセイメイを目指す一団を先に行かせると、ビハインドのイヴァンや花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240)と並び立つ。
    「無事に乗り切れたら、甘いもの食べに行こうね♪」
    「いいねいいね。美味しいもん食べよーね!」
     この後の約束を繰り広げつつ、コンビネーションを重ねていくキリカ達。セレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444)も、白鳥・悠月(月夜に咲く華・d17246)と力を合わせ、効率よくアンデッド達を攻撃していく。

    「……待て待て。何してんだ?」
     そんな中、外周をライドキャリバー『サラマンダー』に乗って探索していた九条・風(紅風・d00691)は咄嗟に止まった。
     見れば、ブレイズゲートの内部へ向かったはずの新入生達が何人か、手分けをして何かを探しているようだ。その様子に気付いた江田島・龍一郎(修羅を目指し者・d02437)など、周囲にいた灼滅者達が続々と集まってくる。
    「傘を、探しているんです」
     代表して説明したのは八神・銀色(疾走する銀狼・d27592)だ。さっき姫子は言っていた。セイメイに追いつめられた迷宵は、持っていた傘を投げ捨てながら逃げ続けたと。
     それを拾って、彼女の元へ届けてあげたい。だから先陣を切って内部へ向かった者達とは別に、彼らは傘を探しに来たのである。
    「そりゃあまた……」
     うーん、と話を聞いて唸る一同。その発想は無かった。
    「じゃあ手分けしましょう。それにアンデッドが徘徊している場所を無防備に探すのは危険です」
     鳩島・一眞(俺にカレーをくわせろ!!・d02419)は居合わせた灼滅者を適当に割り振って、いくつかに分けていく。
     迷宵が逃げたであろうルートを逆に辿るうち、幸運にも傘はすぐ見つかった。
    「こんな綺麗な傘、無くしたらきっとカナシイ」
     迷宵の傘はキラキラしていて、でもどこか寂しそうな感じがすると、そう冬咲・白雪(怯えるミルクティー・d27649)は思った。理由は判らない。でも迷宵にとって大切な傘のはずだ。東雲・睡蓮(自然の申し子・d27400)も静かに頷く。
    「先輩、後は、お願いします……」
     そうしてブレイズゲートを目指そうとする睡蓮達だが、先輩一同が慌ててそれを止める。
    「……真澄さん、私達の出番だと思いません?」
    「だよなァ」
     マリーアンヌ・フィロッゾ(月光・d17163)の言葉に火之迦具・真澄(火群之血・d04303)がニヤリと笑う。2人は真っ先にブレイズゲートへの最短距離を駆け出すと、視界に入ったアンデッド達に向き直った。
     マリーアンヌのフリージングデスと真澄のレーヴァテインが次々とアンデッドを蹴散らす。こうなったら乗りかかった船だと、傘を抱えた後輩達を守るように、彼らはブレイズゲートへの道を突き進む。

     一方、セイメイを目指す本隊はその頃、非常に硬く強靭なゾンビと遭遇していた。
     セイメイはそうした強力な個体を、要所要所に配置していたのかもしれない。
    「そのアンデッドは私達が引き受けた!」
     十五夜・名月(月光戦姫プレネルニカ・d16530)は天方・矜人(疾走する魂・d01499)達と共に、そのアンデッドを引き受ける。反対に飛び掛かってくるアンデッドだが、受けた傷はすぐに相良・太一(再戦の誓い・d01936)が回復していった。
     その間に、相手の背後に回り込むのは小沢・真理(シュヴァルツシルト半径急接近・d11301)。挟み撃ちにしながら攻撃を次々と重ねて、巧みにアンデッドを追い込んでいった彼らは、危なげなくそれを撃破する。
    「正義は必ず勝つのだ!」
     名月は高らかに言い放ち、また更なるアンデッドの元へ向かう。
     進むにつれて遭遇するアンデッドの数は増え、その精度が上がり、敵側も厚みを増していく。それは、彼らが紛れもなくセイメイの居場所へ、近付いている証だろう。
    「こいつらを突破しないといけないみたいだね!」
     いち早く飛び込んだのは悠木・隼(スペースファルコン・d11865)。その動きは仲間を生かす為の囮を意図した物だ。
    「『僕の屍を越えてゆくんだー』って僕のヒーローレッドが言ってる」
     とは、先頭でアンデッドからの攻撃を一身に受け、思わず倒れたビハインド……っぽいセリフを演出しながら祭霊光を撃っている、緋梨・ちくさ(さわひこめ・d04216)の言葉だ。
    「で、では有難く……」
     赤倉・明(月花繚乱・d01101)は霊犬の東雲と共にその先へ向かう。その後ろからは五十鈴・梓(月花の従僕・d10432)がマジックミサイルを放つ。
    「好きに戦ってくれ。後ろは俺が引き受けた」
     頼もしい言葉を背に受け、進んでいく明達。
    「イェーィ! ファ・イ・ト! ヒャッハー!」
     更に後方ではカルリーニョス・アマゾナス(アマゾンの至宝・d02784)が景気づけにサンバを踊っている。合間合間にオーラを癒しの力に転換し、近くの仲間を癒す独特の振り付けを織り交ぜながら皆を応援する。
     クロア・ルースフェル(十字路の死神・d27662)は天風・昴(高みより空を望む・d25329)と共に呪文を詠唱すると、Wでフリージングデスを発動させようとする……が。
    「氷獄の中でにぇむッ、……take2イイです?」
    「take2なんぞあるか! 真面目に戦え!」
    「ハイハイ。ま別に詠唱なくてイイんですケド」
     うっかり噛んだクロアは昴からの突っ込みに詠唱を完全に切り上げてしまうと、普通にそのままフリージングデスを撃った。
    (「彼女が堕ちたら、せっかく好きだったもの……忘れてしまうのかもしれない」)
    「それは、さみしいわね」
     ふと迷宵の事を思い浮かべた両月・葵絲(黒紅のファラーシャ・d02549)は、小さくつぶやきながら先を目指して駆け抜ける。そんな事は、絶対に止めなければならない。
     出くわしたアンデッドには影を伸ばして確実に飲み込み、覆い尽くしてしまう。
    「白の王セイメイ……ユーリウス・ゲルツァーの更に上なのだろう?」
     かつてノーライフキング、ユーリウスと剣を交えた新沢・冬舞(夢綴・d12822)は、狙いをセイメイだけに絞って先へ進むことを優先していく。
     せっかくなら一太刀浴びせたいと、そう願った気持ちが彼にそれを呼び寄せたのだろうか。
    「これは、これは」
     冬舞はアンデッド達に取り囲まれた向こう側に、さして驚いた様子もなく、こちらを見つめてくるセイメイの姿を見つけた。

    「あれがセイメイ……クロキバの敵……!」
     ミツキ・ブランシュフォード(サンクチュアリ・d18296)はすぐさま、そちらを目指す。クロキバを好いているミツキにとって、クロキバと激しく敵対しているというセイメイは二重の意味で、敵だ。
    「これで気合充分っ! この一撃で道を切り開く!」
     八重葎・あき(とちぎのぎょうざヒーロー・d01863)は持参した宇都宮ぎょうざを手早く食べてエネルギーチャージ! すぐさま宇都宮ぎょうざビームを撃って、セイメイの元へ向かう仲間の為、そこへ至る道をこじ開けにかかる。
    「邪魔だよ、溶けて」
     DESアシッドを飛ばすのは安楽・刻(ワースレスファンタジー・d18614)。ビハインドも霊障波を放って、アンデッドを毒で侵す。
    「難しい事はよくわかんねえけど、アイツ……胡散臭い上に策士っぽくて気に食わねえ」
    「奇遇ですね紅葉ちゃん。私もヒーローとして、セイメイの所業を許せないって思ってたところなんです!」
     宇佐・紅葉(紅蓮浄焔・d24693)の言葉に、「女の子を虐めるだなんて、とんだ鬼畜外道ですっ!」と氷灯・咲姫(月下氷人・d25031)が言い放つ。意見が一致したところで、2人もまた標的をセイメイへと移し替えた。
    「ともすれば現れるやもしれぬと、考えてはおりましたが……本当にやって来るとは」
     セイメイは自分達が武蔵坂学園であることを察しているのだろう。ゆるりと腕を動かせば、辺りに閃光が満ちる。次々と灼滅者達を射抜く光線に、セイメイを素早く取り囲もうとしていた異叢・流人(白烏・d13451)や日輪・かなめ(第三代 水鏡流巫式継承者・d02441)達が深い傷を負っていく。神原・燐(冥天・d18065)はすぐさまナノナノへ回復を指示しながら、自らも夜霧を展開して彼らを癒す。
    「歌菜ねえ」
    「行きましょう、弥々子」
     苑田・歌菜(人生芸無・d02293)と頷きあった栄・弥々子(砂漠のメリーゴーランド・d04767)は、彼らの更に前へ進み出ながら鬼神変を叩き込む。
     以前ラグナロクを救出する時、弥々子は後ろの方から皆を支援するのがやっとだった。けれど今は違う。怖くないと言えば嘘だが、それでも、弥々子は敵の中へ飛び込む勇気も、その力も身に着けた。
     そんな弥々子を頼もしく思いながら、歌菜は彼女の戦いを全力で支える。
    「目障りです。ご退場願いましょうか」
     セイメイを睨み付け、月光降・リケ(魍魎猖獗・d20001)は殴りかかると一気に魔力を流し込んで爆破する。しかしセイメイにはさして堪えたような様子は無い。こうした攻撃への耐性があるのか、それとも単純に威力の問題か。あるいは表に見えぬよう誤魔化しているのか……その理由は判断がつきかねた。
     セイメイは薄笑いを浮かべたまま先程の光を再び放つ。周囲のアンデッド達が追い打ちをかけるように迫る中、島津・有紗(高校生神薙使い・d02274)が清らかな風を巻き起こして、皆の傷を癒していく。
    「白の王だか黒の王だか、ナニ色でもいいのね。みんなの夢と希望を傷つけるワルモノは、ご当地ヒーローとして許さないのよ!」
     ビシッと指を突き付け、靱乃・蜜花(信濃の花・d14129)はセイメイを掴んだ。そのまま豪快に、大地へと叩きつけていく。
    「……ふむ。武蔵坂が動いたとあれば、これは少々面倒な……」
     ちらりとセイメイはブレイズゲート内部を見た。それは自分が追いつめられる可能性を危惧しての言葉ではなく、迷宵に仕掛けた策が水の泡になってしまう事を嫌がっての事だろう。
     じわじわと少しずつ、彼女を闇堕ちさせるための仕掛けをしていたというのに、武蔵坂学園はそれを台無しにしようと動いているのだから。
    「恐怖と絶望を絶やしてはなりませぬ。お行きなさい」
     しかしセイメイが直接内部へ向かう訳にはいかない。であれば、セイメイの打つ手は1つ。セイメイの命に配下のアンデッド達が新たにブレイズゲートの中を目指す。
    「そういう訳には、いかないんだよね」
     ヴェリテージュ・グランシェ(鏡閃・d12844)はシールドバッシュをぶつけ、その動きを潰そうとする。押し寄せるアンデッドからの攻撃は、すかさず桂・棗(アーデルグランツ家使用人・d00541)が食い止めた。2人を中心に陣形を整え、レンブラント・オックスフォード(紅蓮凍土・d01488)が敵の数減らしに主眼を置いて攻撃を重ねれば、旋風輪を放つ夕凪・千歳(黄昏の境界線・d02512)を先頭に、すぐさま周囲の仲間達が救援に駆けつけ、加勢する。
     しかしセイメイの声を聞き、動いたアンデッドの数の方が灼滅者よりも多い。かなりの数を食い止めてはいるが、あとは内部へ向かった仲間達に、何とかして貰わなければならないだろう。
    「撤退するなら今のうちですよ、白の王」
     一方、セイメイの前にはメルキューレ・ライルファーレン(春追いの死神人形・d05367)とヴォルフ・ガイストリヒェ(啓示を受けた光の勇士・d10919)が立ちはだかっていた。メルキューレの振り上げた鎌の先端がセイメイを裂き、ヴォルフの放つ光が更にセイメイを射る。
    「止める……全力で、止めてみせるよ」
     セイメイから伸びた斬撃は、雨来・迅(宵雷の兆候・d11078)が受け止め、なんとか堪える。その間に、更に織神・皇(鎮め凍つる月・d03759)達がセイメイへの距離を詰めた。
     周囲のアンデッドがブレイズゲートを目指すという事は、同時にセイメイの周囲は戦力が手薄になるという事でもある。それはセイメイを追いつめる、またとない機会になり得る状況だろう。
    「なにやら釣果を待っているらしいが、お帰り願おう。あの渦の中では、大事な大事な後輩が頑張っていてねぇ。帰ってくるのを万全で迎えてやるためには、オマエはちと邪魔だ」
     皇は黒死斬で、セイメイの動きを鈍らせられないかを試みる。
    「それに、しつこい男性はもてませんよ?」
     ストーカー行為なんて、もってのほかですね……と、ギルバ・アンジェルッチ(幻葬・d10396)も影を伸ばす。
    「アンデッドの大群に追いかけられるなんて怖いに決まってます。そんな目に合うだなんて……考えるだけで胸が痛いくらいです……」
     雨咲・ひより(フラワーガール・d00252)は、迷宵をそんな目に合わせたセイメイが許せなかった。苛立ちを露わにしながらキッとセイメイを睨み、猛き炎を宿した聖樹の杖を構えたひよりは、思いっきりフォースブレイクをぶち込んだ。そのくらい、してやらなければ気が済まない!
    「あんたがどうとかそういうんじゃないの。ラグナロクダークネス化がね、迷惑なのよ。そしてそれを利用されるのが最悪! OK? 単純でしょ?」
     衣幡・七(カメレオンレディ・d00989)はセイメイを狙う理由を端的に述べながらオーラを拳に集束させ、激しい連打を叩き込んだ。
     セイメイの言動を耐えがたく思った灼滅者は大勢いる。その全員が、直接セイメイの元を目指したわけではないが、そんな彼らの分まで、今ここにいる面々がセイメイにそれを叩きつけていた。
    「セイメイ、お前には聞いてみたいことがあったんだ」
     皆をセイクリッドウインドで癒しながら、穗積・稲葉(八重梔の月兎・d14271)は、1つの仮説をセイメイにぶつけた。
    「『白』の王。……転生を繰り返せるダークネスが、王と呼ばれるんじゃないか? なあ、それは蒼の王から掠め取った能力なんじゃないか?」
    「さて、どうでありましょう。もっとも私に、あなた方の問いに答える義務や責任など最初から、ありはしませんが」
     セイメイの元まで辿り着けたなら尋ねてみようと考えていた稲葉の言葉は、そうにこやかに無視される。セイメイが何かを答えたところで、それが真実であるのかどうか、灼滅者達に見抜くことは困難だっただろう。
     追いつめることはできているのか、それともまだ余裕を十分に残しているのか。セイメイの様子からは判別がつかないまま、新たに放たれた激しい光に、彼らは纏めて貫かれた。

    「これが、ブレイズゲートですか……」
     一方、迷宵を目指す灼滅者達はアンデッドを蹴散らしながら、ブレイズゲートのすぐ目の前まで来ていた。逆巻く嵐を感じながら、霧城・紙音(小学生ダンピール・d24363)は興味深そうにそれを見たが、すぐ目の前の敵に集中する。
     セイメイは配下アンデッドのうち結構な割合を、ブレイズゲートの至近に配置したのだろう。しかも内部に入ったアンデッドとは違い、分割存在になっていない――1体1体それぞれが、かなりの実力を持つアンデッドであると予測される。
     まずは、このアンデッド達をどうにかしなければならなかった。
    「みんなを中枢まで送り届けなくちゃね」
     稲荷坂・里月(迷子の殺人鬼・d13837)はテンションの低そうな様子ながらも、グラインドファイアで敵軍へ飛び込む。
    「露払い……ってほど軽いもんじゃなさそーだけど、相手にとって不足はねーな」
     ライドキャリバーのイドに「好きなだけ暴れていーよ」と呼びかけて、ナディア・ローレン(極彩のチェルノボグ・d09015)もまたティアーズリッパーを繰り出す。すかさずミカエラ・アプリコット(弾ける柘榴・d03125)と木元・明莉(楽天陽和・d14267)が続き、彼らを久成・杏子(いっぱいがんばるっ・d17363)のシールドが守る。
     複数のクラブで協力し、合同作戦を取ったナディア達は内部へ、いち早く仲間を送り込むべく一丸となってアンデッドに突っ込むと、彼らが進む道を確保する事に専念する。
    「女の子をこんなのでお出迎えなんてサイテーだわ! 出直してきなさい!」
     霜月・透那(極東のセイレーン・d17961)も最初は神薙刃で攻撃に加わると、その後はエンジェリックボイスを響かせて、前に立つ仲間の回復に努めていく。
    「露払いは任せてもらおうか。ココは任せて先に行け! って言ってみたかったんだよな」
    「ここは俺達に任せてお前達は中へ……とか、超燃えるシチュエーション!」
     洲宮・静流(蛟竜雲雨・d03096)の発言に頷く早鞍・清純(全力少年・d01135)。特に清純はすっかり盛り上がっているようだが、
    「しかし周りには野郎しかいない! イツモノコトデスネ!」
     残念ながら周囲にいるのは純潔のフィラルジアの仲間達。女子禁制、男子だけのクラブである純潔のフィラルジアなんだからしょうがないね。
     それでも「頑張ったら神様がご褒美をくれるかもしれない何かラッキーな事があるかもしれない」と自分に言い聞かせる清純である。
    「野々宮さんの所へ行けるよう、俺達が全力でアシストしてやろうな」
     愛用の武器を構えた星野・優輝(戦場を駆ける喫茶店マスター・d04321)も早速アンデッドへ斬りかかり、勾月・静樹(夜纏・d17431)は除霊結界を構築し、一帯のアンデッド達の行動を阻害していく。
    「畜生、俺も可愛い迷宵を迎えに行きたかった……嵐に吹っ飛ばされたのだから仕方ないがッ」
     なぜか既にボロボロになっているラシェリール・ハプスリンゲン(白虹孔雀・d09458)は、血の涙を流しながら閃光百裂拳を手近なゾンビに叩き込んだ。でも鬱憤が収まらないので、今度は骸骨をフォースブレイクで粉砕して気を晴らす。
    「さあ、今のうちに行こう!」
     そうして駆け抜けた内藤・エイジ(高校生神薙使い・d01409)は、風に逆らいながらブレイズゲート内部を目指す。風は灼滅者達の体に激しく吹き付けては来るものの、それ以上に彼らを拒みはしなかった。
    「パッと見は、外と変わらないね」
     素早く見回した桜火・カズヤ(キャンディドギィ・d13597)が言うように、あたりの風景が劇的に変わったりはしない。必要ならばいつでも変身する心積もりで、さっそくカズヤは内部の探索を始める。
    「迷宮中心部から嵐が沸き起こっているなら、風上に向かって探索を行えば良いのではないでしょうか」
     一帯の地図やライト、トランシーバーなど短時間で可能な限り必要そうな道具を準備してきた桜咲・八千帆(頑張り屋後輩系・d19390)は、そう推測して風を計る。
    「きっと、あちらですね」
     髪の毛の揺れ方から判断した鷲之目・零(静かなる弾丸・d03570)は歩き出した。
     九湖・鐘(祈花・d01224)は皆が迷わないよう、曲がり角では目印に蛍光シールを張り付けていく。いくつかの種類を用意して、正解の道に張り付けるのは必ず星のシール。迷宵の今日のファッションテーマであるそれを、武蔵坂学園の灼滅者ならば必ず見分けられるはずだ。
     そうして迷宵を目指して進みだすと、彼らの前にはすぐ、アンデッドが現れる。
    「行くよ、しまださん」
     それを見た函南・ゆずる(緋色の研究・d02143)は、すぐさま動く。ナノナノが放つたつまきと共に黒死斬を繰り出し、先頭のアンデッドを切り裂きながら、
    「ここは、わたしに、任せて、先に行くんだ、よ!」
    「ナノッ!」
     後ろを振り返らずに後輩達へ告げるゆずるの後ろで、しまださんも凛々しい顔で眼鏡をくいっとあげてみせた。
    (「うふふ、こういうこと、一回、言ってみたかったの」)
     上手くいったね、しまださん……と声に出さずに分かち合うと、先輩として恥ずかしい背中は見せられないとばかりに、ゆずるは鏖殺領域で敵を覆い尽くした。
    「あなたの街の殺人鬼! 葉月・十三、参上です!!」
     逆巻く風の激しさが増していくのを感じた葉月・十三(高校生元殺人鬼・d03857)は、自分が守ってあげられるのはここまでだと判断すると、かわりに、視界に入ったゾンビの群れに向き合う。その隣に並んだのは藤原・漣(パンチラメイカー・d28511)だ。
    「ここは回復が必須っしょ? オレに任せてくださいっす!」
     チャラそうな見た目の漣だって、目的は同じだ。まずはソーサルガーターで守りを固め、相棒のシエロと2人、仲間の傷を癒していく。
    「この辺の敵はきっちり足止めして、ついでにぶっ倒しといてやる――安心して行ってこい!」 ラグナロクは任せた! と激励し、片月・糸瀬(神話崩落・d03500)もこの場へ残る。
     セイメイの仕向けたアンデッドが現れるたび、誰かがその場に残り、敵の前に立つ。自分達が一緒に行けるのは途中までだと、そう知っているからこそ、彼らは立ち止まって皆をできるだけ、無傷で先へ進ませるため、全力を尽くす。
    「戦いに初心者も熟練者もあらへん、覚悟を決めたら一端の戦士や。胸張って突撃しー」
     更に現れた新手をブレイジングバーストで食い止めながら、銀夜目・右九兵衛(ミッドナイトアイ・d02632)も皆を見送る。
    「まるで気分は弁慶ね」
     くるりと後ろを向いて苦笑したのは、綾峰・セイナ(銀閃・d04572)。後方の憂いを断つべく、セイナは皆を追おうとするアンデッドを食い止める役を引き受けた。
    「皆が戻ってくるまで、道を開いておかないとな」
     ジェイ・バーデュロン(置狩王・d12242)は彼らが引き返してくる際の安全確保も想定し、辺りのアンデッド掃討にかかる。
    「帰るまでが戦闘です。……なんてね。みんな、無理はしないでね」
     分裂弱体化しているとはいえ、相手はあのセイメイの配下だ。まして数が多いなら油断はできないだろう。力を合わせ、連携しながら、城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)達は彼らの戦いに身を投じた。

    「♪すぐ助けが行くからね!」
     明るく、勇気を与えるような歌詞を載せて、リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)は歌っていた。
     中枢にいる迷宵に、もし外側の物音が聞こえたとしたら。物騒な戦いの音よりも、怒声や悲鳴などよりも、そうした物をリュシールは彼女に届けてあげたかった。
    「建物が憎らしいですわね」
     と嘆くのは、空飛ぶ箒で上空から迷宵を捜索する輪音・小夜(月夜の彼岸花・d07535)だ。上からなら見つけやすいのではと、そう考える小夜だったが、結局障害物が邪魔をして、思うようはいかない。難しいものだ、と嘆息するしかなかった。
    「他に何か手がかりがあればと思いましたが……」
     岩田・鉄子(ハードガール・d28310)も、彼女なりに準備をしていたのだが、そうした手がかりを見つけられずにいた。
    「さあさあ、迷宵ちゃんまでもう少しっすよ! みんなファイトっす!」
     そんな皆を励ますように、参下・滉太郎(下っ端の中の下っ端・d27770)が声を上げる。手頃そうなスペースを見つけると、滉太郎は抱えていたテーブルを広げ、ちょっとでも休憩になればとドリンクバーで出した栄養ドリンクを置く。
     迷宵が、中枢にいることは判っているのだ。それを目指していけばいい。あまり気を張り詰めすぎないで、という滉太郎なりの気遣いだった。
     風は、徐々に強さを増し、迷宵のいる場所が少しずつ近付いていることを灼滅者達に教える。もちろん、この先にいるのは迷宵だけでは無い。
    「行け行け! 俺達のクラスの団結力を見せてやれ!」
     アンデッドを目にした木場・幸谷(純情賛火・d22599)は、次は自分達の出番だろうと飛び出す。シールドを構えた天堂・リン(町はずれの神父さん・d21382)がそれに続き、アンデッドを食い止める間に、鷹成・志緒梨(高校生サウンドソルジャー・d21896)達は中枢を目指して駆け続ける。
    「いたね。デモノイド……!」
     一方、紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)達はデモノイドを目撃すると、あえてそちらへ向かった。
    「彼はデモノイドを連れている。その配置から、彼の居場所もまた特定できるはずだ」
     そう推測する謡が目指すのは、どこかにいるはずの灼滅者、紫堂・恭也の元だ。
     徳長・箱(砂山・d25781)は目に付いたデモノイド達を、ゲシュタルトバスターでまとめて一掃していく。それはデモノイドが相手とは思えないほどに呆気ない。
    「分裂弱体化しているはずだから、もう少し数が多いかと思っていたけど……」
     災禍・瑠璃(ショコラクラシック・d23453)は戦いを皆に任せ、できるだけ戦闘による消耗を避けるようにして奥へ進んでいく。
     デモノイドが多い場所には、逆に恭也はいないのでは……と読んでいた瑠璃だったが、ここまで見かけたデモノイドは、さほど多くない。そうなると配下は分散させず、ほぼそのまま率いて進んでいる可能性が高いのかもしれない。
     灼滅者達が遭遇したデモノイドの動きも、それを裏付けているような気がした。集団で動いているという感じは少なく、彼らの動きはバラバラだ。集団からはぐれて単独行動になっているのか、あるいは末端のデモノイドまで指揮が行き届いていないのか……。
     それでも進めば進むほど、目にするデモノイドの数は増えていく。それは恭也の居場所が近いことを、彼らに予感させていた。
    「君らには、ボクらに付き合ってもらおう」
     更なるデモノイド達の前に進み出たのは、清浄・利恵(根探すブローディア・d23692)。デモノイド形態を取り、デモノイドを食い止めるように立つ利恵に、すぐさま十数人の灼滅者が加勢する。
    「こういう時は、こう言うんですよね? 『ここは任せて先に行け!』って」
     その1人、崇田・悠里(旧日本海軍系ご当地ヒーロー・d18094)は後輩達を振り返りながら告げる。
     目的を果たすためには、こんな所で立ち止まっている訳にはいかない。
    「えぇーいやぁっ!!」
     迫ろうとするデモノイドに、幸・桃琴(桃色退魔拳士・d09437)は回転させた体ごとぶつかりながら拳を叩き込んだ。その脇を、先を目指す灼滅者達が一気に駆け抜けていく。
     デモノイド達を食い止め、倒しながら奥へ、奥へと先を目指していく灼滅者達。やがて先頭を進んでいた九条・雷(蒼雷・d01046)は、不意に『明確な違い』を感じて立ち止まった。
     何かが、これまでとは決定的に違う。バラバラに動いていたように感じられていたデモノイド達が、集団で連携しながら灼滅者達に迫ってくる。明らかに精度が上がったように感じられる動きは、つまり――誰かが指揮を執り、彼らを率いているということ。
    「いた!」
     そんなデモノイド達の隙間の向こう側に見える人影。あちらにいる人間は、1人だけしか有り得ない。声が聞こえてきた方へ、一斉に視線が集まる。
    「やぁやぁ紫堂・恭也君」
     屋根の上から一発決めながら挨拶するのは、屋上を伝って移動していた岬・在雛(数時間後の運命も知らないで・d16389)だ。
    「朱雀門の居心地はどうかな?」
     在雛の呼びかけに恭也は微かに一瞥したのみで、周囲のデモノイド達に手早く指示を出していく。勿論、その動きをただ黙って見ていることは出来ない。
    「デモノイドは――生かしてはおけん!」
    「ええ。紫堂は別としても、デモノイドは容赦しなくてよ?」
     素早くデモノイドの群れに飛び込み、二重・牡丹(レイヤードファイアワークス・d25269)が次々と彼らを薙ぎ払えば、マリー・オリオール(名も無き歌姫・d24705)が傷付いたデモノイドの急所を的確に摘出していく。
    「お前らに直接恨みがあるわけじゃねぇけど……『朱雀門』は、俺にとっちゃ敵なんだよ」
     護りを徹底していた冴凪・翼(猛虎添翼・d05699)は、デモノイドが放つ斬撃を受け止めると反対に、雷と化した闘気をまとって拳を叩き込む。
     翼の友人を連れ去ろうとしたのは、このデモノイド達ではない。しかし彼らが朱雀門高校の勢力に属している以上、彼らの動きは無視できなかった。
     ヴィタリー・エイゼンシュテイン(ヴェリシェレン・d22981)が更に、周囲のデモノイド達から熱量を奪っていく。バタバタとデモノイドが倒れたそこへ、氷上・蓮(白面・d03869)達が一気に切り込んだ。
     押し寄せる灼滅者達を、押し返すべく恭也が指示を出す。分割存在となったデモノイド達は弱体化する一方、その数を大幅に増やしているはずだ。恭也は、それを出し惜しみすることなく、大軍をそのまま灼滅者達へ差し向けた。
    「よくわかんねーけど、邪魔するやつはぶん殴ればいいんだよな!?」
    「それでいいんじゃねぇの?」
     紅月・チアキ(朱雀は煉獄の空へ・d01147)の言葉に頷き返した遠藤・穣(反抗期デモノイドヒューマン・d17888)は、ガンナイフを用いた格闘術を繰り出す。
     朱雀門の思惑は潰してみせると意気込む穣は、更に武器ごと腕をデモノイド寄生体に飲み込ませて叩きつける。一方のチアキも、そうと決まれば鬼神変をガンガン繰り出すまでだと片っ端から殴りつけていく。
     殺意を欠片も隠そうとせず、片倉・純也(ソウク・d16862)もまたデモノイドに迫る。この場に居合わせた多くのデモノイドヒューマンにとって、この状況は放置できるものではない。
     彼らがデモノイドヒューマンとなった理由、彼らが経験してきた出来事こそが、デモノイド達との戦いに駆り立てていくのだ。それはまさしく『宿敵』だからこそだろう。
    「朱雀門。お前たちは敵だ」
     不知火・レイ(クェーサー・d01554)もまた、デモノイドの群れに突っ込んだ1人だった。相手が、かつて自分をデモノイドロードへと闇堕ちさせた、あの朱雀門高校のデモノイドというだけで、レイにとって戦う理由としては十分だ。
     そんな、目の前のデモノイド以外を顧みることなく戦うレイの死角から、迫るデモノイドに気付いた香坂・翔(青い殺戮兵器・d23830)は、その個体をDMWセイバーで切り裂く。
    「危ないですよー、先輩」
    「すまない、助かった」
     庇われたレイは、もう少し冷静にならなければと言い聞かせ、もっと視野を広く持って戦い続ける。
    「……運動したせいか、お腹すいてきた……」
     周囲のデモノイド達の数が減り余裕ができたからか、ふと空腹を感じてぽつりと呟く蓮の言葉に、張りつめた周囲の空気がまた少しだけ緩む。そんな中、九形・皆無(僧侶系高校生・d25213)は巨大化させた腕を振りかぶり、確実にデモノイドを倒していった。

     その間に蓮条・優希(星の入東風・d17218)や八神・菜月(徒花・d16592)、黒崎・白(黒白の花・d11436)達は迅速かつ全力で前進すると、恭也に近いデモノイド達を切り崩しに掛かった。灼滅者達は次々と攻撃を繰り返し、デモノイドを倒しながら突破口を切り開く。
     中でも突出して進むのは、逢見・莉子(珈琲アロマ・d10150)達だろう。彼女らは最初から恭也を囲い込む形で、彼とデモノイドを分断することを狙っていた。
    「陣形を乱すな。前後から挟み撃ちにする」
     彼らを食い止めることが、武蔵坂を止める一手に繋がると踏んだのか、恭也は自らウロボロスブレイドを構えて突撃する。
    「恭也、待ってくれ!」
     激突を食い止めようと、文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)が更に両者の間へ割り込もうとする。ライル・メイスフィールド(大学生エクソシスト・d07117)も同様だ。彼らは恭也への攻撃を、身を挺して食い止めようとする。
    「この状況で『待て』だと? お前達は何を言っているんだ」
     しかし肝心な恭也の側に、手を止めようとする気配が無い。
     恭也にしてみれば、大勢の配下――仲間を、今まさに目の前で傷付けられているのだ。それなのに黙って待て、それを見過ごせ……と言う方が、無理というものだろう。
     武蔵坂学園だって、仲間の誰かが朱雀門高校に傷付けられたら、ましてやその命を奪われたら――決して黙ってはいないだろう。恭也も同じなのだ。彼もまた、仲間を想うからこそ足を止めない。ただ、それだけの事だった。
     現実問題デモノイドを一切傷付けず、デモノイドを一切攻撃することなく、ここまで進んで来ることは不可能だった。そうである以上、この激突を避ける事は最初から至難だったに違いない。しかし、それでもまだ間に合うはずだと、マキシミン・リフクネ(龍泉堂の左輪・d15501)は声を張り上げた。
    「ラグナロクをセイメイの手に渡すわけにはいきません! 恭也さん、我々と一時的に協力いたしませんか!」
     そして、その言葉は効果を発揮した。何故ならセイメイの名に、恭也の手が一瞬止まったからだ。
    (「やはり。今だけだとしても、共闘は決して不可能ではない」)
     彼の反応に、藤谷・徹也(高校生殺人機械・d01892)は確信する。
     そう、自分達と恭也は『セイメイから迷宵を救出する』という一点において、目的が完全に一致しているはずだ。細部に考えのズレや違いはあるかもしれないが、それでも『敵』と『救出対象』の2つが同じなら、協力関係を築く十分な下地になる。
     恭也にも、思う所はあるだろう。だが、それでも。きっと、歩み寄ることは不可能ではないと、そう彼らは信じていた。
     こじれてしまった関係だけれど、恭也だってきっと、その選択肢を頭ごなしに否定はしないはずだと。かつて武蔵坂を認め、そのウロボロスブレイドを託してくれた彼なのだから。
    「共同戦線を張りませんか。戦力は多いに越したことはないでしょう?」
    「――デモノイド達への攻撃を、今すぐ止めるのなら検討しよう」
     しかしマキシミンに恭也が返した言葉は硬い。それが困難を極めるだろう事は、徹也達にもよく理解できた。
     一度始まった大規模な戦いを、止めるのは、とても難しい。
     恭也個人が相手であれば、これまでの経緯や直哉達の働き掛けもあって、対話が終わるまで矛を収めてくれる者は多いだろう。事実今、恭也の周辺では攻撃を控えて、状況の推移を見守っている灼滅者ばかりだ。
     しかし、その対象に、デモノイドの軍勢まで含むとなれば……。
     ダークネス勢力下にあるとはいえ、恭也個人は『灼滅者』、人間だ。しかしデモノイドは違う。その差はあまりにも大きかった。灼滅者は、ダークネスを灼滅するからこそ、灼滅者なのだから。
     奇しくも、それは以前恭也が語った内容と重なる。
    『一般人であろうと灼滅者であろうとダークネスであろうと、理由なく殺すのは悪だ』。
     相手がダークネスだから灼滅するという、灼滅者にとって当たり前の常識を否定し、朱雀門高校で彼なりの正義を貫くことを選んだ人物。それが、紫堂・恭也という少年なのだから。
    「……話は終わりだ。いつこちらの寝首をかいてくるかも知れない相手と、組むことなど、出来るはずがない」
     今の恭也は、もうただの恭也ではない。朱雀門高校の貴重な戦力を預かる指揮官なのだ。
     武蔵坂学園の生徒との個人的な絆や関係があろうとも、皆の言葉から伝わってくる誠意を解っていたとしても、恭也が朱雀門高校の指揮官の1人である以上、朱雀門高校に害を及ぼす相手と協力することは決して、できない。
    「では、どうでしょう紫堂くん。君は白の王の企みを阻止する事に専念し、武蔵坂学園はラグナロクの救出に専念するというのは」
     再び武器を構えた恭也に、今度は高遠・慎一郎(完全なる第三者・d09701)が口を開く。
    「君の今回の目的はセイメイのはずだ。武蔵坂との戦いは君にも本意では無いでしょう? 君は朱雀門高校より託された戦力を損なうことなく、白の王の企みを阻止できる。お互いに実のある妥当な提案だと思うのですが?」
     武蔵坂学園の最大の目的は迷宵の闇堕ちを阻止し、彼女を救い出すことだ。一方、恭也達はあくまでも、セイメイそのものを目的としていたはず。お互いの微妙なズレは、完全な共闘を成立させることはなくても、こうした役割分担の形では成立するのではないかと、黛・藍花(藍の半身・d04699)も頷く。
    「ええ、狙われている子は私達が保護します。ですからあなたは心置きなく、セイメイと戦ってください。……それに、デモノイドのような怪物然とした手下を従えて女の子の所に行くのは、客観的に見てもやめた方が良いと思いますよ」
    「恭也様。あなた様がどのような方法で、迷宵様をお救いしようとしているのかは解りません。ですが、わたくし達はなんとしても、無事に迷宵様を救い出し、保護しなければいけませんの」
     藍花の言葉に続くのは歪神・漣美(天翔る青い小鳥・d17332)だ。
     アンデッドに追い詰められ、闇堕ち仕掛けている迷宵に、デモノイドの軍勢が迫ることは逆効果になるだろうという読みは、決して間違ってはいないだろう。しかし恭也はただ無言で、静かに鋭い視線を慎一郎や藍花へ向けている。
    「君の正義も、思想も、否定すまい。だがラグナロクダークネスを生み出すわけにはいかない」
     恭也が聞く耳を持ってくれるのならばと、神庭・律(人神覇者・d18205)も語りかける。
    「彼女は人でなくなろうとしているが、だからこそ苦しんでいる。それは彼女が『人間』だからこそだ。我々灼滅者がそうであるように、彼女のそれも避けなければならない。紫堂くん、そのデモノイドたちを退かせてくれ。かわりに僕らが必ず、彼女の全てを守る」
    「必ず、ラグナロクは助け出して平穏な生活を送らせる。実際に我々は、これまで救出したラグナロク達にそうした生活を送って貰うことに成功している。実績がある」
     更に砂原・鋭二郎(中学生魔法使い・d01884)は、これまでに武蔵坂学園が救出し、学園で平穏な日々を過ごすラグナロク達について触れる。自分達に任せてくれれば、絶対に安心だと。
    「彼女はセイメイには渡さない。それで納得して、ここは引いてくれないかな?」
     天堂・櫻子(桜大刀自・d20094)もまた、言葉だけで決着がつけられるのなら、それに越したことは無いだろうと恭也に向き直っている。
    「……彼女は、お前達の知り合いか。そうであれば、ここに現れた理由は納得できる」
     ゆっくりと恭也が口を開く。彼らの言葉に恭也は一定の理解を見せた。それは、彼もまた『灼滅者』であるからだろう。恭也自身も闇堕ちしかけた過去を持つからこそ、救いたいと願う気持ちは決して、理解できないわけではない。
     しかし、あくまでも、それだけであった。
    「だがそれは『提案』ではあるまい。一方的な『脅迫』の間違いだろう」
     恭也は一瞬で彼らの言葉を切り捨てた。検討にも値しないと、その剣呑な目が語っている。
     デモノイド達に刃を突き立てて、指揮官である恭也に「ここは引け」と一方的に求める。まして無意識に、あるいは意図的に『従わなければ殺す』と言外に告げる内容のどこにも、恭也は対等な交渉だと呼べるような要素を感じられなかった。
    「それに。……救出したいと願う相手を『物』のように扱い、交渉の材料として利用するのがお前の『正義』か」
     そして付け加えられた一言は、それが朱雀門の指揮官としてだけでなく、恭也個人としても受け入れ難い内容であったことを表していた。『お前達』ではなく『お前』と断じた事が、恭也なりの、最大限の譲歩だろう。
    「確かにお前達はセイメイのような振る舞いはしないだろう。だが武蔵坂学園という『檻』に閉じ込める行為が、本当に彼女にとっての幸福なのか? 朱雀門高校は違う。ダークネス組織でありながら灼滅者である俺をそのまま受け入れた会長達なら、ラグナロクであろうとも、ラグナロクダークネスであろうとも、彼女もまたあるがままに受け入れるだろう」
     朱雀門高校は決して巨大な勢力ではないが、ヴァンパイア達が庇護しているとなれば、他のダークネス勢力も迂闊に手出しはできなくなるはずだ。ヴァンパイアとの全面戦争を是とするダークネスは、そう多くあるまい。セイメイですら積極的な対立は避けるだろう。
     力が無ければ守れない。恭也は、それをよく知っていた。だからこそ恭也は守るべき子供達を連れて朱雀門高校に加わったのだし、迷宵も朱雀門高校でなら守れると判断したからこそ救おうとしているのだ。
    「やはり、俺は間違っていたのだな。あの日、あのホールで、お前達に期待などすべきではなかった。お前達の元に新たな未来があるのではと、一瞬でも考えた俺が浅はかで、愚かだった」
     嘆息するのと同時に、恭也はウロボロスブレイドを伸ばす。それは恭也との間に、修復不可能な大きな亀裂が刻まれた瞬間だった。

     伸ばしたウロボロスブレイドを黒崎・白(黒白の花・d11436)に巻きつけた恭也の動きに呼応し、周囲のデモノイド達は一斉に、猛烈な反撃に出た。
     そんな彼らに恭也は短い言葉をいくつか投げかけ、デモノイド達の動きを補い、更に強化していくような形で指示を加える。この場にいるデモノイド達は恭也によって見事に統率され、最大限にその力を発揮していた。
     結果、デモノイドと恭也の分断を狙うべく動いていた灼滅者達は、反対に押し寄せるデモノイドの大群によって、瞬く間に劣勢へ追い込まれていた。一部の少人数が突出する格好となっていたことも、こうなっては裏目に出てしまっただろう。守りを固めながらいったん後退を進めていくが、恭也は素早い動きで久瀬・隼人(反英雄・d19457)の死角に回り込み、彼が纏うコートごと切り裂きにかかる。
    「チッ」
     舌打ち1つ。隼人はすぐさま体勢を立て直しつつ、螺穿槍を突き出した。しかし穿たれたデモノイドの左右からすぐさま、別のデモノイド達が押し寄せて波状攻撃を繰り出す。
     分裂弱体化といっても、灼滅者と互角、あるいはそれ以上の力は持っている。それがまさに文字通り、山ほど押し寄せてくるのだから、恭也へ軽口を叩いている暇も無い。
    「援護するよ!」
     不来坂・めぐる(鳴り止まぬ残響・d19388)は狙いを定めて、最前列のデモノイドへサイキックを打ち込む。確実に命中させたそこへ、フィクト・ブラッドレイ(猟犬殺し・d02411)達が更に距離を詰めていく。
    「難儀なものだ、貴様も。だが安心しろ、私は戦いに情など抱かない」
     道が分かたれた以上、決着がつくまで戦うしかあるまい。フィクトは迫り来る恭也の鏖殺領域を抜けると、炎を纏った激しい蹴りを反対に叩き込んだ。
    「ころころとよく立ち位置が変わって、まるでベレーザのようですね」
    「いや同じ蝙蝠臭さでも、まだベレーザの方が方針決まってる分マシじゃない?」
     強烈な回し蹴りでデモノイド達を薙ぎ払った小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)の言葉に、ベレーザが大嫌いな水瀬・瑞樹(マリクの娘・d02532)は不愉快かつ複雑そうな表情を浮かべながら、レーヴァテインを繰り出す。
     だが恭也はそんな彼女達の、あからさまな挑発に乗ることは無かった。そんな彼の前に向かったのは紅林・美波(茜色のプラクティカス・d11171)。美波は恭也に向き直ると、告げた。
    「鍵島・洸一郎を灼滅したのは私です。彼の最期をあなたに伝えたくて機会を探していました」
    「鍵島さんを。そうか、お前が」
     美波は、淡々と呟いた恭也が放つ黒死斬を、瞬時に守りの態勢を固めて受け止める。だがそれは、育ての親の敵討ちというよりも、今戦いが不可避な状況下だからこそ繰り出された攻撃だというように、美波には感じられた。
     だから、続ける。
    「彼は私に「お前達の戦いは、お前達にとっての『幸福』なのか」と問いました。そして「生の苦しみを持たぬ自分達は『幸せな愚者』」だとも仰っていました。だから私はあなたに聞きたいんです。あなたの選んだ道の先に、貴方の『幸福』は含まれますか?」
     彼らの支配を『見えざる圧政』だと呼ぶ美波に、鍵島はそうだと応えた。そして彼は言ったのだ。世界は悪に満ちていると。
    「つまり彼にとって、それは悪だったんです。あなたが朱雀門でしようとしている事は、それと同じなのではありませんか?」
    「……そうかもしれないな。なるほど、子は親に似るとはよく言ったものだ。もっとも、鍵島さんが知ったら嫌がるだろうな」
     微かに苦笑し、恭也はウロボロスブレイドで高速で振り回す。加速に加速を重ねて刀身を繰り出しながら、恭也は言った。
    「俺にとって鍵島さんは、確かに断罪されるべき悪では無かったよ」
     つまりはそれが恭也のルーツであり、彼を育んだものであり、そして今の彼の根幹となっているのだろう。
    「かぎしま様と同じ道を歩み始めたのですね、きょうや様。わたくしは、彼の方の考え方が好きでした」
     だからこそ聖・ヤマメ(とおせんぼ・d02936)はウロボロスブレイドを構えた。彼が託したこの武器で、他ならぬ恭也を倒し、願わくば彼を止めるために。
    「最近『慈愛のコルネリウス』っていうシャドウが、灼滅された者の残留思念を復活させている。もし鍵島という男が強い残留思念を残していて、その場に立ち会える事ができたなら、また言葉を交わすこともできるかもしれないね」
    「あ、歯車さんは復活したみたいだね」
     恭也を見ながら独り言を呟くように、二階堂・空(大学生シャドウハンター・d05690)が告げた言葉に、銃沢・翼冷(飽オ紫由リ出ヅル・d10746)が付け加える。しかし恭也は翼冷の言葉には怪訝そうだ。
    「誰だ、それは」
     恭也は鍵島に育てられてはいたが、鍵島コーポレーションの社員ではない。もしそうだったとしても、巨大企業である鍵島コーポレーションの、社員全員の顔と名前を覚えているような者はまずいないだろう。一介のヒラ社員に過ぎない平野・歯車の顔や名前を、恭也が知らなかったとしても何ら不思議はない。
     鍵島と再会する事自体にも、恭也は興味を持っていないようだった。復活した残留思念は、決して鍵島そのものでは無いからかもしれない。
     恭也は言葉を交わした灼滅者相手でも手心を加えたりはしなかった。数で一気に押し、次々と撤退に追い込んでいく。もちろんデモノイドにも多くの負傷者が出ているが、恭也は巧みに彼らの配置を入れ替え、そのフォローも忘れない。恭也自身もウロボロスシールドを駆使して、受けた傷を癒しながら戦場に立ち続ける。
    「随分と朱雀門高校を信頼しているようだけど、くれぐれも注意しなよ。お前が守るノーライフキングの子達を捨て駒にするぐらい、余裕でやるだろうからな」
    「会長は決して、そのような人ではない」
     戦うことになっても、それでも……と忠告する明鏡・止水(高校生シャドウハンター・d07017)だったが、恭也は意に介さなかった。恭也のことを信じて慕うノーライフキングの子供達のことはディアナ・ローゼンベルク(中学生エクソシスト・d13782)なども気にしていたが、取り付く島は無さそうだ。
    「私、信じてます。今は無理でも、いずれダークネスと灼滅者が共存できる道は見つかるって。イフリートさん達とも私たちは共闘できました。あなたとも、そうできるって信じたいです」
     ディアナは焦点を変えて語りかけてみるが、恭也は顔をしかめる。それは多くのダークネスを問答無用に滅ぼしている武蔵坂学園が、イフリートには態度を変えてまったく別の対応をしているという事実を知ったからだろう。
    「――その都度、最善を選び取っているといえば聞こえはいいだろう。しかし……お前達には一貫性が無さ過ぎる」
     朱雀門高校には、恭也自身が勧誘した鈴山・虎子など多くのダークネスがいる。おそらくは彼らから話を聞く機会もあったに違いない。それも、ダークネス側からの視点での話を、だ。
    「それはあんたも同じじゃないの? 阿佐ヶ谷のあの事件、デモノイドに変えられた人の嘆きをあんたも見てたと思うんだけど……それも忘れてしまったのかしら」
     しかし鏑木・カンナ(疾駆者・d04682)から見れば、恭也こそ以前とあまりに振る舞いが変わりすぎているように思える。立場の変化があったとしても、それでも済ませられない程に。
     恭也がデモノイドを引き連れている事には、他にも九条・泰河(陰陽の求道者・d03676)や狩生・光臣(天樂ヴァリゼ・d17309)、白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)やカニェーツ・マニャーキン(愛と憎の揺り籠・d27989)など、多くの灼滅者が違和感や疑問を持っていた。恭也がデモノイドと共に正義を語るからこそ許し難いと思っている者だって少なくはない。
    「ダークネスによる支配こそが正しいなら、なぜ人間は何百年もダークネスに苦しめられ、こうして対抗しようとしてるのでしょうね?」
    「ヴァンパイアは、決して人を治めるべきじゃない。人を何とも思っていない、家畜同然に思ってる奴等だ。解ってるだろ……?」
     更に九条・有栖(高校生シャドウハンター・d03134)やハヤト・レンスター(蒼き罪人・d19368)が疑問を呈する。しかし恭也は、やはりそれらを拒絶した。
    「お前達には見えていないだけだ。会長や副会長が、彼らに忠誠を誓った者達が、どれだけ今を変えようとしているのか、その為に手を尽くしているのかを」
     恭也が朱雀門高校で見聞きした内容を、確かに武蔵坂学園の灼滅者達は知らない。だが少なくとも恭也は、彼なりに何かを見て、知って、納得して、そして彼らを信頼したからこそ、朱雀門高校の指揮官となったのだ。
    「そう……ですが、闇堕ちだのデモノイド化だの、そういう『人間であることを捨てる』ことを是とする朱雀門のやり方が『正義』だなんて、わたくしは決して認めません!」
     舞笠・紅華(花笠剣士ヴェニヴァーナ・d19839)が九字を唱えると、デモノイド達が内部から次々と破裂していく。だが彼女に認められなくとも、恭也に己の正義を曲げるつもりは無い。
    「あなたは吸血鬼に奴隷階級があることをご存じですか? そのような吸血鬼が世界を統一して、本当に平和が訪れるとお思いですか?」
    「朱雀門とは別派閥のヴァンパイアに、そうした者共がいる事は聞いている」
     まるで恭也こそが吸血鬼の奴隷のようだと見つめるレイラ・サジタリウス(幸運の猫神の下僕・d21282)を、恭也は冷ややかに見つめ返す。
     ただ同じヴァンパイアだからという理由で、相手を見ずに同じだと決めつけて語る。その行為は、恭也にとって気持ちの良い物では無かっただろう。
    「――撃て!」
     そして、その程度で恭也が頭に血を上らせるような事も無い。号令と共に後列へと下がったデモノイド達が一斉に死の光線を浴びせかけ、武蔵坂の前衛を切り崩す。負傷者をすぐに下げ、戦線を保つため傷の浅い灼滅者が前に出る。
    「腕が鳴りますねっ、思う存分削がさせてもらいます!」
     エアシューズで駆けたティナ・シルバニア(壺を売り歩く復讐鬼・d25133)は、わざわざデモノイド達の鼻先をかすめるようにして走ると、その勢いのまま摩擦で生み出した炎を纏って蹴りつけた。
     敵の意識を引き寄せるべく派手に動き回り、デモノイド達を引っ掻き回すティナの後ろから神隠・雪雨(うっかり忘れる角が本体・d23924)が逆巻く風の刃を放ち、確実にデモノイドを捉えていく。
    「デモノイドをすべて倒していてはキリがありませんわ! 大将がいなければデモノイドなど烏合の衆。狙いは紫堂・恭也の首のみですわ!」
     周囲の仲間達と恭也を目指しながら白牛・黒子(とある白黒の地方餅菓・d19838)が叫ぶ。天誅! などという声も聞こえてくるあたり、発言の内容には最近酷さを増しているニンジャかぶれが大きく影響しているに違いない。
     とはいえ、恭也を倒してしまうべきだという判断は的確な物だろう。このまま戦いを長く続ければ、武蔵坂学園側も消耗する一方だ。それによって万が一にも恭也の突破を許せば、今度は迷宵達が、彼女の元へ向かった者達が危ない。
     灼滅者達は頷きあうと、一気に決着をつけるべく攻勢へ出る。デモノイドに相対する者達が動きを食い止めながら、恭也への道を切り開く。
    「私を覚えていますか恭也さん」
     リアナ・ディミニ(アリアスレイヤー・d18549)は、かつて山の中で幼いノーライフキングを灼滅した。リアナの魔法が最後の一撃になった事を、目撃した恭也は覚えているだろうか。
    「ケジメを付けに来ました」
     すぐさま槍を回転させて、リアナは周囲のデモノイドごと恭也を切り裂く。
     自分が彼との溝を徹底的に深めた元凶なら、幕引きも自分の手で。それがリアナの選んだ、彼女なりのケジメの付け方だった。恭也に対してではなく、それを悲しむ仲間達の為に、リアナは恭也を倒すべく全力を尽くす。
     桧・悠悟(龍吼・d04854)も非情に徹した。恭也が相手だからこそ攻撃を躊躇う者、攻撃ができないという者もいるだろう。だからこそ悠悟はオーラを拳に集束させると、一気に激しい連打を浴びせかける。
     恭也の技量は、武蔵坂学園の灼滅者と大きく変わるものではない。周囲のデモノイド達が指揮官である恭也を庇い、護ろうと動きはするものの、多数の灼滅者達からの集中攻撃を受ければ、瞬く間にそれは致命傷となる。
    「くっ……!」
    「アカン殺すんは……!」
     これ以上の攻撃を続ければ恭也の命が危うい。千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)は咄嗟に防護符を投げつけようとする。
     ……が、サイは気付いてしまった。サイだけではない、周囲の誰もがそれを悟る。
     一瞬にして広がる禍々しい波動。恭也から発せられる、おびただしいほどの『殺意』が、みるみる恭也の衣を黒く、黒く『闇』の色に染め上げていく。
     青かったはずの目の色も、彼がこれまで操っていたウロボロスブレイドもまるで鮮血のような赤へと変わり、恭也は、その迸る殺意の波動を一気に灼滅者達へ差し向けた。
     恭也の変化が何を意味するのか、わからない灼滅者などいない。
    「闇堕ち――!」
     痛手を負わせて撤退に追い込めば良いと、それだけで良いと思っていた者もいた。あるいは強引に拉致してでも連れ帰り、武蔵坂について詳しく知って貰おうと、そう考えていた者達だっていた。
     しかし闇堕ちしたのであれば、その『闇(ダークネス)』を灼滅しない訳にはいかない。なぜなら、それが灼滅者だからだ。
     吉沢・昴(ダブルフェイス・d09361)は漆黒の弾丸を作り上げ、天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)は光の刃を構え、一気に恭也へ撃ち出した。
     多くの灼滅者達が恭也へ呼びかけながらサイキックを放つ。闇堕ちしたばかりの状態ならば、ダークネスの部分だけを灼滅し、救出するのも決して難しくはないはずだ。
     彼の正義を、彼の選んだ道を、彼が守ろうとしていたものを――。
     繰り返し語りかけるが、どれだけ言葉を重ねても手応えがまるで感じられない。六六六人衆へと堕ちたからなのか、恭也から伝わってくるのは、ただただ灼滅者達への殺意ばかり。
    「思い出せ。あの時立ち上がったお前が、胸に抱いた気持ちを! 絶望に負けるな。貫きたい理想があるなら、それを投げ捨てるな!」
     駆堂・駆(赤い疾風・d13783)の叫びに一瞬、恭也が僅かに震えて動きが止まる。
     声は確かに、恭也へ届いた。しかし、それだけだった。
    「灼滅者であろうとダークネスであろうと、どのような姿や形であろうと『俺』は俺だ。そして、俺の理想を語る権利があるのも、俺だけだ」
     冷ややかな声と視線が、語りかける皆を拒絶する。闇堕ちする前と同じように。
    「恭也……」
     人間としての恭也もダークネスとしての恭也も等しく彼らを拒絶しているのならば――救えない。もう恭也を、こちらへ引き戻すことはできないのだと、彼らは察した。
    「テメェの『正義』とやらに徹する姿勢にゃ共感もしかけたがよ、……結局ダークネスに与するなんざ、ガッカリさせてくれるぜ」
     そうであるなら灼滅せざるをえない。悠悟は微かに残念そうな呟きをこぼし、すぐにまた身構えた。出来ない者は無理をするなと、そう呼びかけて。
     しかし、それでも多くの灼滅者が恭也と向き合った。流星の煌めきを宿した蹴りが恭也の足を止め、握り締められた拳が次々と恭也に繰り出される。燃え盛る炎が恭也を包み、どこまでも燃え続ける中、恭也の体が地獄投げで宙を舞う。
     落下してきた恭也の体を、更に鈍く光る刃が貫いた。
     急所を貫かれても戦い続ける恭也だが、闇堕ちしてもなお、多勢に無勢だと言わざるを得ない状況が続く。ウロボロスブレイドの動きは鋭さを増し、ダークネス同然の圧倒的な威力を灼滅者達へ叩きつけているにも関わらず、だ。
     やがて再び恭也の傷は致命傷に達する。それでも止まらぬ攻撃の前に、恭也の体はみるみる崩れ落ちた。
    「何か『遺す言葉』があれば聞くよ」
     その呼びかけに対しても、何も言い残すことなく、恭也の体はゆっくりと形を失い、じきに消えていく。
     こうして紫堂・恭也という名の少年は闇堕ちの末、武蔵坂学園の手で灼滅された。
    「……さあ、残りのデモノイド達をどうにかしないとね」
     戦いは、まだ終わりではない。それぞれの胸に、思う所はあるかもしれないが……更になお、灼滅者達はデモノイドと戦い続けていく。

     その間もずっと、中枢を目指す灼滅者達は、激しい風が吹く中を進み続けていた。風の勢いは、進めば進むほど増すばかり。同時に、それに阻まれて進めなくなる灼滅者の数も、かなりの量に達していた。
    「もうちょっとやで~頑張りや~!」
     そんな皆を励ますように馬鞍・由岐(中学生火遊び主催者・d20766)が辺りへ叫ぶ。その意図に気付いてか、エレーナ・ロマノヴァ(チェルノボーグ・d23720)も頷く。
    「祖国ロシアの冬に比べれば、このくらいの風、心地良いものさ」
     思わず、厳寒の地ロシアに思いを馳せる中、佐久間・天草(千夜一狼・d23244)は呟く。
    「これは君の、拒絶の現れなんだな……」
     中枢に近付けば近付くほど風が増し、嵐のように吹き荒れる。今の迷宵の心の内を、天草は思った。
    「あそこ……何か見えますっ」
     最初に、それに気付いたのは仮夢乃・聖也(小さな夢の管理人・d27159)だった。逆巻く風が集まる中心点。目に見えるくらいに風が吹き荒れる、あの場所の向こう側にこそきっと――迷宵がいる。
    「悟狼様、風に逆らいましょう!」
     立ち入ろうとする者を拒むように、激しく吹き荒れる風。だが、山野辺・みなみ(奴隷的苦労人狼・d27456)は躊躇うことなく、その中へ飛び込んだ。
     全身を襲う激しい嵐。だがそれは、一瞬だけのこと。
    「抜けた……?」
     不意に、風がピタリと止んだ。まるで台風の目にでも入り込んだかのような穏やかさ。辺りは一転して真っ暗な闇に覆われているが、
    「星……あっちだね」
     蒼夜藝・瑠璃鵺(聳弧のロベリア・d00928)は、ある方角だけぼんやりとした光に照らされている事に気付く。
     迷宵は、きっと向こうにいるはずだ。微かな光を頼りに、瑠璃鵺達はすぐ駆け出した。穂宮・貴人(高校生神薙使い・d28279)達がすぐ、この時の為に用意しておいたライトを灯す。
     ある者はネックライトを、ある者は懐中電灯を、ある者はアウトドア用のカンテラを。それぞれが灯して……光の群れが、列をなして駆け抜ける。

     迷宵は、訳も解らず、ぼんやりとした光が照らす闇の中を歩いていた。
     一寸先は闇。まさにそんな言葉の中にいるようだった。
     いつの間にかゾンビや骸骨は見えなくなっていたけれど、それでも迷宵は歩く。動けばゾンビや骸骨に、また遭遇してしまうかもしれない。でも、このままジッとしていても、彼らに見つかって囲まれてしまうかもしれない。だから迷宵は歩く、歩き続ける。
     ……遠くから、誰かの声や足音が、聞こえてくる……気がする。
     見えない何者かの気配に、恐怖や不安を膨らませながら、迷宵は思う。
    「私、あのゾンビや骸骨に殺されちゃうの?」
     そんなの嫌だ、死にたくない。
     でも、あのゾンビや骸骨たちに追いつかれてしまったら、自分は一体どうなるのか――。じわじわと、迷宵の心は追い詰められていく。
    「だれか、たすけて……」
     すがるように呟く迷宵だが、助けなんて無いことは自分自身がよく知っている。
     ひとりぼっちなのは、いつものこと。じわりと滲んだ涙をこらえようとして、でも失敗した。流れてきた涙を拭おうとして足が止まる。その時、
    「あ……」
     暗い中なのに、周囲で影が揺らいだことに迷宵は気付いた。漂ってくるのは、さっきと同じ『死』の臭い。1つ、2つ、3つ――たくさん。どんどん迷宵に近づいてくる。
     逃げなければ。でも、どこへ? 焦る迷宵は逃げ道を見つけられない。
    (「いや、嫌。死にたくない死にたくない死にたくない――!」)
     ぎゅっと目をつぶった迷宵の胸の奥から、何かが溢れそうになった瞬間。
     ――猛スピードで車が走ってくるような音がして、何かに反射した眩い光が、迷宵の顔に当たった。

    「いた! あそこだ!」
     ライトを吊るした箒で空を飛んだ天城・光恵(悪を刈りし者・d23603)は、皆に見えるように腕を伸ばして迷宵の居場所を指し示した。そこへ突っ込んでいくのは、ライドキャリバー『フリューゲル』に乗った壱風・アリア(光差す場所へ・d25976)だ。敵の群れを強引に突破しながらフルスロットルで駆け抜けたフリューゲルは、迷宵とアンデッド達の間へ割り込むようにして止まる。
    「そこを……退けぇぇぇっっ!!」
     その後ろに続くのはノエル・シラナミ(宵闇の吸血騎士・d26256)と飛鳥・椛(記憶なき灼滅者・d26347)。羅刹の肉体で椛がアンデッドからの攻撃の盾になると、ノエルがそれを一気に叩き斬って突き進む。
     彼らがこじ開けたルートに、灼滅者達が一気に押し寄せる。軽やかに駆け抜けたニホンオオカミ――夕崎・ソラ(灰色狼・d27397)は人間の姿を取ると畏れを纏い、眼前に迫っていたゾンビに斬撃を叩き込んだ。
    「大丈夫、人間だよ。ほら腐ってないでしょ」
     越智・尚久(クロックワークス・d19596)は、迷宵から見えるように両手を振った。近すぎず、遠すぎず。この距離ならば、少なくとも腐臭のするような存在ではないと判るはずだ。
    「ぞ、ゾンビハンターですか……?」
    「ちょっと違うけど、まあ似たような物かしらね」
     トレニア・リーフィル(緑界の住人・d04108)は迷宵の発言に曖昧な頷きを返す。いきなり現れてアンデッドと戦う姿は、そうした存在のように見えたのだろう。
    「でもね、私達は、ただアンデッドを倒しに来ただけじゃないの」
    「はじめまして、私は水崎・桃花。みんなあなたを助けに来たの。だからもう大丈夫」
     笑いかけるトレニアの傍らから、水崎・桃花(高校生神薙使い・d26202)が語りかけた言葉に、迷宵は呆然とする。
    「わたし、を?」
     信じられない、と思っている事が、周囲の全員に伝わってくるような反応だった。そんな迷宵達に向かって周藤・顕(土下座の帝王・d18002)が急かすように呼びかける。
    「それより逃げようぜ!」
     周囲では多くの灼滅者が戦っているが、今も曲がり角の向こうからいきなりアンデッドが現れるような状況だ。安全な場所へ――といっても逃げ場らしい逃げ場はないのだが、ひとまず、近くの建物の1つを選んで、その壁を背にする。
     そんな迷宵達の周囲を固めるようにして、灼滅者達は素早く布陣していった。必ず守るから安心して欲しい、と伝える阿久津・悠里(キュマイラ・d26858)がすかさず攻撃に加わり、
    「おっと。お前らは立ち入り禁止だ!」
     緋桜・美影(ポールダンサー系魔法少女・d01825)は近付いてきたアンデッドを影で絡め取る。ルクルド・カラーサ(生意気オージー・d26139)もガトリングガンを構えると、次々弾丸をばらまいた。
    「僕の名前はルクルド・カラーサ、悪を倒す滅ぼすスーパー灼滅者だ! 悪い奴等は掛ってこい!」
     大きく声を張り上げてアンデッド達を蹴散らせば、迷宵の不安定な気持ちだってきっと、どこかへ吹き飛ぶに違いない。
     ルクルドは他の仲間の邪魔にならない範囲で、目いっぱい派手に動き回る。
     その数歩後ろから、曙・佐奈(桜纏う夜色の小鳥・d18986)はシールドを飛ばし、彼らの回復と守りの強化に努めて、戦いを支えていく。
    「お前、名前は?」
    「の、野々宮、迷宵、です……」
    「野々宮ね。これ、やるよ」
     こわばった声で返事をする迷宵に、小林・一鬼(ヘボロー君・d26541)は持っていたライトを渡す。
     闇が心を暗くするなら、光で明るくしてしまえばいい。
     現に、灼滅者達が用意した明かりに照らされ、周囲の闇はすっかり薄れてしまっている。1つ1つは限りのある光でも、たくさん集まれば闇に抗える――。

    「えと、私達は白い骸骨オバケと戦う力を持っています。他の仲間もオバケと戦ってますし、もう少ししたら安全になるはずです。私達が護衛しますから、一緒に出ましょう?」
    「わ、わかりました」
     戦いを繰り広げる間に、ミリア・シェルテッド(中学生キジトラ猫・d01735)が解りやすそうな言葉を選んで簡単な説明をすると、迷宵は緊張した面持ちながらも頷いた。
     灼滅者達をゾンビハンターだと見なしたような迷宵だ。それは彼女にとって、受け入れやすい形での説明だったのだろう。そんな彼女へ、待つ間よければ、と勧められた椅子は、外で戦う先輩から託されてきた物だ。
     言われてみれば足はすっかり疲れ果てていて、迷宵は考えるよりも先に、その椅子へ座る。
    「……あの、でも、さっき私を助けに来た、って……?」
     それは一体どういう事なのだろう。困惑した様子で、迷宵は周囲の灼滅者達を見上げた。
     この中に、迷宵が知っている人は誰もいない。見知らぬ他人である彼らがなぜ、迷宵を助けてくれると言うのだろう。
     友達も、家族も、誰も助けに来てくれない。こんな自分を、どうして。
     卑屈さに顔がすっかり下を向いてしまっている事に、迷宵は気付いていないのだろう。そんな俯く迷宵に、レイチェル・ベルベット(火煙シスター・d25278)は躊躇う事なく口を開いた。
    「迷宵さん、あんたは自分が嫌いなんだなあ」
     びくりと肩を震わせて、迷宵はおずおず顔をあげた。視界に入ったのは、そんな迷宵とは対照的に、自信にあふれたレイチェルの顔だ。
    「初対面で不躾かもしれないが、調べ物が得意な人に聞いて、私は一方的にそっちの事を知ってる。あんたは自分が嫌いで、そんな自分と離れることに安らぎを感じてるんだろ?」
     姫子の話を聞いた時から、レイチェルには言いたい事が山ほどあったから、一度口火を切ったら止まらない。
    「でもどこかで解ってるんだ。結局は偽物、弱い自分自身は変わってないって。違うか?」
     迷宵は何も言わなかった。ただじっと泣きそうな顔をしてレイチェルを見つめている。それこそが、他ならぬ迷宵の返事だった。
     ――こんな自分が嫌で変わりたかった、でも変われなかった。服を脱いでしまったら、結局元の一人ぼっちで何も無い、ちっぽけなただの迷宵に戻るだけ。
     何度も何度も繰り返したそれを、思い返して迷宵の目に涙がにじむ。そんな迷宵の姿に、さすがに手厳しすぎるのではと周囲が声をあげようとする。が、それよりも早くレイチェル自身が、自分の言葉を打ち消した。
    「でもよ、それの何が悪い? 自分を偽るなんて誰でもやってる。その偽りの中にも滲むのが、ホントの中身だと私は思う」
    「本当の中身?」
    「そ。話に聞いたあんたの人柄が、私には自分磨きに一生懸命な、尊敬できる人に思えたんだ」 レイチェルはニッと笑う。迷宵は思うようにいかない今の自分が嫌いかもしれないが、そうして必死にもがいている迷宵の事が、レイチェルは全然嫌いじゃなかった。
    「だから迷宵さん、私はあんたを助けに来たんだぜ」
    「私も私も。こんなお洋服を作っちゃうだなんて、迷宵ちゃん凄いのね!」
     にこにこと笑いかけるレイチェルだけではない。ナノ・クレドール(ふわり花びら・d08228)は迷宵の周囲をくるくる回って彼女の着ている服を眺め、深草・水鳥(眠り鳥・d20122)は昔の自分に似ている苦しみを抱えているから、助けになりたかったのだと語りかける。
    「僕も、迷宵さんと似たようなことをしています。いつか、いつかきっと。この姿に見合う自分になれると思って」
     瑠璃花・叶多(硝子の剣・d01775)の今の姿は『エイティーン』で得たものだ。迷宵には年上に見えているだろうが、本当の叶多は迷宵よりも、ずっと年下の子供だった。
     それでも彼女を救いたいと、護りたいと願う気持ちは本物だ。
    「なりたい自分になるために服を着る……その気持ち、わかる気がする」
     ゼクス・ライプニッツ(イカロスの翼・d16729)もヒーローになりたいと願い、戦い続けていた日々を思い返して目を細めた。
    「だいじょーぶ! お洋服は女の子の武器だからね。着ている時の迷宵ちゃんも、やっぱり迷宵ちゃんだよ」
     花野・壬咲(愛のけだもの・d17668)も眼鏡を押し上げながら笑う。
    「女の子はね、武器でどんどん強くなれるよ!」
    「ああ。そうやって服の力を借りるのは悪い事じゃないぜ」
     今から見せるね! と敵の方へ飛び込んでいく壬咲の姿に思わず笑い出しつつ、菅原・鷹臣(極楽鳥・d20151)は自分の服を見下ろした。
    「俺も変身したいと思ったことあってさ。その通りにはなれなかったってーか、何を望まれてたのかもうわかんねーっつーか……あんまし上手くいってないかもしれないけど、でも俺にとって、この服は勝負服なのよ」
     誰かのためというよりは、自分のための勝負服。
    「野々宮も、そう考えたらイイと思う」
    「これが私の勝負服……」
     語りかける鷹臣の言葉に、迷宵はそっと自分の服へ手を伸ばした。そんな迷宵の前に、尾鷲・貞治郎(ノットマン・d21480)は背中のケースから取り出した傘を差しだす。大鳥居・内蔵助(恋の探求者・d10727)は膝をつき、迷宵と目線の高さを同じにすると、満面の笑みを向けた。
    「これ、落し物やろ」
     さっきみんなで探した傘。迷宵が逃走中に投げ捨てた、あの傘だ。
    「返すよ」
     きっと大切な物だろう。鈴見・佳輔(中学生魔法使い・d06888)は口数少なく迷宵へ告げる。それを投げ捨てても必死に逃げ、怪物だらけの中で耐えていた迷宵は凄いし、偉いし、素敵だと佳輔は思う。
    「ありがとう……」
     受け取った傘を、迷宵はギュッと抱きしめる。傘のこと、だけじゃない。彼らが迷宵にくれた、目に見えない沢山のもので胸をいっぱいにして、迷宵はみんなを見つめていた。
    「アンデッドの方もケリがついたみたいだネ。さあマヨイ、ここから一緒に出よう?」
     サルバドール・アルバ(夜明けの救世主・d25466)は、にっこり笑って迷宵を誘う。
     辺りに迫っていたアンデッド達は、仲間達の手であらかた一掃されてはいるが、いつまた新手が来ないとも限らない。脱出するなら、今だろう。
    「でも、どこから帰ったらいいんだろ?」
    「またあの嵐を越えなきゃいけないよな?」
     首をかしげる薬師・芳乃(繭籠・d02354)に油川・昌(新米灼滅者・d18181)が答えると、それを聞いた迷宵はふと、空を見上げた。いや、空を覆っている『何か』を見たと言う方が正しいだろうか。
    「嵐……。さっきの、あれですよね」
     渦を描いて吹き荒れる、あの強烈な嵐は迷宵も体験している。同時にアンデッドやダークネス達を遠ざけた、迷宵自身の力だ。
    「――あれは、私が起こしたんですね」
     じっと周囲の闇を見回して、迷宵が呟いた言葉に灼滅者達は驚く。迷宵自身はそのことを、自覚していなかったはずだ。少なくとも、姫子が予知した段階では。
    「この闇は、ただの闇じゃありません。さっきあんなに押し潰されそうって思った暗い闇が、今はこんなに明るいんです。……これは、私の心なんですね」
     迷宵が『自分の心』の事が分かるようになったのは、みんなに助けて貰ったから。沢山の物を貰ったから。そうして自分を、しっかり見つめられるようになったから。
     今なら、これが自分の心の闇そのものだって迷宵には解る。
    「私は大丈夫。もう大丈夫です。今ならきっと、あの嵐に呑まれたりなんてしません。だから、外へ出ましょう。……あ、でも」
     堂々と口にして、でも最後は少しだけ弱気な声で、一緒に来てくれますかと求める迷宵に、灼滅者達は「もちろん!」と口々に言い返す。
     当然、迷宵を1人にするつもりなんてない。彼女がこうして頼ってくれるくらい、自分達を信頼してくれたことが、むしろとても嬉しかった。
    「あんたがそう決めたんなら、みんな付き合うさ。いるか?」
    「ありがとう。もらうね」
     レイチェルがいつも咥えているお気に入りの飴と同じ物を差し出すと、迷宵は笑顔で頷いて、それを受け取る。
     その時、視線を交わしたその瞬間、レイチェルは見た。
    「迷宵さん。あんた、その『目』は――」
     無意識のうちにレイチェルの指先が伸びる。その目元に浮かび上がっていたもの、ラグナロクであれば誰でも持っているはずの『刻印』。それにレイチェルが触れた瞬間、

     迷宵の体から溢れ返った膨大なサイキックエナジーが、まばゆい光の放流となって、辺りを真っ白に包み込んだ。

     その瞬間、誰よりも真っ先に動いたのは桜・泉(陽の下の暗殺者・d26609)だった。彼女は咄嗟に、ここまで共に辿り着いたクラスメイト達と護りを固める。
     迷宵が誰かと『契約』すれば、彼女のサイキックエナジーは放出される。つまり、彼女がラグナロクだからこそ持っていた力――この『嵐』もまた収まるだろうと、泉はそう予測していた。
     そして、それは現実になる。
     光と共に迷宵を覆っていた闇も消え、灼滅者達の前には、ただ元の港町の風景だけが広がっていた。
     いつしかすっかり夜を迎え、辺りは暗くなっていたけれど、でも先程までの『闇』とは、全く違う。
     無敵斬艦刀を構え、辺りの気配に集中する泉。何が来ても何が起こっても、決して迷宵に指一本触れさせてなるものか。そう気を張り詰める泉だったが――。
    「いた! あそこだよ迷宵さん達!」
     近付いてきたのは、外で待機していた白星・樹咲楽(たおやかなる大樹・d06765)と、彼女の声を聞きつけた周囲の仲間達だった。
     迷宵達が出てきた時、すぐに発見して合流できるようにと、樹咲楽は樹咲楽で待つ間ずっと気を張り詰めていたのだ。
     駆け付けてくる仲間達を見て、
     皆に囲まれた、迷宵の姿を見て、
     灼滅者達は胸いっぱいに安堵を広げて、大きく息を吐き出した。
    「て、ことは……」
    「つまり……」
    「契約したのは……」
     日輪・銀朱(汝は人狼なりや・d27546)と日輪・真朱(汝は人狼なりや・d27547)、そして日輪・朱緋(汝は人狼なりや・d27560)は顔を見合わせた後、一斉にレイチェルの方を向く。
     そして彼らは猛スピードで駆け寄ると、
    「「「おめでとう!」」」
    「あァ!?」
     真朱が跳び上がって『あんたが主役』と書かれたタスキをレイチェルにかけ、朱緋がぐねぐねした文字で一生懸命書いた『おめでたう』という旗を振り回し、銀朱がバッサバッサと紙吹雪を散らす。どうやら、この瞬間のため、用意していた物らしい。
     合流した者達が何も尋ねなくとも、誰が迷宵と契約を成功させたのか、もう一目瞭然だった。
    「か、勘弁してくれ……」
     頭にたっぷり紙吹雪を積もらせ、嘆息するレイチェルを見て迷宵が笑う。それは彼らが初めて目にした、迷宵の笑顔だった。
    「よかった」
    「うん。その笑顔が見たかったんだ」
     廿楽・燈(花謡の旋律・d08173)が、鳩谷・希(ハニーボイス・d20549)が……多くの灼滅者達が、その笑顔を喜ぶ。助けられて本当に良かったと、そう安堵した狼川・貢(ボーンズデッド・d23454)の表情もまた緩んでいた。

    「――『契約』を交わしましたか」
     あふれかえる光の奔流は、外周にいた灼滅者達からもよく見えた。周囲へ飛び散るサイキックエナジーを見た瞬間、セイメイがこぼした微かな囁きは、その時セイメイから一番近くにいた西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240)くらいの耳にしか届いていなかっただろう。
     何の感情も感じられない、ただ事実を淡々と詠み上げるかのような声。
    「やはり、面白い」
     その口の端が吊り上るのを、レオンは見た。
     次の瞬間、セイメイは彼らから跳び退くと、そのまま水晶の翼で飛び去ろうとする。
    「逃げられる!」
    「いや、逃がすか!」
     咄嗟に冴凪・勇騎(僕等の中・d05694)はオーラキャノンを放つ。
     かすかに揺れるセイメイの体。そこへ、保戸島・まぐろ(無敵艦隊・d06091)は力の限り跳躍する!
    「セイメイ!」
     力いっぱい斬りかかるまぐろ。だが、僅かに届かない。まぐろの刃が掠めて、踵が裂けた事も意に介さず、セイメイは夜空の向こうへ消える――かと思われた。
    「だと思ったぜ、この野郎!」
     それを予測していた九葉・紫廉(チョロ九・d16186)は、待機していた屋上で立ち上がる。皆が戦っている間、ずっとずっと、この瞬間だけに焦点を当てて待っていた紫廉は、大気中のエナジーを駆動力に変えて跳んだ。
     それは、普段の紫廉が飛べる距離よりも、さらに遠くまでの跳躍を成功させた。これなら当たると確信した紫廉は、スターゲイザーをセイメイの腹に炸裂させる!
     その一撃はセイメイを仕留めるには及ばず、空を飛べない紫廉はどんどんコンクリートへ落ちていく。
     そんな紫廉を見下ろし、セイメイは愉快そうに笑った。
    「ここまでとは予想外でした。ええ、ええ。既に決まっている道をただ辿るだけの行為に、何の面白みがありましょう。こうでなければ、つまらない。――皆々様方、いずれまた」
     セイメイは夜空の向こうへ飛び去っていく。まんまと目論みを武蔵坂学園に潰され、ラグナロクダークネスの誕生には失敗したというのに、そのはずなのに、どこか満足げな笑みを残して。
     そうして、戦いは終わりを迎えた……かのように思われた。
     が。
     時を同じくして、桃野・実(水蓮鬼・d03786)は全く別の場所で、ある意味予想通りの相手と遭遇していた。美しくありながら醜くもある、美醜が同居する外見を持つソロモンの悪魔――ベレーザ・レイドである。
    「あら、けっこう慎重に隠れて見ていたつもりだったのに。見つかってしまったわね」
     ベレーザが余裕綽々なのは、相手が実と、霊犬のクロ助だけしかいないと判っているからだろう。
     セイメイと恭也以外にも、何か介入してくる勢力があるのでは……そう危惧し、念のために周辺に気を配っていたとはいえ、実がベレーザを捕捉できたのは、偶然に近い出来事であった。
     それは果たして、幸運だったのか、不運だったのか。
    (「でもエクスブレインの予知には引っかかっていなかった。表立って介入するつもりは無い……?」)
     どうするのが最善かを考える実だが、ダークネスと1対2の状況下で、選べる選択肢は、ほぼ無いに等しい。
    「入れないんじゃ仕方ないし、もっと早く帰っておけばよかったかしら。まあ、いいわ」
     ベレーザの魔力が膨らんでいく。それが何を意味するか察した瞬間、激しい衝撃と共に実の意識は途絶えた。

     そうして辺りに残されたのは、セイメイの置き土産であるアンデッドの山と、恭也という統率を失ったデモノイド達だ。放置すれば横浜の街は大惨事になってしまうだろう。灼滅者達はもう一仕事、こなさなければならなかった。
    「次こそ、決着をつけてやるぜ」
     セイメイが消えた空を見上げ、英田・鴇臣(拳で語らず・d19327)は呟くと掃討に加わる。レクシィ・ノーザンブルグ(自称病院一のモフリスト・d23632)やサブジェクト・ツーチェンジ(ドラゴンレッド・d25962)など、まだ余力を残す灼滅者達は次々と、港の隅々へと駆けていく。
     その最中に、血塗れで倒れている実が発見されて一騒動あったが、敵は次々と灼滅され、辺りは次第に静けさを取り戻していく。
    「良かったら、また座っていてね」
     さすがに、さっきの今で別行動というわけにもいかず、迷宵は少し離れた場所で、付き添う灼滅者達と一緒に、彼らの用事が済むのを待っていた。……誰も『用事』の詳細を教えなかったのは、灼滅者達なりの気遣いだった。
     気遣いと言えば、
    「はい、これ。良かったら」
     桃花が迷宵の足元を見ながら絆創膏を渡す。彼女が足を引きずっている事が、気になっていたのだ。
    「パンプスを履くときの必需品ですね」
    「ありがとう。ホッとしたら、痛みが気になってきて……」
     迷宵は、有難くそれを早速使わせて貰う事にする。と、彼女の前に、ふと良い香りのする器が差し出された。
    「ほら、このうどんうまいぜ」
     徳山・牛島(中学生ご当地ヒーロー・d22930)が用意したそれは『うどん』。湯気の立つ熱々のうどんは、シンプルで素朴な見た目ながらも食欲をそそる物だろう。
    「1人で逃げて、ずっと歩いてさ、疲れたろ? そんな時こそ暖かいモン腹に入れれば、力も出るってもんさ」
    「温かい紅茶もあるよ。いる?」
     荊木・莞爾(エッジエフェクト・d21029)もポットを取り出す。他にも梨や中華饅頭やチョコレートやスイカなど、次々と差し出されて迷宵は面食らった顔をした。
    「ず、随分と用意がいいんですね……」
    「腹が減っては戦は出来ぬと申しますから」
     そんな彼女に、日輪・冥(汝は人狼なりや・d27483)が口を開く。そういうものでしょうか、と疑問は解けない様子ながらも、とりあえず迷宵は納得はしたようだ。
    「あ、でもその前に」
     ぽんぽん、と坂森・雪音(アホな歌好き・d18169)が迷宵の服を軽く叩くと、ここまでの逃走劇で土埃まみれになっていた彼女の髪や服が、ESP『クリーニング』の効果で、みるみる綺麗になっていった。
    「………?」
     迷宵にも、体や服がスッキリしたのが解るのだろう。何が起こったのだろうかと不思議そうにしている。
     そういった話は改めて、おいおい話していく事になるだろう。なにせまだ、迷宵は武蔵坂学園のことだって、まだロクに知らないのだから。
    「おつかれさま! さあさあ食べて? 平凡だけど、とびきりおいしい食パンをね」
     羽賀根・苑(燃え盛るパンキチ乙女・d28463)が配っていくのは、本当に何の変哲もない食パンだったが、夕食なんて食べる暇もなく、お腹を空かせた灼滅者達には大好評だ。
     こんな時だからこそ、何の変哲もない、平凡な物が嬉しいのかもしれない。
    「迷宵さん。良かったら今度一緒に、目一杯お洒落してどこかにお出掛けしましょう。一人で出掛けるより、誰かと一緒の方が、きっと楽しいですよ」
     思いきって、厳島・灯子(ウイニングランナー・d25323)は迷宵に話しかける。あなたと、友達になりたい……と告げる灯子の言葉は、あっという間に「私も私も」「俺も!」なんて湧き上がった皆の言葉に飲み込まれた。
     自分達が、同じ学校に通う生徒で、もうじき学園祭があるのだ――と、入りやすそうなところから説明していくと、迷宵も一緒に見て回らないかと、彼らはまた口々に誘いかけた。
    「これで、伝わるでしょうか……」
     その間に、風輪・優歌(ウェスタの乙女・d20897)は文面をまとめ、イフリート達に宛てた石版を掘り始める。セイメイとの一件である以上、クロキバの耳にも入れておく方が良いかもしれないと、そう考えたからだ。
    「あー、疲れた!」
     そんな彼らの元へ、掃討戦を終えた灼滅者達が戻ってくる。すっかり体はクタクタだったが、でも。
    「お、お疲れさまです……?」
     おっかなびっくり、おずおずと迷宵が掛ける言葉に、彼らの顔に自然と笑みが広がった。
    「じゃあ帰ろうか」
    「そうだな、星でもみんなで見上げながら」
    「見えますかね?」
    「みんなで探せば、きっと見つかりますよ」
     だって空は闇に覆われている訳じゃないから。もし見失ったって、迷ったって、みんなと一緒だったら、きっと。
    「わ、わたし。星には結構、詳しい方、ですよ。山暮らしでしたし!」
    「それは頼もしいなあ。とっても素敵な、星のお姫様!」
     迷宵の言葉に、彼女の服装から例えた灼滅者が笑う。たくさんの、たくさんの顔に囲まれて、
    (「――わたしは、もう大丈夫」)
     とても晴れ晴れと澄み渡った気持ちを胸に、迷宵は、空を見上げた。

    作者:七海真砂 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年7月9日
    難度:難しい
    参加:4443人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 96/感動した 21/素敵だった 24/キャラが大事にされていた 56
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