一撃にかけろ!

    作者:九連夜

     鬱蒼と茂る森を抜けると、そこは更地だった。
    「……って、いったいこれはどういうことですの? ちょっと待ちなさい! そこの……ロードローラー!?」
     初夏の午後の陽射しの中、奇妙な声を上げて絶句した女性は流れる黒髪に趣味の良い小紋の和服姿。色白で小顔の顔立ちはちょっとした日本美人という感じだったが、その視線の先の光景は常識から完全に逸脱していた。
     真っ赤なボディの正面に「殺戮第一」と大書した巨大なロードローラー。車体の上には操縦者の身体の代わりに人の頭部のみが鎮座している。それがゴンゴンゴンと重低音を響かせながら、庭石やら漆喰の壁やら大黒柱やらの日本家屋――正確にはすでにその残骸――を挽き潰しまくっているのだ。
    「はあっはははは! 更なる高みを目指し、混沌を駆け巡ろうか!」
     嗤いながら破壊活動を続ける生首ロードローラー(?)に向かって、我に返った彼女は殺意の目を向ける。
    「おやめなさい、この……」
     黒々とした長髪が凄まじい速度で伸び、うねり、鋼の刃と化して金属のボディを切り裂く。だが異形の機械は気にすらしなかった。
    「そう、身を守る隠れ家など、六六六人衆には必要ないのだ! はははははは……」
     耳を塞ぎたくなる轟音と共に、最後に残った石灯籠が踏み砕かれる。そのままローラーの稼働音を低く響かせて視界の彼方へと消えていく赤い車両を呆然と見送り、日本美人は呆然とした表情でその場にへたり込んだ。
    「せっかくの仕掛け灯籠が……鳴子と髪の罠が……苦労した枯山水……ああ……」
     
    「謎に包まれた六六六人衆『???(トリプルクエスチョン)』が動いたようです」
     教室に集まった灼滅者たちに、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は緊張した面持ちで説明を始めた。
    「すでに耳にされている方もいらっしゃると思いますが、彼は特異な才能を持つ灼滅者『外法院ウツロギ』を闇堕ちさせ、分裂という稀有な特性を持つ六六六人衆、序列二八八位の『ロードローラー』を生み出しました」
     二八八位の序列は『クリスマス爆破男』が灼滅された後は空席となっていたが、『ロードローラー』の特異な才能はその座を埋めるにふさわしいということらしい。
    「『ロードローラー』は、分裂により日本各地に散って次々に事件を起こしていますが、皆さんに対処をお願いするのはそのうちの一つです。正確には、『ロードローラー』の活動に巻き込まれた六六六人衆の討伐となります」
     姫子はそこで一拍おき、低い声音で告げた。
    「敵の名前は御堂・時雨(みどう・しぐれ)。序列は423位。見かけは黒の長髪に和服姿の大人しそうな女性ですが、まともに闘うと非常に厳しい……というか、はっきり言って現時点では敗北の可能性が濃厚な相手です。特に彼女の住み処である罠だらけの屋敷が無事であれば、闇堕ちを数人出してかろうじて勝負になるかどうかというレベルでした」
     しかし幸い、建物と庭の全てを『ロードローラー』が問答無用に踏み潰して更地にした。しかも彼女は己が手間暇をかけて築き上げた根城の崩壊に動揺しており、灼滅者たちがバベルの鎖をかいくぐって接近できる隙を生んでいる。
    「彼女は殺人以外に日本庭園造りも趣味にしていて、その点でも精神的なダメージが非常に大きかったようです。周囲がまったく見えていないので、サイキックアブソーバーの解析結果から逸脱せずに近づけば、皆さんの初撃は不意打ちとなってほぼ確実に命中します。しかも彼女は自分を回復させる技を一切持っていません。うまく状態を悪化させれば、戦闘が終わるまでずっとそれを引きずることになります」
     だが回復技を持たないということは、それだけ攻撃に特化しているということでもある。初撃を叩き込んだ灼滅者たちに向き直るのは、己を守ったり逃げたりする代わりにただ敵を叩き潰すことを決意した殺人マシン――400番台上位の六六六人衆だ。
    「サイキックは殺人鬼のものを使うほか、伸ばした髪の毛……皆さんで言えば鋼糸に相当しますね、それと日本刀を使いこなします。速さと技に特に優れますがそれ以外の攻撃方法も決して苦手ではなく、明確な弱点はないと思った方がよろしいでしょう」
     姫子は溜息をつくように大きく息を吐き出した。
    「必ず勝てる保証などまったくない相手です。むしろ怒り狂った彼女の反撃で重傷に追い込まれ撤退を余儀なくされる可能性の方が高いかもしれません。また、我々が彼女を狙うこと自体もウツロギの何らかの策略の一部なのかもしれません。でも、これが強力な六六六人衆を葬る数少ない機会であることも確かなのです」
     そう言うと、姫子は深々と皆に頭を下げた。
    「大変危険な依頼ですが、皆さんが頼りです。どうかよろしくお願いします」


    参加者
    風間・薫(似て非なる愚沌・d01068)
    東谷・円(ミスティルプリズナー・d02468)
    月雲・彩歌(幸運のめがみさま・d02980)
    皇樹・桜(家族を守る剣・d06215)
    天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)
    水城・恭太朗(旅をする水・d13442)
    アイリ・フリード(紫紺の薔薇・d19204)
    峰山・翔(山と猫をこよなく愛す・d26687)

    ■リプレイ

     激闘の予感とはこういうものだろうか。
     月雲・彩歌(幸運のめがみさま・d02980)は、初夏の陽射しが降り注ぐ木立のなかを歩みながらそんなことを思った。周囲に満ちるのは鮮やかな緑の葉を生い茂らせた木々、だがその向こう側から伝わってくるのは鳥肌が立つような不吉な気配だ。
    「日本庭園作りが趣味、か。それだけならば平和な相手なのでしょうけれど……」
     御堂・時雨。もしこの気配を放っているのが彼女であれば、静謐と調和を旨とする日本庭園の美とは決して調和しないと、彩歌は内心で溜息をつく。
    「ああ、あれは噂に聞くロードローラー……じゃねえな」
     彩歌の隣で短く呟き、身体を小さく震わせたのは東谷・円(ミスティルプリズナー・d02468)だ。前方から微かに聞こえ続けていた何かを挽き潰すような鈍く重い音は、つい先ほど完全に消えた。残ったのは禍々しい気配のみだ。
    「ウツロギさん、アレはあれで楽しんでるんだろうな。変な人だし」
     ロードローラーが闇に堕ちる前の姿を脳裏に描きつつ、水城・恭太朗(旅をする水・d13442)が大きく息を吐き出した。
    「でもまぁ……この状況はチャンスというか、とばっちりというか……」
    「私は2回目だけどね♪ いいチャンスじゃな……」
     ぼやきとも冗談ともつかぬ恭太朗の言葉に明るく応じた皇樹・桜(家族を守る剣・d06215)の眼がわずかに細まる。一本道の角を曲がった途端に暗い気配が一気に強まったのだ。
    「……ふうん。面白そうだ」
     言葉遣いが一瞬で戦闘時のそれに変わっていた。
    「相手が何であれ、仕事は仕事だ」
    「おう。負けるわけにはいかんからな」
     天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)がぶっきらぼうに、峰山・翔(山と猫をこよなく愛す・d26687)が豪快に答え、同時に口を閉じる。黒斗は身をかがめて下草の合間に潜み、翔は手近な樹の影にその巨体を寄せた。
    「あれか……」
     風間・薫(似て非なる愚沌・d01068)が舞うような足運びで音を立てずに進み出、繁みの陰から首を伸ばす。
     見えた。木々の間から、わずかに覗く藍色の着物姿。帯まで届く長さの黒髪をわずかに乱し、砂利の地面に膝をついて肩を落としている。六六六人衆四二三位、御堂・時雨。
    「元は綺麗な庭だったみたいだね。凝った感じだし」
     仲間たちと目と合図しながらさらに森の端に忍び寄りつつ、アイリ・フリード(紫紺の薔薇・d19204)は大地に散らばる様々な形と材質の残骸を見遣って独りごちた。
    「可哀想とは思うけど、その隙、利用させてもらうよ」
     不敵な笑みを薫に向ける。薫は小さく頷き、傍らに控える霊犬の小春の頭を軽く叩き、そのまま大きく息を吸い込んで。
    「行くで……!」
     発せられた言葉と共に、6つの影が一斉に木々の影から飛び出した。
    「失礼」
    「おっ!」
     真っ先に突進した恭太朗の肩に不意に重みがかかる。仲間を踏み台にして跳んだ黒斗は、敵の頭上を越えて頭から落下、逆さまの姿勢のまま右腕を振った。突然現れた敵とその異様な動きに対応しきれぬ時雨の脇腹に縛霊手の爪が容赦なく突き刺さる。一拍遅れて逆サイドに走り込んだ恭太朗が逆手で握ったナイフを叩き込んだときには、黒斗はもう肩で受け身を取って立ち上がっていた。続いて小春が口に咥えた斬魔刀を振り、立ち上がり掛けた時雨の足首を駆け違いざまに薙ぐ。
    「さあ、狩りの時間だ!」
    「はい!」
     歌うように叫びながら槍を大刀のごとく構え、逆袈裟に振るったのは桜。敵の膝上に鋭い斬線が刻まれたところへ、合わせた彩歌が容赦なくバベルブレイカーを叩き込む。
    「!!」
     衝撃に震える時雨が顔を上げた。そこへ銀と黒紫の流星が疾った。
    「ふっ!」
     鋭い吐息と共に繰り出されたアイリのエアシューズが娘の顎を蹴り上げ、さらに身体を捻って放った踵の第二撃が白い頬に突き刺さる。
    「影よ……咲け!」
     わずかに遅れて裂帛の気合いと共に宙に浮かんだのは黒い薔薇。円の足元の影から伸びたそれは宙空に刹那に咲き誇ったと見るや、鋭い棘の生えた蔦の鞭と化して時雨の身体に絡み付く。
    「喰らえぃ!」
     さらに翔が掲げた縛霊手が雷光を放ち、薫のそれと合わさり蜘蛛の網のごとく広がり伸びて、雷の檻と化して蔦の上に重なった。
     十秒に見たぬ間に叩き込まれた強烈な技の数々――それはそこらのダークネスであれば十分に灼滅されていたであろう、凄まじい威力の連撃だった。
     だが。
     全身を斬られ打たれ、蔦と雷光に纏い付かれた女がゆらりと立ち上がった。右手がわずかに動いた。
    「避けろ!」
     とっさに円が叫んだ。反射的に飛び退いたアイリたちの後を追うように空間が歪んだ。
    「う!」
    「む!」
     わずかに遅れた恭太朗と翔の肩に歪みが触れ、その部分の防具が弾け飛ぶ。構えた翔が視線を向けると、いつの間にか娘の手には日本刀が握られていた。月光衝の一種だろうと翔は検討をつけた。
    「ご同業……では無さそうですわね。灼滅者とかいう方々ですか?」
     一刀を振り切った姿勢のまま、冷えた声で時雨が問うた。一連の猛攻に揺らいだ黒い気配が、再び圧倒的な強さで広がっていく。
    「ご名答。落ち込んでるところ押しかけて悪いんですけど、そのまま静かに倒させて欲しいな」
     少し剽げた風に恭太朗が答えると、時雨は冷たい微笑を浮かべた。
    「こちらの状況をご存じの上で大勢で奇襲ですか。卑怯とは申しませんが、良い趣味ですわね」
    「勝てる機を見計らって戦う。これも戦いのうちですから。様々なものをご破産にされたことはお悔やみ申しますけれど、ね」
     じりじりと相手の背後に回り込みつつ彩歌が応じる。
    「まぁ、アンタにゃ同情するよ。折角作った作品ブチ壊されたんだし。恨むならロードローラーを」
    「いっそほら協力してロードローラー本体ドツきに行かない? みたいな? どう?」
     殺気に圧迫されつつもなお軽口じみた発言を止めぬ円と恭太朗に、時雨が眉を寄せる。
    「無益な殺傷は嫌いではありませんが、今日は殺し合いの気分ではありませんの。退く気は……」
    「御託抜かさんとさっさと来ぃや」
     あっさり無造作に挑発した薫の言葉に、時雨は溜息をついた。
    「承知しました。では……」
     禍々しい気配が瞬間に膨れ上がり、周囲を覆い尽くす。着物姿が霞んだ。気付いたときには、揺れる黒髪がもう黒斗の前にあった。
    「つうっ!」
     横殴りの凄絶な斬撃。しかし受けたのは飛び退いた黒斗ではなく、斬線上に割って入ったアイリだった。骨まで響く衝撃をこらえつつ、彼女は顔を上げた。
    (「大和撫子ってこういう人の事を言うのか……綺麗だね、恐ろしく強いけどさ」)
     圧倒的な殺気を放ち、それでいて物静かな表情を崩さぬ娘。そんな強敵をアイリは挑むように見返した。
    (「でも戦える。最初の一撃が効いてる!」)
     とんでもない速さだが、読みが当たれば追えないことはない。そう確信したアイリの横に桜と彩歌、小春、恭太朗がほぼ同時に躍り込む。恭太朗の打ち込んだ杭は身体を開いてかわされ、螺旋を描く桜の槍は刀の峰で払われた。小春の刃は届かず、わずかに脚をよろめかせた時雨の着物の袖を彩歌の片手殴りの一刀が切り裂いた。
    「なるほど、姫子さんが警告するわけだ」
     槍を瞬時に引き戻して次撃の機会を狙いつつ、桜は小さく笑った。六六六人衆の序列は単純に戦闘力を示す数字ではない。彼女が以前灼滅した四三一位の男は、序列に対して戦闘力が低いタイプだった。だがこいつはその逆だ。それもとびっきりの。
    (「楽しめる!」)
     振るった刃に時雨の刃が絡み合い弾ける。白銀の流れ星と化して放った薫の跳び蹴りは外されたが。
    「ハッ!」
     回避の間にわずかに見せた隙に翔の豪腕が叩き込まれる。もう一度縛霊手、と見せて体を入れ替え刀のように袈裟懸けに振るった黒斗のドクマスパイクは艶やかな黒髪の数本を斬り飛ばすに留まった。
    「よし、そのままいけ! 押し負けてたまるかよ!」
     応援の言葉と共に円の弓から放たれた光がアイリを癒し、さらに激闘は続いた。

    ●闇には闇を
     凶気を放つ六六六人衆の娘と、8人と一匹の灼滅者たち。時に舞うように、時に鋼がぶつかり合うように繰り広げられるその闘いは、互角であるかに見えた。
     圧倒的な力を持ちながらも自らを癒す術を持たず、少しずつその力を削ぎ落とされていく時雨。
     円を中心に効果的な癒しを施しつつも、敵の強烈な攻撃により次第に体力を削られていく灼滅者たち。
     勝敗の定かならぬ消耗戦を動かしたのは、ただ一つの笑みだった。
    「なるほど。だいたい見えましたわ」
     時雨が見据えたのは、弓を構えて翔に癒しの力を送ろうとしていた円。周囲に無差別に振りまいていた殺気が収束する。娘の全身を取り巻く。次の瞬間、物理的な力となって噴出した。
    「鏖殺領域……!」
     カバーに入ろうとした薫は間に合わず、強烈な殺気の奔流が円の全身を直撃する。
    「おっと……流石に痛ェじゃねーのッ」
     叫びの言葉はそのままシャウト。満ちる力がズタズタにされた全身を癒すが、時雨の攻撃は容赦なく続いた。艶やかな黒髪がほどけて伸び、円の全身に絡みつく。彼女の意図を悟った全員が次々攻撃をかけ、薫の縛霊手が、アイリの炎がその身を灼くが、時雨は意にも介さなかった。
    「私を十分に研究してきたようですが」
     再び円目掛けて殺気が収束する。そうと知った円は口を開きかけ、思い直したように閉じた。弓を構えた。
    「まだ不足ですわ!」
    「後は頼んだぜ!」
     次の一撃を受ければどうせ持たない。ならば少しでも仲間を癒す。そう決めた円の矢は恭太朗の身体を光で包み、直後に再び殺気の奔流を受けた彼は大地に倒れ伏した。
    「ふうん。エクスブレインの解析代わりに実戦でデータを収集して即行動……ね」
     アイリは即座に敵の意図を把握した。まず癒し手を潰す。次いでやっかいな相手か潰しやすい相手を狙って頭数を減らし、敵の戦力を漸減する。灼滅者もよく使う戦法だ。となると。
    「彩歌さん、下がって! 僕の後ろに!」
     攻撃担当が次の目標。そう読んだアイリの考えは完全に正しかったが、時雨はさらに素早かった。強烈な一刀。さらにうねる髪の斬撃。立て続けにくらった彩歌は全身を貫く痛みに耐えて呼吸を整えた。
    (「格上相手は承知の勝負です。ですから」)
     ただ自身の全力を限界まで届かせるのみ。そう思った瞬間、身体が勝手に動いた。小細工無し、ただ己の全身全霊を込めた上段からの強烈無比な斬撃。それは奇しくも同じ形で刀を振り下ろした時雨と正面から撃ち合う形になった。
     太刀行きの速さは彩歌がまさった。威力は時雨が上だった。鎖骨の上に食い入った一刀が確かに相手の芯を揺るがせたことを確かめながら、彩歌の意識は暗黒に落ちた。
    「……次、は……」
     冷たい表情が始めて崩れ、荒い息を吐き出した時雨に恭太朗が肉薄した。
    「恨みはないが、そろそろ倒れてくれ!」
     灼熱の回し蹴りを受け、時雨の身体が大きく震える。だが彼女の目は次の目標を見据えた。桜。
    「さあ、来い!」
     むしろ歓喜の声を上げて迎える桜の前に割り込んだのは翔と小春。
    「ここを通すわけにはいかん!」
     仁王立ちした一人と一匹を襲ったのは、荒れ狂う殺気の暴風だった。すでに手負いの小春が消し飛び、翔も地面に片膝をつく。
    「いや、まだじゃい!」
     さらに桜に向かった一刀に向かって巨体を投げ出して彼女を庇い、そのまま翔は力尽きた。
    「もらった!」
     翔の影から踏み出しつつ得物を持ち替えた桜がロッドを真正面から叩き付けた。込められた魔力が荒れ狂い、時雨の顔を歪ませる。
    「この……」
     お返しの一振りは、目にも留まらぬ速さだった。時雨にしても会心の一撃と見えた。
    (「まずいな」)
     どこか他人事のように考えた桜の視界に銀色のものが映り込んだ。薫の後ろ姿だった。
    「っっ!」
     右の肩口から逆の腰まで、上位の六六六人衆の全力の技が薫を切り裂いた。崩れ落ちる。両膝が大地に落ちかけて、止まった。
    「ここでうちが倒れたら闘いは終わりや……格好、つかして貰いますよって」
     血の気を失った顔に、薫は薄い笑みを浮かべて告げた。
    「闇在りて我夜行の鬼と為る」
     その瞬間、空気が変わった。昼だというのにあたりが暗くなったようだった。
    「まさか!」
     時雨が呻く。その目前で薫の銀髪が淡く輝いた、まるで水晶が輝くように。軽々と振るわれた縛霊手は、さきほどまでとは比べものにならぬ重さで彼女を打った。
    「くっ」
     時雨が下がる。下がりかけてよろめいた。灼滅者たちに打ち込まれ続けたサイキックの数々がその身を蝕み、己と同じ存在に堕ちた薫の攻撃を避けることを叶わなくしていた。
    「楽しめた、よ!」
     桜の槍。かろうじて受け止め、さらに下がる時雨の前に無言で黒斗が立ち塞がる。炎を纏う回し蹴りは途中で軌道を変えて鳩尾を直撃した。
    「邪魔を……!」
     咳き込みながらの渾身の斬撃が黒斗の胴を薙いだ。黒斗が崩れた。残る皆が動揺する。事前に定めた撤退条件は4人の戦闘不能だ。
    「あと少しだ、やれ!」
     倒れながらの黒斗の叫びが皆の背を押した。桜の手から氷の弾丸が放たれる。それを追うように人外の速度で薫が疾り、わずかに遅れて恭太郎とアイリが続く。振り向いた時雨の胸に薫の蹴りが、左右からアイリと恭太郎のスパイクが突き刺さり。
    「あ……」
     周囲を覆う殺気が唐突に消えた。時雨の黒髪が広がり、その端から淡い光に変わっていく。蛍のような光は次第に全身を覆い、やがて初夏の光の中に溶け込んで。
     御堂・時雨、六六六人衆四二三位は灼滅された。

    ●完全ならざる勝利
    「やったか……」
     黒斗は大きく息を吐き出し、顔を上げた。
     薫がそこに佇んでいた。闘いの始まる前と変わらぬ姿で、しかし人と異なる存在として。
     薫はぐるりと皆を見回し、微笑を浮かべた。
    「ちょい出かけてきます。後はよろしう」
     軽い調子で挨拶すると踵を返し、散歩にでも出かけるように軽やかに歩み去って行く。やがてその背が見えなくなったところで、桜が大きく息を吐き出した。
    「さて、と。御飯でも食べに行かない?」
    「おい」
     どういうつもりだ、という風に視線を向けた黒斗に桜は力強い表情で答えた。
    「力をつけるのよ。しっかり身体を治して、助け出すためにね」
    「……ああ。そうじゃな」
     痛む身体を起こしつつ頷いた翔が、薫が消えた方角を見遣った。
    「宿題が一つか。ま、しゃあねーな。あれだけの敵を相手にした割にゃ上出来な方だ」
     恭太朗は軽く握った拳と掌を撃ち合わせる。
    「ふぅ、やれやれだ」
     弓を杖にして立ち上がり、おどけた風に口にした円も皆と同じ方向を向いている。
    「じゃあ、帰ろうか。『次』のためにね」
    「ええ、戻りましょう」
     一つ伸びをして放ったアイリの言葉に彩歌がうなずき返し、そして7人は歩き出した。強敵を相手にもぎ取った今日の勝利を、いずれ完全な勝利とするために。

    作者:九連夜 重傷:峰山・翔(猫と山を愛す・d26687) 
    死亡:なし
    闇堕ち:風間・薫(似て非なる愚沌・d01068) 
    種類:
    公開:2014年7月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 12/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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