普段の温泉宿はとても賑やかだ。明かりが灯り、宴会が行われ、夜遅くまで盛り上がる。
ところがこの日、温泉宿は静まり返っていた。まだ真夜中と言うような時間ではない。煌々と部屋の明かりは灯っているのに、何故かとても静か。
「くっくっく」
低い笑い声だけが、廊下に響く。
癖のある金髪の男は、豪奢なマントを羽織り一人ゆっくりと歩いていた。
「……ぁ、だれ、か……」
男の足元で、苦しげなうめき声があがる。
金髪の男は、口元をいやらしく歪めいびつな笑顔を作った。
「誰も来ないさ。くっくっく。この私、ディディエ様が言うのだから間違いない」
ディディエと名乗った男は、ためらい無くうめき声を上げた人間を踏みつけ絶命させた。
ふと、ディディエは振り返る。
彼の歩んできた廊下には、物言わぬ死体がいくつも転がっていた。
「くっくっく。楽しいことこの上ない」
当然、明かりの灯る部屋もフロントも温泉も、彼が惨殺した人間の死体で溢れかえっている。
静まり返った温泉宿に、ディディエの笑い声だけが響いていた。
●依頼
「新潟ロシア村の戦いのあと、行方不明になったロシアンタイガーを捜索するために、ヴァンパイア達が動き出したようなんだよ」
くまのぬいぐるみを握り締め、千歳緑・太郎(中学生エクスブレイン・dn0146)が切り出した。
強力な力を持つヴァンパイアは、その多くが活動を制限されている。しかし、今回捜索に出てくるのは『爵位級ヴァンパイアの奴隷として力を奪われたヴァンパイア』だ。
彼らは、奴隷から解放されることと引き換えに、単独での捜索を請け負ったらしい。だが、長い間奴隷とされていた鬱憤から、捜索よりも自らの楽しみを優先しているのだと言う。
つまり、一般人を虐げ、殺し、苦しめて快楽を得ようとしているのだ。
「ヴァンパイア達は、ある程度満足したら、ロシアンタイガーの捜索を始めるために事件を起こすのを止めると思うんだ。でも、それを待っている事なんて出来ないよね」
今すぐ現場に向かってヴァンパイアの蛮行を阻止し、灼滅して欲しい。
「今回みんなに灼滅して欲しいダークネスは、ディディエと名乗るヴァンパイアだよ。温泉宿の宿泊客や従業員を好きなだけ惨殺しているんだ」
一晩で一宿を殺しつくし、次の日には別の宿に向かうようだ。
接触が出来るのは、彼が虐殺を楽しんでいる最中だ。既に、従業員の大半は犠牲になっているが、上手くすれば宿泊客は助けることが出来るかもしれない。
「宿泊部屋が並ぶ廊下にディディエが姿を見せたときに、接触できるよ。すぐ先に広いロビーがあるから、そこに誘い出して闘うのが良いと思う」
ディディエは自分の力に自信を持っておりプライドが高いので、そこを考慮して誘い出すのが良いだろう。
「一部屋空きがあるから、みんなはそこで待機して欲しいんだ。絶対に、みんなで固まって待機していて。離れていると、人数の少ないところから叩かれて負けてしまうよ」
とにかく、廊下に現れたディディエをロビーに誘い出すことだけを考えて欲しいのだと言う。幸いと言っていいのだろうか、ロビーには生きた人間の姿は無い。生き残っている宿泊客は、それぞれの部屋に篭っている。
「ディディエはダンピール相当の強いサイキックを使うんだ」
一撃が重く強い。十分配慮して戦いに臨んで欲しい。
「彼の戦闘力は確かに凄いけれど、みんなで協力したら勝てる。そう思うんだ。みんな、必ず生きて帰ってきて」
太郎は最後にそう締めくくった。
参加者 | |
---|---|
雨月・ケイ(雨と月の記憶・d01149) |
シルフィーゼ・フォルトゥーナ(小学生ダンピール・d03461) |
逢見・莉子(珈琲アロマ・d10150) |
エリアル・リッグデルム(ニル・d11655) |
スィラン・アルベンスタール(白嵐の吸血鬼・d13486) |
流阿武・知信(炎纏いし鉄の盾・d20203) |
七塚・詞水(ななしのうた・d20864) |
真神・司狼(白銀狼・d27713) |
●温泉宿の夜
温泉宿はとても静かだ。
だが時折響く絶叫と血なまぐさい匂いが、今日と言う日の異常な夜を物語っている。
持参した氷水を口に含み、流阿武・知信(炎纏いし鉄の盾・d20203)が唸る。
「奴隷級バンパイア、またあいつらか……!」
別のヴァンパイアと戦った時には、怒りで無我夢中だった。今回は落ち着いていこうと、もう一口、氷水を飲み込む。
「私は温泉宿が大好きなんです。それをこんな殺戮の場にするなど……」
待機する一室で、雨月・ケイ(雨と月の記憶・d01149)が眉をひそめた。
近づいてくる殺戮の気配を感じエリアル・リッグデルム(ニル・d11655)も嫌悪感を露にした。
「道楽で殺されちゃたまらないよ、本当に」
また、犠牲が出るのをとめられなかった。
辺りに漂う血臭に、怒りが沸いてくる。
「人間を何だと思っているんでしょう、許せないです」
一刻も早く相手を倒したいと、七塚・詞水(ななしのうた・d20864)は思う。そして、もし助けることが出来るのなら、生き残っている人は何としても助けたいと。
「吸血鬼は……倒す」
目の前のディディエは、倒すべき宿敵ではない。そいつに出会えるまで、吸血鬼は全て倒しつくす。決意を新たに、スィラン・アルベンスタール(白嵐の吸血鬼・d13486)は静かに行くべき先を見据えた。
その時、ゆっくりとした足音が聞こえてきた。
「来た……みたいだ」
スィランの言葉に、シルフィーゼ・フォルトゥーナ(小学生ダンピール・d03461)が顔を上げる。
「ふむ。どうやらお出ましのようじゃのう」
「ヴァンパイアっていうのはどうにも陰険でかっこ悪いわね」
逢見・莉子(珈琲アロマ・d10150)が頷き返した。
六六六人衆のほうがネジが飛んでいてもまだマシな気さえする。
「権力から解放されたからと真っ先に悦を得るために虐殺をするなど無粋な」
1つ息を吐き出し、真神・司狼(白銀狼・d27713)が扉に手をかけた。
タイミングは、敵が廊下に現れた瞬間。仲間達は顔を見合わせ、頷き合う。
「くっくっく。楽しいことこの上ない」
確かに、嫌な声が聞こえた。
扉のすぐ向こう側に、ヴァンパイアの気配。
灼滅者達は一斉に部屋を飛び出した。
「は? 貴様ら、このディディエ様の前に自ら現れるとは。何用か?」
ゆっくりと立ち止まった男の金髪が揺れる。
人の血で掌を染め、ヴァンパイア・ディディエは歪な笑みを浮かべた。
「今晩は、力の無い者をいじめるのは楽しいですか?」
詞水が小首を傾げて挨拶した。
プライドばかり高いが、結局は自分より弱いものしか相手にしない。それを揶揄するような言葉に、ディディエの顔が不快に歪む。
「これ以上の殺しを止めに来た、って言ったら信じるかい?」
両手を広げ、エリアルが声をかけた。
「は、ははは、あ、あっはっは」
灼滅者達の様子を見て、ディディエは手を叩いて笑った。
●挑発
「止めに来た? このディディエ様を? あっはっは。なんだそれ、面白い冗談だ」
「そろそろ歯応えが欲しい頃なんじゃないですか?」
「貴方の力がその程度ということは無いですよね」
知信や詞水の言葉を聞いて、ディディエは笑うのを止めた。
「どういう意味だ?」
「反撃もできにゅような輩ではなく儂らとあそんでくれにゅかの?」
目を細め、シルフィーゼが会話に加わる。
「貴様が真の強者であるのならば、その様な小物何ぞ相手せず、我と戦えというのだ!」
「俺たちより……強いなら、見せてみろ」
ディディエは、司狼とスィランを順に見て、灼滅者達の意図を察したようだ。
「これはこれは。では、貴様らは本気でこのディディエ様と戦いに来たというのか! あっはっは」
「広い場所の方がお互い全力を出せるでしょう」
相手の言葉を否定せず、ケイが言う。
「それとも灼滅者如きに全力を出されて負けるのは怖いですか?」
「……立場をわきまえろ、愚か者が」
怒りの表情で、ディディエは殺気を放ち始めた。
「どうせなら広い場所で思いっきりやり合おうよ」
「力があるなら戦いやすい広い場所まできなさい」
だが、灼滅者達はこの場所で戦うつもりは無い。エリアルと莉子が重ねて戦う場所を示唆すると、ディディエはまた1つ、嫌な笑みを浮かべる。
「は。場所を選んでしか戦えない。弱き者と言うわけか。良いだろう、ついて来い」
あくまでも自分の方が立場が上であると言うプライドで、ディディエは灼滅者の思惑通りロビーへ向かった。
ロビーの状況もまた、酷いものだった。無惨に命を奪われた者達の姿を目にし、知らず顔をしかめてしまう。
足元の死体を無造作に蹴り、ディディエが振り向いた。
「ええと、それで、貴様らこのディディエ様をどうするのだったかな?」
ニヤニヤと口元で笑う。
――わざとだ。
わざと死体を愚弄し、灼滅者達の反応を見て笑っているのだ。
「次はあなたがそこの死体と同じように倒れる番です」
縛霊手を構え、詞水が走り出す。
「ヴァンパイア……存分に、斬る!」
その間に、スィランがサイドに回りこんだ。
詞水の殴打を片腕で受け止め、ディディエが後方に飛ぶ。
逃がさぬよう、スィランはチェーンソー剣【望み、餓える者の墓標】を器用に繰り、敵を斬り付けた。
「ふっ」
斬られた腕をちらりと見て、ディディエが笑う。かすり傷程度、だとでも言いたいかのような仕草だった。
知信が敵の正面に立った。
力を振るうこと、傷つけること。それ自体も、そんなことに慣れていくことも嫌だ。けれど、目の前の敵を滅ぼさなければ、多くの人が涙を流す。
「そんなこと、許すわけにはいかない……!」
体内から噴出させた炎を、思い切り叩き付けた。
「続けていきます!」
ケイが雷を宿した拳で、アッパーカットを繰り出す。敵の所業に対する強い怒りが乗った痛烈な一撃だ。
ディディエの身体が吹き飛ぶ。
しかし、敵はすぐさま体勢を立て直し、自身に纏わりつく炎を見ながら、また笑う。
シルフィーゼと莉子も続き攻撃を仕掛けるが、敵はこちらの様子を窺うように眺め、初手に攻撃を繰り出してくることは無かった。
「余裕がありゅとでも言いたいのかのう」
「すぐに、そうじゃないって思うことになるわ」
ディディエの振る舞いは、一貫して、一般人や灼滅者を格下に置いている様子だった。
殺して喜んで、一時の自由に有頂天になる。
(「あんなのには絶対になりたくないよ」)
エリアルは自らを覆うバベルの鎖を瞳に集中させる。
「行くぞ、橘!」
ビハインドの橘をディフェンダーに配置させ、司狼も戦う姿をあらわにする。
白き炎で仲間を包み、敵の攻撃に備えた。
戦場の音は遮断してある。異様な夜に怯えた一般人が、この場所に来ることはないだろう。
静かな夜に、戦いが始まった。
●戦い続き
灼滅者達の動きを面白そうに見ていたディディエが、突然疾走した。爪が緋色に染まるのを見た気がする。
「か……はっ」
あっと思った時には、鋭い爪がシルフィーゼの身体を貫いた。
「それ以上はやらせないよ」
エリアルが日本刀・北辰極天刀を上段から真っ直ぐ振り下ろす。重い一撃がディディエの腕に命中した。
「ふんっ」
ディディエはシルフィーゼの身体を突き放し、片腕をだらりと下ろす。
続けて、莉子がナノナノにしゃぼん玉で攻撃させた。
「今のうちに回復するわよ」
その間に、シルフィーゼに走りより、祭霊光で回復させる。
仲間の回復を確認しながら、ケイが片腕を巨大化させた。
「そうそう思い通りにはさせません」
勢い良く殴りつけ、仲間から引き離す。
敵が着地した場所を狙い、スィランが壁を蹴った。チェーンソー斬りを放つと、ディディエの舌打ちが聞こえた。
「どうした……奴隷は、やっぱり奴隷か?」
挑発するような言葉を投げつけると、敵ははっきりと怒りの表情を浮かべる。
「なん、だと?」
ディディエは再び、爪に緋色のオーラを灯した。
突撃してくる敵を見て、知信はその場で足を踏ん張る。敵の攻撃を正面から受け止め、その腕を掴んだ。
「あんたはここで滅ぼす!」
ダメージを受け、身体が悲鳴を上げる。
その痛みをねじ伏せ、身体から炎を走らせた。ありったけの力で炎を敵へと叩き付けた。
ディディエがよろめく。
「真の支配者としての悦は知らぬと見える。だから、貴様は『奴隷』に落とされたのであろうよ!」
日本刀を構え、司狼が飛び込んできた。
「な……!」
奴隷に落とされたと言う言葉を聞いて、ディディエの顔色が変わった。
「真の支配者は愉悦を求めるものだ!!」
司狼は、上段の構えから真っ直ぐ刀を振り下ろす。
橘の霊撃が、追いかけるように敵に降り注いだ。
たまらず、ディディエが一歩後退する。
「ちなみに我の愉悦は、原っぱで寝る事だの!」
敵が離れたことを確認し、司狼が胸を張った。
「力無い人間しか相手に出来ない爵位級ヴァンパイアの奴隷風情が」
攻撃の手は休めない。詞水がエアシューズでダッシュする。たちまち、シューズに炎が迸った。
飛び込む勢いで敵に迫り、そのまま激しく蹴り上げる。
「くっ、灼滅者が、やってくれる!!」
ディディエは身体を回転させ、壁に打ち付けられるのを回避した。
傷の回復したシルフィーゼが、その瞬間を狙って地面を蹴る。
「安心すりゅのはまだ早いのじゃ、儂からもゆくぞ」
刀を見せ付けるように軽く振るった。
敵が刀を受け止めようと腕を伸ばす。
しかし、シルフィーゼが真に放ったのはグラインドファイアだ。がら空きの下方から鋭い蹴りを浴びせると、今度は本当に、吹き飛ばされた敵の身体が壁に激突した。
●幕の終わり
敵は回復と攻撃を繰り返し、灼滅者に迫った。そのたび、受け流しあるいは受け止め、灼滅者達は戦う。
確かに敵の攻撃は凄まじい。だが、灼滅者達が言葉巧みに挑発するたび、敵に隙が出来た。そこへ、力の限り攻撃を叩き込んでいく。次第に灼滅者達が敵の体力を奪って行った。
ディディエが何度目か、爪を構える。
突きつけられた爪が髪を掠めた気がした。だが、攻撃は寸での所で避けきる。
「そうそう何度も当たらにゅよ」
すれ違いざま、シルフィーゼが刀を振りぬく。肉を絶つ感触が手に伝わってきた。
「くそっ、くそっ、このディディエ様が、こんな奴らにっ」
苦しげな表情から、出てくるのは恨みの言葉だ。ディディエは怪しい霧を展開させ、灼滅者達を睨み付けた。
往生際が悪いのか、それとも勢いだけで押し切れないのか。
「奴隷でこれほどの強さとは……。爵位級なんて考えたくもないですね……」
片膝をつく敵にケイのスターゲイザーが炸裂する。
「でも、もう一押しよ」
だから頑張ろうと、莉子が仲間の傷を癒していく。彼女の治癒が、確かに仲間を支え続けている。
灼滅者達は頷き合い、最後の攻勢に出た。
「ありふれた日常を理不尽に奪いながら、笑う」
そのことに、怒りを感じる。
知信が影を伸ばし敵を絡め取った。
続けて、詞水が鋼糸で斬り割き、司狼は光刃放出を放った。
「お前じゃ……足りない。あいつは……こんなもんじゃ、ない…………」
スィランが鋭くディディエの身体を斬りつける。
「許さん……っ」
言葉とは裏腹に、敵はふらふらとおぼつかない足取りで揺れた。
「なんで温泉宿を選んだの? 他にも人が居る所はあるのに」
エリアルがマテリアルロッド・大撲殺を構えた。
「知るか。ここには、潰しやすそうな奴らが居た、それだけかもな。あっはっは」
一般人の血が乾いて、ディディエの拳にこびりついている。
それを見せ付けるように、彼は笑った。
「どちらにしても、これで終わりだけどね」
エリアルは地面を蹴り、勢いをつけてディディエを殴りつけた。同時に魔力を流し込んでやる。ディディエは、そのまま内から爆ぜて消滅した。
温泉宿のロビーで、戦いの音が止んだ。
周囲には、ヴァンパイアの蛮行の爪痕だけが残される。
敵は倒した。だが、知信の気分は晴れなかった。奪われた日常は、もう戻ってこないのだから。
「この事件はいつまで続くんだろう……。いい加減、尻尾なり何なり掴みたいね」
エリアルが辺りを見回した。
周辺に敵の気配が無いか警戒しながら、ケイは犠牲者に黙祷を捧げる。
「せめて彼らの冥福を祈って」
詞水もまた、両手を合わせた。
自分達が介入した後からは犠牲者は出ていない。それだけが、せめてもの勲章だった。
作者:陵かなめ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年7月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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